「メディア展望」(6月号)掲載の筆者記事に補足しました。
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5月4日から6日まで、ポーランド南部の古都クラクフで「世界ニュースメディア大会」が開催された。主催は世界各国の報道機関が加盟する世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)(本部パリ、フランクフルト)である。
ほぼ毎年開催されてきた本大会は今年が76回目となった。初日にはポーランドの民主化を導いたレフ・ワレサ元大統領が登壇し、65カ国・地域から約1千人のメディア関係者が出席した。
筆者は2000年代半ば以降、10回以上この大会を取材してきた。2年ぶりに参加した大会の様子を報告したい。
主眼はAI
「AIばっかりだ」。筆者が大会の印象を複数の参加者に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。「スポンサー企業やサプライヤーによるセッションが多い」とも。
WAN-IFRAはそのミッションとして「独立したメディア運営のため、世界中のジャーナリストおよび発行者の権利を擁護する」とうたっている。経営の安定は権力から独立したメディア組織を維持するための基盤であり、収益を上げるためのノウハウの共有は長年WAN-IFRAがやってきたことだが、ジャーナリズムの擁護が2番手になってきたのではないか、という懸念が表明された。
AIツールはどんな風に使われている?
AI関連のセッションで、初日に紹介されたのが3カ月にわたる「ニュースルーム・AIカタリスト・プログラム」だ。WAN-IFRAの加盟社に専門家がAI導入を指導する。
コンサルティング会社Fathmの共同創業者ファーガス・ベル氏の発表によると、AIツールは「速さと明瞭さのための要約作業」「リーチを広げるための翻訳」「記事のタグ付け、メタデータ生成」「文字起こし・字幕作り」「検索と新「AIカタリスト」プログラムたな記事の掘り起こし」に大きな貢献ができるという。
インドのニュースサイト「ザ・クイント」は、AIボット「ニューズイージー」を開発した。1週間で試作品を作り、1カ月の調整を経て導入した。ニューズイージーはAIを使ってQ&A形式で短い記事を生成する。また、通常の記事に要約をつけ、さらに読者にクイズに参加させる形にしたところ、エンゲージメントや滞在時間が増大したという。
サイトの編集長は「人間の編集者を使った場合の質の高さを維持した」と評価している。
複数の言語への翻訳もAIを使えば瞬時に出来上がるが、「現段階では編集者がチェックする過程が必要だ」(ベル氏)。
お悩み相談にAI
読者から寄せられた悩みにAIが回答する記事を採用するメディアもあった。読み物・コラムとしては興味深いものになり得ることが想像できるものの、日本の新聞では読者から寄せられた悩みに対し、作家、著名人、専門家などが独特の回答をし、読者を楽しませてきた。もしこうした記事をAIが書くようになれば、コラムニストたちはいらなくなる。改めて「人間の書き手が消える」将来が近づいていることを実感した。
なお、今回の大会のすべてのセッションにはWAN-IFRAの大会用アプリを使って複数の言語に瞬時に翻訳するサービスが初めて導入された。翻訳ブースの中で翻訳者たちがマイクに向かって作業に没頭していたのは昔の話となった。
「グーグルの検索は終わりだ」
チャットGPTの開発で知られる米オープンAI社の知財部門を統括するトム・ルービン氏はグーグルによる検索の時代が終わったことを講演の中で示唆した。
ネット利用者は「会話系で質問の意図をもっと反映する検索の形」を好むようになっており、「10本の青い線が検索結果として出るような非効率な手法」はその反対の位置にいると述べた。
チャットGPTの利用者は週5億人に達するという。このうちの2億人が有料契約者だ。総利用者数は1年前と比較して5倍に増えている。
チャットGPTは昨年秋から検索機能を有し、オンラインショッピングには個人のニーズに合わせたレコメンド機能の導入も開始した。
オープンAIはWAN-IFRA及び複数の報道機関と提携関係を結び、利用者がチャットGPTや関連サービスを使うとき、回答の中に個々の報道機関のコンテンツを「情報ソース」として紹介するようにしている。
ノルウェーを拠点とするシブステッド・メディアもオープンAIと提携を持つ企業の一つだ。シブステッド社でデータとAIを担当するフアン・カルロス・ロペス・カルヴェット氏は提携理由を「業界トップの企業から学べること」と述べている。チャットGPTのサービスに報道機関側の意見も採用されるようにしたかったという。
同社のアフテンブラデット紙、VG紙のAIツールは前回のアクセスでは見落とした記事の要約を提供し、動画も自動的に生成する。
ロペス・カルヴェット氏がいくつもの具体例を説明する姿を見ていると、テクノロジー企業の実験台として報道機関が使われているようにも見えた。もちろん「報道機関こそがテック企業を利用しているのだ」といえるのかもしれないが。今後、依存度がさらに高まりそうだ。
金ペン賞はウクライナの独立メディアに
報道の自由に寄与したジャーナリストや組織に贈る「自由のための金ペン賞」は、ウクライナの独立メディア各社に授与された。「2022年のロシアの侵攻以来、ウクライナの報道関係者が払った計り知れない犠牲を認識し、戦時であろうと平時であろうと、最高の基準を守るための彼らの献身、プロフェッショナリズム、コミットメントに敬意を表する」(WAN-IFRA)。
各社を代表したウクライナ独立報道機関協会のオクサナ・ブロフコ最高経営責任者(CEO)は受賞演説でこう述べた。
「私たちは勇気があるから書いているのではない。沈黙は選択肢ではないから書いている」「独立したジャーナリズムはぜいたくではなく、自由のためのインフラだ」。そして、この賞は「祝賀ではなく、責任を意味する。特に沈黙が安全であるときこそ、語り続けることが求められている」。
演説後、会場にいたウクライナのジャーナリストたちが壇上に並んだ。若い女性たちばかりである。男性たちが戦場に出ていることを思い知らされる光景だった。
来年の世界ニュースメディア大会は6月、仏マルセイユで開催される。
アウシュビッツへ
筆者がクラクフを訪れたのは20数年前である。中心部から電車で1時間強の国立アウシュヴィッツ=ビルケナウ博物館を再訪してみた。
公認日本語ガイド中谷剛さんのガイドによって、ホロコーストが起きた原因やその歴史的背景に思いをはせることができた。欧州や世界の現況を複眼的にとらえるためにも来訪をお勧めしたい。