新聞業界

ロバート・フィスク記者のベイルート日記

 23日付「インディペンデント・オン・サンデー」に、レバノン・ベイルートに長らく住んでいる、ロバート・フィスク記者のこの1週間の日記が出ている。(以下、大体の紹介。若干切ってあります。)

 英ジャーナリストの見方、ということで興味深く読んだ。また、エコノミスト7・20号には関連記事が3-4本載っている。もし手元に入るようであれば、ご参考に。フィスク氏の記事を訳していたら疲れきってしまったので(!!)、これまでの経緯と様々な要素に関して触れているエコノミストの記事の紹介ができなくなった。その代わりといってはなんだが、以下にその1つをコピーした。

7月16日(土曜)

 この戦争でミサイルを実際に見たのは今日が初めてだった。

 今朝、(運転手の)アベドと私は、ミサイルが雲を突き刺す様子を見た。「ハビビ(友人)!」とアベドが叫び、私は大声をあげた。「車を回すんだよ、車を回すんだ!」レバノン南部の郊外から、2人で命からがら逃げた。

 角を曲がったところで、爆発が起き、先ほど私たちがいた道路からたくさんの灰色の煙が出ていた。車から見た、イスラエルのロケット弾から走って逃げようとしていた男性たちや女性たちはどうなったのか?分からない。

 空襲が起きると、自分の周りの2-3ヤードしか見えなくなる。逃げて、生き残る。それだけで十分だ。

 アパートに戻ると、電力が切断されていることが分かった。きっと、もうすぐ水も出なくなるだろう。バルコニーに腰をおろし、自分がアフガニスタンのカンダハルやイラクのバスラの汚いホテルに押し込まれているのではなく、自分の家に住み、毎朝自分のベッドで目覚める状態にいることに思いをめぐらした。

 電力カット、それにイスラエルがガソリンスタンドを攻撃したために、ガソリンの欠如、あるいはなくなるかもしれないという恐怖のおかげで、朝の2時まで、自宅の外の路上から聞こえてきた車の警笛、騒々しい音がなくなった。

 夜中目覚めると、鳥の鳴き声、地中海の波の音、やしの木がゆらぐ、穏やかな音が聞こえる。

 夕方、買い物に出かけた。牛乳はなくなっていたが、水、パン、チーズ、魚はたくさんあった。アベドが車を止めたとき、後ろにいた4輪駆動車に乗っていた男性が手を警笛に置いた。私が車から出ると、男性は、「ケス・ウチャタク」(お前の姉をファックする、の意味)という言葉を声に出さずに発した。この戦争が始まって、侮辱的な言葉を発せられたのは初めてだった。

 レバノン人は、通常、外国人に対して侮辱的な言葉を発したりはしない。礼儀正しい。私は、レバノン人がやるように、「どうかしたのか?」というしぐさをしてみせた。男性は、走り去るだけだった。とにかく、私には、姉も妹もいない。

7月17日(月曜)

 電話はまだ通じる。携帯電話がインコのように鳴く。ベイルート、あるいはレバノンを去るべきかどうか、あるいは戻るべきなのかどうかを聞いてくる、友人からの電話が多い。南部の郊外のヒズボラがいるあたりに落とされる爆弾の音が聞こえる。

 友人たちの問いに答えることができない。もし残るべきだといって、殺されてしまったら、私の責任になる。去るべきだと言って、逃げる車の中で殺されたら、これも私の責任だ。戻ってくるべきといって命を落としたら、私の責任になる。いかにレバノンが危険になってしまったかを説明し、友人たち自身が決めることだ、と伝える。

 友人たちのことを思うと、悲しくてならない。この24年間で、4回、国外を退去しなければならなかった人が多い。今日はレバノンとイランの2重国籍を持つ、レバノンの女性から電話をもらった。子供の一人は米国のパスポートを持ち、もう一人がレバノンのみのパスポートを持っているという。状況は絶望的だ。ファラヤ地区のキリスト教徒が住む山岳地帯に行って、山小屋を見つけたらどうか、といった。そこなら安全だろう。そうあってほしい。

 イスラエルのミサイルかあるいは軍用機の尾翼が、車を運転していた男性の体の一部を切り落とす、という事態が起きた、カファー・チムという場所から戻ってきた。

 非常に悲劇的な光景だった。運転席に座っている体の、頭部が前方に曲がっていた。体から流れた血が、座席の下を覆っていた。

 私が現場に長くいすぎるので、アベドが怖がっていた。イスラエル軍は現場に戻る確率が高いからだという。「友人よ、時間がかかりすぎているよ。今度は、あんなに長くいては絶対にだめだ!」アベドは正しかった。後でイスラエル軍が戻ってきて、レバノン軍を爆撃したからだ。

 家政婦のフィデレがおびえている。ベイルートのキリスト教地域から私の家に来るのが危険すぎるというのだ。私の家の玄関から400メートル離れたところにある灯台の上部を、イスラエル軍が爆破してしまったからだ。

 フィデレはアフリカ西部トーゴ共和国出身で、とてつもなくおいしいピザを作る。アベドを彼女の自宅から私のアパートまで連れてきてもらうことにした。フィデレは洗濯が必要な私の衣類を洗濯機に入れたが、5分後に、電気がカットされた。また洗濯機から衣類を出して、明日またやってみることになった。

 7月18日(火曜)

 午前3時45分。暗闇の中で、戦車の音がして目覚めた。階下に下りてゆき、レバノン軍が、私の家の反対側にある駐車場に、米製の人員運搬車を配置したことを知った。やしの木の下に置かれており、こうやればまるでイスラエルの飛行機が見つけられないだろう、とでも言うようだった。いやだなと思ったが、階下に住む、私の大家のムスタファも気に入らなかったようだ。レバノン軍はイスラエル軍のターゲットになってきており、この小さなグロテスクな物体が、戦車と見せかけたやしの木に見えるからだ。

 午前中、私の友人でもある、レバノン軍のある将軍に電話をすると、軍関係者から、場所を確認するための電話があった。駐車場の場所を確認するのに1時間かかったようだ。また電話があって、ヒズボラが駐車場を使ってイスラエルの戦艦を攻撃する事態が起きないように、私のアパートの隣に人員運搬車を配置させる、と言われた。空っぽになったアメリカのコミュニティー用の学校が近くにあり、レバノン軍は私たちを守ろうとしていた。

 7月19日(水曜)

 イスラエル軍がシーア派が住むレバノン南部郊外にあるアパート群を破壊している。このため、海上に雲の傘が恒常的に発生している。数万単位のシーア派ムスリムの市民たちが、ベイルートでまだ破壊されていない場所に逃げてきた。

 こうした市民たちは公園、学校、海辺に退避している。また、私のアパートの外を行ったり来たりしている。ムスリム用衣服を来た女性たち、ひげを生やした夫たち、兄弟たちが、黙って海を眺めている。子供たちはやしの木の周りで楽しそうに遊んでいる。

 人々は、イスラエルに対する怒りを私に吐露する。2人のイスラエル軍の兵士をヒズボラが拘束したためにイスラエルを挑発したという、深い皮肉な状況に関しては、話したがらない。

 ヒズボラがイスラエルに対してそうしているように、イスラエル軍はレバノンの食物加工工場、トラック、バス、それに橋などを攻撃している。ゴミ収集の担当者たちは、収集トラックがミサイル発射用の機材だと間違われることを恐れ、仕事を中断している。今朝はゴミの収集なしだ。

 ベイルートの新聞は、英国の新聞には載らないような写真がたくさんある。頭部を失った赤ん坊、足や腕をなくした女性たち、かつて老人だった男性たちの体の一部など。イスラエルの空爆はおびただしく、ひどい。その結果を私たちのように直接目撃ことができれば、そう思うだろう。

 ヒズボラが手をかけた、罪のないイスラエルの犠牲者もきっとこのように見えるに違いない。しかし、レバノンの殺戮はもっとひどい規模だと思う。

 レバノン人は、そして他のアラブ世界の人々も、こうした写真やテレビで映像を見る。多くの人が、9・11や7・7テロのような行動を起こそうと思うだろう。

 戦争は人々にどんな影響を及ぼすだろう?

 後で、私はオーストリアのジャーナリストに、彼女の父親の職業を聞いたことがある。「飲むことよ」。何故?「祖父がスターリングラードの戦いで殺されたから」。

 駐車場の人員運搬車にいる兵隊とお茶を飲んだ。全員がシーア派ムスリムが住むバールベックの出身だった。ヒズボラのミサイル発射要員には決して銃を向けないという。

 自宅に戻り、南部郊外に出かけ、戻ってみると、兵隊たちは全員いなくなっていた。今日の最初の良いニュースだった。

 財務大臣が記者会見を開き、イスラエルの空爆でどれほどの被害がレバノンにあったかを話した。「サウジアラビア、クエート、カタールから支援の約束を得た」と誇らしげに話す。アイルランドのラジオのジャーナリストが「シリアとイランからも?」と聞く。シリアとイランはヒズボラのサポーターだ。「ない」と大臣が答えた。

7月20日(木曜)

 悪いニュースの日。

 米国からの電話で、私がイスラエルを批判したので、反ユダヤ的であると言われているという。またか。まっとうな人間を反ユダヤ的と呼ぶことで、反ユダヤであることがまるで尊敬に値することに扱われる日も近いだろう。その前に、イスラエル軍に対して、市民を殺すのはやめろ、と言ったらどうか、と私は電話口で言った。

 カリフォルニアにいるユダヤ人の友人からファックスが来た。「イスラエル・ナショナル・ニュース」のコラムニスト、リー・カプランという男性が私が「反ユダヤの聴衆を相手に、高額のお金をもらってスピーチをしている」、と書いたという。私は、これまで、講演をしてお金をもらったことは一度もない。米国で私のスピーを聞いた何千人ものアメリカ市民を、私を反ユダヤと呼ぶことで馬鹿にしている、と思った。

7月21日(金曜)

 イスラエル軍がカイム刑務所を爆撃した。かつての親イスラエル民兵組織、南レバノン軍(SLA)が拘束者を拷問した場所だ。イスラエル軍が2000年撤退した後、レバノンはここを博物館にした。爆撃で、SLAの残酷性が消し去られることになった。これも「テロリスト」のターゲットだ。

 午後11時に電気が復活した。テレビで、イスラエルの総領事アリエ・メケル氏がBBCに対して、イスラエルはヒズボラを爆撃することで、レバノン人にとって良いことをしている、と述べていた。「レバノン人の多くが私たちのしていることをありがたく思っている」。

 これで分かった。レバノン人は、イスラエル人が命を奪ったりインフラを壊したりしたことで、感謝しないといけないのだ。空爆や子供が亡くなった事についても。まるで、ヒズボラが、シオニズムを攻撃したので、イスラエルはヒズボラに感謝するべき、ということと同じだ。この自己錯覚はどこまで広がるのか?

7月22日(土曜日)

 大家のムスタファと庭でコーヒーを飲む。イチジクの木に古い木製のはしごをかけ、果物の一皿を私にくれた。「毎日、イチジクが食べられる。午後、この木の下に座る。海からの風がエアコンの役目をするんだ」とムスタファ。私は、鉢に入った植物が並ぶムスタファの小さな天国を見ながら、ブルーのコーヒーカップからアラビア風コーヒーをすする。

 私たちは、ベイルートの港に戦艦が入ってくる様子を見る。「外国人が全員いなくなったら何が起きるのか?」とムスタファが聞く。

 みんながそれを知りたがっている。今週、答えが分かるだろう。

(大体の訳なので、ご参考、ということで見てくださると幸いです。ご関心のある方は原文をご参照ください。オンラインだと、有料購読になっているようです。)
(原文 http://news.independent.co.uk/world/fisk/article1191934.ece)


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The Economist

The accidental war

Jul 20th 2006
A pointless war that no one may have wanted and no one can win. It should stop now

THE war that has just erupted apparently without warning between Israel and Lebanon looks miserably familiar. The wanton spilling of blood, the shattering of lives and homes, the flight of refugees: it has all happened in much the same way and just the same places before. In 1982 an Israeli government sent tanks into the heart of Beirut to crush the “state within a state” of Yasser Arafat and his Palestine Liberation Organisation. A quarter of a century later, Israel's air force is pulverising Lebanon in order to crush the state within a state established there by Hizbullah, Lebanon's Iranian-inspired “Party of God”. That earlier war looked at first like a brilliant victory for Israel. Arafat and his men had to be rescued by the Americans and escorted to exile in faraway Tunis. But Israel's joy did not last. The war killed thousands of Palestinian and Lebanese civilians, along with hundreds of Israeli and Syrian soldiers. It brought years of misery to Lebanon—and, of course, no peace in the end to Israel. The likeliest outcome of this war is that the same futile cycle will repeat itself.



Why it started
As in 1982, it started with a pinprick. Then, it was a Palestinian assassination attempt on an Israeli diplomat in London. This time it was the decision of Hizbullah's leader, Sheikh Hassan Nasrallah, to send his fighters on a cross-border raid into Israel on July 12th, where they killed several soldiers and captured two. This was, as Israel complains, an unprovoked attack on its sovereign territory. Israel says the timing—three days before the G8 summit in St Petersburg—was no coincidence, that Iran was using Hizbullah to deflect attention from its fishy nuclear programme. An equally plausible explanation is that the war is the product of a mistake.

In launching his raid Mr Nasrallah was in fact doing nothing new. In recent years, Hizbullah has mounted several similar raids into Israel. It got away with them, even when Israel was led by Ehud Barak and Ariel Sharon, tough prime ministers who had been war heroes too. Their reactions were astonishingly mild. The reason for this, as Mr Nasrallah constantly boasted, was his arsenal of around 12,000 Iranian and Syrian rockets and missiles. With these as a deterrent, Mr Nasrallah felt free to pursue an intermittent cross-border war against his much stronger neighbour, piling up prestige for resisting the Zionist “occupier”—even though, in point of fact, Israel withdrew from all of Lebanon's territory six years ago, and has a certificate from the United Nations to prove it.

This time, too, Mr Nasrallah may have expected the usual tokenistic response. If so, he miscalculated. Shortly before the Hizbullah raid carried away two Israeli soldiers, the Palestinian Hamas movement had mounted an equally daring raid into Israel from the Gaza Strip (another place from which Israel had completely withdrawn), killing two soldiers and nabbing another. Perhaps precisely because his non-military background required him to look strong, Israel's new prime minister, Ehud Olmert, decided that this double humiliation was more than he could survive or Israel could bear. So he has chosen to go to war (see article).

To much of the world, that looks like a crazily disproportionate response. And so it is, measured against the offence. But measure it against the threat that Israel feels from Hizbullah and it may not be. From that perspective, this war did not spring from nowhere, even if its timing is an accident. The conditions for it have been building, in slow motion, for years.

In the decades since Israel's invasion of 1982, Hizbullah has emerged as the strongest local military force in Lebanon. Since last year, when Lebanese public opinion and forceful diplomacy pushed out the Syrians, it has been the strongest force, period. It certainly cannot be disarmed, as Israel says piously it should be, by the official Lebanese army. And Hizbullah has shown little interest in Security Council Resolution 1559, which calls equally piously for the disbanding of all Lebanon's militias (there is in fact now only one) but suggests no way of enforcing this. Hizbullah is a political party, with representation in Lebanon's parliament and government, but its militia does not take orders from that government. It almost certainly pays more attention to the ideological and tactical advice it receives from Iran, its chief armourer and mentor.

The untidy political arrangements of its neighbour might be of no interest to Israel but for the fact, now being underlined daily in fire, that by giving Hizbullah all those rockets and missiles Iran has transformed a small militia into a strategic threat to the Jewish state. None of the strong states on Israel's border, such as Egypt or Syria, would dare to plaster Israel's towns and cities with rockets. A non-state actor such as Hizbullah, inside a weak state such as Lebanon, is much less easy to deter. Hizbullah retorts that it needed all these weapons as a deterrent of its own. Israel did after all invade Lebanon and occupy bits of it for 22 years. But it was utter hubris for Hizbullah to believe that, with its rockets in reserve, its fighters could keep crossing into Israel with impunity.

How to end it

A war that starts by accident is not necessarily easy to end. This one is what Israelis call a “war of choice”. Mr Olmert did not have to react the way he did. But now that he has, the stakes could hardly be higher for both sides. It is no longer a matter of wounded pride or the fate of the kidnapped soldiers.

If Hizbullah is beaten, it risks losing its position as the strongest power in the fractious Lebanese state, with damaging consequences in the region for its Iranian sponsor and Syrian ally. If Israel falters, many of its people think, the iron wall of military power that has enabled it to win grudging acceptance in the Middle East will have been seriously breached.

It is because the stakes are so high that both sides have rushed so fast up the ladder of escalation. Israel's aim is not just to even the score by hurting Hizbullah and then stopping. Before stopping, it says, it wants to deprive Hizbullah of its power to strike Israel in future. That means destroying Hizbullah's rocket stores even if they are concealed in villages and bombing its command bunkers even if they are located under the crowded residential suburbs of south Beirut. It also means cutting off Hizbullah's resupply, even if the subsequent blockade by land, sea and air brings Lebanon's economy to its knees. If hundreds of civilians are killed, and hundreds of thousands put to flight, so be it: in war, under Israel's philosophy, moderation is imbecility. Hizbullah is no different, and in some ways worse. The “open war” declared by Mr Nasrallah consists chiefly of firing rockets indiscriminately into Israel's towns. Israel says it is killing civilians by accident, but the disparity in firepower means the Lebanese still suffer much more.

This is madness, and it should end. It is madness because the likelihood of Israel achieving the war aims it has set for itself is negligible. However much punishment Mr Olmert inflicts on Hizbullah, he cannot force it to submit in a way that its leaders and followers will perceive as a humiliation. Israel's first invasion of Lebanon turned into its Vietnam. It is plainly unwilling to occupy the place again. But airpower alone will never destroy every last rocket and prevent Hizbullah's fighters from continuing to send them off. No other outside force looks capable of doing the job on Israel's behalf. At present, the only way to disarm Hizbullah is therefore in the context of an agreement Hizbullah itself can be made to accept.

George Bush is in no rush to rescue Hizbullah. And why, he must wonder, should he? This organisation killed hundreds of American marines in 1983. It is part of an alliance, consisting also of Iran, Syria and Hamas, working against America's interests and friends. Pro-American governments, such as Egypt and Saudi Arabia, bluntly blame Hizbullah for this latest wasteful war. Israel is asking for more time, perhaps another week or two, to complete its demolition of Hizbullah's arsenal and create a new order in Lebanon. Though Condoleezza Rice, Mr Bush's secretary of state, says she is bound for the region, there is no concealing the American temptation to dawdle.

Hurry, please

That is a mistake. Hizbullah cannot be uprooted. It is not going formally to surrender. Its past struggle against Israel has won it the fierce loyalty of many Lebanese Shias, and its present one will add to their number even if it comes off worse. Israel's security will not be enhanced by destroying the rest of Lebanon. By weakening the Lebanese state, and its fragile but well-intentioned government, Israel just weakens the already feeble constraints Lebanon tries to impose on Hizbullah's actions.

What is needed now is a way for both sides to climb down. Israel must get its soldiers back, Hizbullah's departure from the border area and an undertaking that Hizbullah will not attack again. The Lebanese army or a neutral force should then man the border. Hizbullah needs to be given a way to consent to these changes without losing face. Squaring this will take time, ingenuity and the full engagement of the United States. It will not bring peace to the Middle East but it might silence a dangerous new front. America should start its work at once.

by polimediauk | 2006-07-24 00:20 | 新聞業界

ジャーナリズムの話いろいろ+欧州事情も


by polimediauk