小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

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「紳士のスポーツ」クリケットでの八百長はどうやって起きた?

 「紳士のスポーツ」とも言われるクリケットで八百長を行ったパキスタン人選手数人に対し、英高等法院は、11 月上旬、有罪判決を出した。元々は英国で発祥したスポーツであるクリケットは、現在ではインド、パキスタンといったインド亜大陸の諸国を始めとする世界各国で本国以上の人気を集めている。クリケットの歴史と八百長事件の経緯に注目した記事を、「英国ニュースダイジェスト」の最新号〔ニュース解説〕に書いた。

http://www.news-digest.co.uk/news/content/blogcategory/18/263/

 以下は「ダイジェスト」の筆者原稿に若干補足したものである。

 野球の原型とされるクリケットは、11人で構成されたチーム同士が、緑の芝生の中に作られたフィールドの中で対戦する球技だ。この競技が生まれたのは、16世紀のイングランド南部においてだったと言われている。やがて19世紀に大英帝国がその領地を世界中に拡大していくにつれて、クリケットも世界各地に広まっていった。現在ではとりわけインド、パキスタン、オーストラリア、ニュージーランド、西インド諸島、南アフリカ共和国、ジンバブエなどで人気が高い。競技人口の多さでは、サッカーに次いで世界第2位である。1909年には、クリケットを統括する国際組織「国際クリケット評議会(International Cricket Council, ICC、本部ドバイ)」が設立された。

 クリケットいえば、ファッションもお楽しみの1つ。選手のユニフォームは原則白で、男性の場合は白い襟付きのポロシャツに白いスラックス。女性は下に白のキュロットスカートなど。手には白い打者用手袋をはめ、足には白い脛あてをはく。靴も白だ。ひさしのついた白い帽子かハンチング帽をかぶる。緑の芝生の上を、白で全身を固めた選手たちが球を追うこの球技は、公正さを重要視する、紳士・淑女のスポーツといわれている。「それはフェアじゃない」という意味で「It’s not cricket」(関連キーワード参照)という表現を使うように、クリケットは公正さの象徴となっている。

―八百長疑惑が発覚

 ところが、2010年夏、クリケットの試合中に八百長が行われたとの疑惑が発覚する。大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(現在は廃刊)は、ロンドンに住むスポーツ・エージェントのマザール・マジャードに、パキスタンの選手たちに反則投球を行わせたら、15万ポンド(約1800万円)を払うと持ちかけた覆面取材を敢行。そして、同年8月にロンドンで開催されたパキスタン対イングランドの国際選手権において、パキスタン選手たちは、同紙に事前に告げられていた予定通りに反則投球を行った。さらに、お金を受け取ったマジャードの様子を映した画像が同紙のウェブサイトなどに掲載されてしまう。マジャードはこのとき受け取ったお金を使って、同試合の出場選手であるモハメド・アジフに6万5000ポンド(約788万円)、サルマン・ブットに1万ポンド、モハメド・アミールに2500ポンドを払ったと後に説明している。 

 疑惑がかけられたブット、アシフ、アミールは潔白を表明したが、今年2月、試合出場の5年間の禁止措置をICCから受けた。

 今月上旬、ロンドンのサザク高等法院は、マジャード、アシフ、アミール、ブットが、賄賂受領目的で故意に反則投球を行い、賄賂を受領したことへの共謀罪で有罪とした。

 パキスタンのスポーツ紙「ドーン」の記者によると、パキスタン選手の多くが不正行為への誘惑を受けるという。クリケットはほかのスポーツ競技同様、賭博の対象になっており、胴元が巨額のお金を選手に渡し、「反則投球などを依頼するようになっている」、「世界中の著名なチームの選手たちが巨大な八百長マフィアのメンバーになっている」。

 今回はおとり取材によって明るみに出た、パキスタン選手らによる違法行為。ほかにこうした違法行為に手を染める選手がどの程度いるのか、そして、英国も含む他国ではこのような不正行為は行われていないのだろうか?今回の事件は、パキスタンのみならず、クリケットという球技自体への信頼感を大きくゆるがせる結果となった。


ーパキスタン選手による八百長事件の経緯

2010年7月:国際クリケット評議会(ICC)が、イングランド地方で行われた国際選手権での八百長疑惑に関し、パキスタン人選手らに連絡を取る。
8月:大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」が、おとり取材の手法を使い、スポーツ・エージェントのマザール・マジャードが賄賂で受け取った金を数える様子を撮影した動画をウェブサイトに掲載。マジャードは数人の疑惑のパキスタン人選手の名前を挙げた。ロンドン警視庁がこのエージェントを逮捕。
9月:疑惑がかけられたサルマン・ブット、モハメド・アシフ、モハメド・アミールの3選手は潔白を表明。ICCが3人を停職処分にする。3人はこの処分の撤回を求めて訴えを起こす。
10月:アシフが撤回の訴えを中止する。ブットとアミールによる停職解除の訴えが、裁判所によって却下される。
2011年2月:ICCが3人の選手の試合出場を数年間、禁止する。
11月:サザク高等法院が、マジャード、アシフ、アミール、ブットらが、試合での不正行為や賄賂の受領への陰謀罪で有罪とした。後日、ブットには30ヶ月、アシフには1年、アミールには6ヶ月、マジャードには2年と8ヶ月の実刑が下った。
 

ー関連キーワード

It’s not cricket. 「それはフェアじゃない」。

直訳は「それはクリケットではない」だが、クリケットは公正なルールを順守する、紳士のスポーツという意味合いがあり、「クリケットではない」とは、「スポーツマンらしくない」、「スポーツマンにふさわしくない」、「スポーツマンシップに反する」などの意味として使われる。ちなみに、これまでに「It’s not cricket」という名がついた英映画が2つ(1937年、49年公開)公開されている。前者はクリケット狂いの英国人の男性と結婚したフラン人女性の話で、後者はクリケットがからんだ、スパイ物だ。
 
by polimediauk | 2011-11-25 23:01 | 英国事情