ロンドンのFPAが引っ越し前の最後のパーティー

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1888年に創設された、ロンドンの外国プレス協会(FPA)が現在の場所から引越しをすることになり(家賃が払えなくなったので)、24日、最後のパーティーがあった。これまでの建物は、グラッドストーン元首相が住んでいた場所。地下鉄ピカデリーサーカス駅から歩いて数分である。イランの政争やウインブルドンのテニスの報道で忙しい人ばかりのせいなのかどうか、思ったよりは来た人が多くない感じがした。

 2005年から2006年ごろ、お金の管理をしていたインド人のウダイ・バジェカルという人が使い込みをなどしていたことが発覚し、これを最初に通報した(ウイッスルブローアー)人が辞め、バジュカル氏も4万ポンド(当時で800万円ぐらい)を払い戻す、という恥ずかしい事件があった。これがきっかけで、いったん、外務省が資金の支援をストップした。その後、財再援助は復活したけれども、前と同程度にはいかなかった、という説明が昨日あった。現在の場所の家賃は年間6万ポンドとも10万ポンドとも言われている。

 協会の会長はメンバーに向かって、「新しいオフィスでやっていこう。私たちはまだ死んだわけではない」と宣言したが、まだオフィスがどこになるか決まっていない。2つほど候補はあるようだが。もうすぐ出て行こうというのに、まだ次が決まっていないのだ。

 FPAは、何でも、外国記者のクラブとしては世界でも古い方に入るという。

 何故ここまでひどいことになってしまったのだろうと自問(自答も)。前に進むしかないわけだが、それでも、集まる場所がないのでは、それはもう「クラブ」とは呼べないと思う。

 何故英外務省が何もしなかったのだろう?外国記者の活動は一種の外交官的役目もあるはずだ。前に、ミリバンド外相がFPAに来た時、談笑だけしていて、スピーチを全くしなかったのが不思議だったが。仕事の内容こそ違え、広い意味では仲間であるし、外務省がお金を出しているのだからパトロンでもあるのだから、一声欲しかったが。気が入っていない感じがした。

 大手銀行・200年以上の歴史のある銀行=ベアリング=も、少し前に亡くなったジョージ総裁の時に、つぶれた。誰も助ける人がいなかった。日本でこれを知った時、驚きだった。銀行をつぶすなんて・・・。

 英国ではだれしもが(大雑把な言い方だが)、何らかのクラブに入っている。私が入ったのは7年前で、最初の日、恐る恐る重いドアを開け、カーペットを敷き詰めたらせん階段を歩いていったものだった。たくさんパーティーもあって、ネットワークを作り、好きなことをしゃべり、よく飲み、食べたものだった。いろんな人にも会った。「私は日本人は嫌いなのよ。でも、友達になりましょう」といって、にっこり笑ってくれた、中国のラジオ放送の女性キャスター。今は北京に帰った後、再婚して、サンフランシスコにいる。

 FPAは毎年秋に、「メディア賞」ということをやっていた。英国の最高のジャーナリズムに賞を与える、というもの。毎年、この発表会を大手ホテルでやっていた。そのとき、本当にたくさんの人がやってきていた。政界、メディア界、ビジネス界・・・。あの人たちは一体どこに行ってしまったのか?がらんとした記者会見室の写真を撮りながら、そんなことを考えた。
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by polimediauk | 2009-06-26 08:03 | Trackback | Comments(0)

ジャーナリズムの話いろいろ+欧州事情も


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