政治とメディア

スコットランドの自治政府


 ずい分間があいて恐縮だが、このところ、ブレア、ブラウンに関する記事(私もそれに貢献してしまっているのだが)が本当にたくさん出ている。全部読める(大体でも)人はいるのだろうか?

 それでも、私自身も含め人々がニュースを追ったり、新聞を読んだりするのは、何かしら将来へのヒントを得たいからだろう。

  今私が気になるのは(1)メディアの役割と(2)今後英国政治がどうなってゆくか、だ。労働党でも保守党でも、誰が首相になっても、とにかく生活がより良くなればいいのだろうと思うけれど、英国の政治が全く新しい次期に来ているのかどうか、全く新しいアイデアが生まれつつあるのかどうか?「ニューレイバー」に変わる、デカイテーマは何になるのか?キーワードは?

 ・・・ということが頭の中でグルグル回っている。

 別件になるが、3日に選挙があったスコットランド。英国からの独立を主張したスコットランド民族党が第一党になった。野党最大の労働党(前は与党)とほんの1議席の差だ。きわどい。

 独立したら、一体どうなるのだろう?ウエールズ(自治議会)でも与党労働党が議席を減らし、連立政権になるようだ。

 16日にはスコットランド民族党が緑の党とともに少数内閣の新政権を樹立している。

 選挙の前に「ニュースダイジェスト」用にスコットランドの独立の機運に関してまとめた分を以下に貼り付けてみたい。

ただの夢ではなくなった?
独立への機運が続くスコットランド

 ブレア政権が発足して間もなく実行された地方分権策の一環として、スコットランド議会が約300年の停止後に再開されたのは1999年だった。12世紀頃から隣国イングランド王国の武力侵攻に悩まされてきたスコットランドは、18世紀初頭、圧倒的経済力と数倍の人口を持つイングランドに合併される形で、連合王国の一部になった(1707年連合法)。既に独自の議会を持っていたスコットランドは、泣く泣く議会解散を決議したと言われている。イングランドによる不公平な併合だったと考えるスコットランド人は少なくないようだ。

 分権以前から、英国の一部でありながら、スコットランドは独自の教会、教育制度などを維持することが認められてきた。1979年、スコットランド議会成立に向けて住民投票が行なわれたが、十分な数を得られず、頓挫。8年前に実現された議会再開で、完全な主権国家としてスコットランドを英国から独立させようという声が現実味を帯びてきた。

 独立化への動きを押しとどめてきたのは経済面で一人立ちができるかどうかだった。現在でも90%の政府予算を英国からの包括補助金に頼る状態のスコットランド。果たして自力で全てを賄えるのか?独立支持派は、スコットランドの沿岸部にある北海の海洋油田からの収入に希望を託す。かつては決して裕福とは言えなかった隣国アイルランド共和国が、欧州連合(EU)からの支援金や投資優遇策で経済を飛躍的に成長させる姿も刺激となった。

 地方分権は、英国全体の人口の80%近くを占めながら独自の議会を持たないイングランド地方の住民に一定の不満ももたらした。スコットランドの議員はウエストミンスター議会でイングランドだけに関わる問題、例えば教育関連の法案にも投票できる。ところが、イングランド地方を代表する国会議員は、スコットランド議会で投票する権利はない。こうした状況に不公平感を抱く国民が増えている。BBCが今年1月行なった世論調査では、イングランド地方に住む国民の60%がイングランド地方も独自の議会を持つべき、としている。

―民族党に追い風

 独立を望む声を吸い上げるスコットランド民族党だが、世論調査会社YouGovが行なった複数の調査では、完全な独立を望む人は25%から30%ほど。しかし、スコットランド議会の権限拡大を支持する人は60%にも上った。

 ブレア首相やスコットランド出身で時期首相と言われるブラウン財務相はスコットランドの分離には反対だ。「分離すれば英国の統一性がくずれ、競争力も失う方向に向う」(ブラウン氏)と主張する。

 フィナンシャル・タイムズ紙(4月25日付け)も、経済的自立の可能性に関し、「頼みにする北海油田は10年後には枯渇する」、「提案された20%の法人税は英国全体の法人税率よりは低いがアイルランドの12.5%よりは高く、それほど魅力的ではない」と否定的な見方を示した。

 それでも、独立志向の火は簡単には納まりそうにはない、というのが大方の見方となっている。

合同法・あるいは連合法(ACTS OF UNION)は、スコットランド王国とイングランド王国がロンドン・ウエストミンスター議会の下で政治的に結合することを定めた法律だ。1707年5月1日発効。17世紀までに、既にイングランド王はスコットランド王を兼ねるようになっていたが、イングランド側はもしスコットランドが将来的に独自の王を持った場合、イングランドに侵攻することを危惧した。一方のスコットランドは飢饉の影響やスコットランドの交易を制限する「航海条例」をイングランド側が出したことなどから経済の低迷状態が深刻化し、合同法を受け入れることを余儀なくされた。全25条のうち15条は経済に関わるもの。合同法により、18世紀の欧州で最大の自由経済圏が作られたという。

by polimediauk | 2007-05-22 04:05 | 政治とメディア

ジャーナリズムの話いろいろ+欧州事情も


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