英国事情

赤いひなげしの花がシンボル  -英国の「リメンバランス・サンデー」とは?

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 英国では、毎年10月頃から、赤い花の飾りを上着の襟の部分につける人が増えてゆく。

 これは、11月に開催される、戦死者を追悼する日「リメンバランス・サンデー」(「追悼の日曜日」)に向けた動きで、赤いひなげしの花をイメージした飾りは、追悼の意と新たな人生の開始を表わしている。

 英国の歴史に根付く行事が行われる「リメンバランス・サンデー」に注目した記事を、英国の邦字紙「ニュース・ダイジェスト」の最新号「ニュース解説」面に書いている。26日以降、ウェブサイトにも出る予定だ。http://www.news-digest.co.uk/news/index.php

 実戦部隊を世界各地に派遣させている英国では、戦争は過ぎ去った昔の話ではない。大戦中とは違って国民皆兵制度はないが、志願兵の中で戦死者、負傷者が恒常的に出ている。もちろん、逆に「敵」を戦死あるいは負傷させてもいる。

 そんな国、英国では、戦死者を追悼する儀式が国民的に重要になってくる。

 以下は「ダイジェスト」掲載原稿に若干付け加えたものである。

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ーひなげしと戦死者追悼の関係 Q&A

 Q:赤いひなげし(scarlet corn poppy)が欧州では戦死者追悼の象徴になった背景とは?

 A:ひなげしは欧州原産のケシ科の一年草で、過酷な自然環境の中でも成長して花を咲かせる。19世紀、対ナポレオン戦争で荒廃した欧州各国の戦場では、戦死者の遺体の周囲に赤いひなげしが生え、荒れた土地がひなばしの野原に変貌した。

 1914年、第1次大戦が勃発し、フランス北部やフランダース地方(旧フランドル伯領を中心とする、オランダ南部、ベルギー西部、フランス北部にかけての地域)が再度、戦場になった。戦闘が終わると、戦場を埋めるように育ってきたのが赤いひなげしだった。こうして欧州では戦争とひなげしの花との関連が意識されるようになった。

 Q:戦死者追悼儀式の象徴となった直接のきっかけは?

 A:1915年、カナダ人の医師で詩人でもあったジョン・マックレーが、同国人兵士の死を機に書いた「イン・フランダース・フィールズ」が、英雑誌「パンチ」に掲載された。戦場に咲くひなげしの花を冒頭に入れた詩は、欧州諸国で人気を得て、ひなげしは戦闘で命を落とした兵士たちの大きな犠牲の象徴となった。また、現在では、平和の象徴として、白いひなげしの花をイメージした飾りをつける人もいる。

 Q:「ひなげし募金」(「ポピー・アピール」)とは?

 A:英国在郷軍人会が1921年に始めた募金活動の名称で、集められたお金は英軍関係者への支援に使われている。2010年の募金総額は3600万ポンド(約43億円)。(資料:BBC、英国在郷軍人会のサイト)

―英国での戦死者追悼式の予定表

11月11日:リメンバランス・デー

*午前11時、英国内(及び英連邦諸国などを含む、世界の複数国)で、第1次大戦の戦死者を追悼するための、2分間の黙とうが行われる。

11月の第2週の日曜日あるいは11日に近い日曜日(今年は13日):リメンバランス・サンデー

*ロンドン中央部:午前中、ホワイトホールにある、戦死者の慰霊碑前で追悼儀式が行われる。英王室のメンバー、首相、各政党党首、外相、英連邦や軍の代表者などが出席。11時、黙とう。その後、エリザベス女王から始まって、王室メンバー、首相などが花輪を慰霊碑前に置く。この模様はテレビで生中継される。

*英国内各地:各地の慰霊碑の周辺で同様の儀式が行われる。地元の教会前に有志が集合し、慰霊碑まで追悼行進の後、黙とうと花輪の配置などの流れとなる。誰でも参加できる。

―「リメンバランス・サンデー」とは?

 11月13日日曜日、今年も「リメンバランス・サンデー」(意味は「記念日の日曜日」など)がやってくる。「リメンバランス」には、「追悼」の意味もある。追悼の対象となるのは、第1次世界大戦(最後につけた「関連キーワード」参照)の戦死者だ。

 1918年11月11日午前11時、大戦で敗戦国側となったドイツが勝利者となった連合国軍側との休戦協定を結んだ。翌年から、毎年、11月の第2週の日曜日か11日に近い日曜日のいずれかに、追悼式典が開催されてきた。1919年、最初の式典が行われた時には、この日を単に「休戦日」(「アーミスティス・デー」)と呼んでいた。
 
 第1次大戦は近代兵器を使った初めての世界戦争で、戦死者は数百万規模に上った。大きな犠牲を払った多くの戦死者たちを決して忘れず、この大戦が「最後の世界大戦」になることを願って、国王ジョージ5世が、2分間の黙とうを含む式典を開催する「リメンバランス・サンデー」の設定を主導した。
 
 「サンデー」は元々は第1次大戦の戦死者の追悼日であったが、今では、第2次大戦や最近のアフガニスタンやイラクでの戦死者など、英国が関与した様々な戦争で命を落とした兵士を追悼する日になっている。
 
 ちなみに、英国では11月11日は祝日ではなく、国全体で黙とうを行う時間は設定されているものの、追悼式典自体は「リメンバランス・サンデー」に行われる。
 
 しかし、英連邦諸国を含む他国では、11日に追悼式典が行われることが多い。この日は「リメンバランス・デー」、「アーミスティス・デー」、あるいは戦死者を象徴するのが赤いひなげし(「ポピー」)の花であるために、「ポピー・デー」などと呼ばれている。米国の場合は、11月11日を祝日とし、1950年代からは「ベテランズ・デー」(「退職・あるいは復員軍人の日」)と呼んで、軍隊勤務者に敬意を払う日としている。

―ひなげしの花をつけるかどうか

 秋が深まる頃になると、「リメンバランス・サンデー」を控えた英国では、紙でできた赤いひなげしの花の飾りを洋服の襟部分などにピンでつけた人を多く見かけるようになる。
 
 この飾りの販売は英国在郷軍人会による募金活動の1つだ。飾りを購入すると、利益が英軍関係者への支援に回る。戦死者への追悼の意を表しながら、英兵士にいくばくかのサポートを提供できるとあって、多くの人が飾りを買い求める。この飾りをつけて町中を歩けば、追悼の意を表したという印を公にしていることになる。

 飾りの花は当初は絹製だったが、1970年代後半、紙のデザインに変更された(ただし、絹のデザインのものも販売されている)。在郷軍人会は、今年、飾りの販売で集めた募金額を4000万ポンドまで増大させることを目標としている。

 飾りの着用は、この時期、愛国心の表明ともなるが、これに反発を感じる人は少なくない。「ほかの人と同じような行動を取りたくない」という英国人気質から反発する人がいる一方で、「愛国心の表明を強制されたくない」という人もいる。
 
 また、戦死者への追悼の意の表明行為を真剣に考える人の中には、テレビのキャスターなどが判を押したようにひなげしの飾りをつけて画面に登場する様子を不快に思ったり、侮辱と受け止める人もいる。戦死した父親を持つ、ある退職者は「本当に、戦死者に思いをはせて飾りをつけているのだろうか」、「飾りをつけることが政治的に正しいから、つけているだけではないか」とメディアの取材に述べる。この退職者は、毎年、地元で開催される戦死者追悼儀式に参加しているという。
 
 「リメンバランス・サンデー」は、英国に住む人にとって過去を振り返る機会であるとともに、世界各地の紛争に兵士を送る、戦争の「現役国」であるという現実を承知しながらも、これ以上の死者を出さないようにと願わざるを得ない時でもある。在英日本人にとっては、式典を体験することで、様々なことを学ぶ機会になりそうだ。

―関連キーワード

World War I: 第1次世界大戦(1914-1918年)。オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナンド大公夫妻の射殺による「サラエボ事件」がきっかけで勃発。ドイツ、オーストリア、オスマン帝国、ブルガリアの同盟国側と英国、フランス、ロシアの連合国側が欧州を主戦場として戦闘開始。日本、イタリア、米国も連合国側に参戦した。スイス国境から英海峡まで延びる塹壕戦にそって、数百万規模の若者が動因された。一説には戦闘員の死者は900万人、非戦闘員が1000万人、負傷者は2200万人と推定されている。敗退した側のドイツと連合軍との間の休戦協定は1918年11月11日午前11時に調印された。

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 最後まで読まれた方、ありがとうございます。ちなみに、「英国ニュースダイジェスト」の編集日記がなかなか、面白く、心が和みます。これを書いている方は、実は編集長・・・・。

衝動買いしちゃった 2011年10月6日
http://www.news-digest.co.uk/news/content/view/8565/142/
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Commented by さなえ at 2011-10-28 08:42 x
街にひなげしの飾りをつけた人が増えると毎年憂鬱でした。なにがしかの不安も。日本人であるということで周囲の人たちに非難の目で見られているような気がしたものです。海外にいると国家の評判がそのまま自分たちに跳ね返ってくるので怖いですし、反対に変なことは出来ないと身が引き締まったことを思い出します。日本人がまだ少ない頃だったからかもしれませんが
Commented by polimediauk at 2011-10-29 21:46
さなえさま

そうでしたかー。私自身は、家人の父が英空軍のパイロットで、戦死しましたので、こうした追悼式は非常にリアル+身近なイベントではあります。私はロンドン中央部でのセレモニーはいつもテレビでしっかり見ます。家人は地元の追悼イベントへ。私は一度もこの地元のイベントには参加せず。やはり、快く思わない年配の方がいらっしゃるかと思い、相手の気持ちを刺激したくないので。今も、ずーっと戦争に常に参加している国、英国にいるからこその、独特な期間です。
Commented by elmoiy at 2011-12-09 09:32 x
ttp://www.newsweekjapan.jp/joyce/2011/12/post-52.php
戦没者を悼むポピーが意味するもの

こちらのコラムでコリン・ジョイスさんが、リメンバランス・サンデーの影の部分について書いておられます。
Commented by polimediauk at 2011-12-11 00:31
elmoiyさん、ありがとうございます。私もまったく同意です。有志の若い青年たちに戦争をまかせきっていること、殺させていること・殺していること。そして、「英雄」として、まつること。二重基準のきわみという面もあります。
by polimediauk | 2011-10-26 21:02 | 英国事情 | Trackback | Comments(4)

ジャーナリズムの話いろいろ+欧州事情も


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