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在英ジャーナリスト&メディア・アナリスト。英国のメディア事情や社会・経済・政治事情を新聞業界紙、朝日新聞社「Journalism」、放送批評懇談会の「GALAC」、経済誌、WEBRONZAなどに寄稿。ニュースサイト「ニューズマグ」(http://www.newsmag-jp.com/)運営。著書は『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス (新書)』(共著、洋泉社)など。今年6月、一時帰国の予定です。取材執筆、講演などのご依頼は、ginkokoba@googlemail.comにご連絡ください。 ツイッター
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2012年 02月 23日
エリザベス女王が、2月6日、即位から60周年を迎えた。英国の君主としてはビクトリア女王に次ぐ長い統治となる。父親ジョージ6世の急逝により、25歳で女王に即位した。6月上旬には即位60周年を祝う記念式典が開催され、さまざまなイベントが目白押しだ。邦字週刊誌「英国ニュースダイジェスト」最新号に女王の半生とその時代について書いている。以下はそれに補足したものである。
(ご参考:「英国ニュースダイジェスト」の解説記事には女王のこれまでの年表図がついている。http://www.news-digest.co.uk/news/news/in-depth/8605-uk-nhs.html) エリザベス女王(85歳)は、1926年4月、ヨーク公夫妻(国王ジョージ5世の次男となる父アルバートと母エリザベス)の長女として、ロンドン・メイフェアーで生まれた。エリザベスは王位継承順位では第3位であった。父の兄にあたるエドワードが継承順位では第1位で、その後を継ぐのはエドワードの子供たちと考えられていたため、エリザベスが将来女王になるだろうと思う人はほとんどいなかった。 4歳になると、妹のマーガレットが誕生した。家族の絆は強く、エリザベスは幸福な少女時代を過ごしたといわれている。 1936年、ジョージ5世死去後、エドワードが国王エドワード8世として即位したが、その時代は1年も続かなかった。離婚経験がある米国人女性ウォリス・シンプソンと交際していたエドワードは、離婚女性と国王との結婚が許されないことを知って、王位を捨てる方を選択したからだ。 そこでエリザベスの父アルバートがジョージ6世として即位し、その統治は1952年まで続いた。健康が悪化していた父の代わりに、夫のフィリップとともに外国を訪問中だったエリザベスは、同年2月6日、父が亡くなったことをケニアで知った。 女王として英国に急きょ帰国したエリザベスを、当時の首相ウィンストン・チャーチルが飛行場で出迎えた。25歳という若くかつ美しい女王の誕生に、国民中が湧いたという。戴冠式は翌1953年。その模様がテレビで放映されると、国内外の視聴者は画面に釘付けとなった。女王は国民のアイドルになっていた。 ―変わる英国とともに60年 エリザベス女王の統治の当初は、ちょうど大英帝国が解体しつつある頃であった。インド、パキスタンの両国が独立したのは1940年代だったが、その後もかつての植民地国の独立が相次いだ。元植民地国を中心とした各国は1931年に英連邦としてまとまり、現在までに54カ国が加盟。人口は約18億人で、これは世界の人口の約三分の1にあたる。女王は英連邦の元首である。また、英国教会の首長という役割も持つ。国を代表して外国からゲストを迎えるとともに、議会を開会するのも女王の重要な役目だ。英国を代表する「顔」ともいえよう。 複数の世論調査では王室の存続を支持する人が過半数を占め、エリザベス女王の人気も高いが、その影響に影が見えたことが、一時あった。 長男チャールズ皇太子と結婚したダイアナ妃が不仲となり、1980年代から90年代にかけて、夫婦の不倫関係などのゴシップ記事がメディアで連日報道された。夫妻は1996年に正式離婚したが、翌年、ダイアナ妃がパリで交通事故で亡くなった。 多くの国民がダイアナ妃を慕い、女王から何らかの追悼の言葉を欲していたが、事故死から数日間、女王一家はスコットランドにある避暑用住居バルモラル宮殿にこもり続けた。これが国民の大きな反感を買った。後、女王はロンドンに戻り、国民がダイアナ妃にささげた追悼のカードや山のような花を見て、その死が国民にもたらした悲しみと衝撃の深さを知った。女王はテレビに出演し、ダイアナ妃の突然の死をいたむメッセージを送り、国民の怒りは氷解していった。(ここら辺の経緯は、2006年公開の英映画「クイーン」でもよく分かる。) エリザベス女王の側近らの話によれば、女王は恥ずかしがり屋で、人間よりも動物に話しかけるほうが楽と考えるタイプだという。女王の犬好きや競馬好きはよく知られている。派手なことを嫌い、「名声にも興味がない」(ウィリアム王子)女王は、その一生を女王としての役割を全うするために生きてきた。叔父のエドワードが王位を放棄したことへの衝撃と、「絶対に自分はそんなことをしない」という強い思いが、女王の日々の活動の糧になっていると、女王の伝記を書いた作家ロバート・レーシーは述べる(『ロイヤル』)。 移民出身の国民が全人口の10%を占め、キリスト教以外の信者も増えている。スコットランド、ウェールズ、北アイルランドではそれぞれ独自の地方議会が成立した。英王室は分権化、多様化が進む英国を、ゆるやかに1つにまとめる、象徴的な存在だ。即位60周年記念は、さまざまなイベントに参加することで英国に住む隣人との一体感を感じたり、英国のここ数十年の変化を振り返る機会となりそうだ。 ―関連キーワード: Jubilee: 「ジュビリー」、通例50年目の記念行事。旧約聖書のレビ記の第25章で「ヨベルの年」として言及され、「50年目の聖なる年」の意味に。この年に奴隷が解放され、借金が帳消しになり、野に自然に生えたものを食するよう書かれている。これに沿って、ローマ・カトリック教会でも、聖地を巡礼した者に罪の特赦を与える「聖年」が定められた。Siliver jubileeは25周年記念日あるいは式典、diamond jubileeは60周年の記念日あるいは式典を指す。 ―60周年記念の主なイベント 6月2日(土曜):エプソン・ダービー ロンドン郊外エプソン競馬場で開催される、「ダービーステークス」(または「エプソン・ダービー」を女王が鑑賞。競馬好きの女王は熱心なファンの1人。 6月3日(日曜):「ビッグ・ジュビリー・ランチ」 近所の人や友人、知人らとランチを共にすることでコミュニティー意識や友好を楽しく深めることを目的として始まったイベント「ビッグ・ランチ」を即位60周年記念にも実行しようという試み。参加希望者はウェブサイトから「ランチ・パック」を申し込むと、イベントの始め方、ポスター、料理のアイデアなどを入手できる。www.thebiglunchcom/ テームズ川でのダイヤモンド・ジュビリー・ショー: 英国内外からやってきた、1,000隻以上の船がテームズ側を下る。先頭には王室の一家が乗る「ロイヤル・バージ」号が位置する。川くだりの様子はバタシー公園の特別イベントでも視聴できる。http://www.thamesdiamondjubileepageant.org/ 6月4日(月曜):ダイアモンド・ジュビリー・コンサート バッキンガム宮殿の前で、BBCにより開催されるコンサート。著名アーチストが出演予定。5000枚の無料チケットはくじ引きで割り当てられる。締め切りは3月2日。 申し込みは以下のサイトから。http://www.bbc.co.uk/diamondjubilee/concert-tickets.shtml. 女王のダイヤモンド・ジュビリーのかがり火: 2,000以上のかがり火施設が、国内の各地に設置され、午後10時過ぎに点火される。ロンドン内には「ナショナル・ビーコン」と名づけられた施設が設けられ、午後10時30分頃、女王が点火を行う。www.diamondjubileebeacons.co.uk/ 6月5日(火曜):聖ポール大寺院でのミサ 聖ポール大寺院で、即位60周年を祝う特別のミサが開催される。女王のための祈りが大寺院のウェブサイトに公表されている。ミサの開始時間などの詳細は後、発表。www.stpauls.co.uk/ ほかの情報は以下を参考に: http://www.thediamondjubilee.org/ http://www.2012queensdiamondjubilee.com/ ※このブログはトラックバック承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
こんにちわ。とても良い話をありがとうございます。5月18日ウィンザー城でエリザベス2世の即位60周年公式記念晩餐会が開催されます。出席者は英国女王夫妻、日本皇帝夫妻、スペイン国王夫妻、スウェーデン国王夫妻、バーレーン国王、英国王族よりグロスター公夫妻と女王第3王子ウェセックス伯爵夫妻の予定のようです。想えばおよそ100年前ヴィクトリア女王のダイアモンドジュビリーでは3等国だった日本皇族はヴィクトリア女王と同室すら許されませんでした。今上様がガーター勲章を着用されて、英女王のダイアモンドジュビリーに出席する様を拝見できるのは隔世の感があります。今上様は戴冠式とダイアモンドジュビリーの双方に出席した唯一の王侯君主となります。同席者もスウェーデン、スペイン共に現存王室では最も由緒ある御家系です。またグロスター公は先代が戦前に昭和天皇のために派遣されたガーター勲章使節団の団長を務められた因縁がございます。しかも今年は10万人以上の英軍が日本軍の捕虜となったという、大英帝国史上最大の敗北を喫したマレー攻略・シンガポール陥落70年の年でもあります。平和とは有り難いものでございます。 元神戸人さま
貴重な情報、ありがとうございました! 本当に、平和はすばらしいですね。といっても、英国ではまだまだ海外での戦争は続いています。日英間の戦争がないのが、本当にありがたいことです。
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