小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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二者択一の終わり:「ネットも紙も」の英新聞業界

 「ネットをどうするか?」が先進国の紙・新聞業界の課題の1つになっている。「ネットか紙か」?の議論は英新聞業界では、ひとまず終わった感じがする。その次第を「新聞協会報」(10月14日号)に書き、以下は入りきらなかった部分などを含めて補足・編集したものである。

 「ネットでも新聞」という感覚が一般化した業界で、「ネット用と紙用」にダブって人を雇うのはおかしい、カットできるところはカットしようという考えが出ている。2つの媒体用に2つの全く同じ規模の編集チームがいたわけでは、もちろんない。紙媒体の通常の編集室があって、これをウェブ用に編集する人員が若干いた・・・と解釈した方が良いだろう。しかし、これからは最初から紙とネットを区別なしに作ろう、本腰を入れる、ということである。いわゆる統合化、インテグレーション、あるいはコンバージェンスなどと呼ばれている。これに伴い、平日版と日曜版・日曜紙の編集室も一緒にする動きがある。人の代わりにテクノロジーを使って、省力化を進める流れもどんどん進む。つまり、人減らし・入れ替えの時期である。

二者択一の終わり:「ネットも紙も」の英新聞業界

 英紙では、「インターネットか紙か」という二者択一の時代は終った。各紙は様々なプラットフォームで文字、音声、写真、映像などを提供するコンテンツ・クリエーターに変貌している。これを支える編集体制はウェブサイトと本紙との統合が急ピッチで進む。フィナンシャルタイムズ、テレグラフ両紙に加え、11月からガーディアン紙も新社屋への移転に伴い、統合編集局が登場する。本紙の編集を主としてきた英紙にとり、この2年は組織と意識を変革する時期となった。

 傍流だったウェブと、本紙の編集体制を一元化させる動きが英新聞界で本格化したのは2006年ごろ。背景には情報環境の激変がある。ネットでニュースを読む人が増え、紙媒体の広告費収入と発行部数の下落が続いた。24時間いつでも、どこでも、好きな形で情報を取得する習慣を持つ知的な利用者を満足させるには、編集部の人材や知識を一体化し、サイトの充実に力を注がなければならなくなった。

 経済紙「フィナンシャル・タイムズ」(FT)は全国紙の中で最も統合度が高いとされる。本紙とウェブのシステム統合も果たした。キーボード操作一つで、記事を出す媒体を選べる。報道デスク席にはウェブサイト担当のデスクと紙媒体デスクとが隣り合わせで座り、どの記事をどの媒体にいつ出すかを決める。紙媒体の販売部数を増やすためにネットでのスクープ掲載を見送る、といった判断はしないという。

 記者は紙とサイトの両方に書き、文字に加え音声、動画への出力などマルチ・スキルが求められる。しかし、動画編集などは専門スタッフが担当し、記者が「何でも屋」にならない措置が取られている。サイトに利用者をつなぎ留めるため、付加価値の高い情報を提供するだけでなく、サイト上で読者との意見交換を奨励するなど、読み手との双方向性を重視する。FTは近年、紙よりもデジタルでの情報提供に軸足を移動させており、統合化はこの線に沿った動きだ。

 統合化構想は8年前で、06年に実現するまで「じっくり時間をかけて作業を進めてきた」(バーバー編集長、ガーディアン紙1月)。

 テレグラフ・メディア・グループ(TMG)社は2006年、マルチメディアを生かした巨大編集室「ハブレイアウト」を新社屋に作り上げた。新体制移行に伴い、全記者が約1週間の研修を受け、ネットと紙での表現の違い、音声・動画の制作方法、何故マルチスキルが求められるのかを学んだ。紙媒体の編集ソフトとサイトの編集ソフトは別になるが、「ニュースグリッド」と呼ばれるツールが両方の制作工程をパソコンの画面上に映し出し、どの原稿がどのような状態にあるかを一目で分るようにした。

 原稿の文章を整えたり見出しをつける「サブエディター」職を廃止する、あるいは削減する新聞社が増えているが、テレグラフではこの職に就く人員を「制作ジャーナリスト」と呼び改めている。旧来の職務に加え、頁のレイアウト、校正、最終的に印刷指令が出る直前まで目を配る。「自分が担当する記事だ」という所有者意識を持たせるのが狙いだと言う(ダグラス・デジタル制作部長)。

 記者は、デスクや旧サブエディターたちがやっていた原稿の書き換えや事実確認、校正などを自分たちでも行う。報道デスクと制作ジャーナリストの仕事の境界線は「ぼやけている」(ダグラス氏)。
 
 テクノロジーの発展で編集作業の省力化、効率化も一層進展した。例えばサイトの編集作業で、記者が書いた原稿は報道デスクが確認後、最短ではサイトに即掲載される。豊富なレイアウト知識がなくても、特定のカテゴリー(例えば国内ニュース)のスペースに送った記事が自動的にサイト上のしかるべき場所に出る仕組みだ。

 見出し・記事では、大手検索エンジン、グーグルで検索しやすい表現が好まれる。労働党のブラウン党首(首相)を交代させる動きを伝える報道では、見出しに同首相の名前を必ず入れるよう指示があったという。記事も、文学的ではなく、平明な表現を意識するよう求められる。記事表現の変化は本紙にも影響する。

 これらは、英紙サイトのトラフィックの三分の一がグーグル経由であることも大きい。出稿時間も、例えば米国関連のニュースは米国の朝に向け報じるなど、検索やアクセスの需要が考慮される。

 24時間報道体制に対応するため、テレグラフは事件発生から15分以内に1報をサイトに載せることを目標にしている。事実確認は重要としながらも「1行でも出す」ことが優先される。サイトの記事で間違いがあっても「後で直せるのがネットの利点」(同社サイト関係者)だ。いわば「編集途中」の記事が出ていることにもなり、新聞記事の意味合いが大きく変わろうとしている。(*「編集途中の記事が出る」に関しては、後日また書きたい。また、話はそれるが、BBCニュースでも状況は似ているようだ。つまり、「早く出す」ことへの大きなプレッシャーがある。今はコラムニストになったが元BBCにいたロッド・リデル氏が、BBCウェブサイトのスタッフに対し、「早く出すように」とハッパをかけたメールがどこかで紹介されていた。その内容がコミカルなのは、BBCらしいというか、「事実の確認は最優先事項」と言いながら、「同時に早く出すことを最優先する」ために、1人では到底出来ない複数の業務をいっぺんにこなすことを要求しているあたりだ。喜劇としか言いようがないほど、無理なことを書いていたのを記憶している。)

 ガーディアン・ニューズ&メディア社は11月、新社屋に統合編集局がお目見えする(・・という予定だったが、10月末日確認したところによると、「年内」にずれこんだようだ)。複数の建物に散在していたガーディアン紙、同紙サイト、日曜紙オブザーバーの編集体制を一元化する。

 3媒体の記者は、ニュース、経済、運動などカテゴリーごとにチームとしてまとまる(これは他紙も同様のようだ)。担当部長が3媒体への出稿に責任を持つ。媒体を限定しない「プラットフォーム・ニュートラル」なスタッフやデスクも設けられた。

 ただし、平日紙ガーディアンと編集方針が異なる日曜紙オブザーバーの独自性を維持するため、同紙だけに出稿する記者も一部残される。一部の記者の原稿はデスクを通さず、サイトに掲載するという。

 地方紙の統合化では、8月、トリニティー・ミラー社が、英ウェールズ地方の主都カーディフに「メディア・ウェールズ」と呼ばれる統合化編集室を立ち上げた。ウェスタン・メール紙を始めとする3紙、雑誌数誌の紙及びサイトを編集する。ミラー社は近くイングランド中部バーミンガムにも5紙を制作する同様の統合編集室を作る予定だ。

 統合化は一方で、人員削減にもつながる。FTでは一割の編集要員を削減した。テレグラフは労働組合との摩擦が絶えない。ガーディアンの場合も、新体制への移行過程で人員削減が生じている。大衆紙を発行するエキスプレス・ニューズペーパー社も、簡易な制作ソフトを使うことで記者が原稿を直接紙面に流し込む方式を採用する予定で、サブエディター職80人程が削減されると報道された。既に無料経済紙「CITY AM」は「必要がなくなった」として同職を廃止している。

 メディア各社が所属する「ソサエティー・オブ・エディターズ」のサッチェル代表は、紙と新聞の編集体制の統合化に関し、「業界にとっては厳しいが、いつでもどこでもニュースに触れることができる一般国民にとっては歓迎する動き」と述べる。通信社や放送業もマルチメディアの統合編集室を設置しており、「新聞業、あるいは放送業という区別があまり意味をなさなくなった」(英国にいると、しみじみ、そう思う)。

 サッチェル代表は「現在は、500年前、ウイリアム・カクストンがイングランドに印刷業をもたらした時を思わせるような大きな動きがメディア界で起きている」とまで言い切っている。
by polimediauk | 2008-10-30 22:39 | 新聞業界