小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

 日々の報道を追っているとなかなか気づきにくいが、ある人の指摘や記事を通じて、大局的な流れが明確に見えてくるように思うことがある。

 筆者の最近の経験では、英フィナンシャル・タイムズ紙のコラムニスト、サイモン・クーパー氏によるコラム(3月7日付)「2つの欧州の再来(Return of the Two Europes)」(有料記事)がまさにそんな記事だった。同氏は、トランプ米大統領のロシアへの傾倒が冷戦時代の地政学を復活させ、「東欧」と「西欧」の再分離を引き起こしていると指摘している。

 そもそも、「東欧」「西欧」とは地政学的にはどういう区分けになっているのか。

 クーパー氏のコラムから少し離れて、その概念を見てみたい。


西側とは

 歴史・政治的な意味での欧州の「東西」とは、冷戦時代(1945年〜1991年)における政治的・軍事的な対立を基にする。

 「西側(the West)」とは、米国を中心とする、民主主義と市場経済を採用した国々のことだ。

 米国、カナダ 、そして英国、フランス、ドイツ、イタリアなどの西欧を中心とした欧州諸国 、冷戦時代において西側陣営の軍事的同盟として重要な役割を果たした北大西洋条約機構(NATO)の加盟国 、アジア太平洋地域ではオーストラリア、ニュージーランドなどが入る。

 日本は地理的にはアジアに位置するが、第二次大戦後に米国と深い同盟関係を築き、民主主義と市場経済を採用しているため、政治的には西側の一員とされている。

 英国に住んで、英語で情報を収集していると、「西側(the West)」=「私たち・我々(we)」という言葉をよく聞く。「私たちの価値観」という表現も。いつのまにか、自分もその中で生きていることに気づかざるを得ない。

 「私たちの価値観」とはつまり、民主主義・市場経済による社会に根付く価値観である。


東欧とは

 一方、冷戦構造下での「東欧」とは、ソ連およびその衛星国(社会主義体制だった国々)を指す。

 ―ワルシャワ条約機構加盟国(1991年に正式に解体):ソ連、ポーランド、東ドイツ、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア(ソ連は1991年12月崩壊、チェコスロバキアは1993年からチェコとスロバキアに)

 ―バルト三国:エストニア、ラトビア、リトアニア

 ―バルカン半島の共産主義国:ユーゴスラビア、アルバニア(注:ユーゴは1991年から2006年の間に解体)

 など。


EU加盟国は

 冷戦が終結し、かつては「東」に区分けされた国々が欧州連合(EU)に加盟するようになった。

 ー地理的には「中欧」ともいえる国:ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー

 ー東欧・バルカン地域:ルーマニア、ブルガリア

 ーバルト三国:エストニア、ラトビア、リトアニア


東と西、再び

 複数の国名を挙げたが、みなさんの中では「西欧」あるいは「東欧」というと一定のイメージが湧くと思うので、難しい概念ではないだろう。

 東欧諸国が次々とソ連から独立し、ソ連自体も崩壊していく1990年代初頭以降、政治の文脈では「東西」の定義が変わっていく。

 例えば、民主化を果たし、EUにもNATOにも入っているポーランドは今、広い意味で「西側のグループの一員」ともいえる(それでも、「東欧」あるいは「旧東欧」として分類されることが多い)。

 ちなみに、オーストリアも「中欧」だが、EUに加盟しており、「西側」の中に入る。ただし、オーストリアはNATOには加盟していない。

 しかし、最近のトランプ大統領のモスクワへの接近や、NATOの東方における防衛義務に対する姿勢の変化により、冷戦時代の地理的区分が再び意識されるようになっている、とクーパー氏は指摘する。


助けない西欧諸国

 コラムを読むうちに悲しくなってくるのは、後半に出てくるこんな指摘だ。

 「西欧に住む人や米国人は歴史的に東欧のために戦ったことがない」。

 「ソ連が東欧諸国を支配していたころ、西欧は豊かな暮らしをしていたし、ロシアのプーチン大統領が東欧を支配しても西側は継続して豊かな暮らしを維持できると考えている」。

 あるフランスの高官は、クーパー氏に「プーチン大統領の(ウクライナ)侵略は嘆かわしいとはいえ、結局のところフランスの問題ではない」と語ったという。「我々には核の傘がある。プーチン氏は理論的にはフランスや英国を攻撃することも可能だが・・・その可能性は非常に低い。欧州南部はもっと安全だ。2022年にロシアが侵攻してくる前の日曜日、私は(スペイン)マドリードの湖畔で昼食をとる家族連れに混じって日向ぼっこをしていた」。

 核兵器を持っていないドイツを含む欧州各国は、フランスの核の傘を共有することを検討している。しかし、「フランスがその傘をバルト三国にまで広げることはないだろう。フランスはリトアニアのためにロシアと核戦争をするリスクは冒さないだろう」、とクーパー氏は推測する。


プーチン大統領の強みとは

 今後も欧州はウクライナへの資金援助を継続し、ロシアよりももっと大きな金額を投ずることもできるかもしれない。「しかし、プーチン大統領の強みはロシア国民の犠牲を厭わない姿勢にある。善良な社会は市民の命を大切にするが、戦争ではそれがハンディとなる」。

 クーパー氏は東欧の大物政治家に「西欧諸国は東欧の戦争にはほとんど関心がない」と言った。政治家は「知っている」と答えたという。「だから、ロシアが攻めてくるのをじっと待つのではなく、『なぜ今ロシアを攻撃しないのか』と声を上げる国があるのです」。


# by polimediauk | 2025-04-12 01:05 | 欧州のメディア