中東情勢が再び緊迫している。
イスラエルとイランの対立は軍事衝突へと発展し、米国も関与する形で攻撃と報復が続いている。報道によれば、米国とイスラエルはイラン国内の核関連施設や軍事拠点を攻撃し、最高指導者ハメネイ師も殺害した。これに対してイランは中東各地の米軍基地や関連施設をミサイルや無人機で標的にしている。
この衝突を理解しようとするとき、多くの人は「なぜ止められないのか」という問いに突き当たる。だがその問いに答えるためには、まず別の問いから始めなければならない。
そもそも、なぜ中東にこれほど多くの米軍基地が存在するのか。その答えを知ることで初めて、「止められない」という現実の構造が見えてくる。
米軍は世界にどれだけの基地を持つのか
アメリカは現在、世界約80カ国に700を超える海外軍事基地を設置している。この規模は他のいかなる国とも比較にならない。ロシアの海外基地は数十か所、中国は近年急速に拠点を増やしているとはいえ、まだ十数か所にとどまる。「世界の警察官」という言葉があるが、軍事基地のネットワークという点においては、アメリカはまさに唯一無二の存在だ。
なぜアメリカだけがこれほどの規模で展開できるのか。
理由は複数ある。第一に、第二次世界大戦後の戦後秩序が背景にある。アメリカは戦争終結時に世界最大の経済・軍事大国となり、日本、ドイツ、イタリアなど戦後復興中の国々に基地を置くことで、戦後秩序を安定させる役割を果たした。
第二に、冷戦体制の維持である。ソ連と対抗するため、米軍は欧州とアジアに駐留し、同盟国と連携して防衛網を築いた。北大西洋条約機構(NATO)や日米同盟の枠組みは、基地を展開する法的・政治的根拠となった。
第三に、アメリカの圧倒的な経済力とドル基軸通貨の地位がある。多くの受け入れ国はアメリカと二国間協定を結び、基地建設費の一部を負担することもある。これによりアメリカは単独で費用を賄うことなく、世界中に拠点を広げてきた。
中東の米軍基地 戦略の中枢
米軍基地が最も密集している地域のひとつが中東だ。この地域の基地群は、今回の衝突の直接的な舞台となっている。
中東最大の米軍基地は、カタールのアル・ウデイド空軍基地だ。米中央軍の前方司令部が置かれ、地域全域の航空作戦の中枢を担う。湾岸戦争、イラク戦争、アフガニスタン作戦など、過去数十年の中東における米軍の主要作戦はすべてここを拠点としてきた。
バーレーンには米海軍第5艦隊司令部が設置され、ペルシャ湾とホルムズ海峡の安全保障を監視する。ホルムズ海峡は世界の石油輸送量の約2割が通過する要衝であり、その監視はアメリカだけでなく世界経済の安定とも直結している。
クウェートのキャンプ・アリフジャンはイラク戦争以降の兵站・作戦拠点として機能し、アラブ首長国連邦のアル・ダフラ空軍基地は偵察機や戦闘機の拠点として対テロ作戦や監視活動を支えている。
サウジアラビアのプリンス・スルタン空軍基地、ヨルダンやイラク北部・シリアに展開する小規模の前線基地は、地域作戦の柔軟性を確保するために設置されたものだ。
これらの基地は単なる駐留施設ではなく、航空作戦、海上作戦、情報収集、ミサイル防衛、兵站支援など、あらゆる機能を統合した戦略的拠点である。
興味深いのは、米国の最大の同盟国であるイスラエルには大規模な米軍基地がほとんど存在しないという事実だ。理由はいくつかある。イスラエルは自国軍の能力が非常に高く、外国軍の常駐を必要としていない。また、米軍基地を置くと周辺アラブ諸国との政治的緊張が高まる可能性がある。そのため米国は、イスラエル本土ではなく湾岸諸国に基地を集中させ、そこからイスラエルを支援するという戦略を採用している。
欧州の米軍基地 冷戦の遺産と現在
中東と並ぶ米軍の主要展開地域が欧州だ。欧州に駐留する米軍は、第二次世界大戦後の安全保障体制の中で形成された。その最大の背景にあるのが、1949年に設立されたNATOである。NATOは「加盟国の一国が攻撃された場合、すべての加盟国への攻撃とみなす」という集団防衛を原則とする。
欧州最大の米軍拠点はドイツだ。冷戦期には数十万人の米兵が駐留していたが、現在でも欧州最大規模を維持している。なかでもラムシュタイン空軍基地は欧州における米空軍の中心拠点であり、NATOの航空作戦でも重要な役割を果たす。
イタリアのナポリには米海軍の欧州司令部が置かれ、地中海に展開する米艦隊の指揮拠点として機能している。英国には米空軍基地が複数存在し、大西洋を挟んだ米欧軍事協力の要となっている。
スペインのロタ海軍基地は地中海と大西洋を結ぶ戦略拠点で、ミサイル防衛艦なども配備されている。
冷戦が終わった後、欧州の米軍は大幅に削減された。しかし完全に撤退することはなく、現在でも数万人規模の米兵が欧州に留まっている。
2014年のロシアによるクリミア併合以降、NATOは東欧の防衛を強化しており、ポーランドやバルト諸国への米軍展開も増加している。
2022年2月のロシアのウクライナへの全面侵攻後は、その傾向がさらに強まった。
欧州の米軍基地は冷戦期の遺産であると同時に、現在の安全保障環境にも対応する軍事拠点として機能し続けている。
ただし、欧州の米軍が完全にNATOの指揮下にあるわけではない。米軍はまずアメリカ軍として駐留しており、その上でNATOの作戦に参加するという仕組みになっている。
つまり欧州の米軍基地は、米国と各国の二国間協定とNATOの集団防衛体制という二つの枠組みの上に存在している。アメリカの国益とNATOの集団的利益が一致するときは問題ないが、これが乖離するときに何が起きるかは、今後の重要な問いとなる。
日本 世界最大の米軍基地密集地
アジアに目を転じると、日本は世界最大の海外米軍基地密集地のひとつだ。沖縄には多数の基地が集中しており、横須賀には米海軍第7艦隊の母港がある。嘉手納には極東最大級の空軍基地があり、岩国、佐世保、三沢など全国各地に基地が分散している。冷戦期にはソ連への抑止力として、現在は中国や北朝鮮への対応として重要視されている。
今回の中東での衝突は「遠い地域の話」ではなく、同じ米軍基地ネットワークの中に組み込まれた日本にとっても、決して無関係ではない。
イランが米軍基地を狙う理由
最高指導者ハメネイ師を失ったイランにとって、この戦争はもはや国家の存亡をかけた戦いとなっている。
今回の衝突でイランが中東各地の米軍基地を攻撃対象としているのは、偶然ではない。イランにとって、これらの基地はイスラエル支援の前線拠点であり、自国への軍事的圧力の象徴だ。
3月上旬時点で、カタールのアル・ウデイド空軍基地、バーレーンの米海軍司令部、クウェートのアリ・アル・サレム空軍基地、UAEのTHAADレーダー施設、サウジアラビアのプリンス・スルタン基地、ヨルダン、イラク北部のエルビル国際空港、さらにはキプロスの英国アクロティリ・デケリア基地までが攻撃を受けている。
イランの攻撃は単なる施設破壊ではなく、通信・レーダー・情報収集設備を狙い、米軍の作戦指揮や監視能力を麻痺させる意図がある。人的被害は米軍側で6名、湾岸諸国で11名、イラン側で1300名以上と報告されている(数字は刻々と変化しそうだ)。
この非対称な被害の数字は、戦争の「コスト」がいかに不平等に分配されているかを示している。
なぜ、誰も止められないのか
ここでようやく、最初の問いに戻ることができる。
なぜ戦争を止める仕組みがないのか。
根本的な問題は、国際社会には強制力がないという一点に尽きる。
国連安全保障理事会は本来こうした事態を止める役割を持っているが、アメリカが常任理事国であるため、自国や同盟国への制裁決議に拒否権を行使できる。制度として最初から「大国が当事者の戦争は止められない」という構造になっているのだ。加えて各国には「主権」があり、他国が内政や軍事行動に介入することは国際法上も極めて難しい。「止める力」を持つ国が、止める側に回るインセンティブをそもそも持っていないことが多い。ウクライナに侵攻したロシアの例がこれに該当するだろう。
国際法上の評価も明確だ。先制攻撃は国連憲章第51条のもとでは原則として違法である。武力行使が合法とされるのは、安保理の授権がある場合か、急迫した武力攻撃に対する自衛の場合に限られる。「将来的に核を持つかもしれない」「代理勢力を支援している」という理由での先制攻撃は、大多数の国際法学者の見解では自衛権の正当な行使には該当しない。
ではなぜ罰せられないのか。国際法には執行機関がないからだ。国際司法裁判所(ICJ)や国際刑事裁判所(ICC)は存在するが、アメリカはICCの管轄権を認めておらず、安保理での制裁はアメリカが拒否権で潰せる。「違法だが、裁く手段がない」——これはロシアのウクライナ侵攻でも同じだった。「違法かどうか」と「止められるかどうか」は、今の国際秩序では別の問題なのだ。
沈黙を選ぶ指導者たち
多くの国の指導者が沈黙する理由も同じ構造から来ている。アメリカとの貿易・安全保障上の依存関係がある国は批判しにくく、欧州諸国はNATOへの依存ゆえにアメリカに強く言えない。イスラエル問題は国内のユダヤ系・アラブ系市民との関係で複雑な国も多い。外交的打算として「今は黙っておいた方が後で使える」という計算も働く。
こうした指導者たちは声を上げられないのではなく、上げないことを選んでいるともいえる。できないからではなく、しないことを選んでいる。その「選択」の責任を問う視点は、民主主義社会に生きる市民として持ち続けるべきだろう。日本政府がこの衝突についてどのような立場を取っているかを問うことも、その一つだ。
米軍ネットワークが「止める」を不可能にする
ここで、冒頭の問いと米軍ネットワークの話がつながる。
世界に700以上の基地を持つアメリカが当事者となっている戦争を、誰が止めることができるのだろうか。欧州の同盟国はNATOを通じてアメリカに依存している。日本も米軍基地を抱え、安全保障をアメリカに依存している。湾岸諸国は米軍基地を自国領土に置き、アメリカとの関係なしに安全保障を語れない。つまり、米軍のグローバルネットワークは軍事的抑止力であると同時に、アメリカの行動を批判することを各国が躊躇する構造を作り出している。
「止める力」を持つ国々がことごとく、アメリカのネットワークの中に組み込まれている。これが「なぜ止められないのか」という問いへの、もっとも構造的な答えだ。
それでも、できることはある
では私たちに何もできないのか。そうは思わない。
情報を正確に見ることが第一だ。プロパガンダや誤情報が飛び交う時期には、複数の情報源を比較することが不可欠だ。
次に、声を上げることだ。政治家への意見表明、署名、デモ——小さく見えても、民主主義社会では積み重なっていく。人道支援団体への支援は、今まさに現地の命に直結する。そして何より、「こんなことが起きるなんて、信じられない」という感覚を失わないこと。その感覚がある限り、無関心にはならないはずだ。
世界に「国際警察」と呼べる存在はなく、国連も大国の戦争を止める実効的な軍事力を持たない。
国際秩序の現実とは、力を持つ国が法を破っても免責される非対称な世界だ。その冷厳な事実を直視すること、そして「止める仕組みがない」という現実を変えようとする意志を持ち続けること。それが、この戦争を「自分ごと」として考え続けることの意味だと思う。




