小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 エリザベス英女王の孫にあたるヘンリー(通称「ハリー」)王子とメーガン妃の間に、初めての子供がもうすぐ生まれると言われている。

 近年、英国でロイヤル・ベビーとして注目されたのは、ハリー王子の兄にあたるウィリアム王子とキャサリン妃の間に次々と生まれた3人の子供たちだった。

 キャサリン妃はロンドンのセント・メアリー病院で子供たちを産んできた。出産間近になると、世界中から駆け付けた報道陣が病院前に殺到する。いよいよとなると、ウィリアム王子が子供たちを連れてやってくる。そして、出産から数時間後には、いつものようにヘアスタイルもメイクも完璧なキャサリン妃が赤ん坊を抱えて報道陣の前に姿を現し、カメラのフラッシュを浴びるー。これが「お決まり」のパターンである。

 しかし、今回は、少々事情が異なりそうだ。

「出産はプライベートにしたい」

 というのも、ハリー・メーガン妃側は今回、出産を「プライベートなものにしたい」ということで、どこで産むかを明確にしていないからだ。病院での出産は「プライバシーが十分に守られない」と述べたという報道もあり、自宅での出産の可能性がある。

 「自宅」とは、ウィンザー城の領地内にある、改装を終えたばかりのフログモア・コテージだ。

 エリザベス女王自身が4人の子供全員を自宅で出産しており、前例がある。

 出産予定日は、当初、4月末から5月上旬ごろと言われてきた。しかし、出産後すぐに情報を出すかどうかは不明で、ソーシャルメディアで情報発信をするとしても、出産日当日に赤ん坊を抱えて、カメラの前に出るかどうかも不明だ。

 筆者は、この「プライベートにしたい」という話を聞いて、実はほっとした。「良かったなあ」とも思った。

 というのは、キャサリン妃が出産から数時間後に完璧な装いで病院の前に出て、「産みました!」宣言を体で示す様子を見て、「なんだか、つらいなあ」と常々、思ってきたからだ。

 

 キャサリン妃の場合、子供は将来の国王あるいは女王になるため、出産直後に国民の前に姿を見せるのは「公務」と解釈できなくもないが、それにしても、一人の人間として「ここまでする必要はないのではないか」と思っていた。この先、ほかの王室の女性メンバーも同様のことを強いられるのでは、とも。

 ハリー王子がメーガンさんと結婚したとき、「将来的に子供を産むことがあれば、キャサリン妃と比較されるだろう」という予感があった。「私だって、一糸乱れず、完璧な出産ができるのよ」と言わざるを得ないような、変な競争にならなければいいと思っていた。

 以前に、キャサリン妃の出産(と、数時間後に報道陣の前でポーズを取ること)についての疑問を書いた時に、「あら、出産後、数時間でシャンとするのは、簡単よ」、「将来の国王・女王の母親なんだから、それぐらいして当たり前」、「あれが彼女の『お仕事』だから(ああやるのが当然だろう)」などの反応がソーシャルメディアであった。

 しかし、それと同時に「出産直後は、本当はすごく、疲れている」、「あそこまでしなくていいと思う」という声もあった。

 当初は前者が多かったが、時間が経つうちに、後者が増えていった。

 筆者は、子供を産んだことがない。だから、「疲労度」は想像するだけだ。きっと、すごく疲労する人もいれば、それほどではない人もいるに違いない。

 それでも、出産体験がある・なしに限らず、誰しも、「ここまでは外に出せるけど、ここから中はちょっと、一人でいたい」という精神的・肉体的境界というのは、あるものだ。プライバシーを維持する権利は、誰にでもある。

 出産自体を公に報告する必要がある人でも、出産直後に夫やごく親しい家族の間で生の誕生を喜び、しばらく休息する時間があってもいいはずだ。ソーシャルメディアの時代だから、少し落ち着いた段階で母子が安全であることを示す情報をインスタグラムなどで出す、という形で十分ではないかと思う。髪をセットし、メークして、大勢の報道陣の前に立たなくてもいいのではないか。

 …と書いたけれど、意外と、メーガン妃も出産後数時間でカメラの前に立つ「かも」しれないのだけれども。

キャサリン妃の「完璧な」出産に、米コラムニストが疑問の声を上げる

「自宅で出産」は大幅に減少中

 イングランド・ウェールズ地方(スコットランドや北アイルランド地方を抜いた地域)では自宅で出産する割合は、2017年で2・4%のみ(国家統計局調べ)。スコットランド地方では2%、北アイルランドでは0・4%と極端に低い。

 

 エリザベス女王は4人の子供をバッキンガム宮殿かクラレンス・ハウス(セント・ジェームズ宮殿に隣接する邸宅。現在はチャールズ王太子とカミラ夫人の公邸)で産んできた。

王室の出産の歴史

 実は、英王室は宮殿(「自宅」とも言える)で出産するのが、長い間、伝統だった。

 エリザベス女王は長男のチャールズ皇太子をバッキンガム宮殿で産んだが、長女のアン王女はロンドン市内の病院で子供たちを産み、ダイアナ妃もこれに続いた(ウィリアム王子とハリー王子)。


 王室の歴史家サラ・ブラッドフォード氏のガーディアン紙の記事(2013年7月23日付)によると、英国の王室で世継ぎが生まれる出産の場合、「目撃者」が必要とされてきたという。女官たち、助産婦、召使い、医師などが妊婦の周りに集まり、部屋の後ろの方には男性の廷臣らが控えていた。死産だった場合、別の赤ん坊と入れ替えるといった「ごまかし」を防ぐためだった。


 英国(イングランド王国)は16世紀、宗教改革(教会がローマ・カトリックから分離して英国国教会=プロテスタント系=を形成)に揺れたが、その後、支配層はカトリック系勢力が国を乗っ取るのではないかと常に危機感を持っていた。出産時の混乱を悪用されて、赤ん坊がすり替えられることを防ぐ必要があった。「本当に産んだ」ことを「目撃」する必要があったのである。

 こうして、19世紀末まで、女官たちともに閣僚や枢密院のメンバーなども出産に立ち会ってきた。しかし、1894年、後のエドワード8世が生まれる時、ビクトリア女王が政治家は内務大臣のみの出席で良いと決めた。

 ブラッドフォード氏によると、最後に内相が出産に立ち会ったのは、1948年、チャールズ皇太子が生まれた時だ。

「あなたに何の関係があるの?」と叫んだダイアナ妃

 ウィリアム王子とハリー王子の母親であるダイアナ妃ほど、メディアに執拗に追われた王室のメンバーはいないだろう。

 1997年、交通事故によって36歳で命を落としたダイアナ妃は、ウィリアム王子の出産をロンドン・パディントンにあるセント・メアリー病院で行うことにした。キャサリン妃が近年、出産に選択した病院である。

 

 ダイアナ妃の自伝を書いたアンドリュー・モートン氏によると、ダイアナ妃は住居にしていたケンジントン宮殿ではなく病院での出産を選んだ理由をこう語ったという。「メディアのプレッシャーにはもう耐えられなくなった。我慢できない。毎日、みんなが私のことを監視してるみたいだから」。宮殿の周囲には、報道陣が張り付いていた。ダイアナ妃は病院を避難先として選んだのである。

 宮殿の複数の職員がダイアナ妃と一緒に病院に行こうとした。堪忍袋の緒が切れたダイアナ妃は激怒して、こう叫んだという。「あなたに何の関係があるの?」

 メーガン妃の出産のニュースを、静かに待ちたいものである。


# by polimediauk | 2019-05-01 17:24 | 英国事情

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」3月号の筆者記事に補足しました。)

 英国は本当に欧州連合(EU)から離脱する(「ブレグジット」)ことができるのか?

 メイ政権とEU側が昨年11月に合意した、離脱の条件を決める「離脱協定案」が、3月29日(当初の離脱予定日)に下院で否決されたことで、先行きが不透明になっている。同離脱案が否決されたのは、これで3回目だ。

 先週に引き続き、下院ではメイ案に関わる代案づくりの作業が続いているが、1つの案に絞り切れていない。新たな離脱予定日4月12日までに作業が間に合うかどうかは、分からない。先週末までに可決されていれば、5月22日まで離脱日が延長される予定だったが、これが実現しなかったため、「合意なしの離脱」となるか、メイ首相が新たな延長をEUに持ち掛けるか。あるいは、下院が「ソフトな離脱案」でまとまった場合、メイ首相はこれに応じるのかどうか。

 英BBCは、1月28日から3週にわたり、「インサイト欧州―混乱の10年」という題名のドキュメンタリー番組を放送した。第1回目(「私たちは辞める」)では、離脱を決めるまでの英国とEU首脳陣との丁々発止の交渉をつづった。

 この番組を紹介しながら、なぜ英国はこのような状況に陥ったのかについて、メイ首相が登場する前の段階から探ってみたい。

欧州懐疑派と格闘してきた保守党

 欧州統合の動きについて反発する理念を持つ、いわゆる「欧州懐疑派」は、少なくとも過去半世紀以上、英国の中でくすぶってきた。

 第2次世界大戦後、フランスとドイツを中心として大陸の欧州諸国が統合に向けて動く一方で、英国は欧州経済共同体(EEC)に1973年に加盟するものの、独立独歩の立場を維持してきた。現在はEU加盟国だが欧州の単一通貨ユーロを導入せず、国境検査なしで往来できるシェンゲン協定にも参加してない。

 2010年5月、保守党は13年ぶりに労働党から政権を奪回した。親EUの自由民主党との連立政権である。

 クレッグ副首相・自民党党首(当時、以下同)によると、キャメロン首相(保守党党首)は「欧州問題ばかり繰り返して取り上げる政権にはしないと約束した」という(BBC「インサイト欧州―混乱の10年」より。以下、引用は同番組から)。しかし、事態は逆となった。

なぜ、EU脱退の声が強くなった?

 2004年、EUは東欧諸国を含む10か国を新加盟国として迎え、英国にはポーランド、ハンガリー、チェコなどからの移民が急速に増えた。英国はほかのEU諸国とは異なり、当初から新規EU市民の受け入れに制限を付けず、学校や医療現場はその対応に追われた。低所得者層は、新EU市民に「職を奪われた」と感じた。

 ここで補足しておきたいのが、よくブレグジット発生の理由として挙げられる、「反移民感情」についてだ。多くの報道では長々と説明するスペースがなく、端折る形で「反移民感情が高まって」と書く。自分もそう書くことがある。

 しかし、その意味は「外国人嫌い」というわけではない。ロンドンに一度でも来たことがある方は、道行く人々の人種の多様性に驚くはずだ。また、ほかの地域に行っても、見た目だけでは誰が「外国人」なのかは分からない。

 それでも、旧東欧からの新EU市民が摩擦を引き起こすことになったのは、英国が単一市場の一部であること、つまり、モノ、サービス、資本に加えて人の自由な往来の原則に合意しているため、流入に制限をかけられない状況が生じたからだ。人が単に多くやってくるだけではなく、「無制限に」やってくることが問題視された。なぜ無制限なのか?「EUに加盟しているから」なのだ。こうして、不満の矛先はEUに向かった。

 その上、2007~8年の世界金融危機、これに続くユーロ危機が発生したことで、英国はユーロに参加していないのにもかかわらず、ユーロ圏を救うための財政支援を求められたことで、さらに反EU感情が高まった。

キャメロン首相の賭けとは

 2011年10月24日、キャメロン政権に「赤信号」が灯る。

 この日、懐疑派の声に押された英下院がEUからの脱退などを問う国民投票の実施を求める動議を投票に諮った。賛成111票、反対483票で否決されたが、80票前後の賛成票は保守党議員によるものだった。キャメロン政権は、懐疑派の対処に本腰を入れざるを得なくなった。

 この頃、ユーロ圏の危機のさらなる拡大を防止するため、メルケル独首相とサルコジ仏大統領は圏内の財政統合を計画していた。そのためにはEU基本条約の改正が必要だった。条約改正となれば全EU加盟国の合意が必要となり、英国でも下院の承認が必須となった。欧州懐疑派が抵抗するのは目に見えていた。

 そこでキャメロン政権が考え付いたのは、EU市民の英国への移住に制限をかける、さらなる統合の深化には参加しないなどの「譲歩」をEUから得ることだった。「これだけの譲歩を得たのだから、条約改正に賛成してほしい、というつもりだった」(オズボーン財務相)。

 2011年2月のEU首脳会議に、キャメロンはこの譲歩案を持って臨んだ。

サルコジの激怒

 フランス側は激怒した。「キャメロン首相はユーロ圏の規則を自分が変更できると思っていた。英国はユーロ圏ではないのに、だ。意味をなさない」(サルコジ大統領)。「私たちの手を無理に動かそうとすれば、あなたは何も得られないだろう」、「譲歩はできない」(同)。

 サルコジ側は「奥の手」を使った。EU加盟国の満場一致の合意が必要となる条約改正ではなく、財政統合を政府間協定としたのである。参加したい国だけが参加できるようにして成立させるつもりだった。「8秒で解決できることを8時間もかけて議論する必要はない」(サルコジ)。

 キャメロン自身も奥の手を持っていた。司法専門家によるとサルコジ・メルケル主導の財政統合は条約改正なしには達成できず、政府間協定を使うのは違法だった。しかし、EU側の司法判断では「合法」とされた。

 午前4時、首脳陣が政府間協定案に票を入れた。拒否権を発動したのはキャメロンだけ。英国は孤立した。

 2012年9月までに、保守党幹部は国民投票の実施を具体的に考え始めた。

 「国民投票が行われれば保守党は分裂する。もし離脱となれば世界の中の英国の地位が大きく低下し、経済にも悪影響だ」(オズボーン財務相)という主張に対し、ヘイグ外相は「やらないと逆に保守党は分裂する」と述べた。

キャメロンはどう思っていた?

 キャメロンの広報秘書はこう語る。「首相は国民投票が危険なことは十分分かっていた。それでもやろうと決めたのは、政治的に意味があったから。EUの拡大路線に対し、国民は居心地の悪さを感じていた。この人たちに発言の機会を与えるべきだ、それが民主主義だとキャメロンは思った」。

 2013年1月23日、ブルームバーグ社のロンドン本部で、キャメロンは「次の総選挙で保守党が過半数の議席を獲得したら、国民投票を行う」と演説で述べた。その前にまず「英国とEUの関係を変えるための交渉をする。EUの基本条約を変えるほどの大きな変化になるだろう」、と続けた。

しかし、メルケルに反対された

 2014年2月末、キャメロンはメルケルを官邸に招待し、国民投票についての感触を打診した。メルケルは賛同しなかった。

 「英国はEUからすでに大きな譲歩を得ている。私は鉄のカーテンの外にいた東ドイツ出身だ。鉄のカーテンがなくなり、今、私たちはこの欧州大陸で一つにまとまることができる。この点を見失ってはいけないと思う」。

 5月の欧州議会選挙では、英国のEUからの脱退を求める英国独立党(UKIP)が英国に割り当てられた議席の中で最大数を獲得した。「純移民が大きく増えた。そのすべてがEU市民だ。英国は対処手段を持っていない」(ファラージUKIP党首)。

反ユンカーで失敗

 キャメロン政権は、欧州連邦主義の信奉者で元ルクセンブルク首相のユンカーが次期欧州委員長の候補に上ったことを知り、これを阻止しようと手を尽くした。ユンカーが欧州委員長になれば、EUがさらなる拡大・統合深化に進むだろうと思ったからだ。

 キャメロンは、ファンロンパイ欧州委員長を官邸に呼んだ。

 「キャメロンは、ユンカー候補をブロックすることで自分がいかに強いかを示そうとしていた」(ファンロンパイ欧州委員長)。

 「私はいやいや官邸に向かった。これまでは、自分から望んで時間を作ってもらい、キャメロンに会いに行った。しかし、今回は招待された。何かあるなと思った」。

 官邸の居間でファンロンパイと話していたキャメロンは、「突然、反ユンカーの票を集めてくれないかと私に言った」。

 

 ファンロンパイは「それは難しい。ユンカーは(欧州議会の運営の中心を担う中道右派)欧州人民党グループ(EPP)の候補者だ。反ユンカー票を得るのは困難だ」。

 不可能な相談と思ったファンロンパイは、「できない」と言った。自分がロンドンにやってきたのは、キャメロンから命令を受けるためではない、と思ったという。

 「すると突然、キャメロンが立ち上がり、これで話が終わったと告げた」。取りつく島もなく、キャメロンはファンロンパイをドアまで連れて行った。「これが私が最後に英国の首相官邸に行った時だ」。

 キャメロンの反ユンカー運動は、成功しなかった。

移民の流入制限に、支持得られず

 国内では保守党議員2人がUKIPに移籍し、これ以上の「出血」を避けるため、14年秋、キャメロンは保守党の党大会でEU市民を含む移民の流入制限をEU指導部と交渉することを宣言した。

 メルケルに打診したところ、「EU市民の移動に数値目標を設置することは賛同できない」と言われ、キャメロン政権は社会保障へのアクセスを限定する案を追求することにした。

 2015年5月の総選挙で、保守党は思いがけず過半数の議席を獲得し、単独政権が成立した。

トゥスクも、オランドも国民投票に反対

 総選挙後まもなくキャメロンと会ったトゥスク欧州理事会議長は「なぜ国民投票を決めたのか。非常に危険なばかげた行為なのに」と告げた。その理由が「与党の内情」であったことに驚いた。「キャメロンは自分の勝利の犠牲になった」。

 9月、キャメロンはフランスのオランド大統領を英国に招待した。国民投票実施についての支持を期待していた。

 「私はキャメロンに国民投票をやる必要はないと言った」(オランド大統領)。「選挙戦の公約が実行できないのは、よくあることだ」。

 キャメロンはオランドに対し、EU市民の英国への流入をどうにかしたいと訴えた。単一市場に例外を認めるよう、助けてくれないか、と。

 「英国に人の移動の自由の例外が認められれば、他の国も同じことを求める」(オランド大統領)。「もし英国で国民投票が行われれば、ほかの加盟国も後追いする」。

 メルケルもそしてオランドも、EUの基本的な取り決めである人の自由の移動について譲歩はできない、とキャメロンに伝えた。

 2016年2月のEU首脳会議。英国がEUから譲歩を取り付けることができたのは、主として3点だった。

 (1)EU移民の社会保障の利用に制限を課す

 (2)EUの統合深化から除外される

 (3)非ユーロ圏の国としての権利が保護される。

英国内では評価されず、国民投票へ

 しかし、英メディアや政界の反応は鈍かった。

 キャメロンは、離脱の賛否を問う国民投票の実施を正式に宣言する。

 2016年6月23日の国民投票では、離脱派が僅差で勝利。残留派を主導したキャメロンは、辞任の意を表明した。

 数日後、キャメロンは最後のEU首脳会議に出席する。「悲しかった。キャメロンばかりか、英国がEUを去っていくことになるからだ。EUに夜を思わせる影が落ちたようだった」(ユンカー)。

 BBCの「混乱の10年」シリーズは、2回目にはギリシャの債務危機を、最終3回目には欧州にやってきた大量の難民への対応を取り上げた。


# by polimediauk | 2019-04-02 17:39 | 政治とメディア

(「新聞協会報」2月12日号掲載の筆者のコラム「英国発メディア動向」に加筆しました。)

 

 英国で未成年者によるソーシャルメディアの利用に警鐘を鳴らす事件が発生し、運営側に悪影響防止策を求める声が高まっている。

 2017年11月、ロンドンに住むモリー・ラッセルちゃん(14歳)が寝室で自殺しているのを家族が発見した。自殺の原因について特に心当たりがなかった家族がモリーちゃんが生前によく使っていた画像共有サイト「インスタグラム」のアカウントを調べたところ、「不安」、「落ち込み」、「自傷」、「自殺」などのキーワードにリンクされた画像を閲覧していたこと分かった。死因審問はまだ行われていないが、今年1月、父親イアンさんはBBCの取材に対しインスタグラムのアルゴリズムが関連画像を集めて娘が閲覧できるようにしたことが自殺につながったと語った。「インスタグラムが娘の死をほう助したことには疑いがない」(BBCニュース、1月22日)。

 父親のインタビューが公開された翌日、インスタグラムを所有する交流サイト最大手「フェイスブック」の英国・アイルランド部門代表者は自殺が「遺族にとって大きな打撃となった」ことに深い謝罪の意を表明した。

 近年、ソーシャルメディアによる未成年の心身への影響が社会的関心事となっている。モリーちゃんの自殺で負の影響が改めて注目を浴びることになった。

 モリーちゃんは「すべて私のせいです」という手書きの遺書を残していた。インスタグラムの自傷画像と自殺との因果関係は今後の死因検査で判明するが、両親は娘が自傷行為や自殺の画像共有を行っていたことを生前には把握していなかった。子供がどのようなソーシャルメディアを使っているかを知らない多くの親にとっても、大きな衝撃となる事件だった。

自傷行為とインスタグラム

 12歳で自傷行為の画像をインスタグラムに投稿し、8000人のフォロワーとシェアした経験を持つリビーちゃん(16歳)がBBCにその体験を語っている(1月31日)。自傷画像を投稿するオンラインコミュニティの「一部になってしまった。止められなくなった」。インスタグラムが自分に自傷行為を始めさせたわけではないが、ほかの投稿者による自傷画像を見て「彼女はまだ生きている。それなら、自分ももっとやれる」と思ったという。

 モリーちゃん事件後、インスタグラムは利用者が自傷コンテンツを見つけにくくするようエンジニアに依頼したと発表した。自傷、自殺などの画像をハッシュタグで集められないようにし、こうした画像に覆いをかけたり、推薦機能を使えなくしたりするなどの改造を行う予定だ。以前からコミュニティ規則に反したと思われるコンテンツについて報告できるようになっており、13歳未満の子供がアカウントを作成していた場合、子供の家族がアカウントの閉鎖を依頼できる。ただし、インスタグラム自身がアカウントを閉鎖することは通常はない。未成年者のソーシャルメディア利用については親が責任を持つとみなすからだという。

 元英国の下院議員で現在はフェイスブックのバイスプレジデントとなったニック・クレッグ氏は未成年者が安心して使えるプラットフォームづくりのためには「なんでもやる」と述べた(BBCのインタビュー、1月28日)。

 子供に電話カウンセリングを行う慈善組織「チャイルドライン」は親ができることを挙げている。「子供と頻繁に話す(どのようなオンライン・サービスを使っているのか、安全に使うにはどうするか)」、「子供と一緒に子供が使うサービス、アプリを使ってみる」、「家族でルールを決める」、「子供がアクセスできる範囲を調節する」、「主治医に相談する(子供が自傷行為に及んでいないか)」、「学校の担当者に相談する」、「チャイルドラインの電話番号を教える」など。

 教育省の外郭団体で、イングランドの子供の権利擁護に取り組むアン・ロングフィールド理事は、1月末、フェイスブック、インスタグラム、メッセージ共有アプリ「ワッツアップ」など大手ソーシャルメディア宛に公開書簡を送った。この中で、ソーシャルメディアの運営者が子供たちを守り、有害なコンテンツの削除速度を速めるため「デジタル・オンブズマン」の設置を提唱した。

 下院は「オンラインの損害」についての報告書を発表し、通信・放送業界の規制監督組織「オフコム」を模したデジタル空間の規制監督組織の立ち上げを提唱した。ネット上の自由な情報の行き来を維持しながら、どこまで規制できるのかが大きな課題となりそうだ。


# by polimediauk | 2019-03-26 19:30 | ネット業界

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」2月号の筆者記事に補足しました。)

 誰が高齢者のテレビ視聴料を負担するべきなのか?英国で、そんな議論がひっそりと続いている。

 通常であれば大きな話題になるはずだが、「英国の欧州連合(EU)からの離脱」=「ブレグジット」=についての報道が連日トップニュースとなっており、影に隠れた格好だ。

 

 英国では、視聴家庭が「テレビ・ライセンス料」(NHKの受信料に相当)を払い、これでBBC(英国放送協会)の国内の放送業務を賄う伝統が続いてきた。しかし、2000年からは、75歳以上の高齢者がいる家庭はライセンス料の支払いを全額免除される制度ができた。時の労働党政権が、年金生活者の貧困を緩和するための施策として導入したものだ。

 

 免除されない場合、年間のライセンス料は現行ではカラーテレビで150.50ポンド(約2万円)だ。

 

 過去18年にわたり、高齢者の支払い免除分は政府が税金で負担してきたが、2020年6月以降、BBCが責任を持つことになった。

 今後の高齢者層の支払い免除について、BBCは昨年11月から今年2月中旬まで意見募集を行った。全額免除を踏襲した場合、BBCにとっては大きな負担となるため、なぜそれが現実的ではないかを明らかにして何とか「損害」を最小限に抑えたいという意図が見え隠れする。

 意見募集のためにBBCが作成した文書を参考にしながら、状況を見てみたい。

なぜBBCが高齢者の救済役に?

 その前に、なぜ高齢者のラインセンス料支払い免除がBBCの責任になったのかを説明したい。

 労働党政権が開始した高齢者特別措置は、2010年に発足した保守党・自由民主党連立政権でも続行となった。しかし、15年、保守党単独政権はBBCの経営陣トップと会合を持ち、政府負担を解消すること、代わりにBBCが負担することで合意した。

 BBCトップがこうした条件を呑んだのは、ライセンス料の値上げ凍結の解除をしてもらい、BBCの存立を規定する「王立憲章」更新のための交渉を有利に進める狙いがあった。

 値上げ凍結は、2007年から08年にかけての世界金融危機の発生がきっかけだ。政府は緊縮財政を実行し、凍結を実施させた(2010年から17年)。かつてはインフレ率と連動し、これに上乗せした値上げ率が採用されてきたため、大きな変化となった。

 同時に、政府はBBCに対し様々な業務を肩代わりさせた。例えば放送業界のアナログからデジタルへの移行や人口の少ない地域でのブロードバンドの展開支援など英国のデジタル化進展費用を負担させた。

 こうした要素が背景となって、BBCの計算によれば、過去10年間で実質的にはライセンス料収入は20%減少したも同然となった。ちなみにBBCは国営ではなく「公共サービス放送」だが、ライセンス料の値上げ率は政府との合意をベースにして国会が承認する形を取る。

 2015年時点、ほぼ10年毎に更新される王立憲章の更新が2017年に迫り、識者の間に「ライセンス料制度は廃止されるべき」という声が再燃していた。この制度が廃止されて代わりに視聴したい人が視聴料を払う制度になれば、BBCの収入は大きく減少するといわれている。経営陣としては、確実な将来の計画を立てるためにライセンス料制度を死守し、凍結を何としても解除する必要があった。

 そこで、オズボーン財務相(当時)とBBCのホール会長は更新のための本格的な交渉が始まる前に、「ライセンス料制度は維持される」、「値上げはインフレ率と連動する」などを政府側がBBCに約束する代わりに、政府が2020年6月以降、高齢者のライセンス料支払い免除分を負担せず、免除分の取り扱いはBBCの責任とすることで合意した。

 2017年、通信法(2003年)への補足事項の追加によって、BBCが高齢者(ここでは65歳以上)に対し支払い免除制度を設けるかどうか、設置するとすればどのようにするかについて決定する責任を持つことが立法化された。

 高齢者の支払い免除分はすでにBBCがその一部を負担しており、2020年夏以降、税金による負担が完全停止することになる。現行では446万戸が対象となっている。

高齢化社会の到来と強力なライバルの出現

 BBCが昨年11月20日に発表した、意見募集用の文書「年齢に関係づけたテレビ・ライセンス料の政策」、調査会社「フロンティア・エコノミックス」が作成した2つのリポート「ディスカッション・ペーパー」(同年10月)と「75歳以上の資金繰りの見直し」(同年11月)によると、支払い免除が導入された2000年当時と現在では、状況が様変わりしている。

 例えば年金生活者を主とする高齢者家庭の所得の低さが免除導入の理由となったが、仕事を持つ家庭の収入の伸びよりも、高齢者家庭の所得の伸び率が大きくなっていることが調査で分かった。

 また、免除分の金額は2001-02年度では3億6500万ポンド(約500億円)だったが、2021-22年度では倍以上の7億4500万ポンドに上昇。後者の金額はBBCが2017-18年度に番組制作や関連サービスに費やした総額の18%に当たる。2000年、75歳以上の高齢者は総人口の7%だったが、16年には8%に上昇した。2026年には10%を占めると予想され、2030年では免除額が10億ポンドに上ると推測されている。

 社会の高齢化がこれからも続くことは確かで、国の福祉政策の一端を担うことになったBBCには、免除分の負担が際限なく増えることへの危機感がある。

 将来のメディア環境を展望するとき、BBCは強力なライバルの出現で苦しい展開を強いられているという。例えば、アップル、アマゾン、フェイスブック、BT、ネットフリックスなどが動画コンテンツを英国内の視聴者向けに提供するようになっており、「巨大なグローバル企業が放送業界全体の制作費用を押し上げている」と指摘する。高品質のドラマや不偏不党のニュース、オリジナルの番組を制作することが義務化されているBBCにとって、厳しい時代となっている。

 過去7年間で若者層がBBCのテレビ番組を視聴した時間は週に5時間から3時間に減少している。逆に、ネットフリックスに代表されるオンデマンド動画の同年齢層の視聴時間は、この4年間で週に3時間から7時間に増えた。

 こうしたメディア環境の激変を鑑み、BBCは(1)高品質で、英国を反映した番組作り、(2)オンデマンド・サービスの「iPlayer」の対象番組について、現行では放送から30日以内だが、これを30日以上にする、(3)子供向け番組、教育番組の充実化、(4)信頼できるニュース番組の制作、(5)ロンドン以外の英国の地域の番組の拡充などによって乗り切る予定だ。しかし、これらの実現には十分な収入があることが前提となる。

 意見募集のためのBBCの最初の質問は4択になった。(1)現行の高齢者の支払い免除制度を維持する、(2)年齢層による支払い免除制度を停止する、(3)高齢者の支払い免除制度は維持するが、中身を改変する、(4)分からない。

 もし(3)の「改変する」を選択した場合、(1)高齢者は半額を払う、(2)80歳以上の高齢者のみを支払い免除とする、(3)低収入の高齢者のみを支払い免除とする、の中でいずれかを選ぶ。65歳上に適用するべきかどうか、そして免除制度についての一般的な意見も提出できるようになっている。

 BBCは 6月までに最終的な判断を下す予定だ。「すべての年齢層の国民にとって、最善で最も公正な解決方法」を見つけることを目指しているという。

 BBCは「高齢者層にとってテレビが重要な友人のような役割を持っていること」を認識しているという(フィナンシャル・タイムズ紙、2018年11月20日付)。しかし現行制度をそのまま維持すれば、「BBCは大きく変わらざるを得ない」と指摘する。


# by polimediauk | 2019-03-20 18:13 | 放送業界

 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」1月号の筆者記事に補足しました。)

 「メディア・キャプチャー」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

 「キャプチャー(capture)」には「捕獲する」、「保存する」などの意味があるが、政府、政治家、大企業、富豪などの権力者が政治力や財力などを用いて自分達に都合の良いようにメディアの言論空間を牛耳る状況だ。

 その現状を把握し、対処法を考えるためのイベントが昨年11月23日と24日、ベルリンで開催された。タイトルは「沈黙の乗っ取り:21世紀のメディア・キャプチャー」。「沈黙の」とは、多くの人が気づかない間にキャプチャーが起きている、という意味が込められている。

会議が開催された、ベルリンにある「メディアと開発のフォーラム」の入り口前(筆者撮影)
会議が開催された、ベルリンにある「メディアと開発のフォーラム」の入り口前(筆者撮影)

 

 主催は独「fome」(Forum Medien und Entwicklung、「メディアと開発のフォーラム」)で、報道の自由を世界中で推進するために結成された団体だ。現在、加盟組織は24に上り、開発途上国や紛争発生国での独立メディアの育成に力を入れている。

 冒頭でメディア・キャプチャーの定義を記したが、実は様々な説があり、研究が続いている状態だ。

 イベントの初日に基調講演を行ったアンヤ・シフリン氏(米コロンビア大学のテクノロジー、メディア&コミュニケーション部ディレクター)は専門家の一人で、「新たな検閲」の状況を紹介した。

 例えば、「民主的な」選挙で選ばれた国家元首によるメディア・キャプチャーの形がある。

 このような政治家は「民主独裁者(democrator)」であり、言論空間を「作られたコンテンツ」で満たしてゆく。エクアドル、トルコ、ロシアが具体例として挙げられた。

 デジタル時代に支配的な位置を占めるようになったフェイスブックをはじめとするプラットフォームの存在も、メディア・キャプチャーと考えられるという。

シフリン氏(右)(筆者撮影)
シフリン氏(右)(筆者撮影)

 対処法は何か?

 シフリン氏によると、

 (1)情報源の多様化

 (2)独占禁止関連の法律や規制を強化

 (3)公共放送を支援

 (4)調査報道を行うための国際的なファンドを設置など。

 また、メディア関係者、学者、非営利組織などがいかに寡占化を防ぐかについて情報を交換し合う必要性も指摘した。

フィンランドでも言論の自由を巡る事件

フィンランドのヴォリコスキー氏(筆者撮影)
フィンランドのヴォリコスキー氏(筆者撮影)

 

 イベント2日目には、メディアの寡占化による言論空間への影響について、二人のジャーナリストが実体験を話したセッションがあった。

 一人目は世界的な報道の自由のランキングで常に高い位置を占めるフィンランドのジャーナリスト、サーラ・ヴォリコスキー氏である。

 同氏は現在、ニュース週刊誌「スオメン・クバレティ」で働いているが、2年前までフィンランドの国営放送「YLE」(フィランド放送協会)の調査報道チームにいた。ヴォリコスキー氏は「YLEゲート」と呼ばれる政治スキャンダルに関わり、YLEを離れることになった。

 発端は2016年。ユハ・シピラ首相の親戚が、破綻したタルビバーラ鉱業会社の所有者の一人となっていたことが発覚する。この会社はテーラフェイムと名を変えて再組織化されていたが、政府から巨額の資金援助を得ての再出発だった。首相が何らかの便宜を図ったのではないかという疑惑は議会の調査で払拭されたが、複数の報道機関がこの問題を取り上げ、YLEもこれに続いた。

 ヴォリコスキー氏のチームによる報道に対し、首相は「憤慨した」という。YLEの編集局幹部は報道の表現を和らげたり、放送予定の順番を変えたりなど、「チームに事前に告げないままに報道に干渉をするようになった」。

 そして、前代未聞の事態が発生した。シピラ首相が報道内容に対する苦情をヴォリコスキー氏にメールで直接送ってきたのである。「報道のために国民が私に対して怒りを向けている」、「YLEに対する敬意を失った」などと書かれていた。

 当時の編集長はチームに対し、関連の報道では一切首相の名前を出さないこと、またメールを受け取ったことを公にしないようにと伝えた。ある制作スタッフが疑惑について議論する番組を企画したところ、「企画を取り下げないなら解雇する」と脅された。しかし、YLEの内情は次第に他の媒体でも取り上げられるようになった。

 ヴォリコスキー氏は編集長の辞任を求めたが、これが叶わないことが分かり、自分が辞任した。上司も同時に辞任したという。しばらくして編集長は辞任し、2018年4月、新たな最高経営責任者が就任している。

 イベントの会場から、質問が出た。「疑惑報道を巡り、YLEに政治圧力がかけられたと思うか」。ヴォリコスキー氏はこう答えた。「YLEの運営は国民の税金によって賄われている。毎年、予算額を決めるのは政府だ。YLEの対応と政府の圧力との間には、何らかの関係があると思う」。

 辞職後、ヴォリコスキー氏は一連の事件を書籍にまとめている。

メディアの多様性が問われるチェコ

フィンランドのヴォリコスキー氏、右がチェコのソドムコバ氏(筆者撮影)
フィンランドのヴォリコスキー氏、右がチェコのソドムコバ氏(筆者撮影)

 

 チェコのメトロポリタン大学の調査によると、報道の自由度において過去20年間比較的安定していたチェコがここ5年で変貌を遂げているという。2016年時点で、メディアの所有者の92%が政治家や大企業の経営者となっている。その中でも目立つのが新興財閥で、その一人が現在は首相となっているアンドレイ・バビシュ氏である。

 チェコの調査報道記者マグデレーナ・ソドムコバ氏は、国内最古の新聞「リドブ・ノビニ」で働いていた。数年前に発行元マフラ社がコングロマリット「アグロフェルト」(バビシュ氏が創業者)に買収されてから、編集室の雰囲気がガラリと変わってしまったという。

 ビジネスで財をなしたバビシュ氏が2011年に設立した反体制派の政治運動「ANO」は、2012年に大衆政党としてその歴史を開始した。

 リドブ・ノビニ紙がバビシュ氏が経営するビジネス・グループの傘下に入った時、編集スタッフは「彼が何をやっているのかを十分に知らず、メディアを乗っ取られたらどうするかを考えたことがなかった」。民主主義や報道の自由が「永遠に続くものだと思っていた」。

 買収直後、編集長が辞任し、新たに抜擢されたのは調査報道の経験が長い女性記者だった。「これで編集スタッフは、もし新所有者から編集への干渉があっても、この人が守ってくれるだろう」と信じたという。しかし、「実際にはそうはならなかった」。

 社員全員が新たな雇用契約を交わすように言われ、この契約によって「社内で発生することを外に出さないことを義務化された」。また、「お金がかかりすぎる」という理由で調査報道部や国際ニュース部が廃止された。

 記者たちはバビシュ氏の政治目的を推し進め、ライバルを貶めるための報道を迫られるようになった。

 ソドムコバ氏も、ある原稿を不本意な形に書き換えられたことをきっかけとして辞職した。同氏は、イベントの参加者の前で、悔しそうに言葉を詰まらせた。「私が数えた限りでは、すでに75人が新聞社を辞めている」。

 2014年、バビシュ氏は財務大臣に就任したことを機にアグロフェルト社の最高経営責任者の職を辞した。

 マスメディアを使うことによって、バビシュ氏は自分への支持を大きく拡大させ、政治のトップの位置にまで到達したとソドムコバ氏は見ている。

 YLEにいたヴォリコスキー氏も、チェコのソドムコバ氏も、一人一人の記者が孤立し、職場のジャーナリスト全員で団結した行動を取れなかったことが心残りだったと話した。

 イタリアの非営利組織「センター・フォー・メディア・プルーラリズム・アンド・フリーダム」が毎年発表する「メディアの多様性モニター」(2017年)によると、チェコは「高い危険度」の範疇に入る。メディア所有の寡占化が進み、「商業上の事情や所有者の意向が編集内容に影響を与えている」状態にあるからだという。

 「モニター」によると、メディア所有の寡占化は欧州連合(EU)全体で広がっている。新聞の経営が苦難に陥り、小規模のメディアがより大きなメディア所有者の元に集約される傾向があるからだ。

 今年も報道の自由への負の影響を注視して行きたい。


# by polimediauk | 2019-02-11 02:46 | 欧州のメディア

 3月29日、欧州連合(EU)から英国は離脱する(=「ブレグジット」)。実現まであと2か月を切ったが、英政界のゴタゴタが収まらない。

 メイ政権とEUは、昨年11月に離脱の条件を決める「離脱協定案」に合意しているが、これには英議会の承認が必要だ。12月に下院で採決予定だったが、否決の可能性が高いと見たメイ首相はこれを今年1月中旬に延期した。結果は、歴史的な大差での否決となった。

 29日、離脱に向けた今後の方針に関する採決が行われ、協定案の見直しを求める動議などが可決された。

 与党・保守党の議員委員会のブレイディ委員長による修正案は「離脱協定で定めた北アイルランドとアイルランドの国境問題の対応を他の案に置き換え、離脱案に賛成する」という内容で、これを踏まえて、メイ首相は「下院の支持が得られる協定案を得る」ため、EU側と再交渉すると表明した。

 しかし、今後の交渉次第では、「合意なき離脱」(EU側との合意が実現しないまま、突然離脱となる)や「離脱なし」(総選挙や再度の国民投票で、離脱が発生しない状況となる)の可能性も消えていない。

 詳細は:

 メイ英首相、ブレグジット協定を再交渉へ 下院は賛同 BBCニュース日本語

 【解説】ブレグジットでいま何がどうなった、次はどうなる 下院は再交渉に賛成 BBCニュース日本語

 EU他国(27か国)や日本を含めた世界中の国が、「一体、英国は何をやっているんだ?」と不思議に思うか、失笑しているに違いない。あと数十日しかないのに、どうやって離脱するかが決まっていないのだから。英国に住む人もあきれているし、怒りや困惑で一杯だ。「なんでもいいから、早く決めてくれ」という声がビジネス界で特に強い。

 ブレグジット交渉の進展を英国側から見てきた一人として、なぜこんなことになり、何が問題となっているのかを説明してみたい。

なぜ、この時期になって、議会が紛糾しているのか

 このような状況になった理由として挙げられるのは、まず

 (1)メイ政権の交渉のまずさ

 もともとEU加盟残留派のメイ首相は、まじめな性格で仕事を一生懸命やるのはよいのだが、自分の手の内をなかなか外部に明かさず、少人数の側近と物事を決めるタイプ。

 

 昨年7月、離脱交渉の英国側の方針をまとめた白書を発表したが、2016年6月の離脱決定から2年後である。

 ここに来るまで、一体どういう方針になるのか、報道陣の質問にも「交渉中には相手に手の内を見せられない」として明確には答えず、メディアも国民も(そして内閣の大部分も)蚊帳の外に置かれた。

 そして11月には白書の方針に沿った協定案をEUに持ち込み、ここで合意を取り付けてしまう。

 国内は離脱派と残留派で大きく割れているので、これを1つにまとめるのは一苦労であるが、国内での支持を十分に取り付ける前に先にEUと合意してしまったことで、現在の議会の混迷に直結してしまった。

 EUとの合意から戻ってきたメイ首相は、「私が取り付けた合意案=ディール=を受け入れるか、そうでなければ、合意なしの離脱になるわよ」と議員らに迫った。合意なしの離脱(ノー・ディール)になれば、何の取決めもなしにEUから出ることになり、大混乱が予想される。メイ首相のディールか、ノー・ディールかを迫る姿勢は、脅しにも見えてきた。

 (2)国民も、議会も、内閣も割れている

 ことも、混迷の理由だ。

 2016年の国民投票では離脱票が52%、残留支持票が48%の僅差であった。今でも、この傾向は続いている。


 メイ首相は閣内に離脱強硬派の大物政治家を入れて、「離脱を実行する政権」であることを内外に知らしめたが、首相を支えるはずの内閣が離脱派と残留派に分かれることにもつながった。

 首相が7月に閣内でまとめた離脱協定案は、「あまりにも親EU過ぎる」と離脱強硬派の閣僚二人が辞任した。11月、EUに最終交渉のために出かける直前、またも離脱担当大臣が「これでは離脱にならない」と辞任した。

 メイ首相がまとめた離脱協定案は離脱派からは「親EU過ぎる」と嫌われ、残留派からは「現状より悪い」と批判された。

 ご参考:英議会がブレグジット案に「No!」 ―離脱間近にもかかわらず手続きが進まぬ背景にある市民の怒り BLOGOS 

 (3)下院議員の頭と心がバラバラ

 下院議員の80%は残留支持だが、国民投票で国民が選んだのは離脱。自分の選挙区の有権者は離脱を選んだのに、自分は残留支持という議員がたくさんいる。頭(有権者の意思を尊重する)と心(でも離脱したくない)がバラバラなのである。

 メイ首相の協定案について、「実は離脱したくない」という議員や政党が「もう少し時間をかけたほうがいい」、「このままでは間に合わないから、交渉期間を延長しよう」、「もう一度国民投票をやるべきだ」と声高に主張してきた。

議員たちは、なぜ離脱協定案を承認しなかったのか

 12月に離脱協定案を否決した理由は

 (1)親EU過ぎるから(離脱強硬派)

 離脱強硬派は、英国がEUの関税同盟からも単一市場からも抜け出て、「きっぱりとした離脱」を求めている。

 メイ首相とEUが合意した離脱協定案は、「英領北アイルランドとアイルランド共和国との間に国境検問所を置かないようにする」(=「ハードボーダー」を置かない)ために、一時的に英国全体を一種の関税同盟に入れ、南のアイルランドと地続きになる北アイルランドは単一市場の一部にも参加する仕組み(これをバックストップ=安全策=と名付けた)を入れている。

 このバックストップは、通常は発動されない。EUと英国は、離脱移行期間(2020年12月まで)の間に新たな通商協定を決める予定で、もし移行期間内(1年の延長可能)に合意がない場合でも、ハードボーダーができないようにするために設置された。

 北アイルランドとアイルランドの間には、過去の紛争の再来を防ぎ、友好・通商関係を深めるためにハードボーダーが置かれておらず、現時点では英国はEU国であるため、人、モノ、資本、サービスが自由に行き来している。

 その背景はこちらをご参考に:

 EU離脱、一触即発の危険を捨てきれない北アイルランド ニューズウィークジャパン

 ところが、このバックストップは発動後、解消したい場合にはEUと英国の両方の合意が必要になる。また、無期限となっている。

 このため、離脱強硬派が嫌ったのは「いつまでも無期限にEUの関税同盟に入り続ける可能性」だ。離脱の意味がなくなる、というわけだ。

 (2)現状より悪い選択肢だから(残留派)

 (3)北アイルランドの政党による反対

 英議会で7議席を持つのが、北アイルランドの民主統一党(DUP)。メイ政権と閣外協力しており、バックストップによって北アイルランドと英国本土の間で違いが出ると、これが北アイルランドと英国との連合を脅かし、1998年のベルファスト合意(英国とアイルランドの和平合意)に抵触するので、絶対に受け入れられないと主張している。

29日の議会採決で見えてきたこと

 (1)離脱の実現を遅らせる修正動議が、次々と否決された

 離脱を止めようとする政治勢力(下院議員の大部分が残留支持であったことを思い出していただきたい)が提出した複数の修正動議は、次々と否決された。

 例えば「離脱協定条約の発効を延期する」、「議員にもっと討議の時間を与える」などが否決。

 つまり、

 (2)下院は3月29日午後11時過ぎからの離脱を遅らせたくないと思っている

 ということである。

 離脱に投票した有権者の声を無視するわけにはいかないからだ。

 同時に、

 (3)「合意なき離脱を回避する」という修正動議は可決された

 ただし、これには法的拘束力はないという。だからこそ、議員は本音で投票できたともいえよう。

 そして、

 (4)バックストップの選択肢をEU側に求めることで、再交渉する

 というブレイディ案が、ぎりぎりではあったけれども、可決された(賛成317票、反対301票)。

 メイ首相は、保守党内の離脱強硬派や残留支持派の議員の意見を集約させることに成功し、「バックストップを変更する選択肢をEU側に求める」という条件付きで、再交渉を進める機運を作ったのである。

 29日の投開票後の報道を見ている限り、「メイ首相の快挙」という論調が出ていた。1月15日、離脱協定案が大差で否決されたことを思えば、僅差ではあったけれどもここまで支持を集められたのは、確かに快挙といえよう。

EUの拒絶

 メイ首相の離脱協定案は、昨年11月にEUと合意しており、EU側は一貫して「離脱協定の話は終わっている」、「すでに合意ずみ」、「再開させるつもりはない」と主張してきた。

 29日、英議会が協定案の見直しを求める動議を可決した直後も、欧州理事会のドナルド・トゥスク常任議長は、離脱協定は「再交渉の対象ではない」とこれまでの立場を繰り返した。

 この日以前にも、多くのEU指導者が「再交渉はしない」と述べており、「なぜ英議会にはこの声が届かないのか」とイラつくように表明する欧州議員もいる。

 かつては、メイ首相自身が「バックストップの設置だけを変えることはできない」と説明してきた。もし「バックストップに代わる選択肢」を見つけ、これで新たな修正案ができるのであれば、以前の主張とは合致しないことになる。

 なぜ「再交渉はできない」という声が届かないのか?EUの政治指導者がいらつき、あるいは驚き、こんな問いを発するとき、「現実を見ない英政治家がいる」と指摘される。

 確かに「自分に都合が良いように現実を解釈する」、あるいはそのようなふりをする英政治家は、多いかもしれない。また、「きっとEUは譲歩するはず」という甘い読みもありそうだ。

 しかし、EU他国の側からは見えにくいこともある。

 例えば、行政府がEUという国外にある機関と重要な協定に合意してしまったことに対する、英議員らの無念さ、怒り、驚愕である。立法府として絶対的な権威を持つ議会で離脱協定案が合意される前に、国外の組織に自分たちの運命を決められた、という思いである(英国では、EUは「外の機関」として認識されている)。


 EUが言う通りに、昨年11月、確かにメイ政権とEUは離脱交渉協定案に合意した。EUにしてみれば、「英国=メイ政府」であるし、それは正しい。

 しかしながら、メイ政権がEU側との交渉に持って行った協定案は議会や国民の間で十分に議論された結果の案ではなかった。複数の世論調査や1月15日に議会で協定案が大差で否決されたことを考えると、議会や国民の十分な支持がない協定案だった。

 議員の大部分や国民が支持していない案を英国は黙って受け入れるべきなのだろうか?ここが今後の交渉の核になりそうだ。29日の採決の後では、メイ首相は「議会でこのような結果が出たから、バックストップを変えたい」と主張できる。

 EUと英国の溝はどこまで埋められるだろうか?

 メイ首相はEUと交渉後、2月中旬に離脱協定修正案を下院に提出する予定となっている。

- メイ首相と議会の綱引き続く 「英国ニュースダイジェスト」筆者コラム





# by polimediauk | 2019-01-30 21:36 | 英国事情

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」11月の筆者記事に補足しました。)

 10月6日、ブルガリア北部ルセの公園で女性の殺害遺体が発見された。地方テレビ局のジャーナリスト、ビクトリア・マリノバ氏(30歳)の最後の姿だった。同氏は欧州連合(EU)の補助金をめぐる不正疑惑について報道したばかりで、ブルガリア内外に波紋を広げた。

 報道と殺害との関連は現時点で判明していないが、汚職問題を追いかけていたジャーナリストが殺害されるのはEU加盟国では過去1年で彼女が3人目となった。

マリノバ氏が手がけていた疑惑とは

 ブルガリア(人口約710万人)は1989年に共産党独裁体制を終えんさせ、国民の生活レベルの向上と北大西洋条約機構(NATO)やEUへの加盟を念願の1つとしてきた。

 2004年にはNATO加盟、07年にはEU加盟を実現させるが、課題とされた組織犯罪・汚職の撲滅には手を焼いてきた。汚職をなくするための非政府組織「トランスペアレンシー・インターナショナル」はブルガリアを「EUの中で最も汚職度が高い国」と呼んだ。同組織が発表する最新の「腐敗認識指数」のランキングで、ブルガリアは180か国中72番目(日本は20番目)である。

 マリノバ氏はテレビ局「TVN」に所属し、殺害される1週間ほど前に「うそ発見器」と呼ばれる新番組で司会を担当。ルーマニアの調査報道組織「ライズ・プロジェクト」とブルガリアの同様の組織「ビボル」のジャーナリスト2人にインタビューした。2人はブルガリアの政財界によるEUの補助金の不正利用疑惑を調査していた。8月、疑惑に関連する人物を撮影しようとしてブルガリア警察に逮捕されたが、ルーマニア当局の介入で数時間の拘束後に解放された体験を持つ。

 10月6日朝、マリノバ氏はジョギングをするために公園に向かい、後に遺体となって発見された。死因は窒息と頭部打撲で、性的暴行を受けたあともあった。事件から数日後、21歳のブルガリア人の男性がドイツで逮捕された。検察幹部によると、容疑者は別の性的暴行殺人事件で警察に指名手配されており、マリノバ氏の殺害は「突発的な攻撃だった」としている。容疑者は「殺害しようとは思わなかった」、「性的暴行はしていない」と述べている(ガーディアン紙、10月12日付)。

スロバキアの事件

 ブルガリア同様に1989年に共産主義体制を終わらせたスロバキア(人口約544万人)は1993年にチェコと連邦制を解消した後、2004年にNATOとEUに加盟した。

 今年2月、27歳の調査報道ジャーナリスト、ヤン・クツィヤク氏はフィアンセとともに、首都ブラチスラバから約50キロ東方にあるベルカマカの自宅で射殺された。

 同氏は「アクチュアリティ」というウェブサイトで政府とマフィアによるEUの補助金をめぐる癒着を取材してきた。スロバキアでジャーナリストが殺害されるのは今回が初だという。

 クツィヤク氏の殺害事件を機に大規模な反政府デモが発生し、3月、フィツォ首相が辞任。ペレグリニ新政権が発足している。

 殺害はクツィヤク氏のジャーナリズムに関連していると見られ、これまでに4人が起訴された。7万ユーロ(約900万円)で殺害を引き受けたのは元警察官だった。誰が殺害を依頼したのかについては捜査が続いている。

「ダフネ・プロジェクト」

 昨年10月には、マルタ(人口約43万人、2004年EU加盟)のジャーナリスト、ダフネ・カルアナガリチア氏(53歳)が殺害された。

 同氏は自宅近くで乗用車に仕掛けられた爆弾が爆発し、死亡。前月、自分のブログに「命を脅かされている」と書いていた。カルアナガリチア氏はムスカット首相の妻や側近の汚職疑惑や、国際的な資産隠しを暴露した「パナマ文書」と国外の富裕層に向けたマルタの市民権や旅券の高額販売との関連を調べていた。

 事件発生から2か月後、警察は3人の男性を実行犯として逮捕したが、裁判では3人とも事件への関与を否定した。

 今年4月、米ニューヨーク・タイムズ、英ガーディアン、仏ルモンドなど18の報道機関で45人のジャーナリストが、カルアナガリチア氏の調査報道を続行し、暗殺事件の真相を究明するためのサイト「ダフネ・プロジェクト」を立ち上げている。

 ブルガリアのジャーナリストの殺害については報道内容とは関係なかったという説が今のところは強いものの、ジャーナリストが殺害される事件が相次ぎ、EU市民に衝撃を与えた。

 世界の状況を見ると、ジャーナリストの殺害は年間数人程度ではない。非政府組織「国境なき記者団」の調べによれば、昨年1年間で命を落としたジャーナリストは65人。紛争に巻き込まれて亡くなった人は26人で、殺し屋に暗殺された人は39人だった。非営利組織「ジャーナリスト保護委員会」の調べでは、昨年1年と今年秋までに殺害されたジャーナリスト(紛争時及び暗殺事件の合計)は90人に上った。

サウジのジャーナリスト殺害疑惑は「リトマス紙」

 最近、最も注目を集めたのはサウジアラビアの著名ジャーナリスト、ジャマール・ハーショグジー氏の殺害事件だろう(これまでの報道では「ジャマル・カショギ」という表記が多いが、最も原語に近いのはこちらの表記と言われている)。

 10月上旬、ハーショグジー氏が忽然と姿を消し、国際的な大問題に発展した。

 同氏はサウジ王室との関係が深い人物で、近年はムハンマド皇太子の政策を批判して反感を買い、米国に住むようになった。米ワシントンポスト紙のコラムニストとなり、反対意見に抑圧的な皇太子を批判的に書いた。サウジ側からすれば、「サウジアラビアのことを熟知し、耳に痛い記事を書く、危険なジャーナリスト」ともいえよう。

 10月2日、同氏は交際していたトルコ人女性と結婚するため、イスタンブールにあるサウジアラビア領事館を訪れた。女性は領事館まで同行し、館外でハーショグジー氏を待っていたが、同氏が出てくることはなかった。ハーショグジー氏がジャーナリストであったこと、著名な米新聞でコラムを持っていたことから英語圏では同氏が姿を消したことが大々的に報道された。トルコ当局は同氏が殺害されたと主張したが、サウジ側はこれを当初否定した。

 ハーショグジー氏の処遇に付随して広がってきたのが、反サウジアラビア感情である。真実がどうであれ、サウジの実権を握るムハンマド皇太子が「体制批判をしていたジャーナリストの殺害を指示した」となると、「言論の自由は保障されるべき」と考える欧米社会からすると「一線を越えた」展開となる。

 そこで、10月23日から25日までサウジアラビアで開催予定の会議「未来の投資イニシアティブ」でメディア・スポンサーとなっていた英フィナンシャル・タイムズ、米国のブルームバーグ、CNN,CNBCが参加を取りやめると発表した(ガーディアン、10月13日付)。スピーカーの一人として予定されていた英「エコノミスト」誌のザニー・ミントン・ベドーズ編集長は参加を取り下げた。

 英バージン・メディアの創業者リチャード・ブランソン氏は同社が計画する宇宙事業へのサウジアラビアからの10億ポンド(約1475億円)規模の投資についての話し合いを中止する動きに出た。ブランソン氏は声明文の中で、もしハーショグジー氏がその体制批判の報道ゆえにサウジ側に殺害されたという報道が真実であるならば、西欧側はサウジ政府とビジネスを行うことができなくなると述べた。ハーショグジー氏の殺害疑惑は、欧米社会の「良心」を示す一種のリトマス紙として認識されるようになった。

 トランプ米大統領はサウジ政府の関与が判明した場合「厳罰を科す」という考えを示しているが、米議会が求めるサウジへの武器輸出停止に関しては拒否すると記者団に述べた。国内の雇用への悪影響を考慮したと思われる。

 「改革派」として欧米で好意的に受け止められてきたムハンマド皇太子の政治姿勢に、大きな疑問符が付くようになった。10月14日、英独仏の外務大臣はサウジ政府に対し、ハーショグジー氏の処遇について十分な調査を行うよう求める声明文を発表した。

 ハーショグジー氏の失踪は報道の自由をめぐる事件というよりも、中東情勢を反映した政治事件という面が日増しに強くなっている。

 トルコとサウジアラビアの関係が悪化するのどうか、中東でのイランの影響力を抑えるためにサウジ寄りだった米国がその姿勢を変えるのか、また英国にとっては武器売却先として大顧客となっているサウジとの関係をどうするつもりなのか、目を離せない状況となっている。

 真相は明らかになるだろうか。

 ・・・以上が10月15日時点で書いた原稿だが、その後事態は急速に展開し、現在ではサウジ側もハーショグジー氏が殺害されたことは認めている。11月16日、米CIAは、皇太子の関与は間違いないという結論を出した

 焦点は皇太子が関与した(もっとはっきり言えば、直接殺害を指示した)という共通の認識の下で、国際社会が彼に何らかの責任を取ることを求めるかどうかだ。すでに、トランプ米大統領は皇太子の責任を追及しない姿勢を明らかにしている。

***

 筆者による関連記事もご参考に

 サウジ記者殺害事件 ムハンマド皇太子との「蜜月」から一斉に引いた欧米諸国に感じる違和感(BLOGOS, 10月26日掲載)

 サウジを厳しく追及できないイギリスの冷酷なお家事情(ニューズウィークジャパン、10月16日掲載)


# by polimediauk | 2018-12-11 15:46 | 欧州のメディア

 英国の公共(サービス)放送大手「BBC」。世界中で広くその名が知られている放送局だが、「国営放送」として紹介される事例をネット上でよく見かける。

 改めて国営放送とは何かというと、例えば「ブリタニカ国際大百科事典」の定義によれば、

 国家自身が管理運営する放送。国家予算や国庫交付金などを主たる財源とし,国家機関の一部局として,あるいは国家の強い管理下で放送事業を行い,営利を直接の目的としない。中国などの社会主義国のほか,開発途上国の放送機関の多くが国営放送である。

 では、公共放送とは何か?

 「百科事典マイペディア」の定義によれば、

 放送事業体が営利を目的とせず,聴視者からの聴視料などをおもな財源として,公共の福祉と発展を事業目的として行う放送を商業放送と対比していう。日本のNHK,英国のイギリス放送協会(BBC)などはその代表的なもの。

 英国の主要放送局はBBC,ITV、チャンネル4、チャンネル5、そして有料放送のトップ、スカイなどがあるが、いずれも国営ではない。

 細かく言えば、最初の4つの主要放送局はすべてが「公共サービス放送」(Public Service Broadcasting=PSB)というカテゴリーに入り、放送業を公共サービスの1つとしてとらえる伝統が続いている。

 ちなみに、BBC以外の放送局ITV,チャンネル4、チャンネル5はその運営を広告収入によってまかなっている。運営資金調達方法からいえば、この3局は「商業放送」と言ってよい。しかし、チェンネル4は政府が所有しており、通常の「公共放送か民放か」の2者択一では分類できない形になっている。

 公共放送と商業放送の違いについて、「世界大百科事典」を見てみると、 

 企業として利潤を得ることを目的とせず,もっぱら広く一般の人々の福祉のために行われる放送。放送事業体の類型の一つで,商業放送との対比で設定されるもの。主として,(1)事業目的 公共放送は一般の福祉向上,商業放送は利潤の獲得,(2)運営財源 公共放送は主として受信料,それに対して商業放送は広告収入,(3)番組編成基準 公共放送は全国民的ニーズ,これに対して商業放送は市場性,以上の3点で公共放送は商業放送との対比において特徴づけられる。

なぜ、区別が大事なのか

 筆者がこの原稿を書こうと思いたった1つの理由は、「国営放送のBBC」,「BBCは国営放送」という表現を日本語のネット空間でよく見かけるからだ。

 当初は、「BBCが国営放送ではないことを知ったうえで、ジョークや皮肉としてそう書いているのだろう」と思ったものだ。「まるで国営放送のように、政府寄りの報道をしている」など、一種の批判として書いているのだろう、と。

 しかし、この頃はジョークや皮肉、批判的表現ではなく、これを事実として認識している人が次第に増えているのではないか、と思うようになった。

 というのも、メディア関係者でさえ、「BBCは国営放送」という前提で話したり・書いたり、あるいはそのような前提での論考や批判を「うっかり(?)」と事実として受け止めている例をたまに見かけるようになったからだ。

 しかし、「BBCは国営放送」とするのは、事実誤認である。もちろん、「国営放送のようだ」と表現するのは大いにありだが。

 BBCを国営放送として認識してしまうと、その存在意義が全く無視されてしまうことになる。誰がその運営費を払い、何を重要視しているのかについて、全く違う理解をしてしまうことになる。

 国営放送では何をどのように放送するかを決めるのは時の政府になるし(政府を「国民の代表」と解釈することもできるが)、公共放送では(受信料を払う)みんな(=国民)が決める。いわゆる「お上」が決めるのか、社会を構成するみんなが決めるのか、という話である。そして、BBCは後者である。

BBCの成り立ち

 英国は、なぜ放送業を公共サービスの1つとしてとらえるようになったのだろうか?

 それは放送業の始まりに由来している。英国の放送業の開始は、BBCの誕生と同義語だ。

 拙著「英国メディア史」に書いた個所を参考にしながら、説明してみたい。

 19世紀後半。世界中の科学者が電波を利用した無線通信の実用の可能性を探っていた。

 1896年、イタリア人の発明家・無線研究家のグリエルモ・マルコーニも自己流の実験に没頭し、投資家を求めて英国に渡った。翌年、英郵政省向けの実演が評価されたマルコーニは無線電信機の英国での特許を取得する。

 マルコーニ無線会社を立ち上げ、1899年、英仏ドーバー海峡横断の無線通信に成功。1901年、大西洋横断の無線通信を成就させ、09年にはノーベル物理学賞を受賞するまでになった。

 第1次大戦(1914-18年)を経て、ロンドン郊外チェルムスフォードにあったマルコーニの通信施設では、実験的なラジオ放送が始まっていた。1920年、「新聞王」ノースクリフ卿が当時の著名なオペラ歌手ネリー・メルバによるラジオ・コンサートを実施させた。

 大好評となったメルバの歌声を聞き、「ワイヤレス」(無線、あるいは無線機。当時はラジオの代名詞)メーカーは大きな市場が生まれることを予感した。そこで郵政省に対し、放送局を設置するための申請書を送るようになった。政府は、周波数の混乱を防ぐため、メーカー側が一つの組織にまとまることを希望した。

 1922年、200以上の無線機メーカーがまとまって民間企業「BBC](British Broadcasting Company)が生まれた。

 BBCは、政府からラジオの販売と放送の事実上の独占権を与えられた。民間企業としてのBBCの収入の大部分はラジオの販売からの売り上げと聞き手が郵政省に払う「受信免許料」(ライセンス料)であった。

「公共」の概念が入るまで

 放送を公共サービスとしてとらえ、そのサービスを提供する組織も公的存在であるべきという考えは、アマチュアの無線愛好家たちや政府のレベルで次第に支持されるようになっていく。

 背景には、英国の政治家や知識人の間に広がっていた「資本主義は悪くないが、市場競争に任せてばかりでは富の配分はうまく行かない」とする考え方があった。郵便体制、漁業、水道、電気が公共体として運営されており、放送も射程に入った。

 政府高官らによる米国への視察も影響を及ぼした。世界に先駆けて放送業が発達した米国では、数千にも上る放送局が乱立していた。英政府は米国が「混とん状態にある」と判断し、中央からの規制体制を構築して、大小の無線機メーカーを統合させて1つの放送体を形成させる道を選んだのである。

 こうして、1927年1月、公共放送としてのBBCが生まれた。

国営化への抵抗

 公共組織に変わる直前の1926年5月、英国でゼネストが発生した。

 公共交通機関がほぼ停止し、新聞は休刊かページを大幅に縮小。唯一の最新ニュースを得られる媒体として、BBC(当時はラジオ)を誰もが聞きたがった。BBCの放送内容を書きとったものがあちこちに貼りだされ、電気店や新聞社など、人々はラジオがあるところに集まって放送を聞いた。

 政府は、ウィンストン・チャーチル財務相(のちに首相となる)に御用新聞「ブリティッシュ・ガゼット」を制作させている。

 チャーチルはBBCに対し、ガゼットの報道を読み上げるよう依頼したが、BBC側に断られた。国家の緊急時には政府はBBCを国の管理下に置くことができたが、今回どうするかについて内閣では意見が割れた。チャーチルはBBCの臨時の国営化を主張する一人だった。

 当時の経営陣のトップ、リース卿はボールドウィン首相との連絡を密にしながらも、ニュースの扱いが公平で、当事者の両方の主張を紹介するよう尽力した。

 BBCは「本当に何が起きているかを知らせてくれる」報道機関として、国民や政治家らから頼りにされて、国営化を免れた。

 現在も、公益を目的として報道する伝統が続いている。BBCばかりではなく、ほかの英国のPSB放送局にもこの精神が根付いている。

情報があふれる時代、公共放送の意義をホールBBC会長が力説

 11月14日と15日、スコットランド・エディンバラで、メディア会議「NewsXchange」(欧州放送連合=EBU=主催)が開催された。EBUは欧州を中心とした56か国の公共放送局が加盟する組織で、毎年、このタイトルでメディア会議を開いている。筆者は2005年頃から、この会議を何回か取材してきた。

 情報があふれるこの時代、公共放送の意義は何なのか?

 14日、BBCのトニー・ホール会長の基調講演を聞いてみた。

 印象深かったのが、「視聴者を中心に置く」という立ち位置だ。「視聴者に対して、責任を持つこと」。

 現在、「自分の意見に同意しなかったら、あなたは自分の敵だ」とみなす風潮が強い。しかし、公共(サービス)放送の役目は片方だけの意見を出すのではなく、「偏らないこと。BBCが理解するところの世界のありようをそのまま出すこと」。

 BBCの課題は「視聴者に仕える・役立つための最善の方法は何か」を考えることだという。

 「トップダウンで、視聴者に向かって放送コンテンツを流す、というのではなくて、視聴者とともにある放送局であるべき」、とホール会長は言う。

 視聴者が「自分たちで物事を決定する」ことを支援する存在としてのBBCである、と。

 そのためにBBCが具体的に手掛けるのは、「フェイクニュース(正しくは「ミスインフォメーション」と言い換えた)の撃退」、「説明する」、「リアリティ・チェックというコーナーで、何が事実なのかを明らかにする」、「専門性を持ったジャーナリズム」。

 何度も会長が繰り返したのが、BBCは「視聴者のために」存在していること。ジャーナリズムの役目は「人々に力をつけさせる(エンパワーする)こと」、「人々が自分たちで物事を決定することを可能にすること」。

 リップサービスだと思うだろうか?

 筆者はそうは思わなかった。この理想が十分に現実化しているかどうかの評価は別にしても、BBCの国内放送の主たる運営費は視聴家庭が払うライセンス料によるので、このような表現は当然であろうし、これが公共(サービス)放送とは何かの意味なのだと思う。

 

 


# by polimediauk | 2018-12-06 22:58 | 放送業界

(「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 来年3月末、英国は欧州連合(EU)から離脱する(=「ブレグジット」)ことになっていますが、英政府側とEU側が合意した離脱協定に対する英国内の不満が高く、不安感が増しています。11日にはこの協定を認めるか認めないか、下院で投票が行われますが、もし否決された場合、どうなるのか先が読めない状態です。

 そもそも、英国はEUにどのような過程を経て加盟したのでしょうか。ここでちょっと振り返ってみましょう。

 欧州統合の歩みは、第2次世界大戦後に始まりました。

 多大な犠牲者を出した欧州各国は今後、2度とあのような戦争を起こさないように互いの友好を深める必要に迫られました。フランスの政治家ジャン・モネとロベール・シューマン外相は経済協力によって欧州間の結合を深める構想を提唱します。

 こうして設立されたのが欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC、1951年)でした。フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクが加盟国です。その後、経済統合を目標とする欧州経済共同体(EEC、1958年)と欧州原子力共同体(EAEC、1958年)が発足。

 1961年、マクミラン首相の下、経済の活性化を望んだ英国はEECへの加盟申請を国会で可決しますが、1963年、フランスのド・ゴール大統領が英国の加盟に反対し、実現しませんでした。ド・ゴール大統領は英国が加盟すれば米国も入ってきて、共同体を支配するようになると懸念したのです。そうして1967年にも加盟申請を拒否されてしまいました。

 英国のEECへの加盟が実現したのは1973年です。デンマークとアイルランドも同時に加盟しました。ヒース首相は加盟によって英国に繁栄が訪れると喜んだようです。2年後の6月7日には、EECに加盟し続けるかどうかの国民投票が実施。3分の2が加盟維持に賛成しました。

サッチャー政権と懐疑派

 その後、欧州内で統合・拡大の気運が盛り上がる中、英国内にくすぶる欧州懐疑派も存在し続けました。これが顕著になったのがサッチャー政権(1979~90年)時です。

 1984年、サッチャー首相は英国への払戻金(リベート)制度を導入させます。拠出金の大きいわりに恩恵が小さいとして、一定の払戻金が英国に支払われるようにしたのです。

 1992年には投機筋のポンド買いを受けて、英国はサッチャー首相が不承不承加盟した「欧州為替相場メカニズム(ERM)」から脱退。

マーストリヒト条約へ 英国独立党が生まれることに

 1993年発効のマーストリヒト条約によりEECは欧州連合(EU)として発展しますが、デンマークの国民投票批准が否決され発効は延期されました。

 メージャー保守党政権は党内外の議員の反対に遭い、これを抑えて条約を批准したのは同年8月。発効はその3カ月後でした。昨年のEU離脱か残留かを巡る国民投票の実現に大きな貢献をした英国独立党(UKIP)の前身は、実はこの時期に発足しています

 こうして英国は、EUに加盟しながらも独立独歩の姿勢を貫いてきました。欧州単一通貨ユーロを導入せずにポンドを維持し、国境検査なしで往来できるシェンゲン協定にも参加していません。

 2004年、拡大路線のEUは旧東欧を中心とする10カ国の加盟を認めました。新加盟国ポーランド、ハンガリー、チェコなどからの移民が英国にやって来ました。

 EUは域内でのヒト・モノ・資本・サービスの自由な往来を原則としているために、加盟国は域内からの人の流入を制限できません。地域によっては旧東欧の移民で溢れたり、国民医療制度(NHS)の病院や学校が急増する患者や生徒の対応に追われる事態が発生。低所得層の一部は「仕事が奪われる」「福利厚生が手薄になる」などと危機感を覚えるようになりました。

 英国では欧州大陸は元々「外国」という感覚があります。強いポンドと過去の歴史を背景に独立心が旺盛な英国人にとって、統合の拡大化と深化に向けてまっしぐらのEUとその官僚機構は、不信感を覚えずにはいられない存在です。

意見がバラバラの英国

 2016年6月の国民投票では離脱派が僅差で勝利しました。離脱後、英国経済や人々の生活がどうなるのかはまだ分からない状況です。内閣内でさえ離脱の方向については意見が一致していないのです。

 民主的な方法で離脱と決めたのですから、何とか良い結果が得られるよう、政治家の奮闘を期待したいものですが、国内には様々な分断があって、なかなかうまく行きません。

 まず国民ですが、メイ首相が思い切った離脱を実施しようとすればするほど、残留派の国民から不安が生まれます。複数の世論調査を見ますと、以前に離脱派だった人が少し残留派になっているという結果は出ているものの、もう一度国民投票をやった場合に、「残留派が大きくリードする」ことはないと見られています。

 ▽混迷のブレグジット交渉「People's Vote」は実現するのか? - その目的、提案事項、投票体制とは

 与党保守党が離脱強硬派、離脱温和派、残留派に割れており、内閣も割れています。労働党も国会議員の中では残留派が多いのに、労働党の支持者が多いイングランド地方北部に住む人は離脱を選ぶ傾向がありました。

 さて、今、最大のネックになってきたのが、「アイルランド国境問題」です。離脱後にアイルランド共和国が「EU国」で、英国が「非EU国」なったら、英領北アイルランドとアイルランドとの間にモノや人の移動をチェックするため、線を引くことになります。もしそうなれば、地域紛争が起きるという理由から、そして「北アイルランドを英国から切り離す案は受け入れられない」という北アイルランドの政党DUPの反対で、膠着状態です。

 でも、これは交渉が開始された時から分かっていたことでした。英政府側の「なんとかなるさ・・・」ということでここまで来てしまいました。

 筆者自身は残留を支持していたのですが、英国民同様、「なんでもいいから、早く決めてくれ」というのが本音です。

 でも、40数年間一緒に生きたバートナー同士。右往左往しながら、時間をかけて、別れていくものなのかもしれません。


# by polimediauk | 2018-12-04 19:56

(日本新聞協会が発行する「新聞協会報」の10月9日号に掲載された筆者コラムに補足しました。)

 日本経済新聞社が英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)を含むフィナンシャル・タイムズ・グループを買収してから、約3年になる(2015年11月30日に手通き完了)。日経はFTグループの全株式を8億4400万ポンド(当時の計算で約1600億円)で取得した。

 FTの現状を見てみたい。

記事広告が急成長

 買収直前の印刷版の発行部数は約21万部、印刷版と電子版を合わせた有料購読者数は約73万だった。これが2016年に84万6000、17年に91万と着々と増加し、目標の100万まであと一歩となった。特に目覚ましいのは電子版購読者の増加で、17年では前年比(以下同)10%増の71万4000に。有料購読者の4分の3が電子版の購読者になる。

 法人登記資料によると、収入の中で大きく伸びたのが「ブランド・コンテンツ」つまり、記事広告(前年比64%増)。「FTライブ」と題したイベントも収入増に貢献した。購読料収入が柱となるコンテンツビジネス、デジタル広告、イベントからの収入が全体の85%を占めた。

 総収入は約3億2100万ポンド(約475億円)で前年より約1000万ポンド増えたが、営業利益は16年の約660万ポンドから約397万ポンドに落ち込んだ。FT広報部によると、この数字には「海外展開分が入っていない」(FT8月15日付)。海外分も入れると「2000万ポンドを超え、前年の2倍になる」(同)。しかし、登記には営業利益約397万ポンドと計上されている。

 ジョン・リディング最高経営責任者(CEO)の17年の報酬は25%増の255万ポンドだった。営業利益の6割に相当する巨額報酬は、全国ジャーナリスト労働組合のFT支部から大きな反発を食らった。英国のトップ100社CEOの報酬増額幅を見ると、中央値は11%。リディング氏の大幅アップは目を引いた。

 

 リディング氏は職員に向けた電子メールの中で、自分の報酬体制を見直すこと、増額分51万ポンド(税引き前)を社に戻し、女性の上級職への配置の増加と男女賃金格差の解消のために使うと述べた(ニュースサイト「プレスガゼット」、8月15日付)。FTの男女賃金格差は現在18・4%で、英国全体の平均値と一致する。現在、13人体制の取締役会(日経からは男性役員2人)には女性4人が入っている。

 FTで働く人は16年の1306人から17年の1291人になって、少し減っている。1291人の中で、831人(36人増加)が「制作」、201人(21人増加)が「販売・配信」、「事務方」が259人(72人減少)で働いている。

デジタルへの投資

 バーバー編集長は2005年の就任以来、FTのデジタル化に力を入れてきた。

 当時7万5000人の電子版購読者は現在までに10倍以上に増えた。当初は月に無料で読める記事の本数を設定し、これを超えると有料になるメーター制を導入していたが、2015年以降、リディング氏の発案で「1か月1ポンドでその後は有料」という選択肢を提供した。「読者にFTを読むという習慣を作ってもらうこと」が狙いだった。

 読者との結びつきを深めるため、「オーディエンス・エンゲージメント・チーム」を作り、ソーシャルメディアを通じてのコンテンツ拡散に力を入れた結果、アクセスが20~30%増えた。技術投資の成果としては、16年にはウェブサイトのダウンロード最高速度をデスクトップで1・5秒、携帯電話で2・1秒に縮めた。

調査報道で存在感

 FTは経済・金融分野にとどまらず、時節に合った調査報道にも取り組む。

 今年1月、慈善団体「プレジデンツ・クラブ」が主催する男性客に限ったチャリティーディナーに女性記者を接客役として潜入取材させ、複数の女性接客係が男性客にセクハラあるいは性的攻撃を受けていたと暴露報道した。ディナーは毎年、企業の経営陣、政治家、芸能関係者などが出席していた。FTの特報は他の媒体でも大きく報道され、プレジデンツ・クラブは解散に追い込まれた。

 ごく最近の特報としては、今月19日、元副首相ニック・クレッグ氏がフェイスブックのグローバルなコミュニケーション担当として雇用されることをスクープ報道した。

 英新聞界全体を見ると、日本と同様に印刷版の発行部数下落が悩みの種だ。

 英ABCの8月の調査によれば、日刊高級紙市場ではトップがタイムズ紙(約42万8000部、前年同月比5%減)、これにデイリー・テレグラフ紙(約37万部、22%減)、FT(約17万5000部、5%減)、ガーディアン紙(約13万5000部、8%減)の順となっている。

 かつて電子ニュースを無料で提供していた英新聞界の状況は様変わりした。日刊高級紙市場ではタイムズが完全有料制、テレグラフがメーター制を採用し、「有料化はしない」方針のガーディアンはウェブサイトの記事を無料で読めるようにする一方で、有料購読、寄付、月ぎめ会費を払う「サポーター」制などの選択肢を提供する。インディペンデントは2年前に電子版のみとなり、その簡易版「i(アイ)」は地方新聞大手に売却されて、発行を続けている。

 FTを含む各紙はそれぞれの生き残り策を編み出したといえよう。



# by polimediauk | 2018-10-24 09:42 | 新聞業界

 英国の欧州連合(EU)からの離脱=「ブレグジット」=に向けて、交渉が続いている。

 大詰めに入った現在、「アイルランドとの国境問題」が最大の障壁になってきた。

 改めて、その中身を見てみたい。

 参考:「Q&A: The Irish border Brexit backstop」(BBCニュース)

英国とアイルランドの関係

 「アイルランドとの国境問題」という意味は、地図を見ると納得する。英国の西側に位置するのが、アイルランド島。南部は英国同様にEU加盟国のアイルランド共和国だ。しかし、北の6州は英国の一部で「英領北アイルランド」(あるいは単に「北アイルランド」)と呼ばれている。

 なぜ北だけ英国なのか。

 歴史をさかのぼると、アイルランド島はお隣の英国(「イングランド王国」)に長年支配されてきた。イングランドによるアイルランドの植民地支配が始まったのは12世紀だ。

 18世紀になると、キリスト教・プロテスタント派の国である英国がカトリック教徒が住む国アイルランドを併合。

 英国からの独立運動が実を結んだのは20世紀に入ってからだ。1916年、独立を求める「イースター蜂起」がダブリン(現在のアイルランドの首都)で発生するが、英軍に鎮圧されてしまう。第1次世界大戦終了後、アイルランド独立戦争(1919~21年)を経て英愛条約(1921年)が結ばれた。1922年、アイルランドは英連邦内の自治領「アイルランド自由国」として独立した(1949年に、アイルランド共和国に)。

 

 この時、北部アルスターの6州はプロテスタント系住民が大部分で、英国からの独立を望まず、「北アイルランド」として英国にとどまった。

北アイルランドの紛争

 北アイルランドではプロテスタント住民が大部分でカトリック住民が少数派という時代が長く続き、警察や政界などの支配層のほとんどもプロテスタント系だった。1960年代に入り、それぞれの宗派が民兵組織を使ってテロや武力抗争が発生した。この紛争で3000人以上が命を落としている。

 1998年、北アイルランドの帰属を住民の意思にゆだねる和平合意(「ベルファスト合意」)が調印され、かつての敵同士プロテスタント系、カトリック系をそれぞれ代表する政治家が自治政府を発足させた。今からちょうど20年前である。

 しかし、現在、北アイルランド議会は機能していない。再生エネルギーの利用促進にかかわる補助金の使い方をめぐって議会内で意見が対立し、空転状態が続いているからだ。

 それでも、北アイルランドとアイルランド共和国にあった国境検問所が使われなくなり、互いを自由に行き来できるようになった事実は変わらない。1960年代、70年代と比較すれば、夢のような平和が実現していると言っても良いかもしれない。

ブレグジットで困ること

 英国もアイルランド共和国も、現在はEU加盟国だ。そこで、EUの関税同盟に入っており、域内の単一市場の一部でもある。「人、モノ、サービス、資本」の自由な行き来が可能だ。

 ところが、英国のEU離脱で、困った事態が発生した。英国がどのような条件で離脱するのかについては今まさに交渉が続いているが、離脱後、もし「移行期間」中(2020年12月末で暫定合意)までに新たな関税上の取り組みが決まらず、「交渉決裂」で離脱となった場合どうするか。

 つまり、アイルランド共和国はEU加盟のままになっている一方で、英国は離脱となると、アイルランド島の中で、北は非EU、南はEUというそれぞれ異なる貿易圏・市場圏になってしまう。

 そこで、北アイルランドと南のアイルランドの間に何らかの「線を引く」必要がある。異なる経済圏になってしまうわけだから、人、モノ、サービス、資本の行き来にはチェック機能が必須だ。

 しかし、国境検問所を復活させた場合、つまり「物理的な国境(ハード・ボーダー)」を設けるとなると、国は違えど「EU」という大きなグループの中に入っていた北と南が「(また)分断」してしまい、治安上の懸念(異なる宗派同士の争いの復活の可能性)が出てきたのだ。

 

 では、アイルランド島内では北も南もEUの規則をそのまま適用していこう・・・となったらどうなるか?そうすれば、新たなチェック機能は必要なくなる。

 これはまず、北アイルランドのプロテスタント系地域政党・民主統一党(DUP)が頑として許さない。

 というのも、そうなれば、英国の中で北アイルランドだけに別の規則が適用されることになる。英国への帰属を選択した北アイルランドの政治家としては、これは絶対にダメである。地理的にはアイルランド島にあるものの、「自分たちは英国人」と考えるのが北アイルランドに住むプロテスタント系アイルランド人なので、こんな形で「北アイルランドは南のアイルランドとくっついて、一つにまとまっていなさい」と言われても、受け入れられないのである。

交渉ではどうなっているか

 離脱を目指して、EU側と交渉を続けている英政府だが、EU側も英政府側も「ハードボーダーは築かない」方針だ。

 では、どうするのか?

 これまでに、英政府とEU側は「オープンな国境」を維持することで合意している。アイルランド島全体の経済を支援し、ベルファスト合意を守ることも合意済み。しかし、これ以上になると、意見はまとまっていない。

 そこで、移行期間中内に新たな関税についての取り組みが決まらなかった場合、EU側が「バックストップ(最後の守り手)案」として提示しているのは、北アイルランドを関税同盟に加盟したままでおくこと(メイ首相は、ブレグジットになれば、英国は関税同盟からも単一市場からも抜け出ると宣言している)。単一市場やEUの付加価値税体制にも、北アイルランドは加盟を維持したまま、とする。これは「北アイルランドだけに適用される」とEUの交渉役ミッシェル・バルニエ氏は述べている。

 これでは、アイルランド島と英国本土の間の海に「線」が引かれることになる。英国本土の方は関税同盟も単一市場にも入らないが、北アイルランドのみが一時的にせよ、加盟していることになるからだ。

 この案では英国が分断されてしまうので、英政府は拒否しており、代わりにメイ首相が主張しているのは英国全体を一定期間、一時的に関税同盟に入れたままにすること。離脱強硬派としては、この「一定期間」が不安を誘う。いつまでもずるずるとEUの中に残り続けるのではないか、と。

 14日、離脱担当大臣ドミニック・ラーブ氏はブリュッセルに行き、バルニエ主席交渉官と緊急会談を行った。「交渉がまとまったのか?」と一時報道されたが、結局、明るいニュースは出なかった。18日のEUの定例首脳会議でも進展なし。

 現在、先を読める人がほどんといない状況だ。

***

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# by polimediauk | 2018-10-23 18:26 | 英国事情

(「英国ニュースダイジェスト」掲載の筆者のコラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 英国では、9月から新学期が始まっています。

 筆者の自宅は、小学校に面しています。朝8時過ぎになると、子供を学校に連れてくる親が運転する車で、周辺の道路は大混雑します。午後3時半ごろの下校時には、再度、車の「ラッシュアワー」の到来です。

 日本からすると不思議な光景かもしれませんが、英国では親が子供の通学の送迎をすることが慣習になっているのです。仕事を持っている親は大変です。なかにはニーズに合わせて働き方を調整できる「フレックス制」を利用している人もいるかもしれません。

すべての従業員が利用できるフレックス制

 英国では2003年の法律により、仕事を持つ親に6歳以下の子供や、介護を必要とする子供(2007年からは成人も)がいる場合、雇用主に対して、就業時間を調整するなどのフレックス制を要求する権利が保障されています。2014年からは、すべての従業員にこの権利が認められるようになりました。

 フレックス制には、様々な形態があります。

 例えば、2人で一つの仕事を担当する「分担労働」、オフィス以外の場所、例えば自宅などで働く「リモート労働」、フルタイムより少ない時間で働く「パートタイム」。更に、フルタイムと同じ就業時間を少ない日で働く「まとめ勤務」や、就業時間の始まりと終わりを調整する「フレックスタイム」など。

 フレックス制を利用したい従業員は、雇用主にこの制度の利用を求める申請書を提出します。申請条件は、その会社に過去最低26週間は勤務していること。いつからどのように制度を利用したいか、ビジネスにどれほどの影響が出る見込みで、どのような方法でそれを回避するかなどを記します。

 申請書を受け取った雇用主は3カ月以内に返答をしますが、もし許可をしない場合、合理的と思われる理由を示さなければなりません。申請が却下され、従業員がこれを不服とした場合、雇用主に再考を求めるために労働裁判所に訴えることができます。

92%がフレックス制を導入

 実際に英国では、一体どれほどの人がフレックス制を利用しているのでしょうか?

 政府の依頼を受けて、英国の働き方について調査をした報告書「グッド・ワーク」(2017年7月発表)によると、雇用主の92%が何らかの形のフレックス制を導入しており、過去1年間に利用した従業員は60%。別の調査では70%を超えたとする結果もあります。

 近年、インターネットを通じて単発の仕事を受注する「ギグ・エコノミー」方式で働く人も増えていますから、働く人の大部分が何らかの形でフレックス制を使っているとも言えそうです。

 では、フレックス制で企業はどんな恩恵を得ているのでしょう?世論調査会社ユーガブによれば、89%の雇用主及び従業員がフレックス制は職場の生産性を上げると答えているそうです(2017年10月)。

 就業時間を調整する場合、朝の9時から午後5時までという通常の時間よりも早く始まり、早く終わる形を多くの従業員が求めている結果も出ています(同年11月)。最も好ましい就業時間は朝8時から午後4時でした。

 なるべく早く仕事を終わらせて、自分の時間を過ごしたいという英国人の気持ちが表れているようです。

 一人一人の働き手の生活事情に合わせて、より自由なスタイルで働く仕組みとして広がっているフレックス制ですが、決して良いことばかりというわけではないようです。

 例えば会計会社デロイト・トーマツと人材コンサルタント会社タイムワイズの調査によると、フレックス制利用者の中には、「フレックス制を使わない同僚よりも仕事受注の機会が減少した」、「昇進が遅くなった」と感じる人がいるそうです(「フィナンシャル・タイムズ」紙、2018年6月28日付)。

 来年、フレックス制の見直しが行われることになっています。見直しにより更に働きやすい環境が実現し、様々な生活環境を持つ人たちが、雇用市場に参加できる社会になるといいのですが。

キーワード Gig economy(ギグ・エコノミー)

「ギグ(単発の仕事)」を基盤とした働き方や、それによって成り立つ経済形態です。タクシー・サービス、出来合いの食事を運ぶサービスなど、インターネット経由で仕事を受注します。いつどれぐらいの時間働くかを決める自由度はありますが、最低賃金の支払い保証や有給休暇がないなど、労働者としての権利が十分に保護されない負の側面もあります。


# by polimediauk | 2018-10-16 06:35 | 英国事情

 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」9月号掲載の筆者コラムに補足しました。)

 9月28日、フェイスブックの利用者5千万人の個人情報がハッキングによって流出したことが発覚した(FBにハッキング、5千万人の情報が危険な状態に 他サイトのアカウントも)。

 フェイクニュースについて調査を続けている英下院の文化・メディア・スポーツ委員会のダミアン・コリンズ委員長は、「これまで再三依頼しているように、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOにはぜひ委員会の公聴会で事情を説明してもらいたい」とツイートした。

 委員会は今年7月29日、「偽情報と『フェイクニュース』についての調査報告書」(中間報告)を発表している。フェイクニュースが社会に与える影響や、民主主義が今後どうなっていくかを調査したもので、英米両国でメディア関係者、監督組織、テクノロジー企業の経営幹部など61人を召喚して事情を聞き、150を超える参考文書の提出を受けた。現時点での概要を伝えてみたい。

昨年から調査を開始

 対象とした調査項目は「何がフェイクニュースか」、「フェイクニュースが国民の世界観にどのような影響を及ぼしているか」、「年齢、社会的背景、性別などの要素によってフェイクニュースの使い方や反応は異なるか」、「広告の販売方法の変化がフェイクニュースの成長を促したのか」。

 中間報告書の構成は、

 (1)序、これまでの背景(フェイクニュースとは何か)

 (2)テック企業の定義、役割、司法責任

 (3)フェイスブック、GSR(グローバル・サイエンス・リサーチ)社及びケンブリッジ・ アナリティカ(CA)社事件におけるデータ利用

 (4)政治運動

 (5)政治運動におけるロシアの影響

 (6)外国の選挙でのSCL社の影響

 (7)デジタル・リテラシー

 の7章構成となっている(GSR社、CA社、SCL社については後述)。

フェイクニュースは「民主主義への潜在的脅威」

 委員会は、フェイクニュースを「民主主義や価値観に対する」潜在的脅威の1つと捉えている。

 フェイクニュースは「金銭あるいはほかの利を得るために作られ、国家が後ろ盾となるプログラムを通して拡散されるか、選挙に影響を及ぼしたいなどの特定の目的を持っている人々によって、事実を捻じ曲げて広がっている」。

 委員会は民主主義が危機状態にあると認識し、「共有する価値観、民主主義的な組織の品位を守る」ために、何からの行動を起こす「ときが来た」と考える。報告書には次に何をすべきかが記されている。

 委員会の調査はフェイスブック、CA社をめぐる疑惑の発覚に合わせて、臨機応変に進んだ。

 今年3月、英オブザーバー紙や米ニューヨーク・タイムズ、英テレビ局チャンネル4が中心となって、英選挙コンサルティング会社CA社(5月、廃業)がフェイスブックの利用者の個人情報を誤用したとする報道を行った。いわゆる、「ケンブリッジ・アナリティカ事件」だ。

 これまでの報道によると、CA社は2016年11月の米大統領選と、その半年前に行われた英国の国民投票(欧州連合に英国が加盟し続けるか離脱するか)での投票行動に影響を及ぼすために、数千万人分のフェイスブックの利用者の個人データを「不正利用」。データはケンブリッジ大学のアレクサンドル・コーガン教授が開発したフェイスブック用アプリを通じて「吸い上げられた」。コーガン教授がアプリ開発のために設置したのが、GSR社である。

 委員会は、事件の関係者を公聴会に召喚し事情を聞いた。質疑に応じたのは、元CA社員のクリストファー・ワイリー氏、同社のCEO(当時)アレクサンダー・ニックス氏、コーガン教授など。ワイリー氏は、オブザーバー紙の情報源である、フェイスブックのザッカーバーグCEOも公聴会に出席するよう何度か依頼されたが、同氏は応じなかった。

「情報やニュースに接触する方法が深い意味で変わっている」

 (1)「序とこれまでの背景(フェイクニュースとは何か)」の中に、テクノロジーと人間の関係を考える「センター・フォー・ヒューメイン・テクノロジー」のトリスタン・ハリス氏の言葉が引用されている。「フェイスブックの利用者は世界で20億人。キリスト教徒の総人口とほぼ同じだ。ユーチューブの利用者18億人はイスラム教徒全員の数とほぼ一致する」。また、先進国に住む人は1日に約150回携帯電話をチェックしているという。

 報告書は、「私たちが情報やニュースに接触する方法が深い意味で変わっている。しかも私たちの大部分が無意識に起きた変化」であると指摘する。

 フェイクニュースとは何か?この言葉には決まった定義がなく、読み手が自分の考えていることにそぐわないニュースをこのように呼ぶこともある。そこで、報告書はフェイクニュースという言葉を使う代わりに「間違った情報・誤情報(ミスインフォメーション)」、「欺くために故意に発信する偽情報(ディスインフォメーション)」という言葉を使うよう推奨している。

テック企業に責任を求める

 (2)「テック企業の定義、役割、司法責任」の項では、誤情報、偽情報が伝播されるのはテクノロジー企業のプラットフォーム上であり、これは「規制がない空間」であることを指摘。個人情報の保護について責任を持つ英規制組織「情報コミッショナーのオフィス」の権限の強化を求めた。

 また、選挙管理委員会の意見を参考にし、ネットを使ったすべての選挙運動はどこの組織が誰の資金で行っているかを簡単に識別できるようにするべき、とした。

 ソーシャルメディアを運営するテック大手に対して、報告書は厳しい姿勢を見せた。

 テック大手が自分たちは「単にプラットフォームに過ぎない」として伝達するコンテンツに責任を持たないやり方はもはや許されないとし、こうした企業に対し、英政府が「プラットフォーム」でもコンテンツの「発行者」でもなく、「新たなカテゴリーを設けるべきだ」という。テック大手はその活動について透明性を欠き、個人情報の保護について不十分であると指摘し、デジタル空間での権利保護のための仕組み作りが必要と述べる。

 特に厳しく批判されたのはフェイスブックだ。

 ミャンマーの少数民族ロヒンギャに対するヘイトスピーチがフェイスブックを通じて拡散され、これが民族浄化行為の発生につながったと報告書は指摘した。テック大手には「グローバルな倫理規定」を設けるよう呼びかけ、もしこれが実現しない場合「政府は倫理規定を強制的に順守させる規制を導入するべき」としている。

 

 (3)「フェイスブック、GSR社及びケンブリッジ・ アナリティカ社事件におけるデータ利用」では事件の一部始終を記し、フェイスブック側の対応が不十分であったために「データの操作、誤情報、偽情報」が拡散されたとして、CA事件の後にも同様の事件が発生したことを記している。

 

 (4)「政治運動」の項では、「政治についての議論を活性化するためにソーシャルメディアが役割を果たすようになったことは知られている」ものの、一人一人の個人に対しほかの人には知られないやり方でメッセージを送ることができるようになってから「まだ日が浅い」。公の場での選挙運動とは異なり、「新たな問題が生まれてきた」。報告書は政府に対し、電子上の政治運動を法律の中で位置づけるよう求めた

 

 (5)「政治運動におけるロシアの影響」の項では他国政府と連携しながら、「ロシアからの政治干渉を防ぐよう」英政府に求めている。

 

 (6)「外国の選挙でのSCL社の影響」のSCLとはCA社の親会社SCLエレクションズ社を指す。

 3月、英メディアは同社がケニア、ガーナ、メキシコ、スロバキアなどの選挙で誤情報、偽情報を流布させ、倫理に反するあるいは違法な行為を行っていた可能性を暴露した。

 報告書はSCL社が複数の国で違法行為の疑いがある活動を行っているとして、その調査は委員会の「対象外」になるため、政府に対し犯罪捜査を開始するよう求めた。

 最後の(7)「デジタル・リテラシー」の項目では、委員会は政府が年内に発表する、インターネットを安全に使うための白書に「リテラシー教育税」の導入を入れるよう提案した。慈善団体や非政府組織が開発するリテラシー教育をこの財源で実施に移す。「デジタル・リテラシーは読み書きと計算に次ぐ、教育の第4の柱だ」。

 7月29日付の社説で、英ガーディアン紙はこの報告書を高く評価した。フェイクニュースがソーシャルメディアを通じて広がる中、何をするべきかが明確に書かれているからだ。フェイクニュース拡散問題において、「中立という選択肢はない」と言い切っている。

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 参考

 英議会の関連サイト


# by polimediauk | 2018-10-02 16:41 | ネット業界

 日本人が、宇宙旅行の初めての個人客になる!この驚きのニュースが発表されたのは、つい最近のことである。

 日本のファッション通販大手「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」を運営する「スタートトゥデイ」社の前澤友作社長が、電気自動車大手の米テスラ創業者イーロン・マスク氏が手掛ける宇宙ベンチャー「スペースX」と月旅行の契約を結んだという。

 スペースXの月旅行にZOZOの前沢氏 2023年計画 日経新聞

 

 筆者は、この画期的なニュースを当初BBCの報道で知ったが、17日にスペースXの本社(米カリフォルニア州ホーソーン)で行われたマスク氏と前澤氏の記者会見の様子を、広瀬隆雄氏のブログ記事で興味深く読んだ。

 ZOZO前澤友作Space X本社における英語のスピーチはなぜ100点満点?

 なぜ「興味深い」と思ったのかというと、広瀬氏が前澤社長のスピーチをほめていたからだ。

 ブログの中に紹介されている動画から、26分過ぎに出てくる社長のスピーチを筆者も視聴してみた。そして、感心してしまった。日本にいるビジネスピープル(男女)が、英語圏でスピーチをする際の良い例と思ったからだ。

 どのように優れているのかについては広瀬氏が書いているけれども、筆者が見たところでは

 *主旨がはっきりしている

 *わかりやすい

 *聴衆に語り掛けている

 *最後に動画や文字によるまとめを見せて、メッセージが記憶に残るようにしている

 点が特に良いように思った。

 広瀬氏は米国在住が長く、投資業務を仕事としている。ありとあらゆるアクセントの英語を聞きながら仕事をしてきた経験がある広瀬氏のお墨付きであるから、筆者には大変参考になった。

日本語のアクセント、どう評価する?

 その一方で、別の興味深い評価があった。

 前澤氏が世界初の月旅行へ。記者発表を見ながら考えた、アメリカ人とのビジネスで知っておいた方がいいこと

 ヤフー個人ニュースでの「同志」となる安部かすみ氏が、前澤社長のスピーチ、特にアクセントについて少々厳しい見方を示しているようである。

 以下は、一部の抜粋である。 

 会見について、2つ残念だった点がある。1つは前澤氏の英語のアクセントだ。あれだけの長い記者発表を英語で行ったことは、とてもすばらしい。だが、宇宙という壮大なトピックについての世界に向けた記者会見において、アメリカ人や英語ネイティブにとって「なじみのない英語、聞き取りにくい英語」だった。

 日本では、外国人がカタコトの日本語でスピーチをしようものなら、日本語習得がんばってと親近感がわくだろう。しかしアメリカでは事情が異なる。英語は話せて当たり前とされているため、一般的になじみのないカタコト英語をアメリカ人は「Bad English」として揶揄する傾向がある。本人にはもちろん直接言わないしメディアもそれについてわざわざ書かないが、「Bad Englishを話す人」と印象づけられるのはもったいない。

 ここで断っておくが、筆者は広瀬氏も安部氏も同様に尊敬している。それぞれ在米の方で、お二人の視点・分析には敬意を抱いている。

 今回、お二人は同じスピーチについて、やや異なる感想を持ったようだ。広瀬氏の方はプレゼンテーションの仕方も含めてスピーチを好意的に評価し、安部氏は負の面に注目して、「こうしたほうがいい」とアドバイスしている。

 広瀬氏、安部氏の両方の評価を紹介したが、筆者が改めてこのエントリーを書こうと思ったのには、理由がある。

 例えば、今現在、日本で多くのビジネスピープル(以前は「ビジネスマン」で良かったが、今は男女どちらの場合もあるのでこの言葉を使っている)を含む様々な方が英語を勉強しているに違いない。この中で「海外、特に英語圏で英語でスピーチをするとき、日本語アクセントはどう受け止められるのか?」と知りたく思ったり、なかなか日本語アクセントが抜けない人は「自分はまだまだ、ダメなんだ」と思ったりする人がいるかもしれない(相当数かもしれない)。

 そこで、筆者は英語の専門家ではないけれども、ロンドンに住んで仕事や生活圏で英語を使い、時々は英語でスピーチをしたこともある経験から、何かヒントになるようなことを記すことができれば、と思ったのである。

ロンドン在住者から見て、気づいたこと

 気づいたことを、幾つか挙げてみたい。

 *「英語圏」と言っても、どの国・都市かそして誰が聞き手かによって、アクセントの評価が異なる可能性がある(例えば、アメリカでは出身国のアクセントがある英語を話せば、「Bad Englishを話す人」としてくくられてしまう傾向が強いのだろうか?)。

 *人種、出身国、貧富や教育の差、そのほかの社会的背景などが異なる人々に囲まれて生活するロンドンにいる場合、人種や出身国に由来するアクセントは、話の中身の判断という面からはほとんど問題視されない。この点は、声を大にして言っておきたい。  

 *上の項目に関連するが、ロンドンの場合、誰しもがそれぞれのアクセントで話すのが普通。理論ではなく、現実がそうなっている

 *「標準英語」と言われる発音(例えば「Received Pronunciation」=容認発音)で話す人は、英国の人口全体のほんの数パーセントと言われている。

 ただし、英国では発音・アクセントに人々が鈍感なわけではない。「口を開けば、その人の社会的背景が分かる」と言われ、どんな言葉を使って何をどんな風に話すかについては、かなり敏感だ。例えば、少し前になるが、知性に欠けている英語を話す人として、ある著名サッカー選手がよく笑いものにされたものだ。

 大勢の人の前で話す、スピーチの場合はどうか?

 ここでは、前澤社長のように、「公式の場で」「一定の知識人や報道陣の前で話す」ことを前提にしてみよう。

 発音・アクセントに絞ってみると、筆者のこれまでの経験(聴衆の一人だったり、話す側だったり)で重要なことは:

 分かりやすいこと。意味が通じること。

 これが鉄則だ。特定のアクセントがある・なしは関係ない。誰にでもそれぞれのアクセントがあるからだ。繰り返しになるが、英国では標準英語を話す人は数%しかいないのだ。しかも、この標準アクセントも英国南部のエリート層が話す英語を基本にしたものであり、そのルーツは必ずしも「中立」ではない。

 最後に、筆者が前澤社長の日本語アクセントをどう評価するかを書いておきたい。あくまで私見であるが、実体験に根ざした見方として参考にしていただければと思う。

 筆者が思ったのは「確かに日本語アクセントがある英語だった」。しかし、「わかりやすい英語だった」。聞いている人に意味が通じただろうと思う。少なくとも英国・ロンドン的には「わかりやすかったか、意味が通じたか、メッセージが伝わったか」が評価点である。


 筆者の結論としては、「日本語アクセントがあったが、わかりやすい、綺麗な英語だった」。


 筆者が英国に移住したのは、16年前だ。現地の英語が分からなくて、右往左往したものだ。英語で公にスピーチをしなければならないとき、筆者は練習するために音声を録音する。あとで再生してみると、自分の英語のくせ・日本語アクセントが分かる。典型的な日本人の一人として、例えばthやfの発音、それにlとrの違いがうまくできない。一生懸命矯正しようと思うのだが、なかなかできない。


 なぜ矯正しようと思うのかというと、いわゆる「日本語アクセント」を消したいからというのではなくて、「thやfの発音、それにlとrの違いがうまくできない」ことによって、意味が通じないことがあるからだ――録音を聞くと、いくつかの言葉の発音が不明瞭なため、自分で話したことなのに、「は?」となるのである。これでは、いけない(!!)。

 スピーチをしていて、ある単語や文章の意味が通じなかったら、100%アウトなのである。

 そこで、今英語を勉強中の皆さんに伝えたかったのは、「日本語アクセントを消す」というよりも、英語の特徴となる幾つかの発音をしっかりできるようにして、相手にとって「わかりやすいかどうか」を目標にしていただきたいと思う。

 どれほど頑張っても「ネイティブのように」話すのは容易ではないし、英国に住んでいると、この「ネイティブ」とは誰なのか?と考え出すと、問題が限りなくぼやけてくる。つまり、どの社会層に属する誰のアクセントを目指すべきなのか?BBCのアナウンサーのような「標準英語」を話したら、気取った人と思われなくもない・・・。自分のこれまでの経験がにじみ出る英語しかないし、みんなそうやって話している。

 筆者もまだまだ勉強中だ。

 自分が主張したいことを相手に伝え、より楽しい議論につながるよう、頑張っていきましょう!

 


# by polimediauk | 2018-09-27 16:46 | 日本関連

 2008年9月15日、米国で第4位の規模となる(当時、以下同)大手証券会社・投資銀行「リーマン・ブラザーズ」が経営破綻した。多くの人にとって、同社の破綻とそれに続く世界的な株安、信用不安、不景気は世界金融危機を象徴する事件として記憶されている。いわゆる、「リーマン・ショック」である。

 筆者は、破綻が報道されたとき日本に一時帰国していた。テレビ画面でリーマン・ブラザーズのニューヨーク本社の建物から段ボール箱を抱えた社員が三々五々、出てきた光景を思い出す。

 同じ日、米証券第3位のメリル・リンチは第2位のバンク・オブ・アメリカに救済買収されることに同意し、翌日には財政難に陥った米保険最大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)が米政府から巨額の公的融資を受けることになった。米金融界が急速に瓦解して行く様を目撃しているようだった。

 リーマン・ブラザーズの破綻劇は英国の政界・金融界と奇妙に結びついている。

 というのも、リーマン社の売却先候補として最後まで交渉を行っていたのが、英バークレイズ銀行だったからだ。何とか破綻させまいと、米英の財務関係者、バークレイズ、リーマンとの交渉が連日続いた。交渉は難航したが、最後にリーマンの息の根を止めたのはダーリング英財務相だった。

 バークレイズとしては、買収にはリスクが伴うため、英政府から何らかの保証を得たいところだった。しかし、ダーリングはこれに同意せず、ポールソン米財務長官にもそう伝えた。「英国の納税者が米国の銀行を救済するようであってはいけない」と思ったからだ(同氏の著書『バック・フロム・ザ・ブリンク』)。

 バークレイズは買収を断念。買い手を失ったリーマン・ブラザーズは破綻申請を行った。

 しかし、バークレイズはすべてをあきらめたわけではなかった。投資銀行部門を充実させることが長年の願いであったため、リーマンの北米投資銀行業務を買収したのである。

 ロンドンから見た、世界的な金融危機の様子を振り返ってみたい。

フランスの銀行の不振が赤信号を灯らせた

 危機発生の直接のきっかけは、信用力が低い個人や低所得者層を対象にした米国の住宅ローン「サブプライム・ローン」の焦げ付きだ。米国の金融機関ばかりか、英国の金融機関もこの種の貸し付けをどんどん提供していた。

 このローンは通常の融資よりも審査基準が甘く、かつ金利が高く設定された。当初は低金利でも途中から大幅に上がる仕組みとなっていた。住宅を担保とし、住宅価格の上昇を背景に2000年以降、急速にこの種のローンの販売が増えた。

 しかし、04年、米連邦準備制度理事会(FRB)が住宅バブルを抑えるために金融引き締め策を導入すると、06年頃から住宅価格が下落に向かった。これがサブプライム・ローンの焦げ付きを多発させるようになった。

 

 2007年8月9日、リーマン・ショックのほぼ1年前、ダーリング財務相はあるニュースを目にした。フランスのBNPパリバ銀行が傘下のファンド凍結を発表したという。ファンドが投資していたサブプライム関連の証券化商品の価値が急落したことが原因だ。

 住宅ローン専門の金融会社ノーザン・ロックのアダム・アップルビーCEOは、パリバ銀行の窮地に衝撃を受けた。「この日、世界が変わった」と発言している。ノーザン・ロックは積極的にサブプライム・ローンを提供しており、資金難に陥っていたのである。

 欧州中央銀行(ECB)は短期金融市場に948億ユーロを供給し、米FRBも240億ドルの資金供給を行うことになった。FRBは4日後、公定歩合の0・5%緊急引き下げを決定している。

ノーザン・ロックの取り付け騒ぎ

 8月14日、ノーザン・ロックの代表が英中央銀行(イングランド銀行、BOE)に対し、資金繰りが厳しくなったことを相談する。国内の銀行業務を監督する金融サービス庁(FSA)がノーザン・ロックの会計を検査し始めた。ノーザン・ロックは十数行の銀行に融資ビジネスの引継ぎを打診したが、応じる銀行が見つけられず、BOEに対し、緊急融資を依頼した。

 9月13日、金融市場の安定化のため、BOEが市中銀行に44億ポンドの資金を提供する。ノーザン・ロックが資金繰りに悩んでいるという噂が出て、同行の株価は過去4年で最低値に下落した。

 この日、BBCはBOEがノーザン・ロックに財政支援をするとスクープ報道した。これが引き金となって、翌日、140万人の顧客がノーザン・ロックから預金の引き出しに走った。一日で10億ポンドが引き落とされてしまった。19世紀以来、初の取り付け騒ぎである。

 ダーリング財務相がノーザン・ロックの預金全額を政府とBOEが保証すると宣言したのは、取り付け騒ぎから4日後だった。「遅い!」と国民から批判されたものの、銀行前に並ぶ預金者の数が次第に減少し、騒ぎはいったんは収束した。2008年2月、ノーザン・ロックは一時的に国営化された。

リーマン・ショックの後で

 2008年9月のリーマン・ショック以降、英銀行界は政府に助けられながら、何とか息をつないだ。

 10月8日、政府は大手銀行への資本注入を中心とする包括的な銀行救済案を発表した。これによって、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド銀行の83%、ロイズ銀行の43%を国が所有することになった。政府はその後、後者の株を売却し、ロイズ銀行は民営に戻った。ロイヤル銀の方の株は若干売却されたが、ほとんどの株はまだ政府が所有中だ。

 この後、欧州ではアイルランド、ギリシャ、ポルトガルが危機状態となり、欧州当局が救済策を提供する事態も発生した。

もう1つのスキャンダル、LIBOR

 リーマン・ブラザーズをもう少しで買収するところまで行ったバーククレイズ銀行に、ある不祥事が発覚する。

 2005年ごろからくすぶっていた疑惑で、短期金利の国際的指標となる「ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)」の不正操作を行ったという。

 12年6月、バークレイズ銀行は「銀行間貸出金利の操作未遂と不正報告」によって、英米の捜査当局から総額2億9000万ポンドの罰金の支払いを命じられてしまう。

 LIBORは住宅ローンなどの設定基準として使われる金利だが、不正行為は大手銀行への信頼をますます損なう結果となった。

▽金利不正操作で巨額罰金 バークレイズ銀行不祥事の背景とは

 関与していたのはバークレイズだけではなかった。JPモルガン証券、ゴールドマン・サックス、シティグループ・フィナンシャル・マーケッツのトレーダーも不正操作に関与していたが、大手銀行として注目度が高いバークレイズは国民や政治家の怒りを一気に買ってしまった。 

 ボブ・ダイヤモンドCEOは、財務相や中央銀行からプレッシャーをかけられ、辞任せざるを得なくなった。

 経営難や不正行為を発生させたのに巨額の報酬を受け取る銀行経営陣たちを、メディアや国民は「太った猫」と呼ぶようになった。

また起きる?

 今回のような、グローバルに広がった金融危機は再発するのだろうか?

 これまでに何度も金融危機は発生してきたので(もっとも著名なのは、1929年の米国市場の株価暴落による大不況)、いつかはまた起きると考えても良いだろう。

 金融街をテーマにした数冊のノンフィクションで知られる作家フィリップ・オーガー氏(最新作はバークレイズ銀行の歴史を描いた『少し生きた銀行(ザ・バンク・ザット・リブド・ア・リトル』)が筆者に語ったところによれば、「10年前と比べて、金融体制は安全になったと思う」。

 しかし、返済の見込みがない顧客を対象にしたサブプライム・ローンを多くの金融機関が大量に販売していたことが象徴するように、「顧客のケアよりも収益を上げることを重視する銀行のビジネスモデルは変わっていない」と指摘する。「利益を上げれば、巨大なボーナスをもらう仕組みもほとんど変わっていない」。

 オーガー氏の懸念は「10年前に発生した危機についての記憶が、人々から薄れてしまうことだ」という。

 (*オーガー氏との一問一答インタビューをWeb Ronzaに出しております。よかったら、ご覧ください。)

リーマン・ショック10年 英でインタビュー 1 作家・オーガー氏「銀行のビジネスモデルが変わらない限り、危機はまた起きる」

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参考

「実録 世界金融危機」(日本経済新聞社編、日経ビジネス人文庫)

 ノーザン・ロック事件の教訓

リーマンブラザーズの破綻と英国経済への影響


# by polimediauk | 2018-09-19 17:25 | 英国事情