小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

 9月3日、夏季休暇中の英議会が再開する。英国の最大野党・労働党は早ければこの日、ジョンソン新政権に対し、内閣不信任決議案を提出すると言われている。

 英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)を巡り、ジョンソン政権は「合意なき離脱」も止むなしとしているが、そうなれば経済に大きな負の影響を及ぼすことが指摘されており、これを阻止するのが目的だ。可決されれば、ジョンソン内閣は総辞職に追い込まれる。

 現政権は、閣外協力を提供する北アイルランドの地方政党「民主統一党(DUP)」の10議席を入れても、わずか1議席で過半数を維持する不安定な状況にいる。

 今後、議会では強硬離脱を志向するジョンソン政権と、そうはさせまいとする野党勢力に一部の与党・保守党議員が入る反ジョンソン勢力との間の綱引きが続きそうだ。

 いざとなったら政権交代ができるよう二大政党制を取ってきた英国で、労働党は「公式野党」(「女王陛下の野党」)の位置づけになる。しかし、ここ数年は様々な批判の的になり、ブレグジット問題では保守党同様に内部分裂状態となっている。

 4月に出版された、「候補者ジェレミー・コービン『反貧困』から首相への道」(岩波書店、アレックス・ナンズ著、翻訳:藤澤みどり、荒井雅子、坂野正明)の翻訳者の一人で、労働党ウォッチャーでもある藤澤みどりさんに、労働党の状況と今後の動きについてじっくりと聞いてみた。

画像

***

下から求められて出てきた、コービン党首

ーなぜこの本を翻訳しようと思ったのでしょうか。

 コービンが党首に選ばれたあと、コービン関連本が何冊も出版され、ほかにも数冊読みましたが、ドキュメンタリーとしてこれが一番面白かったのです。コービンの生い立ちなど過去のことではなく、今動いている「運動」という観点から書かれた点が一番面白かったです。

 コービン選出の過程では、いろいろなことが下から発生しました。彼は、下から求められて出てきたのです。

ー「下から上へ」という動きは労働党に特徴的なことでしょうか。

 そうではありません。ニューレイバー時代から徹底した「トップダウン」でした。(前の党首の)エド・ミリバンドの時に幾らかでもボトムアップな感じになったのですが。

ーなぜコービンが下からの支持で党首になるほどの人気が出たのでしょうか。

 30年以上、いろいろな運動にかかわってきた人だったから、というのもあると思います。反戦、反核運動、労働運動のイベントでは、常連のスピーカーの一人でした。個人的には特に印象はなかったのですが。(労働党左派の故)トニー・ベンのスピーチを聞きに行くと、コービンもいる、と。彼を知っている人が左派にはすごく多かったのです。

緊縮財政が起爆剤に

ー2010年から15年の保守党・自由民主党連立政権や保守党単独政権(2015年から現在)への反動というのも、あったのでしょうか。

 この政権が緊縮財政を行った点が大きかったと思います。

 最初は、大学の学費問題でした。2010年の初冬から12月にかけて、学生たちが抗議運動を行ったのです。争点は、学費の値上げや教育補助削減に対する抗議です。高校生ぐらいの年齢の子がもらっていた小額の補助が取り上げられてしまいました。大学の学費は3倍になりました。その時に中高生や大学生の抗議運動が全国規模で起きたのです。授業をティーチインなどに替えた学校もあったし、大学占拠も各地で発生しました。

 つまり、背景には若い人たちの政治化がありました。抗議デモには、一時、5万人が集まりました。大学生とそれよりもう少し若い世代の人たちが抗議デモを起こし、「連立政権はダメ」、ということになりました。

ー2010年の総選挙では、どの政党も過半数の議席を維持することができず、「宙ぶらりんの議会」(ハング・パーラメント)になりましたよね。そこで、保守党は当時第3党の自由民主党と一緒に連立政権を組むことになりました。自民党は、選挙戦では大学の学費値上げ反対を公約に入れていましたが、政権に入ってからは値上げを撤回させることができませんでした。これで自民党が大きく支持を失ったことを記憶しています。

なぜ、「コービン降ろし」が始まったのか

ー2015年9月、コービンは党員からの圧倒的な支持を得て、労働党の党首に就任しました。でも、その後、なぜかコービンを党首の座から引きずり降ろそうとする「コービン降ろし」現象が始まりました。メディアも、一斉にコービンを批判していたことを思い出します。なぜ労働党議員は反コービンになったのでしょう。なぜ彼は、メディアに嫌われるのでしょうか?

 労働党議員については、今まで通りのことができなくなってしまうというのが、一番大きいと思います。2番目には、コービンでは選挙に負ける、中道でなければ選挙に勝てないという中道信仰のようなものがあります。

 いわゆる中央メディアが嫌っている理由は、コービン政権ができたら、今まで通りのやり方(全国紙がアジェンダを作り、電波媒体がそれに肉付けしていく、ロンドン中心のニュースの作り方)を変えなければならなくなるからでしょう。現状を維持したい、予定調和を崩されたくない、「ガラガラポンされたくない」という要素が大きいと思います。コービンはメディアを民主化すると主張してますから。

 いずれにせよ、これまでのやり方から利益を得て来た既得権益層には、何が何でも止めなければならない存在なんだと思います。

 ブレア派(元労働党党首・首相のトニー・ブレア氏が主導した「ニューレイバー」路線を支持している派閥)の議員らは、当初、なんとかして党首を交代させようとしましたが、それが無理だとわかると、いまは労働党をいかに選挙に勝たせないかで動いているように見えます。

ー労働党は今、バラバラになっていますよね。コービンは基幹産業の国有化を提唱するなど、ニューレイバー派によって片隅に追いやられた伝統主義者と言ってもよいでしょう。党内の中道派、ニューレイバー派が反発する気持ちは分からないでもありません。結局、今年2月にはブレア派の中堅議員ら数人が離党してしまいましたね。労働党議員の中では、次の総選挙でコービンを勝たせたくないという思いさえ、感じます。

 勝たせたくない、と確かに思っているでしょう。コービン党首の状態で労働党が総選挙で最大議席を取ってしまうと、例え過半数が取れなくても、コービンが首相となって政権を発足させることになりますから。

もし政権が取れたら、何が起きる?

ーコービンや党の指導部は、政権が取れた場合の心の準備はしているのでしょうか?

 政権が取れたら何をするか、最初の100日の計画を立てているようです。もし少数与党になったら、目標通りには政策を実行できないかもしれませんが、最初の100日間で目に見える違いを出すことを目指しています。

 一旦、政策が実行され出したら、もう止められなくなります。仮に、もう高齢だから、という理由で党首交代になったとしても、彼の政策を引き継ぐ人が出てきます。そうなったら、ブレア派議員たちが入る余地がなくなります。

 そんな状況を阻止するために、とにかくコービン氏を首相にしないようにというのが、今1番の目標でしょう。

ー何を達成したいのでしょう?

 中道に戻したい、ということでしょう。新自由主義と社会保障を両立させるプロジェクトを継続させたいのでしょう。実際のところ、もう無理になっていますが。

「反ユダヤ主義」の波紋

ー労働党の指導陣は今、「党内の反ユダヤ主義に十分に対応しなかった」ということで、大きな批判の的になっていますが、どう思われますか。

 労働党内の反ユダヤ主義問題は、メディアが騒然となるほどには量的にも質的にも深刻ではないので、コービンを叩くネタに使っているように見えます。基本的に、反ユダヤ主義は右派勢力に圧倒的に強く、保守党の方がはるかに汚染されているし、悪質な脅迫などの犯罪を起こしているのは極右です。

 反ユダヤ主義は動機に違いがあり、右派はおおむね人種差別から生じており、左は、資本主義への批判が根っ子にある「世界の資本を握っているのはユダヤ人」といったような陰謀論から出てきている、と言われています。

ーイスラエルに対する批判も、左派系勢力の反ユダヤ主義の背景にある、と言われていますが。

 それとは別に、隠謀論から入る反ユダヤ主義もあるという意味です。同様の現象がオルタナ右翼にも見られます。ただ、(労働党の関係者で)攻撃対象にされているのは、イスラエルの占領政策に対して批判的な人々です。ただし、イスラエルの現政権に対する批判は、公式には反ユダヤ主義とは定義できないので、ちょっとした言葉遣いなどを槍玉に挙げて告発する、という方法が取られています。ある文脈の中から一言を抜き出して非難したり、本人の意図とは曲げて解釈したりし、メディアがそれに加勢しています。

BBCは不偏不党か

ーBBCを見ていると、労働党は「反ユダヤ主義」で、悪いのはコービンだ、と報道されがちですが。

 労働党は、コービンが党首になってから、これまでよりかなり踏み込んで、反ユダヤ主義を党から一掃する取り組みを強化しています。数値にも表れていますが、全く評価されません。例えば、ブレア派の有力議員が、ソーシャルメディアから反ユダヤ主義の証拠を200も集めて党に提出したのに、全く対処されないとメディアで主張しています。200件のうち、党員が関係していたのは十数件で、適切に対処されていますが、いまだにメディアでは200件という数字が使われています。コービンは政権を取ったらメディア改革を実行すると言っているので、もしこれが実現したら、後で「あの報道は何だったのだろう」と思うかもしれません。労働党の政策はどれもポピュラーなので、反ユダヤ主義」(とブレグジット方針、後述)以外に叩くネタがないのだろうと思います。

ーしかし、BBCは不偏不党ではないのでしょうか。

 全然、不偏不党とは思っていません。以前はある程度の中立性があると思っていましたが、コービンが党首になってからの変化で、考えが変わりました。

 例えば、ブレグジットの報道もそうです。

 コービン労働党は、超ソフトなブレグジット(注:関税同盟を維持し、単一市場へのアクセスを新たに確立する)です。バランスが取れており、英国にダメージが少ない案です。

 国民投票で離脱に決まってしまったので、民主主義のルールを維持し守るためには離脱しないという選択肢はないと私は考えており、労働党執行部は、限りなく残留に近い、一番ダメージが少ない離脱をしようと言っているわけで、全然おかしくないはずです。

 それにもかかわらず、BBCも含めて、メディアは「コービンは立場をはっきりさせない(離脱か残留かのどちらかを選ばない)」と報道します。でも、はっきりさせようがないんじゃないでしょうか。ブレグジットを決めた国民投票(2016年)は、48%が残留を、52%が離脱を選択したのですから。

ー影のブレグジット大臣のキア・スタマー議員は、党の指導陣の足を引っ張っているように見えます。再度、国民投票をやる意思を見せているからです。

 そうですね。

ーでも、再度の国民投票は、国民から大きな反感を買うことは間違いありません。3年前の国民投票ですでに結果が出ているわけですから。まさに民主主義を裏切ることになりますから。

 アリステア・キャンベル(ブレア政権時代の官邸報道局長)などは、明らかにコービン降ろしのためにやっていると思います。こういう人たちにとって、再度の国民投票の呼びかけは(労働党議員や支持者を分裂させるための)1つの道具なんでしょう。

 一旦国民投票をやって決まったことを、その結果が実施もされないうちに、もう一度国民投票をやってひっくり返すなんて、誰から見てもおかしいのに、おかしくないと言い張っています。

ー労働党や労働党指導陣がどちらに行きたいのかが、分かりにくい感じがします。コービンは緩やかな離脱案を出していますが、一部の労働党議員らは再度の国民投票を呼び掛けていますが。

 コービンは基本的に総選挙を望んでいます。

コービンは「危険な共産主義者」?

ーコービンが首相になる可能性もあります。コービンがどんな人物なのかを私たちは知っておいたほうがいいと思っています。メディア報道を見ると、コービンは危険な共産主義者として描かれていますが。

 全くそうではないと思います。そもそも、2017年の総選挙に向けたマニフェストを見ると、その政策は以前の英国なら中道よりちょっと左ぐらいだと思います。(社会系政党が強い)スカンジナビア諸国であれば、普通でしょう。「左」ともいえない。(第2次世界大戦後、福祉国家政策を推進した、労働党の)アトリー政権に比較すれば、ぬるいものだと思います。

 英国の政治がかなり右に寄っているのでそう見えるのではないでしょうか。

ーコービンは頑固な人と言えるでしょうか。首相になっても、「核兵器のボタンを押さない」と言ってしまっています。核兵器を持つ国の政治のトップとして、これでは批判されるのも無理ないのでは?

 筋金入りの反核主義者であり、嘘が言えないので。その点で頑固ですね。

 ブレグジットは国の一大事ではありますが、「合意なき離脱」にならない限り、おそらくコービンにとってそんなに大きな問題ではないのではないかと思います。国の経済システムを変える大仕事に比べたら、それほどではない、と。ブレグジットはEU側と協議し、双方が納得できる合意を引き出せばいいわけですから。それに対し、国のシステムを変えるのは、何をするにも抵抗だらけでしょう。


ーコービンはどんな人だと言えますか?


 社会イシューに関してはきわめてリベラルです。LGBTにしろ、移民にしろ。元々が権威を嫌う人です。

ーその点だけでも、英国のエリート層には嫌われるでしょう。

 そうでしょう。

 コービン政権は、地方自治をすごく大事にするはずです。地方自治主義が拡大すると思います。

 下から意見を吸い上げる形としては、2017年ぐらいから、すでに始めています。党のコーディネーターが各地にいて、それぞれの地域で意見交換会を開催しています。コービンや(その右腕で影の財務相の)ジョン・マクドネルなどが出かけて行って、意見を吸い上げています。全国で組織が作られていますから、政権が発足したら、こういう人たちが動き出すことになります。

 上からではなくて、下から上がってくる感じです。そうやって政策を実行していくような形になるんだろうと思います。だから、「傍観していないで、あなたも動きなさいね」、と言われるはずです。

ー現在の中央政府の姿勢とは、ずいぶん違うようですね。

 そうなんですよ。上だけでお金が動いて、美味しいところを取っていた人にとっては、面白くない状況になりますね。

 下から、できることを吸い上げていくことによって、多分、相当、上の無駄を減らすことができるのではないかと思います。なんのために使われているかわからないお金を教育の無償化などに回す可能性があるのではないか、と。

ー今の労働党には、党首を支える仕組みが必要ですね。

 なぜ周りじゅう敵ばかりなのか。例えばスコットランド国民党(SNP)でできて、労働党ではできないのか。その理由の1つは、労働党では、次の選挙がある時に現職は自動的に立候補できるようになっているからだと思います。

 SNPや緑の党は、毎回、選挙区の党員が現職の議員を候補として推すか推さないかの決断をします。そして納得して選挙運動を積極的に行います。

 そういった仕組みが労働党はなかったのです。ですから、コービン氏に反対している議員が、結局は生き残ってしまいます。議員を入れ替えないと現状は変わらないでしょう。

 ところが、去年の党大会で、党員が選挙区の議員を再選択する仕組みが可決されました。選挙区に所属する党員の一定の割合が賛同すれば(トリガー投票と言います)、再選択のための投票ができるようになったようです。2月に離党した議員の一人は、トリガー投票で再選択(現職の他に立候補を希望する人がいれば、選挙区党員の投票で候補者を決定)が決まっていました。もう一人は、地元選挙区の党員に不信任されていました。コービンに敵対していた議員は、この夏、気が気じゃないでしょう。

ービジネス界はコービンを支援しているのでしょうか。例えば中小企業はどうでしょうか。元々、労働党は労組から生まれた政党ですよね。

 労働党は、労働者の権利を守るという立場ですが、そこで「生活賃金を上げる」となると、中小企業の経営陣は、「え?」となってしまいます。補助金を出す、税率や社会保障費の負担率を下げるなどの支援策が提供できるかどうかですね。

ー親労働党の新聞メディアは、何になりますか。左派系高級紙ガーディアンや大衆紙デイリーミラーでしょうか?

 ガーディアンはそうでもないですよ。基本的に中道支持なので。BBCと似たり寄ったりかもしれません。

ー9月、議会が再開したら、すぐに労働党が内閣不信任決議案を出すと言われていますが。

 不信任が可決されると、首相は信任される内閣を14日以内に組閣しなければなりません。できなければ解散総選挙になり、ブレグジット期限前に新政府が誕生するはずでした。ところが、ジョンソン首相の顧問が抜け穴を見つけ出しました。新内閣の組閣は諦めて、首相権限で解散総選挙を宣言し、投票日を11月頭にするというのです。これが実行されると、選挙運動中にブレグジット期限になり、自動的に合意なき離脱になります。そのため、いま野党と与党の反ジョンソン派が阻止する方法を模索しています。どうなるか。

野党側と話さなかった、メイ前首相

ーメイ前首相による、ブレグジット交渉をどう見ていましたか。

 メイ政権が、どうして野党側と話さないのかと思っていました。

 労働党も並行して、EU側高官と会っていたんです。もちろん交渉はしていませんが、EUの交渉担当高官が労働党案を評価したコメントが、ツイッターで流れていました。私から見ると、なぜBBCはこれを報道しないのか、と思いました。EU側がメイ首相に対し、公式に野党と交渉するべきというシグナルを出しているのに、なぜ報道しないのか、と。

 理由は、あくまでも労働党はダメ、ということにしておきたかったからではないか、と思っています。

ー2017年の総選挙では、コービン率いる労働党が大きく議席数を伸ばしました。

 選挙戦中は、電波媒体での二大政党の報道を平等にしなければならないルールがあるからではないか、と思っています。いかにメディアが腐っているかが分かります。コービンが出てくるまで、ここまで酷いとは思わなかったです。

 でも、前からひどかったんでしょうね、きっと。報道がまともに機能していたら、イラク戦争(2003年)はしていないでしょう(注:イラク戦争開戦前、100万人規模の抗議デモが発生したが、ブレア政権が議会を説得し、開戦に踏み切った)。コービン政権ができたら、BBCを完全に政府から独立させると言っています。新聞についても、租税回避地に住む人物はオーナーになれないようにするとか、要望があれば、編集長を記者の投票で選べるようにするとか、メディアを権力から独立した機関にする方法がいろいろ提案されています。

***

 

 関連記事(「英国ニュースダイジェスト」の筆者によるコラム「英国メディアを読み解く」から)

 ジョンソン政権発足、もし総選挙があれば、野党はどこまで勝てるのか - 労働党は反ユダヤ主義払拭に苦労

 政治に新勢力が誕生、「独立グループ」の将来は- 労働党と保守党の離党議員で11議席に

 労働党と「反ユダヤ主義」- なぜユダヤ人が問題になっているのか 元ロンドン市長の離党で決着?


# by polimediauk | 2019-08-24 16:26 | 政治とメディア
c0016826_16365501.jpg
 7月末、英国ではジョンソン新政権が発足した。目下の最大の政治課題であるEUからの離脱(「ブレグジット」)を10月末の離脱予定日までに実現できるか、できないか。これでその命運が決まる。

 新政権は、EU側と離脱後の関係について合意をせずに離脱する「合意なき離脱」の可能性も「あり」としている。

 と言いながらも、「もちろん合意したい」とジョンソン首相は表明してきた。メイ前政権がEU側と合意した「離脱協定案」は英議会で3回も否決されたので、ジョンソン政権は新たな協定案に向けての交渉開始を望んでいる。しかし、EU側は「新たな協定案のための交渉には応じない」と繰り返している。

 どちらも妥協しなければ、10月31日、合意なき離脱となる。

 議会は現在休会中だが、9月上旬に再開後、最大野党労働党のジェレミー・コービン党首は内閣不信任案を提出する予定だ。

 もしこれが否決されても、ジョンソン首相が「絶対に死守する」という予定日の離脱が実現できないと、自ら総選挙を選択する可能性がある。

 そこで、労働党を中心とした新政権の発足がより実現性を帯びてきた。

 さて、次期首相になるかもしれない、労働党のジェレミー・コービン党首とはどんな人物なのか。

 実は、コービン氏は「万年平議員」の位置にいた人物だ。そんなコービン氏が2015年に党首として選出されるまでの過程を克明につづった本が出た。

 元は政治ジャーナリストで、昨年コービン氏のスピーチライターの一人に就任したアレックス・ナンズ氏が書いた『候補者ジェレミー・コービン 「反貧困」から首相への道』(岩波書店、翻訳:藤澤みどり、荒井雅子、坂野正明)である。


コービン氏とは

 本の紹介の前に、政治家コービン氏の略歴を記してみたい。

 同氏は1949年、英南部ウィルトシャー州チップナム生まれ(現在、70歳)。

 北ロンドン工科大学で学び、全国公務員組合やほかの労組で職員として働いた。1974年、ロンドンのハーリンゲイ特別区の区議会議員に当選。1983年、同じくロンドンのイズリントン・ノース選挙区の下院議員に当選し、現在までこの地区を代表している。政治家としてのキャリアは1970年代から数えれば45年、下院議員としても36年というベテランだ。

 コービン氏は労働党内では「オールドレイバー(労働党のオールド派)」、あるいは「伝統主義者」と位置付けられている。これは、「第3の道」を提唱した中道派「ニューレイバー」(トニー・ブレア元首相がその代表、詳細は後述)と対比して使われる。党内の最左派勢力の一人とも言われている。

 例えば、コービン氏は基幹産業の国営化、北大西洋条約機構(NATO)からの離脱、核抑止力システム「トライデント」の撤廃、共和制支持、2010年以降の緊縮財政の撤回などを主張してきた。反戦・反核が長年の姿勢で、反戦運動「ストップ・ザ・ウオー・コーエリション」の議長も務めたことがある(2011-15年)。

 ニューレイバー派が政権を取った1997年以降、コービン氏は「隅に追いやられた政治的伝統の体現者」(『候補者ジェレミー・コービン』)であり、「党首になろうなどとという野望もなく、なると予想もしていなかった」人物である。

 党首選出の理由の謎を解くのが本書『候補者ジェレミー・コービン』だ。

「目立たないまま左に寄って行った」労働党

 著者ナンズ氏は、コービン氏の台頭には3本の別々の支流の流れがあったという。

 まず、ニューレイバーに対する、党員の反対だ。本書によると、ニューレイバーとは「トニー・ブレアら近代化推進派の派閥の政策」のことで、「労組と距離を置き、公共事業の市営化などを推進。市場経済と福祉の両立」を目指していた。第2の流れはニューレイバーにないがしろにされた労組、第3は左派の活動家と社会運動だった。

 3本の支流が大きな一つの流れになるための起爆剤が、2008年の金融危機だった。市場経済重視の考えが破綻したことが明らかとなり、その後に続いた緊縮財政への反対運動が広がった。

 労働党内の大きな変化が垣間見えたのが、2010年、ニューレイバーを担ったゴードン・ブラウン首相が、自分が率いる労働党が総選挙で過半数を取れなかったことが原因で退陣したときだ。労働党の新党首として党員が選んだのは、ニューレイバーの一人、デービッド・ミリバンドではなく、労組の支援を受けたその弟のエドだった。

 しかし、2015年の総選挙で、エド・ミリバンドは政権を取ることができなかった(デービッド・キャメロン党首の下、保守党が勝利)。ナンズ氏の見立てによれば、2010年から5年間に労働党の間では左傾化傾向が強まっていたが、労働党議員の方は「党員たちの思いの変化に気付いてなかった」。

 総選挙での負けを機に、ミリバンドは党首辞任を表明。こうして、また党首選が始まった。

 この時、ニューレイバーの流れを汲んで、元閣僚らが続々と立候補した。コービン氏は、この時60代半ば。40代が中心でスーツやドレスでびしっと決めてくるほかの候補者と違い、コービン氏はネクタイを締めないシャツ姿で、異彩を放っていた。多くの人が、彼が党首になるとは思っていなかった。

「コービン運動」の誕生

 支持拡大の要素として、ナンズ氏は議員も含めての「一人一票」という形で労働党員が党首選に参加できるようになったことや「3ポンドサポーター制度」を挙げる。後者は3ポンド(約400-500円)に設定された登録料を払えば、党員以外でも2015年の党首選に投票できる仕組みだった。登録サポーター票は全投票数の4分の1であったが、84%の高率でコービン氏に票を入れることになった。

 「金融崩壊の後始末のために採用された政策に対する抵抗」をばねとして、左派のダイナミズムが醸造され、コービン氏が勝つのではないかという見込みが出てきた。「国の政治を実際に変えられる貴重なチャンスがあるという高揚感には伝染性があった」という。

 こうした高揚感は、初めて政治にかかわる若者、学生、アーティスト、反体制の運動家、オンラインの署名者などに広がっていった。ニューレイバーの時代に労働党を離れたものの、再度党に戻ってきた社会主義者たちもこれに加わった。

 「こうした新党員が、全国の公民館や教会、広場での集会で、あるいはフェイスブックのグループやツイッターのハッシュタグを通して、既存の政党や労働組合員と接点をもったとき、新しい政治運動が誕生した」。著者はこれを「コービン運動」と呼ぶ。

 「自ら歴史を作ろうとする願い」が、行動につながっていく。ボランティアに名乗り出たり、メッセージを発信して説得したり、電話で聞き取り調査をしたり、イベントに参加したりー。

ソーシャルメディアの威力
 
 コービン運動を広げるために強力なツールとなったのが、ソーシャルメディアだ。

 これによって「互いの存在に気付かなかったかもしれない人同士に一体感」が醸成され、コービン現象を大変な勢いで拡大させた。さらに「インターネット外の世界での活動の触媒となった」。

 「以前なら、壊滅的な打撃になりかねなかった新聞からの攻撃を、支持者を奮い立たせる機会に変えた」。

 2015年9月12日、党首選の結果が発表された。コービン氏は25万1417票、全体の59.5%(登録サポーターを除くと党員票の49・6%)を獲得して新党首に選出された。

 本書はコービン氏が党首選をいかに戦ったかを詳細に記す。

 当初は全く勝つ見込みがなくても、ソーシャルメディアを使って支持者を拡大させ、とうとう勝利を手にするまでの手法は、日本の野党勢力にとって、大いに参考になるのではないか。

 安倍政権が長く続き、終わったばかりの参院選を見てもすぐに政権交代の見込みはほとんどないことを示しているが、「ない」あるいは「ほとんどない」状態から、いいかに「ある」に変えていくのか。政権交代が選択肢として存在する政治の実現、そして国民がより幸せになるために、ぜひ参考にしていただきたい。

コービン氏の「その後」は、いばらの道

 本書でも党首に選ばれた後の様子が記されているが、コービン党首誕生当時を含めて事の成り行きを見てきた筆者からすると、コービン氏は「いばらの道」を歩いてきた印象を持っている。

 コービン氏がまさか党首になるとは思っていなかった多くの労働党議員にとって、党首選出は非常に大きな驚きだった。

 ニューレイバー政権で閣僚だったほかの党首選候補者やその支持者たちからすれば、基幹産業の国有化といった「昔の労働党」の政策を主張するコービン氏は受け入れがたい。

 反戦・反核路線を貫いてきたコービン氏が、もし首相になっても核兵器のスイッチを押さない方針を明らかにしたことで、これも驚きを持って受け止められた。個人的な信条はそうだとしても、核兵器を持つ国のトップとして、「スイッチを押さない」と言ってしまっては、身も蓋もないではないか、と。

 英国の新聞は右派保守系の力が強く、連日のようにコービン氏についての重箱の隅をつつくような批判記事が相次いだ。

 「これでは、将来の選挙に勝てない」と危機感を感じた労働党議員らが中心となって、「コービン下ろし」運動が起きていく。

 こうした流れを受けて、2016年9月、再度党首選が行われることになった。結果は、ここでもコービン氏の圧勝であった。

 現在、労働党は分裂状態だ。労働党首脳陣が「反ユダヤ主義に毅然とした対応をしていない」と党内外で批判が出たり、ニューレイバーの流れを汲む中道派議員ら数人が離党したり。

 ブレグジットの方針についても、一つにまとまっていない。2017年の総選挙では労働党はブレグジット実現を公約に掲げたが、労働党議員の中にはEU残留支持派が多い。その一方で、イングランド北部の労働党支持エリアでは離脱派の国民が多いねじれ現象がある。

 コービン氏のいばらの道は、まだ続いている。



# by polimediauk | 2019-08-22 16:36 | 政治とメディア

国際陸連の新規則で、立ちはだかる大きな壁

 7月末、南アフリカ出身の陸上女子中距離選手キャスター・セメンヤ(28歳)が、この秋に開かれる世界陸上ドーハ大会に参加しないことを代理人を通じて発表した。

 男性に多いホルモンであるテストステロン値が生まれつき高いセメンヤ選手は、今後も女子陸上選手として競技に参加できるのか、できないのか。

 この問題は過去何年もくすぶってきたが、昨年4月、国際陸上競技連盟(IAAF、「国際陸連」)が、テストステロンなど男性に多いホルモンが基準より高い女子選手が400メートルから1マイル(約1600メートル)の種目に参加しようとする場合、薬などでこれを人為的に下げる、とした新規則の採用を発表したことで、セメンヤ選手は取り消しを求めてスポーツ仲裁裁判所(CAS、本部スイス)に提訴した。今年5月、訴えは棄却。セメンヤ選手側はスイス最高裁に上訴した。

 7月末、最高裁は、国際陸連のテストステロン規制の一時保留命令を撤回。2012年のロンドン五輪と2016年のリオデジャネイロ五輪で女子800メートルの金メダルを獲得したセメンヤ選手は、今後も競技を続けられるのかどうか。大きな壁が立ちはだかった。来年夏の東京五輪ではどうなるだろうか。

 「薬を飲んで、人為的にホルモン値を下げる」行為が義務化されるというのは、英国に住む筆者からすると、同性愛者であることで性欲抑制剤を摂取せざるを得なくなった科学者アラン・チューリングをほうふつとさせ、人権の抑圧に見えてしまうのだが、皆さんはどう思われるだろうか。

 その一方で、「高テストステロン症の女性を相手に競技するのはつらい」という他の女性選手の声をどう判断するのか、という点も考えなければならないのだろう。

 セメンヤ選手とテストステロン値の問題を考慮する時、「女性で、高いテストステロン値で生まれた」ということは、どういうことなのかという疑問にぶち当たる。

「両性具有」ではなく、DSD

 セメンヤ選手のような体の状態にある人は、時として「両性具有」「男でも女でもない性別」などと言った言葉で説明されてきた。筆者自身もこうした言葉を使ってきた。

 しかし、このような言葉遣いは実は不正確で、当事者を傷つける、侮辱的な表現にもなりかねないことを知った。

 正しくは、国際陸連も使っている、性分化疾患、あるいは「DSD (Differences of Sexual Development)」(「体の性の様々な発達」状態)である。

 DSDについての関係資料(文末に紹介)を読むと、以下のことがわかってきた。

 例えば、普通、「男性の体にはこんな特徴がある」、「女性の体にはこんな特徴がある」という風に人は理解しているけれども、この「男性の体」あるいは「女性の体」には様々な発達の度合いがあって、従来の捉え方よりも、はるかに広いと考えてみてほしい。この点で、「もう一つの性」、あるいは「第3の性別」というジェンダー的考えとは異なる、DSDの実態がある。

 生まれの性別と相入れない自認を持つトランスジェンダーの人々との大きな違いは、DSDが性自認の問題ではないこと。セメンヤ選手自身も、「女性として生まれ、自分を女性として認識して生きてきた」と述べてきた。

 このようなDSDの概念は、筆者にとっては、全く新しいものだった。もっぱら、ジェンダー的観点からセメンヤ選手の問題を捉えてきたからだ。

 そこで、DSDに詳しい非営利組織「ネクスDSDジャパン」(日本性分化疾患患者家族会連絡会)のヨ・ヘイルさんにじっくりと状況を聞いてみた。

ネクスDSDジャパンのウェブサイト

 インタビューは、DSDの定義から筆者の家族の一人が持つ「高次脳機能障害」及びDSDを持つ人と社会のかかわり方、セメンヤ問題を考えていくときの論点まで、幅広い内容となった。

 なお、このインタビューは、もともとスポーツ専門サイト「Real Sports」掲載の筆者による記事のために行われたもので、関連記事は以下をご覧いただきたい。

 LGBTとも第3の性とも違う「性分化疾患」の誤解 セメンヤが人為的に男性ホルモンを下げるのは正当?(7月24日付)

***

認知度が低いDSD、「もう一つの性」ではない

ーDSDについては、どれぐらいの認知度があるのでしょうか。

 ヨ・ヘイルさん:実は正確には全く知られていない、と言って良いほどです。欧州圏では、まだダウン症候群のことを、「モンゴリアン(蒙古痴呆症)」と呼んでいる人も、高齢者の中にいると思います。ほぼそういうレベルではないかと認識しています。

ーある人の体の状態が従来の男女の体の定義から少し違っている、としましょう。この場合、私たちは、別の性別の存在として見てしまう傾向があるのではないでしょうか。「もう一つの性別」という考え方です。

 (少しでも違えば)男女とは別のカテゴリーと思われてしまいます。女性から「お前は女性じゃない」「男でも女でもない」と言われることになったり、とか。これが実際の状況です。

 (セメンヤ問題の議論では)「第3の性別を認めて欲しい」という言い方がされてしまうところがありますが、当事者の大多数は、全くそんな風には思っていないというのが事実です。自己認識は男性、あるいは女性なんです。

ーそうでしたか。全く知らなかったことです。これまで、「第3の性別」、「トランスジェンダー」の枠組みで捉えていたので。

 やはり社会的通念としては、どうしてもそうなってしまいますよね。

ー「ネクスDSDジャパン」の「ネクス」はどのような意味になりますか?

 ネクスは「ネクスト」(次)の意味もありますし、あとは「ネクサス」(繋がり、結びつきなど)の意味もあります。

 DSDには様々な体の状態があって、実はそれぞれそれほどのつながりというのはありません。その意味で、「ネクサス(結節点)」として、つなげて、なんとかやっていけないかという意味を込めています。

 親子間でも、どうしても正面だって話がしにくいことがあります。親御さんの側が罪悪感を持っている場合もあるし、性にまつわることなので話がしにくいのです。医療関係者と、実際の患者家族の人たちの中でも、なかなかコミュニケーションがうまく行ってなかったり。

 社会と当事者家族の間でも、まったく話が通じ合わないところがあります。なんとかこれをつなげていきたい、という意味を込めました。

ーいつ、このネットワークができたのでしょう。

 約20年ほど前に、「インターセックス」という表現で男でも女でもない性別の人がいる、という話が、一度、日本で広まったことがありました。

 現実には実際どうなのかと海外の患者家族会とか、いろいろな人権団体の人に会って(調べたのが)きっかけになりました。立ち上げは15年ほど前です。

ー活動内容は、どうなっていますか。

 DSDについての正確な情報・知識を出していくことがまずありました。

 最近では、各DSD患者の体の状態に応じて患者家族会がいくつか出来上がってきているので、そちらの皆さんとの連携もしています。

 海外では、約20年ほど前から患者家族会が整備されつつあって、今はかなり活動もしています。日本では、そういった形での患者家族会が出来上がったのは、約5年前ぐらいからでしょう。

ー医療関係者の間での、DSDについての認知度はどれぐらいでしょうか。

 正確な情報・知識を持っているのは、本当にDSDの専門医療の先生だけです。一般医療の先生方は、むしろ誤解されている方も多くて、実はそちらの方も大きな問題の1つとなっています。

DSDの判明時期は3つ

ー生まれてから、どのような過程を経てDSDであることが分かるのでしょう?

 DSDの判明時期は大きく3つに分かれます。

 1つ目が出生時、生まれた時です。この時は外性器の形やサイズがちょっと違うということが、産婦人科医療でわかることがあります。その場合は、すぐに専門医療施設の方に紹介をしてもらうように、今の所お願いをしているのですが、なかなかそれが徹底されていないのが現状です。DSD専門医療施設では、然るべき検査の上での性別判定が今は可能になっています。

 (2つ目に)思春期前後に判明するDSDの方が、出生時よりも多くなっています。基本的には、女性のDSDで、こちらは婦人科から始まります。正直なところ、誤診も多いです。こちらの方もDSDの専門医療施設の方に、ぜひリファー(紹介)してもらいたいと思っています。

 3番目は不妊治療で判明します。主にこちらは男性の場合になりますが。性別の決定に関わる情報を持つ染色体にはX型とY型の2種類がありますね。「XY」の組み合わせで男性、「XX」で女性とされてきましたが、例えばある男性の場合には染色体が XXYであったと。男性で染色体がXXだったことが分かる場合もあります。

 Xが2つの場合、一般的には、それだったら女性と思ってしまいますが、SRY遺伝子などがくっついて生まれてくる場合、現実には男の子に生まれ育つということもあるんです。

 不妊治療の専門をされている方は、男性不妊で、染色体でXXYが出てきたりとか、XXが出てきたりということは、結構よくあることなので、こちらの方では変な説明の仕方とかは、一般的にはされていません。

 ただ、問題は、不妊治療でもいい加減なところはあります。そういうところでは、「あなたは実は女性でした」というような、間違った説明の仕方がされていることが実際にあります。

ー一般的なレベルでは、そういう専門機関があることさえ、医師側が知らない、ということがあるのでしょうか。100%の医師が知っているわけではない、ということが?

 その通りです。

ーDSDは「治す」ものではない、と解釈して良いでしょうか。

 染色体レベルでは、治す・治さないのレベルの話ではありません。ただ、出生児に判明するDSDの場合には、命に関わるDSDが多いのです。こちらの方は、ちゃんと対処・対応をしていただく必要があります。

ー日本で、専門医療施設はどれぐらいありますか。

 チーム医療ができて、児童精神科医がいて、両親のショックやこれからの子育てに関して、ちゃんとフォローができる施設は、日本では数カ所になるでしょう。

身体の性についての固定観念

ー改めて、DSDの定義について、伺いたいのですが。ネクスDSDジャパンさんは、「体の性の様々な発達」という用語を使っていますね。

 DSDは、さまざま体の状態を含む、非常に大きい概念です。男の子で尿道口の位置が違う尿道下裂、あるいは膣や子宮がなかったことがわかる女性なども含みます。

 「女性だったら絶対に膣や子宮があるはずだ」、とか、「男性だったら尿道口がこの位置にあるはずだ」という固定観念とは異なる体の状態を持っている人たち。これがDSDの定義です。自分たちは男性、あるいは女性という考えは一般の方と変わりません。

 トランスジェンダーの人や、あるいは自分を男でも女でもないと思う人たち、海外では「ノン・バイナリー」という風に言われていますが、日本では「Xジェンダー」といいます。そういう風な概念とは、全く違います。

ー医療機関で、もし外見でもなく、染色体でもなければ、どのようにして性の決定を行っているのでしょうか。

 遺伝子診断によって様々なことが分かるようになってきています。

 例えば、男性か女性かの基準を考えるときに、外性器とか染色体だとか、あるいは精巣か卵巣かのどっちかなんだという風に、ある一つの基準にこだわりがちですよね。ただ、そういう風にただ一つの基準だけで判断すると、性別判断が間違ってしまうことがあります。

 総合的に判断することが必要なんです。遺伝子までを含めて、染色体はこうだけれど、外性器の形状はこうで、性腺はこうで、子宮はこうで、遺伝子はこうで、と、その子自身を全体的に見て性別判定がされています。

 総合的に見ると実は性別判定は可能ですけれども、染色体とか、性腺の種類にみんなこだわってしまう。強迫的になってしまうのです。むしろ、そういうことをしないということが、重要と考えています。実は、セメンヤさんの話でも、結局同じ間違いが繰り返されています。

DSDを持つ人=「第3の性別」というフレームワークが間違っている

ー正しい概念で書かれた報道は皆無、といっていいのでしょうか。

 これまで皆無と言ってもいいかもしれないです。

ー間違った論調の1つは、「第3の性として見る」、ということでしょうか。

 そうです。メディアがDSDの人を「第3の性別」、と見てしまうのです。考え方のフレームワーク自体も第3の性別で見てしまっていますので、変な表現になることが非常に多いのです。

 国家レベルでもそういう風に見て間違っているところが実際にはあります。

ー英語圏では、ジェンダーの面からセメンヤ問題がすごく大きく扱われていました。

 LGBTムーブメントが広がっていくというのは、非常に大切なことなのですが、LGBTの皆さんのフレームワークでDSDを見てしまうと、「第3の性別というフレームワーク」で見るという、今みたいな報道のされ方が一般的になっていくという懸念があります。

ーネクスDSDジャパンがセメンヤ選手を支援するのは、なぜでしょうか。

 セメンヤさんは、(国際陸連に)同意なく無理に検査をされたり、あるいは「お前は実は男性だった」という説明になったり。あるいは社会の誤解で、「両性具有なのだ」という見方をされてしまったり。彼女は一時、自殺予防センターに入っていたという話もありますね。

 そういう体験自体が、DSDを持っている人たちの体験と非常に近いのです。多くのところで重なっていると。人ごととは思えません。

 彼女自身の話をちゃんと丁寧にやっていくことで、DSDを持っている人たちの体験が伝わるとも思っているのです。

 実は彼女のような体験をした人たちというのは、日本でもいます。

ースポーツの領域でしょうか。

 スポーツにおいてもそうです。名前と具体的な体験についてはお話ができませんが、セメンヤ選手がいかに扱われたかを見て、諦めてしまっている人がいます。怖くなって、自分から身を引いている女性が、実際にいるんです。

 また、本当に個人のプライベートな話であるにもかかわらず、ほぼ暴露という形で議論が行われていますよね。そういう話をしてもいいものなのだということを、皆さんが前提としています。他人の家の娘さんの生殖器の話をみんながやってしまっている、と。

 今の社会状況の中では、これが当たり前のように思っても仕方ないのだろうとは思いますが、当事者家族の実際の体験としては、とても考えられないようなことをしてしまっています。

 そういう報道をされること自体が、すごく辛いのです。

日本人女性初のオリンピックメダリスト、人見絹枝さん

ーセメンヤ選手とその周囲にとって、何が最善なのでしょう。このまま、女性であるということで進んで、他の女性選手の意識を変える方向でいく、ということでいいのでしょうか。

 こちらの希望としては、やはり、無理矢理な性別検査のようなことは無しにしていただきたいと思っています。

 セメンヤさんや、思春期前後に判明するDSDを持っている女性というのは、本当にただの女性です。誰とも変わらない女性なので、暴き立てることを一切せずに、女性競技にそのまま参加させてもらいたいというのが、こちらの願いです。

ーセメンヤ問題をきっかけに、男性選手の中に競技に有利になるような身体的特徴を持った人についてはどうなのか、という声が英メディアで紹介されています。セメンヤ選手が有色人種であることも影響しているのではないか、と。つまり、女性や白人の男性じゃない人々に対する厳しい視線や偏見があるのではないか、という主張です。

 こちらの印象としては、昔よりも、状況が強迫的になっている感じもします。

 NHKの「いだてん」というドラマで、人見絹枝さんという日本初の女性オリンピックメダリストが取り上げられました。

 ▽人見絹枝さん(1907-1931年

 調べてみると、彼女も「女じゃない」とか、「化け物」とか、「おとこおんな」とか、結構あの時代から言われていました。女性だけが、速く走ると、なぜか「女じゃない」と言われてしまうのです。でも無理やり検査をしろという話にまでならなかった。とてもおおらかだったと思います。今はとても強迫的になっている。

言葉にできない苦しみ 親友にも話しにくい

ー気になるのは、患者、あるいはDSDを持つ人や家族の気落ちや苦しみです。自分の家族が「高次脳機能障害」(主に脳の損傷によって起こされる様々な神経心理学的障害)を持っているのですが、当人や家族の苦しみについてやその状況は、ほかの人には説明できません。言語化できないのです――書くことを仕事にしているのですが。この体験から、DSDの方が家族間あるいは友人間で話しにくいというのは理解できるように思います。

 ▽高次脳機能障害とは

 親子間でも、友達でもそうですが、好きになった人でも、本当に説明のしようがなかったりしますね。返ってくる反応がひどい場合もあったりするので。

ーもし友人からDSDだと言われた時、どういう言葉をかけたらいいのか分からないのではないでしょうか。

 その傷自体をフォローしてくれる人もなかなか見つかりません。

 私自身は、臨床心理士(サイコセラピスト)ですが、サイコセラピストの中でも誤解があって、DSDというと、性同一性の問題だ、という感じになる場合もあります。逆にそれで傷を深めてしまうDSDの方が多かったりするのです。

 ベルギーでは、心理士がかなりきちんとした調査を行っていて、生きていく上での苦悩、親の困りごとなどをフォローする体制作りに話が進んでいます。

ー本当に患者のことを考えてくれる心理士の方や、友達の存在が重要になってくるように思っています。でも、「友達を作る」ことが、いかに難しいことか。休みの日に、「一緒に遊びに行こう」と気軽に声をかけてくれる、家族以外の人を見つけることがいかに難しいかを実感しています。

 高次脳機能障害でも、DSDでも、友達関係に随分と支えられたという話がありますけれども、友達と話すまでのハードルと、友達が理解してくれるかどうかのハードルがあまりにも高いのです。

 友達になっても、向こうが家庭を持って、子供ができたりすると、深い関係じゃないと、身を引いてしまう当事者の人も結構多いのです。

ー大人になると、DSDの方に対して子供を産むようにという圧力も大きいのでしょうか。

 一般の不妊治療の場合は、まだ子供が産めるかもしれないという希望がありますよね。

 でも、DSDの女性の方で、子宮がない方もいらっしゃいます。かなり決定的な不妊の状態になりますので、ものすごい喪失感がまずあります。社会的なプレッシャーもありますし。「産まなくていいよ」と言われるというのも、実は結構、しんどいプレッシャーになったり。かなり複雑なところがあります。

セメンヤ問題についての理解

ー最後に、セメンヤ問題について改めてお話ししたいことがあれば、どうぞ。

 セメンヤさんの染色体や性腺の話が暴露記事として広がったという部分もあるので、セメンヤさん個人の話としてすることはできないのですが、染色体がXYでも、女性に生まれるということが、実は普通にあります。

 その女の子が間違って生まれてきたわけではなくて、間違っているのは、どちらかというと教科書の方ではないか、と思います。ほとんどの男性は(染色体が)XYではあるけれども、またほとんどの女性はXXではあるけれども、例外があって、XYでも女性で生まれることがあるのです。

 女性選手の公平性の問題は、私自身も、スポーツのことを調べる中で、彼女たちがものすごい苦労をしながらトレーニングしていることを知っています。

 でも、ご理解をいただければありがたいという1点目が、DSDを持っていると疑わしい女性に対する検査というのは、ほぼ、レイプのような検査になっている点です。言葉ではなかなか言えないようなもので、ドーピングの検査どころの話ではありません。そういう検査をされて、しかも選手生命を絶たれるというのであれば、もう自殺するしかない、というのが当然だろうというレベルです。

 医療機関でのDSDの検査は、何のための検査なのかをちゃんと説明した後で行われます。本人の同意がないところで、膣の奥まで見られるような検査はありえません。

 もう1点は、テストステロン値のスポーツ面での評価の件です。

 DSDを持っていて、なぜXYでも女性で生まれてくるかというと、実は、体の細胞自体が、テストステロンに反応しない体の状態だからです。

 どれだけテストステロン値が高くても、体の細胞がそれを受け付けないので、女の子で生まれてきます。このため、テストステロン値の高さ自体は、ほとんど基準にならないのです。

 

 その中で、細胞の一部だけがテストステロンに思春期以降に反応するという女の子がいます。

 でも、それでも、一部しか反応していないのです。一般女性がテストステロンをドーピングするのとは、まったく訳が違う話です。一般女性のドーピングの方が、よほどテストステロン値の影響がある。でも、DSD女性の場合は、テストステロンがどれだけ出ていても、全く反応しないという女性が実は一番多い。

 数字でいうと、XY女子で、テストステロン値が高くてもまったく体が反応しないCAISの女の子が13,000人に1人。一部反応するPAISの女の子がその10分の1の、130,000人に1人。テストステロン値だけで測ることは、実は、できないのです。

 ▽完全型アンドロゲン不応症(CAIS)

 ▽部分型アンドロゲン不応症(PAIS)

 ▽英国DSDの子ども用サイト「dsdteens」での説明

 CAISについて

 PAISについて

 また、男性のテストステロン値は1デシリットルで284から799ナノグラム、女性は6から82ナノグラムです。報道によると、セメンヤ選手のテストステロン値は平均女性の3倍と言われています。とすると、約18から246。男性と比較するとはるかに低いことになります。

 ▽女性・男性のテストステロンの標準値

 テストステロン値による判断は、実は、ちゃんとエビデンスを見ていくと、ほぼ意味がないのではないかと思っています。この点をご理解いただければと思っています。

 (筆者注:国際陸連自体による調査とその評価については、先のReal Sports の記事をご参考に。)

***

関連情報

「インターセックス/性分化疾患 IN ベルギー・フランドル」(ゲント大学ジェンダーセンター)

DSD:性分化疾患とは?(英国のサポートグループ「dsdfamilies」)

英国のDSDを持つ子どものためのサイト「dsdteens」


# by polimediauk | 2019-08-20 18:00 | 英国事情

 2021年末から、英国の新50ポンド札(1枚で約6700円相当)に、第2次世界大戦でドイツ軍の暗号機「エニグマ」を解読し、対独戦争の勝利に大きく貢献をした数学者・コンピューター科学者アラン・チューリング(1912-54年)の顔が使われることになった。

 先月、イングランド北部マンチェスター市の科学と産業博物館で新札の図柄を正式発表したイングランド中央銀行のマーク・カーニー総裁は、チューニングを「AIのパイオニア」で、情報時代の到来に道を開いた人物と評した。「私たちの身の回りに彼の遺産が残っている」。

 博物館では、チューリングにまつわるコンピューター関連の展示が行われている。

 英国では5ポンド札、10ポンド札、20ポンド札(来年から使用)を紙ではなくポリマーに変更しており、新50ポンド札もこれにならう

チューリングとは

 1912年、チューリングはロンドン西部で生まれた。英南部ドーセット州にある私立の中等教育機関シャーボーン校で学び、ケンブリッジ大学キングズ・カレッジに進んだ。第2次大戦中は当時政府の暗号学校が置かれていたブレッチリー・パーク(バッキンガム州)でチームの仲間とともにドイツ軍の暗号機「エニグマ」の解読に成功した。解読までの苦労は映画「イミテーションゲーム」(2014年、主演ベネディクト・カンバーバッチ)でドラマ化されている。

 チューリングは初期のコンピューターの開発にも貢献したが、1952年、ある男性と同性愛関係を結んだことが警察に知られ、彼の人生は急展開する。

 当時、英国では同性愛行為は違法だった。チューリングは弁護士のアドバイスを受けて「有罪」であることを認めた。刑務所に入るか保護観察かを選択するように言われて後者を選んだものの、性欲を抑えるためにホルモン注射を余儀なくされた。

 現在の私たちからすれば、屈辱的、非人間的な要求を受け入れざるを得なかったチューリング。暗号学校での仕事も続けられなくなった。上司や仕事の仲間に、自分の私生活の内情を知られてしまった。

 1954年8月、チューリングが自宅で亡くなっていることを家政婦が発見したという。死因審問の結果は自殺であった。

 同性愛行為が違法ではなくなったのは、1967年。チューリングの死から13年後である。

 2009年、ゴードン・ブラウン首相はチューリングを当時の性犯罪法で有罪としたことを謝罪。2013年、エリザベス女王はチューリングを赦免した。17年には、かつて同性愛行為で有罪となった5万人以上の男性に恩赦が与えられた。

キャッシュレスが進む英国

 現在、50ポンド札は約3億4400万枚、出回っている(イングランド銀行)。しかし、通常、ほとんどの人が50ポンド札を使うことはまずないと言って良いだろう。せいぜい20ポンド札があれば大概のことは間に合うし、英国ではキャッシュレス化が急速に進んでいるからだ。

 現金利用による金額とカードを使った場合の金額はすでに後者が上回っており、その差は拡大するばかりだ。筆者自身、買い物や交通費の支払いなどで現金を使うことはほとんどない。ロンドンでは、現金ではバスの利用ができないようになっている(交通専用のプリペイドカード「オイスター」か、デビットあるいはクレジットカードを利用)。

 新たにお札を作る必要があるのだろうか?

 カーニー総裁は「英国では、これからも長い間、現金の需要はある」と述べているが。

 チューリングがその科学分野での業績によって新札の顔になるのは喜ばしいとしても、もしお札に刷られる顔が国民に希望を与えるものとして解釈するならば、「女性が少ない」ことは残念かもしれない。

 どの札にも登場する国家元首のエリザベス女王を除くと、他の女性は作家ジェーン・オースティン(10ポンド札)だけだ。5ポンド札は第2次大戦の宰相ウィンストン・チャーチル。現在の20ポンド札には経済学者アダム・スミスが顔を見せる。来年から使われる新20ポンド札に登場するのは画家のJMWターナーだ。有色人種の人も絵柄に入れて欲しいという声も出ている。

***

 ちなみに、英国で同性愛行為が犯罪ではなくなるまでには、紆余曲折があった。著名人としては、19世紀の文豪オスカー・ワイルドが男性同士の「著しいわいせつ行為」を犯したとして逮捕され、投獄された例がよく知られている。

 同性愛行為が合法になるまでの動きを綴った、筆者の記事(「論座」掲載)も、よろしかったらご参考に。(有料記事ですが、途中までは無料で閲読できます。)

英公文書が伝える社会の変容(2)

チューリングも苦しんだ法律が変わった――英で同性愛行為の非犯罪化に50年


# by polimediauk | 2019-08-19 17:23

メディア展望」(新聞通信調査会発行)6月号掲載の筆者記事に補足しました。

***

 毎年イタリア・ペルージャで開催される「国際ジャーナリズム祭」が今年は4月3日から7日まで行われ、世界各地からやってきた学者、リサーチャー、ジャーナリスト、メディア組織の編集幹部、学生、一般市民などで賑わった。

 もともとは地域活性化の一環として始まり、今年は約650人のスピーカー(女性は49%)が約280のセッションで熱弁をふるった。運営費用はフェイスブック、グーグル、アマゾン、欧州委員会、コカ・コーラ社、ネッスル社、衛星放送スカイ、金融機関ユニポールと小規模なNGO組織、そしてペルージャがあるウンブリア州地域の自治体などが提供した。

ハンガリーとメディアの寡占化

 まずは報道の自由を扱った数多くのセッションの中から、欧州の中でも「典型的なポピュリズムの国」と言われるハンガリーの例を紹介したい。

 反移民・難民、「キリスト教文化の維持」を前面に掲げるオルバン首相による強権政治が行われているハンガリー。首相の与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」は下院議席の3分の2を占める。これを活用して、政権は司法権の縮小やメディア規制に力を注いできた。国内のメディアの90%が直接あるいは間接的に与党の支配下にあると言われている。

 「ハンガリー:非リベラルな民主主義のメディア」と題するセッションの中で、3年前まで左派系最大手の新聞「ネープサバッチャーグ」の元副編集長で、今は調査報道のサイト「HVG」の編集長マートン・ゲーゲリー氏が体験を語った。

 ネープサバッチャーグ紙の突然の廃刊は、2016年10月。その理由は、政権の強硬な反移民政策を批判したためと言われている。

マートン・ゲーゲリー氏(撮影 Maria Lisa Brozetti)
マートン・ゲーゲリー氏(撮影 Maria Lisa Brozetti)

 3年前、ネープサバッチャーグを含む5大主要紙の中で、3紙は政権に批判的で、2紙は政権寄りだったが、今は3紙のみとなったという。「2紙は政権寄りで、1紙は批判的だが、部分的には政権に妥協している」

 「政権に批判的なメディアが存在するからこそ、権力にプレッシャーを与えることができる」。しかし、メディアの大部分が政権を支持していれば、「国民は何がよくて何が悪いかを見極めることができなくなる」。

 ハンガリーのシンクタンク「メディア・データ・社会センター」のディレクター、マリウス・ドラゴミル氏は「メディア・キャプチャー(メディアの寡占化)」という言葉を使って、ハンガリーの状況を説明した。

 「まず法律を変えて、メディアの規制体制を築く。次に、公共メディアを政府の支配下に置く。いずれの場合も組織のトップに政権に近い人物を配置する。民間の場合は政府寄りの人物あるいは企業に買収させるか、閉鎖に追い込む。最後に、公的資金を政権寄りのメディアにつぎ込む」。これで事実上の「寡占化」となる。

 翻って、日本はどうか。自民党の一党支配体制が長く続き、野党政権発足の可能性はほとんどない。「忖度」の害悪も指摘されている。メディアの権力批判は十分に機能しているだろうか。ハンガリーの話を聞きながら、日本のことが心配になって来た。

読者と深い関係を持つメディア

 セッションを回る中で、メディアの規模の大小にかかわらず、読者との関係を深めることで信頼感を高め、収入に結びつけようとする動きが目に付いた。

 欧州数か国で発行されている英字新聞「ローカル」のスウェーデン版の編集者エマ・ロフグレン氏は、「購読料はお金の行き来だが、会員制は関係性を築くことを意味する」という。「サイトのクリック数を伸ばすことを最優先するのではなく、読者の生活に関わりが強いトピックを取り上げることに力を入れている。読者の意見を取り入れて新聞の方向性を決めている」。

リタ・カプール氏(撮影 Giulia Nardelli
リタ・カプール氏(撮影 Giulia Nardelli

 

 最近会員制を取り入れたばかりというインドのクインティリオン・メディアは、読者を市民記者として使うという。インドの山間地帯にはリポーターが入っていきにくい場所があり、市民記者は「現場で何が起きているかを知らせてくれる役目を果たす」(リタ・カプールCEO)。

 ファクトチェックにも読者が参加する。インドではメッセージ・サービス「ワッツアップ」を通してフェイクニュースが広がっているが、ワッツアップによる通信は暗号化されるため、利用者同士以外は通信内容にアクセスできない。そこで、ワッツアップ内でどんな噂が広がっているかを読者に聞き、フェイクニュース拡散の防止を試みている。

リー・コースガード氏(撮影 Francesco Ascanio Pepe)
リー・コースガード氏(撮影 Francesco Ascanio Pepe)

 デンマーク発の新興メディア「ゼットランド」は知的レベルが高い人向けの会員制電子新聞だ。広告は入れていない。「会員の利便を図ることを最優先している」(リー・コースガード編集長)。毎日、ポッドキャストでの情報発信やニュースレターの配信をするものの、オリジナルで出す記事は1日に2本ほど。読者が「これで読み終えた」という達成感を持てるようにと、あえて本数を抑えている。

 ポッドキャストを始めたのは、2年前に読者にどんなサービスを望むかと聞いたところ、「オーディオ」と言われたからだ。記事を読みあげてほしいというリクエストである。現在、サイト利用の65%がオーディオ(音声で聞く)になっている。

 また、 時々、「ライブ・ジャーナリズム」という名前で、大きなイベント(有料)を行う。会員ではない人も含め、1500人ぐらいが集まる。そこで、10本のストーリーをジャーナリストが語る。その後、ビールやコーヒーを片手に話をする。コースガード編集長は、「場所や時間帯に制限されず、人々が情報にアクセスするようになった今こそ、人が一堂に集まり、同じ話を一緒に聞くことが新鮮な体験になっている」という。

 ゼットランドのように、ジャーナリスト、作家、アーチストなどを舞台に上がらせ、そこで「ストーリーを語る」=「ライブ・ジャーナリズム」が、欧州各国で広がっているようだ。

英フィナンシャル・タイムズ紙のライブ・ジャーナリズム

 ジャーナリズム祭のセッションの中に、フランスの黄色いベスト運動を分析するセッションがあり、この中のパネリスト(フローレンス・マーティン=ケスラー)がライブ・ジャーナリズムを実践する会社「ライブ・マガジン」(フランス)を運営していた。2014年創業。

 4月9日、ライブ・マガジンによる英国での最初の試みとして、英フィナンシャル・タイムズ紙がイベントを行ったので、出かけてみた。場内の撮影・録音は許されず、「その場限り」のイベントである。

 ロンドン・バービカンセンター近くにある大学の講堂を使い、10人ほどのジャーナリストが、舞台の右端の椅子に並んで座る。左端にはピアノが1台。

 著名コラムニストなどが舞台の中央にやってきて、それぞれのストーリーを語る。例えば、昨年殺害された、サウジアラビアのジャーナリストについての思い出を語ったジャーナリスト、メイ首相への期待感がいかに失われていったかを「メイ政権は大きな冷蔵庫だ」というタイトルで面白おかしく話したコラムニスト、政治漫画家の話などに加え、株価の動きをオペラ歌手が「歌声でつづる」(株価が上昇すれば、声も上がるなど)というアトラクションも。

 笑いあり、涙ありのストーリーイベントだったが、少々お堅い感じがあった。感動まではいかなかったように思う。特定のテーマがあれば、また来ようと思ったかもしれないが。

 チケット代は35ポンド(約5000円)。ガーディアンの同様のイベントでは17-20ポンドぐらいで、それに比べるとやや高い。観客は20代から60代。若者たちのグループが目立った。もしかしたら、安く入手していた可能性もある。

 FT、ガーディアン、ほかの英国の新聞もイベント自体はよく開いている。また、ジャーナリストや編集者が議論をする、講演をする場合も珍しくない。

 

 しかし、ジャーナリストたちが次々とストーリーを語る「ライブ・ジャーナリズム」的イベントは、どこかに「頂点」がないと、最後の感動にまではなかなかいかないように思う。「また来たい」という気持ちにさせてくれない。英国ではまだ発展途中という感じがした。

地方ジャーナリズムの支援策

 上記以外には、公的助成金を使って地方のジャーナリズムを活性化させる試み(米ニュージャージー州)、英BBCと地方紙との共同作業(BBCが地方紙に記者を派遣。記者は地方議会、警察、裁判所を取材し、その内容を提携する複数の地方メディアと共有する)、寄付金やフィランソロピーによるメディアへの財政支援(ゲイツ財団やロックフェラー財団による英ガーディアン紙への支援、米起業家クレイグ・ニューマークによる大型寄付)などが、ペルージャ・ジャーナリズム祭で取り上げられた。

 メディア環境が激変する中、報道機関を支えていくにはどうするか。世界各地で知恵を絞る人々がいることを実感した数日間だった。

 日本でも、地域活性化の1つとして国際ジャーナリズム祭が開催できないものだろうか。


# by polimediauk | 2019-07-15 16:30 | 政治とメディア

 「報道の自由」という言葉に、どんなイメージを持たれるだろうか?

 日本や筆者が住む英国は民主主義社会であり、報道の自由が保障されている。しかし、世界に目を配ると、政府批判の報道によって投獄される、自分や家族の生命が脅される、ネット上でハラスメント攻撃を受ける、他国に移動せざるを得なくなるなど、様々な逆境にさらされているジャーナリストやメディア組織が少なくない。

 世論を味方につけようと思っても、フェイクニュース(ディスインフォメーション)によって事実がゆがめられていたり隠されていたりする。国民がフェイクニュースを真実として理解していれば、ジャーナリストやメディア組織が言うことを信じないかもしれない。

政府主催のメディア会議

 今月10日と11日、ロンドンで「報道の自由のための国際会議」(グローバル・コンフェレンス・フォー・メディア・フリーダム」が開催された。100か国以上から閣僚級の代表者や学者、報道関係者など約1500人が参加し、報道の自由の侵害状況や改善策について意見を交換した。

 主催は英国とカナダ政府で、それぞれの国の外務大臣が複数のセッションで顔を見せた。

 報道の自由の会議を政府が主催?何とも奇妙な組み合わせである。政府や権力者が外に出したくないこと、でも国民が知るべきことを報道していくのが、メディアの役目だからだ。

 筆者は、会場内で複数の人に「なぜこの2つの政府がこのテーマで報道の自由の国際会議を開くのか?」と聞いてみた。ほとんどの人が「分からない」と答えた。

 「権力者側にいる政府が報道の自由の会議を開くなんて、おかしい。一体どんなことになるのかを見に来た」(英国の大学でメディア経営を教える教授)。「米中という強いスーパーパワーに対抗する存在がない。だから、ひとまずこの2か国でまとまるという意味があったのではないか」(ドイツのメディア教育組織のトップ)。

 筆者は、以下のように受け止めた。

 英国を含む欧州で、「報道の自由が完全ではない」、「他国からの干渉・攻撃に苦しんでいる」地域と見なされるのが、旧ソ連圏、つまり東欧諸国(ハンガリー、ラトビア、スロバキア、ブルガリア、チェコ、ウクライナなど)だ。この場合の「他国」とは、ロシアである。

 ちなみに、会議開催の前日、英外務省はロシアのテレビ局RTとスプートニク通信社に対し、取材許可を与えなかった。理由は「ディスインフォメーションを積極的に拡散した」からだ。ロシア大使館は「政治的意図がある差別だ」と述べている。

 RTは声明文で「報道の自由を奨励すると言いながら、都合の悪い声の参加を禁じるのは偽善的だ」と述べ、スプートニクは「ディスインフォメーションは私たちの仕事ではない」としている(BBCニュース、7月9日付)

 複数のセッションに出てみると、東欧諸国やかつては英国の植民地だった国の報道の自由の侵害状況を訴える事例が目立った。

 今回の会議には、英国・カナダの「西側」が報道の自由の守護者としてのイメージをアピールするという宣伝目的もあったと筆者は思う。いかに両国が報道の自由を重視しているかを世界に見せることによって、まずロシア、そして報道の自由が侵害されていると見なすトルコ、フィリピンなどの国々をけん制する意味合いが出た。

 しかし、裏の狙いが何であれ、セッション参加者が語った状況は嘘ではなく、参加者にとっては多くの学びの機会となったと思う。

 以下で、そのハイライトを紹介したい。

報道の自由の意義、その現状

 まず、「報道の自由」は、なぜ重要なのだろう?

 英外務省の説明によれば、「自由で独立したメディアは、人権を守り、権力者に説明責任を持たせるために重要な役割を持つ」。

 報道の自由は「民主主義になくてはならないものであり、経済の繁栄や社会の発展の基礎になる」。社会が「自由で、公正で、オープンであること」を示す。ジャーナリズムによる詮索は、「生き生きとした、そして健全な民主主義には必須」だ。

 現状がどうなっているかというと、「国境なき記者団」の調査によると、昨年、報道によってターゲットにされ、殺害されたジャーナリストの数は前年より15%増加しているという。

 国連の調査では、昨年1年間で殺害されたジャーナリストの数は少なくとも99人。348人が新たに投獄され、60人が人質となった。殺害犯が責任を問われることはほとんどない(UNESCO調べ)。

 セッションのハイライトを紹介したい。

「世界の指導者たちは何もしていない」とクルーニー氏

クルーニー氏(左)とハント英外相(撮影筆者)
クルーニー氏(左)とハント英外相(撮影筆者)

 10日の基調セッションに登壇した一人が、米人権弁護士アマル・クルーニー氏。

 「報道の自由が減少し、ジャーナリストが殺害されている。戦時ではなく、平時に、だ」。

 日本でも大々的に報道されたのが、サウジアラビア出身のジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が殺害された事件だ。米CIAは、殺害を指示したのはサウジの皇太子と名指しした。「カショギ氏は拷問の上、殺された。世界の指導者たちは何もしていない」

 「トルコ、アゼルバイジャン、モルディブでも殺害されたジャーナリストがいる」

 「ジャーナリストが権力者からハラスメントを受けない国はない」

 「独立したジャーナリズムが存在しない国では、国民に十分な情報が与えられていないという構図がある」。

 英政府はクルーニー氏を「報道の自由」特命大使に任命している。「国が本気で報道の自由のために行動を起こしたら、様々なことを実行できる」。例えば、報道の自由が保障されない国に住むジャーナリストに対し、特別ビザを与える、ジャーナリストを殺害する国に制裁を課す、ジャーナリスト支援のための基金を設置するなどをクルーニー氏は例として挙げた。

顔を隠して報道を続けるジャーナリスト

 

(左端がアナス氏:撮影筆者)

 ガーナのジャーナリスト、アナス・アルメイヨー・アナス氏が壇上に登ると、会場内が一瞬、シーンとした。顔が分からないように、すだれのようなものを着用していたからだ。

 人権問題と汚職の暴露を専門とするアナス氏は潜伏取材が主であるために、公の場では顔が判別されないように仮装するのである。

 ガーナは、「国境なき記者団」が作成する「世界プレスの自由インデックス」で180か国中23位であるが、アナス氏が手掛けるのは権力を持つ人が外に出したくない事実だ。このため、様々な形のハラスメントが行われており、今年1月には、サッカーの汚職報道で一緒に働いていたジャーナリストが銃弾を受けて殺害される事件が起きている。

 「報道の自由の重要性は、必ずしもすべての人に理解されているわけではない」という。

 「民主主義を育てるには、単にお金を提供するだけではなく、現地の人をエンパワーする方向で支援するべきだ」。

ハント英外相は何を語ったのか

 ほかにも何人かがスピーチした後、最後に登壇したのがハント英外相だ。

 「歴史家ジョン・アクトン(アクトン卿)は、1887年、こう書いた。『権力には腐敗の傾向がある。絶対的権力は絶対的に腐敗する』、と」。

 ハント氏は「腐敗を防ぐのは自由なメディアだと思う」。

 報道の自由が侵害されている国としてロシア、中国、ベトナム、サウジアラビアなどを挙げながらも、英国も例外ではないという。今年4月、英領北アイルランドで、ジャーナリストのライラ・マッキー氏が命を落としたからだ(注:彼女の場合、現地の暴動でデモ参加者が警察に向けて発した銃弾を体に受けて、死亡)。

 世界で報道の自由を保障するため、英政府として次の5つを実行する予定だという。

 (1)「グローバル・メディア・ディフェンス基金」を設置する。複数の国が参加し、UNESCOが運営する。危険な状態で働くジャーナリストに法律のアドバイスを提供し、安全維持のための研修をする。今後5年間で、英国は300万ポンド(約4億円)を出資。カナダは100万カナダドルを出す。

 (2)「国際タスクフォース」を設置する。各国政府が報道の自由を保障できるように支援する。毎年、国連総会の場でどの程度の進展があったかを話し合う。

 (3)特命大使クルーニー氏を中心として、ジャーナリストを法律で守る仕組みを考えるための専門家パネルを設置する。英国内でも、新法を立法化する、あるいはすでにある法律を更新する際に報道の自由への影響がどうなるかを考慮する。

 (4)カナダのクリスティア・フリーランド外相とともに、報道の自由が侵害されたときに一斉に行動できるような連絡グループを作る。ほかの政府の参加を奨励する。

 (5)報道の自由を保障することを誓う「グローバル・プレッジ」に署名し、来年もこの目的のために集う。

 この会議の開催前に、英政府は外国の報道の自由の促進のための複数のプログラムを発表している。

 例えば、東欧諸国でのディスインフォメーションやフェイクニュースを反撃し、バルカン諸島西部の独立メディアを支援するために、「紛争・安定・セキュリティ基金」を通して、今後3年間で1800万ポンド(約24億4000万円)を拠出する(7月7日発表)。東欧・中央アジア地域への資金提供はディスインフォメーションに対策を講じ、独立メディアを支える目的の5年計画(1億ポンド拠出)の一環である。また、バルカン諸島政府への支援は、この地域への8000万ポンド(2020-21年度)に上る支援の一部をなす。

政府支援への居心地の悪さ

カナダのフリーランド外相(英外務省のFlickrより)
カナダのフリーランド外相(英外務省のFlickrより)

 政府がメディアの報道の自由を保障する・奨励することに対する居心地の悪さが、セッション後半のメディアとのやり取りの中で明らかになった。

 カナダのフリーランド外相は英フィナンシャル・タイムズ紙の元記者で、ロシアでの特派員経験もある。ハント英外相はジャーナリストの経験はないが、常にメディアから厳しい質問を受けてきた。権力を批判するのがメディアの仕事だから、その権力の側がメディア報道の自由を奨励をするとは、奇妙に聞こえるだろうと二人は何度か述べた。しかし、どこまで、実際に覚悟をしているのだろうか?

 カナダのメディアがフリーランド外相に質問した。

 昨年秋、サウジのジャーナリスト、カショギ氏が殺害され、サウジアラビアは世界的な非難を浴びた。「G20の来年の議長国はサウジアラビアだ。G20はサウジでの開催をキャンセルするべきだと思うか?」

 この問いに対し、フリーランド外相は「G20は同じ価値観を持つ者同士が集まる場所ではない」という。「カナダは、ロシアによるクリミア併合(2014年)には反対の立場を取る。それでも、G20という場を共有している」。つまりは、キャンセルする必要はないという。

 報道の自由を侵害した国に対し、即時に制裁を加えるかどうかも含め、ハント英外相は「交渉にはプライベートで意見を言う場合もあれば、公式の場で行動する場合もある」と説明し、外交交渉には幅があることを示した。

 両外相の説明には一定の説得力があったものの、「説明になっていない」と後で述べたジャーナリストもいた。

ジャーナリストの即時釈放を求める声明

 メディア会議の会場の外では、内部告発サイト「ウィキリークス」の創始者で、現在は英国内に収監中のジュリアン・アサンジ被告の釈放を求める抗議デモが発生していた。4月、米司法省は、アサンジ被告を米政府のコンピューターに侵入した罪、機密文書を暴露した罪などで起訴したと発表。米側は英政府にアサンジ被告の身柄の引き渡しを求めている。ジャビド英内相は「引き渡し命令に署名した」と述べており、司法判断を待っているところだ。

 報道の自由のために活動する、ドイツの非営利組織「欧州センター・フォー・プレス&メディア・フリーダム」(ECPMF)は、メディア会議開催の前日、ほかの30を超える報道の自由関連組織の代表者と集い、会議に参加する国に向けて請願書を出した。

 請願書は「投獄中のジャーナリスト全員を釈放すること」、「ジャーナリストの殺害、攻撃、中傷を停止すること」、「ジャーナリストの殺害事件すべてを調査し、責任者を訴追すること」を求めている。


# by polimediauk | 2019-07-14 19:38 | 政治とメディア

 書店に行くと、フェイクニュースについての本が目につくようになった。

 かつては「フェイクニュース」を「偽ニュース」などと訳していたこともあったが、もはや、このカタカナ言葉だけで意味が通じる。

 デマ情報が世間を駆け巡る現象は昔からあったが、私たちが今問題視しているのは、デジタル空間で飛び交うフェイクニュースのことだ。

 かつて、「私たちの誰もが情報発信者になれる!」と言いながら、嬉々としてインターネットがもたらす明るい未来について語っていたことを覚えているだろうか。

 しかし、誰もが情報を簡単にネット上で発信できるとき、流れ出て行く情報の質は玉石混淆だ。信ぴょう性もバラバラだ。ファクト(事実)もフェイク(偽)もある。何がファクトで、何がフェイクなのかを判断する物差しは一つではない。

 さて、どうするのか。

 まずは現状認識から始め、フェイクニュースに惑わされないようにしたい。

 そんな思いを持つ人に役立ちそうな1冊が、茨城大学の古賀純一郎特任教授(ジャーナリズム論)の新刊「すべてを疑え!フェイクニュース時代を生き抜く技術」(以下、「すべてを疑え!」)だ(筆者をはじめ、国内外のメディアウオッチャーのコメントも所々に入っている)。

なぜ、フェイクニュースが危険なのか

「すべてを疑え!」の表紙(筆者撮影)
「すべてを疑え!」の表紙(筆者撮影)

 

 改めて、なぜ、フェイクニュースが問題視されるのだろう?

 古賀氏は、究極的には「民主主義が破壊される」から、と説明する。

 私たちは、民主主義社会に生きている。「その核心となる代表者を選ぶ議会の選挙で、確実で間違いのない情報や報道をベースに、主権者である私たちが判断し、代表を決め、議会を通じて民主主義社会を運営」しているのである(「すべてを疑え!」)。

 これまでは、信頼できる情報源は既成の報道機関だった。しかしもし、フェイクニュースを情報源としていたら?これを「ベースに有権者が投票するのであれば、結果は市民の要求からかけ離れたものになるだろう。民主主義は破壊され、その将来は危うい」(同)。

安倍総理逮捕?10年間かけて無実を証明したスマイリーキクチ

 

 国内の著名なフェイクニュースには、どんなものがあるのか。

 2017年8月、ある新聞の号外版がツイッターに流れた。見出しは「安倍総理逮捕」。ノーネクタイの安倍首相の両側には警察官。産経新聞を標榜する号外の1面である。しかし、調べてみると、7月31日に産経が出した号外を加工したフェイクニュースだった。

 1999年、芸能人スマイリーキクチは、女子高生殺人事件の犯人と決めつけられた。ネット上の掲示板の書き込みがきっかけだった。キクチの所属事務所は関与を否定し続けたが、情報拡散を止めることはできなかった。

 2008年、ITの知識が豊富な刑事の助けで、書き込みをした数人が検挙された。キクチが汚名をすすぐまでに、足掛け10年かかったのである。

 2018年10月の沖縄知事選でも、多数のフェイクニュースが発生した。地元紙の調査では飛び交ったツイート、リツイートなど「20万件以上の9割が誹謗・中傷で、(米軍)基地反対派の玉木デニー候補に集中していた」という。

 本書は最初にこのような日本のフェイクニュースの具体例を次々と紹介した後、海外に目を向ける。米大統領戦(2016年)、フランス大統領選(2017年)、英国のEU離脱の是非を問う国民選挙(2016年)など、著名な例を再確認できる。

すべてが嘘だったわけではない、大本営発表

 今ではフェイクニュースの典型として時々言及されるのが、戦争時の「大本営発表」だ。本書によれば、大本営の起源は日清戦争の前年の戦時大本営条例(1893年)だ。

 

 「大本営」とは、「戦時に天皇が国事を指揮する最高の統帥機関」で、「陸軍の参謀本部と海軍の軍令部が総合的に戦略などを練り、作戦行動の発令のため日清・日露戦争で設けられた」。日中戦争(1937-45年)が始まると新たに大本営令が制定され、戦争よりランクが下の「事変」でも設置が可能となった。

 第2次大戦時の大本営発表は1941年12月8日に始まり、3年9ヶ月続いた。当初は国民の精神を鼓舞するために、新聞紙面で「日本軍を自賛」した(保坂正康「大本営発表という権力」)。この時は事実に忠実だった。しかし、戦況が悪化すると、「虚偽や誇張が消え、それさえ通じなくなると発表それ自体を」やめてしまったという(同)。

 第2次大戦では日本の敵国となった米国もプロパガンダ報道を熱心に行った。「『日本兵は軍服を着た猿』、日本は『鬼畜米英』などと相手国を貶めるような宣伝戦に走り、戦場では人肉食いなどの残虐行為が横行しているなどと敵の冷酷さを強調する報道」が行われた(「すべてを疑え!」)。

国家が背後にいる攻撃

 筆者は欧州各国のメディア会議に足を延ばすことが多いが、「フェイクニュース」を「ディスインフォメーション」(真実を隠したり、人を欺くために故意に発信される偽情報)と言い換える人が増えている。前者の場合、本人が知らずに誤った情報を流し、結果として「フェイク情報」になってしまう場合も含むが、後者の特徴は「故意に」「欺くために」がその生成・拡散目的となる。

 国家レベルのディスインフォメーションの使い手として、西欧で恐れられているのがロシアだ。

 「サイバー空間の敵」ともされるロシアは、情報工作をするばかりか、軍事手段、政治工作も組み合わせて対抗相手に攻撃を仕掛ける。古賀氏は、こうした手法を「ハイブリッド戦争」と呼んでいる。

 例えば、欧州内外をあっと驚かせたのが、2014年、ロシアによるウクライナ・クリミア半島の一部併合だ。身分を隠したロシア軍部隊をクリミアに投入し、現地を制圧。これを背景に現地での住民投票を実現させ、ロシアへの編入を望む住民の意思を叶えるという形で一部併合を実現。ロシアの「プーチン大統領の支持率は70%に迫るまでアップした」(「すべてを疑え!」)。

情報操作にだまされないためには、どうするか

 古賀氏は、後半でフェイクニュースにだまされない手法を列記する。

 例えば、在米ジャーナリストで「現代アメリカ政治とメディア」の著者の一人津山恵子氏は、以下を推奨する。

 (1)おかしいと思った情報は検索で確認

 (2)自分がシェアする情報に責任を持ち、真偽がわからない場合はシェアしない

 (3)主要メディアはフェイクニュースを発信しない、つまり主要メディアのニュースをシェアするのは安全(初出は「メディア展望」2017年6月1日号)。

 その上で、津山氏は「真剣にググろう(検索しよう)」、「写真の出所、撮影時間をチェックしよう」などとアドバイスしている。

 最後に、古賀氏は自分がどうやってニュースの真偽をチェックしているかを披露する。同氏は元共同通信社の記者で、海外特派員の経験も長い。現在は大学でジャーナリズムを教えているので、その手法は貴重だ。

 詳細はページをめくってみていただきたいが、共通しているのは、自分でニュースの真偽を頻繁に確認すること。つまりは、鵜呑みにしないこと。まさに、「疑え!」なのである。


# by polimediauk | 2019-07-12 19:30 | 政治とメディア

 2017年秋以降、セクハラや性犯罪に声を上げる「#MeToo運動」が拡大している。職場での性差別解消の動きを後押しする機運もできた。

 しかし、2019年現在でも、「まだこうなの?」という例もあちこちで散見される。

 英スコットランドのグラスゴーで、6月1日から3日まで開催された第71回世界ニュースメディア大会・第26回世界編集者フォーラムの中の「女性ニュースサミット(Women in News Summit)」の様子を紹介してみたい(主催は世界新聞・ニュース発行者協会=WAN-IFRA)。

「同じ日に同じ職に昇進のオファーだが、男女で報酬の差」

 英BBCで、性による給与格差が大きくクローズアップされたのは2017年7月。15万ポンド(約2100万円)以上の高額報酬者のリストを発表したところ、男性ばかりが上位を独占した。

 国家統計局(ONS)によると、英国全体の男女の賃金格差は17年時点で18・4%(女性の賃金が男性の賃金よりも18・4%低い)で、BBCは、内部調査でその差は9~10%としているため、平均からすれば悪くないのだろうけれど、女性陣の一部にとっては大きな衝撃となった。

 怒った女性の一人が、中国からの報道を統括する「中国編集長」という職に就いていたキャリー・グレイシー氏だった。4人の国際版編集長(男性2人、女性2人)の中で、男性陣が女性陣よりも「50%以上高額の」報酬を得ていたことに気づいた。

 グレイシー氏は中国編集長に任命されたとき、BBCは北米編集長(男性)と同程度の金額の報酬となることを約束した。これを前提に、グレイシー氏は赴任した。ところが、実際は男性の方の報酬がはるかに高かった。BBCと話し合いを進めたが、納得がいかなかったグレイシー氏は、昨年1月、男女の報酬差に抗議するため、中国編集長職を辞任した。同じ年の6月、BBCはこれまでの不当な扱いを謝罪し、不足額をグレイシー氏に支払った。

 BBCラジオ(「ラジオ4」)の朝のニュース解説番組「トゥデー」で司会者だったセイラ・モンタギュー氏も、同番組の男性司会者の報酬がはるかに高いことに抗議し、「トゥデー」を自ら去った。現在は午後のニュース番組「ワールド・アット・ワン」で司会役として働いている。

 

 英国で大きく注目されたこのような例が続々と発生しているのだから、よほど事態は改善しているのだろうと想像するが、実はそうでもないことが分かったのが、今年5月。

 

自分の身に起こったことについて話す、BBCのマーティン氏(Wan-Ifra Flickrより)
自分の身に起こったことについて話す、BBCのマーティン氏(Wan-Ifra Flickrより)

 

 BBCラジオのニュース部門の編集者カレン・マーティン氏が、その内情を「女性ニュースサミット」で語った。

 マーティン氏は、「副編集長」に昇進するオファーを受けた。同じ日、同じ職場で働くある男性も同一の職へのオファーを受けた。昇進のための選考過程は同じで、職務も全く同じなのに、自分の報酬は「1万2000ポンド(約165万円)低かった」。上司からは、昇進は「正当な評価だね」とねぎらいの言葉をかけられた。「それなのに、報酬が男性よりも低いなんて」。金額自体に文句を言っているわけではなかったが、「男女で平等な金額であるべき」と感じた。

 マーティン氏は、この昇進を受けるべきかどうか、迷ったという。シングル・マザーのマーティン氏は娘たちにどうするべきかを聞いてみた。「お母さんは、いつも堂々と生きるべきだって言っているわよね」。これで心が決まった。昇進を断ることにしたのだ。

 BBCは「これまでの勤務経験や業績によって、同じ職務でも報酬に差がつくことはあり得る」としている。

 マーティン氏は事の次第を同僚に電子メールで伝えた。BBCのニュースでも報道された。

 「世界中の人から、たくさんの激励のメッセージを受け取った」。原理原則よりも「日々の生活を優先させなければいけないときもある。でも、職場の屈辱をどれぐらい我慢できるかが目安になる」とマーティン氏は語った。

 時に涙声になったマーティン氏。悔しさがよみがえってきたように見えた。

「50:50」は拡大中

 前向きな動きもある。昨年の女性ニュースサミットで紹介されたのが、BBCニュースが取り組む「50:50プロジェクト」。番組「アウトソース」で司会者を務めるロス・アトキンス氏の発想で、2017年に始まったプロジェクトで、番組出演者の男女比を出来得る限り半分ずつにしようという試みだ。

 「アウトソース」がまず開始し、ほかのニュース番組にも参加しないかと声をかけた。どれぐらいの比率を達成したのかを番組毎に競い合った。

 プロジェクト・リーダーのニナ・ゴスワミ氏がニュースサミットで語ったところによると、取材対象者の男女比は対象外だが、取材をするリポーター、司会者、ゲストの出演者、事例紹介などの際に男女半々を達成するように努めたという。英語での放送番組を当初は対象にしていたが、アラビア語放送も参加するようになった。

 専門家のコメントを必要とするとき、「女性の数が足りない」という声が出た。制作現場のスタッフから「女性の専門家を探す時間がない」といわれた。そこで、ソーシャルメディアやつてを通して人材発掘をした。女性の専門家のデータベースには、今や約1000人が登録されているという。

 筆者は英国でテレビを見ていて、ニュース番組の制作者・出演者に女性が増えたように思っていたが、意識的な動きもあったことが分かった。

5月31日のBBCニュースのウェブサイトの画面。たまたまかもしれないが、女性の姿が多かった(BBCニュースのウェブサイトから)
5月31日のBBCニュースのウェブサイトの画面。たまたまかもしれないが、女性の姿が多かった(BBCニュースのウェブサイトから)

 「数を増やすこと自体が目的ではない。男女の比率を半々にすることで、人口構成の比率を反映した番組作りを目指している」とゴスワミ氏は語った。

数を単純に増やして、失敗

アンダーソン氏(右。筆者撮影)
アンダーソン氏(右。筆者撮影)

 マイクを握り、「失敗例から学ぶこともあると思う」と話し出したのが、スウェーデンのメディア企業ミッテメディア社の人材育成担当者カリン・アンダーソン氏だ。

 2014年、アンダーソン氏は日刊紙のスポーツ部門のスタッフが全員男性であることに気づいた。

 「54人のジャーナリスト全員が男性。これではいけないと、女性をどんどん増やした。とうとう17人まで増えた」。

 しかし、スポーツ部門に行った女性たちのほとんどが、数か月で退職してしまった。アンダーソン氏は辞めた女性たちに理由を聞いてみた。原因はセクハラだった。男性たちは女性とともに働くことに慣れておらず、性的なジョークを連発していた。こうした事態が発生することを予測できなかった自分を恥じたという。

 

 「文化を変えなければだめだ」と思ったアンダーソン氏は、男女が平等に働くにはどうするかについて、記者やデスクたちに研修を行った。「職場環境は、少しずつよくなっていると思う」。

「いつの間にか、女性の話を多く書くようになった」

 女性ニュースサミットでは、優れた指導者として編集に貢献した女性に賞(「エディトリアル・リーダーシップ・アワード」)を与えている。

 今年のリーダーシップ・アワードの受賞者は、中東・北アフリカ部門がレバノンの日刊紙「L'Orient-Le Jour」のシニア・エディター、アシル・タバラ氏、アフリカ部門は南スーダンのジュバ・モニター紙の編集長アンナ・ニミリアノ氏となった。ニミリアノ氏は飛行機の遅延でサミットには出席できなかったが、タバラ氏はこれまでの道のりとアワード受賞の喜びをサミット出席者に語った。

 

タバラ氏(撮影筆者)
タバラ氏(撮影筆者)

 タバラ氏がジャーナリストとしてのキャリアを開始したのは、1986年。最初はAFP通信の記者だった。レバノン内戦(1975-90年)の真っただ中である。数々の紛争の現場を目にし、タバラ氏はいつの間にか戦争に翻弄される人間の悲劇をつづることに力を傾けるようになった。「いつの間にか、女性の話を書くことが多くなっていた」。

 アラブ・イスラエル紛争、イラク戦争、そしてアラブの春の政権交代。報道に足る出来事には事欠かなかった。2009年から14年まではAFP通信の湾岸局を統括し、巨大なマルチメディア編集室を作り上げた。記事はアラビア語、フランス語、英語で世界中に発信されていった。

 「このアワードを私に多くのことを教えてくれたジャーナリストたちに捧げたい。その多くが女性だった。若い人には、ジャーナリストという職業が落ち目だと思ってほしくない。今こそ、中東でジャーナリストが必要とされているのだから」。

将来は?

 今年で3回目となった、女性ニュースサミット。今回はパネリスト全員が女性で、それぞれの女性たちの話は充実していたものの、来年はぜひ、男性陣を入れたサミットにしてほしいものだ。


# by polimediauk | 2019-06-26 21:25 | 政治とメディア

「プライベート主義」を維持しながら、アーチーちゃん誕生

 5月6日、エリザベス女王の孫にあたるヘンリー(通称ハリー)王子とメーガン妃の間に、初の子供(アーチ―・ハリソン・マウントバッテン=ウィンザー)が誕生した

 ハリー王子の兄にあたるウィリアム王子(王位継承順位第2位)の妻キャサリン妃の出産の場合とは異なり、ハリー王子とメーガン妃は出産を出来得る限り「プライベート」に行った。どこで赤ちゃんを産むかは公にされず、出産から数時間で母親メーガン妃が報道陣の前に姿を現すこともなかった。

 ハリー王子の継承順位は第6位で、アーチーちゃんは第7位。父子共に、国王になることはまずないとみてよい。この面から、いつどれぐらい情報公開をするかについて、自由度が高かったのだろう。

 しかし、ウィリアム王子とハリー王子の母は、王室に入る前後から執拗にメディアに追われ、1997年に交通事故で命を落としたダイアナ妃。両王子共に人一倍「プライバシーを守りたい」という気持ちが強く、メーガン妃自身も「情報を選択的に公にする」ことを望んだのだろう。

 出産当日の6日、バッキンガム宮殿が「メーガン妃は分娩に入りました」と午後2時頃に伝えたが、実はその日早朝にもう出産を終えていた。ハリー王子とメーガン妃は公式インスタグラムで出産のニュースを告げ、幸せいっぱいの王子が少数のメディアの取材に応じた。この時の動画がすぐに報道された。

 今か今かと誕生の一報を待ち構えていたメディア側は、「分娩に入った」とされながらも実は生まれていたことを知り、「一体、どうなっているんだ!」と右往左往。正確な情報が入ってこなかったことで、いら立ちや怒り、困惑を感じたメディアもあったようだ。

 出産から2日後の8日、王子とメーガン妃はアーチー君を抱いて、メディアの取材に応じた。短い動画だったが、二人の肉声が聞ける、貴重な動画となった。


 筆者はこの時、若い王室のメンバーが、「子供の顔を見たい、知りたい」という国民の要求を満たしながらも、「自分が設定した状況で子供を見せる」を一つのルールとしていることを、改めて知った。「メディアの都合に振り回されない」という姿勢だ。


 また、「自分たち自身がどう見せるかに深く関与する」ようになった。

 例えば、ウィリアム王子とキャサリン妃が子供たちの誕生記念の画像を公式に出す時、母親であるキャサリン妃自身が撮影した写真を使っている。

 メーガン妃とハリー王子の場合も、アーチーちゃんの姿を初めて公開するにあたり、二人で「こうしよう」と細かく決めたに違いない。どんな背景で、どんな場所で、どんな服装で、赤ちゃんをお披露目するのか、と。

 この「メーガン・ハリー流」は現代的で、手作り感がある。筆者は好感を持った。

 しかし、実は、懸念もあった。

 先の動画の中で、カメラがアーチーちゃんの顔のクローズアップを撮ろうとしていた。クローズアップは瞬時で、アーチーちゃんの顔の片側が垣間見えたのみ。

 テレビでこの動画が紹介されていた時、キャスターが「よく顔が見えないんですよね・・・」と何気なく、言っていた。筆者も、「そうだなあ、もっと見たいなあ」と思ったものだ。


 しかし同時に、筆者は嫌な予感がした。メーガン妃はアフリカ系の血を引く。もしかしたら、アーチーちゃんの肌が浅黒いのかあるいは白いのかをじっくり見たいという人も出てくるはず。そうすると、将来、人種差別主義的な人やメーガン妃を批判する人の攻撃対象になるのではないか。そういうことが起きないといいなあと思った。

 しかし、すでに、「事件」が起きていた。

BBCの司会者がツイート発信

 BBCの「5ライブ」というラジオ・チャンネルで自分の番組を持つ司会者ダニー・ベーカーが、ハリー王子とメーガン妃の赤ちゃんについて、BBCが後で言うところの「重大な判断の誤りがある」ツイートを発信していたのである。

 問題とされたツイートは、ベーカーがすでに削除してしまったが、成人の男女が洋服を着たチンパンジーの手を取っている画像に「ロイヤルべビー、病院を出る」というキャプションがついていた。男女はハリー王子とメーガン妃、チンパンジーが赤ちゃんを指すのは明白だ。

 ベーカーはこのツイートで、アーチーちゃんをチンパンジーに例えてしまった。メーガン妃がアフリカ系であることから、彼女の出自を嘲笑したとも受け取られかねない。

 

 2016年、ミシェル・オバマ米大統領夫人(当時)を「ヒール付きの靴を履いたサル」と評したフェイスブックのコメントを支持し、後に辞職したウェストバージニア州クレイの町長の話を筆者は思い出した。

 BBCは、ベーカーが「素晴らしい放送人」ではあるが「放送局の価値観とは逆行する」として、彼を番組から降板させると発表した。

これまでにも番組降板の経験があった人物

 ベーカーはロンドン生まれの61歳。庶民的で、歯に衣を着せぬ物言い、鋭いジョーク、番組に電話をかけてくるリスナーやゲストに「自分も同じスタジオにいる感じにさせてくれる」ことで人気を博するベテランだ。

 しかし、これまでにもBBCを離れざるを得なくなったことがある。

 最初は1997年。サッカーの試合で「レフリーを痛めつけろ」と番組中に発言して、解雇された。2012年には、平日放送の自分の番組が週末に移動する予定となり、当時の上司らを「愚かでずるがしこい」と批判。これがきっかけで信頼関係が崩れ、BBCを去った。

ベーカーの言い分は

 今回問題となったツイートについては、まずソーシャルメディア上で批判が高まり、ベーカーはツイートを削除。その後で、新たにツイートした。「もう一度(いう)。馬鹿で、思慮に欠けたギャグの画像について、深く謝罪する」。

 先のツイートは「王室対気取った服装をしたサーカスが大好きな人々についてのジョークのつもりだった」。ここでいう、「サーカス」とは赤ちゃんの誕生で大騒ぎをするメディアとこうした報道を追う人々を指すのだろう。しかし、これが「サルと人種についてのものであるとして解釈されてしまった。だから、正しくも、削除した」。

 続けて、「王室のウオッチングは自分の得意な分野ではない」。

 その前後のツイートでは、「ほかの王室のメンバーや(白人の大物政治家)ボリス・ジョンソンの子供」にも、この画像を使っただろうという。「笑えるイメージだから(使った)」、「大きな間違いだった」、「グロステスクだ」、「アーチー君、ごめんね」。

 その後、彼の家の前に集まった報道陣に対しては、「人種差別的とは思わない」と述べている。この画像を使用したことについては「考えが足りなかった」ことを認めている。

 彼のツイートへの反応を見ると、圧倒的に先のツイートを非難する声が多い。

 ちなみに、「人種差別的とは思わない」という表現は、人種差別的発言をした人が良く使う表現だ。「つい、うっかりして」そんな発言をしたが、「自分は人種差別的ではない。人種の異なる友人がたくさんいる」というのである。

 ベーカーは、確かに人種差別のつもりはなく、画像も単に「笑える」と思って使ったのかもしれない。赤ちゃんにまつわる大騒ぎ(「サーカス」)を批判するのも、まっとうな行為だと思う。

 しかし、発信する前に、どうしてピンとこなかったのか?感覚が鈍すぎたように思えて仕方ない。

そのツイート画像とは

 削除されたツイート画像だが、その内容の描写を聞いて、筆者はぞっとした。しかし、オリジナルの画像にはどういう意味があったのだろうか?

 …と思っていたところ、10日付のデイリー・テレグラフ紙に問題のツイートの画面が掲載されていた。

 

 ここまでの話で、読者の方も心の準備ができていると思うので、テレグラフの記事やハフィントンポストの記事から、ツイートで使われた画像の背景を紹介してみたい。

 ベーカーの問題ツイート(5月10日付、テレグラフ紙を筆者撮影)
 ベーカーの問題ツイート(5月10日付、テレグラフ紙を筆者撮影)

「紳士のチンパンジー」

 中央にいるのは「ジェントルマン・チンパンジー(チンパンジー紳士)」とも呼ばれたチンパンジーで、名前は「ジョー・メンディ」。

 米国のサーカス興行者ルー・バッケンストーに買われて、1920年代を中心に米ブロードウェーやコメディア界で人気者になった。バッケンストーの妻がチンパンジーに芸を教え、「5歳の子供と同じ知的能力がある」という触れ込みで、米国内を巡業した。

 最も著名な例としては、テネシー州デイトンで行われたショーの中で、メンディはミニチュアのピアノを弾き、カメラの前でポーズを取った。ある飲食店でコーラを飲んだとも言われている。

 初代メンディは1930年に死亡。2代目のメンディが巡業を行ったが、バッケンストーが窃盗罪で捕まり、デトロイト動物園に送られたという。死亡は1934年。

 写真に写っているのは、1925年、メンディが「*スコープス裁判」(通称モンキー裁判 )に出廷するためにやってきたところ

 *大辞林によると、「宗教と科学をめぐるアメリカの裁判事件。1925年、聖書の天地創造説に反する理論を公立学校で教えてはならないというテネシー州法に反して進化論を教えたとして、生物教師スコープス(J. T. Scopes)が訴えられ、裁判の結果有罪とされた。67年、同州法は廃止された」。

 (注:ツイート内の写真のオリジナルのキャプションは、Roland Robbins, Joe Mendi & Gertrude Bauman at the Scopes Monkey Trial. 12/14/25. Credit: Library of Congress。ローランド・ロビンス及びガートルード・バウマンは関係者とみられる。テレグラフ記事では「男性と女性はバッケンストー夫妻」という説明がついている。)

再びの謝罪

 10日、ベーカーはツイッターで、先日のツイートについて改めて謝罪した。「本当に、配慮に欠けた、破滅的な間違いだった」。なぜ特定の画像を選んだのか、何を目的としていたのかについて真摯にかつ詳細に記した。

 将来、「4度目の正直」でベーカーはBBCに戻るかもしれない。ふと、そんな気がした。


# by polimediauk | 2019-06-26 15:11 | 放送業界

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」の筆者記事に補足しました。)

 5月29日、NHKのテレビ放送のインターネットへの常時同時配信を認める改正放送法が、参議院本会議で自民党や立憲民主党などの賛成多数で可決・成立した。

 英国では、現在までにBBCを含む主要放送局が常時同時配信を行っている。過去の番組を再視聴できる「見逃し視聴(キャッチアップ)サービス」も含めて原則無料で提供されており、インターネット視聴も可能なので、ネットに接続していれば「いつでも」「どこでも」「どの端末でも」番組コンテンツを視聴できる環境がある。

 その法的根拠やどのように使われているかについて、ニュースの消費状況を中心に紹介してみたい。

放送と通信の融合

 2003年、電気通信及び放送サービスの在り方を規定する「放送通信法」が成立し、この中で「放送通信庁(Office of Communications)」(通称「オフコム」)が規制・監督を行う組織として新設された。

 放送通信法はいわゆる「放送と通信の融合」を象徴する。BBCを例にすれば、テレビやラジオで番組を放送するばかりか、ネットではニュース情報や動画を配信し、「放送」と「通信」の両方にまたがるサービスを展開している。インターネットの普及を背景にしたメディア環境の激変を反映したのが、この放送通信法と言えよう。

 英国で放送局による番組コンテンツの同時配信が実現したのは、10年ほど前だ。

 テレビ番組視聴の際にはNHKの受信料にあたる「テレビ・ライセンス料」を支払う必要があるが、通信法の詳細を定める「通信(テレビ・ライセンシング)規制」(2004年)は、対象となる「テレビ受信機」をインターネットやそのほかの方法での「放送・同時配信を受信できる装置」と規定している。この「受信機」にはPCやタブレットなども含まれると解釈されている。

 2006年から主要放送局の1つチャンネル4が見逃し番組の視聴サービスを開始し、BBCも2007年には本格的にこのサービスを提供した。翌08年、BBCは放送と同時の番組配信を始め、放送界で同時配信が常態化していく。

 こうした市場の変化を踏まえて、2016年、先の「通信(テレビ・ライセンシング)規制」が改正され、テレビ受信機が「受信」するサービスの中に「BBCが提供するオンデマンド・サービス」が付け加えられた。オンデマンド・サービスには見逃し番組の視聴サービスも含まれる。

 BBCはオンデマンド・サービスや同時配信サービスに対し、ライセンス料の支払い者となる視聴家庭に追加の使用料の支払いを求めていない。ただし、ライセンス料を支払っていることが前提であり、テレビ受信機を持っていなくても視聴できる媒体を持っていれば、支払い義務が生じる。

 PC、スマートフォン、タブレットなどでBBCの番組を視聴する場合、画面上でライセンス料を払っているかどうかを聞かれる。また、ログインIDを作る必要がある。BBCは後者を「利用者のし好にあったサービスを提供するため」と説明している。

24時間報道の生態圏と同時配信

 さて、具体的にはニュースはどのように発信されているのか。

 3月中旬、英政界が大紛糾し、筆者が自宅のテレビ、PC,英議会前と様々な場所で取材した模様を伝えたい。

 3月12日、英国の欧州連合(EU)からの離脱日(予定は同月29日)を間近に控え、英下院の動きが大きく注目された。昨年11月にメイ首相とEU側が合意した離脱条件を決める「離脱協定案」の修正版の採決を取るため、数時間にわたり、議論が続いた。

 流れを追うため、筆者はPC上でBBCのニュースサイトからテレビ番組視聴アプリ「BBC iPlayer」を開き、ニュース専門チャンネル「BBCニュース」を見た(テレビをつけて、BBCニュースのチャンネルを見ることもできた)。画面には、前日深夜、最終交渉のためにフランス・ストラスバーグに出かけたメイ首相の疲れ切った姿があった。

 筆者は、PCがある部屋から出て台所でコーヒーを沸かす間、スマホの同じアプリで同じ番組を視聴し、議員らの発言を聞き続けた。

ライブ・ブログで情報を収集する

ガーディアン紙の政治ブログ(ウェブサイトより)
ガーディアン紙の政治ブログ(ウェブサイトより)

 テレビと同時に、BBCや大手新聞社が立ち上げる「ライブ・ブログ」にも目をやった。それぞれの記者数人が、議論の要点やほかの政治家の言動、コメンテーターの評価などを時系列に記していく。著名なブログが、ガーディアンのアンドリュー・スパロー記者による政治ブログだ。

 海外から、ツイッターで議論に「参加」する人もいる。例えば、修正案の採決直前には、EUの交渉担当官ミッシェル・バルニエ氏が英国の議員らに慎重な対応を求めるというツイートを発信。これをライブ・ブログが拾い、これにまたコメントがついていく。

議会前で人の話を聞く

 午後7時の採決になったため、議論はまだ続いていたが、筆者は夕方、議会前の広場に集まるEU離脱派、残留派の市民の声を拾うために家を出た。

 電車に乗っている間や広場で市民に声を聞く合間に、スマホでツイートをチェックし、ライブ・ブログで議論の進展を確認する。ここでも見ようと思えば、先ほどのアプリで議論の生中継を視聴できる

テレビでも視聴

 帰宅後、今度は居間にあるテレビを先ほどのBBCニュースのチャンネルに合わせ、採決結果を追うと同時に、スマホ上ではライブ・ブログでの識者のコメントを読んだ。もう一度聞きたい表現があった場合は、生番組をリモコンを使って「巻き戻し」ができる。

 これは自分だけの特別の視聴方法ではなく、例えば特定のスポーツに関心がある人は試合の実況中継や関連ツイートを熱心に追っていることだろう。

 英国メディアのジャーナリストはツイッターを頻繁に使うので、ツイッターを追うだけでもいろいろなことが分かってくる。

 大きな事件・事故があったとき、人々はテレビばかりか、ネットで情報を常時探す。

 英国では、テレビ、ラジオ、PC、タブレット、スマホなど媒体を選ばず、常時番組コンテンツに切れ目なくアクセスする生態圏が出来上がっている。

 ニュースに関しては、1990年代後半以降、「24時間ニュース・チャンネル」が存在し、「切れ目ない」報道の生態圏に向かってすでに舵が切られていたということも押さえておく必要があるだろう。

 今はそのようなチャンネルが複数あり、ネットでも視聴できる。例えば、BBCニュース・チャンネルのほかに、スカイニュース、英国発以外では、「フランス24」や「アルジャジーラ」(それぞれ複数言語版がある)など。

なぜ、同時配信が必要か

 英放送業界が同時配信をせざるを得なくなった理由として、メディア消費環境の変化がある。

 オフコムの調査「メディア・ネーションズ 2018」(3月発表)によると、英国でテレビ受信機で番組を視聴する人は、年々減っている。2018年上半期で、1日当たり平均視聴時間は3時間16分(前年同期比4・9%減)だったが、若者層(16歳から34歳)では特に低下した(12%減、1時間51分)。

 代わりに増えているのが放送局以外、例えばユーチューブやネットフリックス、アマゾンプライムなどが提供するコンテンツだ。

 つまり、視聴者がネットに移動したので、これに合わせて放送局もネットに移動した。

 ライバルはユーチューブやネットフリックス、アマゾンプライムになるので、BBCを始めとした主要放送局は、シリーズ物の番組の場合、すべての回がまとめて見られる「ボックスセット」形式での配信を始めている。

 BBCと民放最大手ITVが協力して、新たなオンデマンド視聴サービスを提供するための話し合いも進めている。

 国内の放送局にとって、潤沢な資金をかけて作品を制作・配信するネットフリックスやアマゾンに「勝つ」ことが重要となっている。

負の影響は?

 放送局による同時配信が新聞メディアに悪影響を与えるのかどうかについては、十分な調査が行われていないが、ニュース報道におけるBBCの地方紙・地方テレビへの圧迫問題については、これまでにも指摘されてきた。

 ジャーナリズム業界の今後を考える調査報告書「ケアンクロス・レビュー」(2月12日発表)によると、ネットで無料のニュースがあふれ、人々のメディア消費の動向が大きく変わる中、新聞、放送、ニュースサイトなどで働くジャーナリストの数が減っている。2007年の2万3000人から17年の1万7000人という下落傾向に、歯止めがからないという。

 全国紙の発行部数は1日平均1150万部(2008年)から580万部(18年)に転落し、地方紙も6340万部から3140万部と半分以下となった。

 英国民がニュースにアクセスする媒体として最も大きな位置を占めるのはテレビで、最も頻繁にアクセスするニュースサイトはダントツでBBCのニュースサイトだ。

 「レビュー」は、オフコムに対し、BBCがほかのニュースメディアのビジネスを阻害していないかどうかの調査を開始するよう、提案している。


# by polimediauk | 2019-06-13 16:49 | 放送業界

 エリザベス英女王の孫にあたるヘンリー(通称「ハリー」)王子とメーガン妃の間に、初めての子供がもうすぐ生まれると言われている。

 近年、英国でロイヤル・ベビーとして注目されたのは、ハリー王子の兄にあたるウィリアム王子とキャサリン妃の間に次々と生まれた3人の子供たちだった。

 キャサリン妃はロンドンのセント・メアリー病院で子供たちを産んできた。出産間近になると、世界中から駆け付けた報道陣が病院前に殺到する。いよいよとなると、ウィリアム王子が子供たちを連れてやってくる。そして、出産から数時間後には、いつものようにヘアスタイルもメイクも完璧なキャサリン妃が赤ん坊を抱えて報道陣の前に姿を現し、カメラのフラッシュを浴びるー。これが「お決まり」のパターンである。

 しかし、今回は、少々事情が異なりそうだ。

「出産はプライベートにしたい」

 というのも、ハリー・メーガン妃側は今回、出産を「プライベートなものにしたい」ということで、どこで産むかを明確にしていないからだ。病院での出産は「プライバシーが十分に守られない」と述べたという報道もあり、自宅での出産の可能性がある。

 「自宅」とは、ウィンザー城の領地内にある、改装を終えたばかりのフログモア・コテージだ。

 エリザベス女王自身が4人の子供全員を自宅で出産しており、前例がある。

 出産予定日は、当初、4月末から5月上旬ごろと言われてきた。しかし、出産後すぐに情報を出すかどうかは不明で、ソーシャルメディアで情報発信をするとしても、出産日当日に赤ん坊を抱えて、カメラの前に出るかどうかも不明だ。

 筆者は、この「プライベートにしたい」という話を聞いて、実はほっとした。「良かったなあ」とも思った。

 というのは、キャサリン妃が出産から数時間後に完璧な装いで病院の前に出て、「産みました!」宣言を体で示す様子を見て、「なんだか、つらいなあ」と常々、思ってきたからだ。

 

 キャサリン妃の場合、子供は将来の国王あるいは女王になるため、出産直後に国民の前に姿を見せるのは「公務」と解釈できなくもないが、それにしても、一人の人間として「ここまでする必要はないのではないか」と思っていた。この先、ほかの王室の女性メンバーも同様のことを強いられるのでは、とも。

 ハリー王子がメーガンさんと結婚したとき、「将来的に子供を産むことがあれば、キャサリン妃と比較されるだろう」という予感があった。「私だって、一糸乱れず、完璧な出産ができるのよ」と言わざるを得ないような、変な競争にならなければいいと思っていた。

 以前に、キャサリン妃の出産(と、数時間後に報道陣の前でポーズを取ること)についての疑問を書いた時に、「あら、出産後、数時間でシャンとするのは、簡単よ」、「将来の国王・女王の母親なんだから、それぐらいして当たり前」、「あれが彼女の『お仕事』だから(ああやるのが当然だろう)」などの反応がソーシャルメディアであった。

 しかし、それと同時に「出産直後は、本当はすごく、疲れている」、「あそこまでしなくていいと思う」という声もあった。

 当初は前者が多かったが、時間が経つうちに、後者が増えていった。

 筆者は、子供を産んだことがない。だから、「疲労度」は想像するだけだ。きっと、すごく疲労する人もいれば、それほどではない人もいるに違いない。

 それでも、出産体験がある・なしに限らず、誰しも、「ここまでは外に出せるけど、ここから中はちょっと、一人でいたい」という精神的・肉体的境界というのは、あるものだ。プライバシーを維持する権利は、誰にでもある。

 出産自体を公に報告する必要がある人でも、出産直後に夫やごく親しい家族の間で生の誕生を喜び、しばらく休息する時間があってもいいはずだ。ソーシャルメディアの時代だから、少し落ち着いた段階で母子が安全であることを示す情報をインスタグラムなどで出す、という形で十分ではないかと思う。髪をセットし、メークして、大勢の報道陣の前に立たなくてもいいのではないか。

 …と書いたけれど、意外と、メーガン妃も出産後数時間でカメラの前に立つ「かも」しれないのだけれども。

キャサリン妃の「完璧な」出産に、米コラムニストが疑問の声を上げる

「自宅で出産」は大幅に減少中

 イングランド・ウェールズ地方(スコットランドや北アイルランド地方を抜いた地域)では自宅で出産する割合は、2017年で2・4%のみ(国家統計局調べ)。スコットランド地方では2%、北アイルランドでは0・4%と極端に低い。

 

 エリザベス女王は4人の子供をバッキンガム宮殿かクラレンス・ハウス(セント・ジェームズ宮殿に隣接する邸宅。現在はチャールズ王太子とカミラ夫人の公邸)で産んできた。

王室の出産の歴史

 実は、英王室は宮殿(「自宅」とも言える)で出産するのが、長い間、伝統だった。

 エリザベス女王は長男のチャールズ皇太子をバッキンガム宮殿で産んだが、長女のアン王女はロンドン市内の病院で子供たちを産み、ダイアナ妃もこれに続いた(ウィリアム王子とハリー王子)。


 王室の歴史家サラ・ブラッドフォード氏のガーディアン紙の記事(2013年7月23日付)によると、英国の王室で世継ぎが生まれる出産の場合、「目撃者」が必要とされてきたという。女官たち、助産婦、召使い、医師などが妊婦の周りに集まり、部屋の後ろの方には男性の廷臣らが控えていた。死産だった場合、別の赤ん坊と入れ替えるといった「ごまかし」を防ぐためだった。


 英国(イングランド王国)は16世紀、宗教改革(教会がローマ・カトリックから分離して英国国教会=プロテスタント系=を形成)に揺れたが、その後、支配層はカトリック系勢力が国を乗っ取るのではないかと常に危機感を持っていた。出産時の混乱を悪用されて、赤ん坊がすり替えられることを防ぐ必要があった。「本当に産んだ」ことを「目撃」する必要があったのである。

 こうして、19世紀末まで、女官たちともに閣僚や枢密院のメンバーなども出産に立ち会ってきた。しかし、1894年、後のエドワード8世が生まれる時、ビクトリア女王が政治家は内務大臣のみの出席で良いと決めた。

 ブラッドフォード氏によると、最後に内相が出産に立ち会ったのは、1948年、チャールズ皇太子が生まれた時だ。

「あなたに何の関係があるの?」と叫んだダイアナ妃

 ウィリアム王子とハリー王子の母親であるダイアナ妃ほど、メディアに執拗に追われた王室のメンバーはいないだろう。

 1997年、交通事故によって36歳で命を落としたダイアナ妃は、ウィリアム王子の出産をロンドン・パディントンにあるセント・メアリー病院で行うことにした。キャサリン妃が近年、出産に選択した病院である。

 

 ダイアナ妃の自伝を書いたアンドリュー・モートン氏によると、ダイアナ妃は住居にしていたケンジントン宮殿ではなく病院での出産を選んだ理由をこう語ったという。「メディアのプレッシャーにはもう耐えられなくなった。我慢できない。毎日、みんなが私のことを監視してるみたいだから」。宮殿の周囲には、報道陣が張り付いていた。ダイアナ妃は病院を避難先として選んだのである。

 宮殿の複数の職員がダイアナ妃と一緒に病院に行こうとした。堪忍袋の緒が切れたダイアナ妃は激怒して、こう叫んだという。「あなたに何の関係があるの?」

 メーガン妃の出産のニュースを、静かに待ちたいものである。


# by polimediauk | 2019-05-01 17:24 | 英国事情

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」3月号の筆者記事に補足しました。)

 英国は本当に欧州連合(EU)から離脱する(「ブレグジット」)ことができるのか?

 メイ政権とEU側が昨年11月に合意した、離脱の条件を決める「離脱協定案」が、3月29日(当初の離脱予定日)に下院で否決されたことで、先行きが不透明になっている。同離脱案が否決されたのは、これで3回目だ。

 先週に引き続き、下院ではメイ案に関わる代案づくりの作業が続いているが、1つの案に絞り切れていない。新たな離脱予定日4月12日までに作業が間に合うかどうかは、分からない。先週末までに可決されていれば、5月22日まで離脱日が延長される予定だったが、これが実現しなかったため、「合意なしの離脱」となるか、メイ首相が新たな延長をEUに持ち掛けるか。あるいは、下院が「ソフトな離脱案」でまとまった場合、メイ首相はこれに応じるのかどうか。

 英BBCは、1月28日から3週にわたり、「インサイト欧州―混乱の10年」という題名のドキュメンタリー番組を放送した。第1回目(「私たちは辞める」)では、離脱を決めるまでの英国とEU首脳陣との丁々発止の交渉をつづった。

 この番組を紹介しながら、なぜ英国はこのような状況に陥ったのかについて、メイ首相が登場する前の段階から探ってみたい。

欧州懐疑派と格闘してきた保守党

 欧州統合の動きについて反発する理念を持つ、いわゆる「欧州懐疑派」は、少なくとも過去半世紀以上、英国の中でくすぶってきた。

 第2次世界大戦後、フランスとドイツを中心として大陸の欧州諸国が統合に向けて動く一方で、英国は欧州経済共同体(EEC)に1973年に加盟するものの、独立独歩の立場を維持してきた。現在はEU加盟国だが欧州の単一通貨ユーロを導入せず、国境検査なしで往来できるシェンゲン協定にも参加してない。

 2010年5月、保守党は13年ぶりに労働党から政権を奪回した。親EUの自由民主党との連立政権である。

 クレッグ副首相・自民党党首(当時、以下同)によると、キャメロン首相(保守党党首)は「欧州問題ばかり繰り返して取り上げる政権にはしないと約束した」という(BBC「インサイト欧州―混乱の10年」より。以下、引用は同番組から)。しかし、事態は逆となった。

なぜ、EU脱退の声が強くなった?

 2004年、EUは東欧諸国を含む10か国を新加盟国として迎え、英国にはポーランド、ハンガリー、チェコなどからの移民が急速に増えた。英国はほかのEU諸国とは異なり、当初から新規EU市民の受け入れに制限を付けず、学校や医療現場はその対応に追われた。低所得者層は、新EU市民に「職を奪われた」と感じた。

 ここで補足しておきたいのが、よくブレグジット発生の理由として挙げられる、「反移民感情」についてだ。多くの報道では長々と説明するスペースがなく、端折る形で「反移民感情が高まって」と書く。自分もそう書くことがある。

 しかし、その意味は「外国人嫌い」というわけではない。ロンドンに一度でも来たことがある方は、道行く人々の人種の多様性に驚くはずだ。また、ほかの地域に行っても、見た目だけでは誰が「外国人」なのかは分からない。

 それでも、旧東欧からの新EU市民が摩擦を引き起こすことになったのは、英国が単一市場の一部であること、つまり、モノ、サービス、資本に加えて人の自由な往来の原則に合意しているため、流入に制限をかけられない状況が生じたからだ。人が単に多くやってくるだけではなく、「無制限に」やってくることが問題視された。なぜ無制限なのか?「EUに加盟しているから」なのだ。こうして、不満の矛先はEUに向かった。

 その上、2007~8年の世界金融危機、これに続くユーロ危機が発生したことで、英国はユーロに参加していないのにもかかわらず、ユーロ圏を救うための財政支援を求められたことで、さらに反EU感情が高まった。

キャメロン首相の賭けとは

 2011年10月24日、キャメロン政権に「赤信号」が灯る。

 この日、懐疑派の声に押された英下院がEUからの脱退などを問う国民投票の実施を求める動議を投票に諮った。賛成111票、反対483票で否決されたが、80票前後の賛成票は保守党議員によるものだった。キャメロン政権は、懐疑派の対処に本腰を入れざるを得なくなった。

 この頃、ユーロ圏の危機のさらなる拡大を防止するため、メルケル独首相とサルコジ仏大統領は圏内の財政統合を計画していた。そのためにはEU基本条約の改正が必要だった。条約改正となれば全EU加盟国の合意が必要となり、英国でも下院の承認が必須となった。欧州懐疑派が抵抗するのは目に見えていた。

 そこでキャメロン政権が考え付いたのは、EU市民の英国への移住に制限をかける、さらなる統合の深化には参加しないなどの「譲歩」をEUから得ることだった。「これだけの譲歩を得たのだから、条約改正に賛成してほしい、というつもりだった」(オズボーン財務相)。

 2011年2月のEU首脳会議に、キャメロンはこの譲歩案を持って臨んだ。

サルコジの激怒

 フランス側は激怒した。「キャメロン首相はユーロ圏の規則を自分が変更できると思っていた。英国はユーロ圏ではないのに、だ。意味をなさない」(サルコジ大統領)。「私たちの手を無理に動かそうとすれば、あなたは何も得られないだろう」、「譲歩はできない」(同)。

 サルコジ側は「奥の手」を使った。EU加盟国の満場一致の合意が必要となる条約改正ではなく、財政統合を政府間協定としたのである。参加したい国だけが参加できるようにして成立させるつもりだった。「8秒で解決できることを8時間もかけて議論する必要はない」(サルコジ)。

 キャメロン自身も奥の手を持っていた。司法専門家によるとサルコジ・メルケル主導の財政統合は条約改正なしには達成できず、政府間協定を使うのは違法だった。しかし、EU側の司法判断では「合法」とされた。

 午前4時、首脳陣が政府間協定案に票を入れた。拒否権を発動したのはキャメロンだけ。英国は孤立した。

 2012年9月までに、保守党幹部は国民投票の実施を具体的に考え始めた。

 「国民投票が行われれば保守党は分裂する。もし離脱となれば世界の中の英国の地位が大きく低下し、経済にも悪影響だ」(オズボーン財務相)という主張に対し、ヘイグ外相は「やらないと逆に保守党は分裂する」と述べた。

キャメロンはどう思っていた?

 キャメロンの広報秘書はこう語る。「首相は国民投票が危険なことは十分分かっていた。それでもやろうと決めたのは、政治的に意味があったから。EUの拡大路線に対し、国民は居心地の悪さを感じていた。この人たちに発言の機会を与えるべきだ、それが民主主義だとキャメロンは思った」。

 2013年1月23日、ブルームバーグ社のロンドン本部で、キャメロンは「次の総選挙で保守党が過半数の議席を獲得したら、国民投票を行う」と演説で述べた。その前にまず「英国とEUの関係を変えるための交渉をする。EUの基本条約を変えるほどの大きな変化になるだろう」、と続けた。

しかし、メルケルに反対された

 2014年2月末、キャメロンはメルケルを官邸に招待し、国民投票についての感触を打診した。メルケルは賛同しなかった。

 「英国はEUからすでに大きな譲歩を得ている。私は鉄のカーテンの外にいた東ドイツ出身だ。鉄のカーテンがなくなり、今、私たちはこの欧州大陸で一つにまとまることができる。この点を見失ってはいけないと思う」。

 5月の欧州議会選挙では、英国のEUからの脱退を求める英国独立党(UKIP)が英国に割り当てられた議席の中で最大数を獲得した。「純移民が大きく増えた。そのすべてがEU市民だ。英国は対処手段を持っていない」(ファラージUKIP党首)。

反ユンカーで失敗

 キャメロン政権は、欧州連邦主義の信奉者で元ルクセンブルク首相のユンカーが次期欧州委員長の候補に上ったことを知り、これを阻止しようと手を尽くした。ユンカーが欧州委員長になれば、EUがさらなる拡大・統合深化に進むだろうと思ったからだ。

 キャメロンは、ファンロンパイ欧州委員長を官邸に呼んだ。

 「キャメロンは、ユンカー候補をブロックすることで自分がいかに強いかを示そうとしていた」(ファンロンパイ欧州委員長)。

 「私はいやいや官邸に向かった。これまでは、自分から望んで時間を作ってもらい、キャメロンに会いに行った。しかし、今回は招待された。何かあるなと思った」。

 官邸の居間でファンロンパイと話していたキャメロンは、「突然、反ユンカーの票を集めてくれないかと私に言った」。

 

 ファンロンパイは「それは難しい。ユンカーは(欧州議会の運営の中心を担う中道右派)欧州人民党グループ(EPP)の候補者だ。反ユンカー票を得るのは困難だ」。

 不可能な相談と思ったファンロンパイは、「できない」と言った。自分がロンドンにやってきたのは、キャメロンから命令を受けるためではない、と思ったという。

 「すると突然、キャメロンが立ち上がり、これで話が終わったと告げた」。取りつく島もなく、キャメロンはファンロンパイをドアまで連れて行った。「これが私が最後に英国の首相官邸に行った時だ」。

 キャメロンの反ユンカー運動は、成功しなかった。

移民の流入制限に、支持得られず

 国内では保守党議員2人がUKIPに移籍し、これ以上の「出血」を避けるため、14年秋、キャメロンは保守党の党大会でEU市民を含む移民の流入制限をEU指導部と交渉することを宣言した。

 メルケルに打診したところ、「EU市民の移動に数値目標を設置することは賛同できない」と言われ、キャメロン政権は社会保障へのアクセスを限定する案を追求することにした。

 2015年5月の総選挙で、保守党は思いがけず過半数の議席を獲得し、単独政権が成立した。

トゥスクも、オランドも国民投票に反対

 総選挙後まもなくキャメロンと会ったトゥスク欧州理事会議長は「なぜ国民投票を決めたのか。非常に危険なばかげた行為なのに」と告げた。その理由が「与党の内情」であったことに驚いた。「キャメロンは自分の勝利の犠牲になった」。

 9月、キャメロンはフランスのオランド大統領を英国に招待した。国民投票実施についての支持を期待していた。

 「私はキャメロンに国民投票をやる必要はないと言った」(オランド大統領)。「選挙戦の公約が実行できないのは、よくあることだ」。

 キャメロンはオランドに対し、EU市民の英国への流入をどうにかしたいと訴えた。単一市場に例外を認めるよう、助けてくれないか、と。

 「英国に人の移動の自由の例外が認められれば、他の国も同じことを求める」(オランド大統領)。「もし英国で国民投票が行われれば、ほかの加盟国も後追いする」。

 メルケルもそしてオランドも、EUの基本的な取り決めである人の自由の移動について譲歩はできない、とキャメロンに伝えた。

 2016年2月のEU首脳会議。英国がEUから譲歩を取り付けることができたのは、主として3点だった。

 (1)EU移民の社会保障の利用に制限を課す

 (2)EUの統合深化から除外される

 (3)非ユーロ圏の国としての権利が保護される。

英国内では評価されず、国民投票へ

 しかし、英メディアや政界の反応は鈍かった。

 キャメロンは、離脱の賛否を問う国民投票の実施を正式に宣言する。

 2016年6月23日の国民投票では、離脱派が僅差で勝利。残留派を主導したキャメロンは、辞任の意を表明した。

 数日後、キャメロンは最後のEU首脳会議に出席する。「悲しかった。キャメロンばかりか、英国がEUを去っていくことになるからだ。EUに夜を思わせる影が落ちたようだった」(ユンカー)。

 BBCの「混乱の10年」シリーズは、2回目にはギリシャの債務危機を、最終3回目には欧州にやってきた大量の難民への対応を取り上げた。


# by polimediauk | 2019-04-02 17:39 | 政治とメディア

(「新聞協会報」2月12日号掲載の筆者のコラム「英国発メディア動向」に加筆しました。)

 

 英国で未成年者によるソーシャルメディアの利用に警鐘を鳴らす事件が発生し、運営側に悪影響防止策を求める声が高まっている。

 2017年11月、ロンドンに住むモリー・ラッセルちゃん(14歳)が寝室で自殺しているのを家族が発見した。自殺の原因について特に心当たりがなかった家族がモリーちゃんが生前によく使っていた画像共有サイト「インスタグラム」のアカウントを調べたところ、「不安」、「落ち込み」、「自傷」、「自殺」などのキーワードにリンクされた画像を閲覧していたこと分かった。死因審問はまだ行われていないが、今年1月、父親イアンさんはBBCの取材に対しインスタグラムのアルゴリズムが関連画像を集めて娘が閲覧できるようにしたことが自殺につながったと語った。「インスタグラムが娘の死をほう助したことには疑いがない」(BBCニュース、1月22日)。

 父親のインタビューが公開された翌日、インスタグラムを所有する交流サイト最大手「フェイスブック」の英国・アイルランド部門代表者は自殺が「遺族にとって大きな打撃となった」ことに深い謝罪の意を表明した。

 近年、ソーシャルメディアによる未成年の心身への影響が社会的関心事となっている。モリーちゃんの自殺で負の影響が改めて注目を浴びることになった。

 モリーちゃんは「すべて私のせいです」という手書きの遺書を残していた。インスタグラムの自傷画像と自殺との因果関係は今後の死因検査で判明するが、両親は娘が自傷行為や自殺の画像共有を行っていたことを生前には把握していなかった。子供がどのようなソーシャルメディアを使っているかを知らない多くの親にとっても、大きな衝撃となる事件だった。

自傷行為とインスタグラム

 12歳で自傷行為の画像をインスタグラムに投稿し、8000人のフォロワーとシェアした経験を持つリビーちゃん(16歳)がBBCにその体験を語っている(1月31日)。自傷画像を投稿するオンラインコミュニティの「一部になってしまった。止められなくなった」。インスタグラムが自分に自傷行為を始めさせたわけではないが、ほかの投稿者による自傷画像を見て「彼女はまだ生きている。それなら、自分ももっとやれる」と思ったという。

 モリーちゃん事件後、インスタグラムは利用者が自傷コンテンツを見つけにくくするようエンジニアに依頼したと発表した。自傷、自殺などの画像をハッシュタグで集められないようにし、こうした画像に覆いをかけたり、推薦機能を使えなくしたりするなどの改造を行う予定だ。以前からコミュニティ規則に反したと思われるコンテンツについて報告できるようになっており、13歳未満の子供がアカウントを作成していた場合、子供の家族がアカウントの閉鎖を依頼できる。ただし、インスタグラム自身がアカウントを閉鎖することは通常はない。未成年者のソーシャルメディア利用については親が責任を持つとみなすからだという。

 元英国の下院議員で現在はフェイスブックのバイスプレジデントとなったニック・クレッグ氏は未成年者が安心して使えるプラットフォームづくりのためには「なんでもやる」と述べた(BBCのインタビュー、1月28日)。

 子供に電話カウンセリングを行う慈善組織「チャイルドライン」は親ができることを挙げている。「子供と頻繁に話す(どのようなオンライン・サービスを使っているのか、安全に使うにはどうするか)」、「子供と一緒に子供が使うサービス、アプリを使ってみる」、「家族でルールを決める」、「子供がアクセスできる範囲を調節する」、「主治医に相談する(子供が自傷行為に及んでいないか)」、「学校の担当者に相談する」、「チャイルドラインの電話番号を教える」など。

 教育省の外郭団体で、イングランドの子供の権利擁護に取り組むアン・ロングフィールド理事は、1月末、フェイスブック、インスタグラム、メッセージ共有アプリ「ワッツアップ」など大手ソーシャルメディア宛に公開書簡を送った。この中で、ソーシャルメディアの運営者が子供たちを守り、有害なコンテンツの削除速度を速めるため「デジタル・オンブズマン」の設置を提唱した。

 下院は「オンラインの損害」についての報告書を発表し、通信・放送業界の規制監督組織「オフコム」を模したデジタル空間の規制監督組織の立ち上げを提唱した。ネット上の自由な情報の行き来を維持しながら、どこまで規制できるのかが大きな課題となりそうだ。


# by polimediauk | 2019-03-26 19:30 | ネット業界

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」2月号の筆者記事に補足しました。)

 誰が高齢者のテレビ視聴料を負担するべきなのか?英国で、そんな議論がひっそりと続いている。

 通常であれば大きな話題になるはずだが、「英国の欧州連合(EU)からの離脱」=「ブレグジット」=についての報道が連日トップニュースとなっており、影に隠れた格好だ。

 

 英国では、視聴家庭が「テレビ・ライセンス料」(NHKの受信料に相当)を払い、これでBBC(英国放送協会)の国内の放送業務を賄う伝統が続いてきた。しかし、2000年からは、75歳以上の高齢者がいる家庭はライセンス料の支払いを全額免除される制度ができた。時の労働党政権が、年金生活者の貧困を緩和するための施策として導入したものだ。

 

 免除されない場合、年間のライセンス料は現行ではカラーテレビで150.50ポンド(約2万円)だ。

 

 過去18年にわたり、高齢者の支払い免除分は政府が税金で負担してきたが、2020年6月以降、BBCが責任を持つことになった。

 今後の高齢者層の支払い免除について、BBCは昨年11月から今年2月中旬まで意見募集を行った。全額免除を踏襲した場合、BBCにとっては大きな負担となるため、なぜそれが現実的ではないかを明らかにして何とか「損害」を最小限に抑えたいという意図が見え隠れする。

 意見募集のためにBBCが作成した文書を参考にしながら、状況を見てみたい。

なぜBBCが高齢者の救済役に?

 その前に、なぜ高齢者のラインセンス料支払い免除がBBCの責任になったのかを説明したい。

 労働党政権が開始した高齢者特別措置は、2010年に発足した保守党・自由民主党連立政権でも続行となった。しかし、15年、保守党単独政権はBBCの経営陣トップと会合を持ち、政府負担を解消すること、代わりにBBCが負担することで合意した。

 BBCトップがこうした条件を呑んだのは、ライセンス料の値上げ凍結の解除をしてもらい、BBCの存立を規定する「王立憲章」更新のための交渉を有利に進める狙いがあった。

 値上げ凍結は、2007年から08年にかけての世界金融危機の発生がきっかけだ。政府は緊縮財政を実行し、凍結を実施させた(2010年から17年)。かつてはインフレ率と連動し、これに上乗せした値上げ率が採用されてきたため、大きな変化となった。

 同時に、政府はBBCに対し様々な業務を肩代わりさせた。例えば放送業界のアナログからデジタルへの移行や人口の少ない地域でのブロードバンドの展開支援など英国のデジタル化進展費用を負担させた。

 こうした要素が背景となって、BBCの計算によれば、過去10年間で実質的にはライセンス料収入は20%減少したも同然となった。ちなみにBBCは国営ではなく「公共サービス放送」だが、ライセンス料の値上げ率は政府との合意をベースにして国会が承認する形を取る。

 2015年時点、ほぼ10年毎に更新される王立憲章の更新が2017年に迫り、識者の間に「ライセンス料制度は廃止されるべき」という声が再燃していた。この制度が廃止されて代わりに視聴したい人が視聴料を払う制度になれば、BBCの収入は大きく減少するといわれている。経営陣としては、確実な将来の計画を立てるためにライセンス料制度を死守し、凍結を何としても解除する必要があった。

 そこで、オズボーン財務相(当時)とBBCのホール会長は更新のための本格的な交渉が始まる前に、「ライセンス料制度は維持される」、「値上げはインフレ率と連動する」などを政府側がBBCに約束する代わりに、政府が2020年6月以降、高齢者のライセンス料支払い免除分を負担せず、免除分の取り扱いはBBCの責任とすることで合意した。

 2017年、通信法(2003年)への補足事項の追加によって、BBCが高齢者(ここでは65歳以上)に対し支払い免除制度を設けるかどうか、設置するとすればどのようにするかについて決定する責任を持つことが立法化された。

 高齢者の支払い免除分はすでにBBCがその一部を負担しており、2020年夏以降、税金による負担が完全停止することになる。現行では446万戸が対象となっている。

高齢化社会の到来と強力なライバルの出現

 BBCが昨年11月20日に発表した、意見募集用の文書「年齢に関係づけたテレビ・ライセンス料の政策」、調査会社「フロンティア・エコノミックス」が作成した2つのリポート「ディスカッション・ペーパー」(同年10月)と「75歳以上の資金繰りの見直し」(同年11月)によると、支払い免除が導入された2000年当時と現在では、状況が様変わりしている。

 例えば年金生活者を主とする高齢者家庭の所得の低さが免除導入の理由となったが、仕事を持つ家庭の収入の伸びよりも、高齢者家庭の所得の伸び率が大きくなっていることが調査で分かった。

 また、免除分の金額は2001-02年度では3億6500万ポンド(約500億円)だったが、2021-22年度では倍以上の7億4500万ポンドに上昇。後者の金額はBBCが2017-18年度に番組制作や関連サービスに費やした総額の18%に当たる。2000年、75歳以上の高齢者は総人口の7%だったが、16年には8%に上昇した。2026年には10%を占めると予想され、2030年では免除額が10億ポンドに上ると推測されている。

 社会の高齢化がこれからも続くことは確かで、国の福祉政策の一端を担うことになったBBCには、免除分の負担が際限なく増えることへの危機感がある。

 将来のメディア環境を展望するとき、BBCは強力なライバルの出現で苦しい展開を強いられているという。例えば、アップル、アマゾン、フェイスブック、BT、ネットフリックスなどが動画コンテンツを英国内の視聴者向けに提供するようになっており、「巨大なグローバル企業が放送業界全体の制作費用を押し上げている」と指摘する。高品質のドラマや不偏不党のニュース、オリジナルの番組を制作することが義務化されているBBCにとって、厳しい時代となっている。

 過去7年間で若者層がBBCのテレビ番組を視聴した時間は週に5時間から3時間に減少している。逆に、ネットフリックスに代表されるオンデマンド動画の同年齢層の視聴時間は、この4年間で週に3時間から7時間に増えた。

 こうしたメディア環境の激変を鑑み、BBCは(1)高品質で、英国を反映した番組作り、(2)オンデマンド・サービスの「iPlayer」の対象番組について、現行では放送から30日以内だが、これを30日以上にする、(3)子供向け番組、教育番組の充実化、(4)信頼できるニュース番組の制作、(5)ロンドン以外の英国の地域の番組の拡充などによって乗り切る予定だ。しかし、これらの実現には十分な収入があることが前提となる。

 意見募集のためのBBCの最初の質問は4択になった。(1)現行の高齢者の支払い免除制度を維持する、(2)年齢層による支払い免除制度を停止する、(3)高齢者の支払い免除制度は維持するが、中身を改変する、(4)分からない。

 もし(3)の「改変する」を選択した場合、(1)高齢者は半額を払う、(2)80歳以上の高齢者のみを支払い免除とする、(3)低収入の高齢者のみを支払い免除とする、の中でいずれかを選ぶ。65歳上に適用するべきかどうか、そして免除制度についての一般的な意見も提出できるようになっている。

 BBCは 6月までに最終的な判断を下す予定だ。「すべての年齢層の国民にとって、最善で最も公正な解決方法」を見つけることを目指しているという。

 BBCは「高齢者層にとってテレビが重要な友人のような役割を持っていること」を認識しているという(フィナンシャル・タイムズ紙、2018年11月20日付)。しかし現行制度をそのまま維持すれば、「BBCは大きく変わらざるを得ない」と指摘する。


# by polimediauk | 2019-03-20 18:13 | 放送業界

 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」1月号の筆者記事に補足しました。)

 「メディア・キャプチャー」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

 「キャプチャー(capture)」には「捕獲する」、「保存する」などの意味があるが、政府、政治家、大企業、富豪などの権力者が政治力や財力などを用いて自分達に都合の良いようにメディアの言論空間を牛耳る状況だ。

 その現状を把握し、対処法を考えるためのイベントが昨年11月23日と24日、ベルリンで開催された。タイトルは「沈黙の乗っ取り:21世紀のメディア・キャプチャー」。「沈黙の」とは、多くの人が気づかない間にキャプチャーが起きている、という意味が込められている。

会議が開催された、ベルリンにある「メディアと開発のフォーラム」の入り口前(筆者撮影)
会議が開催された、ベルリンにある「メディアと開発のフォーラム」の入り口前(筆者撮影)

 

 主催は独「fome」(Forum Medien und Entwicklung、「メディアと開発のフォーラム」)で、報道の自由を世界中で推進するために結成された団体だ。現在、加盟組織は24に上り、開発途上国や紛争発生国での独立メディアの育成に力を入れている。

 冒頭でメディア・キャプチャーの定義を記したが、実は様々な説があり、研究が続いている状態だ。

 イベントの初日に基調講演を行ったアンヤ・シフリン氏(米コロンビア大学のテクノロジー、メディア&コミュニケーション部ディレクター)は専門家の一人で、「新たな検閲」の状況を紹介した。

 例えば、「民主的な」選挙で選ばれた国家元首によるメディア・キャプチャーの形がある。

 このような政治家は「民主独裁者(democrator)」であり、言論空間を「作られたコンテンツ」で満たしてゆく。エクアドル、トルコ、ロシアが具体例として挙げられた。

 デジタル時代に支配的な位置を占めるようになったフェイスブックをはじめとするプラットフォームの存在も、メディア・キャプチャーと考えられるという。

シフリン氏(右)(筆者撮影)
シフリン氏(右)(筆者撮影)

 対処法は何か?

 シフリン氏によると、

 (1)情報源の多様化

 (2)独占禁止関連の法律や規制を強化

 (3)公共放送を支援

 (4)調査報道を行うための国際的なファンドを設置など。

 また、メディア関係者、学者、非営利組織などがいかに寡占化を防ぐかについて情報を交換し合う必要性も指摘した。

フィンランドでも言論の自由を巡る事件

フィンランドのヴォリコスキー氏(筆者撮影)
フィンランドのヴォリコスキー氏(筆者撮影)

 

 イベント2日目には、メディアの寡占化による言論空間への影響について、二人のジャーナリストが実体験を話したセッションがあった。

 一人目は世界的な報道の自由のランキングで常に高い位置を占めるフィンランドのジャーナリスト、サーラ・ヴォリコスキー氏である。

 同氏は現在、ニュース週刊誌「スオメン・クバレティ」で働いているが、2年前までフィンランドの国営放送「YLE」(フィランド放送協会)の調査報道チームにいた。ヴォリコスキー氏は「YLEゲート」と呼ばれる政治スキャンダルに関わり、YLEを離れることになった。

 発端は2016年。ユハ・シピラ首相の親戚が、破綻したタルビバーラ鉱業会社の所有者の一人となっていたことが発覚する。この会社はテーラフェイムと名を変えて再組織化されていたが、政府から巨額の資金援助を得ての再出発だった。首相が何らかの便宜を図ったのではないかという疑惑は議会の調査で払拭されたが、複数の報道機関がこの問題を取り上げ、YLEもこれに続いた。

 ヴォリコスキー氏のチームによる報道に対し、首相は「憤慨した」という。YLEの編集局幹部は報道の表現を和らげたり、放送予定の順番を変えたりなど、「チームに事前に告げないままに報道に干渉をするようになった」。

 そして、前代未聞の事態が発生した。シピラ首相が報道内容に対する苦情をヴォリコスキー氏にメールで直接送ってきたのである。「報道のために国民が私に対して怒りを向けている」、「YLEに対する敬意を失った」などと書かれていた。

 当時の編集長はチームに対し、関連の報道では一切首相の名前を出さないこと、またメールを受け取ったことを公にしないようにと伝えた。ある制作スタッフが疑惑について議論する番組を企画したところ、「企画を取り下げないなら解雇する」と脅された。しかし、YLEの内情は次第に他の媒体でも取り上げられるようになった。

 ヴォリコスキー氏は編集長の辞任を求めたが、これが叶わないことが分かり、自分が辞任した。上司も同時に辞任したという。しばらくして編集長は辞任し、2018年4月、新たな最高経営責任者が就任している。

 イベントの会場から、質問が出た。「疑惑報道を巡り、YLEに政治圧力がかけられたと思うか」。ヴォリコスキー氏はこう答えた。「YLEの運営は国民の税金によって賄われている。毎年、予算額を決めるのは政府だ。YLEの対応と政府の圧力との間には、何らかの関係があると思う」。

 辞職後、ヴォリコスキー氏は一連の事件を書籍にまとめている。

メディアの多様性が問われるチェコ

フィンランドのヴォリコスキー氏、右がチェコのソドムコバ氏(筆者撮影)
フィンランドのヴォリコスキー氏、右がチェコのソドムコバ氏(筆者撮影)

 

 チェコのメトロポリタン大学の調査によると、報道の自由度において過去20年間比較的安定していたチェコがここ5年で変貌を遂げているという。2016年時点で、メディアの所有者の92%が政治家や大企業の経営者となっている。その中でも目立つのが新興財閥で、その一人が現在は首相となっているアンドレイ・バビシュ氏である。

 チェコの調査報道記者マグデレーナ・ソドムコバ氏は、国内最古の新聞「リドブ・ノビニ」で働いていた。数年前に発行元マフラ社がコングロマリット「アグロフェルト」(バビシュ氏が創業者)に買収されてから、編集室の雰囲気がガラリと変わってしまったという。

 ビジネスで財をなしたバビシュ氏が2011年に設立した反体制派の政治運動「ANO」は、2012年に大衆政党としてその歴史を開始した。

 リドブ・ノビニ紙がバビシュ氏が経営するビジネス・グループの傘下に入った時、編集スタッフは「彼が何をやっているのかを十分に知らず、メディアを乗っ取られたらどうするかを考えたことがなかった」。民主主義や報道の自由が「永遠に続くものだと思っていた」。

 買収直後、編集長が辞任し、新たに抜擢されたのは調査報道の経験が長い女性記者だった。「これで編集スタッフは、もし新所有者から編集への干渉があっても、この人が守ってくれるだろう」と信じたという。しかし、「実際にはそうはならなかった」。

 社員全員が新たな雇用契約を交わすように言われ、この契約によって「社内で発生することを外に出さないことを義務化された」。また、「お金がかかりすぎる」という理由で調査報道部や国際ニュース部が廃止された。

 記者たちはバビシュ氏の政治目的を推し進め、ライバルを貶めるための報道を迫られるようになった。

 ソドムコバ氏も、ある原稿を不本意な形に書き換えられたことをきっかけとして辞職した。同氏は、イベントの参加者の前で、悔しそうに言葉を詰まらせた。「私が数えた限りでは、すでに75人が新聞社を辞めている」。

 2014年、バビシュ氏は財務大臣に就任したことを機にアグロフェルト社の最高経営責任者の職を辞した。

 マスメディアを使うことによって、バビシュ氏は自分への支持を大きく拡大させ、政治のトップの位置にまで到達したとソドムコバ氏は見ている。

 YLEにいたヴォリコスキー氏も、チェコのソドムコバ氏も、一人一人の記者が孤立し、職場のジャーナリスト全員で団結した行動を取れなかったことが心残りだったと話した。

 イタリアの非営利組織「センター・フォー・メディア・プルーラリズム・アンド・フリーダム」が毎年発表する「メディアの多様性モニター」(2017年)によると、チェコは「高い危険度」の範疇に入る。メディア所有の寡占化が進み、「商業上の事情や所有者の意向が編集内容に影響を与えている」状態にあるからだという。

 「モニター」によると、メディア所有の寡占化は欧州連合(EU)全体で広がっている。新聞の経営が苦難に陥り、小規模のメディアがより大きなメディア所有者の元に集約される傾向があるからだ。

 今年も報道の自由への負の影響を注視して行きたい。


# by polimediauk | 2019-02-11 02:46 | 欧州のメディア