小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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ストロー英元外相とムスリムのベール問題

ストロー英元外相とムスリムのベール問題_c0016826_923234.jpg 昨日あたりから、英国では、ストロー英元外相が、ムスリムの女性たちで、顔を隠すようなベールをかぶっている人は、自分と会うときは脱いでほしいと思っている、と発言し、大きなニュースになっているようだ。

 最初、え?と思ったのだが、今日もBBCのニュースをウエブで読むと、ラジオのインタビューで、「できれば、全面的に脱いでほしいと思っている」と答えており、ずいぶん正直な人だなあと感心してしまった。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/5411954.stm

 ムスリム女性たちのベール、スカーフ、といってもいろいろあるが、ストロー氏が言っているのは、全身を真っ黒な装束で包み、顔部分にも布のベールがあるので、話しているときにまったく相手側の顔、表情が見えない状態のことだ。話す相手の顔や表情が分からないと、コミュニケーションがうまくいかない、ということだ。そして、これは、相手に要求しているのではなく、リクエストしている、と言っている。また、議論のはじめになればいいと思う、と。彼個人の意見だそうだ。

 一部のムスリム団体はこれに反発し、野党保守党も反発の声を、BBCの記事の中ではあげている。つまり、「何を着るかは個人の自由」、「宗教上の理由があって着ている」など。

 ムスリム評議会というところの代表は、なぜストロー氏がそういうのか「理解できる」としている。

 ストロー氏によると、彼自身が、自分の選挙区(30%がムスリム)でベールをつけた女性たちと話していて、顔を隠したベールが他人に何らかの否定的な印象を与えていることに気づいていなかったことに、衝撃を受けたと言う。

 私がストロー氏のことを勇気があるな、正直だなと思うのは(他の面では正直ではないのかもしれないが)、ムスリムの女性たちに対して、ベールを脱いだほうがいいと思う、と公に言うのは、今の欧州あるいは英国では勇気がいるからだ。反イスラム・ムスリムと思われてしまうし、宗教や個人の自由、人権をおかす、とも受け取られてしまう。激しいバッシングにあう可能性もある。

 デンマークの例の風刺画をドイツやフランスの新聞は今年になって再掲載し、世界中で大きな反響となっていったが、掲載理由は主に「表現の自由を守る」ということで、ドイツ・フランスからちょっと離れた英国にいると、なんとなく、対決!という雰囲気が感じられ、うーん・・・と思っていた。英国では、どの大手新聞も掲載しなかった。

 英国の新聞は、結局、「腰抜け」だったのだ、という批判はメディア内にあった。当時ストロー氏は外務大臣だったのだが、首相官邸や政府当局と大手新聞との間で何らかのすりあわせがあった、という情報を、私自身、メディアに勤める人などから聞いた。

 (ちょっと議論が飛ぶようだが)、それで今回のストロー氏の「ベールはできれば全面的に脱いでほしい」発言。この議論が、まともに発展していくことを願っている。

 なぜかと言うと、この「脱いでほしい」発言は、英国の多くの人の気持ちを代弁しているように思うからだ。反ムスリムではなく、本当に、真っ黒のベールで顔を隠した女性たちは、英国の通りではちょっと「怖い」感じがする、という声を友人、知人などなどからよく聞いた。(ところが、私が中東カタールに行ったとき、この全身黒姿は、特に目立たず、異様にも見えなかった。場所によっては、まったく普通の光景なのである。)

 私は黒ベール(顔を隠す)がイコール女性蔑視云々と言う、西欧人の知人たちの意見に同意はしないが、それでも、「相手の表情が見えないので、なんとなく不気味だな」「ちょっと怖いな」という感情は実によく分かるし、そういう感情を、相手側に伝えてみることは、やってみていいと思うのだ。むしろ、今までこれを伝えてこなかったことのほうがおかしいようにも思う。

 英国で、「対決」(自分の価値観はこうだから、君たちはこれに絶対にならいなさい)ではなく、「自分はこう思うんだよ」と自分の気持ちを出すところから、徐々に始まる対話、議論が深まるといいな、と思っている。

 しかし、こういう素朴な感情は、なかなか伝わっていかないかもしれないな、ともちょっと思うが。

 その証拠と言うわけでもないが、すでBBCウエブサイトの分析記事では、政治的意味合いの文脈が出ている。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/5411642.stm

 英国の多文化主義、移民の融和がうまくいっているかどうか、の議論の中の一つ、という捕らえ方をこの記者はしている。

 (追記)英国に戻ってみると、やはり新聞のトップ面に大きく出ていた。今晩のBBCのニュース解説番組で、ベールをかぶった女性たちのインタビューを含め、短い議論があった。いろいろな論点が入っていて、キャスターも1つの結論にまとめることができないようだった。

 私自身、どうするべきなのか、分からない。飛行機に乗りながら、ストロー氏も政治家だし、何らかの政治的文脈があったと考えるのは不自然ではないのだが。それと、心配なのはどこで線を引くかで、ベールがダメのとき、例えばひげはいいのか?など、どこまでダメになるのだろう。際限なくなる可能性も全く無いとはいえない。

 それでも、番組「ニューズナイト」で、ベールの2人の女性が、「自分たちにとって一番ぴったりするから」「姿かたちでなく本当の自分を見て欲しいから」といっていたが、外から見た場合、やはり一種排他的な印象を与える。こういう考えが古いのかどうか、政治的に正しいのかどうか、は別だが。自分自身が古いのだろうか?私自身もどうするべきか、まだまだ分からない。
by polimediauk | 2006-10-06 19:34 | 英国事情