小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」11月の筆者記事に補足しました。)

 10月6日、ブルガリア北部ルセの公園で女性の殺害遺体が発見された。地方テレビ局のジャーナリスト、ビクトリア・マリノバ氏(30歳)の最後の姿だった。同氏は欧州連合(EU)の補助金をめぐる不正疑惑について報道したばかりで、ブルガリア内外に波紋を広げた。

 報道と殺害との関連は現時点で判明していないが、汚職問題を追いかけていたジャーナリストが殺害されるのはEU加盟国では過去1年で彼女が3人目となった。

マリノバ氏が手がけていた疑惑とは

 ブルガリア(人口約710万人)は1989年に共産党独裁体制を終えんさせ、国民の生活レベルの向上と北大西洋条約機構(NATO)やEUへの加盟を念願の1つとしてきた。

 2004年にはNATO加盟、07年にはEU加盟を実現させるが、課題とされた組織犯罪・汚職の撲滅には手を焼いてきた。汚職をなくするための非政府組織「トランスペアレンシー・インターナショナル」はブルガリアを「EUの中で最も汚職度が高い国」と呼んだ。同組織が発表する最新の「腐敗認識指数」のランキングで、ブルガリアは180か国中72番目(日本は20番目)である。

 マリノバ氏はテレビ局「TVN」に所属し、殺害される1週間ほど前に「うそ発見器」と呼ばれる新番組で司会を担当。ルーマニアの調査報道組織「ライズ・プロジェクト」とブルガリアの同様の組織「ビボル」のジャーナリスト2人にインタビューした。2人はブルガリアの政財界によるEUの補助金の不正利用疑惑を調査していた。8月、疑惑に関連する人物を撮影しようとしてブルガリア警察に逮捕されたが、ルーマニア当局の介入で数時間の拘束後に解放された体験を持つ。

 10月6日朝、マリノバ氏はジョギングをするために公園に向かい、後に遺体となって発見された。死因は窒息と頭部打撲で、性的暴行を受けたあともあった。事件から数日後、21歳のブルガリア人の男性がドイツで逮捕された。検察幹部によると、容疑者は別の性的暴行殺人事件で警察に指名手配されており、マリノバ氏の殺害は「突発的な攻撃だった」としている。容疑者は「殺害しようとは思わなかった」、「性的暴行はしていない」と述べている(ガーディアン紙、10月12日付)。

スロバキアの事件

 ブルガリア同様に1989年に共産主義体制を終わらせたスロバキア(人口約544万人)は1993年にチェコと連邦制を解消した後、2004年にNATOとEUに加盟した。

 今年2月、27歳の調査報道ジャーナリスト、ヤン・クツィヤク氏はフィアンセとともに、首都ブラチスラバから約50キロ東方にあるベルカマカの自宅で射殺された。

 同氏は「アクチュアリティ」というウェブサイトで政府とマフィアによるEUの補助金をめぐる癒着を取材してきた。スロバキアでジャーナリストが殺害されるのは今回が初だという。

 クツィヤク氏の殺害事件を機に大規模な反政府デモが発生し、3月、フィツォ首相が辞任。ペレグリニ新政権が発足している。

 殺害はクツィヤク氏のジャーナリズムに関連していると見られ、これまでに4人が起訴された。7万ユーロ(約900万円)で殺害を引き受けたのは元警察官だった。誰が殺害を依頼したのかについては捜査が続いている。

「ダフネ・プロジェクト」

 昨年10月には、マルタ(人口約43万人、2004年EU加盟)のジャーナリスト、ダフネ・カルアナガリチア氏(53歳)が殺害された。

 同氏は自宅近くで乗用車に仕掛けられた爆弾が爆発し、死亡。前月、自分のブログに「命を脅かされている」と書いていた。カルアナガリチア氏はムスカット首相の妻や側近の汚職疑惑や、国際的な資産隠しを暴露した「パナマ文書」と国外の富裕層に向けたマルタの市民権や旅券の高額販売との関連を調べていた。

 事件発生から2か月後、警察は3人の男性を実行犯として逮捕したが、裁判では3人とも事件への関与を否定した。

 今年4月、米ニューヨーク・タイムズ、英ガーディアン、仏ルモンドなど18の報道機関で45人のジャーナリストが、カルアナガリチア氏の調査報道を続行し、暗殺事件の真相を究明するためのサイト「ダフネ・プロジェクト」を立ち上げている。

 ブルガリアのジャーナリストの殺害については報道内容とは関係なかったという説が今のところは強いものの、ジャーナリストが殺害される事件が相次ぎ、EU市民に衝撃を与えた。

 世界の状況を見ると、ジャーナリストの殺害は年間数人程度ではない。非政府組織「国境なき記者団」の調べによれば、昨年1年間で命を落としたジャーナリストは65人。紛争に巻き込まれて亡くなった人は26人で、殺し屋に暗殺された人は39人だった。非営利組織「ジャーナリスト保護委員会」の調べでは、昨年1年と今年秋までに殺害されたジャーナリスト(紛争時及び暗殺事件の合計)は90人に上った。

サウジのジャーナリスト殺害疑惑は「リトマス紙」

 最近、最も注目を集めたのはサウジアラビアの著名ジャーナリスト、ジャマール・ハーショグジー氏の殺害事件だろう(これまでの報道では「ジャマル・カショギ」という表記が多いが、最も原語に近いのはこちらの表記と言われている)。

 10月上旬、ハーショグジー氏が忽然と姿を消し、国際的な大問題に発展した。

 同氏はサウジ王室との関係が深い人物で、近年はムハンマド皇太子の政策を批判して反感を買い、米国に住むようになった。米ワシントンポスト紙のコラムニストとなり、反対意見に抑圧的な皇太子を批判的に書いた。サウジ側からすれば、「サウジアラビアのことを熟知し、耳に痛い記事を書く、危険なジャーナリスト」ともいえよう。

 10月2日、同氏は交際していたトルコ人女性と結婚するため、イスタンブールにあるサウジアラビア領事館を訪れた。女性は領事館まで同行し、館外でハーショグジー氏を待っていたが、同氏が出てくることはなかった。ハーショグジー氏がジャーナリストであったこと、著名な米新聞でコラムを持っていたことから英語圏では同氏が姿を消したことが大々的に報道された。トルコ当局は同氏が殺害されたと主張したが、サウジ側はこれを当初否定した。

 ハーショグジー氏の処遇に付随して広がってきたのが、反サウジアラビア感情である。真実がどうであれ、サウジの実権を握るムハンマド皇太子が「体制批判をしていたジャーナリストの殺害を指示した」となると、「言論の自由は保障されるべき」と考える欧米社会からすると「一線を越えた」展開となる。

 そこで、10月23日から25日までサウジアラビアで開催予定の会議「未来の投資イニシアティブ」でメディア・スポンサーとなっていた英フィナンシャル・タイムズ、米国のブルームバーグ、CNN,CNBCが参加を取りやめると発表した(ガーディアン、10月13日付)。スピーカーの一人として予定されていた英「エコノミスト」誌のザニー・ミントン・ベドーズ編集長は参加を取り下げた。

 英バージン・メディアの創業者リチャード・ブランソン氏は同社が計画する宇宙事業へのサウジアラビアからの10億ポンド(約1475億円)規模の投資についての話し合いを中止する動きに出た。ブランソン氏は声明文の中で、もしハーショグジー氏がその体制批判の報道ゆえにサウジ側に殺害されたという報道が真実であるならば、西欧側はサウジ政府とビジネスを行うことができなくなると述べた。ハーショグジー氏の殺害疑惑は、欧米社会の「良心」を示す一種のリトマス紙として認識されるようになった。

 トランプ米大統領はサウジ政府の関与が判明した場合「厳罰を科す」という考えを示しているが、米議会が求めるサウジへの武器輸出停止に関しては拒否すると記者団に述べた。国内の雇用への悪影響を考慮したと思われる。

 「改革派」として欧米で好意的に受け止められてきたムハンマド皇太子の政治姿勢に、大きな疑問符が付くようになった。10月14日、英独仏の外務大臣はサウジ政府に対し、ハーショグジー氏の処遇について十分な調査を行うよう求める声明文を発表した。

 ハーショグジー氏の失踪は報道の自由をめぐる事件というよりも、中東情勢を反映した政治事件という面が日増しに強くなっている。

 トルコとサウジアラビアの関係が悪化するのどうか、中東でのイランの影響力を抑えるためにサウジ寄りだった米国がその姿勢を変えるのか、また英国にとっては武器売却先として大顧客となっているサウジとの関係をどうするつもりなのか、目を離せない状況となっている。

 真相は明らかになるだろうか。

 ・・・以上が10月15日時点で書いた原稿だが、その後事態は急速に展開し、現在ではサウジ側もハーショグジー氏が殺害されたことは認めている。11月16日、米CIAは、皇太子の関与は間違いないという結論を出した

 焦点は皇太子が関与した(もっとはっきり言えば、直接殺害を指示した)という共通の認識の下で、国際社会が彼に何らかの責任を取ることを求めるかどうかだ。すでに、トランプ米大統領は皇太子の責任を追及しない姿勢を明らかにしている。

***

 筆者による関連記事もご参考に

 サウジ記者殺害事件 ムハンマド皇太子との「蜜月」から一斉に引いた欧米諸国に感じる違和感(BLOGOS, 10月26日掲載)

 サウジを厳しく追及できないイギリスの冷酷なお家事情(ニューズウィークジャパン、10月16日掲載)


# by polimediauk | 2018-12-11 15:46 | 欧州のメディア

 英国の公共(サービス)放送大手「BBC」。世界中で広くその名が知られている放送局だが、「国営放送」として紹介される事例をネット上でよく見かける。

 改めて国営放送とは何かというと、例えば「ブリタニカ国際大百科事典」の定義によれば、

 国家自身が管理運営する放送。国家予算や国庫交付金などを主たる財源とし,国家機関の一部局として,あるいは国家の強い管理下で放送事業を行い,営利を直接の目的としない。中国などの社会主義国のほか,開発途上国の放送機関の多くが国営放送である。

 では、公共放送とは何か?

 「百科事典マイペディア」の定義によれば、

 放送事業体が営利を目的とせず,聴視者からの聴視料などをおもな財源として,公共の福祉と発展を事業目的として行う放送を商業放送と対比していう。日本のNHK,英国のイギリス放送協会(BBC)などはその代表的なもの。

 英国の主要放送局はBBC,ITV、チャンネル4、チャンネル5、そして有料放送のトップ、スカイなどがあるが、いずれも国営ではない。

 細かく言えば、最初の4つの主要放送局はすべてが「公共サービス放送」(Public Service Broadcasting=PSB)というカテゴリーに入り、放送業を公共サービスの1つとしてとらえる伝統が続いている。

 ちなみに、BBC以外の放送局ITV,チャンネル4、チャンネル5はその運営を広告収入によってまかなっている。運営資金調達方法からいえば、この3局は「商業放送」と言ってよい。しかし、チェンネル4は政府が所有しており、通常の「公共放送か民放か」の2者択一では分類できない形になっている。

 公共放送と商業放送の違いについて、「世界大百科事典」を見てみると、 

 企業として利潤を得ることを目的とせず,もっぱら広く一般の人々の福祉のために行われる放送。放送事業体の類型の一つで,商業放送との対比で設定されるもの。主として,(1)事業目的 公共放送は一般の福祉向上,商業放送は利潤の獲得,(2)運営財源 公共放送は主として受信料,それに対して商業放送は広告収入,(3)番組編成基準 公共放送は全国民的ニーズ,これに対して商業放送は市場性,以上の3点で公共放送は商業放送との対比において特徴づけられる。

なぜ、区別が大事なのか

 筆者がこの原稿を書こうと思いたった1つの理由は、「国営放送のBBC」,「BBCは国営放送」という表現を日本語のネット空間でよく見かけるからだ。

 当初は、「BBCが国営放送ではないことを知ったうえで、ジョークや皮肉としてそう書いているのだろう」と思ったものだ。「まるで国営放送のように、政府寄りの報道をしている」など、一種の批判として書いているのだろう、と。

 しかし、この頃はジョークや皮肉、批判的表現ではなく、これを事実として認識している人が次第に増えているのではないか、と思うようになった。

 というのも、メディア関係者でさえ、「BBCは国営放送」という前提で話したり・書いたり、あるいはそのような前提での論考や批判を「うっかり(?)」と事実として受け止めている例をたまに見かけるようになったからだ。

 しかし、「BBCは国営放送」とするのは、事実誤認である。もちろん、「国営放送のようだ」と表現するのは大いにありだが。

 BBCを国営放送として認識してしまうと、その存在意義が全く無視されてしまうことになる。誰がその運営費を払い、何を重要視しているのかについて、全く違う理解をしてしまうことになる。

 国営放送では何をどのように放送するかを決めるのは時の政府になるし(政府を「国民の代表」と解釈することもできるが)、公共放送では(受信料を払う)みんな(=国民)が決める。いわゆる「お上」が決めるのか、社会を構成するみんなが決めるのか、という話である。そして、BBCは後者である。

BBCの成り立ち

 英国は、なぜ放送業を公共サービスの1つとしてとらえるようになったのだろうか?

 それは放送業の始まりに由来している。英国の放送業の開始は、BBCの誕生と同義語だ。

 拙著「英国メディア史」に書いた個所を参考にしながら、説明してみたい。

 19世紀後半。世界中の科学者が電波を利用した無線通信の実用の可能性を探っていた。

 1896年、イタリア人の発明家・無線研究家のグリエルモ・マルコーニも自己流の実験に没頭し、投資家を求めて英国に渡った。翌年、英郵政省向けの実演が評価されたマルコーニは無線電信機の英国での特許を取得する。

 マルコーニ無線会社を立ち上げ、1899年、英仏ドーバー海峡横断の無線通信に成功。1901年、大西洋横断の無線通信を成就させ、09年にはノーベル物理学賞を受賞するまでになった。

 第1次大戦(1914-18年)を経て、ロンドン郊外チェルムスフォードにあったマルコーニの通信施設では、実験的なラジオ放送が始まっていた。1920年、「新聞王」ノースクリフ卿が当時の著名なオペラ歌手ネリー・メルバによるラジオ・コンサートを実施させた。

 大好評となったメルバの歌声を聞き、「ワイヤレス」(無線、あるいは無線機。当時はラジオの代名詞)メーカーは大きな市場が生まれることを予感した。そこで郵政省に対し、放送局を設置するための申請書を送るようになった。政府は、周波数の混乱を防ぐため、メーカー側が一つの組織にまとまることを希望した。

 1922年、200以上の無線機メーカーがまとまって民間企業「BBC](British Broadcasting Company)が生まれた。

 BBCは、政府からラジオの販売と放送の事実上の独占権を与えられた。民間企業としてのBBCの収入の大部分はラジオの販売からの売り上げと聞き手が郵政省に払う「受信免許料」(ライセンス料)であった。

「公共」の概念が入るまで

 放送を公共サービスとしてとらえ、そのサービスを提供する組織も公的存在であるべきという考えは、アマチュアの無線愛好家たちや政府のレベルで次第に支持されるようになっていく。

 背景には、英国の政治家や知識人の間に広がっていた「資本主義は悪くないが、市場競争に任せてばかりでは富の配分はうまく行かない」とする考え方があった。郵便体制、漁業、水道、電気が公共体として運営されており、放送も射程に入った。

 政府高官らによる米国への視察も影響を及ぼした。世界に先駆けて放送業が発達した米国では、数千にも上る放送局が乱立していた。英政府は米国が「混とん状態にある」と判断し、中央からの規制体制を構築して、大小の無線機メーカーを統合させて1つの放送体を形成させる道を選んだのである。

 こうして、1927年1月、公共放送としてのBBCが生まれた。

国営化への抵抗

 公共組織に変わる直前の1926年5月、英国でゼネストが発生した。

 公共交通機関がほぼ停止し、新聞は休刊かページを大幅に縮小。唯一の最新ニュースを得られる媒体として、BBC(当時はラジオ)を誰もが聞きたがった。BBCの放送内容を書きとったものがあちこちに貼りだされ、電気店や新聞社など、人々はラジオがあるところに集まって放送を聞いた。

 政府は、ウィンストン・チャーチル財務相(のちに首相となる)に御用新聞「ブリティッシュ・ガゼット」を制作させている。

 チャーチルはBBCに対し、ガゼットの報道を読み上げるよう依頼したが、BBC側に断られた。国家の緊急時には政府はBBCを国の管理下に置くことができたが、今回どうするかについて内閣では意見が割れた。チャーチルはBBCの臨時の国営化を主張する一人だった。

 当時の経営陣のトップ、リース卿はボールドウィン首相との連絡を密にしながらも、ニュースの扱いが公平で、当事者の両方の主張を紹介するよう尽力した。

 BBCは「本当に何が起きているかを知らせてくれる」報道機関として、国民や政治家らから頼りにされて、国営化を免れた。

 現在も、公益を目的として報道する伝統が続いている。BBCばかりではなく、ほかの英国のPSB放送局にもこの精神が根付いている。

情報があふれる時代、公共放送の意義をホールBBC会長が力説

 11月14日と15日、スコットランド・エディンバラで、メディア会議「NewsXchange」(欧州放送連合=EBU=主催)が開催された。EBUは欧州を中心とした56か国の公共放送局が加盟する組織で、毎年、このタイトルでメディア会議を開いている。筆者は2005年頃から、この会議を何回か取材してきた。

 情報があふれるこの時代、公共放送の意義は何なのか?

 14日、BBCのトニー・ホール会長の基調講演を聞いてみた。

 印象深かったのが、「視聴者を中心に置く」という立ち位置だ。「視聴者に対して、責任を持つこと」。

 現在、「自分の意見に同意しなかったら、あなたは自分の敵だ」とみなす風潮が強い。しかし、公共(サービス)放送の役目は片方だけの意見を出すのではなく、「偏らないこと。BBCが理解するところの世界のありようをそのまま出すこと」。

 BBCの課題は「視聴者に仕える・役立つための最善の方法は何か」を考えることだという。

 「トップダウンで、視聴者に向かって放送コンテンツを流す、というのではなくて、視聴者とともにある放送局であるべき」、とホール会長は言う。

 視聴者が「自分たちで物事を決定する」ことを支援する存在としてのBBCである、と。

 そのためにBBCが具体的に手掛けるのは、「フェイクニュース(正しくは「ミスインフォメーション」と言い換えた)の撃退」、「説明する」、「リアリティ・チェックというコーナーで、何が事実なのかを明らかにする」、「専門性を持ったジャーナリズム」。

 何度も会長が繰り返したのが、BBCは「視聴者のために」存在していること。ジャーナリズムの役目は「人々に力をつけさせる(エンパワーする)こと」、「人々が自分たちで物事を決定することを可能にすること」。

 リップサービスだと思うだろうか?

 筆者はそうは思わなかった。この理想が十分に現実化しているかどうかの評価は別にしても、BBCの国内放送の主たる運営費は視聴家庭が払うライセンス料によるので、このような表現は当然であろうし、これが公共(サービス)放送とは何かの意味なのだと思う。

 

 


# by polimediauk | 2018-12-06 22:58 | 放送業界

(「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 来年3月末、英国は欧州連合(EU)から離脱する(=「ブレグジット」)ことになっていますが、英政府側とEU側が合意した離脱協定に対する英国内の不満が高く、不安感が増しています。11日にはこの協定を認めるか認めないか、下院で投票が行われますが、もし否決された場合、どうなるのか先が読めない状態です。

 そもそも、英国はEUにどのような過程を経て加盟したのでしょうか。ここでちょっと振り返ってみましょう。

 欧州統合の歩みは、第2次世界大戦後に始まりました。

 多大な犠牲者を出した欧州各国は今後、2度とあのような戦争を起こさないように互いの友好を深める必要に迫られました。フランスの政治家ジャン・モネとロベール・シューマン外相は経済協力によって欧州間の結合を深める構想を提唱します。

 こうして設立されたのが欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC、1951年)でした。フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクが加盟国です。その後、経済統合を目標とする欧州経済共同体(EEC、1958年)と欧州原子力共同体(EAEC、1958年)が発足。

 1961年、マクミラン首相の下、経済の活性化を望んだ英国はEECへの加盟申請を国会で可決しますが、1963年、フランスのド・ゴール大統領が英国の加盟に反対し、実現しませんでした。ド・ゴール大統領は英国が加盟すれば米国も入ってきて、共同体を支配するようになると懸念したのです。そうして1967年にも加盟申請を拒否されてしまいました。

 英国のEECへの加盟が実現したのは1973年です。デンマークとアイルランドも同時に加盟しました。ヒース首相は加盟によって英国に繁栄が訪れると喜んだようです。2年後の6月7日には、EECに加盟し続けるかどうかの国民投票が実施。3分の2が加盟維持に賛成しました。

サッチャー政権と懐疑派

 その後、欧州内で統合・拡大の気運が盛り上がる中、英国内にくすぶる欧州懐疑派も存在し続けました。これが顕著になったのがサッチャー政権(1979~90年)時です。

 1984年、サッチャー首相は英国への払戻金(リベート)制度を導入させます。拠出金の大きいわりに恩恵が小さいとして、一定の払戻金が英国に支払われるようにしたのです。

 1992年には投機筋のポンド買いを受けて、英国はサッチャー首相が不承不承加盟した「欧州為替相場メカニズム(ERM)」から脱退。

マーストリヒト条約へ 英国独立党が生まれることに

 1993年発効のマーストリヒト条約によりEECは欧州連合(EU)として発展しますが、デンマークの国民投票批准が否決され発効は延期されました。

 メージャー保守党政権は党内外の議員の反対に遭い、これを抑えて条約を批准したのは同年8月。発効はその3カ月後でした。昨年のEU離脱か残留かを巡る国民投票の実現に大きな貢献をした英国独立党(UKIP)の前身は、実はこの時期に発足しています

 こうして英国は、EUに加盟しながらも独立独歩の姿勢を貫いてきました。欧州単一通貨ユーロを導入せずにポンドを維持し、国境検査なしで往来できるシェンゲン協定にも参加していません。

 2004年、拡大路線のEUは旧東欧を中心とする10カ国の加盟を認めました。新加盟国ポーランド、ハンガリー、チェコなどからの移民が英国にやって来ました。

 EUは域内でのヒト・モノ・資本・サービスの自由な往来を原則としているために、加盟国は域内からの人の流入を制限できません。地域によっては旧東欧の移民で溢れたり、国民医療制度(NHS)の病院や学校が急増する患者や生徒の対応に追われる事態が発生。低所得層の一部は「仕事が奪われる」「福利厚生が手薄になる」などと危機感を覚えるようになりました。

 英国では欧州大陸は元々「外国」という感覚があります。強いポンドと過去の歴史を背景に独立心が旺盛な英国人にとって、統合の拡大化と深化に向けてまっしぐらのEUとその官僚機構は、不信感を覚えずにはいられない存在です。

意見がバラバラの英国

 2016年6月の国民投票では離脱派が僅差で勝利しました。離脱後、英国経済や人々の生活がどうなるのかはまだ分からない状況です。内閣内でさえ離脱の方向については意見が一致していないのです。

 民主的な方法で離脱と決めたのですから、何とか良い結果が得られるよう、政治家の奮闘を期待したいものですが、国内には様々な分断があって、なかなかうまく行きません。

 まず国民ですが、メイ首相が思い切った離脱を実施しようとすればするほど、残留派の国民から不安が生まれます。複数の世論調査を見ますと、以前に離脱派だった人が少し残留派になっているという結果は出ているものの、もう一度国民投票をやった場合に、「残留派が大きくリードする」ことはないと見られています。

 ▽混迷のブレグジット交渉「People's Vote」は実現するのか? - その目的、提案事項、投票体制とは

 与党保守党が離脱強硬派、離脱温和派、残留派に割れており、内閣も割れています。労働党も国会議員の中では残留派が多いのに、労働党の支持者が多いイングランド地方北部に住む人は離脱を選ぶ傾向がありました。

 さて、今、最大のネックになってきたのが、「アイルランド国境問題」です。離脱後にアイルランド共和国が「EU国」で、英国が「非EU国」なったら、英領北アイルランドとアイルランドとの間にモノや人の移動をチェックするため、線を引くことになります。もしそうなれば、地域紛争が起きるという理由から、そして「北アイルランドを英国から切り離す案は受け入れられない」という北アイルランドの政党DUPの反対で、膠着状態です。

 でも、これは交渉が開始された時から分かっていたことでした。英政府側の「なんとかなるさ・・・」ということでここまで来てしまいました。

 筆者自身は残留を支持していたのですが、英国民同様、「なんでもいいから、早く決めてくれ」というのが本音です。

 でも、40数年間一緒に生きたバートナー同士。右往左往しながら、時間をかけて、別れていくものなのかもしれません。


# by polimediauk | 2018-12-04 19:56

(日本新聞協会が発行する「新聞協会報」の10月9日号に掲載された筆者コラムに補足しました。)

 日本経済新聞社が英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)を含むフィナンシャル・タイムズ・グループを買収してから、約3年になる(2015年11月30日に手通き完了)。日経はFTグループの全株式を8億4400万ポンド(当時の計算で約1600億円)で取得した。

 FTの現状を見てみたい。

記事広告が急成長

 買収直前の印刷版の発行部数は約21万部、印刷版と電子版を合わせた有料購読者数は約73万だった。これが2016年に84万6000、17年に91万と着々と増加し、目標の100万まであと一歩となった。特に目覚ましいのは電子版購読者の増加で、17年では前年比(以下同)10%増の71万4000に。有料購読者の4分の3が電子版の購読者になる。

 法人登記資料によると、収入の中で大きく伸びたのが「ブランド・コンテンツ」つまり、記事広告(前年比64%増)。「FTライブ」と題したイベントも収入増に貢献した。購読料収入が柱となるコンテンツビジネス、デジタル広告、イベントからの収入が全体の85%を占めた。

 総収入は約3億2100万ポンド(約475億円)で前年より約1000万ポンド増えたが、営業利益は16年の約660万ポンドから約397万ポンドに落ち込んだ。FT広報部によると、この数字には「海外展開分が入っていない」(FT8月15日付)。海外分も入れると「2000万ポンドを超え、前年の2倍になる」(同)。しかし、登記には営業利益約397万ポンドと計上されている。

 ジョン・リディング最高経営責任者(CEO)の17年の報酬は25%増の255万ポンドだった。営業利益の6割に相当する巨額報酬は、全国ジャーナリスト労働組合のFT支部から大きな反発を食らった。英国のトップ100社CEOの報酬増額幅を見ると、中央値は11%。リディング氏の大幅アップは目を引いた。

 

 リディング氏は職員に向けた電子メールの中で、自分の報酬体制を見直すこと、増額分51万ポンド(税引き前)を社に戻し、女性の上級職への配置の増加と男女賃金格差の解消のために使うと述べた(ニュースサイト「プレスガゼット」、8月15日付)。FTの男女賃金格差は現在18・4%で、英国全体の平均値と一致する。現在、13人体制の取締役会(日経からは男性役員2人)には女性4人が入っている。

 FTで働く人は16年の1306人から17年の1291人になって、少し減っている。1291人の中で、831人(36人増加)が「制作」、201人(21人増加)が「販売・配信」、「事務方」が259人(72人減少)で働いている。

デジタルへの投資

 バーバー編集長は2005年の就任以来、FTのデジタル化に力を入れてきた。

 当時7万5000人の電子版購読者は現在までに10倍以上に増えた。当初は月に無料で読める記事の本数を設定し、これを超えると有料になるメーター制を導入していたが、2015年以降、リディング氏の発案で「1か月1ポンドでその後は有料」という選択肢を提供した。「読者にFTを読むという習慣を作ってもらうこと」が狙いだった。

 読者との結びつきを深めるため、「オーディエンス・エンゲージメント・チーム」を作り、ソーシャルメディアを通じてのコンテンツ拡散に力を入れた結果、アクセスが20~30%増えた。技術投資の成果としては、16年にはウェブサイトのダウンロード最高速度をデスクトップで1・5秒、携帯電話で2・1秒に縮めた。

調査報道で存在感

 FTは経済・金融分野にとどまらず、時節に合った調査報道にも取り組む。

 今年1月、慈善団体「プレジデンツ・クラブ」が主催する男性客に限ったチャリティーディナーに女性記者を接客役として潜入取材させ、複数の女性接客係が男性客にセクハラあるいは性的攻撃を受けていたと暴露報道した。ディナーは毎年、企業の経営陣、政治家、芸能関係者などが出席していた。FTの特報は他の媒体でも大きく報道され、プレジデンツ・クラブは解散に追い込まれた。

 ごく最近の特報としては、今月19日、元副首相ニック・クレッグ氏がフェイスブックのグローバルなコミュニケーション担当として雇用されることをスクープ報道した。

 英新聞界全体を見ると、日本と同様に印刷版の発行部数下落が悩みの種だ。

 英ABCの8月の調査によれば、日刊高級紙市場ではトップがタイムズ紙(約42万8000部、前年同月比5%減)、これにデイリー・テレグラフ紙(約37万部、22%減)、FT(約17万5000部、5%減)、ガーディアン紙(約13万5000部、8%減)の順となっている。

 かつて電子ニュースを無料で提供していた英新聞界の状況は様変わりした。日刊高級紙市場ではタイムズが完全有料制、テレグラフがメーター制を採用し、「有料化はしない」方針のガーディアンはウェブサイトの記事を無料で読めるようにする一方で、有料購読、寄付、月ぎめ会費を払う「サポーター」制などの選択肢を提供する。インディペンデントは2年前に電子版のみとなり、その簡易版「i(アイ)」は地方新聞大手に売却されて、発行を続けている。

 FTを含む各紙はそれぞれの生き残り策を編み出したといえよう。



# by polimediauk | 2018-10-24 09:42 | 新聞業界

 英国の欧州連合(EU)からの離脱=「ブレグジット」=に向けて、交渉が続いている。

 大詰めに入った現在、「アイルランドとの国境問題」が最大の障壁になってきた。

 改めて、その中身を見てみたい。

 参考:「Q&A: The Irish border Brexit backstop」(BBCニュース)

英国とアイルランドの関係

 「アイルランドとの国境問題」という意味は、地図を見ると納得する。英国の西側に位置するのが、アイルランド島。南部は英国同様にEU加盟国のアイルランド共和国だ。しかし、北の6州は英国の一部で「英領北アイルランド」(あるいは単に「北アイルランド」)と呼ばれている。

 なぜ北だけ英国なのか。

 歴史をさかのぼると、アイルランド島はお隣の英国(「イングランド王国」)に長年支配されてきた。イングランドによるアイルランドの植民地支配が始まったのは12世紀だ。

 18世紀になると、キリスト教・プロテスタント派の国である英国がカトリック教徒が住む国アイルランドを併合。

 英国からの独立運動が実を結んだのは20世紀に入ってからだ。1916年、独立を求める「イースター蜂起」がダブリン(現在のアイルランドの首都)で発生するが、英軍に鎮圧されてしまう。第1次世界大戦終了後、アイルランド独立戦争(1919~21年)を経て英愛条約(1921年)が結ばれた。1922年、アイルランドは英連邦内の自治領「アイルランド自由国」として独立した(1949年に、アイルランド共和国に)。

 

 この時、北部アルスターの6州はプロテスタント系住民が大部分で、英国からの独立を望まず、「北アイルランド」として英国にとどまった。

北アイルランドの紛争

 北アイルランドではプロテスタント住民が大部分でカトリック住民が少数派という時代が長く続き、警察や政界などの支配層のほとんどもプロテスタント系だった。1960年代に入り、それぞれの宗派が民兵組織を使ってテロや武力抗争が発生した。この紛争で3000人以上が命を落としている。

 1998年、北アイルランドの帰属を住民の意思にゆだねる和平合意(「ベルファスト合意」)が調印され、かつての敵同士プロテスタント系、カトリック系をそれぞれ代表する政治家が自治政府を発足させた。今からちょうど20年前である。

 しかし、現在、北アイルランド議会は機能していない。再生エネルギーの利用促進にかかわる補助金の使い方をめぐって議会内で意見が対立し、空転状態が続いているからだ。

 それでも、北アイルランドとアイルランド共和国にあった国境検問所が使われなくなり、互いを自由に行き来できるようになった事実は変わらない。1960年代、70年代と比較すれば、夢のような平和が実現していると言っても良いかもしれない。

ブレグジットで困ること

 英国もアイルランド共和国も、現在はEU加盟国だ。そこで、EUの関税同盟に入っており、域内の単一市場の一部でもある。「人、モノ、サービス、資本」の自由な行き来が可能だ。

 ところが、英国のEU離脱で、困った事態が発生した。英国がどのような条件で離脱するのかについては今まさに交渉が続いているが、離脱後、もし「移行期間」中(2020年12月末で暫定合意)までに新たな関税上の取り組みが決まらず、「交渉決裂」で離脱となった場合どうするか。

 つまり、アイルランド共和国はEU加盟のままになっている一方で、英国は離脱となると、アイルランド島の中で、北は非EU、南はEUというそれぞれ異なる貿易圏・市場圏になってしまう。

 そこで、北アイルランドと南のアイルランドの間に何らかの「線を引く」必要がある。異なる経済圏になってしまうわけだから、人、モノ、サービス、資本の行き来にはチェック機能が必須だ。

 しかし、国境検問所を復活させた場合、つまり「物理的な国境(ハード・ボーダー)」を設けるとなると、国は違えど「EU」という大きなグループの中に入っていた北と南が「(また)分断」してしまい、治安上の懸念(異なる宗派同士の争いの復活の可能性)が出てきたのだ。

 

 では、アイルランド島内では北も南もEUの規則をそのまま適用していこう・・・となったらどうなるか?そうすれば、新たなチェック機能は必要なくなる。

 これはまず、北アイルランドのプロテスタント系地域政党・民主統一党(DUP)が頑として許さない。

 というのも、そうなれば、英国の中で北アイルランドだけに別の規則が適用されることになる。英国への帰属を選択した北アイルランドの政治家としては、これは絶対にダメである。地理的にはアイルランド島にあるものの、「自分たちは英国人」と考えるのが北アイルランドに住むプロテスタント系アイルランド人なので、こんな形で「北アイルランドは南のアイルランドとくっついて、一つにまとまっていなさい」と言われても、受け入れられないのである。

交渉ではどうなっているか

 離脱を目指して、EU側と交渉を続けている英政府だが、EU側も英政府側も「ハードボーダーは築かない」方針だ。

 では、どうするのか?

 これまでに、英政府とEU側は「オープンな国境」を維持することで合意している。アイルランド島全体の経済を支援し、ベルファスト合意を守ることも合意済み。しかし、これ以上になると、意見はまとまっていない。

 そこで、移行期間中内に新たな関税についての取り組みが決まらなかった場合、EU側が「バックストップ(最後の守り手)案」として提示しているのは、北アイルランドを関税同盟に加盟したままでおくこと(メイ首相は、ブレグジットになれば、英国は関税同盟からも単一市場からも抜け出ると宣言している)。単一市場やEUの付加価値税体制にも、北アイルランドは加盟を維持したまま、とする。これは「北アイルランドだけに適用される」とEUの交渉役ミッシェル・バルニエ氏は述べている。

 これでは、アイルランド島と英国本土の間の海に「線」が引かれることになる。英国本土の方は関税同盟も単一市場にも入らないが、北アイルランドのみが一時的にせよ、加盟していることになるからだ。

 この案では英国が分断されてしまうので、英政府は拒否しており、代わりにメイ首相が主張しているのは英国全体を一定期間、一時的に関税同盟に入れたままにすること。離脱強硬派としては、この「一定期間」が不安を誘う。いつまでもずるずるとEUの中に残り続けるのではないか、と。

 14日、離脱担当大臣ドミニック・ラーブ氏はブリュッセルに行き、バルニエ主席交渉官と緊急会談を行った。「交渉がまとまったのか?」と一時報道されたが、結局、明るいニュースは出なかった。18日のEUの定例首脳会議でも進展なし。

 現在、先を読める人がほどんといない状況だ。

***

関連記事

英・EU、国境問題めぐり急きょ会談 英政府は前向き

 

国内の意見まとまらず、難航する英のEU離脱交渉

 

イギリス「離脱強硬派」が怒りを隠さない理由


# by polimediauk | 2018-10-23 18:26 | 英国事情

(「英国ニュースダイジェスト」掲載の筆者のコラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 英国では、9月から新学期が始まっています。

 筆者の自宅は、小学校に面しています。朝8時過ぎになると、子供を学校に連れてくる親が運転する車で、周辺の道路は大混雑します。午後3時半ごろの下校時には、再度、車の「ラッシュアワー」の到来です。

 日本からすると不思議な光景かもしれませんが、英国では親が子供の通学の送迎をすることが慣習になっているのです。仕事を持っている親は大変です。なかにはニーズに合わせて働き方を調整できる「フレックス制」を利用している人もいるかもしれません。

すべての従業員が利用できるフレックス制

 英国では2003年の法律により、仕事を持つ親に6歳以下の子供や、介護を必要とする子供(2007年からは成人も)がいる場合、雇用主に対して、就業時間を調整するなどのフレックス制を要求する権利が保障されています。2014年からは、すべての従業員にこの権利が認められるようになりました。

 フレックス制には、様々な形態があります。

 例えば、2人で一つの仕事を担当する「分担労働」、オフィス以外の場所、例えば自宅などで働く「リモート労働」、フルタイムより少ない時間で働く「パートタイム」。更に、フルタイムと同じ就業時間を少ない日で働く「まとめ勤務」や、就業時間の始まりと終わりを調整する「フレックスタイム」など。

 フレックス制を利用したい従業員は、雇用主にこの制度の利用を求める申請書を提出します。申請条件は、その会社に過去最低26週間は勤務していること。いつからどのように制度を利用したいか、ビジネスにどれほどの影響が出る見込みで、どのような方法でそれを回避するかなどを記します。

 申請書を受け取った雇用主は3カ月以内に返答をしますが、もし許可をしない場合、合理的と思われる理由を示さなければなりません。申請が却下され、従業員がこれを不服とした場合、雇用主に再考を求めるために労働裁判所に訴えることができます。

92%がフレックス制を導入

 実際に英国では、一体どれほどの人がフレックス制を利用しているのでしょうか?

 政府の依頼を受けて、英国の働き方について調査をした報告書「グッド・ワーク」(2017年7月発表)によると、雇用主の92%が何らかの形のフレックス制を導入しており、過去1年間に利用した従業員は60%。別の調査では70%を超えたとする結果もあります。

 近年、インターネットを通じて単発の仕事を受注する「ギグ・エコノミー」方式で働く人も増えていますから、働く人の大部分が何らかの形でフレックス制を使っているとも言えそうです。

 では、フレックス制で企業はどんな恩恵を得ているのでしょう?世論調査会社ユーガブによれば、89%の雇用主及び従業員がフレックス制は職場の生産性を上げると答えているそうです(2017年10月)。

 就業時間を調整する場合、朝の9時から午後5時までという通常の時間よりも早く始まり、早く終わる形を多くの従業員が求めている結果も出ています(同年11月)。最も好ましい就業時間は朝8時から午後4時でした。

 なるべく早く仕事を終わらせて、自分の時間を過ごしたいという英国人の気持ちが表れているようです。

 一人一人の働き手の生活事情に合わせて、より自由なスタイルで働く仕組みとして広がっているフレックス制ですが、決して良いことばかりというわけではないようです。

 例えば会計会社デロイト・トーマツと人材コンサルタント会社タイムワイズの調査によると、フレックス制利用者の中には、「フレックス制を使わない同僚よりも仕事受注の機会が減少した」、「昇進が遅くなった」と感じる人がいるそうです(「フィナンシャル・タイムズ」紙、2018年6月28日付)。

 来年、フレックス制の見直しが行われることになっています。見直しにより更に働きやすい環境が実現し、様々な生活環境を持つ人たちが、雇用市場に参加できる社会になるといいのですが。

キーワード Gig economy(ギグ・エコノミー)

「ギグ(単発の仕事)」を基盤とした働き方や、それによって成り立つ経済形態です。タクシー・サービス、出来合いの食事を運ぶサービスなど、インターネット経由で仕事を受注します。いつどれぐらいの時間働くかを決める自由度はありますが、最低賃金の支払い保証や有給休暇がないなど、労働者としての権利が十分に保護されない負の側面もあります。


# by polimediauk | 2018-10-16 06:35 | 英国事情

 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」9月号掲載の筆者コラムに補足しました。)

 9月28日、フェイスブックの利用者5千万人の個人情報がハッキングによって流出したことが発覚した(FBにハッキング、5千万人の情報が危険な状態に 他サイトのアカウントも)。

 フェイクニュースについて調査を続けている英下院の文化・メディア・スポーツ委員会のダミアン・コリンズ委員長は、「これまで再三依頼しているように、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOにはぜひ委員会の公聴会で事情を説明してもらいたい」とツイートした。

 委員会は今年7月29日、「偽情報と『フェイクニュース』についての調査報告書」(中間報告)を発表している。フェイクニュースが社会に与える影響や、民主主義が今後どうなっていくかを調査したもので、英米両国でメディア関係者、監督組織、テクノロジー企業の経営幹部など61人を召喚して事情を聞き、150を超える参考文書の提出を受けた。現時点での概要を伝えてみたい。

昨年から調査を開始

 対象とした調査項目は「何がフェイクニュースか」、「フェイクニュースが国民の世界観にどのような影響を及ぼしているか」、「年齢、社会的背景、性別などの要素によってフェイクニュースの使い方や反応は異なるか」、「広告の販売方法の変化がフェイクニュースの成長を促したのか」。

 中間報告書の構成は、

 (1)序、これまでの背景(フェイクニュースとは何か)

 (2)テック企業の定義、役割、司法責任

 (3)フェイスブック、GSR(グローバル・サイエンス・リサーチ)社及びケンブリッジ・ アナリティカ(CA)社事件におけるデータ利用

 (4)政治運動

 (5)政治運動におけるロシアの影響

 (6)外国の選挙でのSCL社の影響

 (7)デジタル・リテラシー

 の7章構成となっている(GSR社、CA社、SCL社については後述)。

フェイクニュースは「民主主義への潜在的脅威」

 委員会は、フェイクニュースを「民主主義や価値観に対する」潜在的脅威の1つと捉えている。

 フェイクニュースは「金銭あるいはほかの利を得るために作られ、国家が後ろ盾となるプログラムを通して拡散されるか、選挙に影響を及ぼしたいなどの特定の目的を持っている人々によって、事実を捻じ曲げて広がっている」。

 委員会は民主主義が危機状態にあると認識し、「共有する価値観、民主主義的な組織の品位を守る」ために、何からの行動を起こす「ときが来た」と考える。報告書には次に何をすべきかが記されている。

 委員会の調査はフェイスブック、CA社をめぐる疑惑の発覚に合わせて、臨機応変に進んだ。

 今年3月、英オブザーバー紙や米ニューヨーク・タイムズ、英テレビ局チャンネル4が中心となって、英選挙コンサルティング会社CA社(5月、廃業)がフェイスブックの利用者の個人情報を誤用したとする報道を行った。いわゆる、「ケンブリッジ・アナリティカ事件」だ。

 これまでの報道によると、CA社は2016年11月の米大統領選と、その半年前に行われた英国の国民投票(欧州連合に英国が加盟し続けるか離脱するか)での投票行動に影響を及ぼすために、数千万人分のフェイスブックの利用者の個人データを「不正利用」。データはケンブリッジ大学のアレクサンドル・コーガン教授が開発したフェイスブック用アプリを通じて「吸い上げられた」。コーガン教授がアプリ開発のために設置したのが、GSR社である。

 委員会は、事件の関係者を公聴会に召喚し事情を聞いた。質疑に応じたのは、元CA社員のクリストファー・ワイリー氏、同社のCEO(当時)アレクサンダー・ニックス氏、コーガン教授など。ワイリー氏は、オブザーバー紙の情報源である、フェイスブックのザッカーバーグCEOも公聴会に出席するよう何度か依頼されたが、同氏は応じなかった。

「情報やニュースに接触する方法が深い意味で変わっている」

 (1)「序とこれまでの背景(フェイクニュースとは何か)」の中に、テクノロジーと人間の関係を考える「センター・フォー・ヒューメイン・テクノロジー」のトリスタン・ハリス氏の言葉が引用されている。「フェイスブックの利用者は世界で20億人。キリスト教徒の総人口とほぼ同じだ。ユーチューブの利用者18億人はイスラム教徒全員の数とほぼ一致する」。また、先進国に住む人は1日に約150回携帯電話をチェックしているという。

 報告書は、「私たちが情報やニュースに接触する方法が深い意味で変わっている。しかも私たちの大部分が無意識に起きた変化」であると指摘する。

 フェイクニュースとは何か?この言葉には決まった定義がなく、読み手が自分の考えていることにそぐわないニュースをこのように呼ぶこともある。そこで、報告書はフェイクニュースという言葉を使う代わりに「間違った情報・誤情報(ミスインフォメーション)」、「欺くために故意に発信する偽情報(ディスインフォメーション)」という言葉を使うよう推奨している。

テック企業に責任を求める

 (2)「テック企業の定義、役割、司法責任」の項では、誤情報、偽情報が伝播されるのはテクノロジー企業のプラットフォーム上であり、これは「規制がない空間」であることを指摘。個人情報の保護について責任を持つ英規制組織「情報コミッショナーのオフィス」の権限の強化を求めた。

 また、選挙管理委員会の意見を参考にし、ネットを使ったすべての選挙運動はどこの組織が誰の資金で行っているかを簡単に識別できるようにするべき、とした。

 ソーシャルメディアを運営するテック大手に対して、報告書は厳しい姿勢を見せた。

 テック大手が自分たちは「単にプラットフォームに過ぎない」として伝達するコンテンツに責任を持たないやり方はもはや許されないとし、こうした企業に対し、英政府が「プラットフォーム」でもコンテンツの「発行者」でもなく、「新たなカテゴリーを設けるべきだ」という。テック大手はその活動について透明性を欠き、個人情報の保護について不十分であると指摘し、デジタル空間での権利保護のための仕組み作りが必要と述べる。

 特に厳しく批判されたのはフェイスブックだ。

 ミャンマーの少数民族ロヒンギャに対するヘイトスピーチがフェイスブックを通じて拡散され、これが民族浄化行為の発生につながったと報告書は指摘した。テック大手には「グローバルな倫理規定」を設けるよう呼びかけ、もしこれが実現しない場合「政府は倫理規定を強制的に順守させる規制を導入するべき」としている。

 

 (3)「フェイスブック、GSR社及びケンブリッジ・ アナリティカ社事件におけるデータ利用」では事件の一部始終を記し、フェイスブック側の対応が不十分であったために「データの操作、誤情報、偽情報」が拡散されたとして、CA事件の後にも同様の事件が発生したことを記している。

 

 (4)「政治運動」の項では、「政治についての議論を活性化するためにソーシャルメディアが役割を果たすようになったことは知られている」ものの、一人一人の個人に対しほかの人には知られないやり方でメッセージを送ることができるようになってから「まだ日が浅い」。公の場での選挙運動とは異なり、「新たな問題が生まれてきた」。報告書は政府に対し、電子上の政治運動を法律の中で位置づけるよう求めた

 

 (5)「政治運動におけるロシアの影響」の項では他国政府と連携しながら、「ロシアからの政治干渉を防ぐよう」英政府に求めている。

 

 (6)「外国の選挙でのSCL社の影響」のSCLとはCA社の親会社SCLエレクションズ社を指す。

 3月、英メディアは同社がケニア、ガーナ、メキシコ、スロバキアなどの選挙で誤情報、偽情報を流布させ、倫理に反するあるいは違法な行為を行っていた可能性を暴露した。

 報告書はSCL社が複数の国で違法行為の疑いがある活動を行っているとして、その調査は委員会の「対象外」になるため、政府に対し犯罪捜査を開始するよう求めた。

 最後の(7)「デジタル・リテラシー」の項目では、委員会は政府が年内に発表する、インターネットを安全に使うための白書に「リテラシー教育税」の導入を入れるよう提案した。慈善団体や非政府組織が開発するリテラシー教育をこの財源で実施に移す。「デジタル・リテラシーは読み書きと計算に次ぐ、教育の第4の柱だ」。

 7月29日付の社説で、英ガーディアン紙はこの報告書を高く評価した。フェイクニュースがソーシャルメディアを通じて広がる中、何をするべきかが明確に書かれているからだ。フェイクニュース拡散問題において、「中立という選択肢はない」と言い切っている。

***

 参考

 英議会の関連サイト


# by polimediauk | 2018-10-02 16:41 | ネット業界

 日本人が、宇宙旅行の初めての個人客になる!この驚きのニュースが発表されたのは、つい最近のことである。

 日本のファッション通販大手「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」を運営する「スタートトゥデイ」社の前澤友作社長が、電気自動車大手の米テスラ創業者イーロン・マスク氏が手掛ける宇宙ベンチャー「スペースX」と月旅行の契約を結んだという。

 スペースXの月旅行にZOZOの前沢氏 2023年計画 日経新聞

 

 筆者は、この画期的なニュースを当初BBCの報道で知ったが、17日にスペースXの本社(米カリフォルニア州ホーソーン)で行われたマスク氏と前澤氏の記者会見の様子を、広瀬隆雄氏のブログ記事で興味深く読んだ。

 ZOZO前澤友作Space X本社における英語のスピーチはなぜ100点満点?

 なぜ「興味深い」と思ったのかというと、広瀬氏が前澤社長のスピーチをほめていたからだ。

 ブログの中に紹介されている動画から、26分過ぎに出てくる社長のスピーチを筆者も視聴してみた。そして、感心してしまった。日本にいるビジネスピープル(男女)が、英語圏でスピーチをする際の良い例と思ったからだ。

 どのように優れているのかについては広瀬氏が書いているけれども、筆者が見たところでは

 *主旨がはっきりしている

 *わかりやすい

 *聴衆に語り掛けている

 *最後に動画や文字によるまとめを見せて、メッセージが記憶に残るようにしている

 点が特に良いように思った。

 広瀬氏は米国在住が長く、投資業務を仕事としている。ありとあらゆるアクセントの英語を聞きながら仕事をしてきた経験がある広瀬氏のお墨付きであるから、筆者には大変参考になった。

日本語のアクセント、どう評価する?

 その一方で、別の興味深い評価があった。

 前澤氏が世界初の月旅行へ。記者発表を見ながら考えた、アメリカ人とのビジネスで知っておいた方がいいこと

 ヤフー個人ニュースでの「同志」となる安部かすみ氏が、前澤社長のスピーチ、特にアクセントについて少々厳しい見方を示しているようである。

 以下は、一部の抜粋である。 

 会見について、2つ残念だった点がある。1つは前澤氏の英語のアクセントだ。あれだけの長い記者発表を英語で行ったことは、とてもすばらしい。だが、宇宙という壮大なトピックについての世界に向けた記者会見において、アメリカ人や英語ネイティブにとって「なじみのない英語、聞き取りにくい英語」だった。

 日本では、外国人がカタコトの日本語でスピーチをしようものなら、日本語習得がんばってと親近感がわくだろう。しかしアメリカでは事情が異なる。英語は話せて当たり前とされているため、一般的になじみのないカタコト英語をアメリカ人は「Bad English」として揶揄する傾向がある。本人にはもちろん直接言わないしメディアもそれについてわざわざ書かないが、「Bad Englishを話す人」と印象づけられるのはもったいない。

 ここで断っておくが、筆者は広瀬氏も安部氏も同様に尊敬している。それぞれ在米の方で、お二人の視点・分析には敬意を抱いている。

 今回、お二人は同じスピーチについて、やや異なる感想を持ったようだ。広瀬氏の方はプレゼンテーションの仕方も含めてスピーチを好意的に評価し、安部氏は負の面に注目して、「こうしたほうがいい」とアドバイスしている。

 広瀬氏、安部氏の両方の評価を紹介したが、筆者が改めてこのエントリーを書こうと思ったのには、理由がある。

 例えば、今現在、日本で多くのビジネスピープル(以前は「ビジネスマン」で良かったが、今は男女どちらの場合もあるのでこの言葉を使っている)を含む様々な方が英語を勉強しているに違いない。この中で「海外、特に英語圏で英語でスピーチをするとき、日本語アクセントはどう受け止められるのか?」と知りたく思ったり、なかなか日本語アクセントが抜けない人は「自分はまだまだ、ダメなんだ」と思ったりする人がいるかもしれない(相当数かもしれない)。

 そこで、筆者は英語の専門家ではないけれども、ロンドンに住んで仕事や生活圏で英語を使い、時々は英語でスピーチをしたこともある経験から、何かヒントになるようなことを記すことができれば、と思ったのである。

ロンドン在住者から見て、気づいたこと

 気づいたことを、幾つか挙げてみたい。

 *「英語圏」と言っても、どの国・都市かそして誰が聞き手かによって、アクセントの評価が異なる可能性がある(例えば、アメリカでは出身国のアクセントがある英語を話せば、「Bad Englishを話す人」としてくくられてしまう傾向が強いのだろうか?)。

 *人種、出身国、貧富や教育の差、そのほかの社会的背景などが異なる人々に囲まれて生活するロンドンにいる場合、人種や出身国に由来するアクセントは、話の中身の判断という面からはほとんど問題視されない。この点は、声を大にして言っておきたい。  

 *上の項目に関連するが、ロンドンの場合、誰しもがそれぞれのアクセントで話すのが普通。理論ではなく、現実がそうなっている

 *「標準英語」と言われる発音(例えば「Received Pronunciation」=容認発音)で話す人は、英国の人口全体のほんの数パーセントと言われている。

 ただし、英国では発音・アクセントに人々が鈍感なわけではない。「口を開けば、その人の社会的背景が分かる」と言われ、どんな言葉を使って何をどんな風に話すかについては、かなり敏感だ。例えば、少し前になるが、知性に欠けている英語を話す人として、ある著名サッカー選手がよく笑いものにされたものだ。

 大勢の人の前で話す、スピーチの場合はどうか?

 ここでは、前澤社長のように、「公式の場で」「一定の知識人や報道陣の前で話す」ことを前提にしてみよう。

 発音・アクセントに絞ってみると、筆者のこれまでの経験(聴衆の一人だったり、話す側だったり)で重要なことは:

 分かりやすいこと。意味が通じること。

 これが鉄則だ。特定のアクセントがある・なしは関係ない。誰にでもそれぞれのアクセントがあるからだ。繰り返しになるが、英国では標準英語を話す人は数%しかいないのだ。しかも、この標準アクセントも英国南部のエリート層が話す英語を基本にしたものであり、そのルーツは必ずしも「中立」ではない。

 最後に、筆者が前澤社長の日本語アクセントをどう評価するかを書いておきたい。あくまで私見であるが、実体験に根ざした見方として参考にしていただければと思う。

 筆者が思ったのは「確かに日本語アクセントがある英語だった」。しかし、「わかりやすい英語だった」。聞いている人に意味が通じただろうと思う。少なくとも英国・ロンドン的には「わかりやすかったか、意味が通じたか、メッセージが伝わったか」が評価点である。


 筆者の結論としては、「日本語アクセントがあったが、わかりやすい、綺麗な英語だった」。


 筆者が英国に移住したのは、16年前だ。現地の英語が分からなくて、右往左往したものだ。英語で公にスピーチをしなければならないとき、筆者は練習するために音声を録音する。あとで再生してみると、自分の英語のくせ・日本語アクセントが分かる。典型的な日本人の一人として、例えばthやfの発音、それにlとrの違いがうまくできない。一生懸命矯正しようと思うのだが、なかなかできない。


 なぜ矯正しようと思うのかというと、いわゆる「日本語アクセント」を消したいからというのではなくて、「thやfの発音、それにlとrの違いがうまくできない」ことによって、意味が通じないことがあるからだ――録音を聞くと、いくつかの言葉の発音が不明瞭なため、自分で話したことなのに、「は?」となるのである。これでは、いけない(!!)。

 スピーチをしていて、ある単語や文章の意味が通じなかったら、100%アウトなのである。

 そこで、今英語を勉強中の皆さんに伝えたかったのは、「日本語アクセントを消す」というよりも、英語の特徴となる幾つかの発音をしっかりできるようにして、相手にとって「わかりやすいかどうか」を目標にしていただきたいと思う。

 どれほど頑張っても「ネイティブのように」話すのは容易ではないし、英国に住んでいると、この「ネイティブ」とは誰なのか?と考え出すと、問題が限りなくぼやけてくる。つまり、どの社会層に属する誰のアクセントを目指すべきなのか?BBCのアナウンサーのような「標準英語」を話したら、気取った人と思われなくもない・・・。自分のこれまでの経験がにじみ出る英語しかないし、みんなそうやって話している。

 筆者もまだまだ勉強中だ。

 自分が主張したいことを相手に伝え、より楽しい議論につながるよう、頑張っていきましょう!

 


# by polimediauk | 2018-09-27 16:46 | 日本関連

 2008年9月15日、米国で第4位の規模となる(当時、以下同)大手証券会社・投資銀行「リーマン・ブラザーズ」が経営破綻した。多くの人にとって、同社の破綻とそれに続く世界的な株安、信用不安、不景気は世界金融危機を象徴する事件として記憶されている。いわゆる、「リーマン・ショック」である。

 筆者は、破綻が報道されたとき日本に一時帰国していた。テレビ画面でリーマン・ブラザーズのニューヨーク本社の建物から段ボール箱を抱えた社員が三々五々、出てきた光景を思い出す。

 同じ日、米証券第3位のメリル・リンチは第2位のバンク・オブ・アメリカに救済買収されることに同意し、翌日には財政難に陥った米保険最大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)が米政府から巨額の公的融資を受けることになった。米金融界が急速に瓦解して行く様を目撃しているようだった。

 リーマン・ブラザーズの破綻劇は英国の政界・金融界と奇妙に結びついている。

 というのも、リーマン社の売却先候補として最後まで交渉を行っていたのが、英バークレイズ銀行だったからだ。何とか破綻させまいと、米英の財務関係者、バークレイズ、リーマンとの交渉が連日続いた。交渉は難航したが、最後にリーマンの息の根を止めたのはダーリング英財務相だった。

 バークレイズとしては、買収にはリスクが伴うため、英政府から何らかの保証を得たいところだった。しかし、ダーリングはこれに同意せず、ポールソン米財務長官にもそう伝えた。「英国の納税者が米国の銀行を救済するようであってはいけない」と思ったからだ(同氏の著書『バック・フロム・ザ・ブリンク』)。

 バークレイズは買収を断念。買い手を失ったリーマン・ブラザーズは破綻申請を行った。

 しかし、バークレイズはすべてをあきらめたわけではなかった。投資銀行部門を充実させることが長年の願いであったため、リーマンの北米投資銀行業務を買収したのである。

 ロンドンから見た、世界的な金融危機の様子を振り返ってみたい。

フランスの銀行の不振が赤信号を灯らせた

 危機発生の直接のきっかけは、信用力が低い個人や低所得者層を対象にした米国の住宅ローン「サブプライム・ローン」の焦げ付きだ。米国の金融機関ばかりか、英国の金融機関もこの種の貸し付けをどんどん提供していた。

 このローンは通常の融資よりも審査基準が甘く、かつ金利が高く設定された。当初は低金利でも途中から大幅に上がる仕組みとなっていた。住宅を担保とし、住宅価格の上昇を背景に2000年以降、急速にこの種のローンの販売が増えた。

 しかし、04年、米連邦準備制度理事会(FRB)が住宅バブルを抑えるために金融引き締め策を導入すると、06年頃から住宅価格が下落に向かった。これがサブプライム・ローンの焦げ付きを多発させるようになった。

 

 2007年8月9日、リーマン・ショックのほぼ1年前、ダーリング財務相はあるニュースを目にした。フランスのBNPパリバ銀行が傘下のファンド凍結を発表したという。ファンドが投資していたサブプライム関連の証券化商品の価値が急落したことが原因だ。

 住宅ローン専門の金融会社ノーザン・ロックのアダム・アップルビーCEOは、パリバ銀行の窮地に衝撃を受けた。「この日、世界が変わった」と発言している。ノーザン・ロックは積極的にサブプライム・ローンを提供しており、資金難に陥っていたのである。

 欧州中央銀行(ECB)は短期金融市場に948億ユーロを供給し、米FRBも240億ドルの資金供給を行うことになった。FRBは4日後、公定歩合の0・5%緊急引き下げを決定している。

ノーザン・ロックの取り付け騒ぎ

 8月14日、ノーザン・ロックの代表が英中央銀行(イングランド銀行、BOE)に対し、資金繰りが厳しくなったことを相談する。国内の銀行業務を監督する金融サービス庁(FSA)がノーザン・ロックの会計を検査し始めた。ノーザン・ロックは十数行の銀行に融資ビジネスの引継ぎを打診したが、応じる銀行が見つけられず、BOEに対し、緊急融資を依頼した。

 9月13日、金融市場の安定化のため、BOEが市中銀行に44億ポンドの資金を提供する。ノーザン・ロックが資金繰りに悩んでいるという噂が出て、同行の株価は過去4年で最低値に下落した。

 この日、BBCはBOEがノーザン・ロックに財政支援をするとスクープ報道した。これが引き金となって、翌日、140万人の顧客がノーザン・ロックから預金の引き出しに走った。一日で10億ポンドが引き落とされてしまった。19世紀以来、初の取り付け騒ぎである。

 ダーリング財務相がノーザン・ロックの預金全額を政府とBOEが保証すると宣言したのは、取り付け騒ぎから4日後だった。「遅い!」と国民から批判されたものの、銀行前に並ぶ預金者の数が次第に減少し、騒ぎはいったんは収束した。2008年2月、ノーザン・ロックは一時的に国営化された。

リーマン・ショックの後で

 2008年9月のリーマン・ショック以降、英銀行界は政府に助けられながら、何とか息をつないだ。

 10月8日、政府は大手銀行への資本注入を中心とする包括的な銀行救済案を発表した。これによって、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド銀行の83%、ロイズ銀行の43%を国が所有することになった。政府はその後、後者の株を売却し、ロイズ銀行は民営に戻った。ロイヤル銀の方の株は若干売却されたが、ほとんどの株はまだ政府が所有中だ。

 この後、欧州ではアイルランド、ギリシャ、ポルトガルが危機状態となり、欧州当局が救済策を提供する事態も発生した。

もう1つのスキャンダル、LIBOR

 リーマン・ブラザーズをもう少しで買収するところまで行ったバーククレイズ銀行に、ある不祥事が発覚する。

 2005年ごろからくすぶっていた疑惑で、短期金利の国際的指標となる「ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)」の不正操作を行ったという。

 12年6月、バークレイズ銀行は「銀行間貸出金利の操作未遂と不正報告」によって、英米の捜査当局から総額2億9000万ポンドの罰金の支払いを命じられてしまう。

 LIBORは住宅ローンなどの設定基準として使われる金利だが、不正行為は大手銀行への信頼をますます損なう結果となった。

▽金利不正操作で巨額罰金 バークレイズ銀行不祥事の背景とは

 関与していたのはバークレイズだけではなかった。JPモルガン証券、ゴールドマン・サックス、シティグループ・フィナンシャル・マーケッツのトレーダーも不正操作に関与していたが、大手銀行として注目度が高いバークレイズは国民や政治家の怒りを一気に買ってしまった。 

 ボブ・ダイヤモンドCEOは、財務相や中央銀行からプレッシャーをかけられ、辞任せざるを得なくなった。

 経営難や不正行為を発生させたのに巨額の報酬を受け取る銀行経営陣たちを、メディアや国民は「太った猫」と呼ぶようになった。

また起きる?

 今回のような、グローバルに広がった金融危機は再発するのだろうか?

 これまでに何度も金融危機は発生してきたので(もっとも著名なのは、1929年の米国市場の株価暴落による大不況)、いつかはまた起きると考えても良いだろう。

 金融街をテーマにした数冊のノンフィクションで知られる作家フィリップ・オーガー氏(最新作はバークレイズ銀行の歴史を描いた『少し生きた銀行(ザ・バンク・ザット・リブド・ア・リトル』)が筆者に語ったところによれば、「10年前と比べて、金融体制は安全になったと思う」。

 しかし、返済の見込みがない顧客を対象にしたサブプライム・ローンを多くの金融機関が大量に販売していたことが象徴するように、「顧客のケアよりも収益を上げることを重視する銀行のビジネスモデルは変わっていない」と指摘する。「利益を上げれば、巨大なボーナスをもらう仕組みもほとんど変わっていない」。

 オーガー氏の懸念は「10年前に発生した危機についての記憶が、人々から薄れてしまうことだ」という。

 (*オーガー氏との一問一答インタビューをWeb Ronzaに出しております。よかったら、ご覧ください。)

リーマン・ショック10年 英でインタビュー 1 作家・オーガー氏「銀行のビジネスモデルが変わらない限り、危機はまた起きる」

***

参考

「実録 世界金融危機」(日本経済新聞社編、日経ビジネス人文庫)

 ノーザン・ロック事件の教訓

リーマンブラザーズの破綻と英国経済への影響


# by polimediauk | 2018-09-19 17:25 | 英国事情

(英国の邦字誌「英国ニュースダイジェスト」に掲載されている、筆者のコラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 今年夏、英国でもかなり暑い日が続きました。炎天下を避けてカフェに入り、友人とおしゃべりに興じながら冷たいジュースを飲んでいるうちに「あれ?」と思いました。ストローが「ふにゃり」と曲がっていることに気づいたのです。これまでのようなプラスティック製ではなく、紙製でした。「プラスティックから出るゴミを減らそう」という動きが、ここまできていることをしみじみと実感しました。

 元々、英国は家庭から出るゴミのリサイクル率が低い国ですが、近年は耐久性が高いことで知られるプラスティック(合成樹脂)製品のリサイクルを進める動きが活発になっています。スーパーマーケットでは、以前は無料だったレジ袋が今では有料になっていますが、これは「デーリー・メール」紙によるレジ袋有料化運動が大きな役割を果たしたと言われています。

プラスティック製品と海洋動物

 今、特に注目となっているのが、海に流れたプラスティック製品の海洋動物への影響です。

 ストローが鼻孔に突き刺さり、身動きができなくなった亀の姿を映したYouTubeの動画(2015年)は3100万回以上視聴されましたし、昨年秋にはBBCの自然ドキュメンタリー番組「ブルー・プラネット2」が放送され、この中でもプラスティック製のロープやビニール袋などに捕らわれ、泳げなくなっている海洋生物が映し出されました。

 番組の影響力は絶大で、これを機にBBCは、局内の使い捨てプラスティック製品を2020年までに撤廃すると決めています。

 今年1月には、メイ首相が2042年末までに不要なプラスティック廃棄物をゼロにする「25カ年計画」を発表しました。翌月、今度はエリザベス女王が、バッキンガム宮殿やウィンザー城などで使用していた使い捨てプラスティック製品を、リサイクル可能なものに差し替えると宣言しました。

 そして4月、メイ首相は改めてプラスティック製のストロー、飲み物をかき混ぜるマドラー、プラスティックを芯の原料とする綿棒の使用禁止の意向を明らかにしました。

 英国では、年間85億本ものプラスティック製ストローが捨てられているそうですが、スターバックスを始めとするコーヒー・チェーンが続々と、使い捨てプラスティック製ストローを使わないという方針を自主的に発表するようになりました。

 国内で1年に数十億単位で消費されている紙コップには、飲料の温度維持や、素材強化のためにプラスティックが使われています。これをリサイクルできる技術を持つ工場は英国内には希少のため、ほとんどが使い捨てとなっています。それを何とかしようと、自分のカップを持ってきた人にはディスカウントをするコーヒー・チェーンもあります。

 国連の調べによると、世界50カ国以上が、使い捨てプラスティック製品の撲滅を2022年までに達成する計画を持っているそうです。

 英国のテスコ、セインズベリーズなどのスーパーマーケットは、商品の包装などに使われているすべてのプラスティックを2025年までにリサイクル可能な物質にするよう決めました。

 ただ、プラスティック製ストローの完全廃止は、手に障害のある人にとっては不便という声もあります。

 また、紙製ストローが普及することで、原料となるパルプのために森林伐採が進むとすれば、環境保護の点から見るとどうなるのかという問題もありますね。

 もう一つ気になるのが、プラスティックごみの海外輸出です。

 7月末、プラスティック製包装のリサイクルの現状について、国家統計局が報告書を出しましたが、これによると、昨年時点で再処理されたプラスティック製包装の66%が海外に送られていました。このうちの25%が中国への輸出です。

 ところが昨年7月、中国はプラスティックを含む廃棄物の輸入を停止すると宣言。そこで英国は今年からマレーシア、トルコ、ポーランドなどにプラスティック廃棄物の処理をより多く頼むようになりました。

 英国のゴミを外国で処理してもらう……なんだか、これでいいのかなという気がしますね。

キーワード 包装リサイクル義務(The Packaging Recycling Obligations)

 1997年に政府が定めた、欧州連合(EU)の取り決めに沿った包装物リサイクルの義務(%)のことです。国家統計局の報告書によると、昨年、英国の7002社がこのスキームに参加して、リサイクル率64%を達成しているそうです。同年、国内の包装ゴミは1100万トンに上り、過去15年で海外への包装ゴミの輸出量は約6倍に増加しました。


# by polimediauk | 2018-09-12 16:26 | 英国事情


 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」8月号の筆者原稿に補足しました。)

 英オックスフォード大学に設置されているロイター・ジャーナリズム研究所は、毎年、世界各国のデジタルニュースの利用状況を調査し、これを「デジタルニュース・レポート」として発表している。

 最新版(6月発表)は7回目のレポートになる。英世論調査会社YouGovが、37か国・地域の約7万4000人を対象に昨年1月末から2月初めにかけて調査した。

 対象地域はインターネットの普及率が高く、民主化が達成されている国が中心で、欧州の比率が圧倒的に高い。中国、中東及びアフリカ諸国は入っていない。調査の資金は米グーグル、英BBC,英国の通信・放送監督組織「オフコム」、各国の大学などが提供している。

 レポートは、「概要」(セクション1)、「さらなる分析と国際比較」(セクション2)、「国ごとの分析」(セクション3)に分かれている。

 今回、日本の項目の中で朝日新聞の信頼度が産経新聞よりも低くなり、これを指摘した複数の記事(「朝日新聞の信頼度、五大紙の中で最下位 産経新聞を下回った理由とは」木村正人氏、ヤフー個人ニュース、6月20日付、「朝日の『信頼度』が産経以下にーロイター研調査」島田範正氏、ブログ「島田範正のIT徒然」6月19日付など)を目にした。

 「概要」で指摘された特徴を紹介するとともに、日本の項目を少々詳しく見てみたい。

米でフェイスブックが人気下落

 今回の調査は、「様々な種類の情報源に対するオーディエンスの懸念」について深い知識を得ることを主眼とした。「フェイクニュース」の流布、プラットフォーム側(米テック大手)の規模拡大に対する不安感が世界的に広がっているためだ。

 

 特徴のいくつかを紹介すると、

 (1)ニュース源としてソーシャルメディアを利用する割合が米英仏で減少したが、これはフェイスブックへの依存率が下がったことによる。

 (2)代わりに利用率が増えたのがメッセージ・アプリだった。

 (3)ニュースの信頼度は平均44%で安定しているが、ソーシャルメディア上で見たニュースの信頼度は23%に下がる。

 (4)ネット・ニュースがフェイクか真実かを気にする人の比率は54%。ソーシャルメディアの利用率が高く、政治が分断化している国(ブラジル、米国、スペイン)で特に高い。

 (5)フェイクニュースを駆逐する責任はメディア(75%)やプラットフォーム(71%)に求める傾向が高い。

 (6)欧州とアジアではフェイクニュース対策に政府の関与を望む人が多いが、米国はその比率が低い。

 (7)初めて調査対象とした「ニュース・リテラシー」については、リテラシーの高い人はテレビよりも新聞をニュース源として選ぶ傾向がある。

 (8)放送局によるメディアの信頼度は新聞やデジタルのみのサイトよりも高い。

 (9)オンラインニュースを有料購読する人の比率はスカンジナビア諸国で高い。

 (10)米英、スペインでメディア媒体の会員になる制度やそのほかの寄付金制度が浸透してきたが、特定の政治信条に基づく場合が多く、特に若者層にその傾向が強い。

 (11)プライバシー情報に対する懸念から、アドブロックを使う人は27%に到達した。

 (12)テレビは継続して重要なニュース源となっているが、視聴者数は減少している。

 (13)ポッドキャストが人気。

 (14)「アマゾンエコー」や「グーグルホーム」の利用が拡大し、将来的に大きなニュース源の1つとなる見込みがある、など。

日本の市場分析

 第3部の中にある、日本についての分析を見てみる。この部分の書き手はロイター研究所の元フェローで、共同通信の澤康臣記者である。

 メディアの信頼度に関しての記述を訳してみると(カッコ内は筆者による補足)、

 「私たちの調査ではNHKと日経が最も信頼されている2つのニュース・ブランドであったが、非常に保守的な産経新聞を含む5大主要全国紙の中で、朝日新聞が最低であったことは特筆に値する」

 「過去数年にわたり、リベラル系高級紙(朝日新聞)は保守系与党・自由民主党の政治家や右派系メディアの両方から批判されてきた」

 「安倍晋三首相はある疑惑についての朝日新聞の反応に対し、フェイスブックにこう書いた。『哀れですね。朝日らしい惨めな言い訳。予想通りでした』」

 「別の件では、別の保守系議員足立康史氏(日本維新の会所属)が『朝日は万死に値する』とツイートし、右派系の(複数の)雑誌は『朝日は廃刊されるべきだ』などの見出しを付けた記事を掲載した」

 「さらなる分析によれば、朝日に対する信頼感が弱まったのは、こうした声高で党派心が露わな右派系の批判者が抱く(朝日に対する)強い不信感の結果ともいえる」

 「今回の調査が行われた後で、朝日は政府を揺るがせ、安倍首相の支持率を大幅に減少させたいくつもの暴露記事を掲載した。今年の調査にはその影響は反映されていない」。

 以上が引用部分である。

 信頼度のランキングを見てみよう。

信頼度のランキング(リポートより)
信頼度のランキング(リポートより)

 

 「その媒体を聞いたことがある」という人の中で、NHKニュースは信頼度が10点満点中6・23のスコアを得て首位に立った。

 これに続くのが日経(6・08)、地方紙(5・87)、日本テレビ(5.86)、TBS(5.78)、読売新聞(5・76)、テレビ朝日(5・7)、産経新聞(5・68)、フジテレビ(5・64)、毎日新聞(5.63)、朝日新聞(5・35)、ハフィントンポスト・ジャパン(5.26)、バズフィード・ジャパン(5.15)、週刊新潮(4.88)、週刊文春(4.63)。

ランキングの読み方は?

 このランキングをどう評価するべきか。

 2014年、朝日新聞は調査報道で間違いを犯し、当時の社長が引責辞任している。これを朝日の報道への信頼度が下落した理由と見ることは可能で、確かに「尾を引いている」(先の木村氏の記事)部分もありそうだが、筆者にはもう1つの面が見える。

 社長の引責辞任前後の保守系メディアや政治家による「朝日バッシング」が強烈だったことを思い出すと、澤氏の分析は信頼度を下落させるほどの勢いを持った日本の右派系ポピュリズムをちくりと批判している、と思うのである。リベラル系毎日新聞も、産経新聞の下になっていることに注目したい。

 「産経よりも下位だった」ことは、今回ネット言論でよく散見された「それ見たことか、朝日」ではないはずだ(先の2つの記事がそう言っているというわけではない)。少なくとも、右派系ポピュリズム・メディアの報道が(超)過激だったことも示すのである。

 次回の調査で、朝日新聞への信頼度がどう変わるかが注目だ。

 ほかに日本の特徴として、オンラインニュース部門ではヤフーニュースが圧倒的な位置を占めていること(これは以前のレポートでも指摘されてきたが、新聞社サイトがデジタル化に出遅れている間に、ヤフーニュースが急速に拡大したことが主因と思われる)、フェイスブックをニュース源として使う比率が他国と比較してかなり少ないこと(日本は9%で最下位)が挙げられている。

 澤氏は、その理由を実名参加を原則とするフェイスブックの方針に日本人がなじまないことが一因ではないかと指摘している。

 日本で最も人気があるソーシャルメディアはユーチューブ(51%)で、ニュース源として使っている人は19%。これにツイッター、ライン、フェイスブック、ニコニコ動画、インスタグラムが続く。

 日本ではオンラインニュースにお金を払う人は10%。全37カ国・地域中、26番目だ。アドブロックの利用率は17%で、36位。

ニュースを受動的に受け取る日本人

 また、日本ではオンラインニュースを基に何らかの行動を起こす割合(「参加度」とも言えよう)が極端に低い。

 例えば、ニュースをソーシャルメディアあるいは電子メールでシェアする割合は13%、ソーシャルメディアやウェブサイトのコメント欄を使ってニュースにコメントを残す割合は8%のみ。どちらも対象国・地域の中で最下位である。ブラジルではシェア率は61%、コメントを残す比率は38%で最高位。ニュースを大いに活用していることが分かる。

 日本では、何故ニュースを他国のように能動的に活用していないのだろうか?何か文化的な理由があるのだろうか?この点の分析が読みたい気がする。原因を探り当て、参加度を上げることが出来れば、オンラインニュースの購読者増加や滞在時間の長期化などに大きな力を発揮するかもしれない。


# by polimediauk | 2018-09-06 16:25 | ネット業界

「新聞研究」7月号掲載の筆者記事に補足しました。)

 今年上半期、英国の2大スクープ報道と言えば、英データ分析会社ケンブリッジ・アナリティカ社(以下、CA社)がフェイスブックから大量の利用者の個人情報を不正取得したとする疑惑、そして第2次世界大戦後にカリブ海地域からやってきた移民とその子供たちを「違法移民」として扱った事件が挙げられる。

 前者はフェイスブックへの信頼感を大きく下落させ、後者はメイ英首相の片腕と言われたラッド内相の辞任につながった。

 この2つの報道は前者が英日曜紙「オブザーバー」、後者がその姉妹版「ガーディアン」のジャーナリストによる。どちらも女性記者だ。2人は自分の心の中に芽生えた疑問やたまたま持ち込まれたネタを細々と追っていく中で、事件の核心に到達した。

 本稿では、スクープ報道の舞台裏を紹介してみたい。

「テクノロジー記者」ではなかった

カドワラドル氏(ガーディアンのウェブサイトより)
カドワラドル氏(ガーディアンのウェブサイトより)

 今年3月、数千万規模のフェイスブック利用者の個人情不正流出問題を先導したのは、オブザーバー紙に寄稿するフリーランスのジャーナリスト、キャロル・カドワラドル氏。特集記事の担当者だ。

 米大統領選(2016年)と前後して「フェイクニュース」が話題となり、同氏は「テクノロジーが選挙結果に影響を与え、民主主義を破壊している」と危機感を持つようになったという(4月17日、ガーディアン・ニュース&メディア社主催のイベントで)。

 フェイクニュース現象に注目した同氏は、偽情報の拡散にグーグルなどの検索機能が一役買っていると書いた(2016年12月4日付)。

 取材をする中で、CA社がフェイスブックなどから得た情報を基に特定の個人向けに政治的なメッセージを送っていた可能性が出てきた。

 CA社は、英国の欧州連合(EU)への加盟継続か離脱かを問う国民投票(2016年6月)では離脱陣営の勝利に、米大統領選(同年11月)ではトランプ氏の当選に貢献したと言われていたものの、その実態は明らかにされていなかった。

 カドワラドル氏はお金の流れを追うことにし、2017年2月、トランプ支持者で投資ファンド経営者でもある人物がCA社に出資していたと報道した。英国の法律では海外の市民・組織から献金を受けるのは違法で、出資は離脱派陣営への間接的な献金にあたる可能性があった。

 「まだ全貌がつかめていない」と感じたカドワラドル氏は事情を知る人物を探し、昨年4月までに元CA社の社員だったクリス・ワイリ―氏と連絡を取ることが出来た。これが突破口となった。同氏はCA社がフェイスブック利用者の個人情報を不正に取得し、米大統領選で有権者に政治広告を流したと内部告発したのである。

 ワイリー氏がメディアに実情を話すのはこれが初めて。「こちらの立場に立って、じっくりと話を聞く」カドワラドル氏の姿勢がワイリー氏の口を開かせた。暗号化した回線で話した2人の最初の会話は、4時間の長丁場となった。ワイリー氏の実名入りの報道が出たのは今年3月17日(電子版。紙版は18日付)である。

 カドワラドル氏は報道に際しオブザーバーの編集幹部や法律顧問からの助言と支援を得ていたものの、ツイッターでの侮辱的なコメントやテクノロジー専門記者たちからの批判はつらかったという。

 「私が女性でしかも中年だから、男性中心のテクノロジー業界を担当する男性記者たちは好ましく思わなかった」(BBCラジオ4の番組「メディア・ショー」、3月21日放送分)。

 スクープには「いろいろな人とおしゃべりをする中で、偶然に出くわした」という。どんなストーリーも「人から始まる」。

トピックを追う編集体制

 ガーディアン紙のジャーナリスト、アミリア・ジェントルマン氏は長年、障がい者給付金制度について書いてきた。

ジェントルマン氏(ガーディアンのウェブサイトより)
ジェントルマン氏(ガーディアンのウェブサイトより)

 3年前、その関連でイングランド中部ウルヴァーハンプトンで予定されていたある会合で、難民申請者・移民を支援する慈善団体の関係者と知り合った。その関係者から昨年10月、窮地に陥ったある女性を助けられないかと声をかけられた。

 その女性とは、ポーレット・ウィルソンさん。過去50年間英国に住んでいたにもかかわらず、「違法滞在者」として移民勾留センターに送られたという。ジェントルマン氏はウルヴァーハンプトンまでウィルソンさんに会いに出かけ、これを記事化した(2017年11月)。 

 報道後、同様の状況にいる別の人物がジェントルマン氏に声をかけてきた。合計で6人に取材し、これを新たな記事としてまとめた(今年2月21日付)。

 第2次大戦後の労働力不足を補うためにカリブ海諸国からやってきた移民たち(移民が乗ってきた船の名前にちなみ「ウィンドラッシュ世代」と呼ばれる)やその子供たちが、2014年の改正移民法の下で「違法移民」とされ、職を失ったり、社会保障の給付が停止されたり、強制退去に直面していることが分かってきた。

 英BBCやチャンネル4などの放送局もこのトピックを追うようになり、ウィンドラッシュ事件は大きな社会・政治問題として捉えられるようになった。

 ウィンドラッシュ世代は有色人種であったために様々な差別を経験したが、大戦で荒廃した英国が現在の姿になるよう力を貸してきた。そんな人々がこのような扱いを受けたことは、多くの英国人にとって衝撃だった。

 メイ首相は、該当する人々への補償金の支払いを約束した。4月29日、ラッド内相が引責辞任した。

 

 ジェントルマン氏は、ニュースサイト「プレス・ガゼット」にこう語っている(5月14日付)。

 「自分は幸運だ。ガーディアンは財政状態があまり良くないが、記者がデスクに座っているだけではなく、思い立ってウルヴァーハンプトンにまで出かけられるよう、編集部門にお金を投資している」。今後も「数か月」はウィンドラッシュ事件を追っていくという。


# by polimediauk | 2018-08-30 16:44 | 政治とメディア

(英国の邦字誌「英国ニュースダイジェスト」に掲載されている、筆者のコラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)まで、あと約7か月になりました。

 EUとの離脱交渉は10月までに終了している必要があるそうですが、「間に合うの?」と疑問が生じるような大迷走が続いています。

 23日、政府はEUとの合意に至らずに離脱した場合、どのような事態が発生し、国民や企業がどんな準備をするべきかを説明する文書を発表しました。ドミニック・ラーブ離脱担当相は「合意形成はもっともありうる展開」としながらも、「別の可能性を検討する準備も必要」と述べました。この日カバーされなかった分野については、9月末にかけて順に文書を発表してゆく予定です。

 現在、英政府とEUは合意に向けての交渉を続けていますが、「合意なし」も1つの選択肢に入れているということが分かります。

 準備をする必要があることは理解できますが、「必ず合意を形成させる」という意気込みがやや不足しているようにも思えてしまいます。

 最近の迷走について、ここで少々振り返ってみましょう。

主要閣僚が続々と辞任

 7月6日、メイ首相は公式別荘「チェッカーズ」に閣僚全員を招集し、交渉に向けての政府の基本方針について合意を取り付けました。これまで離脱支持派と加盟残留派との間で割れていた政権が、ようやく一つにまとまったという感じがありました。

 でも、その2日後にはこれまで交渉の最前線に立ってきたデービッド・デービスEU離脱担当相が辞任し、翌日には離脱派を代表するボリス・ジョンソン外相も辞任してしまいました。チェッカーズ合意がEUとの協調を優先した「ソフト・ブレグジット(穏健な離脱)」路線を明確にしたため、強硬派のデービス氏やジョンソン氏は閣内にとどまることが困難になったのです。

 メイ首相は、関税同盟からも単一市場からも抜け出る、つまり「ハード・ブレグジット(強硬離脱)」を実現することを宣言していたのですが、40数年間も続いてきたEUと英国の関係を完全に断ち切るのは実際的ではなく、スムーズな離脱を求めるビジネス界からの意向もあって、強硬派からすれば「妥協」にも見えるソフト・ブレグジット的なチェッカーズ合意を選択せざるを得ませんでした。

 (詳細な経緯については、「主要閣僚が続々辞任…イギリス政界にいま何が起きているのか」をご覧ください。)

リースモッグ氏の動向が焦点に

 現在、メイ首相にとって、無視できない存在となったのが、平議員のジェイコブ・リースモッグ氏(49)です。

 英南西部ノース・イースト・サマセットの選挙区を代表するリースモッグ氏は、2010年に下院議員として初当選。見た目は英国の絵本「ウォーリーをさがせ!」の主人公で眼鏡と頭髪が特徴的なウォーリーにそっくりです。

 父親は「タイムズ」紙の元編集長で、一代貴族となったウィリアム・リースモッグ氏、母は保守党政治家の娘ジリアン・シェイクスピア・モリス。裕福な家庭に生まれ、幼少時は乳母に育てられた「乳母っこ」です。

 名門イートン校からオックスフォード大学に進学し、大学の保守党系グループに所属。卒業後は投資銀行に勤務後、友人らと投資会社「サマセット・キャピタル・マネージメント」を立ち上げました。

 1997年と2001年に下院選挙に挑戦しましたが、夢はかなわず、当選したのは2010年です。

 その政治信条は党内でも最右派で、筋金入りのEU懐疑派です。敬虔なカトリック教徒で、同性婚には反対の姿勢を取りました。

 富裕な家庭で育ち、名門校で勉強したリースモッグ氏は、上流階級に特有なアクセントの英語で、かつ一般的には使わない難しい言葉を使って話します。

 「18世紀の価値観を持った議員」と呼ばれることもあるのですが、テレビの風刺番組に出演した際には、その古風さがおかしみを誘い、「面白いやつ」として国民に名前が知られるようになっていきます。

政治の波を作る

 ただ、リースモッグ氏は単なる「面白いやつ」ではありませんでした。党内にある「欧州調査グループ」を率いる人物でもあるのです。

 このグループには、約60人の保守党議員が参加しているようです。最近では、「国民全員が恩恵を受ける」ブレグジットが実現されるよう、政府にロビー活動をする組織になっています。

 メイ政権のブレグジット交渉に不満を持つ保守党議員たちが政権への不信任案を出すには、48人の議員の署名が必要ですが、もしこのグループがリースモッグ氏の指揮の下でメイ首相に反旗を翻したら大変です。

 7月12日に政府が発表した離脱方針の詳細をまとめた白書について、このグループは「これでは国民が選択した離脱にならない」と一蹴しています。数日後の16日には離脱に向けての関税法案が下院で可決されましたが、リースモッグ氏率いる強硬派による修正を受け入れた法案でした。

 リースモッグ氏の影響力は日増しに大きくなっており、「将来の首相候補」という声が真実味をもって響くこのごろですが、本人は一貫して否定し続けています。

世論調査は?

 最新の世論調査の1つを見てみましょう。

 左派系高級紙ガーディアン用に調査会社「ICM」が行った調査によると、「次期の総選挙に勝つには、メイ首相が与党・保守党の党首であるべき」と考えている人が多いことが分かりました(ガーディアン、8月22日付)。

 「いつ辞めるのか」と常に聞かれるメイ首相ですが、今のところ、トップの座を維持し続けています。

 先のチェッカーズ合意をきっかけに辞任したジョンソン前外相は、保守党内では次の党首・首相候補の最大手ですが、ICMの調査では「ジョンソン氏が党首となった場合、次の下院選で保守党が勝利する」と答えた人は27%。「勝てない」という人は45%でした。「勝てる=プラス」、「勝てない=マイナス」と見て、それぞれの数字を足してみると、総合スコアは「-18」です。

 同様に計算すると、リースモッグ議員のスコアは「-19」でした。

 ほかの候補者も、軒並みマイナスのスコアです。ただ、調査対象となった人は、「現在閣僚ではなく、若くて能力のある人」なら「勝てる」と思っていることも分かりました。

 しばらくはメイ首相の下で、何とかブレグジットを切り抜ける・・・これが最も妥当な線だと考えられているのでしょう。

 「現在閣僚ではなく、若くて能力のある人」とはいったい誰なのでしょう?

 ブレグジットの行方を見ながらも、ジョンソン氏、リースモッグ氏、そして「新人」の動きにも目を凝らしていた方が良さそうです。

キーワード 欧州調査グループ(European Research Group)

 保守党内の調査組織の一つで、ブレグジットを調査対象としています。1992年ごろ、マーストリヒト条約の締結を通して、英国が欧州統合の動きに深く結びついていくことを懸念したマイケル・スパイサー下院議員により結成されました。BBCによると、総人数は現閣僚を含む約40~60人だそうです。


# by polimediauk | 2018-08-29 17:22 | 政治とメディア

 英国の邦字誌「英国ニュースダイジェスト」に掲載されている、筆者のコラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 ここ数か月、英国では「ウィンドラッシュ世代」の話が連日のように報道されて来ました。

 ウィンドラッシュ世代とは、1948年から70年代初頭にかけて、当時英領だったジャマイカなど西インド諸島から英国にやって来た移民とその子供たちを指します。第二次大戦後の英国の労働力不足を補うために、渡英した人たちです。

 「ウィンドラッシュ」とは移民の第1陣を乗せてきたエンパイア・ウィンドラッシュ号から来ました。

 1948年6月21日、1,027人を乗せ英南東部エセックスのティルベリー港に到着しましたので、今年はちょうど70年目にあたります。

 この世代に該当する人が何人いるのか、正確には分かっていません。と言うのは、当時、英国の植民地であった地域から親と一緒にやって来た子供たちの多くは、自分自身の旅券や査証など公的書類がないままに入国し定住したからです。

 1971年の移民法(73年1月施行)によって、施行日以前に渡英した英連邦出身の市民には永住資格が与えられましたが、このとき、政府はその記録を残しませんでした。

改正移民法で生活が激変

 今回、ウィンドラッシュ世代が窮地に陥ったきっかけは、2014年の改正移民法です。英国内で欧州連合(EU)からの移民急増への反発が発生したことを受けて、政府は不法移民に「敵対的な環境を作る」政策を打ち出しました。

 これによって移民たちは、就労、不動産賃貸、医療を含む社会保障を受け取る際に、国籍証明書、あるいは永住許可証などの在留資格を示す正式な書類が必要になったのです。書類を出せない人は「不法移民」となり、職を失う、社会保障を受けられないなどの危機に見舞われました。国外退去を迫られた人もいるようです。

 半世紀近くも英国に住み、自分は英国民だとばかり思っていたジャマイカを含むカリブ海地域出身者やその子供たちにとって、大きなショックだったに違いありません。

 オックスフォード大学による移民観測分析では、1971年以前に渡英し、現在までに英国に定住した英連邦出身者は約52万4000人で、英国の国籍を取得した人は46万7000人だそうです。国籍を取得していない5万7000人のうち、1万5000人がジャマイカから来たと推測されており、数千規模の人が不利な状態に置かれたと見られています。

ガーディアン紙の報道がきっかけ

 一連の事態は、「ガーディアン」紙の報道で広く知られることになりました。2010年、内務省が新たな建物に引っ越したときに、ウィンドラッシュ移民の到着記録を大量に破棄していたことが発覚したのです。

 今年4月19日と20日にはロンドンで英連邦首脳会議が開催されていたこともあり、ウィンドラッシュ世代をめぐる政府の不手際が大きな政治問題となっていきました。

 テリーザ・メイ首相は、該当する人々に適切な補償の支払いを約束し、カリブ海12カ国に書簡で正式に謝罪しました。

 アンバー・ラッド内相(当時)はウィンドラッシュ世代を支援するための特別な作業部会を設置し、必要な在住証明書の収集、新たな在住許可書類作成費用の全額免除(229ポンド=約3万2,000円)、問い合わせ先の窓口となるウェブサイトの設置を下院で発表しましたが、4月29日、引責辞任に追い込まれました。

新内相が謝罪 「見せかけ」?

 ラッド氏が引責辞任をした後を引き継いだのが、サジド・ジャビド氏です。彼の両親は、ウィンドラッシュ世代と同じ頃にパキスタンからやってきました。移民第2世代ということになります。同氏にとって、ウィンドラッシュ世代の苦境は他人事とは思えないとこれまでのインタビューで述べています。

 今月21日、ジャビド内相は下院の内務問題委員会に対し、これまでの調査結果を報告しました。

 これによると、先の大臣が設置した作業部会に連絡を取ったウィンドラッシュ世代関係者は6,507人に上りました。このうち2,272人に英国の在住資格を裏付ける書類が送られました。2,272人のうちの1,093人(最多)がジャマイカ出身でした。

 作業部会は、1万1,800人を対象に調査を行いました。このうち18人が、先の移民法が施行された1973年以前から英国に住み、この法律によって永住資格を得ていたにもかかわらず、これを証明する書類がなかったために英国に住めなくなったり、移民管理センターに拘束されたりしていました。

 18人のうち14人に連絡が取れ、ジャビド内相は謝罪の書簡を送りました。補償金を支払うこと、すでに英国を去ってしまった人には帰国への支援を行うことも書かれていました。

 政府の調べによると、18人以外には、カリブ海諸国出身者の146人が英国から強制送還されたり、移民管理センターに拘束されたりしていました。

 ウィンドラッシュ世代にどのように補償金を払うかについては、現在、広く意見を募っているところです(締め切りは10月11日)。

 両親がウィンドラッシュ世代となる、デービッド・ラミー労働党議員は、「18件は雀の涙だ。内相の謝罪は見せかけだ」、と述べています。「現在も支援金が与えられず、仕事や住居を失って、食事も満足にできない人々に対する侮辱だ」。

欧州列強による「三角貿易」とウィンドラッシュ世代

 歴史をさかのぼれば、西インド諸島に黒人の住民がいるのは、英国を含む欧州列強による「三角貿易」の結果でもあります。

 例えば、英国からアフリカ大陸に工業製品を運んだ船は、そこで現地の黒人住民を奴隷として西インド諸島や米国に運び、次にそこからタバコや綿花などの産物を積んで英国を含む欧州に戻って来たのです。

 ウィンドラッシュ号やその後の船で英国にやって来た人々は、有色人種であることから様々な人種差別にあう場合もありました。その大部分はブルーカラーの仕事、例えば清掃人、運転手、看護婦として働きながら、大戦で荒廃した英国が現在の姿になるまで力を貸してきました。

 希望に満ちた若者たちの当時の写真をよく目にしますが、これまでの経緯を思い合わせると、今回の危機には本当に胸が痛みます。

キーワード 英連邦(Commonwealth of Nations)

 英国を中心とする自治領、旧植民地諸国で構成される緩やかな連合体のことです。53の加盟国には約24億人が住んでいます。英国に住む加盟国の国民は、英国の国政及び地方選挙で選挙権・被選挙権を持っています。首長はエリザベス女王、次期首長はチャールズ皇太子。隔年で首脳国会議を開催し、今年は4月19日~20日、英国で開催されました。


# by polimediauk | 2018-08-28 22:25 | 英国事情

c0016826_21185233.jpg

月刊誌「Journalism」7月号掲載の筆者記事に補足しました。)

「フェイスブック・ショック」

 欧米のメディア界には今、「フェイスブック・ショック」とも呼ぶべき現象が広がっている。その衝撃度と影響、プライバシー保護への動きについて、欧州を中心とした議論を紹介してみたい。

 「ショック」のきっかけは、今年3月中旬。英国の政治コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」(5月上旬廃業、以下CA社)の元社員が、フェイスブックの利用者数千万人分の個人情報がCA社に「不正流出」されていたと内部告発した。この情報を基に投票行動を誘導する広告を2016年の米大統領選で配信したという(CA社側は否定)。

 企業や組織が巨大な量の個人情報を含んだデータを図らずも流出させた事件はこれまでにも数多く発生してきたが、今回の事件は特別の意味合いを持つ。最大の要因は、これがフェイスブックを通じての個人情報の大量流出であったことだ。

 欧米諸国では、フェイスブックは独占的な位置にあるソーシャルメディアだ。毎日何度もアクセスし、自分が最もプライバシーをさらけ出す場所で個人情報の流出事件が発生した。多くの人にとって、ひやりとするような衝撃である。しかも、CA社へのデータ流出についてフェイスブックは2015年時点で承知していたが、内部告発者の証言が出るまで利用者には通知していなかった。

 また、もし投票行動に影響を及ぼしていたとなれば、選挙という民主主義の基礎を揺るがせる事態が発生していた可能性がある。

 フェイスブックを使って有権者に支援を求める手法は、オバマ前米大統領も含め、多くの政治家・政党が利用している。米テック大手による個人情報の取り扱いへの懸念もこれまでに表明されてきた。しかし、CA社の元社員が実名・顔出しで内部告発したことで、様々な問題が急に切実に感じられるようになった。

 伝統メディアには、大きな戸惑いが生じた。情報拡散には有力な助っ人であるはずのプラットフォームがもし個人情報の不正流出を許していたとすれば、今後もビジネス上の提携関係を結ぶに足る存在といえるだろうか?

CA社の疑念が深まる

 情報流出事件のあらましを振り返っておきたい。

 CA社は2013年に設立され、データ解析を基に選挙活動について助言する会社だった。英国の欧州連合(EU)脱退に関する国民投票(2016年6月)では離脱陣営の勝利に、同年11月の米大統領選ではトランプ陣営の当選に貢献したといわれている。

 設立時、CA社はトランプ支持者で投資ファンド経営者のロバート・マーサー氏が資金を提供している。また、同陣営の選対本部長で、トランプ大統領就任(2017年1月)後は右腕とされたスティーブン・バノン氏が一時、副社長を務めていた。

 2014年、ケンブリッジ大学のアレクサンドル・コーガン教授が性格診断クイズ「これがあなたのデジタル生活だ」を開発し、フェイスブックのアプリとして公開。主として米国人の約30万人が「学術目的」のアプリをダウンロードした。コーガン教授は利用者に対価を支払い、データを取得する。このアプリを通じ、回答者の友人を含む約8700万人の個人情報が取得された(数字はフェイスブックによる)。

 コーガン教授は取得したデータをCA社に売却していた。アプリの開発者が学術目的で取得したデータを企業に売却する行為は、当時も今もフェイスブックの規約違反だ。

 2015年、フェイスブックはコーガン氏開発のアプリが大量の個人情報を吸い上げていたことを知ったが、これを公にしなかった。ただし、第3者のアプリ開発者がアクセスできるデータの取り扱いについてより厳しい条件を課すように規則を変更している。

 

英オブザーバー紙記者らによる、CA社元社員ワイリー氏の内部告発記事の初報(3月17日付、ウェブサイトから)
英オブザーバー紙記者らによる、CA社元社員ワイリー氏の内部告発記事の初報(3月17日付、ウェブサイトから)

 情報流出が広く知られることになったのは、今年3月17日。

 CA社が英国の国民投票に及ぼした影響について調べていた英日曜紙「オブザーバー」のキャロル・カドワラドル記者が元CA社員クリストファー・ワイリー氏から内部告発を引き出した。オブザーバー紙は同氏から得た情報を米ニューヨーク・タイムズ紙、英放送局チャンネル4と共有し、オブザーバーの姉妹紙ガーディアンを含む各媒体がこの問題を率先して報じた。

 ワイリー氏によると、コーガン氏がアプリ開発のために立ち上げた会社グローバル・サイエンス・リサーチ社(以下、GSR社)は「5000万人以上」(4月4日、フェイスブックは「約8700万人」と発表)の利用者の情報を収集し、これをCA社に販売した。

 アプリ使用に代金を払った利用者約30万人は自分についての情報の収集に同意しており、これは「同時に友人の個人情報も収集できる形になっていた」、ただし友人の情報収集について「オプトアウト」(共有しないという選択肢を選ぶ)した場合は別である(ガーディアン、3月17日)。しかし、「政治運動に使われることや巨大な選挙運動用データベースに情報が加えられることについて同意した人は1人もいなかった」。

 コーガン氏はカドワラドル記者の取材に対し「すべてが合法だった」と述べ、フェイスブック側は「情報漏えいではなかった」としている。コーガン氏は「合法に情報にアクセスした」が、情報を第3者に流したという点では「規約を守らなかった」と認めている(同日付)。

 CA社は入手した個人データと選挙人名簿の情報などを組み合わせて個人の心理特性を築き上げ、特定の政治行動を促す広告を配信したといわれている。CAの戦略がトランプ陣営やEU離脱派の得票にどれほどの効果があったのかについては定かではない。

 4月24日、CA社はコーガン氏から提供された情報は「統計的にあてずっぽうよりは少し上ぐらいのもの」であったために使わなかったと記者会見で述べた。

フェイスブックの信頼問題に発展

 

 CA社による情報不正利用疑惑は、フェイスブックの信用とその個人情報の扱い方の問題に発展した。

 朝日新聞のメディア・ウオッチャー、平和博氏は、「問題のそもそもの発端は、『友達』のデータまで含む大量のデータ取得が可能だった、フェイスブックによるプライバシー管理の仕組みそのものにあったのではないか、という指摘だ」と書いている(ブログ「新聞学的」2018年3月24日付)。

 同ブログによると、フェイスブックは「グラフAP1」という名前のインターフェイスの規格を使っていた。これは、外部で開発されたアプリがフェイスブックの利用者の個人情報を含む内部情報にアクセスし、取得するための規格である。2014年当時、「ユーザー本人だけでなく、その『友達』のデータについても、かなり幅広く入手することが可能だった」。例えば、利用者が同意すれば、データ取得に同意していない友達の名前、性別、経歴、住所、学歴、職業などの情報を取得できた。

フェイスブックのザッカーバーグCEOの米議会での証言を動画付きで紹介するBBCのニュースサイト(BBCのサイトから)
フェイスブックのザッカーバーグCEOの米議会での証言を動画付きで紹介するBBCのニュースサイト(BBCのサイトから)

 

 2015年5月から、フェイスブックはよりプライバシー保護を強化するようにこの規格を変えたが、現在でも友達のアプリを経由して、自分の個人情報がそのアプリに流れている。これを止めたい場合は、「アプリやゲーム、外部サイトで友達に公開する情報の種類」でオプトアウトを選択する必要がある。

 筆者も含めて、フェイスブックの利用者は友達同士で情報が共有されることを認識していたものの、友達がどのようなアプリを使っているのかまでは確認していないことが多い。フェイスブック側は「同意したはず」となるだろうが、利用者としては「虚を突かれた」という思いがあるのではないだろうか。

 フェイスブックは今後、変わるだろうか?

 フェイスブックやほかのテック企業は利用者の個人情報と引き換えに広告を出し、その収入によって無料サービスを提供してきた。事実上「利用者の個人情報を『売る』」ことをビジネスの核としてきたフェイスブック。ここが変わらない限り、「できうる限り、利用者の個人情報を収集する」姿勢は変わり得ないかもしれない。今後、広告を入れない形での有料サービスが1つのオプションになるのかどうか注目だ。

メディア界の視線が変わる

国際ジャーナリズム祭で。左端がジャービス教授、隣がラップラーのレッサ編集長、一人おいて、バズフィードUKのギブソン編集長(撮影 小林恭子)
国際ジャーナリズム祭で。左端がジャービス教授、隣がラップラーのレッサ編集長、一人おいて、バズフィードUKのギブソン編集長(撮影 小林恭子)

 

 フェイスブック、CA社のみにかかわらず、これからのネットビジネスのあり方、メディアのかかわり方、引いてはインターネットの未来にまで議論が及んだのが、今年の「国際ジャーナリズム祭」(イタリア・ペルージャ、4月11日から15日)のセッションだった。

 フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOが情報流出問題をめぐって4月10日と11日の両日に米上下院に召喚され、合計で10時間にわたって議員からの質問に答えたが、この様子をネットで見聞きした時期とちょうど重なったことも議論に熱気を与えた。

 ネット推進派の見方が大きく変わりつつあることを感じたのは、ニューヨーク市立大学で教える、ジェフ・ジャービス教授の発言だった。著名ブロガーの同氏は、グーグルについての著作もあり、インターネットを「善」とする論客の一人。

 しかし、4月12日のセッション(「メディア側とプラットフォーム側の決断に関連する、道徳上の責務をどう定義するか」)の中で、同氏はこう述べた。「自分はインターネットについて語る時、そのオープン性を常に支持してきた。メディアに対して、オープンであれと言ってきた。しかし、もう簡単にはそう言えない。インターネットは政治操作に対してもオープンであったことを理解したからだ」。インターネットの良さを謳歌する雰囲気は大変わりした。

 フィリピンのウェブサイト「ラップラー」のマリア・レッサ編集長は続ける。「『オープン性』の良さは偽りだった。家を建てて、中にどんどん人を入れたら、互いに攻撃している。家を作った側の責任が問われている」。ネット上でオンラインハラスメントが発生し、テロリストやほかの犯罪者が犯罪行為のために悪用していることを想定に置いての発言である。

 元ガーディアンの編集幹部で現在はバズフィードUKのジャニン・ギブソン編集長は、「既存メディアはソーシャルメディアの要望に合わせようと、努力してきた。動画をやれ、エンゲージメントが大切だと言われ、無理をしてもその要望に応えようとしてきた。今となっては、子供の言うことを聞きすぎた親のように感じている」。

 ギブソン氏を含め、他のパネリストたちも「プラットフォーマーには説明責任が必要。(個人情報の取得について)何らかの規制があるべき」という点ではほぼ一致していた。

オックスフォード大学のラスブリジャー氏(左)と独ビルト紙の元編集長コッチ氏(撮影 小林恭子)
オックスフォード大学のラスブリジャー氏(左)と独ビルト紙の元編集長コッチ氏(撮影 小林恭子)

 

 13日のセッション、「テクノロジーについての道徳上のパニック すべてがそれほど悪いのか」では、パネリストたちの「テックの巨人」とでも言うべきフェイスブック、グーグル、アマゾン、アップルなどへの強い危機感が露わになった。

 米国の非営利組織「電子フロンティア財団」のジリアン・ヨーク氏は「国家権力や大手プラットフォームが人々の生活に大きな影響力を及ぼすことに懸念を抱いている」という。言論界が「グーグル、フェイスブック、ツイッターなどに牛耳られている」。

 ドイツ最大の日刊紙ビルトの元編集長タニット・コッチ氏は、ドイツでは検索エンジンの95%がグーグルになっており、「グーグル検索で見つからないとその情報は存在しないも同然になる。これが怖い」という。

 パネリストたちの目にはフェイスブックを始めとするテック大手自体がオープン性や透明性に欠けると見える。

 「フェイスブックは2万人を新規に雇用し、ヘイトスピーチを根絶させるという。AI(アーティフィシャル・インテリジェンス=人口知能)も駆使すると。しかし、誰がAIに何がヘイトスピーチで何がそうではないのかを教えるのか?そこに偏向は生じないのだろうか?」(ヨーク氏)。

 一方、「今でもデジタルメディアの可能性を信じる」としたのは、ガーディアンの編集長時代に同紙のデジタル化を強力に進めたアラン・ラスブリジャー氏だ。同氏は今、オックスフォード大学レディー・マーガレット・ホールの学長である。「CA事件が起きたからと言って、慌てて行動を起こす必要はない。じっくり考えるべき」。

 しかし、「個人情報の保護」という観点から、事態は急速に展開している。5月25日から、欧州内で「一般データ保護規則(General Data Protection Rules=GDPR)」が施行されたからだ。

 どんな規則で、何が変わりつつあるのか。

欧州とGDPR

 GDPRとはEUの規制の1つで、「個人、会社、あるいは組織によるEU域内の個人についての個人情報の処理」を対象とする(欧州委員会のウェブサイトより。以下同)。原文(英語版)は「個人」を「individual」としており、国籍については規定してないので域内にいるすべての人、という意味と解釈してよいだろう。

 GDPRによると、域内のすべての人は、自分についての個人情報が保護され、自分についての情報にアクセスし、これを修正する権利を持つ。

 この権利はEU市民や域内の住民の政治的、社会的、経済的権利を法的に定める「欧州連合基本権憲章」第8条で規定されている。

 2012年以降、EUはデジタル時代に適応するよう個人情報保護に関わる規定を改正する議論を開始。2016年4月、データ保護指令(1995年)を置き換えるEU一般データ保護規則(「規則2016・679」)が欧州理事会及び欧州議会で採択された。EU加盟の28カ国は今年5月上旬までに国内法にこの規則を組み込むようにされ、同月25日から適用となった。

 規則の詳細はEUのウェブサイトに掲載されている(URLは最後に表記)。筆者が住む英国で個人情報の保護を管轄する「情報コミッショナーズ・オフィス(ICO)」が作成した概要版にも目を通しながら話を進めたい。

 GDPRは個人情報の「管理者」と「処理者」を対象とする。EU域内で活動する組織がこれに入るが、域外にある組織でも域内にいる個人にモノやサービスを提供する組織も含まれる。グローバル化が進んだ現在、日本企業も含めて世界中の相当数の組織・企業に影響が及ぶ。

 「個人情報」とは当人であることが識別できる情報で、例えば名前、識別番号、位置情報、オンライン識別子(例えばIPアドレスやクッキー)、身体的、生理学的、遺伝子上、精神的、経済的、文化的あるいは社会的な識別情報を指す(第2-1条)。

 また、特別な配慮が必要とされる個人情報の項目では、人種、政治志向、宗教及び哲学上の信念、労働組合に加盟しているかどうか、遺伝子や生体認証情報、医療情報、性的指向についての情報の処理を禁じている(第9条)。ただし、個人が明確に合意を与える場合や、雇用や社会保険などのサービスを受けるなどの目的がある場合は例外となる。

 英ICOによると、GDPRの重点の1つが「説明責任原則」だ。情報の処理者・管理者は第5条で定義される原則にどのように従ったかを個人に示す必要がある。

 その原則とは、個人情報の処理者は、透明な手法で、合法に、公正に処理を行うこと(第5条原則)。情報は正確であるようにし、必要とあれば更新すること(第5-d)。管理者は情報処理が「原則に沿っているものである点について責任を持ち、これを示すことが出来るようにする」(第5-2)。

 「合法」とは、情報処理対象となる「個人の合意があること」(第6条1ーa)や、処理が「個人との契約の遂行に必要であること」(第6条1ーb)などだ。

 「同意」とは、「自由に与えられた、特定の、情報を与えられた、明確な、情報取得対象者の意思であり、声明あるいは明確で肯定的な行動であり、情報処理に対する合意を意味するものである」(第4条―11)という。

 対象者が16歳未満の子供である場合、その子供の親としての責任を持つ人物からの同意が必要となる(第8条)。

 GDPRは個人の権利を強化している。

 例えば、「情報を受け取る権利」(情報管理者は個人に対し、管理者についての情報、情報収集の目的、どの個人情報を収集するか、誰が情報を受け取るかなどを通知する、第12、13,14条)、「アクセス権」(第12条、15条)、「修正権」(第12、16,19条)、「削除権」(継続した情報処理は不必要と個人が見なした場合、削除を求める権利がある。かつての「忘れられる権利」と同様だが、これを強化した。第17条、19条)。

 また、「処理を限定する権利」(第18,19条)、「データを持ち歩く権利」(第12条、20条)、「反対する権利」(第12条、21条)、「自動決定権及びプロファイリングに関係した権利」(「プロファイリング」とは個人情報を使って、雇用、健康、個人の好み、関心、信頼性などの自己像が作られること。情報の収集によってこうしたプロファイリングが生成され、個人が不利益を被ることを防ぐことができる。第4条―4、9条、22条)も含まれる。

 GDPRには情報収集側の説明責任と統治を定義する条項が入っている。EUの以前の個人情報に関する規則では暗黙の前提となっていた部分を明文化した。

 第5条(2)で情報処理者は説明責任を果たしていることを示し、第30条では責務をいかに実行しているかを示す記録を残すことが必要としている。

 また、GDPRは個人情報の取得・管理に関わったすべての組織に対し、情報漏えいが発生した場合に通知することを義務化している。

 個人情報の漏えいとは、この情報の破壊、喪失、改ざん、非合法な開示あるいはアクセスを指す。もし漏えいが起きた場合、管理者は「72時間以内に」事態を規制監督当局に通知する義務がある(第33条)。もし管理者あるいは処理者が漏洩を通知しなかった場合、最大で2千万ユーロ、あるいは企業の場合は全世界における前年の年間売上収入の4%の間で、いずれかの高額な方を最高額とする罰金の支払いが課される場合がある(第84条―4)。

その効果と影響は

 

 5月25日のGDPR施行に向かい、欧州在住者は施行の前に情報の使用について合意をもらおうとする企業・組織からの電子メールを続々と受け取ることになった。この時までに個人情報の利用規則を変えているので「このままサービスを利用できます」というメールもあれば、該当組織のメールサービスを改めて購読することに合意が必要とするメールもあった。

 フェイスブックやグーグルを利用していた場合は、それぞれプライバシー設定を「確認」するよう求められた。

 例えば、筆者はグーグルメールを使っているが、「Googleのプライバシーポリシーとプライバシー設定の改善について」と題するメールをGDPRの施行2週間前に受け取った。メールの中に「ポリシーの改訂版」という表記があり、これをクリックすると、グーグルのプライバシーポリシーについての長い説明があった(印刷すると、A4で30枚分)。

 メール内の「プライバシー設定を改善」の項目では、「マイアクティビティ」で、グーグルのブラウザーであるクロームを使ってどのような作業を行ったかが画面上に出た。検索の結果やどのメールを見たかが一目瞭然だ。これは本人しか見ることが出来ない設定となっている。

 「ダッシュボード」をクリックすると、グーグルアカウントに保存されているデータの表示と管理についての情報が示された。このデータをダウンロードもできる。「プライバシー診断」をクリックすると、「ウェブとアプリのアクティビティ」、「ロケーション履歴」、「端末情報」、「音声アクティビティ」、「YouTubeの検索履歴」などが表示された。

 自分についての情報を自分が管理する権利を明確にし、情報の管理者・処理者に対してその行動に大きな説明責任を持たせたGDPRの施行は、欧州に住み、グーグルやフェイスブック他のソーシャルメディアを使う一人からすれば、心強い動きだ。

プライバシーを守ることはもはや不毛ではない

 1999年、コンピューター会社マイクロソフトシステムズのトップだったスコット・マクネリ氏はデジタル社会でプライバシーを守ることは不毛だと報道陣に述べたことがある。「今や、ゼロ・プライバシーの世界になった」、「あきらめろ」。

 しかし、時代は変わった。フェイスブックの最高執行責任者シェリル・サンドバーグ氏は情報の安全性と保安について「充分な投資をしてこなかった」と述べた(4月5日、フィナンシャル・タイムズ紙)。GDPRについて、サンドバーグ氏は「欧州の方が米国の先を行っている」と述べている。

 GDPRは始まったばかりでその効果はまだ判然としない。施行初日、米国のメディア企業トロンク(ロサンゼルス・タイムズ、シカゴ・トリビューンなどを発行)のウェブサイトが欧州からは一時使えなくなった。2年間の準備期間はあったものの、GDPRに対応するシステムの変更ができていないという企業が少なくないと言われている。

 また、EUの加盟28カ国中、オーストリアとドイツのみが施行前に国内法の変更を完了していたが、ブルガリア、ギリシャ、マルタ、ポルトガル、ルーマニアはどのようにGDPRを実行するかについて国民に情報を出しておらず、国会に関連法案を提出していなかった。

eプライバシー法についての提案のウェブサイト(EUのウェブサイトから)
eプライバシー法についての提案のウェブサイト(EUのウェブサイトから)

 今年後半にかけて、欧州内でのプライバシー保護の動きに一層の拍車がかかりそうだ。というのも、EUはGDPR以上に個人情報の保護を強化する「eプライバシー法」を年内に成立させる予定だからだ。

 これは、「eプライバシー指令」(2002年)を改定するもので、2017年1月に最終提案書が発行されている。

 これによると、eプライバシー法はすべての電子的な通信において現在よりも高度のプライバシー保護を達成することを目的とする。電子的な通信及び情報全体を対象とする。特徴は、「新規通信サービス(ワッツアップ、フェイスブック・メッセンジャー、スカイなどによる通信)も対象とする」、「EU域内のすべての人及び企業が持つプライバシーにかかわる情報が保護対象となる」、「クッキーの処理が簡素化され、ブラウザーの設定によってクッキーやそのほかの識別子のトラッキングについて同意するか、拒否するかを決められる」など。

 クッキーについては、「同意しないと、そのサービスが使えなくなるので同意してしまう」という「クッキーの壁」現象が問題視されている(最終提案書、43ページ)。

 「クッキー」は利用者のブラウザーに保存される情報で、サイトの閲覧歴を記録するソフトだ。あるウェブサイトを訪れると、サイトは利用者のデバイスを記憶し、次回そのサイトに来るとそのデバイスを認識する。

 クッキーは利用者のネット利用体験を高めるために役立つ(ログイン情報が保存される、何をショッピングカートに入れたかが記憶されるなど)。閲覧するサイト以外の第3者(例えば広告ネットワーク)はクッキーを使うことによって、ターゲットを絞り込んだ広告の配信ができる。

 欧州発のプライバシー保護の動きは、今後世界に広がり国際基準となっていくと見られている。日本の企業、メディア組織も対応を迫られそうだ。

***

 

参考

一般データ保護規則(EUのウェブサイト)の英語版

英「情報コミッショナーズ・オフィス」の概要版

eプライバシー法についてのサイト


# by polimediauk | 2018-08-27 21:16 | ネット業界