トルコ

トルコのスカーフ その2


 今、英国のテレビでは、ダイアナ元皇太子妃が事故死から10周年の追悼式典が生中継中だ。バッキンガム宮殿に近い陸軍近衛騎兵隊の礼拝所で行われた。500人ほどが招待され、出席。ハリー(ヘンリー)王子が母親のことを思う、短いスピーチをした。「最高の母親だった」と。じーんとくる瞬間だ。

 次から次へとボーイフレンドをつくり、最期はハロッズのオーナーの息子と休暇に出かけ、パパラッチがいることを承知で毎日水着姿を披露していたダイアナ妃。子供の側からすると、こういうことは関係ないのかもしれない。

 招待された参列者の中には、歌手のクリフ・リチャードやエルトン・ジョンやバージンの創立者リチャード・ブランソン氏、テレビ・キャスターのデビッド・フロスト氏などがいた(ブレア元首相、ブラウン首相も)。友人たちであったことは間違いないのだろうけれど、家族+チャリティー団体のメンバーのみなどにできなかったのだろうか。故人は有名人と仲良かったということを示すためか。

 別世界の価値観に思える。

 今、約1時間ほどの式典が終わった。


              ーーーー


スカーフ着用をめぐる政治対立の深層 オズダルグ教授に聞く【下】

ベリタ 2007年07月12日掲載

 トルコのスカーフ問題の解決策とは何か?著書『トルコのベール問題─公的世俗主義と大衆のイスラム主義』(1998年)などで、フェミニズムの観点から政治の流れとスカーフ着用の意味を追ってきた、アンカラにある中東工科大学のエリザベス・オズダルグ社会学教授にひきつづき聞いた。 
 
――大学では着用の自由を認めるべき 
 
 ―トルコの世俗主義は行過ぎていると思うか? 
 
 教授: それがまさに私が本の中に書いたことだ。現在、イスラム系政府であることもあって、世俗主義グループの組織化に熱心な人々もいる。例えば、先日、(トルコの首都)アンカラで集会があり、イスラム系グループに対する反対の声をあげた人々がいる。現在の首相が大統領候補になることを希望していたため、軍部をはじめとする世俗主義からの反発が大きなデモ行為に発展した。エルドアン首相の妻はどこに行くのでもスカーフをかぶる。デモは、大統領に立候補するな、すれば問題が起きることを警告していた。 
 
 大統領は国家の最高の職であり、国家と一体だ。国家の維持、国家の価値観の維持がこうしたグループにとっては非常に重要となる。非常に保守的なグループだ。 
 
 ―しかし、近代的な、政教分離社会では、スカーフをかぶろうがかぶるまいが、自由なはずだ。 
 
 教授:そうなるべきだ。イランでは着用が義務だ。世俗主義者たちは、もしスカーフ着用を許せば、トルコ全体がそうなってしまうと懸念する。このグループは支持者を増やしている。 
 
 少なくとも大学では着用が自由になるべきだ。そうすれば、もっと自由にこの議題に関して議論ができる。スカーフ着用は必要ないと思うイスラム教徒もたくさんいる。現状では自由な議論ができない。 
 
 ―小中学校では宗教の授業はあるのだろうか? 
 
 教授:ある。道徳教育と宗教研究と呼ばれている。しかし、学校で教えられている宗教は、本当に宗教的な人からすると、物足りない。表面的だからだ。宗教教育はいらないと考える人もいる。宗教は任意で選ぶ科目であるほうがいいと思う。 
 
 ―言論の自由を奪う法律として、301条が国内外でずいぶんと話題になっている。この法律の違反で有罪となったアルメニア系ジャーナリスト、フラント・ディンク氏が、1月末、世俗主義者の青年に殺害された事件は未だ人々の記憶に新しい。トルコの言論の自由をどう評価するか? 
 
 教授:言論の自由はもちろんある。しかし、トルコ人らしさを規定する301条は、自分が進めたい特定の議題を持つ人々、特に軍部や民族主義者たちに利用される可能性がある。こうした人々は、ゆるく設定されている301条を使って、(ノーベル賞文学賞の)オルハン・パムク氏やその他の作家など、トルコでは大きな論争を呼ぶクルド人への抑圧やアルメニア人の虐殺問題を自由に話す人々を攻撃するために使っている。 
 
 トルコ人らしさの定義は難しい。検察や判事がこの法律をどのように解釈するかによる。いかようにも解釈できる。民主主義を嫌う人、トルコが自由になって欲しくない人、EUに加盟して欲しくないと思っている人が、それぞれの政治的目的を果たすために使う。 
 
――なぜ首相の妻は着用を止めないのか 
 
 ―エルドアン現首相はどのような人物か。 
 
 教授:イスラム系政党AKPの党首でもあるが、党のイデオロギーはリベラルではない。伝統を重んじる、保守政党と言っていいだろう。結党は2002年だった。 
 
 イスラム系政党の政治家たちは、EUへの加盟が自分たちへの自由を保証するものと見ている。自由な社会、といっても宗教の面から自由な社会を目指す。 トルコのイスラム系運動は常にEU加盟には反対だったがエルドアン氏とその支持者はEUへの加盟を達成しようとした。加盟のためには、リベラルにならざるを得なかった。経済の自由化など様々改革を進めた。 
 
 ―5月の大統領選を巡り、トルコは大きな政治危機の状態に入った。何故100万人規模のデモが多発したのか? 
 
 教授:きっかけはエルドアン首相が大統領候補となることを希望していたからだった。大統領職はトルコでは非常に、非常にセンシティブな問題だ。大統領は世俗主義そのものだ。エルドアン氏の妻はどこに行くのでもムスリムとしてのスカーフをかぶる。これが大きな問題だった。トルコでは公式行事に政治家が出席するとき、妻も出席する。妻がスカーフをかぶるようでは、招待されない。与党は副首相を大統領候補に出したが、これもうまくいかず、11月の総選挙が今月末に前倒しとなった。与党側はこれで心機一転を狙っている。 
 
 ―7月末の総選挙はどうなるか。 
 
 教授:代わりになりそうな政党がないので、現在の与党が政権をまた握るだろう。(注:実際、そうなった。)
 
 ―首相の妻はスカーフをかぶることを止めないのだろうか? 
 
 教授:止めないと思う。個人の非常に深い問題だからだ。比較できるものが他にないかもしれない。ムスリムとしてのスカーフは自分のアイデンティティーの一部だ。政治目的で脱ぐわけにはいかない。 
 
 女学生の中にはスカーフをかぶることを許されないというので、欧州人権裁判所に訴えた人もいる。支持は得られなかった。欧州の裁判所は、トルコの憲法裁判所が訴えを却下した点に何の問題も見られない、とする判断を下したからだ。 
 
 ―裁判に負けたということか。 
 
 教授:そうだ。女性たちは大きな望みをかけていたのだが。欧州を見ると、イスラム嫌いが強い。この問題に関してはリベラリズムを期待することはできないのだろう。 
 
 私が見たところでは、欧州裁判所がトルコでスカーフをかぶらないということは高等教育を受ける権利を否定された状態であることを、本当に分かっていたのかどうか、疑問だ。私立の大学でもしスカーフ着用が自由なら、そこに行く可能性もあった。しかし、トルコでは私立でも国立でもスカーフ着用を許す大学はないのだから。 
 
 大学でのスカーフ着用をまず許可するべきだと思う。大学とは様々な概念を自由に議論をする場所なのだから。公的機関で働く場合に一定の規制があるのは理解できるが、大学でダメといえば、女性が高等教育を受ける権利を否定することになる。多くの人がこの問題に怒りを感じている。 
 
 フェミニスト運動の面からすれば、女性が大学に行き、専門職に就くことを望むのか、家庭に入ることを望むのか。欧州のフェミニストたちはトルコのスカーフ問題にもっと目を向けてもいいのではないか。 頭が良く、インテリジェントな女性たちは、宗教的であるという点以外は他の女性と同じなのだ。 
 
 ただし、全身をおおい、目だけが見える(イスラム教徒女性が身に着ける)ニカブについては、私は許容しない。公的場所では互いの顔が見えるようにするべきだ。(この項終わり)

トラックバックURL : http://ukmedia.exblog.jp/tb/6847052
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by polimediauk | 2007-08-31 21:06 | トルコ | Trackback | Comments(0)

ジャーナリズムの話いろいろ+欧州事情も


by polimediauk