政治とメディア

流れを変えたテレビ討論 ー英国の2010年総選挙の報道:「新聞研究」8月号より

 「新聞研究」(8月号)に、琉球新報社の普久原均氏が書いた、「差別と犠牲を断つために -普天間問題をめぐる沖縄地方紙の立場」という原稿がある。ネットで読めないのが大変残念だが、沖縄基地問題は「人権問題」と書く。日本人全員にとって非常にかかわりの深い問題。

 8月号の「メディアスコープ」というコーナーに先日の総選挙の報道振りについて書いた。前にブログで書いたものと重なる部分があるのだけれど、以下に転載したい。

流れを変えたテレビ討論
ー英国の2010年総選挙の報道


 5月11日、英国で新政権が発足した。13年ぶりの政権交代で、下院議席数で第1党の保守党と第3党の自由民主党による連立政権である。1920年代以降、保守党と労働党(前与党)の2大政党が交互に単独政権を発足させてきた英国では、稀有な状況となった。

 5月6日の投票日まで一ヶ月に渡って行われた選挙戦は、初めて行われた主要3党党首によるテレビ討論が話題をさらった。マイクロブログ「ツイッター」やブログ、動画投稿サイトも活況を呈したが、連日、議論の流れを作ったのは新聞、テレビの伝統メディアだった。

―テレビ討論で議論沸騰

 今回の選挙戦報道で台風の目になったのが、3大党首によるテレビ討論である。

 政界トップを決めるテレビ討論は米国が元祖だ。英国でも主要党首によるテレビ討論の実施を望む声があがっていたが、支持率を下げたくないという政治家の思惑などから、実現しなかった。今回は民放スカイの発案に各党首が説得され、実現の運びとなった。

 第1回目の討論(4月15日、民放ITV放送)では、第3党の自民党党首ニック・クレッグ氏が、視聴者一人ひとりに語りかけるスタイルで多くの国民の心をとらえた。同氏が討論の勝利者と答えた人はITVの放映直後の調査では50%を超えた(キャメロン保守党党首とブラウン労働党党首・当時はそれぞれ20数%)。

 テレビ討論以前にはクレッグ氏の知名度は低く、政党支持率は保守党が40%弱、労働党が約30%のところ、自民党は20%がやっと。しかし、テレビ討論後の自民党の支持率は一時32%を記録し、保守党、労働党を超えた。

 クレッグ氏は、討論の中でキャメロン氏とブラウン氏が互いの政党の欠点をあげつらう様子を指して、「古い政治」と呼んだが、これは単に政治の話のみではなく、2大政党の枠組みを前提としたメディア報道に対する鋭い批判のようでもあった。

 テレビ討論が始まってからというもの、メディアは討論での各党首のパフォーマンスやその影響の分析に終始した。特にクレッグ氏の一挙一動に注目が集まり、「クレッグマニア(クレッグ狂)」という言葉さえ出来た。

 第2回(22日、民放スカイ)、第3回(29日、公共放送大手BBC)の討論では、キャメロン、ブラウン氏ともに持ち直してゆくのだが、どちらの政権が過半数を取るにせよ、第3政党が将来の政権発足の鍵を握ることが英国内で意識されるようになった。

 クレッグマニアの拡大を恐れたあまり、保守党支持派の新聞数紙が「クレッグつぶし」の報道を行うようになった。その先頭に立ったのが、「保守党の新聞」といわれる高級紙テレグラフや、保守党支持の立場を明確にしている大衆紙サンや右派デーリー・メール、労働党寄りの大衆紙デーリー・ミラーなど。テレグラフはクレッグ氏の過去の「灰色」経費疑惑を1面で報じたほか、クレッグ氏の恵まれた家庭環境やケンブリッジ大学での勉学をエリートの証拠であるとする記事を掲載した。

 階級社会の名残が続く英国では、恵まれた家庭環境や著名大学での勉学はエリートの印と見なされ、好ましくないものとして報道されることが多い。

 あからさまなクレッグつぶしの報道を快く思わないリベラルな知識人は多く、左派高級紙ガーディアン、インディペンデントは「偏向報道」として批判した。

―支持を打ちだす新聞各紙

 英国の新聞の大部分は、支持政党を明確にする。今回の選挙戦では、テレグラフ(保守党)、ガーディアン(自民党)、タイムズ(保守党)、サン(保守党)、フィナンシャル・タイムズ(保守党)、週刊誌エコノミスト(保守党)などに分かれた。支持政党があるからといって、その報道が必ずしも偏向しているわけではないが、大衆紙に限るとあからさまだ。英国の新聞報道はこの意味で「パルチザン(党派的)」といえよう。

 投票日、サンはキャメロン保守党党首の顔をイラスト化した1面を出した。見出しは「私たちの唯一の望み」である。オバマ米大統領が大統領選で使ったポスターに酷似していた。労働党支持のデーリー・ミラー紙はキャメロン党首の写真の上に「首相」と見出しが入り、さらに大きな字で「本当に?」と書いた。同氏には首相の資質がない、首相に就任したら大変なことになる、とでも言いたげである。

 テレビ討論以外で注目を集めたのがブラウン氏の失言事件だった。同氏は有権者の女性とカメラの前ではにこやかに談笑した直後、車中でこの女性の悪口を発した。スーツについていたマイクを外すことを忘れていたのが不運だった。談笑場面と車中の発言の音声がテレビで繰り返し放映され、動画投稿サイト、ユーチューブでも流れた。翌日の新聞各紙もこの事件を大きく扱った。

―テレビ報道の変化

 ネットの普及が進んだといえ、一挙に数百万人規模の視聴者にアピールできるテレビが話題づくりに最も貢献した選挙戦だったが、問題点も改めて明らかになった。

 1つには、どんなによい政策を持っていても、テレビでのパフォーマンス力、コミュニケーション力が不得手だと、その政治家は支持率上昇に苦労する。例えばブラウン元首相はクレッグ党首のように「視聴者一人ひとりに、自分の言葉で語りかける」スタイルが得意ではない。テレビでの自己アピール力が、より一層求められるようになっている。

 もう1つは、その逆で、テレビ・ラジオでの自己主張が得意で、政治記者よりもはるかに知識や頭脳が長けている(かつ年齢が若い)政治家に、どうやってジャーナリズムの側が説明責任を果たさせるか、である。この問題は、BBCの敏腕司会者ジェレミー・パックスマン氏が3党首をインタビューした際に顕著になった。

 パックスマン氏は政治家の発言の言葉尻をとらえて、論理のほころびを視聴者の前にさらけ出したり、相手がまっとうな答えを避けようとする時、同じ質問を数回繰り返して、答えを得るまで引き下がらないなど、政治家にとっては手ごわい司会者だ。2005年、自民党の元党首が隠していたアルコール依存症をこのテクニックで暴露し、辞任に追い込んだ。

 同氏は3党首に一対一のインタビュー取材を申し込んだが、恐れをなしたブラウン氏、キャメロン氏は当初、辞退した。知名度が低かったクレッグ氏が取材に応じた。このとき、パックスマン氏はいつものようにクレッグ氏の言葉尻をとらえて論理を破綻させる手を使おうとしたが、クレッグ氏はパックスマン氏が言及した自民党の政策にパックスマン氏よりもはるかに深い知識を持っており、相手のペースにはまらずに自説を主張した。本気で政策面での議論ができるほどの知識をメディア側が持たないと、政治家にやりこめられるーそんな予感がする番組となった。

 先のブレア・ブラウン政権(1997年ー2010年)は政策の見せ方に気を配った。キャメロン新首相はこの手法をやめ、「これからは、粛々と仕事をこなしていきたい」と言う。

 2大政党の枠組みを前提にしない政治状況の出現で、英国は新たな政治メディアの時代に入ったといえよう。(終わり)
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by polimediauk | 2010-08-04 21:31 | 政治とメディア | Trackback | Comments(0)

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