放送業界

英国の人種偏見とテレビ番組「ビッグブラザー」


 先月、英国で大きな話題になったもう1つのトピックは、チャンネル4という民間テレビ局の「ビッグ・ブラザーBIG BROTHER」(今回の正式名は「セレブレティー・ビッグブラザー」)という番組が引き起こした、人種差別発言だった。

http://www.channel4.com/bigbrother/index.jsp

 「ビッグ・ブラザー」と聞いて、ジョージ・オーエルの同名小説を思い出す人も多いと思うが、この番組はある部屋に数人が数週間を過ごすために閉じこもり、これをカメラが24時間追う様子をテレビで放映する、というもの。テレビを見ている視聴者の投票で誰が追い出されるかが決まり、残った人の中で勝利者が決まる。

 若い人を中心に人気がある番組で、チャンネル4の広告収入の10%が、この番組のスポンサーが提供している、と書いた記事を読んだ。テレビ局にとってドル箱の番組だ。

 しかし、こうした番組は悪趣味だと考える人、退屈だと考える人も多く、知識人の間ではもし自分が「低俗」と見られたくなかったら、「自分は見ていないけどね」と言うと、よし、とされるような雰囲気がある。

 実際のところ、しどけない様子でベッドに腰掛けて話していたり、延々と食事をしながら会話する様子などを見続けるのは厳しいが、いわばBGMのように、帰宅後につけっぱなしにしておく人も多いようだ。

 狭い空間に、それまで何の面識もなかった市民、あるいは有名人が一緒にされる、という設定だけで何らかの衝突が起きないほうがおかしい。番組制作者側はわざとドラマが起きるようにと人選をする場合もある。例えば、米俳優シルベスター・スタローンの母と、かつてのスタローンの妻(離婚した)とを一緒にさせた。二人がお互いを非常に嫌っているのを知っていて、あえて一緒にする。

 参加する有名人は「かつて有名だった人」が多いが、普段はビッグブラザーを見ないような知識人の中であえて参加する人もいる。政治家も参加したことがあり、参加理由は「若い人の支持を増やす」ため。最後まで「ビッグブラザー・ハウス」の中に残った場合、大きな金銭的報酬が得られ、この報酬をチャリティーなど意義ある目的に寄付するために参加する著名人もいる。

 1月29日に終了した、今回のシリーズには、映画監督ケン・ラッセル、ポップ歌手のレオ・セイヤーなども参加していた。知名度を高めたい、報酬狙い、有名な番組に出たい、どんなものか体験してみたい、など参加理由は様々だ。

 しかし、今回スポットを浴びたのは、人種偏見だった。

 参加者の一人、ジェイド・グッディーという女性が中心となって、インド人の女優シルパ・シェティーにののしりの言葉を連発。インド人であること、英語にアクセントがあることを種にしたいじめに聞こえた。他の2人の白人女性参加者もこのいじめに参加した。

 この様子は国際問題にもなった。インドにニュースが伝わると、怒りが広がり、丁度インドを訪問していたブラウン財務大臣がコメントせざるを得なくなった。連日のように新聞が書きたて、ジェイド・グッディーは「悪者」になった。番組を放映したテレビ局や通信規制団体OFCOMに不満(後者は4万件)が殺到した。番組のスポンサーの一つが降りてしまった。

 視聴者からの投票でジェイド・グッディーが「ビッグブラザーハウス」から出させる一人と決まった。通常、外に出た晩には多くの視聴者が集まり、出された参加者はインタビューを受けるのだが、ジェイドの場合は聴衆なしの設定となった。そこで自分が厳しい言葉をシェティーに投げつける様子をビデオで見せられたジェディーは泣き出すが、「自分は人種偏見主義者ではない」と繰り返した。後に他のメディアのインタビューで「自分は人種偏見主義者だ」と認めるのだが。

 最終的には、シェティーは、視聴者からの投票で「ビッグブラザー」の勝利者となって、ビッグブラザーハウスを出た。2月1日のスカイニュースのインタビューで、他の女性参加者たちが「人種差別主義者だったとは思わない。自分に自信がないから、教育が欠けているから」あのような発言をした、と分析した。「クラスがちがうから」と。

 大論争になったビッグブラザー事件だが、一連の報道を通して(1)いかに「人種偏見」が英国人にとってタブーなのか、(2)しかし日常的に人種偏見をベースにしたコメントや扱いが起きていること・アジア系英国人がこれを経験していること、(3)人種偏見を娯楽の形で見せることが果たしていいのかというか、という放送局側の責任などがクローズアップされた。

 この中で、人種偏見(=タブー)に関する英国人の考え方について、「英国ニュースダイジェスト」2月1日号に書いた。これを元に付け足してみた。

―問題発言の数々

 果たしてどんな問題発言があったのか?

 映像で見ると分かりやすい(怒鳴る雰囲気が分かる)が、参加者の一人ダニエル・ロイド「(シェティーは)白人になりたがっているのよ。最低ね」、「英語も満足に話せないくせに」。「チャーチルって、アメリカの最初の黒人大統領だよね」。

 ジェイド・グッディー「(シェティーの)みよ字,何だっけ?・・・シェルパ・パパダム?(注:パパダムとは薄く平たいインドのパン)」

 ジャッキー・グッディー「(インド人のシェティーの名前を全く使わず、常に)あのインド人」

 ジャック・ツイード「(シェティーに対して)女性器=いやな奴」

 番組に対する政治家などのコメントは、「人種偏見が娯楽番組として提供されている。実にいやなことだ」(ジョウエル文化・メディア・スポーツ大臣)を始めとして、
「インド国民は怒りを感じている。どんな形の人種偏見も不幸なことで、受け入れられない」(インドの対外問題担当相アナンド・シャーマン氏)、「既に英国の視聴者が1万件の不満を表明したと聞いた。私は英国が公正さと寛容の国として受け止められることを望んでおり、この原則に沿わないものを非難する」(ブラウン財相)など。

 一方、「視聴者は時として番組に不快感を感じるかもしれないが、このような問題が番組を通して表に出て、議論がなされるのはいいことだ」(チャンネル4の社長アンディー・ダンカン氏)、また「西洋に気に入られるためにここまでしなければならないとは、情けない」(インドの映画作家マヘシュ・バート)とする見方もあった。

―「人種」偏見なら、大事に

 一連の問題発言に関する論調を追っていくと、誰しもが「人種差別」「人種偏見」という評価を下されるのを避けている傾向があった。逆に言うと、「人種差別主義者」だとなると、急に大問題として認識される。

 例えば、人種差別的発言があったのではという問いに対し、チャンネル4のアンディー・ダンカン社長は、「調べてみたがこれは階級(=クラス)、教育程度の違いによる発言であって、断じて人種偏見ではない」と言う。別の参加者ジャック・ツイードはシェティーに対し、「パキ(パキスタン人め)」と言ったことも人種偏見的発言として注目されていたが、実は彼は「カント(女性器=いやな奴)」と言っていた、とチャンネル4は説明。「カント」でも十分に悪い言い方だが、インド人に対して「パキスタン人」というのは最高に失礼な「人種偏見」的コメントであり、そうでなかったらよい、と言う発想だった。

―差別主義者であることを認めない
 
 ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスのリサーチ・フェロー、マーティン・ジャック氏は、「英国では誰も自分が人種差別主義者だということを認めたがらない」と指摘する(「ガーディアン」紙1月20日付)。「人種差別は英社会の中で受け入れられない概念になってしまった」。

 何故そうなったのかに関して、氏の分析によると、「英国の白人たちは何世紀も世界中で上の立場にあったので、人種や肌の色によって差別されることの意味が認識できない」という。「自分たち自身が人種偏見・差別の現場に直面すると、黙り込むか、事実ではないと思うふりをする傾向がある」。

 「人種偏見と闘う全国議会」のリー・ジャスパー氏は、「人種偏見とは、例えば黒人を『ニガー』と呼ぶことだけではなく、もっと一般的な形は、他人の頭髪、言葉、出身地に関して何か言うことだ。これが英国の人種偏見だ」と定義している(「オブザーバー」紙1月21日付)。

 アジア系英国人のアヌシュカ・アスサナさんは「ビッグブラザー」を見ていて、インド人女優シェルティーが経験したいじめあるいは人種偏見を、自分を含めたアジア系英国人たちが日常的に経験していることに改めて気づいたと言う(同紙)。

 英国で暮らしていると、「自分は人種差別主義者じゃない」という英国人が、ドイツ人やポーランド人に関するジョークを言う場面に出くわす。英国に限らず、偏見が皆無の人はいないだろうが、それでも、「人種偏見をしてはいけない、あってはならない」(=建前)と「実際にはあるし、自分もそうしている。しかし、認めたくない」(=現実)が、如実になった事件だった。

 英国の人種差別はRACE RELATIONS ACT(人種関係法令)で禁じられている。1960年代に定められ、現在までに何度か改正されている。人種、肌の色、国籍、民族的背景などによる差別を違法とする。関連法によって人種に対する憎悪を扇動すること、嫌がらせをすること、虐待、暴力行為を働くこと、人種に対する憎悪を扇動する資料を出版することも違法。

 人種関係法令は一部の信仰を持つ人だけを優遇しているという批判がある。現行の「人種」にはユダヤ人(=ユダヤ教徒)、シーク教徒が含まれるが、イスラム教徒は含まれないためだ。2005年、英政府は宗教による差別を違法とする法律を成立させようとしたが、宗教を風刺の対象にできなくなる、表現の自由が侵害される、と主張した知識人、市民団体などの反対で実現しなかった。
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Commented by pfaelzerwein at 2007-02-04 04:17 x
ご無沙汰しております。「ビッグブラザー」はオランダに始まり欧州各国で複製されて今世紀に入って最も重要なサブカルチャーと言われます。既に大陸では話題にもなりませんが、今回こうして窺うと大変興味深いです。
そして何よりも-他の女性参加者たちが「人種差別主義者だったとは思わない。自分に自信がないから、教育が欠けているから」あのような発言をした、と分析した。「クラスがちがうから」と。-の部分は出来過ぎと感じました。
この点に関して、大陸以上に成果を挙げたのかもしれません?
Commented by polimediauk at 2007-02-05 21:35
pfaelzerweinさま

オランダでは今でもやっているのでしょうか。
クラスっていうのが、英国(あるいは欧州)意外にはあまり意味が伝わりにくいかも分かりませんね。

このインドの女優さんのインタビューを見たのですが、ものすごくスマート言うか、優雅と言うか・・。反発が出たのもちょっと無理ない感じです。
Commented by demio1493 at 2007-02-06 14:47 x
こんにちわ。こういった登場人物の本音が出やすいバラエティ番組では、こういった問題が出てきやすいのでしょうね。ただ、こういった形で人種差別の問題が改めて話題になるのは良い事かもしれないと感じたりもします。人種差別の問題は単に蓋をすればいいと言うものでもありませんし。ただ、階層も価値観も多種多様の人々がいても摩擦の少ない社会にするというのはかなり難しい事でもあり、こういった問題はこれからも出てくるでしょうね。
Commented by polimediauk at 2007-02-07 20:52
demio1493さま

結果的には良かったと言う方向につながるように思います。全体的には。ただ、人種差別主義者とされた参加者達は今になって相当苦しんでいるようです。

英国で、人種偏見、と言うと急に過敏になるのが気になります。不思議だなあと思っています。
Commented by 軒アダムス at 2007-02-15 00:03 x
ここのコメント応答は勉強になります。
旨く表現できませんが、人種差別主義者と「非難される側」には、「非難する側」の「個人の内心の自由」を踏みにじる行き過ぎ行為が
あたかも社会正義の名の下に平然と黙認される現状への警戒があるように思えます。著名人では社会生命を抹殺されるたいへんなリスクでしょう。
「差別は制度に留まらず、個人の内心に及んで是正されるべき」という考えのようですが、私などには内心の束縛としか思えない価値観です。

それにしても、「クラス」って未だ顕在なんでしょうか?
チャイコフスキーも好きな私は、確かに下流ですけど。
Commented by polimediauk at 2007-02-15 04:19
「差別は制度にとまらず、個人の内心にも」というのは、あるように思います。確かにいささか、窮屈です。私も偏見はすてきれません。

クラスはなかなか消えないですね・・・。60年代、かつての労働者クラスという人たちが、教育を受けたり、お金を稼いだりして、中流になっていたと聞きます。現在は、「ミドルクラス」の幅は広いようです。英国独特の構造のようにも見えます。
Commented by Qikcu ralg at 2007-05-01 13:59 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by polimediauk | 2007-02-01 23:44 | 放送業界 | Trackback | Comments(7)

ジャーナリズムの話いろいろ+欧州事情も


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