小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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サウジアラビアとBAEの賄賂疑惑


 いよいよ、27日、ブラウン新政権が誕生する。ブレア氏にとっては首相最後の日だ。ブラウン氏は2008年にも総選挙を行なう見込みで、後1年もないが(5月とした場合)、非常におもしろい政治状況となってきた。08年の総選挙までに、果たして保守党のキャメロン党首が十分な支持を集められるかだろうか。今のところブラウン氏への支持は上昇中で、先が分からなくなった。ブラウン内閣の人選も、労働党以外からも入るようだ。

 ブレアウン政権になってもくすぶりが続くようなのが、英防衛関連大手BAEシステムズによる、サウジアラビアをはじめとした各国への賄賂疑惑だ。

 英国での捜査は昨年末打ち切られたものの、26日、BAEは、サウジアラビアでの事業などの法律順守状況に関して、米司法省の調査を受けていると発表した。捜査打ち切りとなってから、政府側+BAE側はこの疑惑を何度かもみ消そうとしているが、うまくいっていない。

 疑惑再燃は6月初旬だった。ガーディアンやBBCが、BAE側は元駐米サウジアラビア大使のバンダル王子に、過去10年間で10億ポンド(約2400億円)以上の裏金を支払っていたと報道したことがきっかけだった。支払いは国防省も承知の上だった。外国当局への裏金の支払いは英国では2002年以降禁止されているが、商行為を法の支配に優先させたと英政府などへの批判が高まっている。

 政府側がよく使ったのが「国益」という言葉だ。

 「国益を守るために、捜査は中止となった」-。昨年末、ゴールドスミス英法務長官は、サウジアラビアへの戦闘機売込みを巡るBAEシステムズの便宜供与疑惑の捜査の中止を発表し、その理由に国益を挙げた。BAEから賄賂を受け取っていたとされるサウジアラビア王子の銀行口座を探しあてる直前の、突然の捜査中止宣言だった。

 ブレア英首相も「サウジアラビアは英国にとって、テロ対策や中東の地域情勢の面から非常に重要な国。捜査の進展で悪影響を及ぼすのは国益に反する」と説明。果たして違法行為があったのかどうか?「国益」という漠然とした言葉で全てが隠された格好となった。

―賄賂の長い歴史

 報道によると、英国からサウジアラビアへの兵器売却は1960年代頃から続いてきたが、契約契約を取り付けるために裏金が使われたこと、政府がこれを認識していた経緯は、政治家や防衛産業関係者の間でほぼ当然のこととして受け止められてきたようだ。

 今回問題にされているのは、BAEがサウジアラビアとの間で1980年代半ばに締結した「アルヤママ」兵器売却契約。90年代を通じて契約内容が拡大し、全体では約430億ポンド(約10兆5000億円)以上に上った。これは英国最大の兵器売却契約となる。また、最近も次世代戦闘機「タイフーン」72機の購入契約が成立間じかとされる。一連の契約で数千人から数万人規模の雇用が提供されたと言われる。

 英国では武器取引に関連した賄賂は違法。また、経済協力開発機構(OECD)の贈賄防止条約もOECD加盟国が国際商取引で賄賂を提供することを禁じている。英国はこの条約の批准国だ。

―海外からの批判

 昨年末の重大捜査局の捜査の中止は海外でも大きく報道され、OECDは「大きな懸念を抱く」と発言。OECDは中止の経緯を調査中だ。開発途上国に対して贈賄防止を求めてきた英国にとって、言動が不一致となる顛末となった。

 OECDは、調査のために英政府側に情報の提供を頼んだ。ガーディアン紙は、ゴールドスミス法務長官が、OECDに対し、関連情報の一部を故意に渡さなかったと報道した。長官は、「絶対にそんなことはない」と一切否定した。しかし、同様の報道が重なると、「国益のためにあえて全てを渡さなかった」と告白。何とも情けないような、決まり悪い展開となった。また、これは裏を取っているわけではないが、私が聞いたところでは、「エコノミスト」誌が、OECDのトップに関する否定的な見方を示した記事を出したそうだが、これは事実無根で、「政府側が故意にこの記事をエコノミストに書かせた」という。もし本当だったら、恐ろしいことである。

 しかし、サウジアラビアでビジネス経験を持つ人々や英政治家の間でも、「契約を取りたかったら、サウド王家と企業の間を取り持つ人物に賄賂を払うのは当たり前」と説明する。

 また、サウジのバンダル王子の口座に契約がらみで巨額の資金が入金されていたとしても、これを一種の手数料あるいは必要経費として見れば、違法どうかどうかの判断は「限りなくグレー」と言える。事実、英政府関係者、法務長官、バンダル王子、BAEは、「一切違法行為はなかった」と言い続けている。

 「英国は開発途上国には賄賂を撤廃せよをといいながら、自国は賄賂をサウジに提供している。2重基準がある」と英政府は非難の対象となった。「国益」とは、「賄賂を渡しながらも雇用を提供し、英国製品を売ること」なのだろうか?(「ニューズ・ダイジェスト」掲載分に追加)

メモ:

BAEシステムズ:世界第4番目、英国では最大の防衛関連企業。英ファーンバラに本拠地を置き、北米を中心に世界各地で事業を展開。1999年、ブリティッシュエアロスペース社と米ゼネラル・エレクトリック社の子会社マルコニ・エレクトロニクスとの合併で誕生。兵器売却を巡る裏金提供疑惑で非難の的に。

サウジアラビア:18世紀頃から現在まで、サウド王家が支配。国名はアラビア語では「サウド家のアラビア」で、正式な建国は1932年。世界最大の産油国。国民は厳しいイスラム教の宗派ワハビ派の戒律厳守。1990年のイラクのクエート侵攻の際米軍駐留を許可し、米英との結びつきは深い。

バンダル王子:6000人以上いるとされるサウジアラビアの王子の1人。BAEが王子の米国にある口座に兵器売却に関連し多額の裏金を払ったと報道された。元駐米大使で、ブッシュ米大統領を含め世界の指導者と緊密な関係にある。疑惑報道に対し「違法なことはしていない」と表明。

サルタン王子:バンダル王子の父で、次期国王とされる。長年サウジアラビアの国防相で、1980年代半ばから兵器売却契約に関し、英政府との交渉に深く関わったとされる。

ゴールドスミス法務長官:昨年12月、自分の管轄下にあり、BAEの裏金疑惑を調査していた重大不正局が捜査を中止したと発表。中止の決定は「不正局長自身の決断で自分は影響を及ぼしていない」、「中止は国益と法の支配のバランスを考えた」と発言。

ブレア首相:重大不正局長にBAEの兵器売却疑惑に関する捜査の中止を求めたと言われる。「捜査は実質的には何の結果ももたらさないことが明確だった」、サウジとの安全保障や外交関係に重大な支障をもたらすので、国益に反する」と述べている。

これまでの経過

1986年:英国とサウジアラビアが「アルヤママ」兵器売却契約の第一段階を締結約500億ポンド(約12兆円)相当。
1988年:アルヤママに関する追加覚え書きが2国間で交わされる。
1991年:第1次湾岸戦争で、サウジアラビアが英から購入したトーネード戦闘機と英空軍のトーネード機が同時に飛行
2004年5月:ガーディアン紙が英防衛関連大手BAEシステムズが裏金を使って契約を確保した疑惑を報道。英重大捜査局が捜査を開始していると伝えた。
2004年11月:BAEは捜査を受けていることは認めたが、違法行為は否定。
2005年12月:BAEはサウジアラビアに多目的戦闘機「ユーロファイター・タイフーン」72機を提供することに合意したことを確認。最終合意のための交渉が2006年中継続。
2006年12月1日:フランスの航空会社が、英ユーロファイターのライバルとなる戦闘機売却交渉をサウジアラビアと行なっていると表明。BAEはサウジアラビアとの交渉の進展が鈍化していることを認めた。
12月14日:ゴールドスミス法務長官が、重大捜査局がBAEとサウジアラビアの兵器売却に関する疑惑捜査を中止したと発表。
2007年1月6日:サウジアラビアの防衛相がタイフーン戦闘機の納品が「間もなく」実行されることを期待する、と発言。
1月17日:経済協力開発機構(OECD)が重大捜査局のBAE捜査が中止となったことに「重大な懸念」を表明。
6月7日:ガーディアン紙とBBCが、元駐米サウジアラビア大使のバンダル王子が、10年に渡り、BAEから巨額の裏金を受け取っていたと報道。
6月末:BAEが米司法省から調査を受けていることを認める。
(Source: BBC)

英重大不正捜査局とは:1970年代から1980年代初期にかけて、英国民の間で重大不正に関する捜査・訴追が十分に行なわれていないとする不満が高まり、刑事裁判法(1987)を基に1988年発足。1億ポンド(約239億円)以上の資金を巡る、あるいは複数の国が関わる重大及び複雑な虚偽行為の疑いを捜査し、訴追する。法務長官に対し活動の説明責任がある。英国内ではイングランド、ウエールズ、北アイルランドを対象とするが、スコットランドは対象外。過去5年間で捜査は68回の裁判と97人の有罪者につながった。週刊誌「プライベート・アイ」は、重大捜査局を「Serious Farce Office」(重大な滑稽局)や「 Seriously Flawed Office」(ひどく欠点がある局)と呼んでからかった。
by polimediauk | 2007-06-27 06:36 | 政治とメディア