小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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メディア展望」(新聞通信調査会発行)6月号掲載の筆者記事に補足しました。

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 毎年イタリア・ペルージャで開催される「国際ジャーナリズム祭」が今年は4月3日から7日まで行われ、世界各地からやってきた学者、リサーチャー、ジャーナリスト、メディア組織の編集幹部、学生、一般市民などで賑わった。

 もともとは地域活性化の一環として始まり、今年は約650人のスピーカー(女性は49%)が約280のセッションで熱弁をふるった。運営費用はフェイスブック、グーグル、アマゾン、欧州委員会、コカ・コーラ社、ネッスル社、衛星放送スカイ、金融機関ユニポールと小規模なNGO組織、そしてペルージャがあるウンブリア州地域の自治体などが提供した。

ハンガリーとメディアの寡占化

 まずは報道の自由を扱った数多くのセッションの中から、欧州の中でも「典型的なポピュリズムの国」と言われるハンガリーの例を紹介したい。

 反移民・難民、「キリスト教文化の維持」を前面に掲げるオルバン首相による強権政治が行われているハンガリー。首相の与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」は下院議席の3分の2を占める。これを活用して、政権は司法権の縮小やメディア規制に力を注いできた。国内のメディアの90%が直接あるいは間接的に与党の支配下にあると言われている。

 「ハンガリー:非リベラルな民主主義のメディア」と題するセッションの中で、3年前まで左派系最大手の新聞「ネープサバッチャーグ」の元副編集長で、今は調査報道のサイト「HVG」の編集長マートン・ゲーゲリー氏が体験を語った。

 ネープサバッチャーグ紙の突然の廃刊は、2016年10月。その理由は、政権の強硬な反移民政策を批判したためと言われている。

マートン・ゲーゲリー氏(撮影 Maria Lisa Brozetti)
マートン・ゲーゲリー氏(撮影 Maria Lisa Brozetti)

 3年前、ネープサバッチャーグを含む5大主要紙の中で、3紙は政権に批判的で、2紙は政権寄りだったが、今は3紙のみとなったという。「2紙は政権寄りで、1紙は批判的だが、部分的には政権に妥協している」

 「政権に批判的なメディアが存在するからこそ、権力にプレッシャーを与えることができる」。しかし、メディアの大部分が政権を支持していれば、「国民は何がよくて何が悪いかを見極めることができなくなる」。

 ハンガリーのシンクタンク「メディア・データ・社会センター」のディレクター、マリウス・ドラゴミル氏は「メディア・キャプチャー(メディアの寡占化)」という言葉を使って、ハンガリーの状況を説明した。

 「まず法律を変えて、メディアの規制体制を築く。次に、公共メディアを政府の支配下に置く。いずれの場合も組織のトップに政権に近い人物を配置する。民間の場合は政府寄りの人物あるいは企業に買収させるか、閉鎖に追い込む。最後に、公的資金を政権寄りのメディアにつぎ込む」。これで事実上の「寡占化」となる。

 翻って、日本はどうか。自民党の一党支配体制が長く続き、野党政権発足の可能性はほとんどない。「忖度」の害悪も指摘されている。メディアの権力批判は十分に機能しているだろうか。ハンガリーの話を聞きながら、日本のことが心配になって来た。

読者と深い関係を持つメディア

 セッションを回る中で、メディアの規模の大小にかかわらず、読者との関係を深めることで信頼感を高め、収入に結びつけようとする動きが目に付いた。

 欧州数か国で発行されている英字新聞「ローカル」のスウェーデン版の編集者エマ・ロフグレン氏は、「購読料はお金の行き来だが、会員制は関係性を築くことを意味する」という。「サイトのクリック数を伸ばすことを最優先するのではなく、読者の生活に関わりが強いトピックを取り上げることに力を入れている。読者の意見を取り入れて新聞の方向性を決めている」。

リタ・カプール氏(撮影 Giulia Nardelli
リタ・カプール氏(撮影 Giulia Nardelli

 

 最近会員制を取り入れたばかりというインドのクインティリオン・メディアは、読者を市民記者として使うという。インドの山間地帯にはリポーターが入っていきにくい場所があり、市民記者は「現場で何が起きているかを知らせてくれる役目を果たす」(リタ・カプールCEO)。

 ファクトチェックにも読者が参加する。インドではメッセージ・サービス「ワッツアップ」を通してフェイクニュースが広がっているが、ワッツアップによる通信は暗号化されるため、利用者同士以外は通信内容にアクセスできない。そこで、ワッツアップ内でどんな噂が広がっているかを読者に聞き、フェイクニュース拡散の防止を試みている。

リー・コースガード氏(撮影 Francesco Ascanio Pepe)
リー・コースガード氏(撮影 Francesco Ascanio Pepe)

 デンマーク発の新興メディア「ゼットランド」は知的レベルが高い人向けの会員制電子新聞だ。広告は入れていない。「会員の利便を図ることを最優先している」(リー・コースガード編集長)。毎日、ポッドキャストでの情報発信やニュースレターの配信をするものの、オリジナルで出す記事は1日に2本ほど。読者が「これで読み終えた」という達成感を持てるようにと、あえて本数を抑えている。

 ポッドキャストを始めたのは、2年前に読者にどんなサービスを望むかと聞いたところ、「オーディオ」と言われたからだ。記事を読みあげてほしいというリクエストである。現在、サイト利用の65%がオーディオ(音声で聞く)になっている。

 また、 時々、「ライブ・ジャーナリズム」という名前で、大きなイベント(有料)を行う。会員ではない人も含め、1500人ぐらいが集まる。そこで、10本のストーリーをジャーナリストが語る。その後、ビールやコーヒーを片手に話をする。コースガード編集長は、「場所や時間帯に制限されず、人々が情報にアクセスするようになった今こそ、人が一堂に集まり、同じ話を一緒に聞くことが新鮮な体験になっている」という。

 ゼットランドのように、ジャーナリスト、作家、アーチストなどを舞台に上がらせ、そこで「ストーリーを語る」=「ライブ・ジャーナリズム」が、欧州各国で広がっているようだ。

英フィナンシャル・タイムズ紙のライブ・ジャーナリズム

 ジャーナリズム祭のセッションの中に、フランスの黄色いベスト運動を分析するセッションがあり、この中のパネリスト(フローレンス・マーティン=ケスラー)がライブ・ジャーナリズムを実践する会社「ライブ・マガジン」(フランス)を運営していた。2014年創業。

 4月9日、ライブ・マガジンによる英国での最初の試みとして、英フィナンシャル・タイムズ紙がイベントを行ったので、出かけてみた。場内の撮影・録音は許されず、「その場限り」のイベントである。

 ロンドン・バービカンセンター近くにある大学の講堂を使い、10人ほどのジャーナリストが、舞台の右端の椅子に並んで座る。左端にはピアノが1台。

 著名コラムニストなどが舞台の中央にやってきて、それぞれのストーリーを語る。例えば、昨年殺害された、サウジアラビアのジャーナリストについての思い出を語ったジャーナリスト、メイ首相への期待感がいかに失われていったかを「メイ政権は大きな冷蔵庫だ」というタイトルで面白おかしく話したコラムニスト、政治漫画家の話などに加え、株価の動きをオペラ歌手が「歌声でつづる」(株価が上昇すれば、声も上がるなど)というアトラクションも。

 笑いあり、涙ありのストーリーイベントだったが、少々お堅い感じがあった。感動まではいかなかったように思う。特定のテーマがあれば、また来ようと思ったかもしれないが。

 チケット代は35ポンド(約5000円)。ガーディアンの同様のイベントでは17-20ポンドぐらいで、それに比べるとやや高い。観客は20代から60代。若者たちのグループが目立った。もしかしたら、安く入手していた可能性もある。

 FT、ガーディアン、ほかの英国の新聞もイベント自体はよく開いている。また、ジャーナリストや編集者が議論をする、講演をする場合も珍しくない。

 

 しかし、ジャーナリストたちが次々とストーリーを語る「ライブ・ジャーナリズム」的イベントは、どこかに「頂点」がないと、最後の感動にまではなかなかいかないように思う。「また来たい」という気持ちにさせてくれない。英国ではまだ発展途中という感じがした。

地方ジャーナリズムの支援策

 上記以外には、公的助成金を使って地方のジャーナリズムを活性化させる試み(米ニュージャージー州)、英BBCと地方紙との共同作業(BBCが地方紙に記者を派遣。記者は地方議会、警察、裁判所を取材し、その内容を提携する複数の地方メディアと共有する)、寄付金やフィランソロピーによるメディアへの財政支援(ゲイツ財団やロックフェラー財団による英ガーディアン紙への支援、米起業家クレイグ・ニューマークによる大型寄付)などが、ペルージャ・ジャーナリズム祭で取り上げられた。

 メディア環境が激変する中、報道機関を支えていくにはどうするか。世界各地で知恵を絞る人々がいることを実感した数日間だった。

 日本でも、地域活性化の1つとして国際ジャーナリズム祭が開催できないものだろうか。


# by polimediauk | 2019-07-15 16:30 | 政治とメディア

 「報道の自由」という言葉に、どんなイメージを持たれるだろうか?

 日本や筆者が住む英国は民主主義社会であり、報道の自由が保障されている。しかし、世界に目を配ると、政府批判の報道によって投獄される、自分や家族の生命が脅される、ネット上でハラスメント攻撃を受ける、他国に移動せざるを得なくなるなど、様々な逆境にさらされているジャーナリストやメディア組織が少なくない。

 世論を味方につけようと思っても、フェイクニュース(ディスインフォメーション)によって事実がゆがめられていたり隠されていたりする。国民がフェイクニュースを真実として理解していれば、ジャーナリストやメディア組織が言うことを信じないかもしれない。

政府主催のメディア会議

 今月10日と11日、ロンドンで「報道の自由のための国際会議」(グローバル・コンフェレンス・フォー・メディア・フリーダム」が開催された。100か国以上から閣僚級の代表者や学者、報道関係者など約1500人が参加し、報道の自由の侵害状況や改善策について意見を交換した。

 主催は英国とカナダ政府で、それぞれの国の外務大臣が複数のセッションで顔を見せた。

 報道の自由の会議を政府が主催?何とも奇妙な組み合わせである。政府や権力者が外に出したくないこと、でも国民が知るべきことを報道していくのが、メディアの役目だからだ。

 筆者は、会場内で複数の人に「なぜこの2つの政府がこのテーマで報道の自由の国際会議を開くのか?」と聞いてみた。ほとんどの人が「分からない」と答えた。

 「権力者側にいる政府が報道の自由の会議を開くなんて、おかしい。一体どんなことになるのかを見に来た」(英国の大学でメディア経営を教える教授)。「米中という強いスーパーパワーに対抗する存在がない。だから、ひとまずこの2か国でまとまるという意味があったのではないか」(ドイツのメディア教育組織のトップ)。

 筆者は、以下のように受け止めた。

 英国を含む欧州で、「報道の自由が完全ではない」、「他国からの干渉・攻撃に苦しんでいる」地域と見なされるのが、旧ソ連圏、つまり東欧諸国(ハンガリー、ラトビア、スロバキア、ブルガリア、チェコ、ウクライナなど)だ。この場合の「他国」とは、ロシアである。

 ちなみに、会議開催の前日、英外務省はロシアのテレビ局RTとスプートニク通信社に対し、取材許可を与えなかった。理由は「ディスインフォメーションを積極的に拡散した」からだ。ロシア大使館は「政治的意図がある差別だ」と述べている。

 RTは声明文で「報道の自由を奨励すると言いながら、都合の悪い声の参加を禁じるのは偽善的だ」と述べ、スプートニクは「ディスインフォメーションは私たちの仕事ではない」としている(BBCニュース、7月9日付)

 複数のセッションに出てみると、東欧諸国やかつては英国の植民地だった国の報道の自由の侵害状況を訴える事例が目立った。

 今回の会議には、英国・カナダの「西側」が報道の自由の守護者としてのイメージをアピールするという宣伝目的もあったと筆者は思う。いかに両国が報道の自由を重視しているかを世界に見せることによって、まずロシア、そして報道の自由が侵害されていると見なすトルコ、フィリピンなどの国々をけん制する意味合いが出た。

 しかし、裏の狙いが何であれ、セッション参加者が語った状況は嘘ではなく、参加者にとっては多くの学びの機会となったと思う。

 以下で、そのハイライトを紹介したい。

報道の自由の意義、その現状

 まず、「報道の自由」は、なぜ重要なのだろう?

 英外務省の説明によれば、「自由で独立したメディアは、人権を守り、権力者に説明責任を持たせるために重要な役割を持つ」。

 報道の自由は「民主主義になくてはならないものであり、経済の繁栄や社会の発展の基礎になる」。社会が「自由で、公正で、オープンであること」を示す。ジャーナリズムによる詮索は、「生き生きとした、そして健全な民主主義には必須」だ。

 現状がどうなっているかというと、「国境なき記者団」の調査によると、昨年、報道によってターゲットにされ、殺害されたジャーナリストの数は前年より15%増加しているという。

 国連の調査では、昨年1年間で殺害されたジャーナリストの数は少なくとも99人。348人が新たに投獄され、60人が人質となった。殺害犯が責任を問われることはほとんどない(UNESCO調べ)。

 セッションのハイライトを紹介したい。

「世界の指導者たちは何もしていない」とクルーニー氏

クルーニー氏(左)とハント英外相(撮影筆者)
クルーニー氏(左)とハント英外相(撮影筆者)

 10日の基調セッションに登壇した一人が、米人権弁護士アマル・クルーニー氏。

 「報道の自由が減少し、ジャーナリストが殺害されている。戦時ではなく、平時に、だ」。

 日本でも大々的に報道されたのが、サウジアラビア出身のジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が殺害された事件だ。米CIAは、殺害を指示したのはサウジの皇太子と名指しした。「カショギ氏は拷問の上、殺された。世界の指導者たちは何もしていない」

 「トルコ、アゼルバイジャン、モルディブでも殺害されたジャーナリストがいる」

 「ジャーナリストが権力者からハラスメントを受けない国はない」

 「独立したジャーナリズムが存在しない国では、国民に十分な情報が与えられていないという構図がある」。

 英政府はクルーニー氏を「報道の自由」特命大使に任命している。「国が本気で報道の自由のために行動を起こしたら、様々なことを実行できる」。例えば、報道の自由が保障されない国に住むジャーナリストに対し、特別ビザを与える、ジャーナリストを殺害する国に制裁を課す、ジャーナリスト支援のための基金を設置するなどをクルーニー氏は例として挙げた。

顔を隠して報道を続けるジャーナリスト

 

(左端がアナス氏:撮影筆者)

 ガーナのジャーナリスト、アナス・アルメイヨー・アナス氏が壇上に登ると、会場内が一瞬、シーンとした。顔が分からないように、すだれのようなものを着用していたからだ。

 人権問題と汚職の暴露を専門とするアナス氏は潜伏取材が主であるために、公の場では顔が判別されないように仮装するのである。

 ガーナは、「国境なき記者団」が作成する「世界プレスの自由インデックス」で180か国中23位であるが、アナス氏が手掛けるのは権力を持つ人が外に出したくない事実だ。このため、様々な形のハラスメントが行われており、今年1月には、サッカーの汚職報道で一緒に働いていたジャーナリストが銃弾を受けて殺害される事件が起きている。

 「報道の自由の重要性は、必ずしもすべての人に理解されているわけではない」という。

 「民主主義を育てるには、単にお金を提供するだけではなく、現地の人をエンパワーする方向で支援するべきだ」。

ハント英外相は何を語ったのか

 ほかにも何人かがスピーチした後、最後に登壇したのがハント英外相だ。

 「歴史家ジョン・アクトン(アクトン卿)は、1887年、こう書いた。『権力には腐敗の傾向がある。絶対的権力は絶対的に腐敗する』、と」。

 ハント氏は「腐敗を防ぐのは自由なメディアだと思う」。

 報道の自由が侵害されている国としてロシア、中国、ベトナム、サウジアラビアなどを挙げながらも、英国も例外ではないという。今年4月、英領北アイルランドで、ジャーナリストのライラ・マッキー氏が命を落としたからだ(注:彼女の場合、現地の暴動でデモ参加者が警察に向けて発した銃弾を体に受けて、死亡)。

 世界で報道の自由を保障するため、英政府として次の5つを実行する予定だという。

 (1)「グローバル・メディア・ディフェンス基金」を設置する。複数の国が参加し、UNESCOが運営する。危険な状態で働くジャーナリストに法律のアドバイスを提供し、安全維持のための研修をする。今後5年間で、英国は300万ポンド(約4億円)を出資。カナダは100万カナダドルを出す。

 (2)「国際タスクフォース」を設置する。各国政府が報道の自由を保障できるように支援する。毎年、国連総会の場でどの程度の進展があったかを話し合う。

 (3)特命大使クルーニー氏を中心として、ジャーナリストを法律で守る仕組みを考えるための専門家パネルを設置する。英国内でも、新法を立法化する、あるいはすでにある法律を更新する際に報道の自由への影響がどうなるかを考慮する。

 (4)カナダのクリスティア・フリーランド外相とともに、報道の自由が侵害されたときに一斉に行動できるような連絡グループを作る。ほかの政府の参加を奨励する。

 (5)報道の自由を保障することを誓う「グローバル・プレッジ」に署名し、来年もこの目的のために集う。

 この会議の開催前に、英政府は外国の報道の自由の促進のための複数のプログラムを発表している。

 例えば、東欧諸国でのディスインフォメーションやフェイクニュースを反撃し、バルカン諸島西部の独立メディアを支援するために、「紛争・安定・セキュリティ基金」を通して、今後3年間で1800万ポンド(約24億4000万円)を拠出する(7月7日発表)。東欧・中央アジア地域への資金提供はディスインフォメーションに対策を講じ、独立メディアを支える目的の5年計画(1億ポンド拠出)の一環である。また、バルカン諸島政府への支援は、この地域への8000万ポンド(2020-21年度)に上る支援の一部をなす。

政府支援への居心地の悪さ

カナダのフリーランド外相(英外務省のFlickrより)
カナダのフリーランド外相(英外務省のFlickrより)

 政府がメディアの報道の自由を保障する・奨励することに対する居心地の悪さが、セッション後半のメディアとのやり取りの中で明らかになった。

 カナダのフリーランド外相は英フィナンシャル・タイムズ紙の元記者で、ロシアでの特派員経験もある。ハント英外相はジャーナリストの経験はないが、常にメディアから厳しい質問を受けてきた。権力を批判するのがメディアの仕事だから、その権力の側がメディア報道の自由を奨励をするとは、奇妙に聞こえるだろうと二人は何度か述べた。しかし、どこまで、実際に覚悟をしているのだろうか?

 カナダのメディアがフリーランド外相に質問した。

 昨年秋、サウジのジャーナリスト、カショギ氏が殺害され、サウジアラビアは世界的な非難を浴びた。「G20の来年の議長国はサウジアラビアだ。G20はサウジでの開催をキャンセルするべきだと思うか?」

 この問いに対し、フリーランド外相は「G20は同じ価値観を持つ者同士が集まる場所ではない」という。「カナダは、ロシアによるクリミア併合(2014年)には反対の立場を取る。それでも、G20という場を共有している」。つまりは、キャンセルする必要はないという。

 報道の自由を侵害した国に対し、即時に制裁を加えるかどうかも含め、ハント英外相は「交渉にはプライベートで意見を言う場合もあれば、公式の場で行動する場合もある」と説明し、外交交渉には幅があることを示した。

 両外相の説明には一定の説得力があったものの、「説明になっていない」と後で述べたジャーナリストもいた。

ジャーナリストの即時釈放を求める声明

 メディア会議の会場の外では、内部告発サイト「ウィキリークス」の創始者で、現在は英国内に収監中のジュリアン・アサンジ被告の釈放を求める抗議デモが発生していた。4月、米司法省は、アサンジ被告を米政府のコンピューターに侵入した罪、機密文書を暴露した罪などで起訴したと発表。米側は英政府にアサンジ被告の身柄の引き渡しを求めている。ジャビド英内相は「引き渡し命令に署名した」と述べており、司法判断を待っているところだ。

 報道の自由のために活動する、ドイツの非営利組織「欧州センター・フォー・プレス&メディア・フリーダム」(ECPMF)は、メディア会議開催の前日、ほかの30を超える報道の自由関連組織の代表者と集い、会議に参加する国に向けて請願書を出した。

 請願書は「投獄中のジャーナリスト全員を釈放すること」、「ジャーナリストの殺害、攻撃、中傷を停止すること」、「ジャーナリストの殺害事件すべてを調査し、責任者を訴追すること」を求めている。


# by polimediauk | 2019-07-14 19:38 | 政治とメディア

 書店に行くと、フェイクニュースについての本が目につくようになった。

 かつては「フェイクニュース」を「偽ニュース」などと訳していたこともあったが、もはや、このカタカナ言葉だけで意味が通じる。

 デマ情報が世間を駆け巡る現象は昔からあったが、私たちが今問題視しているのは、デジタル空間で飛び交うフェイクニュースのことだ。

 かつて、「私たちの誰もが情報発信者になれる!」と言いながら、嬉々としてインターネットがもたらす明るい未来について語っていたことを覚えているだろうか。

 しかし、誰もが情報を簡単にネット上で発信できるとき、流れ出て行く情報の質は玉石混淆だ。信ぴょう性もバラバラだ。ファクト(事実)もフェイク(偽)もある。何がファクトで、何がフェイクなのかを判断する物差しは一つではない。

 さて、どうするのか。

 まずは現状認識から始め、フェイクニュースに惑わされないようにしたい。

 そんな思いを持つ人に役立ちそうな1冊が、茨城大学の古賀純一郎特任教授(ジャーナリズム論)の新刊「すべてを疑え!フェイクニュース時代を生き抜く技術」(以下、「すべてを疑え!」)だ(筆者をはじめ、国内外のメディアウオッチャーのコメントも所々に入っている)。

なぜ、フェイクニュースが危険なのか

「すべてを疑え!」の表紙(筆者撮影)
「すべてを疑え!」の表紙(筆者撮影)

 

 改めて、なぜ、フェイクニュースが問題視されるのだろう?

 古賀氏は、究極的には「民主主義が破壊される」から、と説明する。

 私たちは、民主主義社会に生きている。「その核心となる代表者を選ぶ議会の選挙で、確実で間違いのない情報や報道をベースに、主権者である私たちが判断し、代表を決め、議会を通じて民主主義社会を運営」しているのである(「すべてを疑え!」)。

 これまでは、信頼できる情報源は既成の報道機関だった。しかしもし、フェイクニュースを情報源としていたら?これを「ベースに有権者が投票するのであれば、結果は市民の要求からかけ離れたものになるだろう。民主主義は破壊され、その将来は危うい」(同)。

安倍総理逮捕?10年間かけて無実を証明したスマイリーキクチ

 

 国内の著名なフェイクニュースには、どんなものがあるのか。

 2017年8月、ある新聞の号外版がツイッターに流れた。見出しは「安倍総理逮捕」。ノーネクタイの安倍首相の両側には警察官。産経新聞を標榜する号外の1面である。しかし、調べてみると、7月31日に産経が出した号外を加工したフェイクニュースだった。

 1999年、芸能人スマイリーキクチは、女子高生殺人事件の犯人と決めつけられた。ネット上の掲示板の書き込みがきっかけだった。キクチの所属事務所は関与を否定し続けたが、情報拡散を止めることはできなかった。

 2008年、ITの知識が豊富な刑事の助けで、書き込みをした数人が検挙された。キクチが汚名をすすぐまでに、足掛け10年かかったのである。

 2018年10月の沖縄知事選でも、多数のフェイクニュースが発生した。地元紙の調査では飛び交ったツイート、リツイートなど「20万件以上の9割が誹謗・中傷で、(米軍)基地反対派の玉木デニー候補に集中していた」という。

 本書は最初にこのような日本のフェイクニュースの具体例を次々と紹介した後、海外に目を向ける。米大統領戦(2016年)、フランス大統領選(2017年)、英国のEU離脱の是非を問う国民選挙(2016年)など、著名な例を再確認できる。

すべてが嘘だったわけではない、大本営発表

 今ではフェイクニュースの典型として時々言及されるのが、戦争時の「大本営発表」だ。本書によれば、大本営の起源は日清戦争の前年の戦時大本営条例(1893年)だ。

 

 「大本営」とは、「戦時に天皇が国事を指揮する最高の統帥機関」で、「陸軍の参謀本部と海軍の軍令部が総合的に戦略などを練り、作戦行動の発令のため日清・日露戦争で設けられた」。日中戦争(1937-45年)が始まると新たに大本営令が制定され、戦争よりランクが下の「事変」でも設置が可能となった。

 第2次大戦時の大本営発表は1941年12月8日に始まり、3年9ヶ月続いた。当初は国民の精神を鼓舞するために、新聞紙面で「日本軍を自賛」した(保坂正康「大本営発表という権力」)。この時は事実に忠実だった。しかし、戦況が悪化すると、「虚偽や誇張が消え、それさえ通じなくなると発表それ自体を」やめてしまったという(同)。

 第2次大戦では日本の敵国となった米国もプロパガンダ報道を熱心に行った。「『日本兵は軍服を着た猿』、日本は『鬼畜米英』などと相手国を貶めるような宣伝戦に走り、戦場では人肉食いなどの残虐行為が横行しているなどと敵の冷酷さを強調する報道」が行われた(「すべてを疑え!」)。

国家が背後にいる攻撃

 筆者は欧州各国のメディア会議に足を延ばすことが多いが、「フェイクニュース」を「ディスインフォメーション」(真実を隠したり、人を欺くために故意に発信される偽情報)と言い換える人が増えている。前者の場合、本人が知らずに誤った情報を流し、結果として「フェイク情報」になってしまう場合も含むが、後者の特徴は「故意に」「欺くために」がその生成・拡散目的となる。

 国家レベルのディスインフォメーションの使い手として、西欧で恐れられているのがロシアだ。

 「サイバー空間の敵」ともされるロシアは、情報工作をするばかりか、軍事手段、政治工作も組み合わせて対抗相手に攻撃を仕掛ける。古賀氏は、こうした手法を「ハイブリッド戦争」と呼んでいる。

 例えば、欧州内外をあっと驚かせたのが、2014年、ロシアによるウクライナ・クリミア半島の一部併合だ。身分を隠したロシア軍部隊をクリミアに投入し、現地を制圧。これを背景に現地での住民投票を実現させ、ロシアへの編入を望む住民の意思を叶えるという形で一部併合を実現。ロシアの「プーチン大統領の支持率は70%に迫るまでアップした」(「すべてを疑え!」)。

情報操作にだまされないためには、どうするか

 古賀氏は、後半でフェイクニュースにだまされない手法を列記する。

 例えば、在米ジャーナリストで「現代アメリカ政治とメディア」の著者の一人津山恵子氏は、以下を推奨する。

 (1)おかしいと思った情報は検索で確認

 (2)自分がシェアする情報に責任を持ち、真偽がわからない場合はシェアしない

 (3)主要メディアはフェイクニュースを発信しない、つまり主要メディアのニュースをシェアするのは安全(初出は「メディア展望」2017年6月1日号)。

 その上で、津山氏は「真剣にググろう(検索しよう)」、「写真の出所、撮影時間をチェックしよう」などとアドバイスしている。

 最後に、古賀氏は自分がどうやってニュースの真偽をチェックしているかを披露する。同氏は元共同通信社の記者で、海外特派員の経験も長い。現在は大学でジャーナリズムを教えているので、その手法は貴重だ。

 詳細はページをめくってみていただきたいが、共通しているのは、自分でニュースの真偽を頻繁に確認すること。つまりは、鵜呑みにしないこと。まさに、「疑え!」なのである。


# by polimediauk | 2019-07-12 19:30 | 政治とメディア

 2017年秋以降、セクハラや性犯罪に声を上げる「#MeToo運動」が拡大している。職場での性差別解消の動きを後押しする機運もできた。

 しかし、2019年現在でも、「まだこうなの?」という例もあちこちで散見される。

 英スコットランドのグラスゴーで、6月1日から3日まで開催された第71回世界ニュースメディア大会・第26回世界編集者フォーラムの中の「女性ニュースサミット(Women in News Summit)」の様子を紹介してみたい(主催は世界新聞・ニュース発行者協会=WAN-IFRA)。

「同じ日に同じ職に昇進のオファーだが、男女で報酬の差」

 英BBCで、性による給与格差が大きくクローズアップされたのは2017年7月。15万ポンド(約2100万円)以上の高額報酬者のリストを発表したところ、男性ばかりが上位を独占した。

 国家統計局(ONS)によると、英国全体の男女の賃金格差は17年時点で18・4%(女性の賃金が男性の賃金よりも18・4%低い)で、BBCは、内部調査でその差は9~10%としているため、平均からすれば悪くないのだろうけれど、女性陣の一部にとっては大きな衝撃となった。

 怒った女性の一人が、中国からの報道を統括する「中国編集長」という職に就いていたキャリー・グレイシー氏だった。4人の国際版編集長(男性2人、女性2人)の中で、男性陣が女性陣よりも「50%以上高額の」報酬を得ていたことに気づいた。

 グレイシー氏は中国編集長に任命されたとき、BBCは北米編集長(男性)と同程度の金額の報酬となることを約束した。これを前提に、グレイシー氏は赴任した。ところが、実際は男性の方の報酬がはるかに高かった。BBCと話し合いを進めたが、納得がいかなかったグレイシー氏は、昨年1月、男女の報酬差に抗議するため、中国編集長職を辞任した。同じ年の6月、BBCはこれまでの不当な扱いを謝罪し、不足額をグレイシー氏に支払った。

 BBCラジオ(「ラジオ4」)の朝のニュース解説番組「トゥデー」で司会者だったセイラ・モンタギュー氏も、同番組の男性司会者の報酬がはるかに高いことに抗議し、「トゥデー」を自ら去った。現在は午後のニュース番組「ワールド・アット・ワン」で司会役として働いている。

 

 英国で大きく注目されたこのような例が続々と発生しているのだから、よほど事態は改善しているのだろうと想像するが、実はそうでもないことが分かったのが、今年5月。

 

自分の身に起こったことについて話す、BBCのマーティン氏(Wan-Ifra Flickrより)
自分の身に起こったことについて話す、BBCのマーティン氏(Wan-Ifra Flickrより)

 

 BBCラジオのニュース部門の編集者カレン・マーティン氏が、その内情を「女性ニュースサミット」で語った。

 マーティン氏は、「副編集長」に昇進するオファーを受けた。同じ日、同じ職場で働くある男性も同一の職へのオファーを受けた。昇進のための選考過程は同じで、職務も全く同じなのに、自分の報酬は「1万2000ポンド(約165万円)低かった」。上司からは、昇進は「正当な評価だね」とねぎらいの言葉をかけられた。「それなのに、報酬が男性よりも低いなんて」。金額自体に文句を言っているわけではなかったが、「男女で平等な金額であるべき」と感じた。

 マーティン氏は、この昇進を受けるべきかどうか、迷ったという。シングル・マザーのマーティン氏は娘たちにどうするべきかを聞いてみた。「お母さんは、いつも堂々と生きるべきだって言っているわよね」。これで心が決まった。昇進を断ることにしたのだ。

 BBCは「これまでの勤務経験や業績によって、同じ職務でも報酬に差がつくことはあり得る」としている。

 マーティン氏は事の次第を同僚に電子メールで伝えた。BBCのニュースでも報道された。

 「世界中の人から、たくさんの激励のメッセージを受け取った」。原理原則よりも「日々の生活を優先させなければいけないときもある。でも、職場の屈辱をどれぐらい我慢できるかが目安になる」とマーティン氏は語った。

 時に涙声になったマーティン氏。悔しさがよみがえってきたように見えた。

「50:50」は拡大中

 前向きな動きもある。昨年の女性ニュースサミットで紹介されたのが、BBCニュースが取り組む「50:50プロジェクト」。番組「アウトソース」で司会者を務めるロス・アトキンス氏の発想で、2017年に始まったプロジェクトで、番組出演者の男女比を出来得る限り半分ずつにしようという試みだ。

 「アウトソース」がまず開始し、ほかのニュース番組にも参加しないかと声をかけた。どれぐらいの比率を達成したのかを番組毎に競い合った。

 プロジェクト・リーダーのニナ・ゴスワミ氏がニュースサミットで語ったところによると、取材対象者の男女比は対象外だが、取材をするリポーター、司会者、ゲストの出演者、事例紹介などの際に男女半々を達成するように努めたという。英語での放送番組を当初は対象にしていたが、アラビア語放送も参加するようになった。

 専門家のコメントを必要とするとき、「女性の数が足りない」という声が出た。制作現場のスタッフから「女性の専門家を探す時間がない」といわれた。そこで、ソーシャルメディアやつてを通して人材発掘をした。女性の専門家のデータベースには、今や約1000人が登録されているという。

 筆者は英国でテレビを見ていて、ニュース番組の制作者・出演者に女性が増えたように思っていたが、意識的な動きもあったことが分かった。

5月31日のBBCニュースのウェブサイトの画面。たまたまかもしれないが、女性の姿が多かった(BBCニュースのウェブサイトから)
5月31日のBBCニュースのウェブサイトの画面。たまたまかもしれないが、女性の姿が多かった(BBCニュースのウェブサイトから)

 「数を増やすこと自体が目的ではない。男女の比率を半々にすることで、人口構成の比率を反映した番組作りを目指している」とゴスワミ氏は語った。

数を単純に増やして、失敗

アンダーソン氏(右。筆者撮影)
アンダーソン氏(右。筆者撮影)

 マイクを握り、「失敗例から学ぶこともあると思う」と話し出したのが、スウェーデンのメディア企業ミッテメディア社の人材育成担当者カリン・アンダーソン氏だ。

 2014年、アンダーソン氏は日刊紙のスポーツ部門のスタッフが全員男性であることに気づいた。

 「54人のジャーナリスト全員が男性。これではいけないと、女性をどんどん増やした。とうとう17人まで増えた」。

 しかし、スポーツ部門に行った女性たちのほとんどが、数か月で退職してしまった。アンダーソン氏は辞めた女性たちに理由を聞いてみた。原因はセクハラだった。男性たちは女性とともに働くことに慣れておらず、性的なジョークを連発していた。こうした事態が発生することを予測できなかった自分を恥じたという。

 

 「文化を変えなければだめだ」と思ったアンダーソン氏は、男女が平等に働くにはどうするかについて、記者やデスクたちに研修を行った。「職場環境は、少しずつよくなっていると思う」。

「いつの間にか、女性の話を多く書くようになった」

 女性ニュースサミットでは、優れた指導者として編集に貢献した女性に賞(「エディトリアル・リーダーシップ・アワード」)を与えている。

 今年のリーダーシップ・アワードの受賞者は、中東・北アフリカ部門がレバノンの日刊紙「L'Orient-Le Jour」のシニア・エディター、アシル・タバラ氏、アフリカ部門は南スーダンのジュバ・モニター紙の編集長アンナ・ニミリアノ氏となった。ニミリアノ氏は飛行機の遅延でサミットには出席できなかったが、タバラ氏はこれまでの道のりとアワード受賞の喜びをサミット出席者に語った。

 

タバラ氏(撮影筆者)
タバラ氏(撮影筆者)

 タバラ氏がジャーナリストとしてのキャリアを開始したのは、1986年。最初はAFP通信の記者だった。レバノン内戦(1975-90年)の真っただ中である。数々の紛争の現場を目にし、タバラ氏はいつの間にか戦争に翻弄される人間の悲劇をつづることに力を傾けるようになった。「いつの間にか、女性の話を書くことが多くなっていた」。

 アラブ・イスラエル紛争、イラク戦争、そしてアラブの春の政権交代。報道に足る出来事には事欠かなかった。2009年から14年まではAFP通信の湾岸局を統括し、巨大なマルチメディア編集室を作り上げた。記事はアラビア語、フランス語、英語で世界中に発信されていった。

 「このアワードを私に多くのことを教えてくれたジャーナリストたちに捧げたい。その多くが女性だった。若い人には、ジャーナリストという職業が落ち目だと思ってほしくない。今こそ、中東でジャーナリストが必要とされているのだから」。

将来は?

 今年で3回目となった、女性ニュースサミット。今回はパネリスト全員が女性で、それぞれの女性たちの話は充実していたものの、来年はぜひ、男性陣を入れたサミットにしてほしいものだ。


# by polimediauk | 2019-06-26 21:25 | 政治とメディア

「プライベート主義」を維持しながら、アーチーちゃん誕生

 5月6日、エリザベス女王の孫にあたるヘンリー(通称ハリー)王子とメーガン妃の間に、初の子供(アーチ―・ハリソン・マウントバッテン=ウィンザー)が誕生した

 ハリー王子の兄にあたるウィリアム王子(王位継承順位第2位)の妻キャサリン妃の出産の場合とは異なり、ハリー王子とメーガン妃は出産を出来得る限り「プライベート」に行った。どこで赤ちゃんを産むかは公にされず、出産から数時間で母親メーガン妃が報道陣の前に姿を現すこともなかった。

 ハリー王子の継承順位は第6位で、アーチーちゃんは第7位。父子共に、国王になることはまずないとみてよい。この面から、いつどれぐらい情報公開をするかについて、自由度が高かったのだろう。

 しかし、ウィリアム王子とハリー王子の母は、王室に入る前後から執拗にメディアに追われ、1997年に交通事故で命を落としたダイアナ妃。両王子共に人一倍「プライバシーを守りたい」という気持ちが強く、メーガン妃自身も「情報を選択的に公にする」ことを望んだのだろう。

 出産当日の6日、バッキンガム宮殿が「メーガン妃は分娩に入りました」と午後2時頃に伝えたが、実はその日早朝にもう出産を終えていた。ハリー王子とメーガン妃は公式インスタグラムで出産のニュースを告げ、幸せいっぱいの王子が少数のメディアの取材に応じた。この時の動画がすぐに報道された。

 今か今かと誕生の一報を待ち構えていたメディア側は、「分娩に入った」とされながらも実は生まれていたことを知り、「一体、どうなっているんだ!」と右往左往。正確な情報が入ってこなかったことで、いら立ちや怒り、困惑を感じたメディアもあったようだ。

 出産から2日後の8日、王子とメーガン妃はアーチー君を抱いて、メディアの取材に応じた。短い動画だったが、二人の肉声が聞ける、貴重な動画となった。


 筆者はこの時、若い王室のメンバーが、「子供の顔を見たい、知りたい」という国民の要求を満たしながらも、「自分が設定した状況で子供を見せる」を一つのルールとしていることを、改めて知った。「メディアの都合に振り回されない」という姿勢だ。


 また、「自分たち自身がどう見せるかに深く関与する」ようになった。

 例えば、ウィリアム王子とキャサリン妃が子供たちの誕生記念の画像を公式に出す時、母親であるキャサリン妃自身が撮影した写真を使っている。

 メーガン妃とハリー王子の場合も、アーチーちゃんの姿を初めて公開するにあたり、二人で「こうしよう」と細かく決めたに違いない。どんな背景で、どんな場所で、どんな服装で、赤ちゃんをお披露目するのか、と。

 この「メーガン・ハリー流」は現代的で、手作り感がある。筆者は好感を持った。

 しかし、実は、懸念もあった。

 先の動画の中で、カメラがアーチーちゃんの顔のクローズアップを撮ろうとしていた。クローズアップは瞬時で、アーチーちゃんの顔の片側が垣間見えたのみ。

 テレビでこの動画が紹介されていた時、キャスターが「よく顔が見えないんですよね・・・」と何気なく、言っていた。筆者も、「そうだなあ、もっと見たいなあ」と思ったものだ。


 しかし同時に、筆者は嫌な予感がした。メーガン妃はアフリカ系の血を引く。もしかしたら、アーチーちゃんの肌が浅黒いのかあるいは白いのかをじっくり見たいという人も出てくるはず。そうすると、将来、人種差別主義的な人やメーガン妃を批判する人の攻撃対象になるのではないか。そういうことが起きないといいなあと思った。

 しかし、すでに、「事件」が起きていた。

BBCの司会者がツイート発信

 BBCの「5ライブ」というラジオ・チャンネルで自分の番組を持つ司会者ダニー・ベーカーが、ハリー王子とメーガン妃の赤ちゃんについて、BBCが後で言うところの「重大な判断の誤りがある」ツイートを発信していたのである。

 問題とされたツイートは、ベーカーがすでに削除してしまったが、成人の男女が洋服を着たチンパンジーの手を取っている画像に「ロイヤルべビー、病院を出る」というキャプションがついていた。男女はハリー王子とメーガン妃、チンパンジーが赤ちゃんを指すのは明白だ。

 ベーカーはこのツイートで、アーチーちゃんをチンパンジーに例えてしまった。メーガン妃がアフリカ系であることから、彼女の出自を嘲笑したとも受け取られかねない。

 

 2016年、ミシェル・オバマ米大統領夫人(当時)を「ヒール付きの靴を履いたサル」と評したフェイスブックのコメントを支持し、後に辞職したウェストバージニア州クレイの町長の話を筆者は思い出した。

 BBCは、ベーカーが「素晴らしい放送人」ではあるが「放送局の価値観とは逆行する」として、彼を番組から降板させると発表した。

これまでにも番組降板の経験があった人物

 ベーカーはロンドン生まれの61歳。庶民的で、歯に衣を着せぬ物言い、鋭いジョーク、番組に電話をかけてくるリスナーやゲストに「自分も同じスタジオにいる感じにさせてくれる」ことで人気を博するベテランだ。

 しかし、これまでにもBBCを離れざるを得なくなったことがある。

 最初は1997年。サッカーの試合で「レフリーを痛めつけろ」と番組中に発言して、解雇された。2012年には、平日放送の自分の番組が週末に移動する予定となり、当時の上司らを「愚かでずるがしこい」と批判。これがきっかけで信頼関係が崩れ、BBCを去った。

ベーカーの言い分は

 今回問題となったツイートについては、まずソーシャルメディア上で批判が高まり、ベーカーはツイートを削除。その後で、新たにツイートした。「もう一度(いう)。馬鹿で、思慮に欠けたギャグの画像について、深く謝罪する」。

 先のツイートは「王室対気取った服装をしたサーカスが大好きな人々についてのジョークのつもりだった」。ここでいう、「サーカス」とは赤ちゃんの誕生で大騒ぎをするメディアとこうした報道を追う人々を指すのだろう。しかし、これが「サルと人種についてのものであるとして解釈されてしまった。だから、正しくも、削除した」。

 続けて、「王室のウオッチングは自分の得意な分野ではない」。

 その前後のツイートでは、「ほかの王室のメンバーや(白人の大物政治家)ボリス・ジョンソンの子供」にも、この画像を使っただろうという。「笑えるイメージだから(使った)」、「大きな間違いだった」、「グロステスクだ」、「アーチー君、ごめんね」。

 その後、彼の家の前に集まった報道陣に対しては、「人種差別的とは思わない」と述べている。この画像を使用したことについては「考えが足りなかった」ことを認めている。

 彼のツイートへの反応を見ると、圧倒的に先のツイートを非難する声が多い。

 ちなみに、「人種差別的とは思わない」という表現は、人種差別的発言をした人が良く使う表現だ。「つい、うっかりして」そんな発言をしたが、「自分は人種差別的ではない。人種の異なる友人がたくさんいる」というのである。

 ベーカーは、確かに人種差別のつもりはなく、画像も単に「笑える」と思って使ったのかもしれない。赤ちゃんにまつわる大騒ぎ(「サーカス」)を批判するのも、まっとうな行為だと思う。

 しかし、発信する前に、どうしてピンとこなかったのか?感覚が鈍すぎたように思えて仕方ない。

そのツイート画像とは

 削除されたツイート画像だが、その内容の描写を聞いて、筆者はぞっとした。しかし、オリジナルの画像にはどういう意味があったのだろうか?

 …と思っていたところ、10日付のデイリー・テレグラフ紙に問題のツイートの画面が掲載されていた。

 

 ここまでの話で、読者の方も心の準備ができていると思うので、テレグラフの記事やハフィントンポストの記事から、ツイートで使われた画像の背景を紹介してみたい。

 ベーカーの問題ツイート(5月10日付、テレグラフ紙を筆者撮影)
 ベーカーの問題ツイート(5月10日付、テレグラフ紙を筆者撮影)

「紳士のチンパンジー」

 中央にいるのは「ジェントルマン・チンパンジー(チンパンジー紳士)」とも呼ばれたチンパンジーで、名前は「ジョー・メンディ」。

 米国のサーカス興行者ルー・バッケンストーに買われて、1920年代を中心に米ブロードウェーやコメディア界で人気者になった。バッケンストーの妻がチンパンジーに芸を教え、「5歳の子供と同じ知的能力がある」という触れ込みで、米国内を巡業した。

 最も著名な例としては、テネシー州デイトンで行われたショーの中で、メンディはミニチュアのピアノを弾き、カメラの前でポーズを取った。ある飲食店でコーラを飲んだとも言われている。

 初代メンディは1930年に死亡。2代目のメンディが巡業を行ったが、バッケンストーが窃盗罪で捕まり、デトロイト動物園に送られたという。死亡は1934年。

 写真に写っているのは、1925年、メンディが「*スコープス裁判」(通称モンキー裁判 )に出廷するためにやってきたところ

 *大辞林によると、「宗教と科学をめぐるアメリカの裁判事件。1925年、聖書の天地創造説に反する理論を公立学校で教えてはならないというテネシー州法に反して進化論を教えたとして、生物教師スコープス(J. T. Scopes)が訴えられ、裁判の結果有罪とされた。67年、同州法は廃止された」。

 (注:ツイート内の写真のオリジナルのキャプションは、Roland Robbins, Joe Mendi & Gertrude Bauman at the Scopes Monkey Trial. 12/14/25. Credit: Library of Congress。ローランド・ロビンス及びガートルード・バウマンは関係者とみられる。テレグラフ記事では「男性と女性はバッケンストー夫妻」という説明がついている。)

再びの謝罪

 10日、ベーカーはツイッターで、先日のツイートについて改めて謝罪した。「本当に、配慮に欠けた、破滅的な間違いだった」。なぜ特定の画像を選んだのか、何を目的としていたのかについて真摯にかつ詳細に記した。

 将来、「4度目の正直」でベーカーはBBCに戻るかもしれない。ふと、そんな気がした。


# by polimediauk | 2019-06-26 15:11 | 放送業界

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」の筆者記事に補足しました。)

 5月29日、NHKのテレビ放送のインターネットへの常時同時配信を認める改正放送法が、参議院本会議で自民党や立憲民主党などの賛成多数で可決・成立した。

 英国では、現在までにBBCを含む主要放送局が常時同時配信を行っている。過去の番組を再視聴できる「見逃し視聴(キャッチアップ)サービス」も含めて原則無料で提供されており、インターネット視聴も可能なので、ネットに接続していれば「いつでも」「どこでも」「どの端末でも」番組コンテンツを視聴できる環境がある。

 その法的根拠やどのように使われているかについて、ニュースの消費状況を中心に紹介してみたい。

放送と通信の融合

 2003年、電気通信及び放送サービスの在り方を規定する「放送通信法」が成立し、この中で「放送通信庁(Office of Communications)」(通称「オフコム」)が規制・監督を行う組織として新設された。

 放送通信法はいわゆる「放送と通信の融合」を象徴する。BBCを例にすれば、テレビやラジオで番組を放送するばかりか、ネットではニュース情報や動画を配信し、「放送」と「通信」の両方にまたがるサービスを展開している。インターネットの普及を背景にしたメディア環境の激変を反映したのが、この放送通信法と言えよう。

 英国で放送局による番組コンテンツの同時配信が実現したのは、10年ほど前だ。

 テレビ番組視聴の際にはNHKの受信料にあたる「テレビ・ライセンス料」を支払う必要があるが、通信法の詳細を定める「通信(テレビ・ライセンシング)規制」(2004年)は、対象となる「テレビ受信機」をインターネットやそのほかの方法での「放送・同時配信を受信できる装置」と規定している。この「受信機」にはPCやタブレットなども含まれると解釈されている。

 2006年から主要放送局の1つチャンネル4が見逃し番組の視聴サービスを開始し、BBCも2007年には本格的にこのサービスを提供した。翌08年、BBCは放送と同時の番組配信を始め、放送界で同時配信が常態化していく。

 こうした市場の変化を踏まえて、2016年、先の「通信(テレビ・ライセンシング)規制」が改正され、テレビ受信機が「受信」するサービスの中に「BBCが提供するオンデマンド・サービス」が付け加えられた。オンデマンド・サービスには見逃し番組の視聴サービスも含まれる。

 BBCはオンデマンド・サービスや同時配信サービスに対し、ライセンス料の支払い者となる視聴家庭に追加の使用料の支払いを求めていない。ただし、ライセンス料を支払っていることが前提であり、テレビ受信機を持っていなくても視聴できる媒体を持っていれば、支払い義務が生じる。

 PC、スマートフォン、タブレットなどでBBCの番組を視聴する場合、画面上でライセンス料を払っているかどうかを聞かれる。また、ログインIDを作る必要がある。BBCは後者を「利用者のし好にあったサービスを提供するため」と説明している。

24時間報道の生態圏と同時配信

 さて、具体的にはニュースはどのように発信されているのか。

 3月中旬、英政界が大紛糾し、筆者が自宅のテレビ、PC,英議会前と様々な場所で取材した模様を伝えたい。

 3月12日、英国の欧州連合(EU)からの離脱日(予定は同月29日)を間近に控え、英下院の動きが大きく注目された。昨年11月にメイ首相とEU側が合意した離脱条件を決める「離脱協定案」の修正版の採決を取るため、数時間にわたり、議論が続いた。

 流れを追うため、筆者はPC上でBBCのニュースサイトからテレビ番組視聴アプリ「BBC iPlayer」を開き、ニュース専門チャンネル「BBCニュース」を見た(テレビをつけて、BBCニュースのチャンネルを見ることもできた)。画面には、前日深夜、最終交渉のためにフランス・ストラスバーグに出かけたメイ首相の疲れ切った姿があった。

 筆者は、PCがある部屋から出て台所でコーヒーを沸かす間、スマホの同じアプリで同じ番組を視聴し、議員らの発言を聞き続けた。

ライブ・ブログで情報を収集する

ガーディアン紙の政治ブログ(ウェブサイトより)
ガーディアン紙の政治ブログ(ウェブサイトより)

 テレビと同時に、BBCや大手新聞社が立ち上げる「ライブ・ブログ」にも目をやった。それぞれの記者数人が、議論の要点やほかの政治家の言動、コメンテーターの評価などを時系列に記していく。著名なブログが、ガーディアンのアンドリュー・スパロー記者による政治ブログだ。

 海外から、ツイッターで議論に「参加」する人もいる。例えば、修正案の採決直前には、EUの交渉担当官ミッシェル・バルニエ氏が英国の議員らに慎重な対応を求めるというツイートを発信。これをライブ・ブログが拾い、これにまたコメントがついていく。

議会前で人の話を聞く

 午後7時の採決になったため、議論はまだ続いていたが、筆者は夕方、議会前の広場に集まるEU離脱派、残留派の市民の声を拾うために家を出た。

 電車に乗っている間や広場で市民に声を聞く合間に、スマホでツイートをチェックし、ライブ・ブログで議論の進展を確認する。ここでも見ようと思えば、先ほどのアプリで議論の生中継を視聴できる

テレビでも視聴

 帰宅後、今度は居間にあるテレビを先ほどのBBCニュースのチャンネルに合わせ、採決結果を追うと同時に、スマホ上ではライブ・ブログでの識者のコメントを読んだ。もう一度聞きたい表現があった場合は、生番組をリモコンを使って「巻き戻し」ができる。

 これは自分だけの特別の視聴方法ではなく、例えば特定のスポーツに関心がある人は試合の実況中継や関連ツイートを熱心に追っていることだろう。

 英国メディアのジャーナリストはツイッターを頻繁に使うので、ツイッターを追うだけでもいろいろなことが分かってくる。

 大きな事件・事故があったとき、人々はテレビばかりか、ネットで情報を常時探す。

 英国では、テレビ、ラジオ、PC、タブレット、スマホなど媒体を選ばず、常時番組コンテンツに切れ目なくアクセスする生態圏が出来上がっている。

 ニュースに関しては、1990年代後半以降、「24時間ニュース・チャンネル」が存在し、「切れ目ない」報道の生態圏に向かってすでに舵が切られていたということも押さえておく必要があるだろう。

 今はそのようなチャンネルが複数あり、ネットでも視聴できる。例えば、BBCニュース・チャンネルのほかに、スカイニュース、英国発以外では、「フランス24」や「アルジャジーラ」(それぞれ複数言語版がある)など。

なぜ、同時配信が必要か

 英放送業界が同時配信をせざるを得なくなった理由として、メディア消費環境の変化がある。

 オフコムの調査「メディア・ネーションズ 2018」(3月発表)によると、英国でテレビ受信機で番組を視聴する人は、年々減っている。2018年上半期で、1日当たり平均視聴時間は3時間16分(前年同期比4・9%減)だったが、若者層(16歳から34歳)では特に低下した(12%減、1時間51分)。

 代わりに増えているのが放送局以外、例えばユーチューブやネットフリックス、アマゾンプライムなどが提供するコンテンツだ。

 つまり、視聴者がネットに移動したので、これに合わせて放送局もネットに移動した。

 ライバルはユーチューブやネットフリックス、アマゾンプライムになるので、BBCを始めとした主要放送局は、シリーズ物の番組の場合、すべての回がまとめて見られる「ボックスセット」形式での配信を始めている。

 BBCと民放最大手ITVが協力して、新たなオンデマンド視聴サービスを提供するための話し合いも進めている。

 国内の放送局にとって、潤沢な資金をかけて作品を制作・配信するネットフリックスやアマゾンに「勝つ」ことが重要となっている。

負の影響は?

 放送局による同時配信が新聞メディアに悪影響を与えるのかどうかについては、十分な調査が行われていないが、ニュース報道におけるBBCの地方紙・地方テレビへの圧迫問題については、これまでにも指摘されてきた。

 ジャーナリズム業界の今後を考える調査報告書「ケアンクロス・レビュー」(2月12日発表)によると、ネットで無料のニュースがあふれ、人々のメディア消費の動向が大きく変わる中、新聞、放送、ニュースサイトなどで働くジャーナリストの数が減っている。2007年の2万3000人から17年の1万7000人という下落傾向に、歯止めがからないという。

 全国紙の発行部数は1日平均1150万部(2008年)から580万部(18年)に転落し、地方紙も6340万部から3140万部と半分以下となった。

 英国民がニュースにアクセスする媒体として最も大きな位置を占めるのはテレビで、最も頻繁にアクセスするニュースサイトはダントツでBBCのニュースサイトだ。

 「レビュー」は、オフコムに対し、BBCがほかのニュースメディアのビジネスを阻害していないかどうかの調査を開始するよう、提案している。


# by polimediauk | 2019-06-13 16:49 | 放送業界

 エリザベス英女王の孫にあたるヘンリー(通称「ハリー」)王子とメーガン妃の間に、初めての子供がもうすぐ生まれると言われている。

 近年、英国でロイヤル・ベビーとして注目されたのは、ハリー王子の兄にあたるウィリアム王子とキャサリン妃の間に次々と生まれた3人の子供たちだった。

 キャサリン妃はロンドンのセント・メアリー病院で子供たちを産んできた。出産間近になると、世界中から駆け付けた報道陣が病院前に殺到する。いよいよとなると、ウィリアム王子が子供たちを連れてやってくる。そして、出産から数時間後には、いつものようにヘアスタイルもメイクも完璧なキャサリン妃が赤ん坊を抱えて報道陣の前に姿を現し、カメラのフラッシュを浴びるー。これが「お決まり」のパターンである。

 しかし、今回は、少々事情が異なりそうだ。

「出産はプライベートにしたい」

 というのも、ハリー・メーガン妃側は今回、出産を「プライベートなものにしたい」ということで、どこで産むかを明確にしていないからだ。病院での出産は「プライバシーが十分に守られない」と述べたという報道もあり、自宅での出産の可能性がある。

 「自宅」とは、ウィンザー城の領地内にある、改装を終えたばかりのフログモア・コテージだ。

 エリザベス女王自身が4人の子供全員を自宅で出産しており、前例がある。

 出産予定日は、当初、4月末から5月上旬ごろと言われてきた。しかし、出産後すぐに情報を出すかどうかは不明で、ソーシャルメディアで情報発信をするとしても、出産日当日に赤ん坊を抱えて、カメラの前に出るかどうかも不明だ。

 筆者は、この「プライベートにしたい」という話を聞いて、実はほっとした。「良かったなあ」とも思った。

 というのは、キャサリン妃が出産から数時間後に完璧な装いで病院の前に出て、「産みました!」宣言を体で示す様子を見て、「なんだか、つらいなあ」と常々、思ってきたからだ。

 

 キャサリン妃の場合、子供は将来の国王あるいは女王になるため、出産直後に国民の前に姿を見せるのは「公務」と解釈できなくもないが、それにしても、一人の人間として「ここまでする必要はないのではないか」と思っていた。この先、ほかの王室の女性メンバーも同様のことを強いられるのでは、とも。

 ハリー王子がメーガンさんと結婚したとき、「将来的に子供を産むことがあれば、キャサリン妃と比較されるだろう」という予感があった。「私だって、一糸乱れず、完璧な出産ができるのよ」と言わざるを得ないような、変な競争にならなければいいと思っていた。

 以前に、キャサリン妃の出産(と、数時間後に報道陣の前でポーズを取ること)についての疑問を書いた時に、「あら、出産後、数時間でシャンとするのは、簡単よ」、「将来の国王・女王の母親なんだから、それぐらいして当たり前」、「あれが彼女の『お仕事』だから(ああやるのが当然だろう)」などの反応がソーシャルメディアであった。

 しかし、それと同時に「出産直後は、本当はすごく、疲れている」、「あそこまでしなくていいと思う」という声もあった。

 当初は前者が多かったが、時間が経つうちに、後者が増えていった。

 筆者は、子供を産んだことがない。だから、「疲労度」は想像するだけだ。きっと、すごく疲労する人もいれば、それほどではない人もいるに違いない。

 それでも、出産体験がある・なしに限らず、誰しも、「ここまでは外に出せるけど、ここから中はちょっと、一人でいたい」という精神的・肉体的境界というのは、あるものだ。プライバシーを維持する権利は、誰にでもある。

 出産自体を公に報告する必要がある人でも、出産直後に夫やごく親しい家族の間で生の誕生を喜び、しばらく休息する時間があってもいいはずだ。ソーシャルメディアの時代だから、少し落ち着いた段階で母子が安全であることを示す情報をインスタグラムなどで出す、という形で十分ではないかと思う。髪をセットし、メークして、大勢の報道陣の前に立たなくてもいいのではないか。

 …と書いたけれど、意外と、メーガン妃も出産後数時間でカメラの前に立つ「かも」しれないのだけれども。

キャサリン妃の「完璧な」出産に、米コラムニストが疑問の声を上げる

「自宅で出産」は大幅に減少中

 イングランド・ウェールズ地方(スコットランドや北アイルランド地方を抜いた地域)では自宅で出産する割合は、2017年で2・4%のみ(国家統計局調べ)。スコットランド地方では2%、北アイルランドでは0・4%と極端に低い。

 

 エリザベス女王は4人の子供をバッキンガム宮殿かクラレンス・ハウス(セント・ジェームズ宮殿に隣接する邸宅。現在はチャールズ王太子とカミラ夫人の公邸)で産んできた。

王室の出産の歴史

 実は、英王室は宮殿(「自宅」とも言える)で出産するのが、長い間、伝統だった。

 エリザベス女王は長男のチャールズ皇太子をバッキンガム宮殿で産んだが、長女のアン王女はロンドン市内の病院で子供たちを産み、ダイアナ妃もこれに続いた(ウィリアム王子とハリー王子)。


 王室の歴史家サラ・ブラッドフォード氏のガーディアン紙の記事(2013年7月23日付)によると、英国の王室で世継ぎが生まれる出産の場合、「目撃者」が必要とされてきたという。女官たち、助産婦、召使い、医師などが妊婦の周りに集まり、部屋の後ろの方には男性の廷臣らが控えていた。死産だった場合、別の赤ん坊と入れ替えるといった「ごまかし」を防ぐためだった。


 英国(イングランド王国)は16世紀、宗教改革(教会がローマ・カトリックから分離して英国国教会=プロテスタント系=を形成)に揺れたが、その後、支配層はカトリック系勢力が国を乗っ取るのではないかと常に危機感を持っていた。出産時の混乱を悪用されて、赤ん坊がすり替えられることを防ぐ必要があった。「本当に産んだ」ことを「目撃」する必要があったのである。

 こうして、19世紀末まで、女官たちともに閣僚や枢密院のメンバーなども出産に立ち会ってきた。しかし、1894年、後のエドワード8世が生まれる時、ビクトリア女王が政治家は内務大臣のみの出席で良いと決めた。

 ブラッドフォード氏によると、最後に内相が出産に立ち会ったのは、1948年、チャールズ皇太子が生まれた時だ。

「あなたに何の関係があるの?」と叫んだダイアナ妃

 ウィリアム王子とハリー王子の母親であるダイアナ妃ほど、メディアに執拗に追われた王室のメンバーはいないだろう。

 1997年、交通事故によって36歳で命を落としたダイアナ妃は、ウィリアム王子の出産をロンドン・パディントンにあるセント・メアリー病院で行うことにした。キャサリン妃が近年、出産に選択した病院である。

 

 ダイアナ妃の自伝を書いたアンドリュー・モートン氏によると、ダイアナ妃は住居にしていたケンジントン宮殿ではなく病院での出産を選んだ理由をこう語ったという。「メディアのプレッシャーにはもう耐えられなくなった。我慢できない。毎日、みんなが私のことを監視してるみたいだから」。宮殿の周囲には、報道陣が張り付いていた。ダイアナ妃は病院を避難先として選んだのである。

 宮殿の複数の職員がダイアナ妃と一緒に病院に行こうとした。堪忍袋の緒が切れたダイアナ妃は激怒して、こう叫んだという。「あなたに何の関係があるの?」

 メーガン妃の出産のニュースを、静かに待ちたいものである。


# by polimediauk | 2019-05-01 17:24 | 英国事情

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」3月号の筆者記事に補足しました。)

 英国は本当に欧州連合(EU)から離脱する(「ブレグジット」)ことができるのか?

 メイ政権とEU側が昨年11月に合意した、離脱の条件を決める「離脱協定案」が、3月29日(当初の離脱予定日)に下院で否決されたことで、先行きが不透明になっている。同離脱案が否決されたのは、これで3回目だ。

 先週に引き続き、下院ではメイ案に関わる代案づくりの作業が続いているが、1つの案に絞り切れていない。新たな離脱予定日4月12日までに作業が間に合うかどうかは、分からない。先週末までに可決されていれば、5月22日まで離脱日が延長される予定だったが、これが実現しなかったため、「合意なしの離脱」となるか、メイ首相が新たな延長をEUに持ち掛けるか。あるいは、下院が「ソフトな離脱案」でまとまった場合、メイ首相はこれに応じるのかどうか。

 英BBCは、1月28日から3週にわたり、「インサイト欧州―混乱の10年」という題名のドキュメンタリー番組を放送した。第1回目(「私たちは辞める」)では、離脱を決めるまでの英国とEU首脳陣との丁々発止の交渉をつづった。

 この番組を紹介しながら、なぜ英国はこのような状況に陥ったのかについて、メイ首相が登場する前の段階から探ってみたい。

欧州懐疑派と格闘してきた保守党

 欧州統合の動きについて反発する理念を持つ、いわゆる「欧州懐疑派」は、少なくとも過去半世紀以上、英国の中でくすぶってきた。

 第2次世界大戦後、フランスとドイツを中心として大陸の欧州諸国が統合に向けて動く一方で、英国は欧州経済共同体(EEC)に1973年に加盟するものの、独立独歩の立場を維持してきた。現在はEU加盟国だが欧州の単一通貨ユーロを導入せず、国境検査なしで往来できるシェンゲン協定にも参加してない。

 2010年5月、保守党は13年ぶりに労働党から政権を奪回した。親EUの自由民主党との連立政権である。

 クレッグ副首相・自民党党首(当時、以下同)によると、キャメロン首相(保守党党首)は「欧州問題ばかり繰り返して取り上げる政権にはしないと約束した」という(BBC「インサイト欧州―混乱の10年」より。以下、引用は同番組から)。しかし、事態は逆となった。

なぜ、EU脱退の声が強くなった?

 2004年、EUは東欧諸国を含む10か国を新加盟国として迎え、英国にはポーランド、ハンガリー、チェコなどからの移民が急速に増えた。英国はほかのEU諸国とは異なり、当初から新規EU市民の受け入れに制限を付けず、学校や医療現場はその対応に追われた。低所得者層は、新EU市民に「職を奪われた」と感じた。

 ここで補足しておきたいのが、よくブレグジット発生の理由として挙げられる、「反移民感情」についてだ。多くの報道では長々と説明するスペースがなく、端折る形で「反移民感情が高まって」と書く。自分もそう書くことがある。

 しかし、その意味は「外国人嫌い」というわけではない。ロンドンに一度でも来たことがある方は、道行く人々の人種の多様性に驚くはずだ。また、ほかの地域に行っても、見た目だけでは誰が「外国人」なのかは分からない。

 それでも、旧東欧からの新EU市民が摩擦を引き起こすことになったのは、英国が単一市場の一部であること、つまり、モノ、サービス、資本に加えて人の自由な往来の原則に合意しているため、流入に制限をかけられない状況が生じたからだ。人が単に多くやってくるだけではなく、「無制限に」やってくることが問題視された。なぜ無制限なのか?「EUに加盟しているから」なのだ。こうして、不満の矛先はEUに向かった。

 その上、2007~8年の世界金融危機、これに続くユーロ危機が発生したことで、英国はユーロに参加していないのにもかかわらず、ユーロ圏を救うための財政支援を求められたことで、さらに反EU感情が高まった。

キャメロン首相の賭けとは

 2011年10月24日、キャメロン政権に「赤信号」が灯る。

 この日、懐疑派の声に押された英下院がEUからの脱退などを問う国民投票の実施を求める動議を投票に諮った。賛成111票、反対483票で否決されたが、80票前後の賛成票は保守党議員によるものだった。キャメロン政権は、懐疑派の対処に本腰を入れざるを得なくなった。

 この頃、ユーロ圏の危機のさらなる拡大を防止するため、メルケル独首相とサルコジ仏大統領は圏内の財政統合を計画していた。そのためにはEU基本条約の改正が必要だった。条約改正となれば全EU加盟国の合意が必要となり、英国でも下院の承認が必須となった。欧州懐疑派が抵抗するのは目に見えていた。

 そこでキャメロン政権が考え付いたのは、EU市民の英国への移住に制限をかける、さらなる統合の深化には参加しないなどの「譲歩」をEUから得ることだった。「これだけの譲歩を得たのだから、条約改正に賛成してほしい、というつもりだった」(オズボーン財務相)。

 2011年2月のEU首脳会議に、キャメロンはこの譲歩案を持って臨んだ。

サルコジの激怒

 フランス側は激怒した。「キャメロン首相はユーロ圏の規則を自分が変更できると思っていた。英国はユーロ圏ではないのに、だ。意味をなさない」(サルコジ大統領)。「私たちの手を無理に動かそうとすれば、あなたは何も得られないだろう」、「譲歩はできない」(同)。

 サルコジ側は「奥の手」を使った。EU加盟国の満場一致の合意が必要となる条約改正ではなく、財政統合を政府間協定としたのである。参加したい国だけが参加できるようにして成立させるつもりだった。「8秒で解決できることを8時間もかけて議論する必要はない」(サルコジ)。

 キャメロン自身も奥の手を持っていた。司法専門家によるとサルコジ・メルケル主導の財政統合は条約改正なしには達成できず、政府間協定を使うのは違法だった。しかし、EU側の司法判断では「合法」とされた。

 午前4時、首脳陣が政府間協定案に票を入れた。拒否権を発動したのはキャメロンだけ。英国は孤立した。

 2012年9月までに、保守党幹部は国民投票の実施を具体的に考え始めた。

 「国民投票が行われれば保守党は分裂する。もし離脱となれば世界の中の英国の地位が大きく低下し、経済にも悪影響だ」(オズボーン財務相)という主張に対し、ヘイグ外相は「やらないと逆に保守党は分裂する」と述べた。

キャメロンはどう思っていた?

 キャメロンの広報秘書はこう語る。「首相は国民投票が危険なことは十分分かっていた。それでもやろうと決めたのは、政治的に意味があったから。EUの拡大路線に対し、国民は居心地の悪さを感じていた。この人たちに発言の機会を与えるべきだ、それが民主主義だとキャメロンは思った」。

 2013年1月23日、ブルームバーグ社のロンドン本部で、キャメロンは「次の総選挙で保守党が過半数の議席を獲得したら、国民投票を行う」と演説で述べた。その前にまず「英国とEUの関係を変えるための交渉をする。EUの基本条約を変えるほどの大きな変化になるだろう」、と続けた。

しかし、メルケルに反対された

 2014年2月末、キャメロンはメルケルを官邸に招待し、国民投票についての感触を打診した。メルケルは賛同しなかった。

 「英国はEUからすでに大きな譲歩を得ている。私は鉄のカーテンの外にいた東ドイツ出身だ。鉄のカーテンがなくなり、今、私たちはこの欧州大陸で一つにまとまることができる。この点を見失ってはいけないと思う」。

 5月の欧州議会選挙では、英国のEUからの脱退を求める英国独立党(UKIP)が英国に割り当てられた議席の中で最大数を獲得した。「純移民が大きく増えた。そのすべてがEU市民だ。英国は対処手段を持っていない」(ファラージUKIP党首)。

反ユンカーで失敗

 キャメロン政権は、欧州連邦主義の信奉者で元ルクセンブルク首相のユンカーが次期欧州委員長の候補に上ったことを知り、これを阻止しようと手を尽くした。ユンカーが欧州委員長になれば、EUがさらなる拡大・統合深化に進むだろうと思ったからだ。

 キャメロンは、ファンロンパイ欧州委員長を官邸に呼んだ。

 「キャメロンは、ユンカー候補をブロックすることで自分がいかに強いかを示そうとしていた」(ファンロンパイ欧州委員長)。

 「私はいやいや官邸に向かった。これまでは、自分から望んで時間を作ってもらい、キャメロンに会いに行った。しかし、今回は招待された。何かあるなと思った」。

 官邸の居間でファンロンパイと話していたキャメロンは、「突然、反ユンカーの票を集めてくれないかと私に言った」。

 

 ファンロンパイは「それは難しい。ユンカーは(欧州議会の運営の中心を担う中道右派)欧州人民党グループ(EPP)の候補者だ。反ユンカー票を得るのは困難だ」。

 不可能な相談と思ったファンロンパイは、「できない」と言った。自分がロンドンにやってきたのは、キャメロンから命令を受けるためではない、と思ったという。

 「すると突然、キャメロンが立ち上がり、これで話が終わったと告げた」。取りつく島もなく、キャメロンはファンロンパイをドアまで連れて行った。「これが私が最後に英国の首相官邸に行った時だ」。

 キャメロンの反ユンカー運動は、成功しなかった。

移民の流入制限に、支持得られず

 国内では保守党議員2人がUKIPに移籍し、これ以上の「出血」を避けるため、14年秋、キャメロンは保守党の党大会でEU市民を含む移民の流入制限をEU指導部と交渉することを宣言した。

 メルケルに打診したところ、「EU市民の移動に数値目標を設置することは賛同できない」と言われ、キャメロン政権は社会保障へのアクセスを限定する案を追求することにした。

 2015年5月の総選挙で、保守党は思いがけず過半数の議席を獲得し、単独政権が成立した。

トゥスクも、オランドも国民投票に反対

 総選挙後まもなくキャメロンと会ったトゥスク欧州理事会議長は「なぜ国民投票を決めたのか。非常に危険なばかげた行為なのに」と告げた。その理由が「与党の内情」であったことに驚いた。「キャメロンは自分の勝利の犠牲になった」。

 9月、キャメロンはフランスのオランド大統領を英国に招待した。国民投票実施についての支持を期待していた。

 「私はキャメロンに国民投票をやる必要はないと言った」(オランド大統領)。「選挙戦の公約が実行できないのは、よくあることだ」。

 キャメロンはオランドに対し、EU市民の英国への流入をどうにかしたいと訴えた。単一市場に例外を認めるよう、助けてくれないか、と。

 「英国に人の移動の自由の例外が認められれば、他の国も同じことを求める」(オランド大統領)。「もし英国で国民投票が行われれば、ほかの加盟国も後追いする」。

 メルケルもそしてオランドも、EUの基本的な取り決めである人の自由の移動について譲歩はできない、とキャメロンに伝えた。

 2016年2月のEU首脳会議。英国がEUから譲歩を取り付けることができたのは、主として3点だった。

 (1)EU移民の社会保障の利用に制限を課す

 (2)EUの統合深化から除外される

 (3)非ユーロ圏の国としての権利が保護される。

英国内では評価されず、国民投票へ

 しかし、英メディアや政界の反応は鈍かった。

 キャメロンは、離脱の賛否を問う国民投票の実施を正式に宣言する。

 2016年6月23日の国民投票では、離脱派が僅差で勝利。残留派を主導したキャメロンは、辞任の意を表明した。

 数日後、キャメロンは最後のEU首脳会議に出席する。「悲しかった。キャメロンばかりか、英国がEUを去っていくことになるからだ。EUに夜を思わせる影が落ちたようだった」(ユンカー)。

 BBCの「混乱の10年」シリーズは、2回目にはギリシャの債務危機を、最終3回目には欧州にやってきた大量の難民への対応を取り上げた。


# by polimediauk | 2019-04-02 17:39 | 政治とメディア

(「新聞協会報」2月12日号掲載の筆者のコラム「英国発メディア動向」に加筆しました。)

 

 英国で未成年者によるソーシャルメディアの利用に警鐘を鳴らす事件が発生し、運営側に悪影響防止策を求める声が高まっている。

 2017年11月、ロンドンに住むモリー・ラッセルちゃん(14歳)が寝室で自殺しているのを家族が発見した。自殺の原因について特に心当たりがなかった家族がモリーちゃんが生前によく使っていた画像共有サイト「インスタグラム」のアカウントを調べたところ、「不安」、「落ち込み」、「自傷」、「自殺」などのキーワードにリンクされた画像を閲覧していたこと分かった。死因審問はまだ行われていないが、今年1月、父親イアンさんはBBCの取材に対しインスタグラムのアルゴリズムが関連画像を集めて娘が閲覧できるようにしたことが自殺につながったと語った。「インスタグラムが娘の死をほう助したことには疑いがない」(BBCニュース、1月22日)。

 父親のインタビューが公開された翌日、インスタグラムを所有する交流サイト最大手「フェイスブック」の英国・アイルランド部門代表者は自殺が「遺族にとって大きな打撃となった」ことに深い謝罪の意を表明した。

 近年、ソーシャルメディアによる未成年の心身への影響が社会的関心事となっている。モリーちゃんの自殺で負の影響が改めて注目を浴びることになった。

 モリーちゃんは「すべて私のせいです」という手書きの遺書を残していた。インスタグラムの自傷画像と自殺との因果関係は今後の死因検査で判明するが、両親は娘が自傷行為や自殺の画像共有を行っていたことを生前には把握していなかった。子供がどのようなソーシャルメディアを使っているかを知らない多くの親にとっても、大きな衝撃となる事件だった。

自傷行為とインスタグラム

 12歳で自傷行為の画像をインスタグラムに投稿し、8000人のフォロワーとシェアした経験を持つリビーちゃん(16歳)がBBCにその体験を語っている(1月31日)。自傷画像を投稿するオンラインコミュニティの「一部になってしまった。止められなくなった」。インスタグラムが自分に自傷行為を始めさせたわけではないが、ほかの投稿者による自傷画像を見て「彼女はまだ生きている。それなら、自分ももっとやれる」と思ったという。

 モリーちゃん事件後、インスタグラムは利用者が自傷コンテンツを見つけにくくするようエンジニアに依頼したと発表した。自傷、自殺などの画像をハッシュタグで集められないようにし、こうした画像に覆いをかけたり、推薦機能を使えなくしたりするなどの改造を行う予定だ。以前からコミュニティ規則に反したと思われるコンテンツについて報告できるようになっており、13歳未満の子供がアカウントを作成していた場合、子供の家族がアカウントの閉鎖を依頼できる。ただし、インスタグラム自身がアカウントを閉鎖することは通常はない。未成年者のソーシャルメディア利用については親が責任を持つとみなすからだという。

 元英国の下院議員で現在はフェイスブックのバイスプレジデントとなったニック・クレッグ氏は未成年者が安心して使えるプラットフォームづくりのためには「なんでもやる」と述べた(BBCのインタビュー、1月28日)。

 子供に電話カウンセリングを行う慈善組織「チャイルドライン」は親ができることを挙げている。「子供と頻繁に話す(どのようなオンライン・サービスを使っているのか、安全に使うにはどうするか)」、「子供と一緒に子供が使うサービス、アプリを使ってみる」、「家族でルールを決める」、「子供がアクセスできる範囲を調節する」、「主治医に相談する(子供が自傷行為に及んでいないか)」、「学校の担当者に相談する」、「チャイルドラインの電話番号を教える」など。

 教育省の外郭団体で、イングランドの子供の権利擁護に取り組むアン・ロングフィールド理事は、1月末、フェイスブック、インスタグラム、メッセージ共有アプリ「ワッツアップ」など大手ソーシャルメディア宛に公開書簡を送った。この中で、ソーシャルメディアの運営者が子供たちを守り、有害なコンテンツの削除速度を速めるため「デジタル・オンブズマン」の設置を提唱した。

 下院は「オンラインの損害」についての報告書を発表し、通信・放送業界の規制監督組織「オフコム」を模したデジタル空間の規制監督組織の立ち上げを提唱した。ネット上の自由な情報の行き来を維持しながら、どこまで規制できるのかが大きな課題となりそうだ。


# by polimediauk | 2019-03-26 19:30 | ネット業界

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」2月号の筆者記事に補足しました。)

 誰が高齢者のテレビ視聴料を負担するべきなのか?英国で、そんな議論がひっそりと続いている。

 通常であれば大きな話題になるはずだが、「英国の欧州連合(EU)からの離脱」=「ブレグジット」=についての報道が連日トップニュースとなっており、影に隠れた格好だ。

 

 英国では、視聴家庭が「テレビ・ライセンス料」(NHKの受信料に相当)を払い、これでBBC(英国放送協会)の国内の放送業務を賄う伝統が続いてきた。しかし、2000年からは、75歳以上の高齢者がいる家庭はライセンス料の支払いを全額免除される制度ができた。時の労働党政権が、年金生活者の貧困を緩和するための施策として導入したものだ。

 

 免除されない場合、年間のライセンス料は現行ではカラーテレビで150.50ポンド(約2万円)だ。

 

 過去18年にわたり、高齢者の支払い免除分は政府が税金で負担してきたが、2020年6月以降、BBCが責任を持つことになった。

 今後の高齢者層の支払い免除について、BBCは昨年11月から今年2月中旬まで意見募集を行った。全額免除を踏襲した場合、BBCにとっては大きな負担となるため、なぜそれが現実的ではないかを明らかにして何とか「損害」を最小限に抑えたいという意図が見え隠れする。

 意見募集のためにBBCが作成した文書を参考にしながら、状況を見てみたい。

なぜBBCが高齢者の救済役に?

 その前に、なぜ高齢者のラインセンス料支払い免除がBBCの責任になったのかを説明したい。

 労働党政権が開始した高齢者特別措置は、2010年に発足した保守党・自由民主党連立政権でも続行となった。しかし、15年、保守党単独政権はBBCの経営陣トップと会合を持ち、政府負担を解消すること、代わりにBBCが負担することで合意した。

 BBCトップがこうした条件を呑んだのは、ライセンス料の値上げ凍結の解除をしてもらい、BBCの存立を規定する「王立憲章」更新のための交渉を有利に進める狙いがあった。

 値上げ凍結は、2007年から08年にかけての世界金融危機の発生がきっかけだ。政府は緊縮財政を実行し、凍結を実施させた(2010年から17年)。かつてはインフレ率と連動し、これに上乗せした値上げ率が採用されてきたため、大きな変化となった。

 同時に、政府はBBCに対し様々な業務を肩代わりさせた。例えば放送業界のアナログからデジタルへの移行や人口の少ない地域でのブロードバンドの展開支援など英国のデジタル化進展費用を負担させた。

 こうした要素が背景となって、BBCの計算によれば、過去10年間で実質的にはライセンス料収入は20%減少したも同然となった。ちなみにBBCは国営ではなく「公共サービス放送」だが、ライセンス料の値上げ率は政府との合意をベースにして国会が承認する形を取る。

 2015年時点、ほぼ10年毎に更新される王立憲章の更新が2017年に迫り、識者の間に「ライセンス料制度は廃止されるべき」という声が再燃していた。この制度が廃止されて代わりに視聴したい人が視聴料を払う制度になれば、BBCの収入は大きく減少するといわれている。経営陣としては、確実な将来の計画を立てるためにライセンス料制度を死守し、凍結を何としても解除する必要があった。

 そこで、オズボーン財務相(当時)とBBCのホール会長は更新のための本格的な交渉が始まる前に、「ライセンス料制度は維持される」、「値上げはインフレ率と連動する」などを政府側がBBCに約束する代わりに、政府が2020年6月以降、高齢者のライセンス料支払い免除分を負担せず、免除分の取り扱いはBBCの責任とすることで合意した。

 2017年、通信法(2003年)への補足事項の追加によって、BBCが高齢者(ここでは65歳以上)に対し支払い免除制度を設けるかどうか、設置するとすればどのようにするかについて決定する責任を持つことが立法化された。

 高齢者の支払い免除分はすでにBBCがその一部を負担しており、2020年夏以降、税金による負担が完全停止することになる。現行では446万戸が対象となっている。

高齢化社会の到来と強力なライバルの出現

 BBCが昨年11月20日に発表した、意見募集用の文書「年齢に関係づけたテレビ・ライセンス料の政策」、調査会社「フロンティア・エコノミックス」が作成した2つのリポート「ディスカッション・ペーパー」(同年10月)と「75歳以上の資金繰りの見直し」(同年11月)によると、支払い免除が導入された2000年当時と現在では、状況が様変わりしている。

 例えば年金生活者を主とする高齢者家庭の所得の低さが免除導入の理由となったが、仕事を持つ家庭の収入の伸びよりも、高齢者家庭の所得の伸び率が大きくなっていることが調査で分かった。

 また、免除分の金額は2001-02年度では3億6500万ポンド(約500億円)だったが、2021-22年度では倍以上の7億4500万ポンドに上昇。後者の金額はBBCが2017-18年度に番組制作や関連サービスに費やした総額の18%に当たる。2000年、75歳以上の高齢者は総人口の7%だったが、16年には8%に上昇した。2026年には10%を占めると予想され、2030年では免除額が10億ポンドに上ると推測されている。

 社会の高齢化がこれからも続くことは確かで、国の福祉政策の一端を担うことになったBBCには、免除分の負担が際限なく増えることへの危機感がある。

 将来のメディア環境を展望するとき、BBCは強力なライバルの出現で苦しい展開を強いられているという。例えば、アップル、アマゾン、フェイスブック、BT、ネットフリックスなどが動画コンテンツを英国内の視聴者向けに提供するようになっており、「巨大なグローバル企業が放送業界全体の制作費用を押し上げている」と指摘する。高品質のドラマや不偏不党のニュース、オリジナルの番組を制作することが義務化されているBBCにとって、厳しい時代となっている。

 過去7年間で若者層がBBCのテレビ番組を視聴した時間は週に5時間から3時間に減少している。逆に、ネットフリックスに代表されるオンデマンド動画の同年齢層の視聴時間は、この4年間で週に3時間から7時間に増えた。

 こうしたメディア環境の激変を鑑み、BBCは(1)高品質で、英国を反映した番組作り、(2)オンデマンド・サービスの「iPlayer」の対象番組について、現行では放送から30日以内だが、これを30日以上にする、(3)子供向け番組、教育番組の充実化、(4)信頼できるニュース番組の制作、(5)ロンドン以外の英国の地域の番組の拡充などによって乗り切る予定だ。しかし、これらの実現には十分な収入があることが前提となる。

 意見募集のためのBBCの最初の質問は4択になった。(1)現行の高齢者の支払い免除制度を維持する、(2)年齢層による支払い免除制度を停止する、(3)高齢者の支払い免除制度は維持するが、中身を改変する、(4)分からない。

 もし(3)の「改変する」を選択した場合、(1)高齢者は半額を払う、(2)80歳以上の高齢者のみを支払い免除とする、(3)低収入の高齢者のみを支払い免除とする、の中でいずれかを選ぶ。65歳上に適用するべきかどうか、そして免除制度についての一般的な意見も提出できるようになっている。

 BBCは 6月までに最終的な判断を下す予定だ。「すべての年齢層の国民にとって、最善で最も公正な解決方法」を見つけることを目指しているという。

 BBCは「高齢者層にとってテレビが重要な友人のような役割を持っていること」を認識しているという(フィナンシャル・タイムズ紙、2018年11月20日付)。しかし現行制度をそのまま維持すれば、「BBCは大きく変わらざるを得ない」と指摘する。


# by polimediauk | 2019-03-20 18:13 | 放送業界

 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」1月号の筆者記事に補足しました。)

 「メディア・キャプチャー」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

 「キャプチャー(capture)」には「捕獲する」、「保存する」などの意味があるが、政府、政治家、大企業、富豪などの権力者が政治力や財力などを用いて自分達に都合の良いようにメディアの言論空間を牛耳る状況だ。

 その現状を把握し、対処法を考えるためのイベントが昨年11月23日と24日、ベルリンで開催された。タイトルは「沈黙の乗っ取り:21世紀のメディア・キャプチャー」。「沈黙の」とは、多くの人が気づかない間にキャプチャーが起きている、という意味が込められている。

会議が開催された、ベルリンにある「メディアと開発のフォーラム」の入り口前(筆者撮影)
会議が開催された、ベルリンにある「メディアと開発のフォーラム」の入り口前(筆者撮影)

 

 主催は独「fome」(Forum Medien und Entwicklung、「メディアと開発のフォーラム」)で、報道の自由を世界中で推進するために結成された団体だ。現在、加盟組織は24に上り、開発途上国や紛争発生国での独立メディアの育成に力を入れている。

 冒頭でメディア・キャプチャーの定義を記したが、実は様々な説があり、研究が続いている状態だ。

 イベントの初日に基調講演を行ったアンヤ・シフリン氏(米コロンビア大学のテクノロジー、メディア&コミュニケーション部ディレクター)は専門家の一人で、「新たな検閲」の状況を紹介した。

 例えば、「民主的な」選挙で選ばれた国家元首によるメディア・キャプチャーの形がある。

 このような政治家は「民主独裁者(democrator)」であり、言論空間を「作られたコンテンツ」で満たしてゆく。エクアドル、トルコ、ロシアが具体例として挙げられた。

 デジタル時代に支配的な位置を占めるようになったフェイスブックをはじめとするプラットフォームの存在も、メディア・キャプチャーと考えられるという。

シフリン氏(右)(筆者撮影)
シフリン氏(右)(筆者撮影)

 対処法は何か?

 シフリン氏によると、

 (1)情報源の多様化

 (2)独占禁止関連の法律や規制を強化

 (3)公共放送を支援

 (4)調査報道を行うための国際的なファンドを設置など。

 また、メディア関係者、学者、非営利組織などがいかに寡占化を防ぐかについて情報を交換し合う必要性も指摘した。

フィンランドでも言論の自由を巡る事件

フィンランドのヴォリコスキー氏(筆者撮影)
フィンランドのヴォリコスキー氏(筆者撮影)

 

 イベント2日目には、メディアの寡占化による言論空間への影響について、二人のジャーナリストが実体験を話したセッションがあった。

 一人目は世界的な報道の自由のランキングで常に高い位置を占めるフィンランドのジャーナリスト、サーラ・ヴォリコスキー氏である。

 同氏は現在、ニュース週刊誌「スオメン・クバレティ」で働いているが、2年前までフィンランドの国営放送「YLE」(フィランド放送協会)の調査報道チームにいた。ヴォリコスキー氏は「YLEゲート」と呼ばれる政治スキャンダルに関わり、YLEを離れることになった。

 発端は2016年。ユハ・シピラ首相の親戚が、破綻したタルビバーラ鉱業会社の所有者の一人となっていたことが発覚する。この会社はテーラフェイムと名を変えて再組織化されていたが、政府から巨額の資金援助を得ての再出発だった。首相が何らかの便宜を図ったのではないかという疑惑は議会の調査で払拭されたが、複数の報道機関がこの問題を取り上げ、YLEもこれに続いた。

 ヴォリコスキー氏のチームによる報道に対し、首相は「憤慨した」という。YLEの編集局幹部は報道の表現を和らげたり、放送予定の順番を変えたりなど、「チームに事前に告げないままに報道に干渉をするようになった」。

 そして、前代未聞の事態が発生した。シピラ首相が報道内容に対する苦情をヴォリコスキー氏にメールで直接送ってきたのである。「報道のために国民が私に対して怒りを向けている」、「YLEに対する敬意を失った」などと書かれていた。

 当時の編集長はチームに対し、関連の報道では一切首相の名前を出さないこと、またメールを受け取ったことを公にしないようにと伝えた。ある制作スタッフが疑惑について議論する番組を企画したところ、「企画を取り下げないなら解雇する」と脅された。しかし、YLEの内情は次第に他の媒体でも取り上げられるようになった。

 ヴォリコスキー氏は編集長の辞任を求めたが、これが叶わないことが分かり、自分が辞任した。上司も同時に辞任したという。しばらくして編集長は辞任し、2018年4月、新たな最高経営責任者が就任している。

 イベントの会場から、質問が出た。「疑惑報道を巡り、YLEに政治圧力がかけられたと思うか」。ヴォリコスキー氏はこう答えた。「YLEの運営は国民の税金によって賄われている。毎年、予算額を決めるのは政府だ。YLEの対応と政府の圧力との間には、何らかの関係があると思う」。

 辞職後、ヴォリコスキー氏は一連の事件を書籍にまとめている。

メディアの多様性が問われるチェコ

フィンランドのヴォリコスキー氏、右がチェコのソドムコバ氏(筆者撮影)
フィンランドのヴォリコスキー氏、右がチェコのソドムコバ氏(筆者撮影)

 

 チェコのメトロポリタン大学の調査によると、報道の自由度において過去20年間比較的安定していたチェコがここ5年で変貌を遂げているという。2016年時点で、メディアの所有者の92%が政治家や大企業の経営者となっている。その中でも目立つのが新興財閥で、その一人が現在は首相となっているアンドレイ・バビシュ氏である。

 チェコの調査報道記者マグデレーナ・ソドムコバ氏は、国内最古の新聞「リドブ・ノビニ」で働いていた。数年前に発行元マフラ社がコングロマリット「アグロフェルト」(バビシュ氏が創業者)に買収されてから、編集室の雰囲気がガラリと変わってしまったという。

 ビジネスで財をなしたバビシュ氏が2011年に設立した反体制派の政治運動「ANO」は、2012年に大衆政党としてその歴史を開始した。

 リドブ・ノビニ紙がバビシュ氏が経営するビジネス・グループの傘下に入った時、編集スタッフは「彼が何をやっているのかを十分に知らず、メディアを乗っ取られたらどうするかを考えたことがなかった」。民主主義や報道の自由が「永遠に続くものだと思っていた」。

 買収直後、編集長が辞任し、新たに抜擢されたのは調査報道の経験が長い女性記者だった。「これで編集スタッフは、もし新所有者から編集への干渉があっても、この人が守ってくれるだろう」と信じたという。しかし、「実際にはそうはならなかった」。

 社員全員が新たな雇用契約を交わすように言われ、この契約によって「社内で発生することを外に出さないことを義務化された」。また、「お金がかかりすぎる」という理由で調査報道部や国際ニュース部が廃止された。

 記者たちはバビシュ氏の政治目的を推し進め、ライバルを貶めるための報道を迫られるようになった。

 ソドムコバ氏も、ある原稿を不本意な形に書き換えられたことをきっかけとして辞職した。同氏は、イベントの参加者の前で、悔しそうに言葉を詰まらせた。「私が数えた限りでは、すでに75人が新聞社を辞めている」。

 2014年、バビシュ氏は財務大臣に就任したことを機にアグロフェルト社の最高経営責任者の職を辞した。

 マスメディアを使うことによって、バビシュ氏は自分への支持を大きく拡大させ、政治のトップの位置にまで到達したとソドムコバ氏は見ている。

 YLEにいたヴォリコスキー氏も、チェコのソドムコバ氏も、一人一人の記者が孤立し、職場のジャーナリスト全員で団結した行動を取れなかったことが心残りだったと話した。

 イタリアの非営利組織「センター・フォー・メディア・プルーラリズム・アンド・フリーダム」が毎年発表する「メディアの多様性モニター」(2017年)によると、チェコは「高い危険度」の範疇に入る。メディア所有の寡占化が進み、「商業上の事情や所有者の意向が編集内容に影響を与えている」状態にあるからだという。

 「モニター」によると、メディア所有の寡占化は欧州連合(EU)全体で広がっている。新聞の経営が苦難に陥り、小規模のメディアがより大きなメディア所有者の元に集約される傾向があるからだ。

 今年も報道の自由への負の影響を注視して行きたい。


# by polimediauk | 2019-02-11 02:46 | 欧州のメディア

 3月29日、欧州連合(EU)から英国は離脱する(=「ブレグジット」)。実現まであと2か月を切ったが、英政界のゴタゴタが収まらない。

 メイ政権とEUは、昨年11月に離脱の条件を決める「離脱協定案」に合意しているが、これには英議会の承認が必要だ。12月に下院で採決予定だったが、否決の可能性が高いと見たメイ首相はこれを今年1月中旬に延期した。結果は、歴史的な大差での否決となった。

 29日、離脱に向けた今後の方針に関する採決が行われ、協定案の見直しを求める動議などが可決された。

 与党・保守党の議員委員会のブレイディ委員長による修正案は「離脱協定で定めた北アイルランドとアイルランドの国境問題の対応を他の案に置き換え、離脱案に賛成する」という内容で、これを踏まえて、メイ首相は「下院の支持が得られる協定案を得る」ため、EU側と再交渉すると表明した。

 しかし、今後の交渉次第では、「合意なき離脱」(EU側との合意が実現しないまま、突然離脱となる)や「離脱なし」(総選挙や再度の国民投票で、離脱が発生しない状況となる)の可能性も消えていない。

 詳細は:

 メイ英首相、ブレグジット協定を再交渉へ 下院は賛同 BBCニュース日本語

 【解説】ブレグジットでいま何がどうなった、次はどうなる 下院は再交渉に賛成 BBCニュース日本語

 EU他国(27か国)や日本を含めた世界中の国が、「一体、英国は何をやっているんだ?」と不思議に思うか、失笑しているに違いない。あと数十日しかないのに、どうやって離脱するかが決まっていないのだから。英国に住む人もあきれているし、怒りや困惑で一杯だ。「なんでもいいから、早く決めてくれ」という声がビジネス界で特に強い。

 ブレグジット交渉の進展を英国側から見てきた一人として、なぜこんなことになり、何が問題となっているのかを説明してみたい。

なぜ、この時期になって、議会が紛糾しているのか

 このような状況になった理由として挙げられるのは、まず

 (1)メイ政権の交渉のまずさ

 もともとEU加盟残留派のメイ首相は、まじめな性格で仕事を一生懸命やるのはよいのだが、自分の手の内をなかなか外部に明かさず、少人数の側近と物事を決めるタイプ。

 

 昨年7月、離脱交渉の英国側の方針をまとめた白書を発表したが、2016年6月の離脱決定から2年後である。

 ここに来るまで、一体どういう方針になるのか、報道陣の質問にも「交渉中には相手に手の内を見せられない」として明確には答えず、メディアも国民も(そして内閣の大部分も)蚊帳の外に置かれた。

 そして11月には白書の方針に沿った協定案をEUに持ち込み、ここで合意を取り付けてしまう。

 国内は離脱派と残留派で大きく割れているので、これを1つにまとめるのは一苦労であるが、国内での支持を十分に取り付ける前に先にEUと合意してしまったことで、現在の議会の混迷に直結してしまった。

 EUとの合意から戻ってきたメイ首相は、「私が取り付けた合意案=ディール=を受け入れるか、そうでなければ、合意なしの離脱になるわよ」と議員らに迫った。合意なしの離脱(ノー・ディール)になれば、何の取決めもなしにEUから出ることになり、大混乱が予想される。メイ首相のディールか、ノー・ディールかを迫る姿勢は、脅しにも見えてきた。

 (2)国民も、議会も、内閣も割れている

 ことも、混迷の理由だ。

 2016年の国民投票では離脱票が52%、残留支持票が48%の僅差であった。今でも、この傾向は続いている。


 メイ首相は閣内に離脱強硬派の大物政治家を入れて、「離脱を実行する政権」であることを内外に知らしめたが、首相を支えるはずの内閣が離脱派と残留派に分かれることにもつながった。

 首相が7月に閣内でまとめた離脱協定案は、「あまりにも親EU過ぎる」と離脱強硬派の閣僚二人が辞任した。11月、EUに最終交渉のために出かける直前、またも離脱担当大臣が「これでは離脱にならない」と辞任した。

 メイ首相がまとめた離脱協定案は離脱派からは「親EU過ぎる」と嫌われ、残留派からは「現状より悪い」と批判された。

 ご参考:英議会がブレグジット案に「No!」 ―離脱間近にもかかわらず手続きが進まぬ背景にある市民の怒り BLOGOS 

 (3)下院議員の頭と心がバラバラ

 下院議員の80%は残留支持だが、国民投票で国民が選んだのは離脱。自分の選挙区の有権者は離脱を選んだのに、自分は残留支持という議員がたくさんいる。頭(有権者の意思を尊重する)と心(でも離脱したくない)がバラバラなのである。

 メイ首相の協定案について、「実は離脱したくない」という議員や政党が「もう少し時間をかけたほうがいい」、「このままでは間に合わないから、交渉期間を延長しよう」、「もう一度国民投票をやるべきだ」と声高に主張してきた。

議員たちは、なぜ離脱協定案を承認しなかったのか

 12月に離脱協定案を否決した理由は

 (1)親EU過ぎるから(離脱強硬派)

 離脱強硬派は、英国がEUの関税同盟からも単一市場からも抜け出て、「きっぱりとした離脱」を求めている。

 メイ首相とEUが合意した離脱協定案は、「英領北アイルランドとアイルランド共和国との間に国境検問所を置かないようにする」(=「ハードボーダー」を置かない)ために、一時的に英国全体を一種の関税同盟に入れ、南のアイルランドと地続きになる北アイルランドは単一市場の一部にも参加する仕組み(これをバックストップ=安全策=と名付けた)を入れている。

 このバックストップは、通常は発動されない。EUと英国は、離脱移行期間(2020年12月まで)の間に新たな通商協定を決める予定で、もし移行期間内(1年の延長可能)に合意がない場合でも、ハードボーダーができないようにするために設置された。

 北アイルランドとアイルランドの間には、過去の紛争の再来を防ぎ、友好・通商関係を深めるためにハードボーダーが置かれておらず、現時点では英国はEU国であるため、人、モノ、資本、サービスが自由に行き来している。

 その背景はこちらをご参考に:

 EU離脱、一触即発の危険を捨てきれない北アイルランド ニューズウィークジャパン

 ところが、このバックストップは発動後、解消したい場合にはEUと英国の両方の合意が必要になる。また、無期限となっている。

 このため、離脱強硬派が嫌ったのは「いつまでも無期限にEUの関税同盟に入り続ける可能性」だ。離脱の意味がなくなる、というわけだ。

 (2)現状より悪い選択肢だから(残留派)

 (3)北アイルランドの政党による反対

 英議会で7議席を持つのが、北アイルランドの民主統一党(DUP)。メイ政権と閣外協力しており、バックストップによって北アイルランドと英国本土の間で違いが出ると、これが北アイルランドと英国との連合を脅かし、1998年のベルファスト合意(英国とアイルランドの和平合意)に抵触するので、絶対に受け入れられないと主張している。

29日の議会採決で見えてきたこと

 (1)離脱の実現を遅らせる修正動議が、次々と否決された

 離脱を止めようとする政治勢力(下院議員の大部分が残留支持であったことを思い出していただきたい)が提出した複数の修正動議は、次々と否決された。

 例えば「離脱協定条約の発効を延期する」、「議員にもっと討議の時間を与える」などが否決。

 つまり、

 (2)下院は3月29日午後11時過ぎからの離脱を遅らせたくないと思っている

 ということである。

 離脱に投票した有権者の声を無視するわけにはいかないからだ。

 同時に、

 (3)「合意なき離脱を回避する」という修正動議は可決された

 ただし、これには法的拘束力はないという。だからこそ、議員は本音で投票できたともいえよう。

 そして、

 (4)バックストップの選択肢をEU側に求めることで、再交渉する

 というブレイディ案が、ぎりぎりではあったけれども、可決された(賛成317票、反対301票)。

 メイ首相は、保守党内の離脱強硬派や残留支持派の議員の意見を集約させることに成功し、「バックストップを変更する選択肢をEU側に求める」という条件付きで、再交渉を進める機運を作ったのである。

 29日の投開票後の報道を見ている限り、「メイ首相の快挙」という論調が出ていた。1月15日、離脱協定案が大差で否決されたことを思えば、僅差ではあったけれどもここまで支持を集められたのは、確かに快挙といえよう。

EUの拒絶

 メイ首相の離脱協定案は、昨年11月にEUと合意しており、EU側は一貫して「離脱協定の話は終わっている」、「すでに合意ずみ」、「再開させるつもりはない」と主張してきた。

 29日、英議会が協定案の見直しを求める動議を可決した直後も、欧州理事会のドナルド・トゥスク常任議長は、離脱協定は「再交渉の対象ではない」とこれまでの立場を繰り返した。

 この日以前にも、多くのEU指導者が「再交渉はしない」と述べており、「なぜ英議会にはこの声が届かないのか」とイラつくように表明する欧州議員もいる。

 かつては、メイ首相自身が「バックストップの設置だけを変えることはできない」と説明してきた。もし「バックストップに代わる選択肢」を見つけ、これで新たな修正案ができるのであれば、以前の主張とは合致しないことになる。

 なぜ「再交渉はできない」という声が届かないのか?EUの政治指導者がいらつき、あるいは驚き、こんな問いを発するとき、「現実を見ない英政治家がいる」と指摘される。

 確かに「自分に都合が良いように現実を解釈する」、あるいはそのようなふりをする英政治家は、多いかもしれない。また、「きっとEUは譲歩するはず」という甘い読みもありそうだ。

 しかし、EU他国の側からは見えにくいこともある。

 例えば、行政府がEUという国外にある機関と重要な協定に合意してしまったことに対する、英議員らの無念さ、怒り、驚愕である。立法府として絶対的な権威を持つ議会で離脱協定案が合意される前に、国外の組織に自分たちの運命を決められた、という思いである(英国では、EUは「外の機関」として認識されている)。


 EUが言う通りに、昨年11月、確かにメイ政権とEUは離脱交渉協定案に合意した。EUにしてみれば、「英国=メイ政府」であるし、それは正しい。

 しかしながら、メイ政権がEU側との交渉に持って行った協定案は議会や国民の間で十分に議論された結果の案ではなかった。複数の世論調査や1月15日に議会で協定案が大差で否決されたことを考えると、議会や国民の十分な支持がない協定案だった。

 議員の大部分や国民が支持していない案を英国は黙って受け入れるべきなのだろうか?ここが今後の交渉の核になりそうだ。29日の採決の後では、メイ首相は「議会でこのような結果が出たから、バックストップを変えたい」と主張できる。

 EUと英国の溝はどこまで埋められるだろうか?

 メイ首相はEUと交渉後、2月中旬に離脱協定修正案を下院に提出する予定となっている。

- メイ首相と議会の綱引き続く 「英国ニュースダイジェスト」筆者コラム





# by polimediauk | 2019-01-30 21:36 | 英国事情

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」11月の筆者記事に補足しました。)

 10月6日、ブルガリア北部ルセの公園で女性の殺害遺体が発見された。地方テレビ局のジャーナリスト、ビクトリア・マリノバ氏(30歳)の最後の姿だった。同氏は欧州連合(EU)の補助金をめぐる不正疑惑について報道したばかりで、ブルガリア内外に波紋を広げた。

 報道と殺害との関連は現時点で判明していないが、汚職問題を追いかけていたジャーナリストが殺害されるのはEU加盟国では過去1年で彼女が3人目となった。

マリノバ氏が手がけていた疑惑とは

 ブルガリア(人口約710万人)は1989年に共産党独裁体制を終えんさせ、国民の生活レベルの向上と北大西洋条約機構(NATO)やEUへの加盟を念願の1つとしてきた。

 2004年にはNATO加盟、07年にはEU加盟を実現させるが、課題とされた組織犯罪・汚職の撲滅には手を焼いてきた。汚職をなくするための非政府組織「トランスペアレンシー・インターナショナル」はブルガリアを「EUの中で最も汚職度が高い国」と呼んだ。同組織が発表する最新の「腐敗認識指数」のランキングで、ブルガリアは180か国中72番目(日本は20番目)である。

 マリノバ氏はテレビ局「TVN」に所属し、殺害される1週間ほど前に「うそ発見器」と呼ばれる新番組で司会を担当。ルーマニアの調査報道組織「ライズ・プロジェクト」とブルガリアの同様の組織「ビボル」のジャーナリスト2人にインタビューした。2人はブルガリアの政財界によるEUの補助金の不正利用疑惑を調査していた。8月、疑惑に関連する人物を撮影しようとしてブルガリア警察に逮捕されたが、ルーマニア当局の介入で数時間の拘束後に解放された体験を持つ。

 10月6日朝、マリノバ氏はジョギングをするために公園に向かい、後に遺体となって発見された。死因は窒息と頭部打撲で、性的暴行を受けたあともあった。事件から数日後、21歳のブルガリア人の男性がドイツで逮捕された。検察幹部によると、容疑者は別の性的暴行殺人事件で警察に指名手配されており、マリノバ氏の殺害は「突発的な攻撃だった」としている。容疑者は「殺害しようとは思わなかった」、「性的暴行はしていない」と述べている(ガーディアン紙、10月12日付)。

スロバキアの事件

 ブルガリア同様に1989年に共産主義体制を終わらせたスロバキア(人口約544万人)は1993年にチェコと連邦制を解消した後、2004年にNATOとEUに加盟した。

 今年2月、27歳の調査報道ジャーナリスト、ヤン・クツィヤク氏はフィアンセとともに、首都ブラチスラバから約50キロ東方にあるベルカマカの自宅で射殺された。

 同氏は「アクチュアリティ」というウェブサイトで政府とマフィアによるEUの補助金をめぐる癒着を取材してきた。スロバキアでジャーナリストが殺害されるのは今回が初だという。

 クツィヤク氏の殺害事件を機に大規模な反政府デモが発生し、3月、フィツォ首相が辞任。ペレグリニ新政権が発足している。

 殺害はクツィヤク氏のジャーナリズムに関連していると見られ、これまでに4人が起訴された。7万ユーロ(約900万円)で殺害を引き受けたのは元警察官だった。誰が殺害を依頼したのかについては捜査が続いている。

「ダフネ・プロジェクト」

 昨年10月には、マルタ(人口約43万人、2004年EU加盟)のジャーナリスト、ダフネ・カルアナガリチア氏(53歳)が殺害された。

 同氏は自宅近くで乗用車に仕掛けられた爆弾が爆発し、死亡。前月、自分のブログに「命を脅かされている」と書いていた。カルアナガリチア氏はムスカット首相の妻や側近の汚職疑惑や、国際的な資産隠しを暴露した「パナマ文書」と国外の富裕層に向けたマルタの市民権や旅券の高額販売との関連を調べていた。

 事件発生から2か月後、警察は3人の男性を実行犯として逮捕したが、裁判では3人とも事件への関与を否定した。

 今年4月、米ニューヨーク・タイムズ、英ガーディアン、仏ルモンドなど18の報道機関で45人のジャーナリストが、カルアナガリチア氏の調査報道を続行し、暗殺事件の真相を究明するためのサイト「ダフネ・プロジェクト」を立ち上げている。

 ブルガリアのジャーナリストの殺害については報道内容とは関係なかったという説が今のところは強いものの、ジャーナリストが殺害される事件が相次ぎ、EU市民に衝撃を与えた。

 世界の状況を見ると、ジャーナリストの殺害は年間数人程度ではない。非政府組織「国境なき記者団」の調べによれば、昨年1年間で命を落としたジャーナリストは65人。紛争に巻き込まれて亡くなった人は26人で、殺し屋に暗殺された人は39人だった。非営利組織「ジャーナリスト保護委員会」の調べでは、昨年1年と今年秋までに殺害されたジャーナリスト(紛争時及び暗殺事件の合計)は90人に上った。

サウジのジャーナリスト殺害疑惑は「リトマス紙」

 最近、最も注目を集めたのはサウジアラビアの著名ジャーナリスト、ジャマール・ハーショグジー氏の殺害事件だろう(これまでの報道では「ジャマル・カショギ」という表記が多いが、最も原語に近いのはこちらの表記と言われている)。

 10月上旬、ハーショグジー氏が忽然と姿を消し、国際的な大問題に発展した。

 同氏はサウジ王室との関係が深い人物で、近年はムハンマド皇太子の政策を批判して反感を買い、米国に住むようになった。米ワシントンポスト紙のコラムニストとなり、反対意見に抑圧的な皇太子を批判的に書いた。サウジ側からすれば、「サウジアラビアのことを熟知し、耳に痛い記事を書く、危険なジャーナリスト」ともいえよう。

 10月2日、同氏は交際していたトルコ人女性と結婚するため、イスタンブールにあるサウジアラビア領事館を訪れた。女性は領事館まで同行し、館外でハーショグジー氏を待っていたが、同氏が出てくることはなかった。ハーショグジー氏がジャーナリストであったこと、著名な米新聞でコラムを持っていたことから英語圏では同氏が姿を消したことが大々的に報道された。トルコ当局は同氏が殺害されたと主張したが、サウジ側はこれを当初否定した。

 ハーショグジー氏の処遇に付随して広がってきたのが、反サウジアラビア感情である。真実がどうであれ、サウジの実権を握るムハンマド皇太子が「体制批判をしていたジャーナリストの殺害を指示した」となると、「言論の自由は保障されるべき」と考える欧米社会からすると「一線を越えた」展開となる。

 そこで、10月23日から25日までサウジアラビアで開催予定の会議「未来の投資イニシアティブ」でメディア・スポンサーとなっていた英フィナンシャル・タイムズ、米国のブルームバーグ、CNN,CNBCが参加を取りやめると発表した(ガーディアン、10月13日付)。スピーカーの一人として予定されていた英「エコノミスト」誌のザニー・ミントン・ベドーズ編集長は参加を取り下げた。

 英バージン・メディアの創業者リチャード・ブランソン氏は同社が計画する宇宙事業へのサウジアラビアからの10億ポンド(約1475億円)規模の投資についての話し合いを中止する動きに出た。ブランソン氏は声明文の中で、もしハーショグジー氏がその体制批判の報道ゆえにサウジ側に殺害されたという報道が真実であるならば、西欧側はサウジ政府とビジネスを行うことができなくなると述べた。ハーショグジー氏の殺害疑惑は、欧米社会の「良心」を示す一種のリトマス紙として認識されるようになった。

 トランプ米大統領はサウジ政府の関与が判明した場合「厳罰を科す」という考えを示しているが、米議会が求めるサウジへの武器輸出停止に関しては拒否すると記者団に述べた。国内の雇用への悪影響を考慮したと思われる。

 「改革派」として欧米で好意的に受け止められてきたムハンマド皇太子の政治姿勢に、大きな疑問符が付くようになった。10月14日、英独仏の外務大臣はサウジ政府に対し、ハーショグジー氏の処遇について十分な調査を行うよう求める声明文を発表した。

 ハーショグジー氏の失踪は報道の自由をめぐる事件というよりも、中東情勢を反映した政治事件という面が日増しに強くなっている。

 トルコとサウジアラビアの関係が悪化するのどうか、中東でのイランの影響力を抑えるためにサウジ寄りだった米国がその姿勢を変えるのか、また英国にとっては武器売却先として大顧客となっているサウジとの関係をどうするつもりなのか、目を離せない状況となっている。

 真相は明らかになるだろうか。

 ・・・以上が10月15日時点で書いた原稿だが、その後事態は急速に展開し、現在ではサウジ側もハーショグジー氏が殺害されたことは認めている。11月16日、米CIAは、皇太子の関与は間違いないという結論を出した

 焦点は皇太子が関与した(もっとはっきり言えば、直接殺害を指示した)という共通の認識の下で、国際社会が彼に何らかの責任を取ることを求めるかどうかだ。すでに、トランプ米大統領は皇太子の責任を追及しない姿勢を明らかにしている。

***

 筆者による関連記事もご参考に

 サウジ記者殺害事件 ムハンマド皇太子との「蜜月」から一斉に引いた欧米諸国に感じる違和感(BLOGOS, 10月26日掲載)

 サウジを厳しく追及できないイギリスの冷酷なお家事情(ニューズウィークジャパン、10月16日掲載)


# by polimediauk | 2018-12-11 15:46 | 欧州のメディア

 英国の公共(サービス)放送大手「BBC」。世界中で広くその名が知られている放送局だが、「国営放送」として紹介される事例をネット上でよく見かける。

 改めて国営放送とは何かというと、例えば「ブリタニカ国際大百科事典」の定義によれば、

 国家自身が管理運営する放送。国家予算や国庫交付金などを主たる財源とし,国家機関の一部局として,あるいは国家の強い管理下で放送事業を行い,営利を直接の目的としない。中国などの社会主義国のほか,開発途上国の放送機関の多くが国営放送である。

 では、公共放送とは何か?

 「百科事典マイペディア」の定義によれば、

 放送事業体が営利を目的とせず,聴視者からの聴視料などをおもな財源として,公共の福祉と発展を事業目的として行う放送を商業放送と対比していう。日本のNHK,英国のイギリス放送協会(BBC)などはその代表的なもの。

 英国の主要放送局はBBC,ITV、チャンネル4、チャンネル5、そして有料放送のトップ、スカイなどがあるが、いずれも国営ではない。

 細かく言えば、最初の4つの主要放送局はすべてが「公共サービス放送」(Public Service Broadcasting=PSB)というカテゴリーに入り、放送業を公共サービスの1つとしてとらえる伝統が続いている。

 ちなみに、BBC以外の放送局ITV,チャンネル4、チャンネル5はその運営を広告収入によってまかなっている。運営資金調達方法からいえば、この3局は「商業放送」と言ってよい。しかし、チェンネル4は政府が所有しており、通常の「公共放送か民放か」の2者択一では分類できない形になっている。

 公共放送と商業放送の違いについて、「世界大百科事典」を見てみると、 

 企業として利潤を得ることを目的とせず,もっぱら広く一般の人々の福祉のために行われる放送。放送事業体の類型の一つで,商業放送との対比で設定されるもの。主として,(1)事業目的 公共放送は一般の福祉向上,商業放送は利潤の獲得,(2)運営財源 公共放送は主として受信料,それに対して商業放送は広告収入,(3)番組編成基準 公共放送は全国民的ニーズ,これに対して商業放送は市場性,以上の3点で公共放送は商業放送との対比において特徴づけられる。

なぜ、区別が大事なのか

 筆者がこの原稿を書こうと思いたった1つの理由は、「国営放送のBBC」,「BBCは国営放送」という表現を日本語のネット空間でよく見かけるからだ。

 当初は、「BBCが国営放送ではないことを知ったうえで、ジョークや皮肉としてそう書いているのだろう」と思ったものだ。「まるで国営放送のように、政府寄りの報道をしている」など、一種の批判として書いているのだろう、と。

 しかし、この頃はジョークや皮肉、批判的表現ではなく、これを事実として認識している人が次第に増えているのではないか、と思うようになった。

 というのも、メディア関係者でさえ、「BBCは国営放送」という前提で話したり・書いたり、あるいはそのような前提での論考や批判を「うっかり(?)」と事実として受け止めている例をたまに見かけるようになったからだ。

 しかし、「BBCは国営放送」とするのは、事実誤認である。もちろん、「国営放送のようだ」と表現するのは大いにありだが。

 BBCを国営放送として認識してしまうと、その存在意義が全く無視されてしまうことになる。誰がその運営費を払い、何を重要視しているのかについて、全く違う理解をしてしまうことになる。

 国営放送では何をどのように放送するかを決めるのは時の政府になるし(政府を「国民の代表」と解釈することもできるが)、公共放送では(受信料を払う)みんな(=国民)が決める。いわゆる「お上」が決めるのか、社会を構成するみんなが決めるのか、という話である。そして、BBCは後者である。

BBCの成り立ち

 英国は、なぜ放送業を公共サービスの1つとしてとらえるようになったのだろうか?

 それは放送業の始まりに由来している。英国の放送業の開始は、BBCの誕生と同義語だ。

 拙著「英国メディア史」に書いた個所を参考にしながら、説明してみたい。

 19世紀後半。世界中の科学者が電波を利用した無線通信の実用の可能性を探っていた。

 1896年、イタリア人の発明家・無線研究家のグリエルモ・マルコーニも自己流の実験に没頭し、投資家を求めて英国に渡った。翌年、英郵政省向けの実演が評価されたマルコーニは無線電信機の英国での特許を取得する。

 マルコーニ無線会社を立ち上げ、1899年、英仏ドーバー海峡横断の無線通信に成功。1901年、大西洋横断の無線通信を成就させ、09年にはノーベル物理学賞を受賞するまでになった。

 第1次大戦(1914-18年)を経て、ロンドン郊外チェルムスフォードにあったマルコーニの通信施設では、実験的なラジオ放送が始まっていた。1920年、「新聞王」ノースクリフ卿が当時の著名なオペラ歌手ネリー・メルバによるラジオ・コンサートを実施させた。

 大好評となったメルバの歌声を聞き、「ワイヤレス」(無線、あるいは無線機。当時はラジオの代名詞)メーカーは大きな市場が生まれることを予感した。そこで郵政省に対し、放送局を設置するための申請書を送るようになった。政府は、周波数の混乱を防ぐため、メーカー側が一つの組織にまとまることを希望した。

 1922年、200以上の無線機メーカーがまとまって民間企業「BBC](British Broadcasting Company)が生まれた。

 BBCは、政府からラジオの販売と放送の事実上の独占権を与えられた。民間企業としてのBBCの収入の大部分はラジオの販売からの売り上げと聞き手が郵政省に払う「受信免許料」(ライセンス料)であった。

「公共」の概念が入るまで

 放送を公共サービスとしてとらえ、そのサービスを提供する組織も公的存在であるべきという考えは、アマチュアの無線愛好家たちや政府のレベルで次第に支持されるようになっていく。

 背景には、英国の政治家や知識人の間に広がっていた「資本主義は悪くないが、市場競争に任せてばかりでは富の配分はうまく行かない」とする考え方があった。郵便体制、漁業、水道、電気が公共体として運営されており、放送も射程に入った。

 政府高官らによる米国への視察も影響を及ぼした。世界に先駆けて放送業が発達した米国では、数千にも上る放送局が乱立していた。英政府は米国が「混とん状態にある」と判断し、中央からの規制体制を構築して、大小の無線機メーカーを統合させて1つの放送体を形成させる道を選んだのである。

 こうして、1927年1月、公共放送としてのBBCが生まれた。

国営化への抵抗

 公共組織に変わる直前の1926年5月、英国でゼネストが発生した。

 公共交通機関がほぼ停止し、新聞は休刊かページを大幅に縮小。唯一の最新ニュースを得られる媒体として、BBC(当時はラジオ)を誰もが聞きたがった。BBCの放送内容を書きとったものがあちこちに貼りだされ、電気店や新聞社など、人々はラジオがあるところに集まって放送を聞いた。

 政府は、ウィンストン・チャーチル財務相(のちに首相となる)に御用新聞「ブリティッシュ・ガゼット」を制作させている。

 チャーチルはBBCに対し、ガゼットの報道を読み上げるよう依頼したが、BBC側に断られた。国家の緊急時には政府はBBCを国の管理下に置くことができたが、今回どうするかについて内閣では意見が割れた。チャーチルはBBCの臨時の国営化を主張する一人だった。

 当時の経営陣のトップ、リース卿はボールドウィン首相との連絡を密にしながらも、ニュースの扱いが公平で、当事者の両方の主張を紹介するよう尽力した。

 BBCは「本当に何が起きているかを知らせてくれる」報道機関として、国民や政治家らから頼りにされて、国営化を免れた。

 現在も、公益を目的として報道する伝統が続いている。BBCばかりではなく、ほかの英国のPSB放送局にもこの精神が根付いている。

情報があふれる時代、公共放送の意義をホールBBC会長が力説

 11月14日と15日、スコットランド・エディンバラで、メディア会議「NewsXchange」(欧州放送連合=EBU=主催)が開催された。EBUは欧州を中心とした56か国の公共放送局が加盟する組織で、毎年、このタイトルでメディア会議を開いている。筆者は2005年頃から、この会議を何回か取材してきた。

 情報があふれるこの時代、公共放送の意義は何なのか?

 14日、BBCのトニー・ホール会長の基調講演を聞いてみた。

 印象深かったのが、「視聴者を中心に置く」という立ち位置だ。「視聴者に対して、責任を持つこと」。

 現在、「自分の意見に同意しなかったら、あなたは自分の敵だ」とみなす風潮が強い。しかし、公共(サービス)放送の役目は片方だけの意見を出すのではなく、「偏らないこと。BBCが理解するところの世界のありようをそのまま出すこと」。

 BBCの課題は「視聴者に仕える・役立つための最善の方法は何か」を考えることだという。

 「トップダウンで、視聴者に向かって放送コンテンツを流す、というのではなくて、視聴者とともにある放送局であるべき」、とホール会長は言う。

 視聴者が「自分たちで物事を決定する」ことを支援する存在としてのBBCである、と。

 そのためにBBCが具体的に手掛けるのは、「フェイクニュース(正しくは「ミスインフォメーション」と言い換えた)の撃退」、「説明する」、「リアリティ・チェックというコーナーで、何が事実なのかを明らかにする」、「専門性を持ったジャーナリズム」。

 何度も会長が繰り返したのが、BBCは「視聴者のために」存在していること。ジャーナリズムの役目は「人々に力をつけさせる(エンパワーする)こと」、「人々が自分たちで物事を決定することを可能にすること」。

 リップサービスだと思うだろうか?

 筆者はそうは思わなかった。この理想が十分に現実化しているかどうかの評価は別にしても、BBCの国内放送の主たる運営費は視聴家庭が払うライセンス料によるので、このような表現は当然であろうし、これが公共(サービス)放送とは何かの意味なのだと思う。

 

 


# by polimediauk | 2018-12-06 22:58 | 放送業界

(「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 来年3月末、英国は欧州連合(EU)から離脱する(=「ブレグジット」)ことになっていますが、英政府側とEU側が合意した離脱協定に対する英国内の不満が高く、不安感が増しています。11日にはこの協定を認めるか認めないか、下院で投票が行われますが、もし否決された場合、どうなるのか先が読めない状態です。

 そもそも、英国はEUにどのような過程を経て加盟したのでしょうか。ここでちょっと振り返ってみましょう。

 欧州統合の歩みは、第2次世界大戦後に始まりました。

 多大な犠牲者を出した欧州各国は今後、2度とあのような戦争を起こさないように互いの友好を深める必要に迫られました。フランスの政治家ジャン・モネとロベール・シューマン外相は経済協力によって欧州間の結合を深める構想を提唱します。

 こうして設立されたのが欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC、1951年)でした。フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクが加盟国です。その後、経済統合を目標とする欧州経済共同体(EEC、1958年)と欧州原子力共同体(EAEC、1958年)が発足。

 1961年、マクミラン首相の下、経済の活性化を望んだ英国はEECへの加盟申請を国会で可決しますが、1963年、フランスのド・ゴール大統領が英国の加盟に反対し、実現しませんでした。ド・ゴール大統領は英国が加盟すれば米国も入ってきて、共同体を支配するようになると懸念したのです。そうして1967年にも加盟申請を拒否されてしまいました。

 英国のEECへの加盟が実現したのは1973年です。デンマークとアイルランドも同時に加盟しました。ヒース首相は加盟によって英国に繁栄が訪れると喜んだようです。2年後の6月7日には、EECに加盟し続けるかどうかの国民投票が実施。3分の2が加盟維持に賛成しました。

サッチャー政権と懐疑派

 その後、欧州内で統合・拡大の気運が盛り上がる中、英国内にくすぶる欧州懐疑派も存在し続けました。これが顕著になったのがサッチャー政権(1979~90年)時です。

 1984年、サッチャー首相は英国への払戻金(リベート)制度を導入させます。拠出金の大きいわりに恩恵が小さいとして、一定の払戻金が英国に支払われるようにしたのです。

 1992年には投機筋のポンド買いを受けて、英国はサッチャー首相が不承不承加盟した「欧州為替相場メカニズム(ERM)」から脱退。

マーストリヒト条約へ 英国独立党が生まれることに

 1993年発効のマーストリヒト条約によりEECは欧州連合(EU)として発展しますが、デンマークの国民投票批准が否決され発効は延期されました。

 メージャー保守党政権は党内外の議員の反対に遭い、これを抑えて条約を批准したのは同年8月。発効はその3カ月後でした。昨年のEU離脱か残留かを巡る国民投票の実現に大きな貢献をした英国独立党(UKIP)の前身は、実はこの時期に発足しています

 こうして英国は、EUに加盟しながらも独立独歩の姿勢を貫いてきました。欧州単一通貨ユーロを導入せずにポンドを維持し、国境検査なしで往来できるシェンゲン協定にも参加していません。

 2004年、拡大路線のEUは旧東欧を中心とする10カ国の加盟を認めました。新加盟国ポーランド、ハンガリー、チェコなどからの移民が英国にやって来ました。

 EUは域内でのヒト・モノ・資本・サービスの自由な往来を原則としているために、加盟国は域内からの人の流入を制限できません。地域によっては旧東欧の移民で溢れたり、国民医療制度(NHS)の病院や学校が急増する患者や生徒の対応に追われる事態が発生。低所得層の一部は「仕事が奪われる」「福利厚生が手薄になる」などと危機感を覚えるようになりました。

 英国では欧州大陸は元々「外国」という感覚があります。強いポンドと過去の歴史を背景に独立心が旺盛な英国人にとって、統合の拡大化と深化に向けてまっしぐらのEUとその官僚機構は、不信感を覚えずにはいられない存在です。

意見がバラバラの英国

 2016年6月の国民投票では離脱派が僅差で勝利しました。離脱後、英国経済や人々の生活がどうなるのかはまだ分からない状況です。内閣内でさえ離脱の方向については意見が一致していないのです。

 民主的な方法で離脱と決めたのですから、何とか良い結果が得られるよう、政治家の奮闘を期待したいものですが、国内には様々な分断があって、なかなかうまく行きません。

 まず国民ですが、メイ首相が思い切った離脱を実施しようとすればするほど、残留派の国民から不安が生まれます。複数の世論調査を見ますと、以前に離脱派だった人が少し残留派になっているという結果は出ているものの、もう一度国民投票をやった場合に、「残留派が大きくリードする」ことはないと見られています。

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 与党保守党が離脱強硬派、離脱温和派、残留派に割れており、内閣も割れています。労働党も国会議員の中では残留派が多いのに、労働党の支持者が多いイングランド地方北部に住む人は離脱を選ぶ傾向がありました。

 さて、今、最大のネックになってきたのが、「アイルランド国境問題」です。離脱後にアイルランド共和国が「EU国」で、英国が「非EU国」なったら、英領北アイルランドとアイルランドとの間にモノや人の移動をチェックするため、線を引くことになります。もしそうなれば、地域紛争が起きるという理由から、そして「北アイルランドを英国から切り離す案は受け入れられない」という北アイルランドの政党DUPの反対で、膠着状態です。

 でも、これは交渉が開始された時から分かっていたことでした。英政府側の「なんとかなるさ・・・」ということでここまで来てしまいました。

 筆者自身は残留を支持していたのですが、英国民同様、「なんでもいいから、早く決めてくれ」というのが本音です。

 でも、40数年間一緒に生きたバートナー同士。右往左往しながら、時間をかけて、別れていくものなのかもしれません。


# by polimediauk | 2018-12-04 19:56