小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk

欧州と宗教ー2


キリスト教批判は許される?

 シーク教徒の反対で公演中止となった演劇「不名誉」の事件と表裏一体を成すケースが、米テレビ番組「ジェリー・スプリンガー・ショー」のミュージカル版「ジェリー・スプリンガー・ザ・オペラ」のテレビ放映だった。

  米テレビのホスト、ジェリー・スプリンガーが悩みを持つ視聴者をスタジオに呼んで話を聞くという設定の米番組は、英国でもミュージカルとして大人気になった。ミュージカルの中ではわいせつな言葉、下品な言葉が多用される。オムツ姿になりマザコンであることを告白する俳優が、実はキリストであったことが分かるという展開だ。

 今年一月、英BBCがテレビで放映することになった。五万件近い抗議が視聴者から寄せられた。公共放送であるBBCでの放映にふさわしくない、また、キリスト教を侮辱しているという理由から放送中止を求めた。

  芸術作品を通じての様々な解釈や批判に慣れているはずのキリスト教信者及び支持者らが大掛かりな反対行動をとることは異例だったが、BBCは「オペラ」を予定通り放映した。「多くの人に広い視聴の機会を与えることは、公共放送としての役割だ」と抗弁した。

 しかし、「不名誉」の場合のような、劇作家に殺害の脅しをかけるほどの強い抗議が国内のキリスト教以外の信者、例えばイスラム教徒などから出ていたら、BBCはこの番組をすぐに放映中止にしていたのではないか?という疑問の声が英各紙の投稿欄に掲載された。

 キリスト教に関しての批判は許容されても、シーク教、イスラム教など他宗教の批判は、「政治的に正しくないもの」として、タブーになりつつあるのではないか?こうした思いを人々が抱いた「オペラ」事件だった。

ーオランダの映画監督殺害事件

 公演や放映の中止どころか表現者の暗殺にまで発展し、しかも逮捕されたのがイスラム教信者ということで、イスラム系を含む移民が増える欧州全体を震撼させたのがオランダの事件だった。

 昨年十一月初旬、映画監督テオ・ファン・ゴッホ氏が、イスラム教信者のモロッコ人に暗殺された。監督は、同年八月オランダ国営テレビで放映された短編「服従」で、イスラム社会の暴力的な女性差別を厳しく批判していた。ゴッホ氏は十九世紀後半の印象派画家ビンセント・ファン・ゴッホの遠縁にあたる。

 ゴッホ氏がイスラム問題に関して発言をするようになったのは、イスラム過激派による二〇〇一年の米国大規模テロの後からだ。「アラーはよく知っている」と題された本の中では、イスラム教は好戦的、イスラム教の礼拝を行う導師は女性を憎悪していると書いていた。

 十一分の作品「服従」の脚本を担当したのは、「イスラムの教えは、民主主義社会の価値観と合致しない」とする持論を持つソマリア生まれの女性国会議員アヤーン・ヒルシ・アリ氏だった。作品は、コーランが家庭内暴力の元になっているとし、被害者の女性たちがシースルーのガウンをまとって出演する。ガウンを通して、女性達の体に描かれたコーランの文字が読める設定になっていた。

  検察側の調べによると、逮捕されたムハマンド・ブイエリ容疑者(既に犯行を認めている)は、白昼、監督を路上で銃撃。数発撃った後、監督の喉をかき切り、胸にナイフで手紙を突き刺した。手紙は、オランダ人はユダヤ人の支配下にあり、議員のアリ氏、アメリカ、オランダ、欧州及び異教徒たちへの聖戦を開始するよう呼びかけていた。

 暗殺後、各地でモスク(イスラム教礼拝所)やイスラム教の学校への放火、それに対抗するプロテスタント教会への放火などの事件が続き、宗教紛争の様子を呈した。

ー多文化主義を奨励

  紛争の背景には、オランダ内のイスラム系移民人口の増加がある。

  オランダの全人口一六三〇万人の内、一六〇万人が非西欧系の移民及びその子孫とされ、その中の約百万人がイスラム教徒となっている。国内の非西欧系人口のうち、約半分がオランダで生まれている。

 イスラム教徒の割合は、主要都市では上昇し、アムステルダムでは十三%、ロッテルダムやハーグでは十%以上となる。学校によっては、イスラム教徒の子供が過半数となっているところもある。

 欧州の中でも特に寛容精神が高いと自他共に認めていたオランダは、様々な異なる文化や人種の人々が共に暮らし、互いの文化を尊重する多文化社会を維持することを国の政策としてきた。国内の移民、特にイスラム系移民に対する見方が変わってきたのは、米国大規模テロ以降だと言われている。

 ゴッホ監督がオランダで生まれ育ったイスラム系移民によって殺害されたことが分かると、移民問題担当大臣のリタ・フェルドンク氏は、「オランダの寛容精神はここまで来てしまった。これ以上は許してはならない」と述べた。

 何故、寛容精神が暗殺にまで発展してしまったのか?

  「ジハード」(未訳)などの著書がある仏政治学者ジル・ケペル氏は、オランダの多文化主義の失敗が原因だったと指摘する。「オランダは、文化的融合の必要性がないとし、それぞれ異なる文化を尊重する多文化主義を奨励してきた」。

  しかし、多文化主義とはアパルトハイト(人種隔離政策)を丁寧に言ったものではないか、とケペル氏は問う。社会を分断化し、破壊的な動きにつながる可能性もある。「多文化主義を信望しすぎ、融合への努力を怠ったために、オランダ社会の亀裂が露呈してしまった」。

(EU全体ではどうなっているのか?-続く)
by polimediauk | 2005-04-08 22:17 | 欧州表現の自由