小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk

ジャーナリストの死とロシアのメディア シュピーゲル

 独シュピーゲル紙のオンライン版(英語)に、10月上旬、モスクワで射殺された女性ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤさん(48)のこれまでと、ロシアのメディア状況に関する長い記事が載っている。http://www.spiegel.de/international/spiegel/0,1518,443543,00.html

 ポリトコフスカヤさんは自宅アパートのエレベーター内で射殺されているのが見つかった。読売新聞(8日付)によると、「ロシア南部チェチェン共和国で、武装勢力掃討を名目にロシア軍が一般市民を弾圧する事実を告発し、プーチン政権を厳しく批判」していた。

 
現場近くには「近くにはピストルと薬きょうが落ちていた。ポリトコフスカヤさんが評論員を務めるリベラル派の新聞「ノーバヤ・ガゼータ」編集長は、取材活動に関連し暗殺された、との見方を示した。
 ポリトコフスカヤさんは同紙記者として1990年代末からチェチェン共和国で取材を進め、ロシア軍兵士による住民への暴行や略奪などを暴露し、内外で高く評価された。2002年10月、チェチェン共和国のイスラム武装勢力がモスクワの劇場を占拠し、129人が死亡した事件では、政府と武装勢力の仲介役を務めた。取材をまとめたルポは各国で翻訳され、日本でも「チェチェン やめられない戦争」(NHK出版)として出版された。 (同読売新聞)

シュピーゲルは、ロシアではジャーナリストがいかに危険な職業であるかを詳細に書いている。ソ連崩壊後から現在までに、261人のジャーナリストが殺害され、犯人はほとんど見つからないことが多い。大きな政治問題になる可能性がある。

 以下、若干の紹介。

 ポリトコフスカヤさんは、ロシアのプーチン大統領が「国家的テロ」を行っているとし、「KGBのスパイ」と呼んでいた。ロシアの諜報機関が、チェチェンでの誘拐、拷問、殺害を牛耳っている、と。これほどの批判をすれば、現在のロシアでは何らかの罰が下る。ロシア政府は、「ポリトコフスカヤさんは国の評判を汚す」と言った。

 ポリトコフスカヤさんは右派でも左派でもなく、道徳的見地からロシアの政治家を監視した。同じジャーナリスト仲間には、狂信的で偏見がある、と見た人もいたという。

 親が外交官だったが、彼女自身は外交的ではなかった。プーチン大統領下のロシアでは、彼女の調査報道のジャーナリズムは正当な読者に欠けていた。

 ポリトコフスカヤさんが殺害されてから一週間ほどで、ロシアのイタルタス通信の経済部主任が殺されている。55歳のアナトリー・ボローニン氏(55)は通信社に23年勤務していた。ナイフで刺し殺されたのだった。

 野党議員のウラジミール・リジコフ氏は、国家がメディアをコントロールしている、と述べた。

 ソ連が崩壊し、エリツイン大統領だったころ、ロシアのメディアは活況を呈した。

 一方、プーチン大統領はロシアに政治的権威をもたらそうとした。ロシアのメディア起業家ウラジミール・グジンスキー氏が、プーチン氏の就任から5ヵ月後に逮捕された。グジンスキー氏の持ち株会社は国営ガスプロム社によって乗っ取られた。

 また、ロシア政府は国と密接な関係を持つ企業に出版社をどんどん買わせていった。9月には、政府に批判的な態度をとり、質の高い出版で知られたコメルサント社がその1つとなった。

 この出版社の新オーナーのアリシャー・ウスマノフ氏は、以前、共産党の青年部におり、ガスプロムの子会社を牛耳る人物だ。プーチン氏の広報を長年担当してきた、億万長者のアレクセイ・グロモフ氏は、編集方針には干渉しない、と述べていたが、出版社を支配下におくやいなや、プーチン氏の支持者を編集長にし、自分自身は「国家に絶対の忠誠を誓う」とした。

 小さな出版社や政府に批判的な小規模の新聞などは政府からの耐えざる脅しをうけ、結果として、調査報道は、ロシアのメディア業界では珍しいものになっていった。

 ロシアのジャーナリスト組合によれば、261人のジャーナリストがソ連崩壊後、殺害された。この中で犯人が見つかったのは21人のみ。

 (中略)

 誰がポリトコフスカヤさんを殺害したのかは不明だ。

 ソ連の元大統領ゴルバチョフ氏とプーチン氏は仲がよくなかった。ゴルバチョフ氏は、政府や当局から独立した「ジャーナリスティックな捜査」が行われるべきだ、と述べた。

 それでも、ポリトコフスカヤさんの記事は常に十分に裏づけがなされていたとは思えない、ロシアの民主化への道は堅実だ、と話してもいる。

 (以上、シュピーゲル英語版記事の一部。正しくは本文をご参考に。)


 関連記事には近年殺害されたロシアのジャーナリストの情報も入っている。

 英国にいると、ロシアのメディア状況に関する記事(プーチン大統領のメディア制限)をよく見かける。相当にひどい状況になっている、というのが殆どだ。

 しかし、一体、ロシアに住む人から見ると、どうなのか。

 それにしても、殺される、というのはひどい。

 欧州ではムスリムの問題に関連して表現の自由うんぬんで議論が沸騰しているが、ロシアのメディアに関するこういった記事を読むと、英国、デンマーク(風刺画)の「表現の自由」の問題がまるで別世界の出来事のように思える。
by polimediauk | 2006-10-23 07:56 | 欧州表現の自由