英国事情

ロッカビー爆破事件

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 エジンバラテレビ会議の後で、ロッカビーに行ってみた。米パンナム機の爆破事件(20年ほど前)が今、英国でホットな話題になっているが、飛行機が落ちたのがこのロッカビーなのだ。

 270人(住民は11人)が亡くなって、墓地の一角に記念碑ができている(上の写真)。訪れた日は雨で、殆ど誰もいなかったけれど、きれいな生花の花壇があった。犠牲者の名前が刻みこまれた石材などを見ていると、「一体真実は何だったんだろう」と、怒りの感情がわいてくるのだったーリビアにもパンナム機にも全く関係のない私がー。

 「英国ニュースダイジェスト」(4日発売)にこの事件のあらすじと何故いま騒がれているのかを書いた。原稿は先週末ぐらいまでの情報をもとにしたものである。
 
 リビア爆破犯釈放で波紋
  ―英国の国益関与か?
 

 1988年の米パンナム機爆破事件で、爆破犯として有罪となり、スコットランドの刑務所で受刑生活を送っていたリビア人男性が、8月20日、スコットランド司法局の恩赦によって釈放された。末期がんを患い、余命いくばくもないことからの措置だったが、犠牲者を多く出した米国から大きな反発が出た。釈放の背景には英国とリビアとの間のビジネス権益が絡んでいたという噂が出た。事件の概要に注目した。
 
―パンナム機事件受刑者釈放前後の動き

1988年12月21日:ニューヨーク行きパンナム機103便がスコットランドの上空で爆破される。270人が死亡。
1991年11月:リビア人男性アブデルバセト・アルメグラヒが起訴される。リビアは米国への身柄引き渡しを拒否。アルメグラヒは他に起訴されたもう一人のリビア人男性と共にリビア国内で自宅軟禁状態に。
1992年4月:リビアが男性らの引渡しを拒み、国連安全保障理事会がリビアに対して制裁を課す。
1998年4月:爆破事件の犠牲者の父親ジム・スワイヤー氏が犠牲者を代表してリビアの最高指導者カダフィ大佐に接見。大佐は米英ではない国での裁判のために、男性らの身柄を引き渡すことに合意。
1999年3月:ネルソン・マンデラ南アフリカ大統領(当時)が国連使命としてリビアでカダフィ大佐と会談。翌月、国連によるリビアへの制裁が一時停止。両男性が正式起訴に。
2000年5月:オランダに設置されたスコットランド法廷で公判開始。
2001年1月:アルメグラヒが爆破事件で有罪。終身刑が言い渡される。もう一人の男性は無罪に。
2001年2月:アルメグラヒが控訴申請。
2002年3月:控訴が却下される。グラスゴー刑務所で受刑開始。
2003年9月:アルメグラヒの弁護団がスコットランドの刑事裁判再審委員会に罪状と量刑の見直しを求める(2007年、2回目の控訴が認められる)。
2004年:ブレア首相(当時)がカダフィ大佐と会談。英国とリビア間の受刑者引渡し問題が話題に上ったといわれる。
2007年5月:ブレア首相、カダフィ大佐と会談。
2008年10月:弁護団がアルメグラヒが前立腺ガンを患い、余命が長くないことを明らかにする。
同年11月:アルメグラヒが控訴を続ける限り、刑務所からの釈放はないと裁判所が結論付ける。
2009年7月25日:アルメグラヒ側が温情的措置という理由での釈放を求める。翌月、控訴を取り下げる。
同年8月20日:スコットランドのケニー・マッカスキル法務大臣がアルメグラヒを恩赦で釈放する。アルメグラヒ、リビアに帰国し、歓迎を受ける。

―パンナム機爆破事件とは

 1988年12月21日、米パンナム103便がロンドン・ヒースロー空港をニューヨークに向けて出発。離陸から38分後、積んでいた荷物の中にあった爆弾が爆発。スコットランド南西部の町ロッカビー(人口約4000人)に航空機が墜落。乗客243人、クルー16人、ロッカビーの住人11人の合計270人が亡くなる。乗客の大部分が米国人。事件から2年後、英米の共同捜査員らがリビアの情報部員とされる男性二人を殺人罪などで起訴したが、リビア側は容疑者の引渡しを拒み、何年にも渡る交渉が続く。リビアが「中立国」での裁判を希望したため、2000年、在オランダのスコットランド法廷で公判が開始された。翌年、アブデルバセト・アルメグラヒ被告が有罪に。2009年8月、アルメグラヒが恩赦でリビアに帰国。アルメグラヒは一貫して無罪を主張。

―アブデルバセト・アルメグラヒとは

 リビアの首都トリポリ生まれの57歳。アラビア語が母語だが米国で勉学し、英語に堪能。1980年代に結婚し、5人の子がいる。リビアの元情報部員(本人は否定)。リビア・アラブ航空(LLA)の警備部門の統括役だった時、複数の偽のパスポートを作りパンナム機爆破事件の爆弾の時限装置の作成に関与。LLAを退職し、年金と教職で生活していたところ、1988年のパンナム爆破事件容疑者として1990年代、米英側に引き渡される。2001年、有罪判決下る。2009年8月、恩赦でリビア帰国。

―パンナム機爆破釈放を巡る米、英、リビア関係者の反応

*リビアの最高指導者カダフィ大佐の次男、セイフ・イスラム
 アルメグラヒの釈放に関して、「英国の全ての権益が釈放と関連している」「石油やガスなど英国との商業上の全契約において、受刑者の釈放が常に交渉のテーブルにあった」。

*リビアの最高指導者カダフィ大佐
 (アルメグラヒ受と面会し)「エリザベス英女王とブラウン首相による、釈放までの働きかけに感謝する。今後、両国関係のあらゆる分野で前向きに反映されるだろう」。

*オバマ米大統領
 「スコットランド当局がアルメグラヒを釈放したのは間違いだ。リビア政府には受刑者が歓迎されないようにしてほしい、自宅軟禁状態にして欲しいと伝えている」。

*ヒラリー米国防相
 釈放は「完全な間違いだ」。

*弟を爆破事件で亡くした、米市民カーラ・ウェイプツさん 
 「全くひどい。何故スコットランド当局が温情を示せるのか理解できない。侮辱だ」。

*娘を亡くした、英市民ジム・スワイヤーさん
 受刑者は「無実だと思う。釈放を喜ぶ」、「この事件は最初から最後まで政治的裏切りだ。真相解明が必要だ」。

*スコットランドのケニー・マカスキル法務大臣
 「アルメガラヒ受刑者は犠牲者に対し何の温情も示さなかった。しかし、だからといって私たちが受刑者やその家族に温情を示さない理由にはならない」、末期がんを患う受刑者に対し、「温情的理由から、リビアに死ぬために戻ることを許可する」。

*デービッド・ミリバンド英外務相
「受刑者の釈放はスコットランド当局のみの決定による」、英国とリビアの外交関係を前進させる目的があったという主張は私や外務省に対する中傷だ」。

*ピーター・マンデルソン企業相
 釈放とビジネス上の取引とが関連していたという発言は「侮辱だ」。

*クリスチャン・フレイザーBBC記者
 「欧州にとってリビアはエネルギー供給国として非常に重要。リビアも投資相手を探している」。
(資料:BBC、新聞各紙)

―最近の経緯

 「スコットランドの評判はこれでがた落ちになった」-。スコットランドのジャック・マコンネル前首相は、こうつぶやいた。8月20日、スコットランド司法当局は、270人の死者を出した米パンナム機爆破事件(1988年)で、爆破犯として有罪判決を受けた元リビア人情報員のアブデルド・アルメグラヒ受刑囚を釈放してしまったからだ。アルメグラヒは同日母国リビアに帰国し、英雄扱いの歓迎を受けた。

 釈放理由は、末期がんを患うアルメグラヒ氏は余命が数ヶ月と言われ、「恩赦が妥当」(スコットランドのマカスキル法相)と判断されたからだった。

 釈放は米国政治家や遺族の反対を押し切って行われた。約21年前、ニューヨーク行きパンナム機はロンドン・ヒースロー空港を離陸後間もなく、機内に仕掛けられた爆発物が爆発し、スコットランド南西部の町ロッカビーに墜落した。死者の殆どが米国人で、いわゆる「ロッカビー事件」の記憶は多くの遺族の脳裏から消えていない。クリントン米国務長官が「遺族の意思に反している」など釈放に反対する声をあげた他、オバマ大統領も「(釈放は)間違いだ」と述べた。

 アルメグラヒ氏の病状を情状酌量したとしても、「何故特別扱いするのか」という疑問の声が次第に大きくなり、スコットランドのメディアも問題視するようになった。

―何らかの取引の可能性?

 地方分権化が進んだ英国ではスコットランドは独立した法体制を持つ。ミリバンド英外相は「(釈放は)スコットランド政府の独自の決定による」と主張した。しかし、リビアと英国との間で何らかのビジネス上の取引があり、英国側がアルメグラヒを帰国させるように仕向けたのではないかという噂が根強い(政府側は否定)。リビアの最高指導者カダフィ大佐の息子セイフ・イスラム氏が「石油やガスなど英国との商業上の全契約において、受刑者の釈放が常に交渉のテーブルにあった」と述べたことで、疑念はいっそう強まった。

 リビアが03年に大量破壊兵器開発計画とテロ放棄を宣言してから、英米国とリビアは雪解け状態となっており、ブレア元首相がリビアを2004年と2007年に訪問している。07年の訪問時には英エネルギー大手BPが5億4000万ポンド(約830億円)の油田採掘契約を成立させている。BBCの報道によれば、英リビア間の2008年の輸入額は前年比で66%増、輸出では49%増となっている。カダフィ大佐がブラウン首相に対し、釈放をめぐり「感謝の意」を表したことも裏の取引疑惑を強めている。

―真相は藪の中?

 「体調を考慮した恩赦」以外の理由が今回の釈放の背後にもしあったとしても、真相が明るみに出るかどうかは不明だ。

 また、アルメグラヒ受刑囚は爆破事件で無実を主張してきたが、リビアに戻ってしまったことで、「事件の真相解明は不可能になった」(英国の遺族)とする見方が強い。

 米国内でウイスキーなどのスコットランド製品の不買運動が起きるのではないかという懸念も出ている。もし米国の釈放反対の声に耳を傾ければ、「米国の圧力に負けた」という批判が出る可能性もあった。温情を示したスコットランドは、つらい立場に立たされている。
 
―関連キーワード

Scotland:スコットランド。人口約500万人。英国(正式名はUnited Kingdom of Great Britain and Northern Ireland=グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国)の一部で、グレートブリテン島の北部に位置する。1707年の合同法によってグレートブリテン王国が作られるまではスコットランド王国として独立していた。現在でも、その法制度、教育制度、裁判制度がイングランド・ウェールズ地方、北アイルランドとは独立している。労働党政権による分権化推進政策の下、1999年、スコットランド議会が設置されている。パンナム機爆破事件(1988年)の受刑者釈放問題は、スコットランドの司法当局や政治家の判断による。外交問題を扱うのは在ロンドンの英外務省。ミリバンド外相は「ロンドンは一切圧力を与えてない」と説明し、スコットランド法曹界・政治界の独立性を考慮した発言をしている。
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Commented by すこっち at 2009-09-05 20:56 x
実はこの「事件」、ものすごい航空機事故なのに 日本ではほとんど知られていません。 そういうワタクシも、最近まで知りませんでした。 92年からほぼ毎年のように英国に旅行に行っている「英国好き」のワタクシでも知らなかったくらいです。 他の日本人はほぼ皆無でしょう。
しかし、MI5やMI6がいる国でも 「爆破犯」逮捕に至る過程でイロイロあったと想像します。 たぶん、当時は北アイルランド問題のテロが多発していた時期でしょう。 
2009年の今でもまだ 北アフリカのイスラム国リビアが「問題視」されていることも知りませんでした。 旧ソ連や中東など 東地中海のイスラエルより東側ばかりが注目されているので、リビアの「問題」はとっくに終わったと思っていました。
本当に、日本って「情報鎖国」です。 
Commented by kogaj at 2009-09-06 18:28
ロッカビー爆破の記事は在任中、時々書いておりました。こんな追悼碑があるとは存じ上げませんでしたな。さすがに腰の軽いギンコさん。敬服いたします。また、いろいろ教えてください。水戸の教師
Commented by polimediauk at 2009-09-06 19:12
すこっちさん

私自身、英国に関しては知らないことが山ほどあって、新聞やテレビを見て、「そうだったのか」と思うことばかりです。今日(9月6日)の新聞でも、でかでかとでています。先日もストロー法務大臣が国益を考慮したと認めた発言をしていましたが、結局、英政府は「国益、石油の件があったけど、で、それがどうしたの?」と開き直られてしまいます。「英国のためを思ってそうしたんだから」と。いくつもそういう例があります。
Commented by polimediauk at 2009-09-06 19:13
古賀先生、

先日はご本をどうもありがとうございました。大きなところから俯瞰した目と、細かい部分とがあって、非常に新鮮な思いで読ませていただきました。後でみなさんにお勧めしたいと思っています。
Commented by elmoiy at 2009-09-06 19:53 x
小林様

1989年に、昭和天皇の大葬の例にフィリップ殿下が出席するべきか否か
英国内で議論になりましたけれど、そのときに反対派が、「ロッカビーの飛行機爆破の慰霊には王室メンバーが誰も出席せず、人殺しのヒロヒトの葬儀に王族が出席するとは何事だ」と怒っていました。私がロッカビーの事件について初めて知ったのはこのときです。

>結局、英政府は「国益、石油の件があったけど、で、それがどうしたの?」と開き直られてしまいます。

「国民感情や真相の究明よりも、国益が大事」というのが英政府のスタンスなのかと思ってしまいます。もともと、「英国はエリートによる支配」という性格が強い国ですけれど。
Commented by elmoiy at 2009-09-06 20:06 x
リビア:革命40年 経済介し欧米に接近
ttp://mainichi.jp/select/world/news/20090829dde007030003000c.html
米国は01年米同時多発テロ以降、リビアとテロ対策で協力関係にあり、英国は石油大手BPがリビアで油田を試掘中だ。イタリアはさらにリビア寄りだ。リビアが輸出する原油の約4割はイタリア向け。ベルルスコーニ首相は、植民地化の謝罪・賠償合意の1周年記念を名目に30日にリビアを訪問する。6月にはカダフィ氏がイタリアを初訪問しており、両国関係は強化されている。フランスは革命記念の航空ショーに、売り込み中のラファール戦闘爆撃機を投入する。07年には原子炉供給でも合意するなど、リビアは重要な「顧客」だ。英王立国際問題研究所の専門家はAFP通信に「西側各国は、対リビアで他国より優位に立とうと躍起になっている」と指摘した。

※欧米諸国は金融危機で困っているから、リビア利権を手に入れようと躍起になっているのでしょうか?もっとも、金融危機がなくてもリビアには接近したかもしれませんが・・・
Commented by kogaj at 2009-09-06 22:17
過分のお誉めのお言葉をありがとうございます。付け焼刃で書いたことや、「前期の試験に間に合わせる」との時間制限もありました。不満もあります。小林さんをお手本に果敢にチャレンジし、また、上梓したいと存じます。今後ともよろしくお願いいたします。 古賀
Commented by polimediauk at 2009-09-07 18:16
elmoiy さま、いつもインプットをありがとうございます。

「国益が大事」というのは、私がこちらに来てから気づいたケースでは、ブレア前首相のいろいろな言い訳が結構あります。イラク戦争開戦もそうでしょうし、ちょっとマイナーな話かもしれませんが、サウジアラビアでテロがあって、犯人としてつかまった英国人たちがいるのですが、後で人質交換で帰国しました。無実なのはほぼ確実らしいですが、サウジアラビアとの関係で、英国は「国益」重視とのことで、あまり何もしたがりません。防衛大手BAEの汚職疑惑の解明もストップしたままですし。人権擁護の意味ではがっかりですが、まあ、そういう感じです。
Commented by polimediauk at 2009-09-07 18:20
欧州諸国のリビア急接近の理由の一つとしてはエネルギー源の確保があって、これはロシアへの依存を減らしたいためだと英紙がどこかで書いていました。ロシアはエネルギー供給を一つの政治的手段として使っていますから。
by polimediauk | 2009-09-05 02:04 | 英国事情 | Trackback | Comments(9)

ジャーナリズムの話いろいろ+欧州事情も


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