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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

 (日本新聞製作技術懇話会(CONPT)発行の会報に掲載された、筆者のコラムに補足しました。)

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 ここ数年、欧州メディアのトレンドを紹介しているが、今回は若者を引き付ける戦略で成果を上げるスウェーデンの地方紙「VK(Västerbottens-Kuriren=ヴェステルボッテン・クーリレン)」とセルビアのホームレス支援のストリートペーパー「LICEULICE(リツェ・ウ・リツェ)」の取り組みを報告したい。


VKとは

 VKはスウェーデン北部ヴェステルボッテン県に拠点を置く複合メディア企業VKメディアが運営し、非営利組織のVKプレス財団(Stiftelsen VK-press)が所有する。

 創刊は1990年だ。1997年にオンライン化され、2013年には電子版に課金制を取り入れた。北部最大の都市ウメオ(人口約13万人、都市圏で約28万人)で発行され、従業員は約140人、売上は約3500万ユーロ(約60億円)に達する。ウェブサイト「vk.se」には一日で14.8万人が訪問し、地域内で圧倒的な存在感を示す。購読者は約3万5000人、この中で電子版購読者は2万5000人である。オンライン・トラフィックの80~85%が直接サイトを訪問する。


若者層を引き付ける戦略


若者プロジェクトの開始(VKの資料より)
若者プロジェクトの開始(VKの資料より)

 

 VKの編集責任者ステファン・オーベリ氏が世界ニュース発行者協会(WAN-IFRA)向けに行ったオンライン説明会(9月17日)によると、VKは2021年、「ヤング・オーディエンス・プロジェクト」を開始した。45歳未満の読者に向け、切り口や見出しを週ごとに変えた記事の閲読傾向の分析、アンケート、インタビューの結果を取り入れることによって新規購読者を9000人増やしたという。続く「ファミリー・プロジェクト」の企画と連動させ、ページビューを3倍に増やした。音声、ニュースレター、記事の読み上げ機能、動画など多様なフォーマットへの投資も行った。


小チームでスタート

 プロジェクト開始の際には、まず編集部、商品開発部、データ部、マーケティング部など異なる部署から3人から7人ほどのチームを結成した。最終的には40人が担当したが、適宜交代しながら、「仮説→実験→測定→評価」を繰り返して有料購読者への転換率、ページビューなどを測定したという。担当期間が終わると次の担当チームのために学びを文書化して編集部全体で共有した。

 また、若者を18~25歳、26~35歳、36~45歳にわけ、調査やインタビューでニーズを探った。これに基づいてサイトのコンテンツや見せ方を変え、ビジュアルを強化。「性」、「家族」、「人間関係」などのテーマに沿って企画を作った。

 ソーシャルメディアは①記事を認知してもらう、②サイトに誘導する、③ロイヤリティーを維持してもらうの3つの目的を達成するよう発信した。速報は無料閲読とし、解説・分析記事を有料化。25歳以下の若者には割引プランを提供した。


なぜ成果を上げたのか

 実績が出た背景には高利益よりも報道の質を高めることを優先する地元財団の支援やVK自体が小規模で独立していることなどの要因があった。これによって、迅速な意思決定や密な協働ができたという。

 ヤングプロジェクトの延長として30~45歳層に焦点を当てた「ファミリーライフ」報道も構築した。読者の生活を「助ける」「刺激する」「巻き込む」「説明する」をキーワードとし、育児・人間関係・日常課題に焦点を当てて、常設記事を整理した。新たに人員を追加せずにページビューが3倍増え、購読転換率も4倍になったという。

年齢層ごとに分析と実験を繰り返した(VKの資料より)
年齢層ごとに分析と実験を繰り返した(VKの資料より)

 

 一通り説明が終わった後、セミナーの出席者が若年層に「地元ニュースは必ず読むべき」という意識をどう持たせるかとオーベリ氏に聞いた。

 同氏は「生活との関連性を示すこと」と答えている。「読者の人生の段階ごとに切り口を変え、若者の視点や声を重視することだ」。


セルビアで、社会を変えることを目指す

 バルカン半島中西部に位置するセルビア(人口約662万人、首都ベオグラードは約168万人)で発行されているストリートペーパー「LICEULICE」が創刊から今年で15年目を迎えた。

 ストリートペーパーとはホームレスや貧困層の人々が路上で販売する雑誌や新聞を指す。英国の「ビッグイシュー」(創刊1991年)や2003年創刊の「ビッグイシュー日本版」がよく知られている。

 LICEULICEはセルビア語で「通りの顔」という意味で、「街の人々の顔を見せる雑誌」という象徴的な名称となっている。

 10月15日、国際新聞編集者協会(IPI、本社ウィーン)が企画したオンラインセミナーでLICEULICEの関係者が現状を語った。概要を紹介したい。

背景―社会・経済的に脆弱な層を支援する

 1990年代から2000年代にかけて、セルビアはユーゴスラビア紛争や経済制裁、社会的混乱から若者の失業率の上昇や社会的排除(マイノリティ、障がい者、LGBTQ+など)などの問題が深刻化した。

 こうした状況下、社会的連帯を回復する取り組みとして2009年に首都ベオグラードで社会起業家や活動家がLICEULICEを設立する。ホームレスや障がい者、長期失業者など社会的に疎外された人々に自立の機会を提供することを目的とした。


1部を約450円で販売

 雑誌「LICEULICE」の創刊は2010年7月から。現在販売者は約140人でベオグラードのほか3か所で販売する。年間10冊、1部を300ディナール(約450円)で現金販売し、その半分が販売者の収入となる。1冊は約500ページと読みごたえがあり、400人以上の定期購読者もいる。専任編集スタッフは3人だが、メディア関係者、学生、社会活動家、福祉・医療関係者が寄稿する。

 社会起業家でLICEULICEの通信戦略を担当するニコレタ・コソヴァツ氏はオンラインセミナーの中で、ストリートペーパーの発行・販売によってホームレスや社会的弱者が所得を得ると同時に社会とのつながりを取り戻すことを目指していると述べている。販売員には教育や研修の機会を提供し、社会的包摂を促進している。

 過去1年間で500時間超の研修や60時間のグループセラピー、美術館・劇場への訪問、英会話レッスンなどを実施した。


販売員の安全確保を重視

 セルビアでは近年、学生や市民による抗議活動が続く。きっかけは2024年11月に北部ノヴィ・サドで起きた鉄道駅の屋根崩落事故である。公共事業の安全管理や入札手続きの不備が指摘され、政府への説明責任を求める声が広がった。これを境に、学生や市民らがデモを頻発するようになっている。

 LICEULICEのドゥニャ・カラノヴィッチ編集部員は「販売員の安全が最優先」だと述べる。デモに巻き込まれる危険性をなくすため、短期的な政治動向ではなく、事件の文脈や背景が分かるような記事を掲載している。「通常の新聞では取り上げないような、社会倫理を問うトピックを選んでいる」。


目を引くような奇抜なデザインのLICEULICEの表紙(オンラインセミナーの画面より)
目を引くような奇抜なデザインのLICEULICEの表紙(オンラインセミナーの画面より)

 

 写真、デザインにも力を入れており「路上での販売なので、人目に付きやすい、ユニークなものを選ぶ」。カラノヴィッチ氏自身がビジュアル・アーチストであり、その経験が活かされているようだ。

 貧困や社会的疎外などが生まれる構造上の問題を指摘しながらも「前向きな動きにつながる記事」、「解決策を提示する記事」を採用する。「自らが行動を起こし、社会を変革につなぐ」ことを目指すからである。

 また、「人の顔が見える」記事として、販売員の体験談も出している。「取材の了解を取り、原稿は掲載前に本人に確認してもらう」。毎月初めに行われる編集企画会議には販売員も参加でき、一緒に企画を詰めていくという。


運営資金は?

 コソヴァツ氏によると、ストリートペーパーの制作・販売も含めたLICEULICEの運営資金の約半分(51%)はペーパー(紙版、電子版)の販売収入による。個人及び企業からの寄付金が34%。9%は助成金、残りの6%がウェブサイト上のオンラインショップなどからの収入である。サイトを開くと、デスク・カレンダー、Tシャツ、バッグ、コーヒーカップ、ポスターなどが販売されていた。

 ちなみに、今回のオンラインセミナーに登場したのは4人の女性であった。LICEULICE創設にも女性の社会活動家が深く関わっている。


セルビアと女性の社会進出、その歴史

 セルビアにおける女性の社会進出・ジェンダー平等の運動は、19世紀末〜20世紀初頭から徐々に始まっていた。ベオグラードを含む地域には、教育や職業訓練、女性向け出版活動を通じて改善を求める動きがあったとされる。

 王国ユーゴスラビア時代(1918〜1941年)になると、女性団体が、参政権、職業機会、法的権利の拡充をめざして活動を行った。第二次世界大戦後、社会主義ユーゴスラビアの成立に伴い、1945年に女性参政権が法的に認められた。

 1990年代のユーゴスラビア分裂・紛争期以降、セルビアでは特に女性たちが平和・人権活動に関与し、フェミニスト団体や非政府組織が設立された。女性学の教育・研究機関や、女性の法的権利を守る非営利組織などもこの時期に立ち上げられている。こうした歴史的経緯もあって、現在でも女性主導の社会的企業(社会課題の解決を目的としたビジネス活動)や支援団体が注目されている。


日本のメディアが学べることは

 VKとLICEULICEの事例は、報道機関が単なる情報配信者ではなく、社会的課題の解決に主体的に関わる可能性を示している。日本の報道機関もこうした試みから学び、社会的に疎外された人々との協働を広げていく必要があるのではないだろうか。


# by polimediauk | 2025-12-15 17:37 | 欧州のメディア