ゲストコラム:マクレーン末子さん 「米大統領選前夜」
今のところ、世論調査やメディア報道を見ていると、オバマ候補のほぼ一人勝ち?とも言えそうだが、在ロンドンのドイツ人ジャーナリストと話していたら、「オバマに票を入れると言っておいて、実際はマッケインに投票する白人は意外と多いのではないか。まだまだ分らない」と言う。「ケリーとブッシュの時を思い出して欲しい。みんながケリーと言っていたけど、ブッシュが最終的に勝ったのだから」。
米国では一体どんな感じなのか?
在米フリーランスジャーナリストのマクレーン末子さんから、自分のブログ「Newslog USA」にルポ記事として書いた分を、こちらのブログで「ゲスト・コラム」として再掲載することの了承をもらった。マクレーンさんは、2001年から渡米し、主にネットサイト「ベリタ」に書いている。自分の目と耳で確かめながら、現地の声を拾うルポ記事が多い。
オバマ楽勝ムードの中で「二つの米国」くっきりと
http://www.newslogusa.com/wordpress/?p=154
大統領選のカウントダウンが始まった。連日メデイアは選挙予想を更新し、米国全体が4日に向け興奮のるつぼと化しているようだ。私の住むアリゾナは、共和党支持者の多いいわゆるレッド州、その上マケイン候補のお膝元でもある。そのアリゾナ州から国道89号線を北に上がると、カナダ国境のモンタナまですべてレッド州である。オバマ候補優勢が伝えられる中、その国道沿いに点在する小さな保守の町で、住民たちはこの選挙をどのように見ているのだろうか。変革を恐れる人々と、変革に希望を託す人々、オバマ氏は人種を超え「一つの米国」を唱えているが、「二つの米国」は、はっきりとここにあるようだ。
過去4回の大統領選で、3回以上民主党が勝利を収めたのはブルー州、一方3回以上共和党が勝利を収めたのはレッド州と言われている。主にブルー州は米国の東・西海岸沿いにあり、レッド州は中央に位置している。この色分けは、2000年の大統領選から使われ始めた。それまでは、投票率を地図上で示すとき、ブルーとレッドは使われていたが、メデイア間での色の統一はなされてはいなかった。
ギャロップ社による最新世論調査では、オバマ候補はマケイン候補に8ポイントの差をつけているという。このレッド州でも、誰が大統領に選ばれるかと問われると、多くの人はオバマ氏の名前を挙げた。
▼ 誰に票を投じるか
アリゾナ・メキシコ国境ノガレスから北へ30キロのツーバックのコーヒーショップで、トム・ブッシュさんは、「多分オバマが勝つよ」と話し始めた。「でも、オバマが大統領になれば、国にとって大きな不幸をもたらすよ。マケインは、国の隅々まで目を配らせ、立派な経歴があるもの」と話す。
ツーバックから北へ350キロウイケンバーグで、銃店を経営するロジャー・フォーンオフさんは、「マケイン支持。マケインが勝つと思うよ。だけど、賭ける気はないよ。接戦で勝敗の予測はつかない」と話す。
ウイケンバーグ近郊のコングレスで、ルース・トンプソンさんは、「オバマは恐い」と言う。「どちらの候補者も信用していない」と言うが、「オバマには大統領になってほしくない。マケインが勝つ」と言いきる。トンプソンさんの情報源は、右派ラッシュ・リンボー氏のラジオトークショー。それを毎日聴き、オバマ氏はイスラム教徒で米国生まれではないと、固く信じているようだ。
息子のマイクさんも、「マケインに勝ってほしい」と言う。しかし、「誰が勝とうとも、将来は明るくはない。経済は大きな問題で、この国は困難な時を迎えるよ」とつけ加える。マイクさんは、車のデイーラ、最近車の販売数は大きく低下し、知り合いのデイラーはすでに店を閉めたと話す。
また、食料品店を営むマイク・ソロズさんは、大統領には「マケイン」と即座に言う。「オバマはジョークだよ。マケインは今この時の男だよ。問題は経済だが、マケインは過去から学んで未来へつなげてくれるよ」と楽観的だ。
一方、小さな土産店を営むリンダ・ウエストさんは、「オバマになってほしい。孫が今イラクにいるの。マケインは戦争屋だもの」と言う。
ソノラ砂漠に位置するアリゾナ州から北へ上がると、ユタ州、サボテンの風景は消え、針葉樹林が目だつ。ユタは住民の約6割がモルモン教徒であり、保守派の州として知られている。その中で若い人の声をきいてみた。
フリーダ・リットルボーイさんは、ナバホ・インデイアン。ユタ州南グレイ・マウンテンにあるガソリンスタンド兼食料品店で働いている。店から5キロ離れたインデイアン保護地区に住む。賃金は低く、生活費は高すぎるとこぼす。「オバマに勝ってほしい。彼はマイノリテイ、私もそう。オバマは、本当に私たちを助けてくれると思うわ。希望をもっているの」と目を輝かせる。
ユタ州都ソルト・レイク・シテイの市案内所にいるマイグエル・マルドナードさんは、かつてはヒラリー・クリントン氏の支持者だったという。クリントン氏が予備選で敗れてからオバマ氏に鞍替え。マケイン氏に関しては、「ペイリンを選んだことで、福音派キリスト教徒に迎合しているマケインーペイリンは恐怖だよ」と言う。「オバマは勝利するよ。経済が最悪の時に厳しい挑戦をする大統領となるだろう」。
また、同州リッチフィールドのガスリンスタンドで働くコデイー・カストさんは、熱心なオバマ支持者だ。「問題は経済。物価は上がってきているし、僕の生活も苦しいよ。オバマは、経済を活性化して、僕たちのような人間を助けてくれると信じているよ」。
オバマ氏を熱っぽく語るカストさんだが、「ここでは、オバマ支持とは言えない」と話す。近くの店でオバマ氏のマスクが売られていて、一つ買ったという。すると近所の人々から、かぶって道を歩くなよと言われた。「かぶっていると、撃たれるよというんだ。狭い心を持っている人が多いから」とカストさんは、首をすくめた。
▼ブラッドリー効果とオバマ効果
政治学者の間で言われてきた ブラッドリー効果。今回の選挙選でも、よく聞かれる用語だ。人種差別者と言われるのを恐れ、黒人に投票すると言いながら、実際の選挙では白人に票を投じる社会的な現象をさす。
これは、1982年のカルフォニア州知事選にさかのぼる。当時、黒人の元ロサンジェルス市長のトム・ブラッドリー氏と、白人のジョージ・デユークメジアン氏との戦いとなった。事前の世論調査ではブラッドリー氏が圧勝と予想されていたが、蓋を開けてみると、白人票がデユークメジアン氏に流れ、ブラッドリー氏は敗北した。
今オバマ氏はマケイン氏にたいして差を広げているが、民主党支持者の中には、この ブラッドリー効果 を懸念する声がある。しかし、米誌ニューズ・ウイークでは、25年以上もたった今ブラッドリー効果はもはや存在せず、オバマ効果が見られるかもしれないと言う。「どちらにも投票したくない」「まだ決めていない」と言う層が、実際はマケイン氏に決めているのではというのだ。
確かに、このレッド州でも「オバマが選ばれるだろう」と言いながら、誰に投票するかと聞かれると「わからない」と答える人が多い。シャーリー・ロングさんも、その一人だ。モンタナ州から比較的暖かいアリゾナで冬を過ごそうと、夫のジムさんと旅を続けていたロングさんは、「オバマにもマケインにも投票したくない。オバマの言っていることが実行できるかどうかわからないし」とため息をついた。
▼米国の抱える「分裂」
ユタ州リッチフィールド市で、地元紙の編集にあたっているサンデイ・フィリップスさんは、「米国が直面している問題は、分裂とネガテイブな考え方」と話す。「広い心で問題の双方を見ないで、人々は問題を対立化させている。一つになれば、米国は世界の指導者になれるのに」と言う。
フィリップスさんのネガテイブという言葉は、そのまま終盤のマケイン氏の選挙運動にあてはまる。マケイン陣営は、オバマ候補の中傷広告やロボコールとよばれる自動音声の電話攻勢に出た。自分の政策は語らず、「オバマは危険」「テロリスト」「赤ちゃんキラー」「イスラム」などと、有権者の耳元で囁く作戦にでている。
しかし、このマケイン作戦は功をなすどころか、多くのメデイアから反発の声が上がった。コリン・パウエル前国務長官は、マケイン氏の選挙運動を非難しオバマ氏支持にでた。
パウエル氏は、オバマ氏がイスラム教徒とする噂を真っ向から否定、「イスラムではない。彼はキリスト教徒だ。しかし、もしイスラムとしても、それのどこが悪い。そんなのはアメリカじゃない」と強く言いはなった。また、パウエル氏は、「後ろ向きの考え方で、未来を決めることはできない。前向きな見方が必要だ」と強調した。
このパウエル氏の発言は、オバマ候補の唱える「保守でもない、リベラルでもない一つの米国」「連帯」を語っている。また、8月民主党大会での指名受諾演説でオバマ氏が力説した「米国の約束」「希望」にもつながる。
10月29日オバマ陣営は、7大テレビ局のゴールデンタイム30分間買い取って、大統領選メッセージを伝えた。その中で、「私は、完璧な大統領にはならないだろう。皆の声に耳を傾け、民主主義へのドアを開けておきたい」とソフトに語りかけた。オバマ氏の姿勢は、「敵に、悪と戦う」ことを前面に出し、強い司令官をうちだすマケイン氏とは相対立する。
ワイオミング州のジャクソンで、クリス・ハンデイさんは、「オバマに勝ってほしい」と言う。「でももっと多くの人がマケインを支持しているよ。変わるのをこわがる頑固な人がいっぱいいる。誰であろうとも、白くなければ、投票しないんだ」と語気を強めた。
黒人公民運動家のキング牧師が凶弾に倒れてから40年経った今、多くの人々は、人種は融合し差別など存在しないふりをして生活している。しかし、大統領選択の今、それは大きなハードルになっているようだ。 (マクレーン末子、10月31日)