小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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メディアとツイッター -アカウントは誰のものか?

 NHK堀さんのツイッターアカウントの件で、話が盛り上がっているようだが、ひとまず、英メディアとツイッターの話で前回、入りきれなかったことを紹介してから、この件を考えてみる。

―司法界

 ツイッターを利用する人がどんどん増える英国で、昨年末、イングランド・ウウェールズ地方(英国の人口の5分の4を占める)で、裁判を傍聴する記者が事前の許可なしにツイッターや電子メールを通じて法廷から外部にツイートすることが認可された。

http://www.bbc.co.uk/news/uk-16187035

 これ以前の話として、2010年末、ウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジの裁判で、記者らが(許可なく)ツイートを始めた事件があった。昨年5月には、芸能人らのスキャンダルを巡って、裁判所が報道禁止令を出していた件で、ツイッターに当事者を特定する書き込みが多数発生した。禁止令は有名無実化してしまった。

 今年2月には最高裁がツイッターを開始している。アカウント:@UKSupremeCourt

―人種差別発言で有罪

 ツイッターは気軽に情報発信ができるが、学生が黒人サッカー選手に関する人種差別的発言をして、逮捕される例も出ている。その一つは、3月17日、サッカー場で倒れた、ザイール出身のファブリス・ムアンバ選手について、人種差別発言をツイッターで流したリアム・ステーシー君(21歳)。28日、ステーシー君に56日間の禁固刑が下った(チャンネル4)。 

http://www.channel4.com/news/muamba-tweets-man-could-face-jail

―組織で使うアカウントは誰のものか?

  組織名が入ったアカウントの場合、使い手・記者は「組織の一員としての発言」を求められる、と考えるのが普通であろう。

 しかし、組織を出て、別の組織に移動した人の場合、前の組織で作ったアカウントのフォロワーたちは、誰のものなのだろう?

 昨年夏、公共放送最大手BBCの政治記者ローラ・クエンスバーグの民放ITVへの移籍が物議をかもした。

 というのも、記者はBBC名が入った自分のツイッター・アカウント(@BBCLauraK )に約6万人のフォロワーを持っていたが、ITV側は移籍後のアカウントとして@ITVLauraKを登録していたからだ。

 クエンスバーグがこれほどの数のフォロワーを持てたのは、BBCの記者として画面に登場していたからだが、果たして、BBCという組織はクエンスバーグのフォロワーたちを「所有」しているのだろうかー?

 現在のところ、BBCが所有権を主張する法律がないようである。過渡期なのだ。

 さて、3月末時点で、クエンスバーグのITVのアカウントのフォロワーは7万5千人を超えている。記者はBBC時代のフォロワーをライバル局に「持っていった」ことになった。BBCは悔しいかもしれない。でも、残念ながら、どうすることもできないのが現状だ。

 もともと個人同士のコミュニケーションの活発化のために発展したソーシャル・メディアは、参加者一人ひとりの価値観や特徴が強くにじみ出る性格を持つ。

 既存のメディア組織で働く記者にとっては、情報の発信媒体と受け取り手との間に存在していた格式ばった隔たりが消失し、記者個人の見立てによる情報の発信が可能になった。

 組織の側からすればツイッターはブランドの価値を高める一手法だが、情報の受け取り手は記者個人の視点や専門性、性格などに共鳴し、フォロワーとなる。

 記者のツイッター・アカウントのどこまでが個人のものでどこまでが組織に所属するのか?その境界線は、あいまいだ。

 クエンスバーグの例で考えると、BBC時代の彼女の6万人のフォロワーが「BBCの所有物」として、もし法的に定義されたとしても、BBCはこの6万人の大多数が、クエンスバーグの新しいアカウントに流れることを止めることはできない(もちろん、この6万人が、クエンスバーグの現在の7万5000人のフォロワーの中の6万人とぴったし同じ人であるという証拠はない。しかし、大部分は重複していると考えるのが妥当であろう)。

 つまり、「止められない」ので、「何ともしようがない」という部分がある。

―NHK堀さんのアカウントについて

 NHKの番組アナウンサー堀さんのアカウントが、担当番組が終了するために3月いっぱいで使えなくなるそうで、議論が沸騰している。

http://blogos.com/discussion/2012-03-28/nhk_HORIJUN/

 私も意見を少し書いたのだが、まず、このアカウント名は@nhk_HORIJUNで、番組名が入っていない。つまり、番組終了後も、もし掘さんがNHKに勤務し続けるのであれば、使えるアカウントである。9万人ものフォロワーがいるのであれば、このまま利用できるようにすれば、と思うけれどー。

 「特定の番組のアナウンサーとして作った」アカウントであるならば、別のアカウントを新たにNHKに作ってもらったらどうだろう。今度は担当職務の変更でその都度、変えないようにしてーー察するところ、これができないので、「さよなら」というつぶやきになっているだろう、おそらくー。(この部分が実はすごく深いのだろうと想像する。)

 このアカウント名にどうも「秘密」があるような気がしてならない。番組名が入っていないアカウントを、その番組の担当からはずれるからといって、「返上する」というのは、やや外に立って物事を眺めると、どうにもおかしい。不思議である。

 これを機に、NHKのほうで、「記者、編集者には積極的にツイッターによる情報発信をしてほしい」ので、改めて、「堀さんをはじめとする様々な人に公式ツイッターアカウントを作ります」―と言ってほしい。どうであろうか?

 結局、問題は、「番組担当中にのみ、ツイッターで情報発信をさせる」という方針を、NHKが持っているかどうか。「もし」そうならば、その方針を変更することはできないものだろうかー?

 (長くなったので、「何をどこまで発信できるのか?」については後日。)

***追記***

 後でいくつか、思ったことをメモする。(ツイッターでも流そうと思う。)

 ①NHKのツイッター(あるいはソーシャルメディア)についての方針で、文書の形にしたものがあるのであれば、これをできれば公表してはどうだろうか?これがないと、話が憶測に基づくことになりがちだ。 (前のエントリーに書いたが、英BBCではこれをウェブサイトで公表している。)

参照:BBCのソーシャルメディア方針
公式アカウント用:
Social Networking, Microblogs and other Third Party Websites: BBC Use
http://www.bbc.co.uk/guidelines/editorialguidelines/page/guidance-blogs-bbc-summary

個人利用用:
Social Networking, Microblogs and other Third Party Websites: Personal Use
http://www.bbc.co.uk/guidelines/editorialguidelines/page/guidance-blogs-personal-summary
ツイッター利用規定
http://news.bbc.co.uk/1/shared/bsp/hi/pdfs/14_07_11_news_official_tweeter_guidance.pdf
公式ブログ、ツイッターアカウントの表
http://www.bbc.co.uk/news/help-12438390

 ②これがNHKバッシングにつながらないといいな、と思う。

 ③組織側からすると、いい意味の広報役を失うことになるが(9万人もいるので)、もったいなくはないのだろうか?

 ④堀さん(あるいは同様に、組織内でツイッターをやっている人など)は、ひとまず、個人でアカウントを作ったら、どうか?組織が方針を変えるまでには時間がかかるし、組織には組織の理由があるかもしれない。だから、それを待つのではなく、自分で、個人の資格でやる、というわけだ。

 実際に、日本で、社名が入ったアカウントを持つ人でも、「所属組織の意見ではない」「個人のツイートである」ことを明記して、やっている人は結構いるので。

 ⑤「わざわざ、ツイッターをやる必要はないんじゃないか?」という意見をBLOGOSで見たけれど、今、情報を取ることを仕事とする人は、特にニュース報道や情報番組を作っている人は、ツイッターで情報収集をしないと、出遅れる感じがする。記者・ジャーナリスト「だからこそ」やるべきと個人的には思う。自分が発信しなくてもいいから、情報収集だけでもー。

 とりあえずー。 



 



 
by polimediauk | 2012-03-28 20:55 | ネット業界