小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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「サン」の言い訳 フセイン元大統領の下着姿の写真


ジョーク?

 米軍管理下に置かれているフセイン・元イラク大統領の下着姿の写真が20日付けの英タブロイド紙「サン」で公開され、アラブ諸国で反米感情が高まっていると言う。英タイムズ紙21日付は、元大統領の弁護団が米政府とサン紙を訴える、としている。

 サンはどんな言い訳をしているのか?

 その前に、若干の流れを見てみたい。それぞれ、21日付の日本のメディア報道から。

フセイン下着姿写真の流出、アラブ社会に対米不信感 〔読売新聞オンライン〕
 【カイロ】英大衆紙「サン」がイラク元大統領サダム・フセインの下着姿などの写真を掲載した問題で、イラク国内をはじめアラブ世界は、一部欧米メディアの報道姿勢に困惑と怒りを示すと共に、問題の写真を提供したのが米軍関係者であったことで、対米不信感を強めている。

 「倫理的、職業的理由から、この写真は放映しません」。カタールの衛星テレビ「アル・ジャジーラ」のアナウンサーは21日、サン紙の写真掲載を報じるニュースで視聴者にこう説明した。

 同テレビは、アブグレイブ刑務所での米軍によるイラク人被収容者に対する虐待写真については繰り返し放映した。しかし、広報担当者はAP通信に対し、今回のフセイン写真について「イラク人の品位を傷つけるもの」と述べ、サン紙報道への不快感をあらわにした。

 イラク国内の反応もおおむね同様だ。バグダッドの飲食店経営カジム・ジャワドさん(33)(イスラム教シーア派)は「なんでこんな写真を掲載するのか。テロリストをわざと刺激し、内戦を引き起こす狙いとしか思えない」と述べ、米軍への不信をぶちまけた。

留飲下げる人、「米策略」説も=イラク元大統領の獄中写真-バグダッド 〔時事通信〕

 【カイロ】英大衆紙サンが掲載した獄中のサダム・フセイン元イラク大統領の写真は、同国(注=イラクのこと)でも大いに話題となった。首都バグダッドでは、かつての独裁者のみじめな姿に留飲を下げる人がいる一方、米国の策略とみる人もいる。

 フセイン政権時代に投獄されたことのあるタクシー運転手、アブアリさん(50)は、元大統領の下着姿や洗濯をしている写真について、「自分も獄中で服を洗い、あまりに暑いので下着姿になったりした。今、わたしを刑務所に入れた男が同じことをしている。いい気味だ」と話した。

 バグダッド大学のハシェム・ハサン教授(メディア論)は、これらの写真が米国防総省の承認を得ずに流出するはずがないと指摘した上で、「米国の目的は、元大統領を英雄とみる支持者のフセイン像を覆すことにある」と解説した。

 一方、写真の中で元大統領がはいていたタイプの下着が今後、「サダム」と呼ばれることになったという冗談も出回っているという。

損害賠償1億円求め提訴か=下着写真掲載でフセイン元大統領 〈時事〉

 【ロンドン】21日付のタイムズ紙など英国の複数のメディアは、下着姿の写真が英大衆紙サンに掲載されたイラクのフセイン元大統領が同紙を相手取り、100万ドル(約1億0800万円)の損害賠償を求める訴訟を起こすと報じた。

 タイムズによると、フセイン元大統領の弁護士は「サンの写真掲載は(戦争捕虜のプライバシー保護を規定した)ジュネーブ条約に違反する」と主張。サンに加え、元大統領をイラク国内の施設に収容している米政府も訴えることを決めたと述べた。 

一方、別の弁護士は英大衆紙デーリー・メールに対し、訴訟はサンの発行地である英国で計画されていることを明らかにした。


〈記事貼り付け終わり〉

 サン側の言い分だが、タイムズ紙によると、サンのマネジング・エディターのグラハム・ダッドマン氏のコメントで、「写真はすばらしい、アイコンにもなるような種類のもので、もしその場にいたらどんな新聞も、雑誌も、テレビ局も外に出すことをしないでいられるのか、と聞きたい。この男は少なくとも30万人を殺している。誰かが写真を撮ったからといって、可愛そうだと思うべきだろうか?〈収容所で〉虐待されているわけでもなく、ズボンを洗っているだけだ。現在のアドルフ・ヒットラーなんだ。可愛そうに思うべきだ、なんていわないで欲しい」。

 タブロイド紙独特の、「懲罰主義」(裁判官などに代わって、「悪者」を懲らしめるという考え方。人々の感情論に訴えかけ、行為を正当化する)が良く出ているコメントだと思った。新聞・メディアが、誰をどう罰するかを決める、というのは、怖い話ではないだろうか?

 個人的には、「そっくりさん」がポーズをとったようで(有名人をテーマにしたそういう写真本が既に出ている)、紙面に載った写真を見たときに、驚きと共に若干のユーモアの意味合いも〈不謹慎かもしれないが)感じた。、サンとしては、人々の度肝を抜きたい、スクープを載せたい、発行部数を(さらに)伸ばしたいというのが本音であって、ジャーナリズムの追求、モラル、人権保護などは全く眼中にないのが分かる。こういう言い方はアラブ・中東の人からすれば残酷かもしれないが、サンとしては、一種のジョークとして、楽しんでこういう写真を載せているふしがある。〈例えば、東スポの見出しなどのノリである。)

 サンによると、写真は、フセイン元大統領を支持するイラク人達による暴動を和らげることを願う米軍関係者から入手した、という。

 「サダム・フセインはスーパーマンではなく、神様でもない。老化する、みすぼらしい男なのだ。イラクの人々がフセインをこのように見るようになること、神話を打ち砕くことが重要だ」と関係者はサンに語ったという。「これで、もしかしたら、まだフセインを支持する狂信者達のパッションを少しはなくすることができるかもしれない。もう終わったんだ。フセインのバース党が支配した邪悪な日々は絶対に戻ってこないー写真がその証拠だ」。

 21日付のサン紙は、さらに同様の写真を掲載。フセイン元大統領が祈っているような写真もあった。

 弁護団の訴訟が実を結ぶ可能性は低い、というのがタイムズ紙にインタビューされた法律関係者の結論だ。写真掲載はジュネーブ条約の違反と言う点までは言えるものの、まず訴訟を実行するだけのお金をフセイン元大統領があるのかどうか、という点がある。また、サンが、これまでプライバシー侵害を訴えられると反論として使ってきた、「写真を公開することは、公的利益にかなうものだった」とする説明が、たとえ裁判沙汰になっとしても、有利になる可能性もある。モーリス・メンデルソン氏という弁護士は、タイムズ紙に対し、ジュネーブ条約の下であっても、拘束された戦争捕虜が国家を訴える権利はない、としている。
by polimediauk | 2005-05-23 01:24 | 新聞業界