小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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米マスコミの「イラク開戦前夜」報道 ダウニングストリートメモ あれこれ


情報のギャップ

 2003年3月のイラク戦争開戦前夜の話がアメリカのマスコミである程度大きく報道されているようだ。特に、2002年ごろの英首相官邸でのメモ(「ダウニングストリート・メモ」)が問題になっているようだ。(ヤフーで探すと、いろいろ出てくる。)

 何人かの人から、イギリスではどうなのか?と聞かれたのだが、実はそれほど大きなニュースにはなっていない。(口火を切ったサンデータイムズは別だが。)むしろ、アメリカで何故今大きなニュースになっているのか?を不思議がるような傾向さえ、ある。英マスコミの分析は、「米民主党が、何らかの意図があって、大きなニュースとして扱っている」というものだが、もちろん、米国民・米マスコミの間で知られていなかった事実であるために、騒がれているのだろう。米政治には詳しくないが、他にも理由がある可能性もある。

 何故イギリスで大騒ぎになっていないのか?だが、結局は、既に織り込み済み、というか、少なくとも国民の認識・理解の上では、細かい事柄〔誰が何をいつどう言ったか〕は覚えていなくても、2003年の開戦よりもはるかに前から英米間〔ブレア首相とブッシュ大統領間〕で、合意ができており、戦争が開始された、というのが定説、通説になっているためだ。

 2002年の時点で既に米英政府がイラク開戦をほとんど決定していた、英官邸で可能性が話し合われていた、あるいはブッシュ氏が大統領になった時点で既にイラクへの武力攻撃することを心に決めていた、という点を含めて、開戦にいたる過程は英マスコミがこれまで、これでもか、というほどしつこく報道してきた。開戦理由を誇張していたのはではないか?を調査したハットン独立調査委員会が2004年1月末に報告書を発表し、諜報情報の正確性を調査したバトラー委員会も7月に報告書を発表している。

 元閣僚らも本を出版し、それぞれが、「ダウニングストリートメモ」に直接言及していなくても、「開戦時期よりかなり以前に英米間で決められていた」という疑念(あるいは事実)は、かなり露出されてきた。米政権の中枢にかつてはいて、辞職した人々のインタビューなり本なども英国ではよく読まれてきた。

 「ダウニングストリートメモ」で、つまり官邸内で2002年の時点から既に開戦に関しての話があった、という報道は、ストロー外相などが、「当時は様々なことを議論しており、あらゆる可能性を考える必要があった。その一環だった」と5月の時点で、答えている。本日(6月29日)、外国プレス協会での会見で、改めてこの点を問われた外相は、「報道は全体の文脈の中の一部を取り出したもの。これ以上は答えることがない」としている。

 ・・と、ここまでは、「イギリスでは既に周知のことなので、あまり大きな話題になっていない」という結論で話が終わるのだが、やや問題が出てくるのは、例えば、関連トピックを扱った報道が、6月28日付であった。

「米に同調は危険大きい」=イラク開戦前、ブレア首相に進言-英外相
【ワシントン28日時事】28日付の米紙ワシントン・ポストは、イラク戦争開戦前に英国のストロー外相らブレア政権の中枢が、軍事作戦を急ごうとする米国と行動を共にするのは「危険が大きい」などとブレア首相に懸念を伝えていたことが、政権内部の記録から分かったと報じた。 
(時事通信) - 6月28日21時1分更新

 この報道のみから判断すると、一般的な印象として、何か新しい情報のように思えるが、実際には、ストロー外相が最後まで慎重派だったのは英マスコミでは何度か過去に報じられてきた。その情報源の1つとなったのがロビン・クックという元閣僚が出した日記形式の本(The Point of Departure 2003年10月発売)で、ストロー外相が開戦に反対していたことが綴られている。

 いかにも、すごく新しい情報である、としてワシントンポストで報じられているとしたら、さびしい気がする。

 この報道の内容や2002年時点で開戦の可能性も英政府中枢部で語られていたことなど、英国では「既報」であることが、米国や日本ではあまり報じられていなかったのかな、と思うと、情報・報道内容のギャップが非常に大きいような気がするからだ。

 もう1つの例がある。

 今は日本でも知られるようになった、キューバにある米軍のグアンタナモ基地の話で、ここには世界中からテロ容疑者として数百名が弁護士の接見なし、無期限で拘束されている。拘束が始まったのは2002年の1月。拘束されている人々は、「戦争捕虜」ではない、と米政府が当初言っており、このため、戦争捕虜の人権を守るジュネーブ条約が適用されない、ということで、人権団体らの強い非難の的になってきた場所だ。

 米国は、ジュネーブ条約を無視するのか?これが大きな議論の的に、少なくとも英国ではなっていた。

 後に、米兵の死者の写真などをアラブ系のメディア〔アルジャジーラだったかもしれない〕が放映したが、これをもって、米ラムズフェルド長官は、「ジュネーブ条約に違反している」と非難した。日本で、長官の言っていることをそのまま報道している例を読んだことがある。

 ラムズフェルド長官が「ジュネーブ条約」と言えば言うほど、米国自身がジュネーブ条約をグアンタナモ基地の拘束者に関しては守っていない、という状況があるので、英国では失笑の的となり、論理を自分の都合の良いように捻じ曲げる国、という印象が広まった。

 ラムズフェルド長官、ジュネーブ条約、とくれば、グアンタナモ基地での米軍による拘束者の扱い、というところまで、入れる報道が欲しかった。

 私自身、通常、新聞を読んだり、テレビを見たりするだけで、特別な情報源を持っているわけではない。それでも、「長官―ジュネーブ条約」だけで終わっていた日本の報道に、やや物足りなさを感じた。

 日本には〔米国にも〕たくさん情報が入ってくるはずだが、ある事象の判断に絶対不可欠の要素でも、報道されていないこと、認識されていないことが、意外と多いのではないか?ダウニングストリートメモの日米での取り扱いを垣間見るときに、そう思ったりする。

 (といって、英マスコミが完全であるのでは、もちろんない。予防注射と自閉症とを結びつける報道など、日本からすると、???と思うものはいっぱいある。)

 最後に、このメモの詳細に関しては、ヤフーで探してみたときに、どれもそれぞれで、うまい具合に代表的なものを見つけることができなかったが、興味のある方は、いろいろあるので、見てみていただきたい。


 
by polimediauk | 2005-06-30 01:19 | 政治とメディア