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在英ジャーナリスト&メディア・アナリスト。英国のメディア事情や社会・経済・政治事情を新聞業界紙、朝日新聞社「Journalism」、放送批評懇談会の「GALAC」、経済誌、WEBRONZAなどに寄稿。ニュースサイト「ニューズマグ」(http://www.newsmag-jp.com/)運営。著書は『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス (新書)』(共著、洋泉社)など。今年6月、一時帰国の予定です。取材執筆、講演などのご依頼は、ginkokoba@googlemail.comにご連絡ください。 ツイッター
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2012年 05月 16日
前回英国の無料新聞の拡大についてのエントリーを書きました。この原稿を書いていて、流れの中に入らなかったのだけれども、非常に重要なことがありました。それを、コメントをいただいて思い出したので、補足しておきます。
それは何かというと、この、「短くて読みやすい、安い値段あるいは無料の新聞だけじゃ、物足りない」ということなのです。確かに、電車の中とかで、ささっと読むにはいいのですが、そして、忙しい通勤者とか、若者とかだったら、ほかにやることがたくさんあるだろうし、携帯電話でニュースをさっと見る感覚で、こうした、安いあるいは無料の新聞があるのは、非常に便利です。また、広告主にとっても、都合がいいです。 でも、それだけじゃ、物足りない。 いくら忙しくても、やっぱり、(時には)深い記事を読みたかったり、もっと知りたかったり、感動したかったり、はっと気づいて、考えるヒントがある・・・そんな情報を、読み手は欲していると思います。 実際、私という一人の個人の例を見てもそうです。確かに、私は新聞を読むことが仕事の一部ではありますが、例えば映画評論家と映画の関係がそうであるように、個人として知的に面白いかどうかが、新聞を読む(あるいは映画評論家だったら映画を見る)行為の根っこにあります。 そんな私にとって、無料新聞の記事だけだったら、ちょっとつまらないです。実際には、電車の中で楽しく読んではいるのですが、これだけではさびしいです。もう少し詳しいものが読みたいし、もっと知りたいのです。自分よりもっと深いことや新しいことを知っている人が書いた論考などを読みたいです。また、安い新聞「アイ」のような、子供っぽいデザインも、あまり好きではありません。すでに読みたいという気持ちがあるので、過度にこびてもらう必要はないのです。自分でお箸を持ってご飯を食べられるので、誰かに口元まで食べ物を運んでもらう必要はない、と 一定のクオリティーのある情報が詰まったものを読みたいという欲求はこれから、決してなくならないでしょうし、こういう欲求を持つ人もいなくならないでしょうーこれまで、何百年もの間、「知りたい」という人間の知識欲が世界を動かしてきたのですから(新聞産業の収益構造は変わるでしょうけれど)。 2012年 05月 15日
日本生活情報紙協会(http://www.jafna.or.jp/)が隔月で発行する、「JAFNA通信」4月号の「マーケティング最前線⑫」コラムに、英国の無料紙市場について寄稿している。以前にも、無料紙の動きと将来について、少しこのブログで書いたが、さらに詳しくなったものが以下である。今回、流れを追ってみて、いかに新聞界が無料紙に影響を受けたかを改めて知り、いささか衝撃を受けた。
*** 英国の新聞界を大きく揺るがせた無料新聞の波 -その発祥と成長の経緯から、将来を探る 英国でも、日本同様、企業、地方政府、中央政府の各省庁、公的及び民間団体、そして個人によるさまざまな無料の出版物が発行されているが、本稿では、新たな市場を創出したという意味で画期的な無料新聞に焦点を当ててみたい。 現在、ロンドン近辺のみに限っても、英国では平日一日に約160万部の無料新聞が発行されている。英国の無料新聞(=無料紙)の生成から発展の経緯、そして今後を分析してみる。 ―「無料新聞」とは何か? 本稿で言及する英国の「無料新聞」(フリーペーパ、フリーシート)だが、大きな特徴として、これが正真正銘の新聞であることが挙げられる。この点は欧州各国でも同様である。広告掲載が主になって、これにニュース情報「も」掲載されているといった類の発行物ではない。紙面構成も日本で言うと朝刊全国紙を思わせる体裁になっている。有料新聞にしてみれば、ライバルと目される位置に立つ。 有料新聞と大きく異なるのは、短時間で読めるように、1つ1つの記事が通常の新聞よりは短くかつ読みやすい文章になっている点だ。「20分で読める」のが謳い文句だ。通勤時に電車の中などで読み終えてしまうことを想定している。有料新聞はブランケット判と呼ばれる、朝刊サイズの大判が多いが、無料紙は小型タブロイド判が基本だ。 配布方法は、毎朝、駅の外で配布員が直接手渡すか、駅構内に置かれたラックに山積みにされる。通勤電車の中で無料紙を読み終えた乗客が車内に新聞を残しておくと、新たに乗車してきた人がこれを座席から拾って読むという光景はおなじみとなった。 想定読者は年齢が20代から40代後半の仕事を持つ人々だ。一定の可処分所得を持つ層になるので、こうした層にアピールする物品やサービス(例えば携帯電話、化粧品、娯楽、旅行など)の広告がメインとなる。 ―英「メトロ」の創刊は1999年 1990年代半ば、スウェーデンで無料新聞「メトロ」が創刊された。その後、欧州を中心に世界各国で無料紙の発行が広がってゆく。現在、メトロ・インターナショナル社(本社:ルクセンブルグ)が発行する無料紙「メトロ」は世界の1000都市以上で発行され、約1700万人が読む。 英国では、スウェーデンの新聞の英国上陸を察知したアソシエーテッド・ニューズペーパーズ社が、1999年、英国版無料朝刊紙「メトロ」をロンドンで創刊した。発行部数の長年の下落に悩んでいた英国の新聞界は、当初、「無料紙=中身がない新聞」という見方をしており、「メトロ」を脅威とは見ていなかった。 ところが、毎朝、駅構内の新聞ラックに置かれている「メトロ」があっという間に無くなる現象が起きた。読者の大きな支持を受けて、アソシエーテッド社はロンドン市内の発行部数を増やすとともに、地方都市版も次々と発行した。 創刊から5年後、「メトロ」は100万部前後の発行物に成長した。英国の当時の発行部数の最大は大衆紙「サン」(約300万部)で、これに同じく大衆紙「デイリー・メール」、「デイリー・ミラー」(いずれも約200万部前後)が続いた。「メトロ」は英国で4番目に発行部数が多い新聞となった。 ちなみに、英国の新聞は、大雑把に言うと「高級紙」(「タイムズ」、「ガーディアン」、「デイリー・テレグラフ」、「インディペンデント」など)と「大衆紙」に分かれる。前者に最も近いのは日本では全国紙である。後者は文章がより読みやすく、ゴシップ、娯楽関係の記事が多い。発行部数の面からは大衆紙が圧倒的な位置を占める。例えば、「サン」が300万部を出していた頃、高級紙は4大紙の部数を合わせても300万部を切るほどであった。 ―無料が好まれる背景 「メトロ」を支持する理由として読者が挙げたのは、「無料であること」、「小型で持ちやすいこと」、「読みやすい」、「報道が中立」であった。これは、有料新聞に対する反対票でもあった。当時、高級紙は大判で、混雑した電車の中では広げにくかった。また、英国の新聞は編集部の政治方針や価値観を明確に表に出す。「中立なニュース」はあまりない。このため、「新聞報道は偏向している」とする批判を招く原因ともなっていた。 「無料」は英国メディアを理解するうえでの重要なキーワードでもある。 というのも、英国のニュース市場で大きな存在となる英国放送協会(BBC)は、日本のNHKの受信料に相当するテレビ・ライセンス料を運営費として、国民に幅広い娯楽・情報番組を無料で放送している。BBCのニュースサイトにアクセスすれば、動画も含めたニュース情報が無料で入手できる。 さらに、英国の新聞界は、長年にわたり、自社ウェブサイト上の記事を過去の分も含めてすべて無料で提供してきた。インターネット上でも無料でさまざまな情報が提供されており、ネットが普及するにつれて、いつしか、「ニュース情報=無料で得るもの」という感覚が出てきた。こうした中での無料新聞の発行は、多くの英国民にとって時代感覚に適応した動きであった。 広告主にしてみれば、若者層、通勤客層に対象を絞って出稿できる無料新聞「メトロ」は、好景気を享受していた英国で、効率的な、魅力ある媒体であった。 小型判で人気となった「メトロ」は、部数下落に苦しむ高級紙の体裁にも影響を及ぼした。 2003年、「インディペンデント」紙が大型判と小型判を平行発行。後に小型判のみに移行した。小型判には「大衆紙」、つまりは低俗な新聞というイメージがついていた英国で、思い切った転換であった。同紙の小型判化は「斬新」と評価され、部数を一挙に伸ばした。「タイムズ」もまもなくして小型判化し、後に、「ガーディアン」は縦に細長い「ベルリナー判」に変更した。 2005年には、ロンドンの金融街シティ近辺で配布される、経済・金融専門の朝刊無料紙「CITY AM」が創刊。今年年頭時点で約10万部を配布し、想定読者は35万人という(ウェブサイトより)。 2006年、朝刊無料紙「メトロ」の人気にあやかろうと、発行元アソシエーテッド社は今度は夕刊無料紙の発行を計画した。 「サン」や「タイムズ」などを発行するニューズ・インターナショナル社もこれに参入し、同年夏、「ロンドン・ペーパー」を創刊した。数日後、ア社も「ロンドン・ライト」を創刊し、ロンドンの新聞市場に新たに100万部を超える新聞がなだれ込んだ。一つの通りの両脇にライバル紙の配布員が並び、競うようにして通行人に新聞を手渡す光景が見られた。 無料紙の乱立で窮地に陥ったのが、創刊から180年余の歴史を持つ有料夕刊紙「イブニング・スタンダード」であった。 スダンダード紙は駅構内の専用ブースで新聞を1部50ペンス(当時の値段で約80円)で販売してきた。決して高い値段ではなかったが、朝刊無料紙「メトロ」の市場参入や、ネットの普及によって読者の中に強く根付いた「ニュースは無料」という固定概念が災いし、苦戦を強いられるようになった。その上に新たに夕刊無料紙2紙が入ってきたことで、スタンダード紙の販売部数は40万部から20万部に半減した。専用プリペイドカードの導入やコスト削減も功を奏さず、2009年1月、ロシアの富豪で旧ソ連国家保安委員会(KGB)の元スパイ、アレクサンドル・レベジェフ氏に1ポンドという廉価で買収された。 2008年秋、米投資銀行リーマン・ブラザース破綻をきっかけとした金融危機以降、英国経済は不景気に向かった。広告収入の激減に英メディア界は苦しみ、「ロンドンペーパー」と「ロンドンライト」は09年秋、廃刊となった。 ―「スタンダード」も無料化、新たな有料化の動き レベジェフ氏は、2009年10月、「スタンダード」紙を無料化した。買収直前には年間10億ポンド相当の負債を抱えていたとはいえ、もとは有料で、長い伝統を持つ新聞の無料化は、少なからぬ衝撃を持って受け止められた。 レベジェフ氏が買収後、すぐに手をつけたのは、スタンダード紙の新たなブランド化であった。 まず、高級層向け雑誌「タトラー」の編集長をイブニング紙の編集長に就任させた。高額のマーケティング費用を費やして(「今まで読者の意向を無視した紙面づくりをして、ごめんなさい」などの文句が入った謝罪広告が著名)注目度を高めた。当初は有料新聞のままだったが、「ロンドンペーパー」、「ロンドンライト」が消えた後で、無料化に踏み切って部数を伸ばした。 筆者は、無料で新聞を読むことに慣れた読者がいたことが成功の大きな理由の一つではないかと思う。朝刊無料紙メトロの後の時間帯に、ロンドン市場には無料紙はなくなっていた。夕方、帰りの電車に乗る通勤客は、ラックからさっと拾える新聞となったスタンダード紙をついつい手にしてしまうのだ。「朝はメトロ、夕方はスタンダード」というパターンができあがった。 買収直前は17万部ほどを販売していたスタンダード紙だが、現在は70万部近くが配布されている。同紙は、無料紙の回し読みが習慣となった約150万人のロンドン市民にリーチしているという(ウェブサイトより)。読者の74%は上流から中流層で、15-44歳は69%、全体の62%が男性だ。不景気とはいえ、これほどターゲットが絞られている媒体は、広告主にとって魅力的な存在だ。 一方、「メトロ」のほうだが、アソシエーテッド社の親会社DMGT社の2011年度年次報告書によると、同紙は8200万ポンド(約106億円)の収入を上げている。これは前年度比14%増。「メトロ」は英国全体で140万部近くを配布しており、ウェブサイトを訪れるユニーク・ユーザー数は440万人に上る(昨年9月時点)。これは前年同期比47%増である。 無料化がトレンドとなる中、2つの派生した動きが発生した。 1つは、長く続いた部数の下落で背に腹をかえられなくなった新聞各紙が、デジタル版の有料化を始めたのだ。まず、「タイムズ」などニューズ・インターナショナル社傘下の新聞が、ウェブサイトの閲読を2010年7月から有料化し、かねてから、サイト上で無料で読める記事の本数を限定してきた経済高級紙「フィナンシャル・タイムズ」は無料閲読の本数を減少させた。また、最後までサイト記事の無料閲読の方針を維持してきた「ガーディアン」も、携帯機器で閲読するアプリの有料化、タブレットでの閲読の有料化などを段階的に導入している。 もう1つの動きは、レベジェフ氏がスタンダード紙の次に買収したインディペンデント紙が、2010年10月末、弟分の新聞として「i(アイ)」を創刊したことだ。 「i」は無料ではないが通常の高級紙の5分の1の価格(一部20ペンス)で販売され、1つ1つの記事が短くて読みやすい。小型タブロイド判で、視覚を重視している点なども「メトロ」を始めとする「20分で読める」無料紙に非常によく似ていた。「インディペンデント」は現在、約17万部を発行しているが、「i」はすでに24万部を超えている。読者は本紙よりも「i」を好んでいるのである。 英国での無料紙隆盛のさまを見ていると、将来の新聞の姿が見えてくるようだ。ネットが普及した現在、読者はもっと安い値段で新聞を入手したがっている。より短くかつ読みやすい記事を求めていることも判明した。電車に乗ったときに、窓の外を眺めるよりは、何かを読むことを選択する人がかなりいるのは心強い。 無料新聞の人気は、有料新聞を発行する新聞社に対し、「人々は違った形で新聞を読みたがっている」ことを告げているようだ。放送業界のように運営経費を広告や助成金でまかないながら、コンテンツ自体は無料(か廉価)で提供するという方法を新聞業界がまともに考えてみるときが来たのかもしれない。少なくとも、読者はそう言っているように見える。広告にのみ頼るようでは不景気の折に経営が不安定になりやすいため、この点への考慮が肝要だがー。(終) 2012年 04月 22日
先日、16日から18日まで開催されていた、「ロンドン・ブック・フェアー」に、久しぶりに顔を出してみた。非常な活況振りであった。電子書籍の最新動向などを聞き、大変多くの刺激を受けて帰ってきた。その件は、また改めてご紹介したい。
*** 以下は、新聞協会報4月17日号掲載分に補足したものである。 *** 英新聞界のデジタル戦略 ー「ソーシャル」を導線に、専用閲読アプリで課金 英新聞界はこれまで、インターネットでの自社記事の閲読を、過去の記事も含めて原則無料で提供してきた。 しかし、スマートフォンの普及やタブレット型電子端末の販売により、こうしたチャンネルを通じての閲読を有料化する動きが進展している。新規読者の開拓には、ソーシャル・メディアを新たな活路とする。各紙のデジタル戦略をまとめた。 ータイムズ電子版の成果 2010年夏、タイムズ紙とその日曜版サンデー・タイムズ紙がネット上の記事閲読を「完全」有料化した。完全とは有料購読者以外は一本も閲読できない設定だ。 英国には、長年、「ネット上のニュースは無料」という認識が存在してきた。有料化(一定の本数の記事を無料閲読とし、その本数を超えた場合有料とする「メーター制」を採用)を導入していたのは経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のみであった。 タイムズ紙の有料化は、一般紙が果たして他紙と差別化できるコンテンツを有料で提供できるのかを問う試みとなった。 今年2月、発行元ニューズ・インターナショナル社は、タイムズ電子版の有料購読者が1月時点で約11万9000人、サンデー・タイムズでは約11万3000人と発表した。これは業界内で一定の成功と受け止められた。 というのも、1月時点で電子版の一日の平均読者数はタイムズの場合が約52万人、サンデー・タイムズが約108万人となり、紙媒体の発行部数とほぼ同じかこれを上回る(注:紙媒体の購読者は電子版を無料で読める)までに到達したからだ。 両紙のサイトは、有料化以前には2000万人を超える月間ユニーク・ユーザーを持っていたものの、大きな収入源にはなっていなかった。紙媒体の発行部数は減少傾向が続き、英ABCによると、同じく1月の発行部数はタイムズが前年同月比10・88%減、サンデー・タイムズが同6・87%減と大きな数字だ。 タイムズの売り上げ収入の5分の1が電子版の購読料から発生するようになっており、有料化は今後も続く見込みだ。 特に電子版の伸びが著しいのはタブレット型端末iPad(アイパッド)を通じての購読だ。過去半年間の購読者の伸び率はタイムズで35%増、サンデー・タイムズで80%増。両紙合計のアイパッドでの利用者の平均収入は国内の平均所得者の約四倍を稼ぐ高額所得者だ。広告主にとっては、購買力が高い魅力的な層を手中に入れたわけである。 ―タブレットのみ有料も FTの電子版有料購読者は3月発表時点で約26万7000人。FTは景気の動向に左右されない経営を目指しており、広告収入よりも購読料収入の比率の増加に力を入れている。 親会社ピアソンによると、FTの収入の47%が電子版コンテンツによる。米国ではすでに電子版収入が広告収入を超えた。 そのほかの新聞は、サイトでの閲読は無料のままとし、スマートフォンやアイパッドでの閲読アプリを通して有料化している。 例えばガーディアン紙は、1日3本までは無料で閲読できるがそれ以上が有料(iPhone:アイフォーン用は半年間で2・99ポンド=約382円、1年で4・99ポンド、アイパッド用は毎月9・99ポンド)となる専用閲読アプリを提供する。端末で見やすいように画面が設定され、ソーシャル・メディアへの投稿も容易だ。ただし、専用アプリを使わずにサイトにアクセスした場合、無料で記事を閲読できる。 利用者が専用アプリでの課金を受け入れる背景には、動画・音楽配信サービス「アイチューンズ」で少額決済に慣れた利用者層の存在がある。 複数の地方紙出版社は携帯電話での閲読は無料で、タブレット端末でのみ有料とするなどばらつきがある。 ―「ソーシャル」で導線作り ソーシャル・メディアは潜在的読者を自社サイトに誘引する方法として活用されている。 新聞社がフェイスブック上に専用ページを開設し、「友達」が閲読した記事の一覧がこのページ上に表記される手法はこれまでにもあったが、ガーディアン紙はこれを一歩進め、専用アプリを開発した。 同紙が昨年9月に導入したアプリを使って、友達が閲読したお勧めの記事をクリックすると、フェイスブックのアプリ内でガーディアンの記事が読める。 フェイスブック内に利用者が滞在し続ける形のアプリの効果は劇的だった。導入から5ヶ月で、約800万人がダウンロードし、電子版の記事を閲読した(同紙3月21日付)。 導入以前、電子版への訪問の40%が検索エンジンによるもので、ソーシャル・メディアは2%であった。導入後は後者が一時30%を越えた。最多訪問者は、最も新聞を読まない層といわれる18歳から24歳の若者たちであった。 インディペンデント紙も専用アプリ(120万人がダウンロード)を提供中だ。(ただし、記事をクリックすると、同紙のサイトに飛ぶので、ガーディアンの場合とは少々違う。各紙がそれぞれに開発している状況である。) 新聞社側が提供する内容(=記事コンテンツ)は同じでも、利用者が馴染み深いソーシャル・メディアを入り口として使うことで、自社サイトへの強力な導線を作り上げた。 一方、経済週刊誌「エコノミスト」はフェイスブックの専用ページへの訪問者の中でページが気に入ったことを示す「いいね!」ボタンを押した人の数が100万人を超えたと発表した。 もはや広大なネット空間で自社サイトを開設しているだけでは十分ではなく、ソーシャルの空間の中で顔を見せてこそ、読者を誘い込むことができることを、各メディアの試みは証明しているといえよう。 メディア動向を調査するエンダース・アナリシス社によると、英国で携帯電話による広告収入は2011年で2億300万ポンドに達した。これは前年比157%増だが、ネット広告全体ではわずか6%を占める。 しかし、スマートフォンの所有率の伸びが欧州内で最も早い英国では、2015年までに成人の75% (現在は半数) がスマートフォンを所有するようになるという。そこで、広告収入もこれにつれて大きく伸びるとエンダース社は予測している。 携帯電子端末での閲読を前提とした収益化戦略やサービスの工夫がますますの課題となってきた。(終) 2012年 03月 08日
6日夕刻、ロンドンの帝国戦争博物館(Imperial War Museums)で、世界各地での戦争報道で知られるベテラン写真家ドン・マッカリン(Don McCullin)と、現役の戦争報道写真家たちが、アフガン戦争について語るイベントがあった。「50年間、戦場写真を撮ってきたが、何も変わらなかった」とクールに語るマッカリンと、「戦争の記録を残したい」という若手写真家たちとの違いが色濃く出た夕べとなった。(写真右はマッカリンによる、ベトナム戦争で「シェルショックを受けた米兵」1968年。) イベントは、博物館で開催中のマッカリンの写真展(4月15日まで)に付随して行われた。 http://www.iwm.org.uk/exhibitions/shaped-by-war-photographs-by-don-mccullin 私がノートに取ったメモ書きを元に、その雰囲気を再現してみたい。(名前――McCullin――の日本語表記はマッカリン、マッカランの両方あるようだ。とりあえず今回はマッカリンにした。) パネリストとして出席したのは白髪のマッカリン、米国出身の戦争写真家ケイト・ブルックス、元英空軍にいたアリソン・バスカビル(両者は「フォト・ジャーナリスト」として紹介されていた)、英領北アイルランド出身のドノバン・ワイル、英軍付属の写真家(アーミー・フォトグラファー)のルパート・フレールであった。最後にそれぞれのウェブサイトを紹介しているので、ご関心のある方は、どんな写真を撮っているのかをご覧いただきたい。 また、マッカリンについて少々補足すると、イベントでの発言のみをたどるとクールでシニカルな感じがするが、写真展を見ると非常に熱い思いで戦場で仕事をしていたことが分かる。自分の功績を謙遜する、非常に思慮深い人物であることも。 マッカリンはロンドンで生まれ、ハマースミス芸術工芸建築学校で写真を学んだ。1950年代半ば、英空軍に勤務後、写真家としてのキャリアを積んだ。キプロス島での市民戦争の写真で、1964年、世界報道写真賞を受賞。英国人でこの賞をとったのは彼が初だ。その後、主にオブザーバー紙、サンデー・タイムズ紙向けに紛争地での写真を多く撮った。近年は、戦争報道から離れ、ポートレートや自然の情景、様々な暮らしの写真を撮影している。 ―アフガン戦争にはいつ行って、どんな写真を撮ったのか? マッカリン:私が行ったのはずいぶん前だ。1980年ごろ。当時はムジャーヒディーン(イスラム義勇兵)に面倒を見てもらっていた(*)。自分は友達だと思っていたが、そのうち、こちらの荷物の中身を盗むようになったので、「悪い人なのかもしれない」と思い出した。 (*補足:1970年代末、アフガニスタンは大きな政情不安に見舞われた。78年に軍事クーデターで社会主義政権が樹立し、国名がアフガニスタン民主共和国に変更された。これに対して全土でムジャーヒディーン=イスラム義勇兵が蜂起し、1989年まで続くアフガニスタン紛争が始まった。ウィキペディア参考。) まったくばかげたことだが、自分が本当の戦いから故意に隔離されていたことを知らなかったのだ。間抜けなことだった。まともな写真は撮れなかった。お茶を飲んでいる様子などを撮ったりした。自分は写真家として失敗したのだと思う。 アフガン人は外から来る人を嫌う。たくさん戦士がいるし、戦うことが好きなのではないか。 私は軍隊の付属(従軍撮影者)にはならなかった。写真家として自由でありたかったからだ。アフガン戦は長い戦いだ。軍の付属になったら、よい写真は撮れない。例えば、負傷した自国の兵士の写真を、もし従軍であったら、撮影できないだろう。 ケイト・ブルックス:アフガンに行ったのは、2001年12月。9・11テロ勃発からまもなくだった。当時、米国はオサマ・ビンラディンをなんとしても捕まえようとしていた。 2005年にも行った。比較的平和になっていたので、市民の暮らしを撮影した。米国人はアフガンのことに関して無知なので、記録をすることが大事だと思ったからだ。従軍写真家になるかどうかだが、今はそうしないと危険すぎると思う。 アリソン・バスカビル:英空軍に勤務していた時から、写真は趣味だった。記録に取り、目撃することが楽しかった。そこで、ウェストミンスター大学で写真を学んだ。自分は前線に行ったはじめての女性兵士となったが、兵士の人間としての側面を写し出したかった。そこで肖像写真が増えた。アフガニスタンは、戻って探索したくなる国だ。 ルパート・フレール:もともとは爆弾処理を担当していた。前から写真には関心があって、写真撮影をやるようになった。 ―若手写真家の話を聞いて、どう思ったか? マッカリン:戦争では市民の犠牲が出る。軍隊に埋め込まれた形で写真を撮るとき、一緒にいる兵士の攻撃の先にあるものは何か、どこに向かっているのか、そこで何が起きたのかー自分だったら、そんなことを考えてしまうだろう。「攻撃された側に対する懸念は抱かないのだろうか」、と話を聞いていて、思った。 フレール:自分は兵士であり写真家でもあるが、いざとなったら、兵士の部分が先に来る。写真家であっても、軍服を着ているから、市民は怖いという感情を持つようだ。兵士は外から来た人を簡単には信用しない。でも、自分は仲間の1人だから信頼してくれる。アフガン市民の中でも、子供たちは人懐っこい。ペンやチョコレートをあげるからかな?アフガンの言葉は分からないけど、数少ない、自分が知っている言葉に「カラム」がある。これはペンを意味するそうだ。 ドノバン・ワイル:自分は通常、まとまった写真を撮るとき、1年か1年半をかけて仕上げる。その土地を知り、建築物を知る。しかし、アフガニスタンに行ったときは6週間しかなく、時には数日あるいは数時間でカメラの位置を決めなければならなかった。これがつらかった。 (プロテスタント系住民とカトリック系住民との対立が暴力事件の頻発につながり、英軍が派遣されるに至った)英領・北アイルランドで生まれ育ったので、兵士がいる光景は見慣れていたが、アフガニスタンで戦場に行ったとき、居心地悪く感じた。自分はカナダの軍隊に付属して出かけたが、写真を撮りやすいようにとみんなが協力してくれた。戦争写真は、自分の過去、そして将来の歴史を写しとることだと思う。 マッカリン:近年、戦争写真というと、それ自体が魅惑的なものになっていることが多い。(そうはならないよう)注意しなければならないと思っている。 戦争写真を撮っても、何も変わらないと思う。それに、アフガン戦争は勝てない戦争だと思う。 バスカビル:私は戦争写真は重要だと思う。何が起きたかを記録に残すことが重要だ。 マッカリン:私はアフガンの将来に楽観的ではない。今、米英がアフガン軍のトレーニングなど、様々なことをしているが、私たちが撤退したら、消えてしまうと思う。西欧が考えるところの民主主義は根付かないと思う。賄賂の習慣が根深い。どんなに犠牲を払っても(兵士が亡くなっても)、アフガニスタンは変化しないと思う。 (会場にいたベテラン写真家からのコメント):9・11テロ勃発の頃、ちょうどニューヨークに戻るところだった。しかし、テロが発生したので、もちろん飛行機はキャンセルされたが、私はニューヨークではなく、アフガンに行くべきだと思った。そこで、13日から14日かけて、パキスタンからアフガンに向かった。 その後、当時アフガンで政権を担当していたタリバンに圧力をかけて、報道機関を中に入れてくれと頼んだ。そこで、少人数の報道関係者が中に入り、10月、アフガン戦争が始まると、市民の犠牲者の姿を撮影することができた。 タリバンが私たちを中に入れたのは、もちろん、自分たちのプロパガンダのためだった。レーダーが爆破された場所に連れて行かれた。私たちは、病院に連れて行ってくれ、と頼んだ。そこで運び込まれた人の写真が撮影できた。 ―会場からの質問:ここは「大英帝国(=インペリアル)博物館」であるが、これにちなんで、聞きたい。アフガンにいたとき、自分たちが「大英帝国の側から来た人間」と思っていたかどうか。 ブルックス:その言葉の意味をどう解釈するかだが、まあ、「アフガン人は戦うことが好きだから」なんていうのは、とても植民地主義的な考え方だろうと思う。そんなことはない。誰だって平和がほしい。ただ、外国軍が自国を占拠したというスタンスから、こちらを見ていることも事実。 バスカビル:私も同意だ。現状でよいと思っているアフガン人はいない。食べ物や衣類、住む場所など、人間の基本的ニーズを満たしたいと思っている。 フレール:私は英軍の兵士だから、英軍が行くところにはどこでも行く。英軍がやっていることを撮影している。しかし、自分がやっていることはプロパガンダではない。本当に起きたことを撮影している。 私が撮影した写真をこの博物館で展示して、多くの人に見てもらいたい。私が撮影したことから、何らかの教訓が得られるのかどうか、見てほしい。過去にどこが間違ったのか、あるいはどこが正しかったのか、を。 ワイリー:自分にとって、アフガンに行くことは写真を撮るという仕事をする機会なのだと思う。 ―(会場から)軍隊の付属として行くべきかどうか?報道の自由はどうなる? ブルックス:付属になるかどうか、これは個人のまったくの自由だ。リスクを負えるかどうか。 フレール:軍隊の一部だとしても、アフガン市民との相互交流はある。付属であることは、自分にとっての安全のみばかりか、自分にかかわる人々の安全にもつながる。 マッカリン:写真家としては、そもそもアフガン戦に行くべきかどうか、どんな目的で行くのかを考えるべきではないかと思う。シリアにしてもアフガンにしても、過去50年間、変わっていない。英国人を失うほどの犠牲を払うべき価値があるかどうか、と。 ワイリー:犠牲を払うべき価値があるかどうかで悩むのは実によく分かる。自分は(カトリック系とプロテスタント系の住民の争いが続いた)北アイルランドで育ったからだ。 マッカリン:アフガンに行くよりももっと行くべき場所、撮影するべきものがここ英国にあるのではないだろうか。先日、英北部に行った。貧困度が深いと思った。国内にもたくさん報道するべきことが起きている。 ブルックス:戦争で何が起きたかの記録をとるために、自分としては、写真家は戦場に行くべきだと思う。しかし、マッカリンの言いたいことは理解できる。私はリビアで写真を撮ってきたが、不毛感を持った。撮影の中心は、いつも亡くなった人や葬式の写真だ。これでいいのか、と。何故これを、世界中の人に見せなければならないのか、と。 戦争は平和をもたらさない。(戦場で写真を撮っていると)感覚がなくなる思いもする。フォトジャーナリストになったのは、何かを変えようと思ったからなのに、と。 バスカビル:私は自分のことを「戦争写真家」ではなく、単に写真家だと思っている。写真は視覚的に純粋だと思う。人々に情報を与えることができる。自分は写真で世界を変えようとは思っていない。病院に行って、犠牲者の写真を撮っても、外に出さないことがある。出しても、みんな感覚がなくなっているので、思ったほどのインパクトを与えないからだ。そこで私は(ポートレートなど)別のやり方で、写真を撮ってきた。 ―会場からの質問:写真家として戦場に行って写真を撮った場合と、兵士が写真家でもある場合と、どちらがより真実に近づけるのか? フレール:その場にいる人間の1人としては、現場にいる兵士・写真家のほうが真実に近づけると思う。兵士たちは外からやってくる人には警戒心を抱く。私は仲間の1人だから。 ブルックス:それは人によって違うだろうと思う。 バスカビル:兵士が写真家だと、確かに近くから撮れる。でも、写し出すのはプロセス(=過程)ではないだろうか。ストーリー(物語)を見せないのではないか。 フレール:兵士であり写真家という役割は、まるでジキルとハイドのように2つの面がある。病院で傷ついた人の写真も撮れるし、どこにでも入れるというのは兵士だから。アフガンの子供にカメラを向けるとき、自分はどちらの側にいるのだろうか?死にそうな人を助けるのか、あるいは撮影をするのか?戦争写真家にはこんなせめぎあいがある。 ーベトナム戦争での写真の役割とアフガン戦での写真の役割の違いは何か? バークスビル:文化も時代も変わった。米ライフ誌に掲載された、ベトナム戦争の写真は、米国民に大きな衝撃を与えた。そんな写真を今まで見たことがなかったからだ。 今ではデジタル写真がある。SNSがある。すぐに情報が出る。即時性がある。フィルムに撮った映像を紙に焼いて・・・という意味での写真には、もはや即時性が失われている。 ブルックス:私もそう思う。いまや、多くの写真家は動画を撮っている。また、ベトナム戦争と違って、アフガン戦争は敵が見えない戦争だと思う。 マッカリン:ベトナム戦争で、はだしの少女の写真は強い印象を与えた。最終的に私たちは、ベトナム戦争を終結させることができた。しかし、それまでに多大な犠牲があった。 戦争とは、誰にとっても勝てないものなのだと思う。 *** プロフィール: ドナルド(ドン)・マッカリンは76歳。ロンドン生まれで、都会の下層階級の暮らしや戦争報道で知られる。写真展のアドレスを再度挙げると: http://www.iwm.org.uk/exhibitions/shaped-by-war-photographs-by-don-mccullin また、グーグルでDon McCullinで検索すると、撮影写真がどっと出てくる。 ルパート・フレール http://www.army.mod.uk/news/press-office/16687.aspx# アリソン・バスカビル http://www.alisonbaskerville.co.uk/ ケイト・ブルックス http://www.katebrooks.com/ ドノバン・ワイリー http://www.magnumphotos.com/C.aspx?VP=XSpecific_MAG.PhotographerDetail_VPage&l1=0&pid=2K7O3R1VT2KC&nm=Donovan%20Wylie 2012年 03月 06日
朝日新聞が出している月刊メディア雑誌「Journalism」の3月号に(私も1つ原稿を書いているが)、興味深い記事がいろいろ出ている。
データジャーナリズムに関する詳しい記事(小林啓倫氏著)も興味深いが、私にとっての目玉は、朝日・奥山俊宏記者が書いた、オリンパスの元社長による、日本の新聞批判である。 オリンパスの損失隠しを最初に書いたのは、月刊誌「FACTA」であったという。これが2011年7月。それ以降、日本のマスコミはこれについてずっと書かないまま。英訳記事を手にした当時の社長ウッドフォール氏が、ここに書いていることは「事実なのか?」と菊川会長(当時)に聞いたことがきっかけで、一連の大きな動きが起きる。 社長職を解任されたウッドフォード氏が、損失隠しに関わる資料を持って、内部告発をしようと思ったとき、声をかけたのは、日本のメディアではなく、英フィナンシャル・タイムズだった。金曜に記者と会い、翌土曜日には1面の記事となった。奥山記者はウッドフォード氏と、日本の新聞が何故、FACTA報道後に書けなかったのか、日本のメディアの問題点などを議論しあう。これが1つの記事になっていて、その後、記者はFTの記者とも会って、どのような経緯で資料を受け取り、すぐに報道できたのかを探る。 日英の新聞報道の違いが垣間見える2つの記事だ。奥山記者が「何故、日本の新聞がほかのメディアを引用して書けないのか」を説明するところが面白い。1つには名誉毀損があるからだという。いろいろ、考えさせられた。どこかで入手されたら、ご一読をお勧めしたい。 朝日「Journalism」 http://publications.asahi.com/ecs/66.shtml 2012年 03月 01日
米メディア複合大手ニューズ・コーポレーション(ニューズ社)を巡るドラマ(展開場所=英国)が、新たな山場をむかえている。
同社の会長は世界のメディア王といわれるルパート・マードックで、ニューズ社の苦難はマードックの苦難でもある。 まず、ニューズ社の傘下にあった、英国の人気・日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」が、昨年7月、電話盗聴事件を巡って、急きょ廃刊となった。この事件自体は2006年ごろ発生し、07年には同紙の記者1人と私立探偵が有罪・実刑判決を受けている。その後、ついこの間まで、ニューズ社側は、「盗聴はたった一人の記者が関与」、「経営陣は知らなかった」と主張してきた。 この主張が、ガーディアン紙の調査報道によって、2009年ごろから崩れてきた。実はもっと大規模に行われていたのだ、と。 これが実によく実感できたのが、電話を盗聴されていた著名人らがニューズ社から和解金を受け取って決着をつけたケースが次々と報道されるようになってからだ。たった一人の「ごろつき記者」による行為どころか、組織的に、大掛かりに行われていたことの、動かしがたい証拠であった。もちろん、これは少し前からほぼ周知だったが、続々と和解金額が報道されると、改めて、その規模の大きさに衝撃が走った。 和解した60人の中の1人が、歌手シャーロット・チャーチだ。和解金額は30万ポンド(約3800万円)だが、裁判費用の負担も入れると60万ポンドになるという。24日には、BBCなどの報道機関の情報公開申請によって、「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」に雇用された私立探偵グレン・マルケア(王室関係者の携帯電話の伝言メッセージを盗聴した罪で、2007年に有罪判決)は2001年から5年間の間に、2200回以上、盗聴を行っていたことが分かった。 何とか盗聴事件を片付けて、次に進みたいニューズ社側。2月26日、マードックは、平日発行の人気大衆紙「サン」を、廃刊された「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」の抜けた穴を埋める形で、「サン・オン・サンデー」として「創刊」した。部数は300万部を超え、英国の日曜紙市場で首位となった。廃刊直前の「ニューズ」紙よりも多いぐらいの部数である。 しかし、巻き返しは長く続かなかった。翌27日、新聞界の倫理・慣行を見直すために開かれている「レベソン委員会」に出席したのが、ロンドン警視庁の幹部スー・エイカーズ。エイカーズは新聞界と警察の関係に不正なことはなかったかどうかを調査中だ。 そのエイカーズが、サン紙は、警察、政府、医療関係者などに現金を支払って情報を買っていた(疑いがある)と暴露したのである。サンには「違法の支払いを行う文化がある」、と。 警視庁は、最近、サン紙の編集幹部らを贈賄容疑で次々と逮捕しており、「やりすぎではないか」とサン紙やほかのメディアからも批判が出た。しかし、エイカーズは、委員会の場で、情報の売買は公益のためではなく、ゴシップなどのネタを取るためであり、ある情報提供者は年間8万ポンド(約1000万円)もの賄賂を受け取っていた、と述べた。 警察官のみならず、官僚も、そしてほかの公的組織勤務者もサンに情報を売っていたと警視庁幹部が宣言したことは、かなり重い。この委員会では、証言の前に、宣誓を行うのだ。 果たしていつまでニューズ社は英国での新聞発行を維持できるだろうかー?同じくニューズ社の傘下にあるのは、高級紙タイムズやその日曜版のサンデー・タイムズ。この2つがなくなるとは思えないけれども、サンはどうか?サンについて、マードックは、「(賄賂は)過去の話だ。今はクリーンだ」と主張するのだがー。 一方、29日になって、マードックの次男ジェームズが、英国での新聞発行を担当するニューズ・インターナショナル社の会長職を辞任する、という発表があった。親会社ニューズ社の副最高執行責任者としての職務は維持する。今後は、米国での勤務となり、テレビ事業に専念するそうだ。ニューズ社が39%の株を持つ、英衛星放送BスカイB社の会長職は変わらない。 マードックは、長男ラクランをかつては世継ぎと考えていたが、ラクランが経営上の考え方の違いでニューズ社を一旦去ってから、次男ジェームズが自分の後を継ぐ、と見ていたようだ。 しかし、ジェームズは、「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」での盗聴行為の全貌について十分に把握していなかった(あるいは把握していたが、「把握していなかった」と発言した)ことがたたり、評判が落ちた。組織ぐるみの盗聴であったことを示す、あるメールがあったのだが、これをジェームズは「受け取っていない」と長らく主張した。しかし、実は受け取っていたことが後で分かった。「受け取っていたが、読まなかった」などと説明したが、後の祭りであった。 先のレベソン委員会は、警察と新聞界の関係を探るための聞き取り調査を、連日、行っている。3月1日には元警視庁幹部らが召喚され、証言を行う。その1人が元警視総監。ニューズ社幹部と警視庁の「親しすぎる」関係がどこまで明るみに出るかが焦点だ。 結局、一連の電話盗聴事件+新聞の廃刊事件は、記者が違法行為を働いたかどうかという問題というより、核となる部分は権力に関する問題(=権力の癒着)だったのだと、ガーディアンのニック・デービス記者が27日付の記事で書いていた。 関連記事: マードック氏次男、ニューズ英子会社会長を辞任 http://www.nikkei.com/tech/news/article/g=96958A9C9381959CE0EBE2E0978DE2E3E2E1E0E2E3E0E2E2E2E2E2E2;da=96958A88889DE2E0E2E5EAE5E5E2E3E7E3E0E0E2E2EBE2E2E2E2E2E2 レベソン委員会ウェブサイト(ストリーム放送で、証言が見れる) http://www.levesoninquiry.org.uk/ 2012年 02月 12日
組織ぐるみの電話盗聴事件が発覚した、英国の日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」が、昨年7月、廃刊になったことを覚えていらっしゃるだろうか?
今月11日、同じくニューズ・インターナショナル社が発行する、今度は日刊の大衆紙「サン」の編集幹部ら5人が、警察や公的機関への情報提供をめぐる贈収賄容疑で逮捕される動きがあった。 http://www.bbc.co.uk/news/uk-16999659 逮捕されたのは、5人に加えて、英南部サリー州の警官、英軍関係者、国防省関係者それぞれ1人で、合計8人である。 「サン」は、日刊紙市場最大の約270万部の発行部数を誇る。 「サン」で逮捕された人物とは、BBCの推定によると、写真エディターのジョン・エドワーズ、チーフ・リポーターのジョン・ケイ、外国特派員ニック・パーカー、記者ジョン・スタージス、アソーシエト・エディターのジェフ・ウェブスターだ。逮捕と同時に、それぞれの自宅やニューズ・インターナショナル社の事務所が家宅捜査された。現在までに、逮捕者全員が、保釈されている。 BBCニュースのウェブサイトは、「サン」が「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」のように廃刊になる可能性については否定する意見をいくつか載せている。私が見たところでは、たぶん、廃刊にはならないが、それだけ事態が真剣だということだろう。 それでも、「絶対廃刊がない」とも言い切れない。何しろ、ニューズ社は、電話盗聴に対する国民の怒りが大きくなり、広告主も腰を引き出すと、電光石火でニューズ紙の廃刊を決めたからだ。「廃刊の危機」というのが、現状に一番近いのかもしれない。 ―警察への賄賂がなぜ、今問題に? 少し過去をさかのぼると、電話盗聴事件というのはすでに2007年に、当事者が刑務所に入って、一件落着したと思われる事件であった。 しかし、盗聴という違法行為が、「一部の記者」だけではなく、広い範囲で行われていた、とする報道を、2009年ごろから、ガーディアン紙が開始。ニューズ社はこれをずっと否定し続けてきたが、昨年夏、失踪された少女の携帯電話にも、記者がアクセスしていたとガーディアン紙が報道したことで、国民的な怒りを引き起こしてしまった。 これが、日曜に発行されている新聞の中では最大の発行部数を持つ「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」の廃刊につながり、警察の大掛かりな捜査が前後して始まった。 この「ニューズ」紙での盗聴事件については、昨年夏に大事件に発展するまで、警察が同紙や発行元に対する捜査を十分にはしてこなかった疑いが出ている。 その理由というのが、どうも、警察や、あるいは政治家がニューズ紙、あるいは発行元のニューズ・インターナショナル社、ひいてはその親会社米ニューズ社の会長ルパート・マードックと「近すぎた関係を持っていたから」らしいのであるー少なくとも、そんな疑念が出ている。 大きなメディア、メディアの所有者、警察、そして、政治までもがくっついていた、と。お互いにぼろが出ないように沈黙を守っていた、と。 「政治」というのは、キャメロン首相が、何ヶ月か前まで、もとニューズ・オブ・ザ・ワールド紙の編集長を、官邸顧問として雇っていたのである。また、首相や閣僚らは、マードックやニューズ社が発行する複数の新聞の編集幹部らと、定期的に会合を持っていた。 廃刊をきっかけとして、警察はいくつかの調査を続行中だが、その1つはニューズオブ・ザ・ワールド」紙での電話盗聴事件の全貌を調べること、ほかには、メディアが警察にお金を払って、情報を買っていたかどうかを調べることにある。 「サン」編集幹部が贈収賄容疑で逮捕されたことで、警察の捜査が「ニューズ」紙のみならず、少なくともニューズ・インターナショナル社のほかの新聞にも及んでいることが分かる。 ちなみに、同社が英国で発行する新聞とは、サンのほかに、高級紙のタイムズ、サンデー・タイムズだ。 「サン」の編集長ドミニク・モーハンは逮捕に衝撃を受けたが、「新聞の発行を続ける」と述べているそうだ。モラルの低下を防ぐためか、今週後半にも、マードックが米国からやってきて、ロンドンでサンのスタッフに会う予定だ。 ニューズ・インターナショナル社の従業員がBBCの記者に語ったところによると、サンの編集スタッフは「怒り」、「経営陣に裏切られた」と感じているという。 今回の捜査につながった情報の出所とは、ニューズ・インターナショナル社が自ら立ち上げた、一連の事件解明のための委員会が警察に提出した資料だ。 元ニューズ・オブ・ザ・ワールドの副編集長だったポール・コンニュイ氏は、BBCの取材に対し、「警察内部や軍隊にいて、内部告発のためにメディアに連絡をしたい人たちが、後で逮捕されるようだとおびえてしまって、できなくなる」と懸念を示した。 ―タイムズもコンピューターをハッキングした情報を使っていた タイムズ紙といえば、英国内外で高級な新聞として評判が高いが、ぼろが出た事件が、最近あった。 電話盗聴事件を反省し、新聞界の倫理水準や慣行を調査するため、レベソン委員会という調査委員会が設けられた。今、メディア関係者を公聴会に呼んで、聞き取り捜査を行っているが、この中で、メディアの外の人が聞いたら、首を傾げてしまうような、独自の慣行が暴露されている。 以前、匿名の人物が書く「ナイトジャック」というブログが人気を博していた。警察官の仕事をしながらの見聞を書いたブログは、優れた政治ジャーナリズムに与えられる「オーウェル賞」を2009年、受賞した。 同年、タイムズで働いていた記者がブロガーの実名を探し当てた。ブロガーは実名が公表されないよう、報道差し止め願いを出した。これを扱った裁判で、ブロガーが負け、実名(リチャード・ホートン)が公開された。 このとき、タイムズの記者はブロガーのコンピューターに違法アクセスして、名前を見つけていた。タイムズの弁護士はこの経緯を知っていたが、タイムズのジャームズ・ハーディング編集長は、「この件に関して、何も知らない」とレベソン委員会で述べていた。 しかしどうも、ハーディング編集長は報道差し止め願いの裁判が起きていた段階ですでに「違法アクセス行為によって、情報をつかんだ」ことを知っていたようなのだ。差し止め裁判の裁判長は違法アクセスの事実を知らされていなかった。もしこの事実を知らされていたら、差し止めを支持する判決が出たかもしれないのだ。 つくづく、「人はなかなか、(保身やそのほかの理由で)本当のことを言わないものだなあ」、と思う。「違法行為でも、これを編集長がーーどこの新聞でもーー知っていて、やらせていた」という事例が、どんどん明るみに出ている。あまりよいニュースはない。 レベソン委員会が新聞界と警察との関係について、聞き取り調査をはじめるのは2月27日からである(13日、更新)。 2012年 02月 01日
英国では、昨年秋から、「レベソン委員会」の公聴会が続いている。
これは、英大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(「NOW」、2011年夏廃刊)による電話盗聴事件の反省を機に、新聞業界の文化、慣習、倫理を検証するために立ち上げられた独立調査委員会で、委員長のレベソン控訴院裁判官の名を取って、通称「レベソン委員会」と呼ばれている。 言論・報道の自由を確保しながら、高い倫理基準を維持するためにはどんな規制・監督が必要なのかを模索中だ。 1月末時点での論点を以下に整理してみた(「新聞協会報」1月31日号掲載分に補足)。といっても、非常にたくさんの論点が出ている公聴会なので、以下は電話盗聴事件に直接かかわる話を中心にまとめてみた。(続報を後で出す予定です。) ―150人超が証言 電話盗聴事件とは、NOW紙の王室担当記者と私立探偵が王室関係者の携帯電話の留守番メッセージを違法に聞いていたことから、2007年、両者が実刑判決を受けた事件だ。 その後、公判で明らかにされたよりはるかに大規模な盗聴だったことが判明し、昨年7月、同紙の廃刊にまで発展した。当初、盗聴行為のほかの犠牲者を警察は捜査しておらず、NOW紙の発行元ニューズ・インターナショナル社と警察との癒着の可能性も指摘された。 昨年11月から本格的に始まったレベソン委員会は、4段階で進行中だ。 第1段階は新聞界と国民との関係や、違法な取材行為に焦点を当て、第2段階は新聞界と警察との関係、第3段階は政界との関係を検証する。報告書の提出が第4段階となる。検証作業は今年9月までに終了し、その後1年以内に報告書を出す予定だ。現在は第1段階の終わりにあたる。 これまでに証言を行ったのは、プライバシー侵害の犠牲者となった著名人に加えて、新聞経営者、記者、編集長、私立探偵、放送業界経営陣、人権擁護団体の代表者など、150人を超える。証言者は冒頭で真実を語ると宣誓することが義務付けられている。証言の様子は委員会のウェブサイトを通じてストリーム放送で視聴できる。動画、証言内容を書き取ったもの、証言者が提出した関連書類は、証言日の翌日にはサイトを通じて視聴・閲読できる。(タイムズやガーディアンをはじめ、英国の新聞の編集長がどんな顔で、どんな話し方をするのかという人間観察や、編集現場の様子など、なかなか面白いです。) http://www.levesoninquiry.org.uk/ ―「公益」とは何か NOW紙廃刊の直接のきっかけは、昨年7月上旬、2002年に失踪した当時13歳の少女の留守電のメッセージにNOW紙記者らがアクセスし、一部を削除していた、とするガーディアン紙の報道だった。 委員会に召喚された少女の母親は、娘の留守電のメッセージを聞いたところ、古い伝言が削除されていたために少女がまだ生きていると錯覚し、望みをつないでいたと述べた。ところが、ガーディアン紙の報道で、消していたのは少女ではなくNOW紙の関係者であったことを知り、衝撃で「3日間、不眠になった」という(後にNOW紙側は削除については否定。ガーディアンは、「アクセスはしていたが、削除については可能性があるという意味」と事実上の訂正記事を出した)。 ベストセラー小説「ハリー・ポッター」で知られる作家J.K.ローリング氏は、子供を出産後、パパラッチに追跡され、自分の家にいても「人質のような心境だった」と語った。俳優ヒュー・グラント氏は元の交際相手とのけんかがある大衆紙によって報道されたのは「電話盗聴以外に考えられない」と述べた。また、ポルトガルで家族旅行中に失踪した3歳の少女の母親は、喪失した悲しみをつづった日記をNOW紙で公開された時、「プライバシーをひどく侵害された思いをした」と語った。この記事を担当したNOW紙の元記者も召喚され、「掲載は間違いだった」と母親に謝罪した。 しかし、著名人あるいは話題になった人物に「プライバシーなどない」とする大衆紙関係者もいた。元NOW紙特集面担当のポール・マッカラン氏は「著名人を追いかけるのが楽しかった」「プライバシーは悪だ。誰も必要としていない」と述べた。 1980年代に大衆紙サンの編集長だったケルビン・マッケンジー氏も、「プライバシー侵害についてまったく考慮しなかった」「ネタがなければ、『作った』」と述べ、事実関係の信ぴょう性が薄いネタを記事化していたことを示唆した。 数々の証言から浮かび上がってきたのは、情報を得たい人物になりすまして情報を取る行為(「ブラギング」)、コンピューターへの違法アクセス、ネタの売買など、違法行為あるいは倫理上首をかしげるような取材方法が新聞界で広く実施されていることだった(決して、きれいごとではないのだ)。 ただし、高級紙関係者は通常の手段では入手できない情報を「公益のために」取得するため、例外として特殊手段を講じる場合があると説明したのに対し、複数の大衆紙関係者は「公益」を「多くの読者が知りたがっていることにこたえること」であると定義した。 ―PCCでは不十分 報道の自由と高い倫理基準とを両立させるには、新聞社によって構成される、英報道苦情委員会(PCC)のみでは十分ではないという点では多くの証人がほぼ一致した見方を示した。PCCは新聞界の監督機関として実質的には機能しておらず、電話盗聴事件の解明にも積極的に関与しなかった。 放送界には、規律・監督機関として情報通信庁(オフコム)が存在し、報道番組は「中立であること」を求められる。放送基準を逸脱すれば、罰金を科す権限も持つ。 新聞界の監督機関の在り方に関しては、「違反行為には罰金を科せるほどの強い権限を持つ、独立規制機関を新たに設置するべき」(フィナンシャル・タイムズ編集長)といった意見や、「規制の法制化は居心地悪い」(タイムズ編集長)、「PCCに調査機能を備えさせ、報道に関する苦情処理は仲裁機関を別に作るべき」(デイリー・テレグラフ編集長)など、さまざまな意見が出た。 自主規制の伝統が強い新聞界では、規制・監督機関が業界の外で発足することへの大きな抵抗感がある。しかし、その結果違法の取材行為が慣習化し、倫理の低下が起きたとすれば、何らかの新たな方法が必要となろう。 BBC経営陣トップ、マーク・トンプソン氏は、1月25日の委員会の証言で、「オフコムによる規制があっても、高い水準のジャーナリズムを追求することは十分可能」と述べたが、「それでも、新聞界にそのままオフコムのような組織を移植してもうまくいかないのではないか」と述べた。 2月中旬から始まる第2段階の調査では、警察と新聞界との関係を解明することを狙う。NOW事件の背後にあるメディアと権力との癒着にメスが入るとすれば、調査は「いよいよ正念場に入る」(ロンドン・シティ大学ジャーナリズム学部教授ジョージ・ブロック氏談)ことになる。 2012年 01月 19日
最後の回となった。今回は「ニューズウィーク」の動きを追ってみた。
文中で参考にしたのは、Pew Research Center’s Project for Excellence in Journalism: The State of the New Media (An Annual Report on American Journalism) というレポートだ。米雑誌界の盛衰にご関心のある方は見ていただきたい。毎年出しているようである。http://stateofthemedia.org/2011/overview-2/ *** ―ネットサイトに吸収された米「ニューズウィーク」 好調の「エコノミスト」とは対照的に、米国では、「タイム」と並ぶニュース週刊誌の1つ「ニューズウィーク」の不調がひんぱんに報道された時期があった。 米ピュー・リサーチ・センターが発表した、米ジャーナリズムに関する年次報告書「ニュース・メディアの状況 2011」によると、ニュース雑誌市場では、3大ニュース誌の「タイム」、「ニューズウィーク」、「USニューズ&ワールド・リポート」)が、2007年以降、急速に部数を落としたという。逆に比較的小規模(100万部前後から下)な「ニッチ(隙間)な雑誌」の「ニューヨーカー」、「エコノミスト」、「ウィーク」、「アトランティック」が部数を伸ばしていた。2008年の「リーマンショック」の負の影響が部数に明確に反映されたのは2010年で、「USニューズ&ワールド・リポート」は同年12月、ニュース週刊誌としての印刷を止めた。オンライン上で報道は続けているが、印刷物は業界ランキングを扱うのみとなった。 「タイム」は2009年下半期の平均部数が335万部から1年後には331万部となり、マイナス1.1%の微減でおさまったが、「ニューズウィーク」は230万部から157万部に31・6%も激減した。「ニューズウィーク」の広告掲載頁は09年から10年の間に19・8%下落し、「タイム」は2.9%減。一方の「エコノミスト」は3.8%増で、明暗を分けた。 米国のニュース週刊誌市場最大手「タイム」と、政治経済に強い「エコノミスト」の間に挟まれた格好の「ニューズウィーク」は、人員過剰もあってコストがかさみ、損失が大きく膨らんだ。起死回生を図るべく誌面刷新を試みたが、この時、目標としたのが「エコノミスト」だった。ネットで流れるニュースのスピードに週刊誌では勝てないことから、論説や解説を主軸にすることに決めたからだ。 「ニューズウィーク」は広告収入に対する考え方も大きく変えた。広告に大幅に依存することで購読価格を低く設定するという米国型の収入体系を改めるため、まず、広告収入の元になる読者数を2008年までの310万人から、2010年年頭までに150万人に変更した。同時に購読料を年間20ドル(約1560円、昨年11月7日計算)から40ドルに倍増させた。読者数は減っても、より高い購読料を払える読者を対象にする雑誌に変えようというのである。(ちなみに、「エコノミスト」の購読料は年間120ポンド前後で、円に換算すると約1万2000円から1万5000円ほどになる。「ニューズウィーク」の購読料よりもかなり高額だーあるいは「ニューズウィーク」の価格はかなり低い。) しかし、現実は厳しかった。08年から09年にかけて広告収入は37%下落。刷新誌面も評価を高めることができず、2010年5月、「ニューズウィーク」を半世紀近く所有してきたワシントン・ポスト社はついに「ニューズウィーク」を売りに出した。同年8月、音響関連の企業を経営するシドニー・ハーマンが、負債を引き受ける条件で、「ニューズウィーク」をたったの1ドルで買収した。この年の12月、「ニューズウィーク」は、2008年に生まれたばかりのネット専門のニュースサイト「デイリー・ビースト」と合併。経営はニューズウィーク・デイリー・ビースト社が行うことになった。同社の株の50%は「デイリー・ビースト」を所有するIAC社が、残りをハーマンが手にする。 先の年次報告書に寄せた論考(「Magazines: A Shake-Out for News Weeklies」)は、米国のニュース雑誌は、これまでのように、移り気な読者を大量に集めることで大きな広告収入を取得するやり方ではなく、「『エコノミスト』のように」、堅実で忠実な購読者を確保することに重点をおく必要がある、と指摘している。 また、「エコノミスト」が過去10年間に北米で販売部数を130%増大させ、ビジネスとして成功させることができた理由として、①グローバルな経済情勢を理解するために必須の読み物だというマーケティング戦略に成功したこと、②知性を高めることを主眼とする編集方針の一貫性、③一部売りの値段及び年間購読料を米国の「タイム」などよりもはるかに高く設定していることを挙げている。 米ニュース雑誌市場で「エコノミスト」よりも成功しているのが、月刊誌の「アトランティック」だ。部数は前年比1・3%増だが、広告頁数は24%増。デジタル広告の収入は70%増加、紙媒体からの収入も27%増となった。「アトランティック」関係者は成功の理由を①確固としたブランド化、②デジタル・ファースト戦略、③マーケティング・サービスの構築、④読者が参加するライブ・イベントの開催、⑤質の高い人材を採用する点を挙げた。 もともと英国で始まった、その週のニュースを世界の様々なニュースメディアから選りすぐってまとめる、「ウィーク」も人気が高い。部数こそ微増(0.7%)だったが、広告頁数は前年比16・8%増となっている。(終)(月刊メディア誌「Journalism」12月号掲載分に若干、補足)(http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=13295) 「エコノミスト」http://www.economist.com/ 「ウイーク」http://www.theweek.co.uk/ 「タイム」http://www.time.com/time/ 「ニューズウィーク」http://www.thedailybeast.com/newsweek.html 「アトランティック」http://www.theatlantic.com/ 2012年 01月 18日
―強みはブランド力、そしてパッケージ化
幾多あるニュース雑誌の中でも、ひとはなぜ「エコノミスト」に向かうのだろうか? ジョン・ミクルスウェイト現編集長は、エコノミスト・グループの編集上の哲学として、「私たちの世界観、様式、哲学全体がほかの出版物とは違う」とウェブサイトで語っている。具体的には、「国際的であること、政治とビジネスのつながりを強していること、不遜であること、独立していること」だという。 2010年7月、「エコノミスト」のデジタル担当エディター、トム・スタンデージを取材したときに、例えば米ビジネス週刊誌「ビジネスウィーク」にはビジネス記事は掲載されているが、政治記事は少ない、と指摘していた。 「米国の経済誌の場合、政治記事が少ない。またニュース誌の国際面は必ずしも世界の全地域を常時カバーしているわけではない」。一方の「エコノミスト」では、全世界の各地域を扱うスペースが毎週用意されており、「世界の情勢を俯瞰できる」とスタンデージは説明した。 「エコノミスト」が創刊されたころといえば、大英帝国が「パックス・ブリタニカ」、最盛期に向かう助走の時代である。産業革命による経済力と軍事力を使って、世界各地に大英帝国の領地が拡大していった。 英国の目はたえず世界に向いていた。この時代に身につけた「英国から世界全体を俯瞰する」視線は、現在でも「エコノミスト」には受け継がれているということだろう。 しかし、この視線や言論が、例えば当事者から見て、時には「不遜」と受け取られることもある。しかし、それこそが「エコノミスト」である、とミクルスウェイト編集長は述べている。また、その言論は、特定の勢力におもねることなく、「独立している」とも。 さらに、「米国のメディアではない」ことも大きな力になっている。発行部数の半分強が北米の購読者だが、この地域の知識人は「米国発ではない、もう1つの視点」を求める。2003年、イラク戦争をめぐっては、米知識人たちが愛国主義に傾きがちの米国メディアにかわる「もう1つの視点」を求めて、英ガーディアン紙のウェブサイトに殺到したことがあったが、それと同様の動きが「エコノミスト」にも働いている。グローバルな視点を持ちつつ、かつ英国のメディアであるということが、はからずも「エコノミスト」に独自の立ち位置を与えている。 「エコノミスト」は紙媒体だけでなく、ウェブ版にも注目が集まっていると先に述べた。ネットと紙媒体の両立を、「エコノミスト」はどうやっているのだろうか? ーこの一冊を読めば今週はこれで終わり 先のスタンデージによると、「エコノミスト」は雑誌に出た記事を、1週間かけてウェブサイトに少しずつ出していく。次号がそろそろ発売になる頃には、丸々1冊分の記事全て及びアーカイブ記事をサイト上で無料で読めるようになる。ということは、時間さえかければ「エコノミスト」を買わなくても、全部読むことができるということだ。それでも、紙媒体の「エコノミスト」の販売部数(店頭売りの比率が少ないので、発行部数はほぼそのまま有料購読数と見てよいという)には影響がないという。 その理由をスタンデージは「パッケージ化の強み」と説明する。ネットで記事を読んだ場合、次から次へと記事が出てくるので「際限がない」。ところが、1冊の雑誌、つまりパッケージとして「エコノミスト」を手にすれば、「全ての領域が網羅されており、これを1冊読めば、今週はもうこれで終わり」として、区切りをつけることができるというのだ。また、紙媒体は様々な場所に気軽に持ち込み、読むことができる。忙しい世界の指導者層やビジネスに携わる人々にとって、これが非常に便利なのだという。「ウェブサイトは、雑誌の代わりにはならない。紙の雑誌の不完全な代用品でしかない」。 ただし、iPadなどのタブレットやスマートフォンは、画面上で紙の誌面に酷似したものを出せるので、これは「1つのパッケージになっている」とみている。このためタブレット端末やスマートフォーン用には独自のアプリを用意し、有料購読制を取っている(ちなみに、タブレットやスマホ上で「エコノミスト」PC版のウェブサイトを開いた場合は、パソコン上でサイトにアクセスしたのと同じになり、無料で読めることになる)。 「パッケージ化」とは、週内の様々なニュースをフィルタリングし、カプセル化することを意味する。情報が増えれば増えるほど、読者のために情報をフィルタリングする媒体の重要性が増すことになる。 「雑誌の代替にはならない」とスタンデージが言うところのウェブサイトは、現編集長就任の2006年頃から力を入れている。 現在では、雑誌に入る記事だけではなく、記者が書くブログ(英国の政治について書く「バジョットのノートブック」、アジア事象については「バンヤン」、金融市場の「ボタンウッズのノートブック」、スポーツの「ゲーム・セオリー」、書籍・文化・アートの「プロスペー」など20を超える)が随時更新され、世界中の利用者からコメントが寄せられる。一つの議題を決めてこれを討論するコーナーや「ギリシャはユーロを去るべきか?」など、その時々のトピックに関して是非を投票させるなど、双方向性を取り込んだ、毎日、動きのあるサイトとなっている。 ところで、人にお金を払ってでも読みたいと思わせる質の高い記事を書く秘訣はあるのだろうか。 独自の視点、分析力を誇るには、編集スタッフの質の高さと広い取材網が必要だ。「エコノミスト」もその例に漏れない。常に世界の様々な情報をウオッチングし、解析する作業を行う記者たち、編集者たちは、学生時代からあるいは子供時代から長年に渡る、相当な量の読書(あるいは議論)にいそしみ、知識の積み重ねを行ってきた人材である。 「エコノミスト」中国特派員や東京支局長を務め、今はアジアに関するコラム「バンヤン」の書き手として知られるドミニク・ジーグラーは「記者の質が高い」ことに加え、「情報の質が高い」ことを理由として挙げた。「内部事情をよく知る人や政府や組織の上部にいる人」への取材に加え、「道行く、普通の人々」にも広く取材をしているという。独自の取材網で得た質の高い情報があるからこそ、「独自かつ質の高い情報を発信できる」とジーグラーは説明する。 ついでに、経営面から好調の理由を探ると、まず、購読料が全収入の5割から7割近く(残りは広告収入)を占め、景気の動向に左右されにくい仕組みになっている。昨今のように経済の先行きが不透明になればなるほど、情勢分析に優れた「エコノミスト」が強みを発揮するのはご承知の通り。また、株式を上場していないので、株価の上下に左右されることもない。さらに、マーケティングにも大きく投資している。先の3月期決算の数字では、収入総額の実に約42%にあたる約1.5億ポンドがマーケティング関連への投資だった。 ―オックスフォード大卒の知ったかぶりとの批判も しかし、「エコノミスト」を批判する人もいる。 1つの典型が米ジャーナリスト、ジェームズ・ファローズが米ワシントン・ポスト紙に書いた「『エコノミスト』誌についてー植民地支配的な従属姿勢の経済学」と題する記事だ(1991年10月6日付)。 英国滞在経験もあるファローズは、「エコノミスト」が「英国の階級制度に根ざした俗物根性、気取り、極度に単純化した議論」にとらわれており、「知ったかぶりのイングランド人の態度」を米国に提供している、と書いている。「自分たちはオックスフォード大学の卒業生だ、だから正しい」とでもいうような態度(編集スタッフには同大学の卒業生が多いという)を、ファローズは嫌う。 編集長を始めとして部員がオックスフォード大学のモードリン・カレッジの卒業生であることが多く、このあまりにも仲間内的な構成がグローバルな雑誌の編集には適さないのではないかという指摘は、英国内でも時折、耳にする。 批判は記事の匿名性にも及ぶ。カナダ人の作家で、国際ペンクラブ会長のジョン・ラルストン・ソウルは、「エコノミスト」が記者の名前を隠すのは、「意見よりも、公平無私な真実を販売しているという幻想を作り出すため」と著作の1つに書いている。 ファローズやソウルに限らず、「エコノミスト」の「上から目線」に、植民地を拡大していった時の大英帝国の姿を重ね合わせ、反発を感じる人は少なくない。しかし、それにもかかわらず、「エコノミスト」を手に取る人が増えている。それは、グローバル化が進む中で次々に起こる経済危機や政治の混迷を理解する一助になっているからだろう。 つまるところ、「エコノミスト」好調の最大の理由は、独自の視点という最大の売りもさることながら、大英帝国時代を彷彿とさせる俯瞰主義、そして不遜ともいえる大胆な分析力、この2つの力が醸し出す「頼れる一冊」というブランド・イメージかもしれない。(つづく。次回は最後で、米「ニューズウィーク」の話) *** 月刊メディア誌「Journalism」12月号(http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=13295) に英「エコノミスト」http://www.economist.com/ < 前のページ次のページ >
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