小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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朝日「Journalism」(4月号)より:「調査報道こそジャーナリズム、英紙ガーディアンの流儀」(上)

 調査報道」に取り組むガーディアンの記事の転載は以下(若干補足あり+数字は3月時点のものです。)
朝日新聞・月刊「Journalism」
http://www.asahi.com/shimbun/jschool/

「調査報道こそジャーナリズム、英紙ガーディアンの流儀」(上)

 英国では、複数の新聞社や放送局が権力に挑戦する調査報道を果敢に続けている。

 「調査報道(investigative reporting または investigative journalism)」は、英国では単に「深く調査し、報道する」という意味にとどまらない。例えばオックスフォード英語大辞典の定義を訳せば「違法行為、誤審などを調査し、これを暴くジャーナリズム」とある。政治家や大企業など、権力を持つ相手が公表したくないことを明るみに出す能動的な行為で、権力側との対決は避けられない。権力を「監視」するばかりか、これに挑戦する姿勢が英国では調査報道の核となる。

 本稿では、「挑戦するジャーナリズム」を掲げ、日々実践するガーディアン紙の調査報道について紹介したい。

 本題に入る前に、ガーディアン紙の特徴を手短に説明しておくと―。1821年、英中部都市マンチェスターで「マンチェスター・ガーディアン」として創刊。「中流階級(英国では、中流は平均より上の知識層のニュアンスがある)のための新聞」として出発した。「ガーディアン」となったのは、1959年から。政治傾向は中道左派。発行部数約28万(2010年2月現在。英ABC調べ、以下同じ)。テレグラフ(約68万部)、タイムズ(約50万部)、インディペンデント(約18万部)とともに4大高級紙の一つである。他紙同様、紙の発行部数の減少が悩みの種だが、そのサイトでは月間ユニークユーザー数は3600万人を数え、英新聞の中ではトップクラス。リベラル左派論壇への影響力が強い。大手紙の中で唯一非営利団体(「スコット財団」)が所有する。

―アラビアのジョナサン 武器調達の収賄疑惑

 1995年4月10日、ガーディアン紙は、ジョナサン・エイトケン財務副大臣(当時)が、サウジアラビアから兵器契約に絡んで賄賂を受け取っていたと1面で報じた。同紙とグラナダ・テレビの調査報道番組「ワールド・イン・アクション」(WIA)の記者による調査を基にしていた。WIAは、エイトケン氏の武器調達大臣時代の賄賂受領疑惑を「アラビアのジョナサン」と題する番組で、同日午後8時から放映予定だった。

 ところが、エイトケン氏は放映3時間前に記者会見をし、「嘘と嘘を広める人」への「戦い」を始めると宣言した。番組は放映され、同氏は名誉棄損で提訴した。

 しかし、同氏のパリのホテルでの宿泊代が賄賂であった証拠をガーディアンとWIAの共同取材が明るみに出し、1997年、同氏の敗訴が確定した。99年、同氏は偽証罪と司法妨害で有罪となり、18か月の実刑判決を受けた(実際の受刑は7か月)。裁判費用が膨らみ、同氏はロンドンの自宅を売却しても足りず、破産宣告を受ける羽目になった。

 一方、ガーディアンとグラナダも訴訟に240万ポンド(約2億2600万円、以下日本円換算はいずれも10年3月23日現在)を費やした。

―7年かけて挑んだ 防衛関連企業BAE疑惑

 今年2月、英国最大の防衛関連企業BAEシステムズの汚職疑惑を調査していた英米当局は同社と合計4億5000万ドル(約370億円)罰金の支払いで合意した。

 同社は、東欧諸国やサウジアラビアへの航空機販売を巡り、賄賂を使った事実を隠すために、米司法省に対し虚偽の情報を提供していたことを認め、巨額の罰金を払うことになった。英重大不正捜査局に対しては、同社がタンザニアでの取引を巡って不正会計を行ったことを認め、罰金3000万ポンド(約40億円)を払い、企業による刑事犯罪事件の和解金額として、英米両国においてともに最大額となった。

 BAEシステムズの賄賂疑惑は長年噂になっていた。しかし、それを実証するには時間がかかった。ガーディアンが先陣を切って取り上げたのは2003年である。当初ガーディアンが問題視したのは、1980年代に英国とサウジアラビアの間で交わされた「アルヤママ」兵器売却契約に関わる賄賂疑惑だった。90年代を通じて契約内容が拡大し、全体では430億ポンド(約5兆8000億円)にまで膨れあがっていたからだ。もちろん英国最大の兵器売却契約である。

 報道を続けるうちに、同社が裏金を使ってサウジアラビアの王族に接待を行っていた証拠を持つ人物がガーディアンに連絡を取るなど、情報提供者が徐々に現れて、報道の信ぴょう性が高まっていく。

 2004年、英重大不正捜査局が捜査を開始した。しかし、06年12月、捜査が佳境に入ったところで、政府の介入により突然中止されてしまう。

 ブレア首相(当時)は「テロ打倒、中東和平など」、サウジアラビアと英国が「戦略的に非常に重要な関係」にあり、打ち切りは「正しかった」と述べた。重大不正捜査局の当時の局長は「政治的圧力はなかった」「自分で決めた」とBBCの取材に答えているが、サウジ側からの英国への政治的圧力や兵器契約が打ち切られた場合の雇用減少や売却金の喪失という経済上の圧力が働いたことが、報道によって暴露された。

 ガーディアン紙は、2007年6月にはBBCとともに、BAEが元駐米サウジアラビア大使に対し、兵器受注にからみ過去10年間で10億ポンド(約1360億円)以上の裏金を渡していたと報道した。

 こうして、BAEが虚偽報告や不正会計で英米当局に罰金を支払うまでに、報道開始から7年の歳月が流れていた。

―差し止め報道を差し止める 多国籍企業を敵に回して

 このところ英国で問題視されているのが、著名人や大企業が、高額で弁護士を雇い、自分たちに都合の悪い情報の報道をストップさせる、差し止め令の発令だ。さらに差し止め令が出ていることすらも報道させない「超差し止め令」事件が増え、言論の自由を奪う状態が生じている。その典型が多国籍石油取引大手トラフィギュラ社の例だ。

 06年、同社は、西アフリカのコートジボワールに廃棄物汚染物を捨てた。その際、調査会社に依頼し、人体や環境への影響について報告書を作成させた。報告書は廃棄物の毒性が高く、場合によっては死に至る可能性もあると指摘していた。

 この「極秘資料」(同社)の報告書が、09年9月、「第三者」によってガーディアン紙に渡ったという。トラフィギュラ社は、同紙が「違法に入手した極秘」報告書を公表することをおそれ、阻止すべく提訴した。

 高等法院(刑事事件の第二審に相当)は同月、「報道の公益性がない」などの理由から報道の差し止めを命じた。同時に、報告書の内容が公表されればトラフィギュラ社に重大な悪影響をもたらすとの理由から、差し止め命令が出ている事実を報道することも禁じた。「超差し止め令」の発令である。命令を無視して報じた場合、ガーディアン紙側は法廷侮辱の罪で禁固刑などの刑事罰を受ける可能性もあり得た。

 法律で口を封じられたガーディアン紙はどうしたか?

 10月、高等法院の差し止め命令を問題視したある下院議員が、議会での審議を提案した。「超差し止め令」によって、この議案内容すらも報道できないガーディアン紙は、自社サイト上で同紙が「議会報道の差し止めを受けた」と題する記事を掲載した。同時に、アラン・ラスブリジャー編集長がツイッターでこれを報じた。

 ツイッターのつぶやきにフォロワーたちが反応。あっという間にネット上で議案内容を突き止める動きが広まった。すでに英文ウィキペディアで報告書の概要が出ていたこともあって、「超差し止め命令」は有名無実になってしまった。トラフィギュラ社は超差止め令を翌日解除し、報告書自体の報道差し止め命令も数日後に解除した。
 
 「報道の自由の勝利」として一件落着したが、ガーディアン紙はトラフィギュラ社に裁判費用(未公表、一説には100万ポンド=約1億3600万円)を支払っている。(次回に続く)
by polimediauk | 2010-05-21 08:07 | 新聞業界