小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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(20日付のサンデー・ミラー紙の中面。「彼女(マークルさん)が英国の家族の一員になった」という見出し)

 19日、英国のヘンリー王子(33歳)と米国人の女優メーガン・マークルさん(36歳)が、ウィンザー城の聖ジョージ礼拝堂で挙式した。結婚後、2人は「サセックス公爵夫妻」になった。

 英国時間では正午から、日本では午後8時から始まった挙式の様子は世界中のテレビで放送されたが、視聴された方はどんな感想を持たれただろうか。

 筆者は、テレビの生中継を隣人の友人たちと一緒に見た。隣人は北アイルランド出身で、「挙式には関心がない」と言い、イングランド地方出身の家人も「興味なし」。2人が出かけてしまったので、隣人の友人で、アフリカ・モーリシャス共和国出身の2人(レイチェルさんとリチャードさん)と一緒にテレビの前に座った。モーリシャスは19世紀に英領となり、1968年に英連邦の一国として独立している。

 レイチェルさんは、英国のNHSと呼ばれる国民医療サービスで働く看護婦だ。驚いたことに、彼女は結婚式への招待状をもらっていた。ロンドン中心部の病院に勤務しているのだが、その病院に送られてきた招待状3枚の内で、1枚が自分宛てになっていたのだという。

 しかし、当日はウィンザー城には行かないことに決めたという。「もったいない。せっかくの機会なのに」と言ったが、レイチェルさんは、「準備が煩わしい。実際に行っても、ほんのひと目しか見られない。それなら、テレビの前に座っていたほうがい」と答える。テレビなら「すべてが見られる」。

 BBCは主力チャンネル「BBC1]で午前9時(!)から放送を開始した。

 午前9時とはいかにも早い。式の開始は正午なのである。

 そこで、筆者が隣人の家のソファーに飲みものとスナックを片手に座ったのは、12時少し前。

 聖ジョージ礼拝堂の聖歌隊がいる場所に座っているゲストの中には、王室のメンバーと共に米映画俳優ジョージ・クルーニーが見えた。

 「王子と一緒に慈善事業をやったからだよ」とレイチェルさん。

 教会の席にも著名人が少なからずいた。英歌手のエルトン・ジョンとその妻、元サッカー選手のデービッド・ベッカム夫妻・・・。

シンプルな白いドレスに感服

 レイチェルさんと私の最大の関心事は、マークルさんがどんなドレスを着るのか、ということだった。

 車から出て、礼拝堂の入り口に立ったマークルさんが着ていたのは、クレア・ワイト・ケラーがデザインをしたジバンシィのもので、装飾が全くと言ってよいほどない、シンプルな白いドレスだった。マークルさんはティアラとベール、小ぶりのイヤリング、腕輪を身に付けていた。「これほど格好良いドレスはない」ーーこれがレイチェルさんと私の結論だった。

 ドレスの長い裾の先はページーボーイたちが持っていたが、マークルさんは礼拝堂の階段を一つ一つ、自分で上った。

 筆者は車から降りたら、すぐにチャールズ皇太子が腕を取って一緒に歩くかと思っていたので、少々驚いた。しかし、たった1人で階段を上がるその姿に、女優というキャリアを持ち、自分で結婚を選択した女性の決意のようなものを感じた。

 途中から、すでに中で待っているヘンリー王子の元までマークルさんを連れて行ったのは、チャールズ皇太子だった。

王子が涙をぬぐう

 マークルさんの登場で式が始まっていくのだが、気になるのがマークルさんの家族としては1人だけ参加した、母のドリア・ラグランドさん。「さぞかし、心細いだろうね」とレイチェルさん。マークルさんの父親トーマスさんが、「やらせ」写真事件や体調が悪いことを理由に参加できなくなったことを思い出す。

 「見て!王子が泣いているよ」とリチャードさん。確かに、ヘンリー王子は時折、目の下あたりを指で何度かぬぐっていた。結婚式に出席して欲しかった、母親のダイアナ妃(1996年に事故死)を思い出しているのか、「やっとここまで来た」という安堵感の涙なのか。それとも、キリスト教の儀式の荘厳さに思わず涙があふれたのか。

 可笑しかったのは、結婚を誓い合うことになって、カンタベリー大司教が「・・マークルさんを妻として、一生支え続けますか」と王子に聞いた時だ。「はい、誓います」(I will)と答えた後に、一呼吸おいて、王子は思わず笑ってしまう。マークルさんの笑いも誘う。ヘンリー王子がマークルさんの前に数人のガールフレンドがいたことを想起させて、参列者からも笑い声が出た。

熱狂的な説教にどう反応する?

 これまでの英王室の結婚式とは、少々違うぞ・・・という雰囲気が出てきたのは、米シカゴからやってきたマイケル・カリー司教の登場だった。

 カリー司教は、殺害された黒人運動家マーティン・ルーサー・キング牧師の言葉を借りながら、「愛情には力がある。見くびってはいけない」と述べた。次第に表情が生き生きし、身振り手振りで話してゆく。

 普通だったら、熱のこもった説教の合間に聴衆から何らかの声が上がりそうである。しかし、ここは英王室が出席する、儀式の場だ。そうはいかない。

 感情が揺さぶられるような説教に対し、カメラがとらえた英王室や一般出席者の表情が興味深かった。たまたまかもしれないが、エリザベス女王は「一体、この人何なの?」というような気難しい表情をしていた。上流階級の中には、感情を表に出さない習慣がある。笑顔を見せていたのはベッカムやチャールズ皇太子の妻カミラさん。それでも、多くの人が心を奪われたように耳を傾けていた。

 この説教の間中、手を握り続けていたヘンリー王子とマークルさん。その様子をカメラがずっととらえていた。

 これも今回の結婚式の新しさだった。これまでの英王室の結婚式で、新郎新婦が親密に体に触れあう様子を(キスの場面は別として)これほど長々と見せたことはないと筆者は思う。

「スタンド・バイ・ミー」が最高潮に

 式の中で「スタンド・バイ・ミー」が歌われることは知っていたが、テレビの前に座っていた3人は、歌い出したのが黒人の歌手で、コーラス団の全員が黒人だったことに息をのんだ。「こりゃ、驚いた」とリチャードさん。「そうだったのか」。

 マークルさんの母はアフリカ系米国人であるから、黒人だけのコーラス団はマークルさんが結婚相手だったからこその選択である。

 「スタンド・バイ・ミー」は米国のソウル歌手ベン・E・キングの曲(1961年)で、元々は黒人霊歌「ロード・スタンド・バイ・ミ」からヒントを得たと言われている。(元ビートルズのジョン・レノンが1970年代にカバー・バージョンを出したことでも知られている。日本でも、いくつかのコマーシャルに使われた。)

 「スタンド・バイ・ミー」の出だしの一部を筆者流に少し訳してみた。

 動画で、その雰囲気を感じてみていただきたい。

Stand By me「私の側にいてくれたら」

When the night has come

(夜がやって来て)

And the land is dark

(あたりが暗くなり)

And the moon is the only light we'll see

(月が唯一の光になる時)

No I won't be afraid, No I won't be afraid

(それでも私は怖がらない。怖がったりなんかしない)

Just as long as you stand, stand by me

(あなたが側にいてくれたら、側にいてくれたらー)

 この「あなた」はヘンリー王子にとってはマークルさん、マークルさんにとってはヘンリー王子になりそうだが、2人は自分たちの母、父、あるいは友人たちのことを思って聞いたかもしれない。参列者たちやテレビの前で見ていた人も、自分が側にいてほしい人は誰なのかについて、考えを巡らせたに違いない。マークルさんから、「私の側にいてね、守ってね」というヘンリー王子へのメッセージにも聞こえてきた。

 筆者は、レイチェルさんやリチャードさんと共に、「スタンド・バイ・ミ―」の歌詞一つ一つに胸を熱くさせながら、聞いていた。

 ピアノの伴奏に乗って歌声が礼拝堂に響き渡った、筆者は、英王室に本当に「新しい血」が入ってきた、と思った。これほどわかりやすい言葉で、切々と歌う声が伝統と儀式を大事にする王室の結婚式で流れたことはなかったのではないか。

 マークルさんは女優時代に活発に行っていたブログやソーシャルメディアでの発信を、英王室の一員になることで一切停止した。その声が封じられたようで、非常に残念だ。慈善活動を通じて「声」を出してゆくだろうとは思うのだが。

 結婚式は、「伝統・儀式を重んじる英王室」と「感情の吐露を排除しない、現代的なカップル」との対比を露わにした。

 マークルさんには、堅苦しい英王室に是非新たな風を入れてほしいと心から望んでいる。


# by polimediauk | 2018-05-20 17:00 | 英国事情

 19日に予定されている、ヘンリー王子と米国人の女優メーガン・マークルさんの結婚式まであと数日。

 式が行われるウィンザー城の聖ジョージ礼拝堂で、娘をエスコートするはずだった父親トーマスさんが、式への出席を辞退する意向を固めていることが分かった。

 BBCニュースなどの報道によると、現在はメキシコ在住のトーマス・マークルさんは、セレブのニュースを掲載するウェブサイト「TMZ」の取材に対し、結婚式には出席しないと告げたという。

 これは5月12日付の大衆紙「メール・オン・サンデー」による「やらせ」写真についての暴露報道を受けての判断のようだ。

 今月、トーマスさんがインターネットカフェで娘とヘンリー王子の結婚についての情報が画面に出たコンピューターを使っていたり、式に着用するスーツを作るためなのか、洋服の仕立て屋で身体のサイズを測ってもらったり、身体を引き締めるためにトレーニング中などの写真が世界中のメディアに掲載された。

 一連の写真は、一見したところ、トーマスさんが知らない間にパパラッチが撮影したかのようだったが、実はトーマスさんと英国人のパパラッチであるジェフ・レイナー氏が合意の上でポーズを取ったものだった。

 また、身体のサイズを測っていた「仕立て屋」は実はパーティー用品を販売する店であったり、トレーニングはゴミ捨て場で行われていたりなど、いかにも「やらせ」であったことが分かってきた。

 保守系メール・オン・サンデーは、2人が一連の写真を販売して最大10万ポンド(約1480万円)の報酬を得ていた、と書いた。英国時間の15日午前時点で、この記事は4500回シェアされ、コメントが900ついている。

お金のためではなかった

 トーマスさんがTMZに語ったところによると、娘や英王室に害を与える気持ちはなかったという。「ある理由」があって、写真代理店と協力することにしたが、「主目的はお金ではなかった」という。

 昨年1年間を通じて、パパラッチに追われ続けたトーマスさん。ビールを買っていたり、だらしない格好であったりしたときに撮影された写真が世界中に広がったことが懸念となっていた。特に、まるで大酒飲みであるかのようなイメージが広がったことが気がかりだった。自分ではビールを飲まないというトーマスさんがビールを買ったのは、家を警備する警備員にあげるためだったという。

 娘とヘンリー王子が交際するようになってから、インタビューの申し込みが殺到し、巨額の報酬をオファーされたが、「すべて断ってきた」。

 今回、写真代理店からアプローチを受け、自分のこれまでのイメージを向上させるためにオファーを承諾した。出来上がった写真は「愚かで、大げさに見える」とは思ったが、代理店に言われるがままにしたという。ただ、今となっては「深く後悔している」。

 数日前に心臓発作に苦しみ、入院したが、結婚式に出るために退院したというトーマスさんは、王室や娘に迷惑をかけたくないので、結婚式には出席しない意向を述べた。

 「やらせ」写真の撮影に応じたトーマスさんへの批判が高まる中、メーガンさんの異母姉妹にあたるサマンサ・マークルさんはツイッターで、「父の前向きなイメージを伝えたい」と思い、写真撮影を父に提案したとつぶやいた。「こんな風に利用されるとは思わなかった。お金が目的ではなかった」。

 また、テレビ番組「グッドモーニング・ブリテン」に出演したサマンサさんは、トーマスさんが心臓発作に襲われたのはストレスによるものと発言。「メディアは父のイメージを捻じ曲げた」、父には「事実を正す、道徳的権利がある」と述べた。

 サマンサさんは、トーマスさんが式に出席することを望んでいるという。

 BBCの王室担当記者ジョニー・ダイモンド氏は先の記事の中で、メディアからの強い圧力がかかったトーマスさんは「故意にかあるいは偶然にも」写真代理店の悪徳商法につかまってしまった、と書く。

 王室の一員であることは、メディアの大きな注目の的になることを意味する。「こんな世界にメーガン・マークルさんは入ってゆく」。今回の一連の写真は非常に無礼で、タイミングが最悪の「始まり」となった、と書いた。

マークルさんとの「蜜月状態」は、いつかは終わる

 英ガーディアン紙のコラムニスト、ゾーイ・ウィリアムズ氏は「メーガン・マークルさんの父親に対する、大衆紙の集中取材は、これからやってくる悪用への警告だ」と題するコラムを書いた(5月9日付)。

 英国のパパラッチたちにとって、王室に入る娘を持つ「普通のお父さん」の日常生活はまるで天からの贈り物のような存在だったという。トーマスさんの一挙一動が、ニュースになり得たからだ。トーマスさんの私生活を追いかけるパパラッチたちの「言い訳」は、「何も悪いことをしていないんだったら、撮ってもいいじゃないか」、だった。

 娘のマークルさんと英メディアは今のところ、「蜜月状態」にあるという。この時点で、マークルさんの私生活を暴くような写真、例えばスポーツクラブでトレーニングをする写真を掲載したりはしない。

 しかし、そんな期間は永遠には続かない、とウィリアムズ氏は言う。「メディアはマークルさんのことは、何でも知っている」、「親戚の行動すべてをカメラで撮影している」。5年もしたら、マークルさんが「召使に声を荒げた」、「夫を連れずにクラブに遊びに行き、夜中に帰ってきた」ことなどが報道されるようになるかもしれない。スリムな体形を保っているマークルさんを「友達」が(やせすぎではないかと)「心配している」というコメントが出るかもしれないのだ。

 切っても切れないのが、英王室とメディア報道。トーマスさんは、娘とヘンリー王子についてあらゆることを知りたがる執拗なメディアの最初の犠牲者になったのではないだろうか。

 パパラッチと協力しながら写真撮影をしたこと自体が悪いとは言えないが、一見「作り物」であることが分からない写真だった。このため、トーマスさんの誠実さに疑問符が付いてしまった。

 また、パパラッチとともにトーマスさんがどれほどの報酬を得たのかは不明で、「報酬が主目的ではない」という説明は本音だろうが、「前向きのイメージを出したかった」などの事情を知らない多くの人にとって「お金目当て」に見えたことは失敗だった。

 英国のメディアを観察してきた筆者からすると、過熱取材に慣れていない人物(トーマスさん)の弱みに付け込んだ事件だったように思う。

 筆者はこれまで、女優だったマークルさんとヘンリー王子との結婚話をまぶしいような、華やかな話として捉えてきた。

 しかし、トーマスさんの話には胸が痛んだ。自分の父親が自分のせいでメディアの過熱取材の対象となったことへの罪悪感で一杯になり、自分を責めるだろう娘の気持ちが想像できるように思ったからだ。

 トーマスさんにしてみれば、娘や王室のために「良かれ」と思って計画した写真撮影が裏目に出て、かえって迷惑をかけることになったこと、結婚式に出席しないという苦渋の選択を取らざるを得なくなったことは、悔やんでも悔やみきれない事態に違いない。

 トーマスさんも、マークルさんも、今は断腸の思いだろう。

 (15日時点の補足:この後、娘からの支援のメッセージを受けとったトーマスさんは、「やっぱり出席します」と心変わりをしたという。しかし、心臓手術を受けることになり、現状では行けなくなった模様だ。)


# by polimediauk | 2018-05-15 21:51 | 英国事情

 英国のヘンリー王子とメーガン・マークルさんの結婚まで、いよいよあと数日となった。

 19日の挙式から1週間前の土曜日となる12日、筆者はウィンザー城と周辺の商店街に足を運んでみた。

 ウィンザー城を訪ねるには、ロンドンの中心部から行く場合、まずパディントン駅からグレートウェスタン鉄道でスラウ(Slough)駅まで電車に乗る。スラウから1駅でウィンザー&イートン・セントラル駅へ。このほかに、ウオータールー駅からサウスウェスタン鉄道でウィンザー&イートン・リバーサイド駅に行く方法もある。

 筆者は、前者の方法で行ってみることにした。電車に乗ったのは曇り空の日だったが、午前10時過ぎ、スラウからウィンザー&イートン・セントラル駅までの電車はかなり混んでいた。子供連れの人も多い。筆者のように、「結婚式の前に一目見たい」という人が多いのだろう。

 電車がウィンザー&イートン・セントラル駅に到着し、プラットフォームに降りると、「お知らせ」の掲示板が置かれていた。これによると、19日には数千の規模の人がやってくる見込みで、城内に入るには地元警察による入念なチェックがあるため、時間の余裕をもって来てほしい、ということだった。

プラットフォームにあった「お知らせ」。数千人規模で訪問者がやってくると予想(筆者撮影)
プラットフォームにあった「お知らせ」。数千人規模で訪問者がやってくると予想(筆者撮影)
駅のお土産屋はヘンリー王子とマークルさんのグッズで一杯(筆者撮影)
駅のお土産屋はヘンリー王子とマークルさんのグッズで一杯(筆者撮影)

 駅を出てから、城に向かう人々の後ろについて歩いていった。

 ウィンザー城に入るためのチケットを買うために並ぶ人々の列があり、筆者も並んでみた。こちらの列にいる人は少しずつ前進していたが、道の両端に並び、動かない人々もいた。「?」と思っていたが、しばらくすると歓声が聞こえた。午前11時は衛兵の交代の時間で、道の両側にいた人たちはこれを見ることが目的だったのだ。

午前11時の衛兵交代の儀式を見逃した(筆者撮影)
午前11時の衛兵交代の儀式を見逃した(筆者撮影)

 チケットを買って、空港の検査体制並みに厳しい検査を経て、ようやく城内の探索に向かう。列に並んだ時からここまで来るのに、1時間以上かかってしまった。

チケットを得て中に入ると、すぐに見えてくる光景(筆者撮影)
チケットを得て中に入ると、すぐに見えてくる光景(筆者撮影)
芝生部分は野外パーティー用のテントが準備されていた(筆者撮影)
芝生部分は野外パーティー用のテントが準備されていた(筆者撮影)

 敷地内に入ると、結婚式に向けた準備があちこちで進んでいた。芝生の一部に野外パーティー用のテントができており、テレビ局が放送用の太いケーブルをセッティングしていた。

兵士がここから外敵に銃を放った(筆者撮影)
兵士がここから外敵に銃を放った(筆者撮影)

 ウィンザー城には他の観光地同様に音声で城内の説明を聞くための携帯器具が用意されており、筆者は日本語版を借りたが、これが1人で歩き回るのに非常に都合が良い。スマホ形式になっていて、画面上で聞きたい部分をタッチしながら説明を聞き、ウィンザー城の過去と現在を学ぶことが出来た。

ウィンザー城とは

「ウィンザー城」は、英国ではどんな位置にあるのだろうか。

 英王室の宮殿の中で、最も有名なのはバッキンガム宮殿。これはエリザベス女王の公邸で、原則、月曜から金曜まで女王はここにいる。ウィンザー城は週末を過ごす公邸だ。ロンドンの中心部から西34キロメートルの位置にある。

 元々は、11世紀にウィリアム1世が作った砦だった。それがその後何世紀もの間に石造りの建造物として建設され、時には一部が取り壊されたり、再建されたりして現在に至っている。

 城内は上郭(アッパー・ウォード)、中郭(ミドル・ウォード)、下郭(ロー・ウォード)の3つの部分に分けられる。

 約4万5000平方メートルの床面積を持ち、部屋数は951。公式晩さん会が開催される聖ジョージ・ホールには最大で160人の席を設けることが可能だという。

 一般市民に公開されるようになったのは1840年代、ビクトリア女王の時代だ。19世紀後半までに年間約6万人の見学者が訪れるようになった。1830年代後半にグレートウェスタン鉄道が開通し、ウィンザーはロンドンから日帰りできる距離となったため、1842年からは女王自身もロンドンとウィンザーの行き来に鉄道を利用し始めるようになった。

 ウィンザー城と言えば、1992年の火災を思い出す方もいらっしゃるかもしれない。

 音声によるガイドは、どこが火災の被害に遭ったのかを教えてくれるが、その1つは「ステート・アパートメント」の中にある、「接待の大広間(グランド・レセプション・ルーム)」だ。漆喰の天井が焼け落ち、壁が著しく損傷を受けた。水の被害も受け、シャンデリアも破損した。

 室内には、大きな緑色の壺(「クジャク石の壺」)が置かれている。1839年にロシア皇帝ニコライ1世からビクトリア女王に送られたもので、重さは200キロはあるという。火災時、消火に使った水がお湯となって中を満たし、クジャク石張りの表面の大部分がはげ落ちた。その修復には時間がかかったが、今ではなんの被害もなかったかのような姿になっている。

 室内の金箔は一新され、ピカピカだ。床は寄せ木細工でできており、火災で焦げてしまった。そこでどうしたかというと、焦げた部分の板をひっくり返してはめ込んだという。

聖ジョージ礼拝堂とは

 ヘンリー王子とマークルさんの挙式が行われるのが、聖ジョージ礼拝堂。

 中の撮影は許されていないが、見どころの一つは支柱が床から天井に扇形に延びる内装だ。天井の装飾が良く見えるように、鏡も置かれている。

 ここにはエリザベス女王の祖父母にあたるジョージ5世、メアリー王妃の記念碑があり、両親ジョージ6世とエリザベス皇太后、それに妹のマーガレット王女の遺体もここに収納されている。

 礼拝堂はヘンリー王子が洗礼を受けた場所であり、復活祭(イースター)のミサには王室一家が参加する場所でもある。王子にとっては、新しい家族の一員を迎えるためにもっともふさわしい場所だったに違いない。

聖ジョージ礼拝堂の外観(筆者撮影)
聖ジョージ礼拝堂の外観(筆者撮影)
聖ジョージ礼拝堂のこの入り口から参列者が入る模様(筆者撮影)
聖ジョージ礼拝堂のこの入り口から参列者が入る模様(筆者撮影)
礼拝堂から出てきた時に目に入る光景(筆者撮影)
礼拝堂から出てきた時に目に入る光景(筆者撮影)

 城内の見学を終えて外に出る前にお土産屋に寄ってみると、ヘンリー王子とマークルさんの結婚を祝う様々なお土産のコーナーがあった。

城内のお土産屋にも洗練された記念のお土産が一杯(筆者撮影)
城内のお土産屋にも洗練された記念のお土産が一杯(筆者撮影)

 

 結婚式の当日は開いているのかと聞いてみると、店員は「閉まっている。水曜日から休みになるわ。準備がものすごく、大変だから」という。結婚式の翌日(日曜日)も休みになるという。

 最後に、衛兵の動きを見る機会があった。数歩歩いて「カチリ」と足を合わせて方向を変え、歩く。その後にまた「カチリ」とやって、逆の方向に歩き出す。これを数回繰り返した。最後まで見ていたのは筆者だけだったので、「グッド・ワーク!」と声をかけてみた。チラリとこちらを見てくれた。

衛兵の動きをやっとキャッチ(筆者撮影)
衛兵の動きをやっとキャッチ(筆者撮影)
最後の姿(筆者撮影)
最後の姿(筆者撮影)

街の様子は

 

 ウィンザー城を出て、改めて後ろを振り返る。チケット売り場に続く道には頑丈な防御壁が作られており、不審な人が警備の目を逃れて敷地に入らないような工夫がされていた。

城の外側には頑丈な防御壁が(筆者撮影)
城の外側には頑丈な防御壁が(筆者撮影)

 城の向かい側にある商店街には旗がひらめく。商店街の真向かいにはビクトリア女王の像が立っている。

商店街に向かって立つ、ビクトリア女王の姿(筆者撮影)
商店街に向かって立つ、ビクトリア女王の姿(筆者撮影)
雨降りの中、商店街を訪れる人々(筆者撮影)
雨降りの中、商店街を訪れる人々(筆者撮影)

 商店街のあちこちは、結婚を祝う飾り付けで一杯だった。

商店街の八百屋にヘンリー王子とマークルさん(筆者撮影)
商店街の八百屋にヘンリー王子とマークルさん(筆者撮影)
文房具店の軒先に立つ、あの2人の看板(筆者撮影)
文房具店の軒先に立つ、あの2人の看板(筆者撮影)

当日の予定

 19日はどのような予定で進んでいくのだろうか。

 午前9時半から11時までの間に、挙式の一般参列者が「サウスゲイト」の入り口から聖ジョージ礼拝堂に入る。

 午前11時20分。王室のメンバーが「ガリレー・ポーチ」と呼ばれる、礼拝堂の東の端に集まる。

 午前11時45分。ヘンリー王子と兄のウィリアム王子(ケンブリッジ公爵)が聖ジョージ礼拝堂の「ウェスト・ステップス」(西側階段)に到着する。敷地内に招待された一般市民約1200人とウィンザー城の職員などが並ぶ中を通って、ここまでやってくるかもしれない。

 11時55分。エリザベス女王がガリレー・ポーチにいる他の王室のメンバーに加わる。

 11時59分。マークルさんが花嫁付添人等と共にウェスト・ステップスに車で到着。ここに来るまでに、マークルさんと母親ドリア・ラグランドさんを乗せた車はウィンザーの「ロング・ウォーク」と呼ばれる道を通ってくる見込み。車がお城についた時点で母が車から降り、代わりに花嫁付添人たちが乗る。ラグランドさんはガリレー・ポーチから礼拝堂に入る。同じ頃、マークルさんの父トーマス・マークルさんが礼拝堂に入り、挙式の前に娘の姿を見る機会が設けられる。(補足:15日時点で、父親は出席しない可能性が出てきた。)

 正午。カンタベリー大司教、ウィンザー城の首席司祭、約600人の参列者を入れた挙式の儀式が始まる。メイ首相やコービン労働党党首は招待されていないという。

 この参列者のほかに、「ゲスト」の一般市民とウィンザー城の職員らの合計約2000人が敷地内に入っており、聖ジョージ礼拝堂への2人の出入りを生で見ることが出来る。

 午後1時。儀式が終了。ヘンリー王子とマークルさんがウェスト・ステップに姿を見せる。

 1時5分。2人は、フロントシート部は屋根付きで、リアシート部分だけがオープントップになっている乗用車「アスコット・ランドーレット」に乗り込み、商店街、シート・ストリート、キングス・ロード、アルバート・ロード、ロング・ウォークを通り抜ける。所要時間は25分を想定。

 1時半過ぎ。式の参列者600人はエリザベス女王主催の聖ジョージ・ホールでの祝宴を楽しむ。ヘンリー王子とマークルさんも後、参加。マークルさんはこの時に、スピーチをするとも言われている。

 結婚式のケーキは米カリフォルニア生まれのクレア・プタクさんが作るもので、レモンとエルダーフラワーを使うという。

 花はロンドンで生花店を経営するフィリッパ・クラドックさんが担当。

 公式写真家はヘンリー王子とマークルさんの婚約発表の際の写真を撮った、英国生まれで米国に住むアレクシー・ルボミルスキー氏。

 3時半。ゲストが聖ジョージ・ホールを去る。

 7時。チャールズ皇太子主催の晩さん会がウィンザー城から1-2キロにあるフログモア・ハウスで開催され、ヘンリー王子、マークルさん、先の600人にさらに200人(人気グループ「スパイス・ガールズ」の元メンバーを含む)を加えたゲストが集まる。

 結婚式にかかわる費用は、すべて英王室が負担する。

 ハネムーンがどこになるかは公表されていないが、結婚から1週間後には新たな王室のカップルとして、公式業務を開始するという。

一目見ようと巨額を払う人たちも?

 結婚したばかりの王子とマークルさんに声援を送りたい、その姿を目にしたいと思うのは、誰でも同じだろう。

 5月12日付のデイリー・テレグラフ紙は、「スリー・タンズ」というパブが「ザ・プリンス・ハリー」(ハリーとはヘンリー王子の愛称)と名前を変えるとリポートしている。近隣のホテルの部屋はメディアの間で取り合いとなり、一晩600ポンド(約8万8000円)、あるいは1700ポンド(約25万円)にまで値上げしたという噂話が紹介されている。

 当日、ウィンザーはごった返しそうだ。それでも、生の姿を見たい、興奮を共有したい人はウィンザーに向かうだろう。

 多くの国民は、当日はテレビの生放送を視聴しながらソーシャルメディアで情報を共有しあい、翌日は新聞で大々的に報道される記事を読んだり、カメラマンが競って撮影した写真をじっくりと眺めたり・・・ということになりそうだ。同時に、「マークルさん効果」で、マークルさんが身に着けたウェディングドレスや指輪、結婚式で使われた花、ケーキへの注文も殺到するに違いない。

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参考

Royal wedding 2018: Prince Harry and Meghan Markle's plans


# by polimediauk | 2018-05-14 17:00 | 英国事情
 英国のデータ分析会社ケンブリッジ・アナリティカ(5月上旬、閉鎖)が、米フェイスブックから約8700万人分の個人情報を不正取得したとの疑惑が大きな波紋を広げている。情報の使途について利用者の十分な同意を得ていなかった点や、こうした情報を基に、有権者の投票行動を誘導する広告を2016年11月の米大統領選で配信した可能性などが問題視されている。

 先月、イタリア・ペルージャで開催された「国際ジャーナリズム祭」(参加スピーカー700人、セッション総数300)に集まった人々の間で、もっとも熱っぽく語られたのが、このフェイスブックと個人情報流出疑惑だった。インターネットの開放性に大いなる希望を見た私たちだが、そんな楽観的な時代は終わりを告げるのだろうか?

 あるセッションに参加していたフランス人デベロパー、ロイチ・ダシャリ氏の見方を共有したい。ダシャリ氏はジャーナリストと内部告発者が安全に情報を交換できる「SecureDrop」のボランティアでもある。

 生まれも育ちもパリのダシャリ氏は、両親の仕事の関係でサウジアラビアやクウェートに住んだことがある。コンピューターを学ぶために、英語を勉強したという。

ダシャリ氏(筆者撮影)
ダシャリ氏(筆者撮影)

ーなぜデベロパーになったのか。

 ダシャリ氏:分からない。若い時から、コンピューターが必要だと思ったのだろう。今はもうすぐ53歳だが、まだプログラムを書いている。画家は50歳になったからといって、描くことをやめない。それと同じようなものだ。

ーフェイスブックやケンブリッジ・アナリティカのことを聞きたかった。「個人情報が流出した!」と大騒ぎになっているけれど、テクノロジーに詳しい人からすると、一連の事態はどう見えるのか。つまり、サイトの利用者の個人データが収集されており、これがビジネスに使われているという現象は、以前から続いていたわけだが。

 これほど大きな事態になって、非常に驚いている。私はフェイスブックをやらないが、これからもやるつもりはない。まさに個人情報が大量に取得され、使われてしまうと思ったからだ。

 非常に興味深いのは、多くの人が今になって、いかにひどいことが行われているかに気付いた点だ。私にとってはこちらの方が驚きだが、非常にいいことだとも思う。

 今回の事件が広く知られることによって、多くの人が個人情報の利用について意識するようになったからだ。いかに人々が公の空間に個人情報を露出し続けてきたのか、どれほどの問題があるかを意識し出した。選挙の行方を左右する為に、個人データが使われたかもしれないのだ、と。

 個人情報が使われて、「自分は操作されたのかもしれない」と言うかもしれないが、「あなた自身が(情報を出すことで)操作してほしいとお願いしたのでしょう」、と指摘することができそうだ。

 フェイブック側は「情報漏れ」はなかったと言っている。「誰もが見ることが出来る空間に置いてあったのだ」から。フェイスブックのサービスは、そういう風に設計されていた。つまり、情報を公にしてもらい、それを活用するというビジネスモデルだ。

ープライバシーについての意見を聞きたい。グーグルが大量の情報を集めている。人々はこの点について懸念を抱くべきだろうか?実際に、2-3の米テック大手が巨大な量の情報を集めているというのは、恐ろしい感じがするが。

 懸念はするべきだが、恐れる必要はない。逃れることは難しくないからだ。

 コンピューターの歴史はそれほど長くない。例えば誰かがこう言う。「グーグルが情報を集めすぎている。私の人生はグーグルによって破壊された」、と。しかし、グーグルが存在しなかった時代のことを考えてみてほしい。それでも、人生はあった。それに、グーグルよりもプライバシー保護に力を入れるサービスに乗り換えることは不可能ではない。

 懸念はするべきだが、恐れることはない。やり方はある。

―あなた自身はフェイスブックをやらない。個人情報を出さない、と。

 そうだ。私は個人情報を出さなければならないサービスはやらないようにしている。

―インターネットの将来についてはどうか。「インターネットは壊れた」という人もいる

 そうは思わない。

 インターネットの特徴の1つは、中央集権化されていないことだ。誰かがすべてをコントロールできない。

 ある場所では国民のほぼ全体がフェイスブックを使っているのかもしれない。でもそれは、インターネットがそうしろと言っているわけではない。利用者がフェイスブックの利用を選択しているだけだ。ネットのせいではない。

 インターネットが壊れているわけではないが、政府や企業はインターネットの重要な部分を壊そうとしている。それは、「ネット中立性」の問題だ。

 例えば、インターネット接続会社が顧客によって通信速度を変える。ある顧客はたくさんのお金を払ったので、接続速度が速くなり、動画をより快適に視聴できる。しかし、通常の料金を払った人はそうはいかない。インターネットがこういうことをしているのではない。企業が通信速度を変えてしまう。

 ある国の政府は他の国との接続ポイントを支配し、接続を遅くする。自国から出てゆくネット情報をすべて監視し、情報の流れを止める政府もある。人々がネットを壊そうとしている。

 TOR(トーア)ブラウザーを使えば、政府による情報封鎖を迂回することができる。(注:トーアとはThe Onion Routerの頭文字を取った言葉で、ネット上での通信経路の特定を困難にすることで匿名通信ができる手法、及びソフトウエアを指す。)

 TORブラウザーを使えば、例えばスカイプでの会話であるかのように見せかけながら、匿名通信が行える。スカイプを使う人はたくさんいるし、誰が本当にスカイプで会話をしているのかを政府当局はつかみにくい。

 しかし、ある国ではTORブラウザーを使っているというだけで、疑惑の対象になる。ブラウザーをダウンロードするだけで、疑惑の対象になってしまう。

 通信の内容を常時監視して、URLアドレスに応じてアクセスを封鎖する方法(「ブロッキング」)も問題だ。例えば、BBCのウェブサイトに行こうとすると、監視者は利用者がBBCのサイトに向かっていること関知して、BBCには到達できないようにする。私が聞いたところでは、トルコではBBCへのアクセスが時々、このようにブロックされるという。TORを使えば、BBCに向かおうとする過程が暗号化される。その技術は日々、進歩している。


 インターネットは揺り動かされているのだと思う。まだ壊れているわけじゃない。

***

参考

安心ネット作り促進協議会

ブロッキングの仕組み


# by polimediauk | 2018-05-09 17:14 | ネット業界

 4月30日、イスラエルのネタニヤフ首相は記者会見を開き、大々的なプレゼンテーションを報道陣の前で行った。

 イランは密かに核兵器開発を推進(BBCニュース)

 BBCニュースなどの報道によれば、ネタニヤフ首相は、イランが過去に核兵器の開発計画を進めていたことを示す「極秘ファイル」とする資料を公開。「イランは核兵器の開発計画はないと虚偽の説明をしていた」と述べた。

 2015年、国連安全保障理事会の常任理事国にドイツを加えた欧米6カ国との合意で、イランは経済制裁解除と引き換えに核開発の制限を受け入れている。これ以来、イランは「核兵器の開発はしていない」と表明してきた。

 イランとの核合意がまとまったのは、トランプ米大統領の前任者となるオバマ氏の時代だ。トランプ氏はこれを破棄する意向を表明しており、今月12日までに決定することになっている。(追記:トランプ大統領は8日、合意破棄を表明した。)

 BBCの記事の中に、米国務省でイラン核合意の交渉に携わったジョン・ヒューズ氏の見方が載っている。「核合意に修正を迫る内容は」ネタニヤフ首相の発表には見つからなかったという。「率直に言って」、合意破棄をめぐるトランプ大統領の決定に影響を及ぼすための「政治的な発言だった」、発表内容の多くは「再利用されたものだった」。

 この記事の英語版にはBBC記者の解説も入っており、「一体どこが新しいのか」と疑問を投げかけている。

 2007年の米国の「ナショナル・インテリジェンス・エスティメト」でも、イランは2003年までは核兵器を開発していたが、その後中止している「可能性が高い」と書かれているという。

 ネタニヤフ首相のプレゼンは、トランプ氏の意向を後押しすることが目的だったと見てよいだろう。

 筆者は、プレゼンの様子をニュースで見ている間に、悲哀を感じた。1956年の「スエズ危機」での、イスラエルの行動をほうふつとさせたからだ。

「スエズ危機」の秘密協定

 スエズ危機は、エジプトのナセル大統領がこの年の7月にスエズ運河会社の国有化を宣言したことがきっかけで始まった。エジプトでは前月に駐留英軍が完全撤退したばかり。

 英国の影響力の維持を望むイーデン英首相は、運河の国際管理を回復するためにエジプトと交渉を続けたが、らちがあかず、フランスやイスラエルと協力してエジプトへの軍事行動を起こす、秘密裏の計画を立てた。

 国際運河の安全保障を口実として、10月29日、イスラエルがエジプトに攻撃を開始。31日、英仏がこれに加わった。最終的には、エジプト国民の抵抗と国際世論の批判(米国はこの計画を知らされていなかった。11月2日、国連は戦闘の停止と攻撃を仕掛けた側の撤退を求める決議を出した)、米国によるポンドへの圧力が英経済の先行きを暗くしたことなどから、11月6日に英仏が、8日にイスラエルが停戦を受諾した。

 12月20日、イーデン首相は下院で、イスラエルがエジプトに先制攻撃をかけることを事前に知っていたかと聞かれ、「知らなかった」と答えている。

 英国にとっては、国際舞台での大きな失点となった事件である。

 筆者には、ネタニヤフ首相のプレゼンの姿と、大国との秘密協定に基づいて先陣としてエジプトに派兵したイスラエルの姿が重なった。

 しかし、大国に様々な気遣いをするのは特定の国だけではない。

米ワシントン・ポストの見方

 米国の政界・外交界の詳細な分析で知られるワシントン・ポスト紙で、アダム・テイラー氏が 「外国の指導者たちがいかにトランプにおべっかを使うか」という記事(5月2日付)を書いている。

 ネタニヤフ首相の会見は「何百万もの人に放送されたが、たった一人の視聴者、つまりトランプ米大統領に向けたものである」。

 記事の中で紹介されたイスラエル人ジャーナリストのバラク・ラビド氏によると、会見で紹介された内容について、ネタニヤフ氏はトランプ氏に2か月前に伝えていたという。記者会見の時期は、核合意についてトランプ氏が決断する5月12日に合わせて決められた。(追記:トランプ大統領は8日、合意破棄を表明した。)

 しかし、「米国の政界トップに影響を及ぼそうとする指導者はネタニヤフ氏だけではない」。韓国の文在寅大統領もそうだ、という。

 欧州の指導者の中ではマクロン仏大統領が、男同士の恋愛感情を感じさせるほどのべたべたぶりの外交を行ったばかりだ。しかし、マクロン氏はトランプ大統領の考えを変えさせるところまではいかなかった、とテイラー氏は言う。日本の安倍首相もトランプ氏と「ゴルフを2度もしたのに」、「韓国・北朝鮮問題や貿易問題で冷たくあしらわれた」。

 サウジアラビアやアラブ首長国連合のそれぞれの指導者はトランプ氏を称賛するけれども、その扱いにはてこずっているという。


 トランプ氏のお気に入りになろうとする現象が生じる原因の1つは、「トランプ大統領が移り気であること」、そして、「トランプ氏は最後に会った人の意見に左右されやすい」点もこれに拍車をかける。最も機転が利くのはネタニヤフ首相かもしれない、という。



# by polimediauk | 2018-05-08 18:38 | 政治とメディア

「地球温暖化」とは何か。

 非営利組織「気候ネットワーク」によれば、「自然の変動によるものでなく、人類の活動によって、地表付近の平均気温が上昇している状況」のことを指す。「熱波や洪水、干ばつ、そしてハリケーン」など、「気候変動による災害が頻発」している。私たちが住む生態圏全体や社会に重大な影響をもたらしかねない。

 しかし、私たちは「地球温暖化」という言葉が入った報道を十分に真剣に受け止めているだろうか?「なんだか、ピンとこない」という人も多いのではないか。

 もし深刻な影響をもたらすかもしれない現象を多くの人がぼんやりと意識するだけだったら、一体、地球はどうなってしまうのだろう?

 4月11日から15日まで、イタリア・ペルージャで開催された「国際ジャーナリズム祭」(参加スピーカー700人、セッション総数300)の中に、科学者とジャーナリストが地球温暖化について人々の関心を高めるためにできることを議論するセッションがあった。

 「できることはあるぞ」と筆者が感じたセッションの議論の流れの一部を紹介したい。

夜中に目覚めるほど心配することは何か?

パネリストたち(左からミキュート氏、ライリー氏、ジャー氏、ラスブリジャー氏、グレイ氏)
パネリストたち(左からミキュート氏、ライリー氏、ジャー氏、ラスブリジャー氏、グレイ氏)

 

 冒頭、紹介役として話したのはシンクタンク「欧州森林インスティテュート」の椿梨奈氏。「科学とジャーナリズムには共通点がある。事実を集め、証拠を確保し、信頼性のある結果にたどり着くことだ」、「この場が科学とジャーナリズムを地球温暖化防止のために結び付ける機会であってほしい」。

 パネリストたちへの最初の問いは「地球温暖化について、夜中に目覚めるほど心配することは何か?」だった(司会はエリザベッタ・トレイ氏)。

 ジョン・ライリー氏(米マサチューセッツ大学ジョイント・プログラムの副ディレクター):米国の話になるが、「事実は意味がない」という風潮があることが気にかかる。これは事実を基にする科学はどうでもいい、ということにもつながる。

 米社会では一種の「トライブ(部族)」ができている。例えば、フェイクニュースを真実だと思って信じている。地球温暖化を信じないというトライブに属する人に地球温暖化の深刻な影響を伝えようとしても、「そんなことはあり得ない」と否定してしまう。もし「深刻な影響がある」と考えてしまったら、自分たちの「信じない」というイデオロギーを脅かすことになるからだ。

 地球温暖化問題は特にこのトライブ化が発生しやすい。あまりにもグローバルな動きで、問題が大きすぎるので「自分にはどうにもできない」と無力感を持ってしまう。

 科学者はこういった人々の感情に訴えかけるような、自分の問題として受け止めてもらえるようなやり方をする必要がある。地域社会のレベルで何が問題かが分かるように。これは科学者にとっては、挑戦だ。事実を集めて、客観的に物事を見る癖がついているからだ。

 どうやったら、一般市民に「大変なことが起きている」と分かってもらえるのか。これが最大の懸念事だ。

 アラン・ラスブリジャー氏(元英ガーディアン編集長、現在はオックスフォード大学のレディー・マーガレット・ホール学長):地球温暖化は最大に深刻な、世界的な問題だと認識している。しかし、ジャーナリズムはこの問題の報道に失敗したのだと思う。

 次世代にも影響が及ぶ問題なのに、新聞の1面に毎日載るわけではないし、テレビのニュースで刻々と報道されるわけでもない。

 なぜかと言うと、英国の例で言えば、イデオロギーの問題もあるのかもしれない。英国の新聞のほとんどは温暖化を否定する傾向にある。

 ジャーナリズムの収入の仕組みも関係するかもしれない。どこの編集長もいかに数字で結果を出すかで頭がいっぱいだ。昨日起きたことについてはたくさん書くけれども、20年後にどうなるという話は数字が取れないので、出さない。あることが起きても「温暖化のせいなのかどうか、わからない」、とジャーナリストも市民も考えているのかもしれない。

 しかし、こういう時こそ、ジャーナリズムの出番のはずだ。市民が関心を持っていないトピックでも、これを取り上げて書く、関心を持ってもらうように書くことが。

 

 ジョナサン・グレイ氏(キングス・カレッジ・ロンドン):地球温暖化は複雑で幾層にも広がる現象だ。これを取り上げた記事が何を社会にもたらすのかまで、踏み込んで書くべきだ。

 アロク・ジャー氏(医学研究支援等を目的とする英公益信託団「ウェルカム・トラスト」のパブリック・エンゲージメント・フェロー):確かに、地球温暖化は複雑な現象で、ジャーナリズムのように白黒をはっきりさせて単純化した結論を下せるものではない。ただ、こうした現象を取り上げる際には、ジャーナリズムも科学の方も新しいやり方を考えるべきではないかと思っている。

 例えば、ジャーナリストは複雑なテーマについてもっと時間を費やしてもいいのではないか。AIもそうだが、複雑な問題を理解する時間を取るべきだと思う。

 ビクトリア・ミッキュト氏(「コントラストVR」の記者):4-5分のバーチャル・リアリティの動画を作っている。地球温暖化でいかに生活が変わったか、実際に影響を受けた人の例を動画にしている。自分の問題として考えられるよう、影響を受けた地域に住む人のところに行って、話を聞く。動画を作ってからは上司や同僚に見てもらうが、「ここが分からない」、「もっと説明して」と言われながら、編集している。

関心を持ってもらうにはどうするか?

 地球温暖化についての関心が低い状態をどう変えるのか?

 ラスブリジャー氏:前にある人に言われたのだが、地球温暖化問題を書くのは専門記者、つまり環境ジャーナリストのみにしてはいけない、と。記者全員を地球温暖化について書く人として、安全保障、移民、食料、スポーツ、政治、経済にからめて地球温暖化について書くようにする。

 新聞社全社で地球温暖化防止のためのキャンペーンを開始する、という手もある。グローバルな環境問題は「大きすぎる話」、「こちらでは何もできない」、「難しすぎる」と読者に思わせるのではなく、「職場で、あるいはプライベートな場で何ができるか」を提示する。報道の仕方は関心を引くようにドラマチックにする。

 グレイ氏:興味を持ってもらうやり方は、色々あると思う。例えば、欧州レベルのリサーチプロジェクトで、「クライマップス」がある。地球温暖化防止のためのさまざま見方をデジタル技術を使って提供している。

「クライマップス」のウェブサイト
「クライマップス」のウェブサイト

 

 それから、例えば科学が事実を積み上げるまでにどれほどの労力をかけているのかを記事化するのはどうだろうか。でっち上げではないことが分かれば、科学についての疑念も減少するだろう。

 ジャー氏:ジャーナリズムが考え方を変えることも一案だ。まず、最初に「市民の声から出発するにはどうするか」、「市民に力をつけるためにはどうするか」を考えて欲しい。これまで、編集室で何を書くかを決めるのがスタート地点になっていた。これを逆にする。

 例えば、米国のあるメディアはコーヒーショップやタクシー乗り場、色々な場所に記者を放った。そこで医療サービスについての人々の懸念やどんなことを考えているかを聞いて回った。そこからヒントを得て、医療ケアについての記事を作っていった。地球温暖化についても、同様にできる。人々の懸念は何なのか。それから何を書くかを決める。この過程を透明化して、読み手の信頼を取り戻してゆく。

 今、人は専門家の言うことを信じなくなっていると聞く。「事実」と言われていることに、疑念の目が注がれている。だからこそ、どうやって「事実」を積み上げて、ある記事ができてゆくのかをオープンにすればいいのだと思う。今まで通りにジャーナリズムをやっているのではなく。

***

 

 感想:「情報を受け取る人を巻き込んで、報道を作る」、「自分の問題として受け止めてもらうために、実際に温暖化の影響が出ているところに行って、現地の人の懸念に応える形にする」、これによって「信頼感を取り戻す」、温暖化をも含めた複雑な問題に対し市民が「どう立ち向かえるのか、何ができるのかを具体的に提示する」などの提案が心に残った。

***

 参加者の英語名は以下:

 

パネリスト

John Reilly

Alan Rusbridger

Jonathan Gray

Alok Jha

Viktorija Mickute

進行役

Elisabetta Tola(Formicabluの創業者)

Rina Tsubaki


# by polimediauk | 2018-05-06 20:20 | 欧州のメディア

(「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 日本では、大学学費の無料化に向けて文部科学省の有識者会議が検討を続けています。住民税非課税世帯(年収250万円未満)の高校生らが大学などに進学する際に、国立大は授業料を免除し、私立大などは授業料の一定額を支給することを目指しているそうです。

 これまでに、様々な論点が出ています。

お金の心配なく学べる社会に

大学の授業料無償化に条件 学問への干渉にならぬか

 英国の中でも人口の大部分を占めるイングランド地方では、かつて大学の授業料は無料でした。でも、進学率が上がっていく中、国民全員から集めた税金で学費を賄うのが段々苦しくなってきました。そこで授業料を導入したのですが、学生の間では無料に戻そうという運動が発生しています。

 イングランド地方の大学の授業料問題は政治問題化しています。

 昨年6月の総選挙で、野党・労働党が上限額が年間9000ポンド(約139万円)となっていた大学の授業料を「撤廃する」と掲げたことがきっかけの1つです。これが若者層に強くアピールし、労働党の得票に大きく貢献したと言われています。ただし、選挙後の7月、コービン労働党党首はBBCの取材に対し、学生が抱える負債を「減らすよう努力する」と言ったが「授業料を全廃するとは言っていない」と述べているのですが。

 イングランド地方では大学の授業料を一旦、国が負担し、卒業してから所得に応じて返済する「出世払い」が導入されています。英国の大学(その大多数が国公立)の授業料体制と問題点に注目してみましょう。

地方によって異なる、大学の学費制度

 

 まず、英国では地方によって授業料の上限の金額が異なります。

 イングランド地方の大学では、昨年秋の新学期(日本では新学期は4月ですが、英国では9月からになります)から学費の上限が年間9250ポンドになりました。スコットランド地方では上限が1820ポンドですが、自治政府が授業料を肩代わりする形で、スコットランドの学生及び欧州連合(EU)出身者は無料で勉強できます。

 北アイルランド地方の上限は4030ポンド、ウェールズ地方では9000ポンドです。ただし、それぞれの地方以外の出身者は上限が9250ポンドになります(ウェールズのみ、9000ポンド)。

 以下、イングランド地方の大学の授業料を中心にこれまでの経過を見ていきましょう。

 元々、大学授業料は1997年まで無料でした。全額を税金でカバーしていたのです。でも、大学進学率が上昇し(現在約40%)、大学側も最高の設備と教授陣をそろえるため、授業料値上げを望むようになりました。そこで、まずは上限1000ポンドまでが課されることになったわけですが、これでは十分ではありませんでした。2006年に上限3000ポンドに引き上げられ、12年には9000ポンドに。そして、インフレ率の上昇を反映して、昨年秋からは9250ポンドにまで上がってしまったというわけです。

 学生は、入学時にこの金額を払うわけではありません。在学中は払わず、卒業後に「授業料ローン」と「生活費援助ローン」を返済する仕組みとなっているからです。いわゆる「出世払い」です。

 日本でも、自民党原案では卒業後に所得に応じて一定割合を徴収する出世払い制度を想定しているということです。

 英国に話を戻しますと、出身家庭の貧富の差にかかわらず高等教育の場で学ぶ道を確保するための仕組みとして考案されたのが、この出世払いです。しかし卒業後に大きな負債を抱え込むことになり、学生にとっては気が重い体制になりました。

 ローンの金利は現在6.1%で、シンクタンクの財政問題研究所(IFS)の試算によりますと、3年間の学部課程(注:英国では学部課程は4年ではなく3年)を終えた学生は5万800万ポンド(約765万円)の負債を抱えることになるそうです。卒業生がローンの返済を開始するのは年収が2万1000ポンド(約316万円)を超えた時点で、所得から一定額が差し引かれてゆきます。30年間支払うと、残金がいくら残っていても支払いは不要となります。

 卒業した時点で約765万円の負債があるのは、つらいですよね。いくら返すのは後で良いと言っても・・・。それにやっと300万円を超える年収に達したかと思うと、今度は返済が始まるのですから、たまりません。

 1980年で大学入学者は6万8000人いましたが、昨年秋では50万人以上に増えました(ちなみに、英国の人口は日本の約半分です)。これからも大学進学率は上昇する見込みで、インフレ率とともに授業料は上がるため、卒業後の負担が学生の肩に重くのしかかってゆきます。IFSの試算によれば、学生の75%がローンの全額を返済せずに終わるそうです。

 仮に授業料を撤廃したとすれば、その分は税金で賄うことになりますが、大学に進学せず低所得の職に就いている人が、自分よりも高い報酬が得られる職に就くことが確実な大学生の授業料を負担する体制は、社会の公正さという面から見て、どうでしょうか。大学に行かずに低賃金で働いてきた人は、「自分にとって恩恵がない」、「何故低賃金の自分が、大学卒業後に高賃金の職に就ける他の人のためにお金を出さなければならないのか」と不満に思うかもしれません。

 学費撤廃後に税金で負担する金額は最大で110億ポンドにも上ると言われています。授業料をどのように誰が負担するべきなのか、2020年に予定される次期総選挙に向けて大きなテーマの1つになっています。

 さて、日本はどうなるでしょう?


# by polimediauk | 2018-05-03 15:13 | 英国事情

 英ウィリアム王子(王位継承順位2位)の妻キャサリン妃が、23日、第3子(王子)を出産した。

 その後、王子の名前は「ルイ・アーサー・チャールズ」とする発表があった。称号は「プリンス・ルイ・オブ・ケンブリッジ」となり、これからは「ルイ王子」と呼ばれるようだ。

 出産翌日の英国の新聞は、ウィリアム王子と赤ちゃんを抱くキャサリン妃を様々な角度から撮影した写真を大きく扱った。

 国民的慶事ではあるのだけれども、若干の疑問を感じた人もいたかもしれない。筆者もそんな1人だ。

 出産から退院までの速さに、まず驚いてしまった。何しろ、出産は23日の午前11時。同じ日の午後6時ごろ、白いレースの襟が付いた赤いワンピースを着たキャサリン妃は報道陣の前に姿を見せ、カメラのフラッシュや声援に対応した後、病院から自宅へと向かった。病院に入ったのはこの日の朝8時過ぎだったので、10時間ほどですべてを済ませて帰宅したことになる。

スピード退院が可能になったわけは

 この「スピード退院」については、いくつかのメディアが取り上げており、日本語では「Elle Online」がこれが可能になった理由を書いている。

 

 記録更新!? キャサリン妃が産後7時間でスピード退院したワケ

 これによると、最初の出産では産後26時間で、第2子では産後10時間で退院していたという。今回の産後7時間は、それを上回る。

 その理由として、(1)英国では「無痛分娩&日帰り出産が主流」であること、(2)マスコミ対策と他の母子たちへの配慮、(3)退院後も24時間体制のメディカルサポートがあることを挙げている。

 しかし、それにしても、なぜこれほどまでに急がなければならないのか。

 筆者は子供を産んだ経験がないので想像になるけれども、普通に考えて、出産は女性の身体にいくばくかでも負担になるだろう。その直後に、ヘアをセットしてもらい、完璧なメークをしてもらい、世界中からやってきた報道陣のカメラの前に立って「にっこり」する・・・これはまるで仕事である。

 当日は「少し1人でゆっくりしたい」、「夫や子供たち、新しい子供とプライベートな時間に浸りたい」とは思わないのだろうか。

 例えば、出産日は病院でゆっくり休んで、病室内で子供と一緒に撮影した写真を公にするだけにし、自分達は後で病院の裏からそっと帰宅する、という形でも国民の期待には十分応えられるはずである。

 私たち(メディアと国民)はキャサリン妃に対して、過度の献身ぶりやサービスを期待しすぎているのではなかろうか。キャサリン妃が(想像上の)「過度の期待」に「過度に応えている」ことはないのだろうか?

 英王室はこれまで、世界中のタブロイド紙、ゴシップ雑誌、パパラッチから追いかけられてきたが(その典型がウィリアム王子やヘンリー王子の母親である故・ダイアナ妃)、過度にメディアや国民の期待に応えようとすれば、「何もかも知りたい」、「何もかも知る権利がある」という気持ちに火をつけることにつながるのではないか、という問いかけである。

 また、出産経験のある女性、あるいはこれから出産をする女性に「ここまで完璧にしなければ」というプレッシャーを与えることにつながらないだろうか。

子供を持つ母親からすると

 そんなことを考えていたら、米ワシントン・ポスト紙の女性コラムニストが、キャサリン妃の病院前の姿に対する違和感について書いていることを知った。

「そう、ケイトは出産後完璧に見えた。いいえ、これは普通ではない」

 Yes, Duchess Kate looked flawless after giving birth. No, this isn’t normal.

 書き手のエイミー・ジョイス氏は、キャサリン妃のスピーディーな退院、カメラの前に出た姿の完璧さに驚き、何故キャサリン妃がこんなことができたのかを説明した後で、出産のあるべき姿について議論が起きるだろうと予測している。

 いずれにしろ、それぞれの母親が自分の子供にとって何が最善かを決めるしかない、と書きながらも、キャサリン妃の例を見て、「居心地が悪い比較をしてしまう」母親がいることも事実だと指摘する。

 例えば、米国人サマンサ・シャンリーさんはドイツの病院で2008年冬に赤ん坊を出産した。出産の翌日に帰宅することにしたシャンリーさんの場合、子供を抱きかかえた当時の夫と共に、トラムの駅までかなりの距離を歩かなければならなかった。「吐きそうだったわ。それでも(トラムに乗った後に)最寄りの駅で降りて」、それからまた自宅までかなり歩いた。「公園のベンチで休み休み、歩いたわ」。

 シャンリーさんがジョイス氏に語ったところによると、シャンリーさんの母親は1970年代のウーマンリブの世代に育ったので、女性は何でも完璧にできると考えるような出産を続けた。しかしこれは、「普通ではない基準に合わせようと、自分を駆り立てることを意味していた」。

 冬の日、産後にかなりの距離を歩いたために、シャンリーさんは風邪を引き、乳腺炎にかかり、完璧にはできないことへの罪悪感を持ったという。「理想に合わせようとしていたのだと思う」。キャサリン妃は「帰宅後に、家の中のすべての面倒を見る必要はないわよね」。

 ジョイス氏によれば、多くの母親にとって、キャサリン妃の病院前での笑顔は「出産を理想化する文化を示す、1つの例だった」。

 「出産後の憂うつや、そんな状態からいかに立ち直るかなんて、誰も話したがらない」(シャンリーさん)。「自分は失敗したんだという気持ちがつきまとう。赤ん坊と過ごす優しい時間を写す写真をネット上にたくさんの人が出している・・・出産がどれだけ女性の身体に変化を与えるかについてはほとんど無視しているみたい」。

 ジョイス氏自身は、キャサリン妃の映像を見ていて、「彼女は私たちの大部分とは全く違う生活をしているのだと改めて感じた」という。

 母親たちは「みんな、頑張っている。出産はとても困難なものだし、外からどんな風に見えるかは別として、完璧なおとぎ話ではないのは確か」と締めくくった。


# by polimediauk | 2018-05-01 17:37 | 欧州のメディア

ドイツ・ハンブルクを舞台に、最愛の夫と息子をテロで失った女性の苦闘を描く映画「女は二度決断する」。監督はトルコ系ドイツ人のファティ・アキン氏だ。30代で世界3大映画祭の主要な賞を受賞する「強者」である。アキン氏もハンブルクで生まれ育った。

 「テロ」と言っても、ここでは近頃欧州で目に付くイスラム系テロではなく、極右ネオナチ系によるテロだ。主人公の夫はトルコ系移民。背景には、2015年以降にメルケル政権が積極的に受け入れた難民・移民の急増がありそうだ。

 ここ数年、欧州で最大の難問の1つがこの難民・移民の流入だ。

 2011年に始まった内戦の終わりが見えないシリアを含む中東、アフリカ諸国などからやって来た人々がトルコから対岸のギリシャの離島へ渡り、あるいは陸路でバルカン半島を北上し、北部欧州に殺到するようになった。これが極右政党の台頭の遠因と言われている。

 時節柄、非常にタイムリーなトピックを扱った映画である。また、女性の「二度」の「決断」とは?

テロの痛みとクルーガーの熱演

 映画の冒頭では、麻薬所持で有罪となり受刑していた男性ヌーリ(トルコ系移民)と主人公となる女性カティヤの結婚式の様子が紹介される。黒い長髪の男性と金髪・青い目の女性。異なる文化を背負った者同士が愛情で結ばれた。

 それから数年が過ぎる。夫妻には男の子が産まれている。

 ある日、妻は子供を連れて夫の事務所に入ってゆく。子供を夫に預けて外に出るまでの、家族3人の愛情表現が心に染みる。何と仲が良い家族なのか。

 しかし、その後、事務所前で爆発事件が発生し、妻は夫と子供を失ってしまう。

 妻を演じたのはドイツ出身のダイアン・クルーガー。家族を失った女性の衝撃、悲しみ、絶望感を全身を使って表現する。筆者は見ていて、鳥肌が立つほど「怖い」と思った。西欧諸国ではこのところ、イスラム系テロが市中で続発し、どこで自分もテロに遭遇するか分からない。クルーガーの演技を通してテロの犠牲者の衝撃と悲しみが初めて体感できたように思った。

 クルーガーは映画の迫真の演技が高く評価され、カンヌ国際映画祭で主演女優賞を獲得している。

 クルーガー扮するカティヤが警察の捜査を受け、家族には身勝手な言葉を浴びせられた後で、友人に支援されながらもとうとう自暴自棄になる様子を、映画は洗練された、独特のペースで映し出してゆく。

 「異文化」同士の結婚を夫の家族も妻の家族も、実は喜んでいなかったことが分かってくる。

 妻は爆破事件がすぐに「ネオナチの犯行だ」と直感したけれども、警察はすぐには信じようとせず、「トルコ系ギャングの争いなのでは」と言う線で捜査する。夫は昔、麻薬所持で受刑していたことがあるから、「麻薬がらみの犯罪に巻き込まれたのだろう」とか、「イスラム系テロでは?」と妻に聞いてくる。

 しかし何とか容疑者が見つかり、次のドラマの幕(第2幕)が開ける。今度は裁判の話である。

 第2幕で「正義」を得られなかったカティヤは、最終章のドラマに突入してゆく。

推定無罪の限界

 ドラマ全体の流れの美しさや、物語の展開の斬新さ(次にどんな場面になるのか、予測ができない)に心を奪われながら見ていたが、欧州に住む筆者からすると気になる点もあった。

 世界中の法治主義国家の原則となっている「推定無罪」という考えがある。「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という基本原則だ。いかに状況証拠がそれらしくても、裁判の場で「有罪」とならなければ、人は「無罪」になる。

 裁判になって結果がどうなるかは、すでにいくつかの映画評で概要が出ているので隠す必要はないだろうが、「正義は行われなかった」とだけ書いておきたい。

 この映画の裁判の結果を見た時に、推定無罪の原則がある社会の限界にぶち当たった気がした。

「判断」をどう評価?

 最も割り切れない思いをしたのは、裁判後に始まる「第3幕」の展開だ。裁判ではらちが明かないと思ったカティヤは、ある行動を起こしてゆく。最終的にはこれが彼女の「決断」につながってゆく。

 映画の結末について、英語圏で及びドイツ語圏でどう評価されているのかをネット検索してみた。筆者が拾ったものの中では英ガーディアンの映画評が最も厳しく(星5つの中の2つ)、英タイムアウト誌も星2つだった。

 この映画は一時米アカデミー賞の外国映画賞を獲るかもしれないと言われていたので、「その価値はない」と書いた評価もあった。これは欧州ニュースを扱うサイト「ザ・ローカル」の映画評で、書き手はザ・ローカルのドイツ版編集者のヨルグ・ルイケン氏である。

 一方、日本の映画評の中では、例えば「シネマトゥデイ」には映画評論家の清水節氏が「『眼には眼を』を乗り越え憎しみの連鎖を断ち切るひとつの可能性」として短評を寄せ、星4つを付けている。

 先の辛い評価は、「クルーガーは名演」、しかし「途中から論理性を欠く」、「描写が表面的になる」といった点を挙げている。特に最後の結論には賛同しかねるようだ。

 見ていない方にとっては、カティヤがどんな決断をしたのかが分からないため、「?」となりそうだが、第3幕については、筆者自身が大いなる疑問を持ったのは確かだ。

 というのも、ロンドン、パリ、バルセロナ、ニース、ブリュッセル、ベルリン、マンチェスター、またロンドン・・・と、イスラム系テロの発生を何度も欧州内で身近に見てきた筆者にとって、火に油を注ぐような展開に思えたからだ。明日は自分や友人、親戚、誰かの友人の身の危険が冒される可能性があるかもしれないと感じるような切実な怖さを感じた。

 推定無罪の世界は、犠牲者の遺族にとってはやりきれないこともあるだろう。しかし、そういうやりきれなさを含めたものが私たちが生きる社会なのである。限界はある。しかし、だからと言って、これを否定する道に進めば、テロリストたちの側に行ってしまう。

ネオナチに家族を殺害された人たちは、どうなった?

 この映画では最後に、旧東ドイツのネオナチ組織NSU(国家社会主義・地下組織)の暴力による犠牲者に捧げるという文章が出る。

 2000年から07年にかけて、NSUのメンバーと自称する3人のネオナチが移民出身の9人と警察官1人を殺害した。攻撃の対象になったのは、移民出身者だったからだ。警察はトルコ系マフィアが実行したものと判定し、3人は捕まらないままに犯行を続けた。

 この映画の展開と現実が重なってくる。

 ある時、3人は銀行強盗を決行する。警察が彼らを逮捕する前に2人は自殺し、生存者は1人(女性)だけである。ミュンヘンで行われている裁判は、4月時点でまだ最終判断が下っていない

 犠牲者の遺族や友人たちからすれば、「正義が行われてない」状況と言えそうだ。

 先のザ・ローカルのルイケン氏の記事によれば、「当初の殺害からすでに17年が過ぎているが、犠牲者の遺族や関係者が私的制裁を加える行動を起こそうとしたことはない。ナチスに対するシンパが一部で存在していたとされる警察に対して復讐しようとした気配はない」という。

 国家が何もやってくれないから、自分の手で・・・という考え方はNSUの同類になることを意味するのではないか、と同氏は警告している。

 自分なら、どうするか。

 映画館で、クルーガー扮するカティヤのドラマを是非ご覧いただきたい。

***

ご参考

*クルーガーについて

映画・COM

「女は二度決断する」でカンヌ戴冠!ダイアン・クルーガー、極限演技を生んだ“出会い”とは

*ドイツとナチズム

独断時評 ナチス絶対悪の社会

*ドイツの難民問題

ドイツを悩ます難民積極受け入れのジレンマ

欧州では「反移民の風」が強まっている

「毎日、残してきた自宅の夢を見る」ドイツで暮らすシリア人難民ジャーナリストの思い


# by polimediauk | 2018-04-29 19:18 | 欧州のメディア

 ドイツ・ナチスの総裁アドルフ・ヒトラー(1889~1945年)が亡くなってから、今月末でちょうど73年となる。

 第2次世界大戦(1939~1945年)はヒトラー率いるドイツ、イタリア、日本などによる枢軸国側と米英ソを主とする連合国側との世界的な戦いだった。

 1940年、英政府は「特殊部隊作戦執行部」(Special Operative Executive=SOE)を設置する。ドイツの占領下にある欧州全体で偵察、妨害、調査を行うためだ。終戦から数か月後の1946年1月まで、約1万3000人が連合国側勝利のために隠密活動に従事した。このうち、3200人が女性である。(「チャーチルのお気に入り」と言われた女性スパイの活躍については、こちらの記事をご覧いただきたい。チャーチルお気に入り有能女性スパイの正体 )

 1944年、SOEはヒトラーを暗殺する「フォックスレー作戦」の実行を計画した。

 作戦の実行場所は、ドイツ南東部バイエルン州ベルヒテスガーデンの近郊にあったヒトラーの別荘「ベルクホーフ」か、移動の列車内を想定した。それまでにも暗殺計画は複数あったが、今回はスナイパー(狙撃手)による攻撃で、最も成功率が高いと考えられた。

 連合軍によるノルマンディ上陸作戦(1944年6月6日)が、ある貴重な情報をSOEにもたらす。

 拘束されたドイツ人の1人が、ベルクホーフ邸でヒトラーの警備を担当していた人物だった。この人物によると、毎朝、ヒトラーは20分ほどを散歩の時間にあてるという。この時、誰も警備員はつかない。また、ヒトラーが別荘に滞在中はナチスの旗が掲げられ、その模様を近郊の村のカフェから目にすることができることが分かった。

 ロンドン南西部キューにある、英国の国立公文書館。ここには、フォックスレー作戦の計画文書や列車の内部を示す図が保管されている。

 これによると、まずヒトラーが散歩中に攻撃することを主眼とし、ドイツ語ができるポーランド人と英国人のスナイパーをオーストリア国内にパラシュートで落下させる。別荘から約20キロ離れたオーストリアの都市ザルツバーグに住む現地協力者が2人をかくまう。この協力者が工作員2人をベルヒテスガーデンまで車で運ぶ。ドイツ軍の山岳兵の扮装をした2人はヒトラーを狙撃する位置に付き、狙いを定める。

 列車を狙う計画はどうか。

 ヒトラーが山荘に向かう時に乗り込む列車は、ザルツバーグ駅で補修などのために一時停車することがあった。そこで、列車の清掃人の1人に、作業が終わる前に食堂車に置かれた貯水タンクに何らかの毒(物質「I」)を入れてもらう、あるいは前の晩にこれを入れておくなどの案が考慮された。この物質は無色無臭だ。

 ヒトラーは無類の紅茶好きだった。カップに最初に牛乳を入れてから紅茶を注ぐのが常で、物質Iはこの状態ではその存在が露呈しない。しかし、紅茶だけだと乳白色に濁ってしまう。ヒトラーはコーヒーも愛飲したが、コーヒーであれば牛乳を入れても入れなくても外見上は変化がない。ヒトラーの飲み物に物質をどう入れるかで作戦立案者は考えを巡らせた。

 フォックスレー作戦は1944年7月中旬に実行されることが計画されていた。しかし、実行されないままに終わってしまう。

 その理由は、ヒトラーのナチス内での威信にほころびが見えかかっており、ヒトラー個人を殺害してもナチス内の別の有力者が実権を握り、ヒトラーよりも優れた戦略を実行する可能性があったからだ。また、ヒトラーが殺害され、ナチスの殉教者と見なされるようになった場合、「ヒトラーさえ生きていれば勝てたのに」という感情が生まれることも予想された。ヒトラーの殺害でナチスの進撃を止めることはできても、政治運動を根こそぎにすることはできないだろう。では、一体どうするのか。

 英政府内で意見がまとまらない中、ヒトラーは44年7月14日山荘を後にし、2度と戻ることはなかった。

 ヒトラーが夫人のエバ・ブラウンとベルリンの総統地下壕の個室でピストル自殺をしたのは、翌1945年4月30日であった。

「フォックスレー作戦」文書(英国国立公文書館)

「フォックスレー作戦」関連教材(英国国立公文書館のウェブサイト)

***

 

 第2次大戦は1945年、連合国側の勝利に終わったが、その直後からソ連対米国と西欧諸国による東西の冷戦が始まってゆく。

 英公文書館には冷戦に関わる文書、スパイの暗躍・告白を綴るファイルが数多く収蔵されている。原本を見たい人はウェブサイトで検索して文書番号を探し出し、閲覧申請を出しておくと、来館した時に見ることが出来るようになっている。一部の書類(1912年に処女航海で沈没したタイタニック号のファイル、17世紀に活躍した英国の劇作家シェイクスピアの遺言書など)はデジタル化されており(一部有料)、公文書館に行かなくても確認ができる。

 公文書館に残された様々な歴史文書にまつわるエピソードを「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)にまとめている。どこかでお手に取ってみてくださると幸いである。


# by polimediauk | 2018-04-25 22:22

(訃報を伝えるBBCニュースのウェブサイト)

 (「英国ニュースダイジェスト」の筆者による連載コラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。通常は「だ・である」調で書いていますが、このコラムでは「です・ます」調で書いています。)

 ジル・セイワードさんという名前を聞いたことがありますか。

 2002年に英国にやって来た筆者は、恥ずかしながらこれまで彼女のことを知りませんでした。

 昨年1月上旬、セイワードさんが心臓発作で亡くなったという訃報(享年51)を目にして、初めて分かりました。

 セイワードさんはレイプの犠牲者として、英国で初めて実名を明かした女性です。その後は性的暴力を防ぐための活動を続けました。遺族はジャーナリストの夫と3人の息子です。

事件が発生したのは、1986年

 1986年、ロンドン西部イーリングにある牧師館に覆面をした武装集団が押し入りました。セイワードさんの父親はこの牧師館の牧師でした。

 男たちは館内にいた父親とセイワードさんの当時のボーイフレンドに現金や宝石類を出すよう要求し、クリケットのバットで死の寸前まで叩きのめします。2人を縛り上げて動けなくした後、男たちは当時21歳のセイワードさんを2階に引きずり上げ、数度にわたってレイプしました。

 事件後、大衆紙「サン」が牧師館に向かうセイワードさんの全身の写真を掲載します。目の周辺にあざが見え、レイプの犠牲者であることが広く知られてしまいました。これは「セカンド・レイプ」と言ってもよいほどの、つらい体験でした。

 犯人の男性3人の裁判が始まったのは事件発生から11カ月後です。レイプ行為に加わらなかった主犯格の男には強盗罪で14年の刑が下りました。行為を行った2人の男のうちの一人はレイプ罪で5年、強盗罪で5年の刑となり、もう一人には性的暴行で3年、強盗では5年の刑が決定されました。レイプよりも強盗の方が重い刑となったのです。

 量刑の判断に際し、裁判官はセイワードさんのトラウマは「それほど大きくはない」と述べました。この心無い言葉に、セイワードさんは大きく傷つきます。裁判官は後年、セイワードさんに謝罪しました。

 事件後、3度の自殺未遂を行い、トラウマによるストレスに苦しんだセイワードさんですが、当時の裁判官はこうした状態を理解することができなかったのです。

 レイプ事件の犠牲者の身元を特定する報道やレイプよりも強盗の刑が重いことに、大きな批判の声が上がります。セイワードさんは地元の国会議員に犠牲者の個人情報が守られるよう、法改正を求めました。ほかの議員の支援や世論の後押しもあって、1988年、犠牲者の匿名性が完全に守られるよう法改正が行われ、メディアは犠牲者の身元を特定するような情報の報道を禁止されました。

何故、実名を出すことにしたのか

 1990年、セイワードさんは事件について語った本「レイプ、私のストーリー」を共同執筆、出版しますが、このときから実名を出す決意をしました。レイプの犠牲者に対する人々の意識を変えたい、支援を手厚くしたいというのがその理由です。テレビやラジオ、イベントなどで自分の体験を話すようになり、性的暴力を防ぐための慈善団体を立ち上げる、警察に犠牲者の扱い方について研修を行うなどの活動を積極的に行いました。

 1998年には、レイプには加わらなかったものの、牧師館を襲った男性たちの一人と対面する機会がありました。セイワードさんは「謝る必要はありませんよ」と言ったそうです。

 活動の成果が実り、レイプ犯罪の扱われた方が変わってゆきます。例えば、夫婦間でのレイプが刑事犯罪となり、オーラル及びアナル・セックスもレイプと見なされるようになりました。2013年、イングランド・ウェールズ地方での性犯罪実行者への量刑の決定には犠牲者への影響をより重要視するように改正されました。

 警察の調べによると、イングランド・ウェールズ地方で成人がレイプされた件数は2015~16年で2万3851件。4年前の約2倍です。犠牲者のほとんどが女性でした。BBCの人気司会者ジミー・サビル(故人)の性犯罪が明るみに出たことで、警察に報告する人が増えたので件数が増加したと見られています。犯罪統計の専門家たちは、実際の数は約6倍に上るのではないかと言います。

 レイプ事件は実行犯が有罪に至る比率が低い(15~16年では全体の7.5%)犯罪として知られています。高級紙ガーディアンの記事(2016年10月13日付)によると、犠牲者が外見上の傷を負わなかった、あるいは行為に抵抗しなかった場合、レイプではなかったと誤解されがちだそうです。犠牲者が麻薬やアルコールを摂取していた場合も不利に働くそうです。

 日本に目をやりますと、フリージャーナリストの伊藤詩織さんが2015年に発生した性的暴行事件で、記者会見を開いたのは昨年5月末でした。まだ1年も経っていないのに、随分と状況が変わったように感じられます。米ハリウッドの映画プロデューサーによるセクハラ・性犯罪疑惑を受けて、「Me Too」が運動が広がったことも記憶に新しいですね。伊藤さんは、10月に「準強姦」被疑事件について書いた本「Black Box」を出版しています。

 伊藤さんは、先月、米ニューヨークの国連本部で記者会見し、「日本ではまだ性暴力被害者が声をあげにくい状況にある」として、「Me Too」より、多くの人が助け合いながら性暴力被害をなくす取り組み『We Too(私たちも)』運動を盛り上げていきたい」と述べたそうです(「しんぶん赤旗」)。

 セイワードさんがもし生きていたら、伊藤さんに大きなエールを送ったことでしょう。

 

 


# by polimediauk | 2018-04-22 23:14 | 英国事情

(「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 「オックスファム」といえば、英国では大変なじみがある非営利組織・慈善(チャリティー)団体の一つです。街角のあちこちにはオックスファムが運営するチャリティー・ショップがありますし、貧困撲滅を掲げて世界各国で人道支援活動に取り組んでいることもよく知られています。

 そんなオックスファムは今年2月、スキャンダルに大揺れとなりました。ほかの慈善団体も批判の的になりました。

 でも、慈善団体の意義が減じたわけではありません。英国で慈善団体が立ちあがっていった経緯を振り返りましょう。

スキャンダル、発覚

 2月9日、オックスファムの職員の一部が、2010年に大地震に見舞われたハイチで地元女性らを買春していたと英「タイムズ」紙が暴露報道しました。オックスファムによる内部調査報告書(2011年)によると、性的搾取、ポルノ画像のダウンロード、いじめ、威嚇行為があったとして4人が解雇され、3人が辞職。このとき、オックスファムは英国の慈善組織の活動を監督する「チャリティー委員会」に詳細を報告していませんでした。

 タイムズ紙側はオックスファムが事実を「隠ぺいしていた」と主張しました。オックスファムの親善大使として活動をしていた著名人らがその役割を次々と返上していきます。同団体への寄付金登録も7000件以上キャンセルされました。チャリティー委員会も調査を開始しました。

 オックスファムは政府から年間3170万ポンド(約48億円)の資金援助を受け、世界各国で人道支援活動を行っていますが、ペニー・モーダント国際開発相は場合によってはこの援助を打ち切る可能性も示しました。

 また、ほかの慈善組織「セーブ・ザ・チルドレン」や、パリに本拠を置く「国境なき医師団」も過去に性的不正行為で職員を解任していたことを公表するようになり、慈善活動やその組織自体に疑惑の目が向けられました。

チャリティーの元々は?

 「チャリティー(Charity)」は「慈善・博愛・慈愛」などという訳語が当てられますが、慈善行為自体も意味します。

 英国(ここでは主としてイングランド地方)では、17世紀まではキリスト教の教区内の互助制度が貧困者を支援。支援の原資は教会、救貧院、富裕層からの寄付金などが賄いました。最古の救貧院は10世紀に英北部ヨークに建設されたそうです。

 17世紀後半から18世紀、「啓蒙の時代」と呼ばれるころには、上流階級が貧困層を助ける社会奉仕活動が次第に発展していきます。そんな活動家の1人、トーマス・コーラムがロンドンの孤児のために1739年に設立したのが「ファウンドリング・ホスピタル」という施設でした。「ホスピタル」はここでは「慈善施設」のことです。

 19世紀に入って続々と慈善組織が設置されていく中、恵まれない層を支援する社会貢献活動が中流階級の中で1つの流行となっていきます。1853年、慈善組織の監督、支援、助言を行う機関としてチャリティー委員会が設置されました。

 20世紀に入って、貧困をなくすための抜本的な改革をしなければと思ったジョーゼフ・ラウントリーは、労働者たちに節酒を勧め、また、低所得者層の住宅問題を解決することまで考えながら、慈善組織を次々と発足させました。しかし、貧困からくる諸問題の解決には至りませんでした。その後、第2次世界大戦後の労働党政権下で、医療費の無料化、雇用保険、救貧制度、公営住宅の建設など「福祉国家」への歩みが始まります。(ラウントリー協会 )

ラウントリー協会のウェブサイト
ラウントリー協会のウェブサイト

 

 民間の慈善組織の立ち上げには、信念を持つ個人が存在していました。

 先のラウントリーはもともとチョコレート会社の経営者でしたが、資産の半分を使って恵まれない人の支援に乗り出します。また、児童の権利保護のために活動する、セーブ・ザ・チルドレンを築いたのは社会改革家のエグランティン・ジェップでした。第1次大戦後、飢餓状態にある子供たちを救うため、ジェップは妹と一緒に活動を始めました。

 チャリティー組織には逆風が吹きましたが、困窮状態にいる人を支援する活動とその意義を忘れないようにしたいものですね。

オックスファム(Oxfam)とは

 英国内で4番目に大きな慈善組織です。1942年、イングランド東部オックスフォードで、クエーカー教徒や教育者たちのグループがナチス政権下にあるギリシャの国民を支援するため「オックスフォード飢餓救済委員会」として設置しました。1965年にオックスファムという名称になりました。現在、約1万人が90カ国で活動し、昨年の収入は約4億9000万ポンドに上りました。


# by polimediauk | 2018-04-20 22:58 | 英国事情

「=」(平等)と入ったTシャツを着るモンタギューさん(サンデー・タイムズ1面)

モンタギューさんの怒り

 「自分の名前だけが入っていない・・・」。

 昨年7月、BBCは年間15万ポンド(約2260万円)以上の報酬を払っている職員や出演者の名前と金額を公表したが、この時、衝撃を受けた一人が、BBCラジオの著名ニュース解説番組「トゥデー」で長年司会役を務めてきたセイラ・モンタギューさんだった。

 「トゥデー」には数人の司会者がいるが、自分の名前だけが公表されたリストの中に入っていなかった。「他の司会者より給与が低いかなとは思っていたが、これほど差があるとは思っていなかった」(サンデー・タイムズ、4月8日付の寄稿記事)。

 当時、モンタギューさんの給与は13万3000ポンド。これ自体が大きな額であることをモンタギューさんは自覚しているものの、自分と同じ仕事をするジョン・ハンフリーズ氏は約60万ポンド。他の司会者も20万ポンド近くを得ていた。

 「どれぐらい貰うかは個人に関わる問題になる。その人が日中やっていることの評価になるし、雇用主があなたをどう見ているかも金額で分かる」。だからこそ、自分の給与が同じ仕事をしている人よりもかなり低かったことがつらかった。それだけ自分が低く評価されていることを意味するからだ。

 かつては、他の人よりも低いかもしれない給与で司会をしていることに自分なりの誇りを持っていた。しかし、いざリストが発表されてみると、「自分はバカだったことに気づいた」。高い給与を得ている人の贅沢な生活を助けているだけだったことに気づいたからだ。

 また、20年以上前にBBCで働き出した時、BBCの会社員という形をとらず、自分で会社を作りそこから出向している形を取るほうがよいとBBCから言われ、そうしたモンタギューさん。今になって、もし退職すればBBCの会社員として年金や恩恵を受けられないことを改めて実感した。

 モンタギューさんは「トゥデー」を辞め、午後のニュース解説番組「ワールド・アット・ワン」に移動した。「ワールド・アット・ワン」は老舗のニュース解説番組だが、同種の番組の中では「トゥデー」の方が知名度が高い。しかし、もはや「トゥデー」でやっていく気力はなくなっていた。

 モンタギューさんは、その怒りと失望をサンデー・タイムズ紙に寄稿した。モンタギューさんの怒りは今年年頭、BBCの中国編集長という職務を辞任した女性ジャーナリスト、キャリー・グレイシーさんを思い起こさせる。

 

グレイシーさんの戦い

1月末、下院で賃金格差問題を語るグレイシーさん。BBCのニュースサイトより
1月末、下院で賃金格差問題を語るグレイシーさん。BBCのニュースサイトより

 昨年7月のBBCによる高額報酬者のリストを見て、グレイシーさんも怒りと悲しみに襲われた。

 リストに名前が挙げられた96人のうち3分の2は男性で、男性のトップ(200万~約225万ポンド)と女性のトップ(45万~約50万ポンド)の間には大きな開きがあった。英国では平等賃金法(1970年)や平等法(2010年)の下、雇用者は同等の仕事をする男女に同等の賃金を支払う義務があるのだがー。

 1月上旬、グレイシーさんは自身のブログに「BBCの視聴者へ」と題された公開書簡を投稿し、男女の賃金差に抗議するために中国編集長を辞任したと宣言した。辞任直前の給与は13万5000ポンドだったが、少し前までは約9万ポンドで、男性2人の国際編集長はグレイシーさんの2倍以上の給与だった。ちなみに、国際編集長は4人いて、残りの一人(欧州編集長)は女性。この女性もリストに名前が挙がらなかった。

 グレイシーさんはBBCに男女同等の給与の支払いを求めて交渉を開始したが、埒が明かず、編集長職の辞任を選択するに至った。今はロンドンで内勤の職員として働いている。

 1月31日、下院の委員会で賃金格差についての公聴会が開かれた。証言者として登場したグレイシーさんは、自分の給与が同職の男性陣と比べてはるかに低い理由を「あなたは開発途中だから」と言われたことを暴露した。

 30年余以上BBCに務め、中国における報道の統括役として赴任したグレイシーさんを「開発途中」とするのは「侮辱だ」。

 男女の賃金格差の現状を認め、これを是正することをBBCに求めたグレイシーさんは「BBCの役割は真実を伝えること」と述べ、「自分たち自身について真実を語れないなら、どうやってBBCは信頼してもらえるのか」と問いかけた。

英企業・組織が男女の賃金格差の状況を報告

 英国では、今月から、250人以上の従業員を持つ企業・公的組織は男女の賃金格差の現状を政府に報告するよう義務付けられた。

 その結果は政府のウェブサイトで公開されている。

 報告が義務付けられた項目は(1)男女の平均賃金の差、(2)男女の賃金中央値の差、(3)男女の平均ボーナス額の差、(4)男女のボーナス中央値の差、(5)ボーナスを受け取る従業員の中の男性の割合、(6)ボーナスを受け取る従業員の中の女性の割合など。


 国家統計局(ONS)によれば、男女の賃金格差は昨年時点で18・4%(男性が女性よりも18・4%高い賃金を得る)であった。1997年には27・5%であったので、その差はだいぶ縮まっている。

 BBCの調査によると、これまでに数字を提出した約1万社・組織の中で、78%が男性の従業員により高い賃金を払っていたという(時給中央値の比較)。

 また、高給を受け取る従業員では男性の比率が女性より高かった。これは女性がパートタイムで働くことが多く、経営の上層部にいる人の数が男性よりは少ないことも関係していそうだ。

 サンデー・タイムズ紙(8日付)が業種別に分析したところ、男女の賃金で格差が最もあったのは金融サービス業(26・2%)、これに続いたのが建設業(21・8%)、弁護士業界(20・7%)、スポーツ・娯楽業界(19・1%)。

 投資銀行ゴールドマンサックスでは、男女のボーナス額に72・2%の格差があった(男性がより大きな額を得ている)。

 BBCの調査によると、社内の男女の賃金格差は9~10%で、国内平均の18%よりはかなり低い。しかし、モンタギューさん、グレイシーさんの怒りや彼女たちに連帯を示すBBC女性陣の声が大きくなる中、平均よりも低かっただけでは済まされない状況にBBC経営陣は追い込まれている。

 ちなみに、経済協力開発機構(OECD)による主要23カ国の男女の賃金格差調査(2015年時点)の中で、最大の差がみられたのは韓国(約37%)、2番目が日本(約26%)となっている。

賃金格差を埋めるには

 男女の賃金格差を埋めるには、どうしたらいいのだろうか。

 BBCニュースの記事(4月5日付)を参考にしてみると、

 (1)より良い子供のケア体制を築く

  子供を持つ女性が安心して働けるよう、現在よりも良い児童のケア体制を構築する。

 (2)より良い人材募集体制

  企業が求人をする際に、勤務時間はフレキシブルにできるなどを明記するようにする。仕事中心の男性だけを求めている印象を与えないようにする。

 (3)給与の透明性をはかる

  給与体系を公表する、透明度を高める。女性従業員の中には自分が男性従業員よりも低い給与であることを知らない場合もある。

 (4)育児休暇を拡充する。

 (5)目標を作る。

  xx年までに差を縮小する、経営陣に女性を入れるなどの目標を立てる。

 (6)女性従業員の賃金を上げる。

 (7)女性が働き続け、幹部を目指すことも視野に入れるように研修を行う。

 (8)文化を変える。

   経営幹部が率先して、女性の雇用を支援する雰囲気を作る。

 (9)スポーツを振興する。

 

  スポーツは少年がするもの・・・と考えがちだが、女性も参加するよう奨励する。スポーツを通じて、自尊心を高められるようにする。


# by polimediauk | 2018-04-18 19:47

(「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 王位継承順位第5位に当たる「ハリー王子」ことヘンリー王子(33歳)と米国の女優メーガン・マークルさん(36歳)の結婚(5月)が迫ってきました。

 メーガンさんが米国籍であること、母親がアフリカ系米国人であることから、王室に「外国人」のかつ「初めて有色人種の血」が入ることを一時、右派系メディアは問題視していましたが、昨年末の婚約会見で2人の幸せそうな姿が報道され、英国全体に「祝結婚」ムードが広がっています。

 「時代が変わった」と感想を漏らす人もいました。「離婚歴のある米国人女性」という点でメーガンさんと共通点を持つウォリス夫人は、1930年代に当時皇太子だったエドワード8世と恋に落ちました。国民も政治家も結婚には否定的な見方をし、1936年、国王は王の座を放棄しました。

外国人を受け入れてきた王室

 英王室の長い歴史を紐解くと、結婚相手が外国人であることは実は日常茶飯事でした。国王自身が「外国人」であったことが何度も発生しました。ブリテン島にイングランド王国が出来上がるのは10世紀ごろ。その後は欧州大陸からデーン人やノルマン人がやって来て、地元アングロ・サクソン人を支配していきます。12世紀のプランタジネット朝を始めたのはフランスの貴族アンジュー伯アンリ(ヘンリー2世として即位)でした。

 少し時代を進めて、18~19世紀のハノーバー朝を見てみましょう。

 前王朝のスチュアート朝は、直系の世継ぎを作ることができないまま終わってしまいました。そこでスチュアート朝の血筋を引く、ドイツ北部の領邦君主であるハノーバー選帝侯ゲオルクが君主として迎え入れられます。彼はジョージ1世となりますが、ほとんど英語は理解できませんでした。ハノーバー朝初期の国王はイングランドの政治に関心が薄く、英国よりもドイツのハノーバーにいることを好んだようですが、これを機に国王が不在でも政治が回るように議会制内閣が発展したと言われています。そしてジョージ3世の時代(1760~1820年)になってようやく英国の文化や慣習を理解する国王になったとされています。

 18歳で即位したビクトリア女王(在位1837~1901年)はジョージ3世の孫です。現在のエリザベス女王はビクトリア女王の孫の孫であり、英王室はハノーバー朝時代からドイツ系が続いています。ドイツとの繋がりが負の要素になったのは第一次大戦でした。1917年、ジョージ5世は敵国ドイツの領邦名であったザクセン=コーブルク=ゴータをウィンザー家に変えざるを得なくなりました。

 外国から国王を招き入れるにとどまらず、英歴代の女王たちを堅固に支える伴侶役を射止めたのも外国人でした。ビクトリア女王の結婚相手は、母ケント公妃の兄、独ザクセン=コーブルク=ゴータ公エルンスト1世の次男アルバート。アルバート公は42歳で病死してしまいますが、王室改革に取り組んで無駄を減少させ、科学と教育の可能性を信じ、ロンドン万博(1851年)の成功に大きな貢献をしました。科学博物館、ビクトリア & アルバート博物館などは万博で得た収益で設立されました。

 また、エリザベス女王の夫は、ギリシャ王子の血を引くエディンバラ公フィリップ殿下です。生後間もなく同国でクーデターが発生し、フランスや英国で暮らしました。1947年に英国に帰化後、英国王ジョージ6世の長女エリザベス(現エリザベス女王)と結婚。65年以上にもわたり国を治めているエリザベス女王ですが、昨年、結婚70周年を迎えたフィリップ殿下がいつもそばにいたことで、様々な苦労が軽減された面もあるのではないでしょうか。

 ところで前出のエドワード8世ですが、ウォリス夫人と結婚後はウィンザー公となり、生涯を英国外で暮らしました。エリザベス女王は途中で王座を投げ出した伯父を一家の恥として受け止めたとされています。とは言え、時代は確かに変わりました。英王室全体がハリー王子のメーガンさんとの婚約と結婚を祝福してくれているのですから。できれば、離婚をせずに最後まで添い遂げてほしいと筆者は願っています。

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 エドワード8世がウォリス夫人と結婚をするためには、王位を放棄するしかありませんでした。英国で初めて作成された「退位証書」にまつわるエピソードなどを入れた新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)をどこかでお手に取って下されば、幸いです。


# by polimediauk | 2018-04-16 17:20 | 英国事情

 

英プレスガゼットはフェイスブックとグーグルの「2強」拡大を止める運動を行っている


(日本新聞協会発行の「NSK経営リポート」35号に掲載された、筆者記事に補足しました。)

懐疑のまなざし

 グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル(頭文字を取って「GAFA」と呼ばれる)など、インターネット業界を席巻する米IT企業大手の振る舞いに、英国を含む欧州諸国は懐疑のまなざしを向けてきた。日本と比べてみた時、このまなざしがあるかないかの違いがあるように思う。

 何故「懐疑」なのか?

 その背景には、一握りの私企業がインターネットがなければ回らなくなった社会の中で独占的な位置を持つことへの危機感、収益に見合う税金を払っていないのではないかという疑念、いずれの企業も利用者の個人情報を利用することでビジネスを拡大させていることへの不安感などがある。欧州であまりにも成功したがために、その巨大さが目立ち、漠とした恐怖感も底流にあると見ていいだろう。

 英ニュース週刊誌「エコノミスト」は1月18日号で「デジタル時代の競争――いかにテック業界の巨人を手なずけるか」と題する特集記事を掲載した。

 エコノミストは、こうした企業を「悪い=BAAD」だという。「巨大で(Big)、競争を妨げ(anti-competitive)、 ネット中毒を助長し(addictive)、民主主義を破壊(destructive to democracy)」するからだ。 規模が大きいからといって背後に必ずしも悪意があることを意味しないと続くのだが、それでも懸念するべき状態にあると指摘する。

 GAFAと英政界、規制業界、伝統メディアとのぶつかり合いのこれまでを見てみたい。

法人税逃れの疑惑をめぐる衝突

 英国とGAFAとの争いには伏線があった。 やり玉にあがったのは米スターバックス。2012年、同英国法人の売上は直近の3年間で12億ポンド(約1800億円)あったが、法人税納付額はゼロだった。この件でスターバックスの不買運動が起き、続いてメディアはGAFAなどが租税回避する事実を続々と暴露した。

 こうした状況を背景に、15年、英国は「グーグル税」を導入。多国籍企業による租税回避に対し、通常の法人税率(20%)より高い25%を課した。20か国・地域(G20)や経済協力開発機構(OECD)の場で税逃れを防ぐ国際課税の新たなルール作りが進む中、GAFAなどは英国での税金支払いの仕組みを変えるようになった 。これによりフェイスブックの英国法人の法人税支払額は14年の4327ポンド(約65万円)から、2年後の16年には510万ポンド(7億6200万円)と急増した。

 ソーシャルメディアを通じてニュースに接する人が増え、その影響力に懸念が出る中、16年米大統領選ではいわゆる「フェイクニュース」が大きな役割を果たしたと言われた。

 そこで、17年1月、下院の文化・メディア・スポーツ委員会(同年7月に改組し、現在はデジタル・文化・メディア・スポーツ委員会=DCMSC)が、フェイクニュースとその影響についての調査を開始した。現在もその作業が続いている。

 昨年10月、DCMSCが開いた公聴会で何度か取り上げられたのが、「フェイスブックやグーグルなどをどう法的に定義するか」であった。こうしたネット企業はこれまで、自分たちでは情報の中身を作らず、これを運ぶ「プラットフォーム」として機能するが、情報を作成しその中身に責任を持つ「出版社(パブリシャー)」ではないと主張してきた。

 しかし、ブラッドリー文化相(当時)は違法なコンテンツや過激主義を扇動するようなコンテンツがネット上のサービスを通じて拡散されるようになったことを問題視し、「ネットを規制するために新たな法整備が必要だ」という考えを示した。放送・通信業界の規制・監督組織「オフコム」のホッジソン代表も「個人的な意見」として、フェイスブック、グーグルなどを「出版業として規定するべきだ」と述べた。現時点では法制化は実現していない。

 DCMSCはネット企業に対し、16年6月の欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票と17年6月の英下院選で、16年秋の米大統領選で発生したようなロシア側によるソーシャルメディアを通じての介入があったかどうかを調べ、報告するように指示した。しかし、報告された件数などがごく少数で影響は限定的であったため、コリンズDCMSC委員長は昨年末、詳細な報告が出ない場合「制裁を科す」と脅しをかけた。

 フェイスブック側は1月18日、「調査の幅を広げる」ことを約束する書簡を委員会に送った。2月8日、DCMSCは米ワシントンでグーグル、ユーチューブ、ツイッター、CNN、ニューヨーク・タイムズの代表者からフェイクニュースについての聞き取り調査を行った 。

 英国の伝統メディアにとって、グーグルやフェイスブック、ツイッターは情報を広めるための重要な役割を担っており、なくてはならない存在だが、同時に「敵」でもある。グーグルやフェイスブックが自社のニュースをどう扱うかで閲読率、ページビューなどに大きな影響があることに加え、両社のサービスを通じて自社のニュースを閲読する傾向が高いためにネット広告から得られる収入が激減してしまう からだ。

 新聞業界のニュースサイト「プレスガゼット」はグーグルとフェイスブックを「2人組(デュオポリー)」と呼び、「ジャーナリズムの破壊を停止し、ニュースの発行者にもっと代金を支払うべきだ」と両社に要求する取り組みを17年4月から開始している。同年末には仏ルモンドの紙面を使って、欧州委員会や欧州議会議員に対し公開書簡を発表。フランス、ドイツ、スペイン、スウェーデン、オーストリア、オランダ、ベルギーの各通信社の連名で、オンライン広告収入の70%を占める2社の「ニュース事業は成長著しい一方で、他のメディア企業のビジネスは崩壊している」と主張した。

グーグル、メディア支援を表明

 グーグルは「無断でニュース記事を使って収入を得ている」という欧州新聞界からの批判をかわす一策として、15年末にデジタル化を支援する「デジタル・ニュース・イニシアティブ(DNI)」を開始している。英メディアも支援対象に入っているが、伝統メディアからはグーグルだけでなく、ほかの米テック企業にも英国のジャーナリズムを助けるために一肌脱いでほしいという声が挙がる。

デジタル・ニュース・イニシアティブのサイトから
デジタル・ニュース・イニシアティブのサイトから

 ウィッティングデール元文化相は新聞編集幹部が集まったイベントで、苦境にある地方新聞界にグーグルやフェイスブックが手を貸すアイデアを打診したことを明かした(プレスガゼット、1月18日付)。BBCは地方紙業界と協力し、150人の新規雇用を提供する仕組みを開始している。この「地方ニュース・パートナーシップ」にはBBC の受信料が原資として活用される。

 ウィッティングデール氏はグーグルとフェイスブックにこの制度に何らかの形で 供参加しないかと呼びかけたが、「それほど良い反応はなかった」という。同氏は「これからも説得を続ける」と語った。両者にはメディア業界の支援者としての役割も求められるようになってきたのである。

 生活のあらゆる面で米テック企業の存在感が増す中で、ネット上に広がる悪しき情報、例えばフェイクニュース、児童を性愛対象にするコンテンツ、憎悪を育んだり、テロを扇動するようなコンテンツなどを一掃する役割も期待されている。子供たちがネットに夢中になり、「中毒」となる現象への対処も求められている。

 今年1月に スイス・ダボスで開かれていた世界経済フォーラムで、メイ首相はテロ、過激主義、児童虐待などコンテンツを「自動的に削除する」ため、テック企業が一層努力するよう呼びかけた。欧州内ではこれらの企業がネットの監視人になるべきだとの風潮は強まるばかりだ。グーグルはユーチューブ上のコンテンツの監視人員を1万人以上に増やすと述べ、フェイスブックは年内に倍増の約2万人にするという。

 その規模や影響力が拡大すればするほど、テック企業への要求も大きくなる。昨今、ネット上に横行する有害なコンテンツの締め出しなどの社会的役割をすべてこうした私企業に押し付けるような論調が続いているが、政府、伝統メディアあるいは市民側ができることはないのかと筆者は思う。

 前述のメイ首相による「過激主義、児童虐待などのコンテンツを自動的に削除すべきだ」という要求について、フェイクニュースに関する著作物を持つジャーナリスト、ジェームズ・ボール氏は「漠然とした表現で失望した」という(BBCニュース1月24日放送)。グーグルやフェイスブックに効果的な行動を期待するのであれば、「何が過激主義あるいは児童虐待とされるコンテンツになるのか、政府側で明確に定義するべきではないか」と主張している。

 今年3月中旬、データ解析を基に選挙のコンサルティングを行う英企業ケンブリッジ・アナリティカ社が、8700万人にも上るフェイスブック利用者から個人情報を不正に取得し、有権者の投票行動に影響を及ぼそうとしたとする疑惑が大々的に報じられた。

 ケンブリッジ社は非難の的になったが、そんな流用を許してしまったフェイスブックに対する視線も、ますます厳しいものになっている。

 


# by polimediauk | 2018-04-08 23:01 | ネット業界