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在英ジャーナリスト&メディア・アナリスト。英国のメディア事情や社会・経済・政治事情を新聞業界紙、朝日新聞社「Journalism」、放送批評懇談会の「GALAC」、経済誌、WEBRONZAなどに寄稿。ニュースサイト「ニューズマグ」(http://www.newsmag-jp.com/)運営。著書は『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス (新書)』(共著、洋泉社)など。今年6月、一時帰国の予定です。取材執筆、講演などのご依頼は、ginkokoba@googlemail.comにご連絡ください。 ツイッター
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2011年 01月 15日
(これまでの話)英国の大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOW)をめぐる電話盗聴事件では、2007年、同紙の記者と私立探偵が有罪となっている。NOW側は「他には誰も関与していなかった」としているが、英高級紙ガーディアンが、「組織ぐるみだった」とする報道を粘り強く続けている。2009年7月、「新たな証拠をつかんだ」とするガーディアンの報道がきっかけで、下院委員会が関係者を公聴会に召還して事情を聞いた。呼ばれた元NOW紙編集長や経営幹部らは、「記憶にない」などと証言し、下院委員会は2010年2月の報告書で、同紙や発行元のニューズ・インターナショナル社幹部が「集団健忘症にかかっている」と結論付けた。真相は藪の中で、曖昧さが残る事態となった。
―ニューヨークタイムズが元記者らの証言を報道 しかし、である。そんな曖昧な決着を突く報道が2010年9月、現れた。 米ニューヨーク・タイムズがNOWでの盗聴行為は組織ぐるみであったとする長文の記事を掲載したのだ。記事の強みの一つは、元NOW紙編集長で現在は首相官邸の広報を統括する、アンディー・クールソン氏の直接の関与を指摘する具体的な人物の声入っていた点だった。 元NOW記者のショーン・ホーア氏は、ニューヨーク・タイムズに対し、英大衆紙業界では盗聴行為が常態化しており、NOWでもクールソン氏はホーア氏に直接、盗聴をしてでも情報を取るように奨励していた、というのである。「新たな証拠が出てこない限り、再捜査はしない」としてきた警視庁は、この報道をきっかけに、ホーア氏を含めた関係者に再び聞き込みを開始した。 声をあげたのはホーア氏ばかりではない。同年10月4日放映の民放テレビ、チャンネル4のドキュメンタリー番組「ディスパッチ」の中で、元NOWの特集記事編集長ポール・マクマラン氏は、「NOW内で誰でもが盗聴をやっていたわけではないが、必要があれば、やる記者はたくさんいた」と話した。 その2日後、ロンドン市立大学で開催された盗聴事件に関する討論会で、NOWの組織ぐるみの盗聴疑惑を報道した、ガーディアンのニック・デービス記者は、違法の取材行為に手を染めているのは「NOW紙ばかりではない」と述べ、こう続けた。「新聞の発行部数や利益が減少する中で、どうにかして個人情報を取得し、売上げが伸びるような記事を書くための圧力が記者に大きくのしかかっている」 ―私立探偵を使っての非合法な情報入手の実態 違法な取材行為といえば、英国の大衆紙が常套とするものに「ダークアーツ」がある。その1つが「ブラギング」(blagging)。「ブラグ」(blag)とは「巧みな話術で人をだます」という意味があるが、ブラギングは他人に成りすましてその人の個人情報(例えば健康保険の番号、年金、銀行口座情報など)を取得することである。 しかし、私立探偵を使うなど非合法に個人情報を入手するやり方は大衆紙のみの専売特許ではないことを、すでに06年、 データ保護法や情報公開法の実施度を監視する特殊法人「情報公開長官事務局」が明らかにしている。これによると、大衆紙に加えて、タイムズ、高級日曜高級紙オブザーバーなどを含む31の新聞や雑誌が私立探偵を使って非合法に個人情報を取得。02年の抜き打ち調査をまとめたものだが、ある私立探偵事務所に対し、3年間で約1万3千回の情報の利用申請があったという。このほぼ全てが違法行為によるもの、と事務局は推測している。 ―副警視総監も盗聴対象に NOWと警察の妙な関係 ニューヨーク・タイムズは、ロンドン警視庁がなぜ、グッドマンら以外に盗聴関与者の捜査をしなかったのかについても、報じている。 先の下院委員会のジョン・ウィッティンデール委員長は、「グッドマンとマルケー以外について案件を調べようという意志が警視庁にはまったくなかったと話し、当時の警視庁捜査員数人も「NOWとの関係を維持するために、広範囲の捜査をしなかった」と証言している。これに対し警視庁は「最も信頼できる証拠」を探すための捜査であったこと、「テロ捜査など他の緊急の案件があったこと」を、捜査範囲を広げなかった理由として説明している。 警視庁のブライアン・パディック元副警視監は、私立探偵マルケーの盗聴対象者のリストに名前が入っていた一人だ。マルケーから盗聴関連の資料を警視庁が押収した当時、現役だったが、在任中は自分が被害者の一人であったことを知らなかった。 「私が解せないのは、同じ建物の中で働いていたのに、なぜ、同僚は私に知らせてくれなかったのか」。(チャンネル4「ディスパッチ」での発言)。また、サン、NOW、タイムズなど、マードック系の新聞と警視庁は、常に「良好な関係を築いてきた」ともいう。今回の事件でも、この関係を崩したくないという配慮が働いたのではないか、と同氏は見ている。 ―メディア王との関係を壊したくない政治家たち また、警視庁から盗聴対象となっていたことを知らされ、当時労働党政権の副首相だったジョン・プレスコット下院議員は憤慨した。現在でも「実際に盗聴されたのかどうかを教えてもらっていない」と番組「ディスパッチ」で発言し、警視庁に対し、すべての盗聴対象者の情報の公開や盗聴事件の再審査を求めている。 番組の中で、リポーターが「なぜ、今になって情報公開を求めるのか。副首相時代に問い質すべきではなかったか」と聞くと、「当時はできなかった。(なぜ?)多分、恐れていたのだと思う」と答えた。 さらにリポーターが「もし(マードック・プレスの支持をなくしたら)選挙に負けると思ったからか?」とダメを押すと、「そうだ・・・」と認めた。 選挙結果に新聞がどれほどの影響を及ぼすことができるのかに関しては、学者の中でも諸説ある。新聞が選挙結果を決めるのではなく、有権者のムードを新聞がつかむ・反映しているとする、という見方もある。それでも、大部数を持つ新聞が、自党にとっておおむね好意的な報道をしてくれるーこれはどの政党にとっても、何者にも代えがたいメリットであるに違いない。 下院委員会の委員の一人、アダム・プライス議員は、「ディスパッチ」の取材に対し、09年の同委員会による公聴会で、ニューズ・インターナショナル社の最高経営責任者レベッカ・ブルックスが召喚されなかったのは、ニューズ社から「脅し」があったためとしている(ニューズ社側は否定)。「もし召喚したら、委員らの私生活が暴かれる危険性もあったーそんなメッセージが委員長を通じて伝わってきた」ため、「召喚を断念せざるを得なかった」(委員長は同番組内で、否定)。 さらに、プライス議員は「考えてみれば恐ろしいー大衆紙サンやNOWは人の人生をめちゃくちゃにする破壊力を持つ。こんな状況は民主主義社会ではあってはならないことだ」とも。 (補足:この番組の中では、もう一人の議員の話も紹介されていた。それは、労働党のトム・ワトソン議員。2006年ごろの話である。ワトソン議員は他の議員らとともに、ブレア首相の退陣を要求した。ブレア政権はニュース社の支持を受けており、ワトソン氏はニューズ社の「敵」になった。ワトソン氏が「ディスパッチ」に語ったところによれば、ブレア氏に反旗を翻せば、ワトソン氏の私生活をめちゃくちゃにし、二度と議員として活動できないようにするという、レベッカ・ブルックス氏からの脅しのメッセージが届いたという。この話も、ニューズ社側は否定しているー私はことの真偽を確かめていないが、ワトソン氏がカメラに顔を向けてはっきりとこれを語っていることから、誰かがーブルックス氏ではなくてもー脅しをかけたこと自体は本当ではないかと思う。2011年1月21日、一部変更。) 再捜査を望む声を受けて、警視庁は2010年秋、盗聴行為に手を染めた複数の元NOW紙記者に事情聴取を行っており、11月上旬には、クールソン氏にも事情聴取を行った。 ―巨大BSKYBも買収へ マードックの次なる戦略 NOWと発行会社ニューズ・インターナショナル側は、「組織ぐるみの盗聴行為」「クールソン氏の関与」とする説を完全否定している。首相官邸も「関与なし」というクールソン氏の発言を信じるという姿勢を通している。 マードック勢力は、NOWの盗聴事件のみならず、メディア界に新たな影を落とす。マニューズ社が英衛星放送BスカイBの全株を取得しようとしているからだ。 現在、ニューズ社はBスカイBの39%の株をすでに取得しているが、残りの61%を取得する計画を立てている。10月、BBC経営陣と新聞数紙の編集長はビジネス大臣のビンス・ケーブル氏に連名で書簡を送り、もしマードック氏がスカイを買えばメディア業界の「多様性が失われる」として、これを停止させるよう訴えた。 有料テレビ市場で巨人化しているスカイが、タイムズの購読料をスカイの契約料と組ませてパッケージとして販売した場合、新聞業界にとって新たなライバルの出現になりかねない。発行部数やリーチが拡大すれば、その影響力がいやおうなく増大することへの大きな危機感がメディア界にある。 大臣は11月、情報通信庁オフコムに対し、ニューズ社のBスカイB買収により、ニュース報道において複数の視点が失われることになるかどうか調査を依頼した。調査の期限は年末で、その後、大臣は日本の公正取引委員会にあたる競争委員会に判断をあおぐことになる。すでに12月、欧州委員会が買収提案が実現しても、大きな反競争的問題は生じないとの見解を示している。(この後、ケーブル氏は、テレグラフ紙のおとり取材に引っかかり、「マードックと戦争をするつもり」と言ってしまった。そこで、この件に関しては関与しないことになった。現在、判定は文化・メディア・スポーツ大臣のジェレミー・ハント氏の手中にある。) オフコムは年末、調査結果をハント氏に渡している。まだその内容は明らかにされていない。 クールソン氏の去就とスカイの全株取得の動きー。しばらくはマードック・ウオッチが続きそうである。(終) 補足1:「悪」か? 書いている途中から、私が、ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙を過度に悪者として書いていないかどうかが気になった。何せ英国では、マードック=悪者、マードック・プレス=悪者という見方が、知識人の一部ばかりか、広く市民の間でも強いのだ。事実に基づいている場合もあれば、信条として「悪い奴」ととらえる人もいる。 ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙に対する見方は人によって異なるだろうと思う。 しかし、英国内で巨大な発行部数を持つこと、おとり取材を含めた様々な方法で、著名人、政治家、あるいは組織に関する、普段は表に出てこない情報を暴露し報道することから、同紙は大きな権力の持ち主という見方もできるだろう。著名人あるいは政治家側が恐れている状況は、否定できないだろうと思う。 また、英国のメディア界でマードック氏傘下の新聞や放送局が、数・規模の上で大きな位置を占めるのは事実。 ただ、スカイがマードックの100%子会社となった後で、例えば米国の右派ニュース、フォックスニュースのようになるかどうかは、分からない。「そうならない」という声が結構強い。英国では衛星放送である場合にも、地上波の放送局に対する様々な規制―特にニュース報道に関してーあるからだ。 補足2:規模 「エンダース・アナリシス」社による英国主要メディア企業の規模の比較では、トップがBTリテール(総収入84億ポンド)で、これに続くのがBスカイB(54億ポンド)、バージン・メディア(38億ポンド)、BBC(36億ポンド)、デイリーメール&GT(21億ポンド)、民放最大手ITV(19億ポンド)、ニューズ・インターナショナル(マードックの新聞を発行、10億ポンド)、民放チャンネル4(8億ポンド)、トリニティー・ミラー(8億ポンド)、ジョンストン・プレス(4億ポンド)、民放ファイブ(3億ポンド)、テレグラフ・メディア・グループ(3億ポンド)、ガーディアン・メディア・グループ(3億ポンド)(数字はほとんどが2009年)。 そこで、もしBスカイBがマードックに100%子会社化されると、54億ポンド+10億ポンド=64億ポンドという巨大さになることが分かる。(補足を除き、本文は朝日の月刊誌「Journalism(ジャーナリズム)」2010年12月号に書いたものの転載である)。 尚、「ジャーナリズム」の情報は以下。また、電子版購読も可である。 ―朝日新聞社ジャーナリスト学校 http://www.asahi.com/shimbun/jschool/ ―富士山マガジンサービス http://www.fujisan.co.jp/journalism/ 2006年 01月 22日
(ライブドアの話、グーグルの話など、私も追っている。ライブドアに関しては言葉がまだ出てこないが、ベリタで見つけた、「ライブドアの今後とマーケットのゆくえ」が今のところ、一番参考になった。http://blog.goo.ne.jp/kitanotakeshi55/e/ae4cf02ae32202c92262203c5b624ad5) 違う気持ちの持ちよう ブログをはじめて、書き方や書くときの気持ちの持ちようも変わった。 紙媒体に書くときと比べ、ブログではやや話し言葉に近い。コピーライターの糸井重里氏が筆者に語ったときの言葉を借りると、糸井氏が毎日自分のサイトにエッセーを書くとき、言葉を「ストックでなくフローで使う」、と聞いた。考えて、自分の中で練った言葉でなく、頭に浮かんだ言葉でつづっていく。「考えたことでなく、思ったことを書く」。 私の場合故意にそうしているわけではないが、紙媒体で発表したものをそのままの形でブログに出すと、文章がかっちりしすぎて硬いような印象を受ける。 また、会社に勤務していた時分は、原稿の中で「私は」という言葉を極力入れないようにしていた。「私はこう思う」とする流れの文章を入れずに自分の言いたいことを書く、というのが部内の文章スタイルだったように思う。 こうした文章の書き方が、ブログの読み手からすると不透明・自分の立場をはっきりさせない、として映るらしいことを書き込まれたコメントから知った。少年犯罪の報道に関しての項目で、日本と比較しながら英国の例を書いたところ、私自身としては、少年犯罪の報道はどうあるべきと思うのか、と聞かれた。私としては、「どうあるべきか」を読者がそれぞれ判断するための材料としてブログを書いていたつもりだったが、自分の意見を明確にすること、つまり筆者のオピニオンを読み手が求めていることに気づかなかった。 一方、この一年でいくつかのトピックに関しては、読者からのコメントが長い論争に発展した。 1つは中国の反日運動に端を発した、日本の歴史問題である。南京大虐殺は果たして「虐殺」と言える内容だったのかどうか、BBCが「第2次世界大戦中の日本軍による残虐行為」を証明する写真の真偽、東京裁判の妥当性などに議論が発展し、読者同士でコメントが行き来した。 ロシアのプーチン大統領の言論統制とチェチェンの独立運動の関連に関しても、チェチェン問題に詳しいジャーナリストと素性は不明だが時々コメントを残してくれていた読者の一人との間で、コメントの応酬が数日にわたって続いた。 両方のケースで私は時々論争の中に入ったが、最終的には、「ではブログの書き手の小林はどっちの側につくのか?」と問われた。私は、「それぞれの見解に一理ある」と本音を述べたが、会社員時代の「中立であろうとする」精神が体に染み付いていることに自分自身意外な思いがした。 刻々と発展する事件に対して、瞬時で思うことを書いて発信できるのがブログの特徴だが、自分自身が事件の近辺にいたとき、すぐに言葉が出ないこともある。 ![]() (ガーディアンの、テロ発生翌日の1面) 7月に起きたロンドンでのテロがその具体例だった。 朝8時過ぎに起きた爆破テロで、アルカイダが関連しているという報道がある、とブログに書いたのは午前11時。テレビやラジオにかじりついて時を過ごし、ある程度まとまった解説などを出そうとは思うのだが、膨大な量の新しい情報がどんどん入ってきており、流れを追うのに精一杯だった。ロンドンの中心部から自宅までは電車で20-30分で、親戚がテロに巻き込まれた可能性もあって、まともなことを書く気持ちの余裕がなかった。 日にちが過ぎて、少しずつ書くようになるのだが、メディア報道に関して分析する、という本来のブログの目的から離れ、テロが自分や知人に起きるかもしれないという緊張感の中で、見たこと、体験したことを書いた。 ―将来 ブログ・ジャーナリズムの将来像に関して、私自身は確固とした結論が出ていない。未だ実験中、というところだ。ブログ人口全体、ひいてはブログ・ジャーナリスト(ブログを言論発表の手段の一つとする人)の絶対数が増えれば、ブログ・ジャーナリズムの位置、果たすべき役割が現在よりも自明となり、次第にその定義ができていくような気がしている。 私が「英国メディア・ウオッチ」を始めたのは、自分が取材で得た知識で原稿に入らなかった部分が死蔵されてしまうことが耐えられなかったのが大きな理由だったと書いた。 昨年取材したトピックの一つに、オランダの表現の自由とイスラム教徒の移民に対するネガティブな状況があったが、長いインタビュー取材の全貌をいくつか書いた原稿の中で明らかにすることができなかった。「英国メディアウオッチ」ではそのいくつかを出したものの、ふと、本当に必要とする人に情報が届いていないことに気づいた。 それは、日本の読者にオランダの状況を伝えることも大切だが、オランダに住む人、特にイスラム教徒の若い青年たちにこそ、オピニオンメーカーの人たちが取材中に何を言ったのかを知るべきだ、と思った。取材で知り合った人と協力しながら、英語版のブログを立ち上げ、インタビューの全貌などを掲載していくことを考えている。オランダだけにするのか、他のトピックも入れるのか、まだ構想を練っているところだ。また、情報発信するけでいいのかどうか、もっと直接的に困っている状況を何らかの形で好転するようなことに力を入れることはできないものか、思いをめぐらせている。 ―糸井氏の2000年の記事 以下は、2000年2月、英字紙「デイリーヨミウリ」に掲載された記事の日本語版である。(和訳は私自身がしたもの。若干編集・補足した。この内容は「ほぼ日刊イトイ新聞」のアーカイブやウエブ上でグーグルすると、でる。また、中に、一日のアクセス数が18万とあるが、現在は100万ほどになっているようだ。) http://www.1101.com/today/2000-02-29.html 何故私が糸井氏のインタビューをすることにしたのか?どこかの新聞記事で、自分のネットサイトを立ち上げた、という話を読んだのだと思う。その新聞記事が良く書けていたようで、とてもおもしろいことをやっているように、思えたのだった。 とりあえずサイトを見に行って、たまに読んだ感想のようなことをメールにして送っていたようだ。その時、取材の中で知るのだが、糸井氏とスタッフが、送られてきた全部のメールに目を通していたことを知らないままに、送っていた。 当時、私は夜勤の後などにメールを送ることが多く、それがいつも午前2時から4時ごろの間だったと思う。丁度糸井氏やスタッフが一番じっくりメールを読む時間だったらしい。そんな偶然が重なって、取材の申し込みをメールですると、すぐOKになったことを覚えている。 カメラマンと一緒に事務所に着くと、こたつがあって、そこに座って、話を聞くことになったのだった。 6年前の(!!)記事を読み直して、スピリット的に影響を受けていたことに、改めて自分自身、驚いた。(といっても、私はクリエイティブなタイプではなく、このブログと「ほぼ日」の共通点は、全くないのだが・・・。) ネットで新しい道を見つけた (この項終わり) 2006年 01月 21日
「情報の死蔵」 ブログを始めたのには、もう1つ違う面からの理由があった。それは、一種の「水子」を世に出したい、という思いである。 2000年、私がまだ会社員であった頃、ブログではないが自分のサイトを立ち上げたコピーライターの糸井重里氏が、私に「水子、たまっていませんか?」と、取材の後に聞いたことがあった。書きたいけれど書いていない原稿、企画、自分で没にしたあるい没になった原稿を、氏は「水子」と呼んだのだった。 糸井氏が「ほぼ日刊イトイ新聞」http://www.1101.com/index0.htmlというサイトを1998年に始めたのは、彼自身が「自分が本当に書きたいものが書けない」と感じていたからだったという。コピーライターは商品を売るためにコピーを書く仕事だが、商品を販売する会社=クライアントが気に入ったものでないと、当然だが、コピーを使ってもらえない。「自分としてはこっちのコピーの方がいい、と思っても、それが使われるとは限らない」。 こうした状況がこれからも続くようであれば、良いコピーを書けなくなるのでないか、と怖くなったという。そこで、自分がおもしろいものを思うように書ける自分のメディアをネットで持つことにした、ということだった。 私自身は、「本当に書きたいものが書けなかった」というわけではなく(年の功で、どちらかというと書きたいものを書かせてもらっていたが)、「水子」と言われて、はっとした思いがあった。「書ききれなかったもの」は、書き手の側に書く機会が数多くあるかどうかに関係なく、必ず存在するからだ。 自分自身もフリーランスのジャーナリストである中岡望氏は、フリーランサーの場合は特にこうしたケースが多いのではないか、と見ている。 いくつもの月刊誌に米国を中心とした国際政治の原稿を書いている中岡氏は、昨年10月、ブログ「目からウロコのアメリカ」http://www.redcruise.com/nakaoka/で、「フリーのジャーナリストがメディアで書き続けるのは大変なこと」で、それは「問題意識を持っても、それを発表する場がないことが多いため」だ、としている。 彼自身は、「幸いにも書くチャンスに恵まれてきた」が、「それでも、書ききれない情報や問題意識があります。従来ですと、そうした情報は死蔵され、いつか机の片隅で忘れられるのですが、ブログという発表手段を得たことで、常に自分の問題意識を新鮮な形で」持ち続けることができた、と書いている。 「情報の死蔵」という箇所を読んで、うなづく部分があった。 私がブログを作りたいと思ったのは、直接的には、原稿を書く過程で取材した英メディア界のキーパソンのインタビューやそのほか取材や調査で知りえた情報を、なるべく生に近い形で、読者の元に届けたい、という強い思いがあったからだ。 「ジャーナリスト」ということで、様々な人に取材をするものの、原稿で使うのは取材中に知りえたことのほんの一部だ。一部だけ外に出して、他の大部分は自分のところに「死蔵」されたままで、果たしていいのだろうか? 取材で私に付き合ってくれた人は、私個人に会うために時間を割いてくれたのではなく、情報が広く社会に広まることで、何かがよりよくなることを願って、会ってくれたはずである。もしそうであれば、何らかの形で私の取材結果を還元するべきではないのだろうか?私物化するものではないのではないか?そんな思いが日々強くなっていた。 ―ブログを始めて 2004年の12月20日から、いよいよブログを開始した。 読者層はコメントを残してくれた人から判断するしかないのだが、高校生、大学生、大学関係者、20代―30代で海外情報に興味を持っている人、かつてあるいは現在メディア界で働いている人々など。特に後者が多いようだ。この内訳は私のブログの読者層だけでなく、おそらくブログの読者の大半がこうした人々である可能性が高いように思う。 読者の方が、私より熱心にニュースを追っていたり、ある事柄に関して詳細な知識を持っている場合は、非常に多い。圧倒的といってもいいくらいだ。私のほうが情報が早い・・というケースはむしろ、少ないぐらいかもしれない。事実が間違っている場合、そっと匿名で間違いを指摘してくださる方もいる。(なんという、心遣いだろうか!!本当に足を向けて寝られないぐらいである。) また、中には、関連ニュースを探し出してくれたり、私の書いた内容よりも一歩突っ込んだ分析を書いて「見に来てください」という方、「こういう点はどうなっているのか?書いてください」、とリクエストされることもある。一例が、9月中旬、私が日本に一時帰国中でタイムズの小泉首相のインタビューを読んでいなかったことがあった。早速これを指摘され、靖国神社参拝に関する項目が含まれたものだったので、一問一答の全文を急いで訳して出したこともあった。 自分のブログに来る読者にはメディア関係者が多いが、それ以外の分野で働いている人、あるいは大学生、大学院生もいる。また海外で活躍するフリーランスのジャーナリストたち。読み手として訪れた人たちのブログを私自身が読みに行くと、様々な表現、様々な分析、知識、情報が披露されている。書き手・読み手は、ブログ・ユーザーとして、同じ立場にいるのを感じる。(続く) 2006年 01月 20日
ブログの目的とプロフィール 英国では、自由がありすぎるのではと思えるほどのマスコミ(=メディア)が強大なパワーを発揮しています。報道の自由があるとされる国ですが、政治家や金持ち、メディア関係者自身が自分たちだけのグループを形成しており、例えば不正を行ったジャーナリスト自身をたたく・・・という自浄作用はやや弱いようにも見受けられます。その時々のニュース、トレンド、背景などを解説記事やインタビューなどでつづります。 筆者: 小林恭子(こばやし ぎんこ) メール ginkokoba@googlemail.com 1958年生まれ。ロンドン在住。大学では映画理論を専攻し、卒業後はどの職業に就くべきか見当がつかず、アルバイト生活。1985年、ようやくファースト・ボストン証券会社(当時)に勤務。英投資顧問グローブ・インターナショナル(当時)の調査部勤務の後、読売新聞社の英字新聞「デイリー・ヨミウリ」にて、教育、経済などを担当し、2001年末より渡英。フリーランスで国際政治、英メディア業界に関する原稿を日刊ベリタ、経済誌、新聞業界紙、アルジャジーラ英語サイト、英国邦字紙「ニュースダイジェスト」などに寄稿。 何故ブログ? このブログを開始して、約1年になる。 まだまだ、これ!という確固とした形が決まっているわけではないが、細々と続けているうちに、1年が過ぎた、という感じだ。当初の目的は、自分が取材で知りえた情報をできる限り全部(というのは無理なのだが)伝えることだった。 私が仕事で取材として会った人は、個人的に私に話すために会ったのでなく、何らかの形で、広く情報が伝わることを願って、何らかの役に立つことを願って、会ってくれている。ほとんどの場合、原稿の中で使うのは、話を聞いた中のほんの一部だ。残りの部分を、私が、ただ単にファイルにいれて、そのままにしておいていいのだろうか?いや、良いわけがない、という思いがあった。 この当初の目的はまだ十分に達成されておらず、何とかしたいと思っているが、「フリーランスのジャーナリストでブログをやっている人」の気持ちはどういうものか?という点を、日本新聞協会が毎月発行している「新聞研究」という雑誌の1月号に書いた。自分のことを書くのは非常に難しく、四苦八苦だった。また、トータルのアクセス数では一日に数万から数十万の読者を持つ方が他にたくさんいらっしゃるので、私でいいのだろうか?という思いもあった。 それでも、とりあえず、書いてみた。 以下は、その時の原稿に、書ききれなかった部分を足したものである。 最後に、「ブログジャーナリズムはどうなるか?」を書かないといけなかった。これが難しかった。私自身、予測ができないからだった。最後の最後まで、いろいろ恥ずかしかったが、とりあえず、「そういうことで・・・」。 (補足で、ブログ立ち上げのための、もともとのインスピレーションを与えてくれた糸井重里氏を2000年にインタビューした記事も載せた。) ーーーーーーーー 2004年12月末から、ブログ「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」を開始して、1年になる。英国のメディア界の動きやその時々の時事トピックを紹介、解説するブログだ。合計で約5万人の方が日々のエントリーを読みに来てくれた。 1年で5万というのは本当に微々たる数字であろうと思う。 しかし、その日のエントリーを書き上げ、送信ボタンを押すとき、私の原稿が不特定多数の人に読まれるであろうことへの期待、緊張感、楽しさは、かつて新聞社に勤めながら、はるかに多くの読者に向けて最終原稿を送ったときの緊張感や楽しさに決して劣るものではない。 気軽に書ける部分はあるものの、ブログ名には私の名前を出しているせいもあって、書いたものには、通常私が紙の新聞や既存のメディアに原稿を書くときと同様の責任を感じる。原稿を送った後で、「自分の言ったことは本当に真実を伝えているだろうか?」と心配になり、書き直して再送信することもしばしばある。(結果的に、何度か似た内容のものを受け取っている方もいらっしゃるかもしれない。この場を借りてお詫びしたい。) フリーランス・ジャーナリストの立場から、何故ブログをやっているのか、を書いてみたい。 その前にまず私の経歴だが、2002年1月までの12年間、読売新聞英字新聞部に所属し、英字紙「デイリー・ヨミウリ」を編集していた。主に教育、経済などを担当しながら、取材から執筆、紙面制作などを一通り経験した。かつては組織内の記者として書き、現在はフリーで書いていることになる。 ―簡易ソフトの出現と参加型ジャーナリズム ブログ開始のきっかけは、大きく2つある。 1つには、2004年の時点で、エキサイトを含め、大手サーチ・エンジンが無料のブログ・サービスを提供していた点があげられる。これ以前にも、簡単にホームページを作れる、ということで多くのサーチ・エンジンやポータルサイトが、ユーザーにホームページを作るスペースを提供していたが、簡易日記風ホームページ=ブログのソフトは格段にシンプルにできていた。 個人で通常のホームページを作った場合、なかなか人が読みに来てくれない点が悩みだが、ブログの場合は、日記が更新されるたびに、運営しているサーチ・エンジンの共用スペースに題名と共に登場する。また、読者がコメントを残したり、トラックバックで自分自身のブログに相手のブログ内容をつなげたりなど、書き手と読み手が直接情報のやりとりができる。 当初は週に一度発行する形のメールマガジンを考えていたが、字が主であまり画像を入れないのが普通であることが気になった。かつて新聞社で紙面制作も含めた作業を手がけていたせいか、原稿に写真・画像をつけたい思いが強かった。 また、自分自身、あまり長いメールが送られてくると、読むがつらい。友人、知人からの手紙は長くても構わないが、果たして、海外の政治やメディアに関しての分析が定期的にメールボックスに送られてきた、人は読むだろうか?少なくとも、私は読まないかもしれないな、と漠然と感じた。 ニュースなどの情報をネットで得る若者が増えている・・といった表現をよく見聞きする。自分は「若者」ではないのだが、情報をネットで読む・見ることにあまりにも慣れてしまったので、政治やメディアの分析情報もウエブサイトの体裁か、テレビの解説番組など、何らかのビジュアルな情報の一環として受け取る形が最もしっくりくるのだった。 実際に、ブログがおもしろそうだなと思ったのは、共同通信の編集委員湯川鶴章氏の「ネットは新聞を殺すのかブログ」http://kusanone.exblog.jp/だった。 氏は、既存メディアのみがジャーナリズムを担うのでなく、一般市民を巻き込んだ「参加型ジャーナリズム」を提唱していた。たくさんの人が氏のブログを訪れ、コメントを残し、トラックバックをしていた。時には個人攻撃ともとられかねないコメントにも、湯川氏は丁寧に返事を書いていた。太っ腹な人だなあと正直感じ、敬服した。 どこまで太っ腹になれるか分からないが、自分もやってみたいと思うようになっていた。 (続く) < 前のページ次のページ >
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