英国事情

ロシアの新興財閥(オリガルヒ)と英国 メモ

 ロシアから英国に亡命してきた、富豪・新興財閥(オリガルヒ)の一人、ボリス・ベレゾフスキー氏が、23日、英南部アスコットの自宅で死亡していたことが分かった。24日昼現在、死因は明らかになっていない。

 英国に亡命中だったロシア人の富豪ベレゾフスキー氏、死亡 ―巨額負債を抱えたことが苦に?

 プーチン政権の批判者としても知られたベレゾフスキー氏。自殺なのか、あるいは何者かに殺害されたのか、死因がはっきりするまではさまざまな憶測が飛びそうだ。

 BBCのモスクワ特派員の報告によれば、多くの国民が社会体制の変化で困窮に苦しむ中、一握りの人々が巨額の富を得たのが新興財閥と見られており、ロシア内で死亡したベレゾフスキー氏への同情論はあまりないようだ。

 ここで、いわゆる「新興財閥」について、簡単にメモって見たい。

 オリガルヒとは、旧ソ連が社会主義政治・経済体制から資本主義に移行する中でロシアの経済改革や国営企業民営化などを通じて財を成した個人の起業家たちを指す。

 英国では、サッカークラブ、チェルシーの所有者ロマン・アブラモビッチ氏が有名だ。

 アルミ王といわれるオレグ・デリパスカ氏をはじめとして、ロンドンの高級住宅街に豪華な邸宅を所有していることが多く、こうしたオリガルヒたちが居を構える一帯は「テムズ川のモスクワ」と呼ばれた。

 2006年には元ロシア人スパイ、アレクサンドル・リトビネンコ氏がロンドン市内で毒殺される事件が発生したが、同氏はベレゾフスキー氏が面倒を見ていたといわれ、このときもオリガルヒに注目が集まった。

 世界的な金融危機でロシア株式市場が暴落し、オリガルヒたちは巨額の損失を抱えた。しかし、現在は資産を持ち直しているといわれている。

 財閥誕生までの流れを振り返ってみると、

1987年:ソ連で銀行の設立が自由化。後に新興財閥となる青年たちが金融業に進出。

1991年:ソ連崩壊。一部の新興財閥が為替市場で通貨ルーブルの下落を利用した取引で利益を得る。また、彼らの多くは、経済政策が変わって財務難に落ちいった中央や地方の役所にその金を融資した。

同年:ロシア連邦成立。ソ連時代の社会主義的政治・経済体制から資本主義社会への移行。ロシアの経済改革や国営企業民営化を通じて、1980年代後半から、さまざまな企業グループが形成される。

1996年:ロシア大統領選挙、実施。再選を狙っていたエリツィン大統領に新興財閥らが選挙資金を拠出。マスコミ企業の支援もあって、無事、当選。新興財閥の一人であるウラジミール・ボタニン氏が内閣入り。エリツィン大統領の経済改革により、国民生活は悪化。

2000-01年:ウラジミール・プーチン氏が大統領就任。新財閥の影響力増大に懸念を持ったプーチン氏は、詐欺や脱税容疑で一部の新財閥を逮捕。メディア財閥のベレゾフスキー氏は経営するテレビ局が放送停止に追い込まれたこともあって、英国に亡命した。

2004-6年:ミハイル・ホドルコフスキー氏率いる石油企業ユーコスが、政権の圧力により解体に追い込まれる。

2007-8年:世界金融危機により、新興財閥たちは大きな負債を抱えた。

(「英国ニュースダイジェスト」掲載の筆者記事に補足しました。)
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by polimediauk | 2013-03-25 00:20 | 英国事情 | Trackback | Comments(0)

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