小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

 メディアコンサルタントの境治さんが運営する、テレビとネットの横断業界誌「MediaBorder2.0」の勉強会イベント(6月24日)で、新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで」(光文社新書)をトピックに話をさせていただきました。

 なぜこの本を書くことに至ったのか、執筆経過やBBC全般についての話になりました。

 本を書くまでの経緯は、もしかして本を書きたいと思っている人、出版したい人にとって、何らかの参考になるかもしれませんので、ここに記してみましょう。

 (記憶を頼りに書いているので、イベントのやり取りの部分は言葉を補足しています。)

開局100年を機に考えた

 BBCが英国で放送サービスとして生まれたのは、1922年です。当初は民間企業で、27年に公共組織化されました。

 最初の一声が出たのは、1922年10月。民放の時代ですね。

 2022年秋には、開局からちょうど100年です。

 そこで、何か本としてまとめたほうがいいのではないかと在英でメディア界のことを書いてきた自分としてはそう思ったのですが、日本でどれだけBBCについて知りたいと思う人がいるのか、分かりません。NHKとの比較で英国のBBCが出てくるかもしれませんが、それ以上の関心は、はたしてあるでしょうか。

 企画を出すことをほぼあきらめていた時、2022年9月にエリザベス女王が亡くなりました。そこでいろいろな原稿を書き、テレビ局に映像を送るうちに、一段落して、日本のある出版社の方から、エリザベス女王についての本を出すので、協力しませんかというお声がかかりました。

 話をいったんお引き受けしたのですが、後になって、一冊の本を出すとなると、かなりエネルギーが必要になることを思い出しました。エリザベス女王の死去をめぐる仕事でエネルギーを使い切ったような部分もあって、再度、忙しくなることに対して、「それでいいの?」「ちょっと待って」というメッセージが頭の片隅に出てきました。

 そもそも、ここでまた自分の心身を使い切るなら、もっとやるべきこと、書くべきことがほかにあるのではないか?自分の心に聞いてみました。

 「やっぱり、BBCの100年だ。これでやるしかない」。そんな気持ちがありました。

 そこで、体力の限界に来ていたこともあって、エリザベス女王の本の件はいったん忘れていただくことにしました。

 ひとまず、フリーの状態にしておいて、休みながら、じっくり考えました。

 休んだ後で、つてのある編集者・出版社にお声をかけてみることにしました。

 以前、「ブレグジット秘録」(光文社)の翻訳本に私が解説を書いたことで交友が始まった翻訳家江口泰子さんのつてから光文社さんに連絡を取ると、それほど時間をおかずにゴーサインが出て、自分でも驚きました。

 企画書を改めて出していたのですが、この時は「年内に書きあげます」「来年2月に出版を想定」などと、大それたことを書いていました。2-3カ月で一冊の本を書きあげることは不可能なのに、そんな無理なことを書いたんですね。

 日本に行く機会があったので、出版社にお邪魔し、企画会議です。「6月までにはできますか?」と言われて、「はい」と答えました。

 その時は、本気でそう思っていたのですが、結局、脱稿は2023年12月でした。100周年となる2002年秋を1年も通り越した時だったのです。

 長い間、待ってくださった担当部長さん、編集者さんには感謝しかありません。

「これほどの事実をどうやって集めたのか」

 MediaBorder2.0のイベントでは、私が話した後、境さんが司会役として私に質問する形を取りました。

 境さんはイベント前に書評を書いてくださっています(サポートメンバーになると、全文読めるようです)。

 その書評の中にもあるのですが、「どうやってこれほどの事実を集めたのか」と聞かれました。

 それは私からすると、本当に「たいしたことをやっていない」というのが本音で、あえて言えば「新聞社や通信社の人が記事を書く時にそうしていることを自分もやった」ということでしょうか。

 つまり、「自分が手に入れられる、ありとあらゆる情報を集め、それをまとめる」ということですね。今は主としてネット検索、ビデオ、ポッドキャスト、それに本をずいぶん購入しました。本は借りると下線が引けませんし、買って手元に置くと、すぐ見ることができます。古い本も多かったのですが、変な匂いがあったり、虫がいたり。マスク、手袋着用で読むこともありましたし、コピーしてから読むこともありました。

 英語のノンフィクションの中には、100人、200人に取材するのがざらで、それと比較すると、自分は片手に数える人しか取材していないので、お恥ずかしい感じです。

 また本を書く作業は、少なくとも自分にとってはお金がずいぶんとかかります。印刷代、紙代、インク代、書籍代、どこかに行って調べたら交通費。印刷しなくて済むよう、大型のアイパッドを買っていたのですが、やはり、本気で見るには紙でしっかりと頭に入れる必要があり、プリンターが大活躍となりました。

 ただ、苦労と言えば苦労したのが、100年前に何がどうだったのかを想像する作業です。年代が今に近くなると資料がもっとありますし、想像もできます。でも100年前となると、どんな時代だったのかについて、皮膚感覚で分かることが難しいのです。

「どうやって事実をつなげたのか」

 これも聞かれたことの1つです。本では、事実、あるいはエピソードがつながって、物語が進行していきます。

 これは一つには、編集者の方が名編集でつなげてくれたのです。もしこの本がいくばくかでも読みやすいとしたら、それは編集者さんの功績によるものかもしれません。

 よく編集者さんから言われたのが、「私がどう思うか」を書いてほしい、という点でした。

 これがなかなか難しいのです。

 というのも、私は以前、新聞社(英字)にいたので、「私は・・・」という出だしで文章を書いたり、自分の気持ちを文章の中に入れたりするのが苦手です。自分自身が大したことを考えていないことは知っていますので、つまらないだろうと思うのです。「事実を並べて、読者に判断してもらいたい」という気持ちなのです。

「ジャニーズ問題では、配慮があったのかどうか」

 参加した方からの質問の中に、上記のような質問がありました。言葉・表現は若干違っていたかもしれません。

 BBCのジャニーズ問題を取り上げた番組(ドキュメンタリー番組「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」、2023年3月放送)についての表記がそれほど多くないので、何らかの配慮があって短くなったのかどうかという趣旨だったように思います。

 それはない、とお答えしました。

「どうして、BBCはあのような番組ができたのか」

 では、BBCはどうして、日本で大きな反響を起こすようなジャニーズ問題の番組を作ることができたのでしょうか?

 まず、BBCはこれまでにも日本について、あるいは日本の性に関わる番組をいくつも作ってきました。あの番組はそういう意味では突然出てきたわけではなく、特別な番組だったというわけでもありません。近年では、ジャーナリストの伊藤詩織さんをナレーターとして、性犯罪についての番組が放送されています。(「日本の秘められた恥」、2018年)。

 今回の番組のプロデューサーは日英の言語ができ、以前には握手会を取り上げる番組を作っています。

 また、英国では少年に対する性加害の事件が発生し、これまでに何度も取り上げられてきました。そういう意味では、英国の視聴者にとっては分かりやすい内容だったと思います。「日本でも、こういうことが・・・」ということですね。

 日本人として、驚きだったことの1つは、ナレーターとなったジャーナリストが旧ジャニーズ事務所が取材に応じないので、「説明責任に欠けている」と怒る部分です。大きな組織に何らかの嫌疑がかけられたら、説明責任の必要・義務がある、という考え方ですね。日本人の感覚では、「都合の悪いことについて、会社は取材に応じたがらないだろう」と思ってみていたのですが。

 BBCとしては、通常通りの調査報道の番組だったということですね。

BBCの未来は?

 テレビ局のコンテンツが素通りされる傾向が英国でも強くなっています。若い層は特にそうですが、年齢にかかわらず、誰もがそうなっています。この傾向は変わらないでしょう。

 では、将来はどうなるのか?

 BBCはNHKのように視聴世帯から徴収する放送受信料で国内の活動を賄っています。でも、BBCやほかのテレビ局の番組を見ない傾向にさらに拍車がかかれば、この受信料制度が崩壊しますよね。なぜお金を払っているのかと疑問になりますから。正当性を失います。

 放送の次にどんな媒体が主流になるのかも、分かりません。「次はすべてネットで」という方針をBBCは明確にしていますが。一応は、ネット配信の世界になると。

 でも、あふれる選択肢の中で、BBCを選んでもらうにはどうしたらいいのか。

 暗い結末になりそうだった所に、ネットフリックスの本を書いた長谷川朋子さんの発言があり、目からウロコの気持ちになりました(中公新書ラクレ「NETFLIX  戦略と流儀」)

 BBCは米国などのテレビ局や娯楽企業と共同でコンテンツを作って配信している、と紹介してくださったのです。

 そうか!と思いました。

 放送局のだいご味はニュース報道だけじゃないのです。「好きな俳優が出る」「あのスポーツの試合をどうしてみたい」など、人の気持ちを捉え、夢中にさせるコンテンツで視聴者を虜にすることができるのです。これだ、と思いました。

 この「好き!」という感情やホロっとさせる気持ちを引き出すような、広い意味の娯楽の意義はどんな形になっても、変わらないはずです。

 ここに何か、生き残りというか、変身というか、秘密があるような気がしたのです。

 具体的にどうなる、と形が見えたわけではないのですが、「どうしても見たい・知りたい」という感情を満たす媒体として、変わっていくのかもしれないと思った夜でした。

 ***

 本の刊行に合わせて、東京に滞在していました。

 7月3日の夜、荻上チキさんの番組にゲスト出演しました。言葉のつかえ等、お聞き苦しい点もありますが、ご関心がある方はこちらからどうぞ。=小林恭子さんが語る〜『BBC、その光と影』



 

# by polimediauk | 2024-07-14 01:22 | 放送業界