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ブラウン新首相誕生 [2007-06-28 05:30 by polimediauk]
サウジアラビアとBAEの賄賂疑惑 [2007-06-27 06:36 by polimediauk] 「マードックにすりよったブレア」 セミナーより [2007-06-26 19:06 by polimediauk] ブレア特集 「次世代の競争は既に始まっている」(下) [2007-06-25 04:31 by polimediauk] ブレア特集 「信頼回復目指す新政権」 (上) [2007-06-23 17:24 by polimediauk] 欧州憲法を巡る戦争発言 ポーランド [2007-06-22 18:17 by polimediauk] ブレア特集 「次の総選挙も労働党が勝つ」(下) [2007-06-21 21:47 by polimediauk] ブレア特集 「国民の強い反欧州感情を崩せず」(上) [2007-06-20 22:49 by polimediauk] 24時間ニュース [2007-06-20 09:03 by polimediauk] ブレア特集 元経済顧問の見たブレア政権 [2007-06-19 17:14 by polimediauk] ブレア特集 世論調査の結果 [2007-06-18 18:55 by polimediauk] ブレア特集 スティーブンスFT記者の見方 [2007-06-18 04:40 by polimediauk] 法廷侮辱罪報道 英国の場合 [2007-06-17 01:23 by polimediauk] ワシントン・ポストに慰安婦否定の広告 [2007-06-15 18:20 by polimediauk] 7・7テロと陰謀説 BBCラジオ [2007-06-15 05:03 by polimediauk] CIA秘密収容所疑惑とBAE賄賂疑惑のテレビ [2007-06-12 07:01 by polimediauk] ガーディアンが今日で5万号目を発行 [2007-06-12 03:12 by polimediauk] チャンネル4とBBC [2007-06-09 18:02 by polimediauk] 英国の情報公開法 [2007-06-09 00:55 by polimediauk] オランダの恥 [2007-06-07 21:36 by polimediauk] 評価が180度変わったオランダ「ビッグ・ブラザー」 [2007-06-05 20:14 by polimediauk] BIG BROTHER オランダの臓器提供番組の余波 [2007-06-04 03:38 by polimediauk] ブレアと欧州 フェデラル・トラストより [2007-06-03 08:46 by polimediauk] 2007年 06月 28日
![]() ブラウン新首相がいよいよ、誕生した。 午後からロンドン中央部に出かけ、帰りの電車で夕刊の「イブニング・スタンダード」紙・最終版を読むと、首相交代の一部始終が分かる。ブレア首相(当時)が議会で最後の「質問時間・クエスチョンタイム」という枠で議員からの質疑応答にどのように応じたか、その後官邸に戻ってスタッフにさよならを言い、官邸のドアの前で家族一緒に並び(各社が写真を撮り)、バッキンガム宮殿に行って、エリザベス女王が首相の職を解き、今度は代わりにブラウン氏が女王から連絡をもらって宮殿に行き、組閣を命じられる、という流れだ。フリーペーパーは締切時間のせいもあってか、読み応えに大きな差が出たように思った。やっぱり、有料新聞はいい。これぞ新聞、という感じがした。 今日はブレア氏とブラウン氏にとって、引越しの日でもあった。 首相官邸・住居は「ダウニング街10番」と呼ばれ、ドアに「10」と番号が入っている。お隣は「11」という番号が入っているが、こちらは従来は財務相の事務所と住居になる。この「10」の住居部分は、お隣の「11番」より狭いようだ。 そこで、10年前はブラウン氏は独身で、ブレア氏は子供が3人(今は4人)と家族数が多かったので、ブラウン氏が「10」に、ブレア一家が「11」に住んでいたと聞く。もちろん、オフィスは「10」(首相)、「11」(財務相)となっていたようだが。財務相だったブラウン氏は、首相就任で、名実ともに「10」の住人となった。ブレア家は、ロンドン市内のアパートに移っていった。 昼のブレア氏最後の「クエスチョン・タイム」だが、質問に答える前に、まず厳しい面持ちのブレア氏が、戦争で亡くなった人を悼む表現で始まる短い演説が最初になった。何となく、みんなシーンとして聞いていた。一部で、「アイアム・ソーリー」と言ったので、一瞬、イラク戦争のことを謝っているのかと思ったら、違った。犠牲が出たこと、現在のような状況に陥ったことを、残念だったと言っただけだった。 「タイム」が終わると、出席議員全員が拍手。感動的な幕切れとなった。 ブラウン新首相の官邸前でのスピーチもなかなか新鮮だった。「変化を起こしたい」、「信頼感を取り戻したい」などと述べた。いわゆるハネムーン・ピリオドなのかもしれないが、言葉が胸に響く。ひょっとしたら、何か新しいことが、より良い変化が起きるのかなと期待がふくらむ。午後には、日本では文部省(今は名称が新しくなったろうけれども)にあたる、文化スポーツ省を分割する予定だという噂が。1997年、英中央銀行を政府から突如独立させたことを考えると、大胆な、新味のある政策を出してくることは確実だ。 誰がトップになるにせよ、より良い未来になるといいが。 http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/6245682.stm http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/6743875.stm テレビの街頭インタビューで、新首相に期待するものを聞かれて、よく挙がっているのがイラクからの早期撤退、教育問題、健康保健サービスの向上など。 英国に住んで思うのは、問題はシステム・制度ではなくて、人のような気がする。サービス面にしろ、教育にしろ、反社会的行為にしろ・・・。どうも今一歩、勤労意欲が低いような、人を責めてばかりいるような、ここぞ、という時にふんばりがきかないような・・・。ブラウン氏が国民の意識を変えることができるのか?私も楽しみながら追ってみたい。 2007年 06月 27日
いよいよ、27日、ブラウン新政権が誕生する。ブレア氏にとっては首相最後の日だ。ブラウン氏は2008年にも総選挙を行なう見込みで、後1年もないが(5月とした場合)、非常におもしろい政治状況となってきた。08年の総選挙までに、果たして保守党のキャメロン党首が十分な支持を集められるかだろうか。今のところブラウン氏への支持は上昇中で、先が分からなくなった。ブラウン内閣の人選も、労働党以外からも入るようだ。 ブレアウン政権になってもくすぶりが続くようなのが、英防衛関連大手BAEシステムズによる、サウジアラビアをはじめとした各国への賄賂疑惑だ。 英国での捜査は昨年末打ち切られたものの、26日、BAEは、サウジアラビアでの事業などの法律順守状況に関して、米司法省の調査を受けていると発表した。捜査打ち切りとなってから、政府側+BAE側はこの疑惑を何度かもみ消そうとしているが、うまくいっていない。 疑惑再燃は6月初旬だった。ガーディアンやBBCが、BAE側は元駐英サウジアラビア大使のバンダル王子に、過去10年間で10億ポンド(約2400億円)以上の裏金を支払っていたと報道したことがきっかけだった。支払いは国防省も承知の上だった。外国当局への裏金の支払いは英国では2002年以降禁止されているが、商行為を法の支配に優先させたと英政府などへの批判が高まっている。 政府側がよく使ったのが「国益」という言葉だ。 「国益を守るために、捜査は中止となった」-。昨年末、ゴールドスミス英法務長官は、サウジアラビアへの戦闘機売込みを巡るBAEシステムズの便宜供与疑惑の捜査の中止を発表し、その理由に国益を挙げた。BAEから賄賂を受け取っていたとされるサウジアラビア王子の銀行口座を探しあてる直前の、突然の捜査中止宣言だった。 ブレア英首相も「サウジアラビアは英国にとって、テロ対策や中東の地域情勢の面から非常に重要な国。捜査の進展で悪影響を及ぼすのは国益に反する」と説明。果たして違法行為があったのかどうか?「国益」という漠然とした言葉で全てが隠された格好となった。 ―賄賂の長い歴史 報道によると、英国からサウジアラビアへの兵器売却は1960年代頃から続いてきたが、契約契約を取り付けるために裏金が使われたこと、政府がこれを認識していた経緯は、政治家や防衛産業関係者の間でほぼ当然のこととして受け止められてきたようだ。 今回問題にされているのは、BAEがサウジアラビアとの間で1980年代半ばに締結した「アルヤママ」兵器売却契約。90年代を通じて契約内容が拡大し、全体では約430億ポンド(約10兆5000億円)以上に上った。これは英国最大の兵器売却契約となる。また、最近も次世代戦闘機「タイフーン」72機の購入契約が成立間じかとされる。一連の契約で数千人から数万人規模の雇用が提供されたと言われる。 英国では武器取引に関連した賄賂は違法。また、経済協力開発機構(OECD)の贈賄防止条約もOECD加盟国が国際商取引で賄賂を提供することを禁じている。英国はこの条約の批准国だ。 ―海外からの批判 昨年末の重大捜査局の捜査の中止は海外でも大きく報道され、OECDは「大きな懸念を抱く」と発言。OECDは中止の経緯を調査中だ。開発途上国に対して贈賄防止を求めてきた英国にとって、言動が不一致となる顛末となった。 OECDは、調査のために英政府側に情報の提供を頼んだ。ガーディアン紙は、ゴールドスミス法務長官が、OECDに対し、関連情報の一部を故意に渡さなかったと報道した。長官は、「絶対にそんなことはない」と一切否定した。しかし、同様の報道が重なると、「国益のためにあえて全てを渡さなかった」と告白。何とも情けないような、決まり悪い展開となった。また、これは裏を取っているわけではないが、私が聞いたところでは、「エコノミスト」誌が、OECDのトップに関する否定的な見方を示した記事を出したそうだが、これは事実無根で、「政府側が故意にこの記事をエコノミストに書かせた」という。もし本当だったら、恐ろしいことである。 しかし、サウジアラビアでビジネス経験を持つ人々や英政治家の間でも、「契約を取りたかったら、サウド王家と企業の間を取り持つ人物に賄賂を払うのは当たり前」と説明する。 また、サウジのバンダル王子の口座に契約がらみで巨額の資金が入金されていたとしても、これを一種の手数料あるいは必要経費として見れば、違法どうかどうかの判断は「限りなくグレー」と言える。事実、英政府関係者、法務長官、バンダル王子、BAEは、「一切違法行為はなかった」と言い続けている。 「英国は開発途上国には賄賂を撤廃せよをといいながら、自国は賄賂をサウジに提供している。2重基準がある」と英政府は非難の対象となった。「国益」とは、「賄賂を渡しながらも雇用を提供し、英国製品を売ること」なのだろうか?(「ニューズ・ダイジェスト」掲載分に追加) メモ: BAEシステムズ:世界第4番目、英国では最大の防衛関連企業。英ファーンバラに本拠地を置き、北米を中心に世界各地で事業を展開。1999年、ブリティッシュエアロスペース社と米ゼネラル・エレクトリック社の子会社マルコニ・エレクトロニクスとの合併で誕生。兵器売却を巡る裏金提供疑惑で非難の的に。 サウジアラビア:18世紀頃から現在まで、サウド王家が支配。国名はアラビア語では「サウド家のアラビア」で、正式な建国は1932年。世界最大の産油国。国民は厳しいイスラム教の宗派ワハビ派の戒律厳守。1990年のイラクのクエート侵攻の際米軍駐留を許可し、米英との結びつきは深い。 バンダル王子:6000人以上いるとされるサウジアラビアの王子の1人。BAEが王子の米国にある口座に兵器売却に関連し多額の裏金を払ったと報道された。元駐米大使で、ブッシュ米大統領を含め世界の指導者と緊密な関係にある。疑惑報道に対し「違法なことはしていない」と表明。 サルタン王子:バンダル王子の父で、次期国王とされる。長年サウジアラビアの国防相で、1980年代半ばから兵器売却契約に関し、英政府との交渉に深く関わったとされる。 ゴールドスミス法務長官:昨年12月、自分の管轄下にあり、BAEの裏金疑惑を調査していた重大不正局が捜査を中止したと発表。中止の決定は「不正局長自身の決断で自分は影響を及ぼしていない」、「中止は国益と法の支配のバランスを考えた」と発言。 ブレア首相:重大不正局長にBAEの兵器売却疑惑に関する捜査の中止を求めたと言われる。「捜査は実質的には何の結果ももたらさないことが明確だった」、サウジとの安全保障や外交関係に重大な支障をもたらすので、国益に反する」と述べている。 これまでの経過 1986年:英国とサウジアラビアが「アルヤママ」兵器売却契約の第一段階を締結約500億ポンド(約12兆円)相当。 1988年:アルヤママに関する追加覚え書きが2国間で交わされる。 1991年:第1次湾岸戦争で、サウジアラビアが英から購入したトーネード戦闘機と英空軍のトーネード機が同時に飛行 2004年5月:ガーディアン紙が英防衛関連大手BAEシステムズが裏金を使って契約を確保した疑惑を報道。英重大捜査局が捜査を開始していると伝えた。 2004年11月:BAEは捜査を受けていることは認めたが、違法行為は否定。 2005年12月:BAEはサウジアラビアに多目的戦闘機「ユーロファイター・タイフーン」72機を提供することに合意したことを確認。最終合意のための交渉が2006年中継続。 2006年12月1日:フランスの航空会社が、英ユーロファイターのライバルとなる戦闘機売却交渉をサウジアラビアと行なっていると表明。BAEはサウジアラビアとの交渉の進展が鈍化していることを認めた。 12月14日:ゴールドスミス法務長官が、重大捜査局がBAEとサウジアラビアの兵器売却に関する疑惑捜査を中止したと発表。 2007年1月6日:サウジアラビアの防衛相がタイフーン戦闘機の納品が「間もなく」実行されることを期待する、と発言。 1月17日:経済協力開発機構(OECD)が重大捜査局のBAE捜査が中止となったことに「重大な懸念」を表明。 6月7日:ガーディアン紙とBBCが、元駐米サウジアラビア大使のバンダル王子が、10年に渡り、BAEから巨額の裏金を受け取っていたと報道。 6月末:BAEが米司法省から調査を受けていることを認める。 (Source: BBC) 英重大不正捜査局とは:1970年代から1980年代初期にかけて、英国民の間で重大不正に関する捜査・訴追が十分に行なわれていないとする不満が高まり、刑事裁判法(1987)を基に1988年発足。1億ポンド(約239億円)以上の資金を巡る、あるいは複数の国が関わる重大及び複雑な虚偽行為の疑いを捜査し、訴追する。法務長官に対し活動の説明責任がある。英国内ではイングランド、ウエールズ、北アイルランドを対象とするが、スコットランドは対象外。過去5年間で捜査は68回の裁判と97人の有罪者につながった。週刊誌「プライベート・アイ」は、重大捜査局を「Serious Farce Office」(重大な滑稽局)や「 Seriously Flawed Office」(ひどく欠点がある局)と呼んでからかった。 2007年 06月 26日
ロンドンにある非営利団体「大和日英基金」が、6月21日、日英の政府とメディアの関係をテーマに、セミナーを開催した。日英のセミナー・シリーズはずっと続いていて、次回は「日英の王室・皇室の将来」というテーマ。(7月4日、午後6時から)。無料だが申し込む必要があるので、興味のある方はサイトを参照いただきたい。 http://www.dajf.org.uk/event_page.asp?Section=Eventssec&ID=275 21日のセミナーは様々な点で新発見があった。メモをたよりに書いてみる。 司会はつい最近までBBCの記者だったウイリアム・ホースレー氏。オックスフォード大学で日本語を勉強し、1980年代前半から1990年まで、東京特派員だった。 記憶に残っている政治ニュースとして、田中角栄の逮捕をあげた。田中角栄の金脈政治に関して、大手メディア・新聞は知っていたが、誰も書かず、これをずっと書いてきたのは、文芸春秋の記者だったと指摘。いかに日本の政治家と新聞が(悪い意味で)近いかを示す例として挙げた。 パネリストの一人はBBCの元記者で既にメディア関係の作家としては著名なニック・ジョーンズ氏。ブレア首相が6月中旬、英国の政治とメディアの関係に関して講演をし、メディアが「獰猛な動物」として批判したことに言及。メディアが衝撃的なトピックばかりを追いかけるので、まともな政治議論ができない、とブレア氏は指摘していた。 ジョーンズ氏は、「ブレア氏の批判は当たっていることが多く含まれていた」が、批判されたからといって、「英メディアが良心に痛みを感じ、行いを改めるということは、まずない」。 「米メディアは、9・11テロの後、(愛国心を優先する風潮などに負けて)十分に政権を批判、検証してこなかった。臆病すぎた。これが汚点になっている」 「英メディアは確かにセンセーショナルなトピックを追う。そして、業界内での競争が激しいので、倫理的な報道をするべき、という議論が十分にされない」。 「ブレア氏のメディア批判はあたっているが、自分自身のことについては話さなかった。それは、メディア王マードック氏との密接な関係だ。マードック氏は、現在の英国の新聞の42%を所有している」 「英国の新聞は、常に何らかのキャンペーンをしている。例えば、デイリー・メール紙は、反ギャンブルのキャンペーンをする。これが政府の政策変更につながった。そういう意味では、影響がある」 「また、小児性愛主義者の名前を公表するべきだ、という運動も行った。これはニューズ・オブ・ザ・ワールド紙だった。タブロイド紙は、国民のために、立ち上がった、という姿勢を持ち続けている」 「英新聞は政治に関しては、何でもあり、だ。過去100年、時の政府は新聞の所有者にたよってきた。力のある新聞は、政治をやりにくくさせる。新聞の所有者たちが政治力を持ってきた。最近ではテレグラフ紙の元所有者ブラック卿だ。時の首相は恐れもし、依存もする」 「新聞は常に右派の考えを歴史的に支持してきた。つまり、保守党を支持してきた。ところが、労働党がマードック氏の緊密な関係を持つようになった」 「ブレア氏の、マードック傘下の新聞へのすりよりは見苦しい。特にサン紙だ。ブレア氏はサン紙の子犬になったのだ」 「例えば、2005年、5月の、投票日の紙面を見て欲しい。見出しは、『今日、労働党に投票しよう』とある。ブレア氏とブラウン財務相が並び、マンチェスター・ユナイテッドの赤いユニフォームを着た背中を見せている。そして6ページの労働党特集。英国で最大の発行部数を持つ新聞であるサン紙が、労働党にこれだけの紙面を割いたのだ。これはすごいことではないか」 「1998年、ブレア氏は日本を訪れた。時の橋本首相と会見をした。ここで、ブレア氏と、彼の広報官だったアレステア・キャンベル氏、サン紙の政治記者トレバー・カバナー氏の協力がして、ある見出しを作った。会見の翌日、1面の見出しが『日本がサン紙に(戦争行為を)謝罪』だった。橋本氏はまったくそんなことを言っていないのだ。キャンベル氏が書いた見出しだ。後でブレア氏はアルゼンチンに行った。翌日、サンの見出しは、『アルゼンチンがフォークランド戦争の件で謝罪』とあった。ところが、アルゼンチン政府はまったくそんなことを言っていないのだ」 「ブレア氏は、政権をとって最初の頃は特に、あまりにもスピンに依存し、中毒になり、首相のダメージとなった」 「スピンドクター(政府広報官)にとって、ブレア氏は夢のような存在だった。こういうラインで、と決めたら、これから絶対にぶれないからだ。しかし、スピンのために国民の信頼感が薄れた。2001年ごろからだった。ブレア氏が米国の外交政策に近すぎる姿勢をとっていた。特にイラクの大量破壊兵器に関する失敗が大きかった」 「キャンベル氏(2003年まで官邸コミュニケーション戦略局長)は、ニュースの見出しを作ろうとした。特定のグループの記者にリーク情報、スクープとしてネタを提供した」 「こういう状況があったから、私たちはブレア氏に対して、非常にシニカルになっていった」 「英国では放送局の報道は中立・公正であることが法律で定められている。新聞はこれがない。今、新聞はウエブサイトでビデオを流している。これに規制はかからないのだ。するとどうなるか?サンのような新聞が、バランスに欠く映像を流してもよいことになった。懸念だと思う」 一方、朝日新聞の欧州総局長木村伊量氏は、「20年間政治報道を担当。日本では総理番を経験し、首相にくっついていた。総理番の記者たちは、首相がトイレに歩く瞬間を狙って、コメントをとろうとしていた」、「午前2時まで働いて、家に戻りシャワーを浴びて少し寝て、午前6時には迎えの車が来る状態で働きづめだった」などに、会場からは驚きのため息が。 外国メディアによる日本の記者クラブ制度への批判に関しては、「ステレオタイプ的な部分があるのではないか」として、ワシントンでよそ者は入れない雰囲気のプレスクラブだったという点を体験し、「同様の制度は世界中にもあるのではないか」と指摘した。 今後の日本の(政治)報道の課題として、「選択肢をどうやって示すか」を挙げた。選択肢をどう示すかとは、例えば憲法をどう変えるのか(あるいは変えないのか)、世論調査を見ると変えたいという人と変えたくないという人がいる。また、ナショナリズム、医療、年金などの様々な問題に関して、落ち着いた議論を通して、過去に学び、新しい道を示す報道をどのようにしたら、できるのか? 他にもいろいろ出たが、ホースリー氏が、会場にいた人に「この中で既存メディアでニュースを見る・読む人、それからオータナティブメディアで見る人、どれくらいいますか?」と聞くと、約半分が後者になった。私が驚いたのは、ホースリー氏が、「メインストリームメディア」と呼んだ時に、ネットはこれに入らず、「オータナティブ」の方に入れられている点だった。もうこの区別は古いような気がするけれども。区別をしている人はメディア界の人間だけになりつつあるのではないか。大手新聞もネットをやっているのだから、区切れない。 何度か話題に上ったのは政治家と記者の関係で、日本の場合、記者は政治家との間で信頼感を作り上げることに力を入れるので、そういう関係では批判的な記事を書きにくくなるのではないか、とジョーンズ氏や会場の参加者が指摘。英国の場合は記者は政治家を批判する関係だ、とジョーンズ氏が述べた。政治報道のあり方は、日英の文化(対立を避けようとする文化に対して対立が日常茶飯事の文化、ステレオタイプ的な捉え方だが)も反映しているような気が、私はした。 パネリストなどのバックグラウンドは: http://www.dajf.org.uk/event_page.asp?Section=Eventssec&ID=247 2007年 06月 25日
ブラウン現財務相が、とうとう24日、労働党党首に選出された。27日には首相就任予定だ。以下のアドレスからスピーチも聞ける。 http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/6234048.stm 労働党系シンクタンク、フェビアン協会のスンダー・カトワラ事務局長のインタビューの続きだが、カトワラ氏自身が新世代(30-40歳代)のせいもあって、「次の動き」をじっくりと聞いた。 ―ブレア政権の対欧州政策をどう評価するか。英国民の反欧州感情は10年前と比べて悪化しているが。 カトワラ事務局長:確かに、ブレア首相の欧州戦略は失敗だった。これがブレア氏の最大の悔いの1つだ。就任初日、もし今後10年で何を成し遂げたいかを聞かれたら、欧州の関係を改善したいと言っていたのではないか。英国民の欧州に対する感情は常に不確かなものであると分析していた。英国が決して欧州の物事を決定しない現状のままではいけない、と思っていたのだ。 もし英国が1950年代にEUに入っていれば、現在までに欧州連合(EU)の立役者になっていただろう。しかし、参加したのは設立からずい分後だった。ブレア首相はこうした状況が間違いだと常に思ってきた。 しかし、今や欧州の将来が不確実なものになった。英国がEU憲法に関しての決定を先延ばしにしている間に、フランスとオランダが国民投票で憲法案を否決してしまった。また、欧州の中核部でも欧州の定義や将来に関する疑問が出てきた。 スカンジナビア諸国は、EUが十分にオープンで民主的だろうかと疑問を呈する。旧東欧諸国にも疑問が呈されている。EUの加盟国として、十分に民主的な改革がなされたのかどうか。どっちつかずの英国に対する疑惑の目もある。フランスとドイツが合意すれば、物事が決まる、という時代ではなくなった。 EUにも新世代のための新しい物語が必要だ。第2次世界大戦後、ドイツとフランスが2度と戦争をしないようにというのが成立の理由だということは何度も聞いた。しかし、英国がドイツと戦争をするなんて、今誰も思っていない。もっと別の存在意義が必要だ。例えば気候変動で協力できるのではないか。外交政策でも、例えば中東問題解決のための欧州の役割があるのではないか。 新しい欧州像が必要だ。 ―新政権は親欧州になるだろうか? 事務局長:難しい問題だ。ブラウン氏は欧州に対して冷淡で、米国とも親しくなりすぎないようにという圧力がかかっている。おそらく、英国の国家の利益と英国の価値観を信じていると述べて、それから、治安の問題を説明し、安全保障の点から米国や他の国と協力しなければならない、と言うだろう。 ―ブラウン政権の顔ぶれはどうなるか? 事務局長:新しい政権の誕生というイメージを出すため、新たな人材を使おうとするだろう。現在環境相のデビッド・ミリバンド氏を始めとして、30代後半から40代前半の人材を入れるだろう。才能ある、視点がユニークな人材が多い。例えばデビッド・ミリバンド氏の弟で、現政務次官のエド・ミリバンド氏、ジェームズ・パーネル議員、財務省のNo.2エド・ボールズ氏、ルース・ケリー地域・コミュニティー大臣など。 ―今年年頭、ブレア氏が次の党首候補として推していたのがデビッド・ミリバンド環境相だった。ところが、環境相はこれを断った。何故か? 事務局長:世代間の違いがカギを握った。例えば50歳代のブレア派だったら党首戦に立候補して当選しなくても、失うものはない。しかし40歳代には将来がある。もし立候補したら、自分の世代がまたブラウン派、ブレア派に分かれる。 ブレア政権の発足前、ブレア氏とブラウン氏は2人の間で密約があったと言われている。最初はブレア氏が首相になり、次はブラウン氏にしよう、と。しかし、この密約は誰がトップになるかを巡って、長年続いたブレアーブラウンの対立となった。これを今後20年間続けたいと思うだろうか?若い世代は続けたがらない。将来は自分たちの手の中にあるし、ミリバンド氏は縄張り争いの伝統を継承したくないのだ。 ブレア、ブラウン世代とその次の世代には大きな違いがある。2人は、18年間、労働党が野党だった時代をフラストレーションを抱えて過ごした。1983年に議会に入り、14年間、頭を壁に打ちつけていた。労働党を変えたくてたまらなかった。こうした経験が政治家としての2人を作った。 また、絶対勝てると全力を費やした1992年、労働党が負けたときのトラウマがある。当時、労働党は13年間野党だった。英国にはひどく人気のない政府がある、それでも野党が選挙に負けたのだ。この敗退のトラウマをブレア世代の労働党議員は抱えている。 ところが、次の世代は権力の内側にいて育った。何故ニューレーバーができたのか、何故必要なのかを知っているが、個人的に、あるいは心情的にブレアやブラウンと同じではない。労働党が10年間与党としてやってきて、その業績を見て、もっと社会政策を進めた方策は実行できないのかどうかを考え続けてきた世代だ。いよいよ、前に出る機会となった。20年前、環境は政治トピックになっていなかった。誰がこれを理解し、政策を実行するのか?この世代に違いない。 これがキャメロン氏に対する挑戦だ。国際舞台を通じて経験を積んだ、ブラウン氏のチームほどの力と深さを備えているのかどうか。世代を超えて、「これが政策だ」と新しいアイデアを出すことができるのか。国民は決して過去の業績では投票をしないものだ。 ―総選挙の行方はどうなるか? 事務局長:予想はできない。しかし接戦だろう。本当の選択を国民がする。キャメロン保守党党首は本当にうまく党を組織化している。メディア戦略が良いし、国民と接する戦略も良い。しかし弱みもある。それは、後で拘束されたくないので政策を明らかにしていない点だ。 もしブラウン氏が民主主義、外交、環境で正しい動きをし、経済や公共サービスなど政府の業績を強調できれば、選挙に勝てる。キャメロン氏はできるだけのことをするだろうが、勝つには、ブラウン氏がどこかで失敗する必要があると思う。これまでの保守党党首を見ていると、穏健な戦略で始まって、難しくなると、右に行く。 キャメロン氏もこのまちがいをおかすかどうか。右に行くのは間違いだと党員を納得させられるかどうか。キャメロン氏も自分と同世代(40代前半)の若手をどう使うかで将来が決まる。既に水面下でポスト・ブラウンに向けての真の競争が始まっている。 【フェビアン協会と労働党】 協会メンバーの多くが1900年の労働党の結党に参加。党の綱領はその大部分を協会の創立綱領から取ったもの。会員数は約7,000で、ブレア英首相を含め歴代首相もメンバーだった。1992年、当時フィナンシャル・タイムズ紙の記者(現在は労働党議員)エド・ボールズ氏が、協会の出版物に英中央銀行の独立を提唱する記事を書いた。1997年、ブレア政権が発足すると、ブラウン財務相が真っ先に手がけたのが中央銀行の独立。金利決定権を政府から切り離したことはブレア政権の業績の1つで、好景気の維持に大きな役割を果たしたと言われている。 (6月6日、ベリタ掲載分に加筆。www.nikkanberita.com) 2007年 06月 23日
ゴールドスミス法務長官が、来週、ブレア政権が終わるのにあわせて、法務長官の職を辞することを発表した。イラク戦争が合法か違法かの法律判断、武器大手BAEシステムズをめぐる賄賂捜査の中止宣言など、政府に近すぎるのではないかといわれ、大きな議論を巻き起こしてきた。政府の法律顧問としての法務長官だが、政府の時々の政策に法律解釈をあわせたとも言われる。 一方、ブレアウン新政権が27日には発足する見込みで、新政権の顔ぶれにメディアの関心は集まっているようだ。他政党あるいは非労働党議員が、閣外大臣になるのではないか、と言われている。 今月初め、労働政策立案のフォーラムとなり、現在までに様々な政策提案を続けている、労働党系シンクタンク「フェビアン協会」のスンダー・カトワラ事務局長に、ブレア政権の分析と今後を聞いた。ニューレイバーの定義(「実はそれほど新しいことをしたわけではなかった」)(上)や、次世代の競争の話(下)が新鮮だった。 「失われた信頼感回復」━ポスト・ブレアのキーワード 英フェビアン協会事務局長に聞く (上) 10年続いたブレア英政権のキーワードは、自由主義経済、福祉政策の両立をめざす「サード・ウエー(「第3の道」)、労働組合の影響力を大幅に減らした「ニュー・レーバー(新しい労働党)」だった。それでは、ポスト・ブレア時代のキーワードは一体何か。労働党系シンクタンク「フェビアン協会」のスンダー・カトワラ事務局長によると、ブラウン次期首相が最優先するのは、国民の政治への信頼感回復となる見通しだ。 ―ブレア政権後、与党・労働党の方向は変わるのか? カトワラ事務局長:労働党は変わらざるを得ない状況にある。その1つの理由は、この政権は10年続いた。次の総選挙までの期間を入れると(2009年に総選挙実施が確実なので)12年になる。12年間続いた年老いた政権というイメージでは選挙に勝てない。ブラウン財務相(次期労働党党首)は新しい政府、新しい指導部を作る、と言っている。 国民はブレア政権が民主主義と外交政策の面で間違いを犯したと見ている。ブレア首相自身が「分かっている。国民の声は聞こえている。私は間違った」と認めることはできない。自分の立場を守りたいからだ。しかし、新首相は「やり直そう。全てを変えることはないが、変化は確かに必要だ」と言える。特に外交面では大きな変化があるのではないか。 ―労働党は1997年の政権奪回までに、新たな概念「ニューレーバー(新しい労働党)」を打ち出してきた。次期政権の新しいキーワードは何か? 事務局長:実は、ニューレーバーは言われているほど新しいものではなかった。労働党が野党時代に「私たちは完全に新しい考えを持っている。全てが今までの労働党は違う」と宣言することには非常に大きな利点があった。しかし、実際のところ、ニューレーバーに至る議論は、ずい分前からフェビアン協会内では議論されていた。欧州諸国の左派系政党も同様にこの議論を行なってきた。つまり「リビジョニズム」(歴史修正主義と訳され、既存の概念から逸脱し、特定のイデオロギーに沿って修正を加える考え方)だ。 社会主義者アンソニー・クロスランドが50年代に有名な本を書いた。題名は「社会主義の将来」 だ。この中で、彼は労働党は社会主義の価値観を維持しながらも政策を状況によって変えるべきだと述べた。例えば、国民が労働党の役割は経済を国有化することだと考えた場合、国有化は何かをするための手段となるが、もし国有化で社会の不平等が起きるようなら、これは最善の策ではない、と。自由主義経済と福祉政策の両立を唱えた、労働党の近代化運動の支持者たちが「ニューレーバー」を打ち出す40年も前に、 クロスランドはニューレーバーの議論を既に行なっていた。 クロスランドとニューレーバーを提唱したブレア、ブレウンの違いは、クロスランドは「目指すのは平等な社会を築くことだ」とためらいなく言えた。ニューレーバーの政策も社会の中の平等の達成と富の公平な分配を目的とするものだったが、ニューレーバー側はそう公言したくなかった。「平等、富の分配」と言えば、野党時代が長く続いた「古い」労働党の印象を与え、票を失うと思ったからだ。 「ニューレーバー」と言う表現はブレア氏が労働党首になった1994年以降から政権を取る1997年まで、当時の政治状況、当時の経済状況の中で有益だと見て使ったものだが、10年経って、世界の状況は変化している。今や失業率の高さを心配しなくても良くなった。公共サービスにも大きな投資がなされている。国民の大きな懸念事項は治安や移民問題になっている。 ―ブラウン次期政権の新コンセプトとは何か? 事務局長:私が見たところでは、今後半年の大きなアイデアとは民主主義と信頼感だ。この二つの面で国民の間に懸念が出ていることを認めざるを得ない。5月にブラウン氏は国民の信頼感を取り戻したい、内閣や議会の力を取り戻したい、と宣言した。 ブラウン氏は財務相になって最初の週に英中央銀行を政府から独立させた。就任早々、財務相自身が金利を決定するという大きな権力の1つを手放すなんて、何て奇妙なことだろうと、国民は言ったものだ。しかし、過去の労働党政権は経済には弱いと言われており、国民は経済面でブレア政権を信頼していいものかどうか、分からないでいた。 そこで、非常に大きな権力を政府から独立させることで、国民の労働党に対する見方を変えさせた。労働党が本気であることを理解した国民の信頼を下に、政権は大胆な経済政策を行なえるようになった。民主主義も同じで、国民により大きな力を与えることで、逆に政権がより大胆な政策を実行することが可能だと考えている。 ブラウン次期首相は、与党に対する信頼感が落ちている点に真っ向から対処していくつもりのようだ。国民がブラウン氏を信頼しなれば、何を言っても声が届かないことを承知しているのだと思う。 ―ブレア政権になってから特に、野党保守党と労働党の間で、政策面で似通って、区別がつかなくなったと言われている。ブレア氏は保守党政権のサッチャー元首相の政策を引き継いだとも言われているが。 事務局長:区別がなくなったとは全く思わない。違いは残っている。英政治の議論の中心をどこに置くかで両党は競っていると思う。政策面の合致(収束)の兆しは常にある。しかし議論の中心の位置は常に変わる。 第2次世界大戦直後の労働党政権は英国を福祉国家にした。国民保険サービスを立ち上げた。そこで、選挙に勝ちたかった保守党は福祉国家体制や国民保険サービスは既に実行されたことなので、保守党はこれをそのままにする、と言った。このような両党の駆け引きが長年続いてきたのが英国の政治だ。サッチャー氏が首相になった時、英国は危機状態にあった。このため、市場原理の強調や小さな政府など、政治議論の土台となる全てを変える必要があった。 労働党が1997年政権を握った時、新しい現実に対応する必要があった。しかし、労働党は、あまり国民に知られていないものの、この10年で政治の議論の中心をかなり左に移動させた。政治の変化とは、自分とは対抗する陣営を自分と同じ政策を持つようにさせた時に起きる。 現在の保守党を見ていると、ニューレーバーの言葉遣いをまねているようだ。かつて労働党が野党だったころ、犯罪撲滅や経済政策で保守党の言葉を使って話す必要があった。現在は、保守党が社会保障や社会正義、貧困、教育、国際開発、環境など、かつて重視しなかった項目について話している。革命と呼べるほどの変化が起きている。 もしブレア政権が成立せず、代わりに保守党政権になっていたらサッチャー氏や(その次の首相)メージャー氏は決して導入しなかったような政策が今現実のものになっているはずだ。 つまり、ブレア首相は、国民が聞いて心地よく感じる言葉を使いながら、同時に、大声を上げずに最低賃金制度を導入し税金を上げた(増税とは言わなかったけれども)。収入を再分配し、低所得層の税額控除を拡大した。同性同士が結婚に似た関係を結べるシビル・パートナーシップなどは歴史的な政策で、これを元に戻すことは不可能だ。 ―それでは英国の政治で右と左の違いは何か。 事務局長:政治面での左右の違いは大きい。英国の左派は不平等と闘うこと、公共サービスにお金をかけることを重要視している。減税はあまり重要ではない。右の原理主義者たちは小さな政府を望むだろうと減税、個人の自由の拡大などが国民にとって良いことと考えている。しかし、原則的な違いは、一方が税負担削減を好み、もう一方が公共サービスへの投資拡大を選択する点だ。 私の見たところでは、左派にしろ右派にしろ、政権が成立するまでになるには、時の政治議論の中核地点を動かす力がある時だと思う。 ―若干40歳のキャメロン党首率いる保守党をどう評価するか?政権担当に機が熟したといえるだろうか?多くの世論調査で、ブラウン氏よりも高い支持率を上げているが。 事務局長:キャメロン氏が選挙に勝ちたいのは当然だ。保守党員はキャメロン党首を信頼している。信頼するのは、彼が自分たちの一員だからだ。保守的な環境で生まれ育った。キャメロン氏が頭脳明晰であることを保守党員たちは知っており、キャメロン氏の支持に従っている。しかし、大部分は自分たち自身ではあまり乗り気ではない。 ―英政治の欧州政治への影響はどうか?英国が中道左派とすれば、フランスは中道右派、ドイツも広義には中道右派と言っていいと思うが? 事務局長:労働党政権が選挙でずっと勝利してきたことに注目して欲しい。1999年、欧州のどこでも左派政権が選挙に勝ったが、その後、移民問題や経済、社会問題がきっかけで多くが政権を失った。英国では1980年代、90年代、左派政党が政権を担当するにはどうするべきか、労働党内で様々な議論が起き、政権取得後は現在まで10年間維持してきた。 サッチャー主義があるし、英国はある意味では最も右派の国とも言える。フランスは欧州内で最も左派の国。もし英国が保守政党政権でフランスが左派だったら、取引は成立しない。しかし英国が左派政権によって統治され、フランスでは右派政権があるとすれば、2国間は取引が可能な関係となる。サルコジ大統領は、フランス人であるがゆえにグロバーリゼーションへの反対や保護主義に言及するだろう。ある意味では、左のブレアのほうがもっとリベラルかもしれない。実際には、両国は全く異なる政治の成り立ちがあるので、ある意味では議論は収束していくのではないか。大きな問題はないだろう。 メルケル独首相は、キリスト教民主同盟の党首であり中間政党だと思う。実利主義者で社会民主党とともに連立政権を作っている。英国とフランスの、常識を持った仲介者となるのではないか。 (続く) 2007年 06月 22日
今、新しい欧州憲法をどうするかの話し合いがブリュッセルで続いているが、第2次世界大戦に関わるポーランド政府の発言に、ドイツが窮地というか、困惑の波が広がっている。 ポーランドのカチンスキ首相は、新憲法の中の、人口比による多数決制は公正ではない、と反対しているが、1939年9月、ナチ独によるポーランドへの侵攻がなければ、ポーランドの人口ははるかに大きかった、と述べたのである。現在のEUの議長国はドイツ。つらい発言となった。 テレグラフの記事によると、憲法案が提唱する、人口比による多数決制を基にした議決方法は「ポーランドを傷つける。ポーランドは未だ戦時の損失からまだ回復していない。」、「私たちが望んでいるのは、私たちから取り去られた分を要求しているに過ぎない」、もし1939年から1945年の年月がなかったら、「ポーランドは人口6600万の国になっていた」。 デンマークのラスムセン首相は「第2次世界大戦を持ち出して、現在の議決案を論じるのはばかげている」としている。 欧州議会のトップで、ドイツ保守系政党のハンス・ゲルト・ポエッテリング氏は、ポーランドの発言は「非常につらい」。氏は、生まれる前、戦時中に父親を失い、父親の顔を知らずに育った。 ポーランドは第2次世界大戦で500万人を失った。これは当時の人口全体の18・5%にあたるという。 テレグラフは、「EU指導者たちは『戦争についての言及はしない』態度でやってきた」、「特に、ナチ独のために多くの人が殺害され、欧州大陸を破壊したが、現在のドイツをこうした破壊の加害国として特定しない」のがルールだった。「国家間の競争心を過去のもの」とし、成功する「貿易圏を作るために力をあわせる」ことを目的としてやってきた、と書いている。 日本でも従軍慰安婦問題の議論が絶えないが、欧州・EUもそれなりに苦しみがある。 2007年 06月 21日
在英シンクタンク「フェデラル・トラスト」のブレンダン・ドネリー代表に聞くインタビューの後編は、ブラウン新首相誕生後の英国政治の情勢に移る。英国では2009年に次期総選挙の実施が確実視されている。労働党政権が4期続けて勝つのか、野党保守党が政権を奪回するのか、様々な予想が飛び交うが、ドネリー氏は「過半数まで行かなくても、労働党が4期目を続行」と見る。一方で、英国がユーロに加盟する可能性については、「労働党政権下ではないか」と予測した。 ベリタ2007年06月02日掲載 「次の総選挙も労働党が勝つ可能性がある」 英シンクタンク代表ブレンダン・ドネリー氏に聞く(下) ―英国政治の将来をどう見るか。昨年末、39歳で野党保守党の党首となったデビッド・キャメロン氏の人気がかなり高くなっているが。 「キャメロン党首が、2009年に確実視されている次の総選挙で勝って首相になる可能性はある。1年前に聞かれたら絶対に無理と言っただろうが、今は1つの可能性となった。『そうなる』、と断言はできないが」 「一方のブラウン氏だが、ブレア首相が5月初旬に退任を発表したが実際の退任は6月末。これがブラウン氏にダメージを与えている。つまり、ブレア首相がブラウン氏は首相にふさわしくないと思い、なるべく交代を遅らせたいと考えていると国民は思ってしまう」 「もうずい分長い間、ブラウン氏は次の首相と言われてきた。財務相として政府のナンバー2だった。国民はブラウン氏が首相になったらどうだろう、とずっと想像してきた。非常に有能な政治家である誰しもが認めるが、首相にはふさわしくないのではないか、という声がこの1年ほどずっとメディアに出てきた。就任後、急に人気が出るのかどうかは分からない。可能性がないとは言わないが」 「5月上旬の地方選でも、労働党は振るわなかった。ブラウン氏が首相就任に国民はあまり良い感情を抱いていない。ブレア首相は愉快な明るい雰囲気があったが、ブラウン氏には気難しい印象がある。ブラウン氏はスコットランド人で、イングランドに住む人からすると、この点だけでもあまり魅力がない。ブラウン氏を良く知る人によれば、仲間内では冗談をよく言うし、楽しい人物だという。しかし、国民の間にはそういうイメージはない」 「保守党はキャメロン氏の下で右派から中道へと軌道修正してきた。その戦略は正しいと思うが、どこまで支持を伸ばせるか。キャメロン党首が言うように、保守党と言うと古臭いイメージがあった。内紛にうつつを抜かし、欧州問題に取り付かれ、移民や難民、ゲイを嫌っている、と。保守党の掲げる将来はあまり魅力的ではなかった。ブレア氏の成功は、労働党が英国の社会、文化、経済の面で大きな変化を遂げるのに役立ったというイメージを植えつけた点だ」 「労働党を見ると、その政策に同意する人も同意しない人も、自分と同じ世界に生きる政党だと感じることができる。ところが保守党は80年代の政党のイメージで、第2次世界大戦や道徳観の荒廃を嘆いてばかりいる、と。怒りや陰気な印象があった。魅力がない政党だった」 「若いキャメロン党首は確かにこういう印象を変えた。しかし、総選挙に勝てるかというとどうだろうか。次期選挙では過半数とはいかなくてもまた労働党が勝ち、第2野党の自由民主党と連立政権となる、ということになるのではないか」 ―ブレア氏は保守党政権のサッチャー元首相の後継者と言われた。キャメロン党首もそうだ。もう英国の政治には左と右の区別がなくなっているのだろうか? 「両党の政策が似通っていくのは英国の政治の流れだ。1945年から1965年にかけて、英国の政治は中間に収束していくとういのがメディアや学者の基本概念だった。初めての事態ではない。20世紀の初め、自由党と保守党が大きな政党だった。どちらも左、あるいは右と考えたわけではない。英国の政治議論に左右が入ってきたのは最近のことだ」 「ブレア政権がサッチャー氏の政策の大部分を維持したのは事実だ。そこでブレア首相には実体がないと批判する人もいる。しかし、ブレア政権の実体とはサッチャー政策の維持だったのだ。党内では反対の声があったにもかかわらず、だ」 「キャメロン党首はブレア首相のマナー、スタイル、言葉遣いを真似している。キャメロン党首がこれまでやったことで唯一実質的だったのは、保守党の長年の主張である税金削減政策を取り入れなかったことだ。保守党は今、税金を削減するかどうかの点で、非常に注意深い動きをしている。これはブレア首相も同様だ」 「サッチャー元首相の政策は既に英国社会にしっかり根付いており、成り立ちの一部になっているので、もはや語る必要もないくらいだ。ブレア主義とはある意味ではサッチャー主義だったのだ。しかし、サッチャー主義の中でも論議を呼ぶ政策がある。こうした要素をキャメロン党首は採用したくないと思っている」 「保守党は欧州に取り付かれていたために損害を受けた、と言った。常に欧州のことばかり話していた、と。同時に、税金削減ばかり話すことでも損害を受けたと思う。誰しもが公的サービスの恩恵を受けている。自分やあるいは親類の誰かが病気になったり、教育を受ける必要があったり、年金をもらう人、あるいはもらわない人がいるものだ」 「そこで、保守党が『経済政策とは非常に裕福な人の税金を削減することだ』と言えば、普通の人の生活水準を下げることになる。サッチャー政策の大部分は国民に受け入れられたが、議論を呼ぶ政策もあった。こうした部分とキャメロン党首は距離を置きたいのだ」 「もしキャメロン党首が選挙に勝てば、戦略が正しかったと判断される。もし負けた場合は戦略がよくなかった、もっと右の方向に行こうとなるかもしれない。これは致命的な間違いになるだろう」 ―なぜ次の総選挙で労働党が勝つと思うのか?どの世論調査を見ても、キャメロン党首が、次期首相候補として大きい支持率を得ている。 「労働党が次の選挙で勝つかもしれないと思うのは、キャメロン氏には2つの問題があると思うからだ。まず、保守党内でいまだ少数派だ。党内の大部分はキャメロン党首を批判的に見ている。かつては、労働党もブレア首相などの改革者たちを疑いの目で見ていたものだ」 「党首になった1994年から実際に選挙に勝った1997年の間に、ブレア氏は大きな支持を国民から得るようになって、「もし黙っていたら、私についてきたら、選挙に勝てる」と党内で言うことができた」 「キャメロン党首はまだそこまで行ってない。ブラウン財務相よりは支持率が高いかもしれないが、非常に高い、というところまでは行っていない。サッチャー元首相が選挙に勝っていた1980年代でも、議会の会期の半ばには常に保守党は人気を落としていた。選挙になると盛り返し、1983年、87年、92年と勝った。ブラウン新首相では勝てないと判断するには早すぎる」 ―年齢はネックにならないだろうか。ブラウン財務相は50台半ばだが、キャメロン党首は40歳そこそこだ。 「あまり大きな問題ではないと思う。しかし、財務相として、ブラウン氏は10年間政権に入っていた。古いイメージが出るとしたら問題になる。つまり、キャメロン党首については、いざ選挙のときになって、国民は『キャメロン党首はかなり好ましいが、果たして首相をやれるだろうか』と思うのではないか、ということだ。ブラウン財務相は好経済を維持した業績がある。これが強みだ」 ―次期党首候補として、ブラウン財務相の対抗馬として、41歳のデビッド・ミリバンド環境相が一時候補にあがりそうになったが。 「まだ若い。候補にあがったのは、ブレア陣営がブラウン財務相を首相に推したくなかったからだと思う。ライバル同士のいさかいが根にあった。ブレア首相は党首になる前に、野党の広報官として何年も過ごし、経験を積んできた。ミリバンド環境相はまだ経験が十分ではない」 ―最後に、英国はユーロに参加するだろうか。 「すぐには参加しないと思う。しかし、中期的には英国が参加するとしたら、保守党政権の時代かもしれない。今後15年くらいの間だ。その時の党首はまだ国会議員にはなっていないぐらい若いはずだ。保守党はもともと親欧州だった。それが反欧州に変わったのは、比較的最近からだ。過去10年間、反欧州感情が以前と変わらないほどに強いので、労働党政権には欧州はまかせられないという思いを私は抱いている」 (ドネリー氏のインタビュー終わり) 2007年 06月 20日
21日からEU首脳会議が始まる。EU憲法が焦点の1つだ。2005年、フランスとオランダが新EU憲法の批准を否決。これ以降、止まったままになっている。英国では反EU感情が高いので、ブレア首相は英国で国民投票を行なわず、議会で承認する形で済まそうとしている。それには憲法内容を思い切って簡素化して、国民投票をしなくても良いようにしたいようだ。 識者らによると、欧州問題は、何と、ブレア首相にとっては最も悔いが残るトピックの一つだったと言う。(中東問題もそういわれているようだが。) 先月、欧州問題を専門的に扱うシンクタンクの代表にインタビューし、ブレア氏の欧州政策の評価を始め、周辺事項に関する見方を聞いた。上下に分けて出してみたい。 ベリタ2007年05月31日掲載 「国民の強い反欧州感情を崩せなかったブレア政権」 英シンクタンク代表ブレンダン・ドネリー氏に聞く(上) 10年に及んだブレア政権の6月末の終えんまで1ヶ月を切った。ブレア首相自身が十分な業績を残せなかったと悔やむ政策分野の1つが対欧州関係と言われる。在英シンクタンク「フェデラル・トラスト」のブレンダン・ドネリー代表に、ブレア政権の欧州政策の評価、次期首相となるブラウン財務相の課題、英国のユーロ導入の可能性などを聞いた。ドネリー氏は元保守党の欧州議会委員で、欧州政治の動向にも詳しい。ドネリー氏は英国民の反欧州感情の高さを挙げて、ブレア首相の欧州政策は「失敗」と結論づけた。 ―ブレア政権をどう評価するか 「ブレア氏の内政運営は多くの点で優れたものだったと評価するが、1つだけ大きな難点がある。それは国民と政治家との間の信頼を醸成できなかった点だ。イラク戦争がその具体例だ。全体で見ても政策面ではかなり成功したにも関わらず、成功の度合いを強調したために国民の中に政権や政治家に対する不信感を作ってしまった」 ―外交面はどうか 「2つの大きな間違いをおかした。1つはイラクで、もう1つは欧州だ。ブレア氏自身が欧州政策では思っていたほどには成功しなかったことを認めている。特に、国民の欧州観の面だ。国民の欧州連合(EU)に対する見方には敵意があり、無関心あるいは疑い深い。これは10年前と同じだ。前任者よりも親欧州でありたいと願ったブレア首相、保守党よりも親欧州だった労働党が、英国民の見方を変えることに失敗したことを意味する。ブレア首相のせいだったと言わざるを得ないだろう」 「もし新EU憲法の国民投票が行なわれていたら、国民は否決していただろう。国民感情を親欧州の方向に変えることもできたのに、ある意味ではいわゆる『サードウエイ』(第3の道)のために、そうすることができなかった」 ―なぜ失敗したのか? 「ブレア首相が欧州に対して十分に肯定的であったことが一度もなかったことが原因だ。反欧州と過度に親欧州との間の中間、つまりサードウエイであろうとした。ブレア氏のサードウエイとは、反欧州に反対の立場だ。親欧州ではなく、反欧州に反対の立場。ブレア首相は、保守党が1990年代の半ばから終わりにかけて、欧州に過度に取り付かれてしまったために、大きなダメージを受けたことに気づいた」 「英国人の欧州に対する態度には逆説的な部分がある。欧州には積極的ではないのに、保守党が1990年代後半から2000年代前半にかけて見せたような、欧州に過度に取り付かれた、否定的な発言には懸念を覚えるのだ」 「ブレア首相は非常に深い知性と繊細さを兼ね合わせた政治家なので、この点を理解した。しかし、過度に親欧州だと非難されたくないとも思った。そこで中間地点にいようとした」 ―対ユーロ戦略はどうか。財務省が課した「5つの経済テスト」にユーロは合格できず、「英国の国益」を理由として、結局、導入は見送りになったが。 「ブレア氏の中間的態度が非常に良く表れたのがユーロだった。ブレア氏はかねてから、ユーロに対しては3つの姿勢があると言ってきた。1つは保守党のように『絶対に参加しない』という態度。第2野党の自由民主党などのように、『今すぐ参加するべき』という態度。そして、自分の態度、つまり、唯一合理的に考える政治家の立場は、『英国にとって国益がある時に参加する』、というものだった。これは非常に柔軟な態度で、ある時には今にもユーロを導入するように見え、またある時には導入しないようにも見える」 「しかし、英国がブレア政権下でユーロに参加する間際まで来たことはない。ブレア首相が導入しようと思っても、ブラウン財務相が反対した。首相の中間的態度では、財務相を説き伏せるには十分ではなかった。ブラウン氏は財務相としてお金を管理してきたし、全てのカードが財務相の側にあったのだ」 「かつてブレア氏の経済顧問だったデレク・スコット氏が自著で明らかにしたところによると、スコット氏はブレア首相とユーロに関して一度も話をしたことがなかったそうだ。スコット氏自身はユーロ導入には反対だ。反対の人物を自分の経済顧問にするのもおかしいが、スコット氏が、ただの一度もユーロ導入を巡ってブレア首相と議論をしたことがなかったというのはあきらかに非常に奇妙だ」 ―次期首相のブラウン財務相の欧州に関する見方はどうか。 「非常に成功した財務相だが過去10年間、常にEUの経済体制に不満を言い続けてきた。経済の効率が悪い、経済モデルが悪い、共通農業制度が悪い、予算が悪い、と」 「国内ではEUというと経済が重要な点となってきた。そこで、経済担当のブラウン財務相がEUの経済基盤がいかに悪いかをこの10年間、ずっと言い続けてきた。これでは国民のEUに対する信頼感が悪化するのも無理はない。ブレア首相は時々、親欧州的発言を試みるのだが、常にブラウン財務相がこれに反撃する発言を繰り返してきた。ブレア首相は政治的にも知識的にもブラウン財務相の発言を修正する能力を持っていると思うが、これをしなかった」 「国民の多くは英国のイラクへの関わりが間違いだったと思っている。しかし、イラク戦争に反対したフランスやドイツに見習おう、フランスやドイツの言うことにもっとこれからは耳を傾けよう、という話を国内で全く聞かないのだ。この点でも失望している。今度はフランスやドイツともっと協力し、米国とは距離を置こう、とは誰も言わないのだ」 ―ブレア首相とブラウン財務相を比較すると、財務相は政治家として中身がある、実質がある印象を受ける。首相は見た目のパフォーマンスだけのようにも見えるが、どう評価するか。 「ニューレイバーが独特の文脈の中で出てきたことを思い出して欲しい。多くの点で異なる意見を持つ2人が、二人三脚でニューレイバーとして政策を実行してきた。その知的な土台はブラウン財務相から来たのだろうと想像する。しかし、それをどう見せるか、という政治面はブレア首相の担当だ。 ニューレイバーを国民全員に受け入れてもらうためには、ブラウン財務相よりもブレア首相の方がうまくできる。だから首相になったのだと思う」 ―政治家としての存在感、重みを考えると、例えばサッチャー前首相と比較してもブレア首相は軽い感じを受けるが。 「しかし、ブレア首相とブラウン財務省が共同で3回の総選挙を勝った事実を軽視してはいけない。米国に近づきすぎた点などで問題も作り出したが、2人は共に行動をすることで、新たな政治の時代を英国に作り出した。サッチャー氏とブレア首相はそれぞれ異なる特質を持つが、偉大な政治家であることは確かだ。大企業でも、2番目の位置にいる人が実際は実権を握っていても、会社を代表するのは別人ということがよくある。それと同じだ」 ―フランスではサルコジ大統領が就任した。英仏関係に違いは出てくるだろうか? 「違いはないと思う。ただし短期的には、英国は(ブレア氏と犬猿の仲になった)シラク前大統領よりもサルコジ大統領との方がやりやすくなるのではないか」 「シラク氏と比べて、サルコジ大統領の方が、英国に近い政治を行うのではないかと言う人がいる。若干の真実があるかもしれないが、全くの真実というわけでもないだろう。労働市場へのアプローチでは似通ったところがあるかもしれない。しかし、サルコジ大統領がどこまで何を実行するのかにもよる」 「貿易面では、英国よりももっと規制や保護を志向すると思う。中国やインドの産業の脅威から、フランス産業あるいは欧州産業を保護する動きを支持するだろう。英国でも国内産業を擁護するべきと言う声が挙がっている。サルコジ大統領がEUの共通農業政策(CPA)の現状変更に合意するのではないかとも言われているが、私の見るところでは、簡単にCPAを放棄したりはしないと思う」 ―それでは、巷で言われているようにサルコジ大統領は「アングロ・サクソン型指導者」でもないと考えるのか? 「そうではないだろう。欧州諸国で新しい指導者が現れると、英政府はすぐ、『この人とは会話ができそうだ』と言う。その半年後にはいかに悪い奴で、頼りにならない人物か、と言い出すのだ。英国は世界を2つの見方で分ける考え方をする。白か黒か。ある人物は全て良いのか、全て悪いのか。サルコジ大統領は今のところ、全て良い人物として語られている」 ―しかし、フランスと英国は欧州問題で衝突するのではないか。EUの拡大をフランスは望んでいないが、英国は拡大支持だ。 「サルコジ大統領が英国と絶対に同意しないのはトルコの加盟問題だ。彼は就任前からも『トルコは欧州ではない』として、加盟反対姿勢を明らかにしてきた。しかし、4月末、フィナンシャルタイムズ紙にサルコジ大統領のアドバイザーのインタビューが掲載された。それによると、サルコジ大統領はトルコ加盟には反対だが、それをどのように表現するかを考えていると。交渉が今すぐ停止されるべきとは言わないようだ」 「ドイツのメルケル首相も政権を発足させたときはトルコに関してかなり否定的だった。しかし、今でも加盟交渉は続いている。それでも、フランスと英国が衝突するような大きな問題はないと思う」 ―ブラウン新首相はサルコジ大統領と緊密に働けるだろうか? 「ブラウン財務相は誰とも緊密に働けない性格の人物だ。しかし、彼が就任後すぐに取り掛からねばならないのが憲法問題で、EUのトップと交渉を開始する必要が出てくる。サルコジ大統領は現行のEU憲法草案の内容を簡素化した“ミニ憲法”を提唱している。ブレア首相も5月中旬、サルコジ大統領とのパリでの初会談で、これを支持すると述べている。 「ブレア首相はミニ憲法にして、国民投票は避けたいと思っているのだ。もしあまり修正事項が多くなければ国民投票は要らない、と。サルコジ大統領も同様だ。合意が出来てくる可能性がある。今年中にもまとまる可能性がある」 「論争になっているのは、全く新しい憲法草案を作るか、それとも修正憲法として出すかということだ。既存の条約の修正という形で出したほうが簡単だ。全く新しいものとなれば、国民投票が必要となってくるだろう。ほとんどのEU加盟国は、まだどうするか決めていない。しかしフランスの役割は大きい。フランスが新しい憲法を、と言えば多くの国が同意する可能性が高い。もし英国の説得で既存条約の修正だけでいくとすれば、ドイツもこれに続くかもしれない」 「6月のEU首脳会議で大体のタイムテーブルを決め、12月までに草案を作る流れになる可能性がある。サルコジ氏の大統領就任で憲法の問題が再燃してきた。」 (つづく) あとがき:「全体で見ても政策面ではかなり成功したにも関わらず、成功の度合いを強調したために国民の中に政権や政治家に対する不信感を作ってしまった」というのが、いかにもメディア・スピンのブレア政権である。ブレア氏が反・反欧州とするのもなかなか言いえて妙だ。前に、「ブレア氏は全ての人に気に入られようとする。このため、思い切ったことができない。嫌われたらどうするか、と考えるからだ」とも、ドネリー氏は言っていた。 2007年 06月 20日
19日、外国プレス協会で、24時間ニュースに関するディスカッションがあった。パネリストとして参加したのは、BBCワールドのニュースのトップ、リチャード・サンブロック氏と、昨年末始まった、フランス24(シラク元大統領が音頭をとって)のキャスター、マーク・オーエン氏。それに外国報道陣の面々。 24時間ニュース(特に英語)は80年代のCNNから始まって、BBCも、それから10年前からはアルジャジーラ(アラビア語)も参加。アラブ世界でもどんどん増えたのに加え、近年はアルジャジーラ英語、ロシア・ツデー、ラテンアメリカのTV,などなどどんどん増えてきた。 詳しくはまた後で書こうと思っているのだが、サンブロック氏は、ブレア政権とBBCのメディア戦争があった2003年(イラク戦争を巡る政府の情報操作疑惑)、BBCのニュースのトップだった人。この時問題となったのはBBCラジオのツデーという番組のある報道だったが、その報道の信憑性に関して、官邸とやりとりをしていたのが、BBC側ではこの人と当時の社長だったグレッグ・ダイク氏。官邸からの文句の手紙はサンブロック氏あてだった。ファックスで質問を送りつけてきたという。 サンブロック氏は、ニュース部門からこの事件の前後、BBCワールド(広告収入で成り立つ)に移った。左遷された、とも言われた。 それはそれなのだが、19日の話を聞いていて、変だなあ、この人は大企業のサラリーマンというか、そういう部分があるタイプなのかなあとも思った。 つまり、「24時間ニュースのテレビ局が世界中で急激に増えている。爆発しているような状態。しかし、このビジネスはお金を稼げない。だから、政府から資金をもらうとか、例えばアルジャジーラのように国王がお金をどんどん出すとかしないとやっていけない」 「アルジャジーラ英語とフランス24ができて、どうなるか?と思ったが、あまり目新しくはなかった。気になるのは、ロシア・ツデーにしろ、これも政府がお金を出しているし、フランス24も税金でやっている。それぞれの特徴を出すのはいいが、狭い世界視野しか出せないでは、困るのではないか。懸念している」 「最後はブランド力がものを言う」 ・・・などという。いかにBBCがすごいかを強調し・・・。 ずいぶんペシミスティックあるいは、「でかいことはいいこと、BBCやCNNが基本、他のところはバランスがとれていない」と繰り返すような発言をするので、「あなたは24時間テレビ局の将来に悲観的なのか」及び「英国のBBCだけがバランスが取れている、というのはどういうわけか。テレビを見るとそうでもない。BBCだって、あくまで『英国の見方』でやっているに過ぎないのではないか」といってみた。 答えは、「悲観的ではない」。また、「英国の政府の見方ではない。中立の、バランスのとれた、客観的な見方だ」と強調。同時にまた、「新規のテレビ局では視野が狭く、客観性にかける」と繰り返す。 他の記者もBBCの国際報道がいかに「一定の見方」のもとに作られているかを主張したが、サンブロック氏は懸命にBBCを弁護。 どんな場合も真に「客観的」というのはなく、がんばって客観的になろうとしている、というのが真実ではないのだろうかなあと思うと、困ったなあと思ってきた。イランの記者も、クエートの記者も、私も、「真に客観的とはいえない」と具体例を挙げても、サンブロック氏は認めなかった。 私はBBCのジャーナリズムが(言っているほどには)客観的でないことを批判しているのではなく(これはこれで批判に値するけれども)、BBCのジャーナリズム=世界の基本、という考え方そのものがまずいのではないか、という問題提起をしたつもりだったのだけれども、最後までかみあわないままで終わった。 私が何度か国際テレビ会議に出て話を聞いた経験からすると、24時間ニュースを様々な国の様々なテレビ局が始めた、というのは、つまるところ、「CNNやBBCなどアングロサクソン的なニュースの見方」への抗議申し立て、という部分があると思う。「他人に自分のことを定義されるのはまっぴらだ」と。ロシア・ツデーの編集長がそう言っていたし、中南米のテレビ局もそうだった。自分の声で語りたい、と。世界は複数の声で代弁されるべきだ、という考えだ。 発言力、支配力の面では確かにどでかいBBCかもしれないが、あくまで「アングロサクソン的、英国的、BBC的」なニュースの選択であり、分析である、という部分があることーこの点を踏まえてないと、勘違いになるのではないか、と思ったのだ。少なくともサンブロック氏はこれに合意しなかった。「何故自分たちの報道が、他のテレビ局よりも、合法性があると思うのか?」とも改めて聞いたが、「80年の歴史、多くの人々の支持」を挙げられてしまった。 さてどこがアングロサクソン的、英国的、BBC的なのか?例えば、国際ニュースといえばトップの基本は中東であること、欧州の他国のニュースがEU関連でないとまったく報道されないことなどがほんの一例だ。石油資源を確保したい、中東で勢力を伸ばしたい、などの意図が英国になかったら、過去の歴史的なつながりがなかったら、中東が(国際ニュースの)トップの基本になるわけがない。BBCのラジオのある番組で、コンゴでは一日1200人が死んでいる、と言っていた。もし人の死ぬ数でニュースの重要性が決まるなら、コンゴはもっと報道されるべきなのかもしれない。 フランス24のオーエン氏は、各国の文化的差異にもっと気づいているようだった。フランス24はまったく同じ番組を英語、フランス語、アラビア語などで放映。「議論をする番組が多い」という。それに加え、同じニュース・トピックを同じフォーマットで、同時にしかし別スタジオで議論すると、英語の場合の議論とフランス語の場合の議論とでは、雰囲気がまったく違うという。言葉、文化、歴史、何を重要と国民が、あるいは政府が思うのかによって、何が重要なニュースになるかが変わってくる。 サンブロック氏はネットよりもテレビ派。オーエン氏は、ネットに将来を見るという。フランス24は全放送がストリーミングでネットでも見れるのだ。テレビがなくてもいいのだった。何となく、テレビ界の旧と新を見たような気がした夜だった・・。 2007年 06月 19日
ブレア政権を経済面から見れば、好景気の維持という面で大成功と一先ずは言えるのだろう。最新の失業率は何と2・8%である。日本のかつてのバブル経済時の数字ではないか? ロンドンの外国プレス協会に5月やってきたのはブレア氏の元経済顧問だったデレク・スコット氏。彼の評価は経済面のみに限らず、政治のスタイルや欧州政策にも及んだ。 私がびっくりしたことなどをあとがきで書いた。 政治的業績に影を落とすイラク戦争 ブレア首相退陣表明で元顧問に聞く (ベリタ2007年05月11日掲載) ブレア英首相が5月10日、英中部セッジフィールドにある自分の選挙区で会見し、6月27日に辞任すると語った。10年続いた与党・労働党党首でもあるブレア政権がいよいよ幕を閉じることになった。ブッシュ米大統領のイラク戦争への全面支持で、結果的に政権の寿命を縮める形になったブレア氏だが、1997年の政権発足時から2003年までブレア首相の経済問題アドバイザーだったデレク・スコット氏に、ブレア政治の評価と後継首相と目されるブラウン財務相の政治手腕を聞いた。スコット氏は、ブレア氏とブラウン氏の長年の確執を詳細に記した「オフ・ホワイトホール」の著者としても知られる。 ――ブレア政権の評価を聞きたい。 「10年経つと、どの政府でも悪い点と良い点が混じるようになる。しかし、いったん首相が退任してからは、また違うように人々は見るようになる。ブレア氏は優秀な首相だっと思う。サッチャー元首相に次ぐ大物政治家と言えるだろう」 「政治的に大きな業績の1つは北アイルランドの和平達成だが、個人的な意見だろうけれども、かつての「テロリスト」が政権の一端を担う状況に違和感も感じている」 「短期的にブレア氏の業績にマイナスとなるのはイラク戦争。しかし、長期的には別の評価が出てくるのではないか。犠牲者はたくさん出たが、フセイン元大統領の独裁を崩壊させたという意味では良かった、と」 ―しかし、イラクには大量破壊兵器がなかったのに、ブレア氏は「ある」と主張し、国民の不信感はこれで一挙に高まったが。 「ブレア氏は国民を騙そうとしていたわけではないと思う。ブレア氏だけでなく多くの国の首相がフセイン大統領が大量破壊兵器を持っていたと理解していた」 ――国内政策での評価は。 「業績としてはまず経済の好調が挙げられる。公共部門の改革は思ったほどには進まなかったが、それでも保健医療面で特に改善が見られたと思う」 「経済好調の原因は、サッチャー時代の1980年代の国営企業の民営化、欧州為替相場メカニズムの脱退、英中央銀行を政府とは独立させたこと、国際的投資状況などのおかげだ。中央銀行の独立を除き、ブレア政権が特に何かをしたからではない」 「元々、好景気はブレア政権が土台を作ったものではないことを思い出してほしい。1992年ごろから景気は非常に良くなっていた。労働党が政権を取る5年前だ。10年経って、裕福な人はもっと裕福になった。貧困層が以前よりも貧困になったとは思わないが、最も打撃を受けたのは、貧困とまではいかないが、収入の低い家庭だ」 「公共政策が拡大したり、税金が上がったことで、より厳しい状況に置かれるようになった。英国だけではなく、どこの国でもいったん公共予算を拡大させたら、縮小したり、いったん止めるのは非常に難しくなる。新政権の大きな課題になるのが、この問題だ」 ―現在の労働党と保守党の経済政策は大きく違うと思うか。 「違わない。大きな変化は1970年-1980年のサッチャー時代に起きた。労働党・ブレア政権は最低賃金制度の導入など若干変えたが、基本的には変わっていない」 ―英国は、ユーロに将来的に参加するだろうか。 「参加するとは思わない。財務省がユーロ導入の影響に関して、『経済テスト』を課し、まだこのテストに合格しないから英国はユーロには参加しない、という結論を出している。現在ユーロ圏に入っている国の中でも、ユーロを使わない決定をする国が出てくる可能性もある」 ―ブレア氏が当初主張していたのが、市場を重視しつつも国家の補完による公正の確保という「第3の道」だった。従来の保守党対労働党の二元論とは異なるもう一つの新しい路線を目指そうとしていた。これを現在どう評価するか。 「フランスの政治家と話していると、よく、米国、英国は『アングロサクソン式資本主義』だという言い方が出てくる。市場経済至上主義という意味で使われている。しかし、真の意味の市場経済至上主義というのはどの国でもないと思う。英国にもない。ブレア政権下では最低賃金制度も導入したし、富の再配分政策も実行してきた。市場だけに任せるのではなく、何らかの救済制度を加えているのが現状だ」 「『第3の道』は政治戦略として、あるいは知的な議論の土台として使うのはかまわないと思うが、経済哲学あるいは政治哲学としては実際には存在しないと思う。労働党がこの概念を使ったのは、自分たちの場所を示すためだけだ。自分たちが極右でも極左でもない、中道だと言いたかったからだ。 「ブレア氏がこう言ったことがある。『労働党がこれまでやってきたことで、第3の道という概念で説明できないことはない』と。すべてが説明できる、と。今、労働党では(「第3の道」を提唱した)英社会学者アンソニー・ギデンズ教授の書いたものを使わないようになっている」 ―労働党は特にメディア戦略を重視したと言われているが。 「労働党は18年間の野党時代にメディア戦略がうまくいかなかった。野党時代には政策を発表をしても誰も取り上げてくれず、これが弱みだった。メディアの注意をいかに引くか、いかに取り上げてもらえるかが、いかに支配するかが重要だった」 「その中心になったのが、官邸のメディア戦略を一手に引き受けていた(官邸メディア戦略局長)アリステア・キャンベル氏だった。24時間、メディアを支配しなければならない、とよく言っていた。しかし、そんなことは非現実的だ。時間の無駄だと私は思っていた」 「英政界の中では、メディアの支配が重要というパターンがもうできあがってしまった。現在野党の保守党党首キャメロン氏も、かつてのブレア、ブラウンのメディア戦略を表面的に真似している」 「次の政権では、最終的に評価されるのはメディアがどう報道するかではなく政策であることを忘れないようにしてほしい。ブラウン氏には自分らしさを維持して欲しい。メディアとは一定の距離を置いてほしい」 「この10年でメディア環境も大きく変わった。メディアの数が非常に増え、24時間報道体制になった。政治家が自由に発言することが難しくなった。何か問題とされる発言をすれば、何度も繰り返して報道される。ブレア政権のメディア戦略はある意味ではすばらしい成功だった。しかし、今人々がブレアに対して信頼感が失われたなどと言っていることを考えると、失敗したのだと思う」 ―失敗とはどういう意味か。 「労働党のメディア戦略はこれまでにないほど長けていたという評価がある一方で、10年経って、労働党に対する幻滅感、失望感があるようなら、メディアをうまく処理できていなかったことになる」 「新政権になってもメディアをコントロールしようという戦略はあまり変わらないだろう」 ―仕事仲間としてのブレア氏は、どんな感じだったか? 「ブレア氏は非常に気さくな、リラックスした人物なので、仕事はやりやすかった。野党時代から一緒に働いてたせいもあり、特に肩のこらない風に仕事ができた。問題は、あまりにも形式ばらないので、どうかという面もあった。例えば、政府の会合であれば、机に向かって、用意された書面を基にして議論をする、という形のほうが良かったと思う。何も書類がなく、集まってソファーに座りながら物事を決める、ということがちょくちょくあった。会議の後で一体何が決まったのか分からない、ということもあった。ブレア氏は直感を大事にし、形式ばらないやり方を好むタイプだったので仕方ないのだろう」 ―ブラウン氏はどのような人物か。 「自分が信頼する小さなグループの中では、リラックスしていて、あたたかく、冗談をよく言うそうだ。何でも言える雰囲気があるという。しかし、このグループの外になると、状況は違う。自分とは異なる意見を言う人がいれば、ブラウン氏はこれをあまり気持ちよく受け止めない。どの政治家にも、縄張り意識があると思う。自分の仲間内、派閥内で固まる。ブラウン氏はこれが特に強い。自分のグループ以外の人は敵とみなす」 「政治家としては非常に能力がありすばらしい人物。組織力もあり、自分への忠誠心を大事にする」 ―ブラウン首相では経済政策が変わるだろうか。 「直ぐには変わらないと思う。元々ブレア政権はブレア氏とブラウン氏との二人三脚だったので、そういう意味からはあまり変わらないと思う」 ―ブレア氏は官邸を中心に物事を進め、内閣での議論を軽視したといわれる。いわゆる大統領的な政権運営だったと言われるが、ブラウン政権はどうなるか。 「大統領的、中央集権的傾向は続くのではないだろうか。ただ、ブラウン氏は1つか2つの問題に集中し、片付けていくタイプ。首相となったら、いっぺんにたくさんのことをやらなければならないので、仕事のやり方を変える必要があるだろう」 ―労働党内のブレア派陣営が、ブラウン財務相が首相になるのを妨害するために、対立候補にしようとしたのが、デビッド・ミリバンド環境相(41歳)だった。本人は辞退したけれども、ミリバンド氏の将来をどう見るか。 「まだすごく若い。将来の首相候補になるかどうか。既に他にも何人か若い候補者がいるが。過去に候補者と言われたがそうはならなかった人も多い。ミリバンド氏は聡明だがまだ若い」 ―2010年には総選挙が予定されており、ブラウン氏が総選挙に勝てないという世論調査が多い。後2、3年でブラウン氏の後継者を探すことになるのではないか。 「それはまだ分からない。まずブラウン首相、そしてとにかく次の選挙に勝とう、というのが労働党内の現在の状況だと思う」 (あとがき:私が一番驚いたのは、スコット氏の第3の道に関する発言だった。政治に詳しい人は既に気づいていたこととは思うのだが、「第3の道は経済哲学、政治哲学としては存在しない」という発言や、ニューレイバー=ブレア氏が、「中道」と言いたくて使っただけで、有名なギデンス教授の著作を今は使わないようにしている・・・という部分だった。後で紹介するシンクタンクの代表も、「これは共有された考え」で、「元ブレア氏の経済担当者が言った点が新しい」と言っていた。労働党のメディア戦略を「失敗」と見なしている点や、ブレア氏の「ソファー政府」にひどく居心地の悪い思いを抱いている点もおもしろいと思った。ユーロに関しては、スコット氏自身が英国のユーロ参加反対者なので、否定的な見解を抱いているようだ。もちろん現状では英国民の中でユーロ参加に反対する声が圧倒的な点もあるけれども。) 2007年 06月 18日
ブレアといえばスピン(情報操作、メディア操作)と言われてきたが、6月27日、ブラウン政権が発足してスピンがなくなるかというと、「そうではないだろう」という見方が今のところ、多い。サンデー・タイムズ6月17日付でのジョン・レントル氏のコラムでは、マイナスの結果をもたらしたスピン(ブレアのスピン)は悪い・失敗したスピンで、今度は当初の目的どおりの好結果を生み出す良いスピン(=スピンをうまく使う)となるだろう、と書いている。 ブレアの世論調査では、10年を振り返って思い出すものを聞かれ、国民はイラク戦争とメディア戦略をあげることが多い。他にたくさんの業績を残したのだが、最後はこの2つにどうしてもなってしまう。国民の間に、「裏切られた」という思いがあるからだろう。この「裏切られた」感は、もしかしたら、英国の外に住む人には分かりにくいかもしれないが。ベリタの筆者記事で振り返ってみる。 (あとがきつき) ブレア英首相の退任表明迫る 世論は「イラク戦争が遺産」 (ベリタ2007年05月02日掲載 ) ブレア英首相が権力のトップの座に就いてから、今月でちょうど10年となった。来週中に退任時期の表明が予定されているブレア氏の首相としての遺産は何かという問いに、英各紙の世論調査の中で常に上位を占めるのが混迷を極めるイラク戦争だ。同首相の評価を、各メディアから拾ってみた。 ―7割が「遺産はイラク戦争」 左派系インディペンデント紙が5月1日掲載した世論調査結果によると、「ブレア氏が退任後、後年遺産となるのは何か」との問いに、69%がイラク戦争を挙げた。続いて、ブッシュ米大統領との緊密な関係(9%)、北アイルランドの和平合意達成(6%)、側近が警察に取調べを受けた上院融資疑惑(3%)の順だった。最低賃金制度の導入(3%)、公的サービスの改善(2%)、地方分権(1%)など、ブレア氏自身が自分の業績としてここ数日言及した項目は下位にとどまった。 一方、全体としてみると、ブレア首相は良い首相だったと考える人は61%。国民の多くが反対を表明したイラク戦争開戦以降、支持率が下がる一方だったブレア氏だが、後年、イラク戦争の記憶が国民の中で薄れるにつれて好感度が上がる可能性もあることを示唆している。 ―信頼感薄れる 右派中道デイリー・テレグラフでも、4月30日掲載の世論調査に答えた国民は、後年ブレア氏は首相としては「偉大だった」、「非常に良い」、「中ぐらいだった」と評価されるとみる人はあわせて64%に上った。 一方、ブレア氏の人柄に関する評価はこの10年で大きく変化し、最も顕著なのは信頼性の低下だ。1997年時の調査では「思いやりがある」(100点満点の84)、「効率的」(同75)、「信頼できる」(同63)、「好感が持てる」(同74)人物として受け止められていた。現在ではそれぞれ20-46ポイントも下がった。 エセックス大学のアンソニー・キング教授は、テレグラフ紙上で、「就任時と退任間際の国民の評価にこれほど差異が出た英首相は近年珍しい」と指摘。10年前、20世紀で最年少の首相として、43歳で政権を担ったブレア氏は「政治の天才」と受け止められ、国民は大きな信頼と期待を寄せた。10年後の現在、国民はブレア氏が「無力で、信頼できず、実態を把握してない、ただの政治家だった」と受け止めているという。 米テレビCNNインターナショナルは、5月1日の放送で、スター並みの人気で官邸に入ったブレア氏だが、泥沼化したイラク戦争で信頼感を損ない、最後には上院資金疑惑をきっかけに、当初あったクリーンなイメージにも傷がついたと指摘した。 ―総選挙実施求める国民 後継者は長年のライバルと言われてきたブラウン財務相。ブレア氏が退任を来週表明した場合、6月中に党首選が行われ、間もなく新政権発足の見通しだ。 BBCのニュース解説番組「ニューズナイト」の5月1日放送分によると、ブレア氏が退任し次第、総選挙で仕切り直しをするべきだという人は73%に上り、労働党支持者だけに絞っても52%が総選挙を支持。労働党指導部は「総選挙は必要ない」という姿勢を崩していないが、国民は別の見方をしていることを示した。 あとがき:例え何があっても、好感度が一定度は高い首相・人物であることに変わりはないようだ。非常にpleasantというか、気さくで親しみやすい感じで話す人物だ。5月10日、退任する日を発表した後、「さよならツアー」と称して(?)世界を回ったが、「好きなようにさせてやれ」とする国民が大部分だったという世論調査も見た。私なら噴飯ものの行動だと思うが(税金を使ってやるな、と思う)、やはり、「国民は心の底ではブレア氏に好感度を抱く」のだろう。後年、もっと評価が高まる、というのはあたっているのかもしれない。 2007年 06月 18日
ブレア首相の退陣もあと数日を残すところなり、ブレア氏と親しいメディア王、ルパート・マードック氏が所有するタイムズ紙がまるでサン紙のようになっている。どうも「右」的な、脅かすような見出しが多いのだ。先日は「欧州がばらばらに」という短い見出しが1面に出た。サンデータイムズ紙も、BBC(ブレア氏と喧嘩した)が悪い、EUの新しい条約が怖いことになるなど、脅すような紙面づくりだ。本当にタブロイド紙に近くなっている。 また、今BAEシステムズの賄賂疑惑問題で集中砲火を浴びているゴールドスミス法務長官を「新首相は辞めさせるかもしれない」などと書いている。「その筋の話」として。辞めさせたい人(ブレア首相かもしれない、その手下)つまり政府の高官か官邸広報官がリークしているに違いない。あまりにもあからさま、あまりにも分かりやすぎる。 さて、ベリタ(www.nikkanberita.com)は有料ネット新聞だが、ブレア政権10年の終わりということで、退陣までの最近の筆者記事のブログ上での公開許可を得た。 そこで、少々前のものから公開していきたい。「今になって思うとあたっていた、ちょっと違ったなあ」などなど、6月27日の退陣日まで(+若干その後も)追ってゆきたい。(ベリタには他の著者のおもしろい記事もたくさんあるので、国際ニュースにご関心のある方はごらん頂きたい。)「あとがき」コメントもつけた。 「ブレア退陣表明は5月上旬」とFT記者 英2大政党制の変化も予想 (ベリタ2007年03月21日掲載 ) ブレア英首相の退陣時期予測とポスト・ブレアの政局分析が英国の各紙をにぎわしている。ブレア氏の自伝を書いた英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の政治記者フィリップ・スティーブンス氏は、労働党党首になった1994年以降のブレア氏の言動を回顧、またブレア退陣後は国内の2大政党が政権を交互に担当する新たな局面に入るとみている。後継の最有力者とされるブラウン蔵相の首相就任は100%確実とは言えず、ブレア氏が退陣を表明するのは当初予想の今夏より早めの5月上旬と予測した。 自伝を執筆した同氏はブレア氏に特に精通した政治記者の一人。ロンドンの外国プレス協会で20日、講演した。 首相の退任時期に関しては諸説ある。スティーブンス氏は、スコットランドとウエールズの地方選挙が実施される5月3日から「2,3日後」にブレア氏が辞任の意向を表明をすると予測。 「5月5日(金曜)か8日(月曜)のいずれかの可能性が高い」。(注:実際は5月10日でした。)そうなった場合、約1ヵ月後の「6月23日(土曜日)」に新党首を決める労働党大会が開かれ、翌週の25日(月曜)には新首相の下で組閣に入るという見通しを示した。 ―ブレア首相の功績 ブレア首相の功績としては、英国の政治の議論の基礎となる部分を変えたことを挙げた。これを「政治の天候を変えた」と表現し、もう1人の該当者としてサッチャー元首相を挙げた。 その意味は、労働党と保守党の2大政党の政権奪取パターンが変わったことを指す。「1997年にブレア政権が成立するまでは、労働党政権は常に短期の政権で、長期の保守党政権の間に時々労働党が政権を握るというパターンになっていた。これを変えたのがブレア氏」と評価。その上で、「今後は2大政党の1つが長期に政権を担当することは難しい新局面に入る」と予測した。 また、ブレア氏が生み出した新たな政治の動きとして、保守党に政策変更を迫った点も挙げた。中流階級を支持層として小さな政府を目指す保守党と、労働組合やブルーカラー層を支持基盤に置き福祉などを充実させる大きな政府を目指す労働党の間にあった伝統的な政策の大きな開きは狭まっている。 一方、ブレア氏は内閣で権力を首相に集中させ、閣僚の意見はあまり参考にせず、重要案件は官邸のソファーの上で決められるのでソファー内閣とも呼ばれたという。スティーブンス氏は「首相がこれをやろうと頭越しに号令をかけると、閣僚は白けた。ブレア氏は『悪いマネージャーだった』とも言える」と負の遺産を指摘した。 ―保守党の変容 保守党の動向について同氏は「過去10年間、変化を拒否し続けてきた。このため、2001年と05年の選挙で負けた。05年には労働党政権はイラク戦争に対する国民の嫌気感が高まり、米国とともに戦争遂行を担ったブレア首相は批判の的となった。それにもかかわらず、保守党は集票能力に欠けた」と評した。 しかし、最近保守党党首に40代前半のデビッド・キャメロン氏が就任。これを契機に、保守党は変化を受け入れるようになったと指摘。人気上昇中の同氏は、国民健康保険サービスの充実を政策の主眼の1つとしている。スティーブンス氏は「かつての保守党支持者がこれを聞けば驚いただろう。(政党は異なるが)キャメロン党首はブレア氏の後継者とも言える」と述べた。 (6月17日付テレグラフ紙は、キャメロン氏が、ブレアの後継者と自分を定義するのはやめた、と書いてありました。) ―対米関係とイラク戦争 同氏は「ブレア時代の終焉はまた1950年代から続いてきた、米国との友好関係を最も重視する英国の外交政策の終わりとなろう」と予想した。 ブレア首相はブッシュ米大統領と肩を並べ、国連決議が出るのを待たず、イラクへの武力侵攻を支持した。次の首相の時代には、英米関係には何らかの変化が起きると同氏はみている。 国民に嫌われたイラク戦争の影響でブレア氏の人気は凋落した。だが、同氏は「ブレア退陣後は、英政界に大きな穴があく。過去14年間も政界の頂点にいた大物が去り、これを埋め得る人物は思いつかない。ブレア氏は政治的雰囲気、国民のムードをつかむのがうまい政治家だった」とブレア氏を讃えた。 また、イラク戦争を巡ってのブレア首相に関するメディア報道について「一方的で厳しすぎた」と語り、「ブレア寄りの記者」としてのスティーブンス氏の一面をあからさまにした。 ―後継最有力なブラウン氏評 昨年9月、ブラウン蔵相が黒幕だったとされる「クーデター事件」が発生した。ブラウン陣営とされる政治家らが「ブレア首相は今すぐ辞任せよ。でなければ、いつ辞任するか正確な日付を発表すべき」とメディアなどを通じて訴えた。賛同する労働党議員が続出して、ブレア氏は既に近い時期に退任することを表明してはいたものの、苦しい立場に追い込まれた。 財務省の元高官は20日、ブラウン氏を「スターリンのような冷酷無比な面のある人物」と評した。スティーブンス氏も「実際、彼はそんなところがある。人を中に入れる、という感じではない。ブレア氏の逆だ」と手厳しい見方を示した。 ブレア氏とブラウン氏は「(労働党が政権を奪取すれば次はブラウンだ」と密約を交わしていたと噂されてきた。ブラウン氏自身が次期首相の座を10年以上にわたり狙ってきたのは間違いないとみられる。 最後に、「ブラウン氏に首相になってほしいのかと聞かれると、『うーん』となる有権者が多い。氏が国民のムードをうまくつかめるかどうかに確信が持てない」と締めくくった。 (あとがき:FTのフィリップ・スティーブン記者はずっとブレアのことを書いていて、自伝も出した人。私からすると、ブレア寄りで、やや偏向しているように思えるのです。ブレアに近すぎる人物であるような気がしています。) 2007年 06月 17日
日本で2009年から裁判制度が始まり、他国ではこの制度がどのように機能しているのか、報道との関係はどうなるかに関し、関心が高くなっているようだ。英国の法務長官発言を基に、「新聞協会報」6月12日号に書いた原稿に若干付け足したものを以下に貼り付けたい。 英、事件報道規制の見直しも 陪審員に与えるメディアの影響調査へ リークを基に有罪・無罪を決め付ける事件報道が大衆紙を中心に後を絶たない中、英国のゴールドスミス法務長官は、5月末、刑事事件の報道が陪審員の判断にどのような影響を与えるかに関し調査を開始すると述べた。この動きは、法廷侮辱罪の見直しや適用の緩和につながると見られる。3月のBBCへの報道差し止め要請など報道に介入してきた長官が、方向を転換したともいえる。 英国では法廷侮辱罪に基づき、裁判の開始後、陪審員に予断を与え、公正な司法手続きの進行に支障が大きいと見られる報道は規制の対象になる。容疑者の前科や容疑者を有罪と見なす報道(過剰報道、扇情的な報道も含む)などが該当する。しかし、「大きな支障」の定義は一定ではない。 ゴールドスミス長官は、5月24日、ロンドン市内で講演し、読者の関心事に応えることが公正な裁判を受ける権利を上回ることはないとしつつ、「公共性の高い事件では抑制が効き、配慮も行き届いた方法で、従来より情報を公開できないかを検証すべきだ」と述べた。 情報が十分に公開されないことで「事件自体がでっちあげ」との印象を国民に与えることもあるとして、現行の制度は「損害が大きい」とも発言。侮辱罪をめぐる諸問題に関し、メディアと定期的に対話の場を持つことを提唱した。 長官は陪審員が報道から受ける影響について調査する意向を示した。全国ニュースと地方ニュース、新聞と放送、インターネットなど「報道のされ方による違いも、比較できるようにしたい」という。 5月25日付けのガーディアン紙(電子版)によると、オーストリアやカナダでは、陪審員が過去の報道の詳細を記憶していることは少なく、公判で提示された証拠や裁判の進行に大きく影響されるとの調査結果が出されている。しかし、こうした結果に同意しない心理学者や弁護士がいるのも事実だ。 昨年12月に英東部イプスイッチで起きた娼婦連続殺害事件での報道自粛要請や、今年3月には労働党の選挙資金融資をめぐる疑惑でBBCの報道を差し止めるよう求めるなど、注目度の高い事件で法務長官は介入してきた。しかし、今後は「特定の「特定の支障があると見られる場合」に限ると長官は述べ、方向転換を示唆した。 長官の発言は、大衆紙を中心に、法廷侮辱罪に近い報道が後を絶たない中で行なわれた。これらの報道の多くは、捜査筋からのリークを基にする。4月、ロンドン警視庁の高官が「リークによるテロ関連の報道が捜査に支障を及ぼし、人命を危険にさらしている」と不満を述べたばかりでもある。 法廷侮辱罪を理由にした規制は、他国の報道機関には適用されない。ネットの普及で過去の報道に接することが容易になり、裁判開始後に規制がかかる侮辱罪の効果が薄れている点も否めない。 こうした変化を考え合わせると、今回の動きは報道範囲の拡大につながる可能性がある。 2007年 06月 15日
現物を見ていないのだが、「ラジオ・ネザーランズ」のサイトで、ワシントン・ポスト紙の広告面を使って、日本の知識陣が従軍慰安婦を否定した、とする小さな記事を見た。 「新聞紙上で日本の戦時売春婦を否定 日本の著名知識人たちが、ワシントン・ポストの広告面を使って、第二次世界大戦中に日本が女性たちを強制的に売春させたことを否定した。40人以上の議員、ジャーナリスト、教授らが「慰安婦」は性の奴隷ではなく合法的な売春婦として働き、十分なお金を稼いでいたと主張した。知識人らによると、広告を通して米国人に真実を語りたかったという。しかし、歴史家の大部分は、日本が占領したアジア諸国出身の約20万の女性たちが、戦時中、日本軍のために売春を余儀なくされたと言っている。 3月、日本政府は、戦時の犠牲者に対し1993年に行なわれた公式謝罪から、遠ざかる姿勢を示した。猛烈な批判を浴びたため、安倍首相は、この謝罪を完全に支持すると表明した」 というのがその内容だった。 以下のサイトで見れると教えていただいた。 http://nishimura-voice.seesaa.net/article/44871251.html 日本関係では、BBCラジオの「デザート・アイランド・ディスク」に、オノ・ヨーコが出演して話題を呼んだ。ラジオ評は読んでないが、放送前にはかなりの記事が各紙で出た。通常日曜日に放送で金曜日に再放送。http://www.bbc.co.uk/radio4/factual/desertislanddiscs.shtml 私自身は聞いていないのだが、紹介しようとしたら、このシリーズはもう一度聞くことができなかった・・・。もし関心のある方は英国の新聞から検索すると内容が分かるかもしれない。 ヨーコ・オノの評判というか一般的認識は英国では良くない。ビートルズをばらばらにした女性、ということになっている。この番組でファンが増えたかどうかは不明だ。 2007年 06月 15日
余談から先に書くと、テレグラフ紙のウエブサイトで「マイテレグラフ」というブログサービスがある。読者〔読者でなくもいいのだけれども〕が好きなように、簡単にブログが作れる。しばらく何もやっていなかったが、先ほど少し入力してみた。結構、すぐにコメントが入り、おもしろいなと思った。また、コメントが入るとメールで同じものが送られてくるようだ。 すぐにコメントが入ると、一種のコミュニティー感覚があって楽しい。あまりにも反応が早すぎて、チャットのようなというか病み付きになりそうで怖いぐらいだ。テレグラフ側の戦略に見事にはまってしまったといえるのだろう。 テレグラフのブログにも書いたのだが、火曜日の夜、ぼうっとラジオを聞いていたら7・7ロンドンテロの被害者の女性と彼女の存在自体が「陰謀説」の一部だと信じる人のインタビューがあった。この女性、レーチェルさんは自分のブログを持ってあり、そこからこのラジオ番組にも飛べる。 http://rachelnorthlondon.blogspot.com/ レーチェルさんは非常に変わったというかつらい過去も持っていた。2002年、自宅にいたところを暴漢に襲われ、レイプされてしまう。その様子はタイムズに書かれていた。 http://www.timesonline.co.uk/tol/news/article597033.ece しかし、私が一番感動したのは、いかにレイチャルさんがタフで元気、快活に人生を生きているかだった。 それと、陰謀説を主張する男性はレイチェルさんと直接顔をあわせる場面があるのだが、それでも、その後でも、この男性はレイチェルさんが「英情報局の回し者」と信じて疑わないのだった。また、インタビューをした記者自身も「ニセモノ」だとその男性は主張するのだった。 ロンドンのテロ陰謀説に関し、その真偽をここで議論するほどの知識を私は持たないが、少なくともこのレイチェルさんは普通の市民で、たまたま爆破時に地下鉄にいた、という部分は本当のことだと私は信じている。 追加: 「ヒロさん」が、まじめに陰謀説を検証しているサイトもご参考に。 http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1619509
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