小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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BBCスキャンダル 何故こんなことに?

 先月、BBCのラジオ番組の中で、タレントのラッセル・ブランドとジョナサン・ロスが、往年のコメディアン、アンドリュー・サックス(TVシリーズ「フォルティー・タワーズ」)の留守番電話に、「(ブランドは)あなたの孫娘と寝てしまいました」とメッセージを残した件で、21日(金曜日)、BBCトラストがことの経緯を調査した報告書を出した。トラストのトップらが会見を開き、「起きてはならないことが起きた」と言って、タレント本人たちと同様に、番組の編集過程やこの放送を許した編集幹部に責任がある、と非難した。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/7741322.stm

http://news.bbc.co.uk/nol/shared/bsp/hi/pdfs/21_11_08_brand_ross_moyles.pdf

 何だかすごいおおごとになっているなあ・・と思った。この日、私はオフコムの会議でロンドンのブルームバーグのオフィス(開催場所)にいた。丁度BBCのディレクタージェネラルのマーク・トンプソン氏が講演に来ていた。心なしか、非常に疲れた顔をしていた。経営陣が実現を望んでいた、地方版のウェブサイト拡充案も、トラストは「公的価値がない」として、ひとまず却下した。最終決定は来年になるが、見込みは暗い。

 トラストの調査によれば、25歳の番組プロデューサーがサックス氏に連絡を取り、「放送していいかどうか」聞いたそうだ。サックス氏は「トーンダウンして欲しい」と言ったが、なぜかプロデューサーは「OK」と受け取っている。不思議である。その後、この男性はBBCのコンプライアンス部門の幹部に放送していいかどうかを聞いている。「サックス氏は了承済みだ」として。そこで幹部は承諾し、番組内容を管理するコントローラー職の女性に連絡。女性は「放送していい」とメールで返した・・・。コントローラーの女性は番組内容を事前に聞いていなかった。

 こういう間違いは(もし間違いだったとして)、しょっちゅうあるのではないか。25歳のプロデューサーはタレントのブランド氏に雇われていた。プッシュしたいという気持ちがあったのだろう。幹部になればなるほど、実際の番組内容をチェックする時間もなくなるだろう。誰かに代わりにやってもらうしかないのだ。

 普通だったら、減俸とか始末書とかで済むはずだったが。既にブランドは番組を自分で降りているし、幹部2人も自己都合で辞職。ロスも3ヶ月間の謹慎状態で、BBCの番組には来年まで一切出られなくなった。ある意味では厳しすぎる感もある。

 ここまで厳しくなったのは、視聴者からたくさん不平不満が寄せられたことが直接のきっかけだろう。しかし、不平不満の大きさだけでは説明がつかない。「ジェリー・スプリンガー・ショー」という、元は米国のテレビ番組で後にミュージカルになったものが、テレビ放映される直前、「神を冒涜している」という理由でたくさんの不平不満や放映中止を求める声があがったのだ。BBC側は「いや、それでも放映の意義がある」とがんとして聞かなかった。「表現の自由」という旗印の下に。

 多チャンネル化、デジタル化で、BBCの将来は必ずしも明るいものでなく、テレビライセンス料も今まで通り、すべてを独占できるかどうか分らない。そこで、BBCは視聴者からの支援が必要なのである。「ここで動かなければだめだ」というのがあったのだろう。

 もう一つ大きな原因というか、事態を大きくさせたのは保守系デーリーメールなどの新聞側のキャンペーンという要素もあろう。

 高額の報酬をもらっているロスを来年から続行して使い続けるのかどうかに関しては、BBC幹部は「そうする」と言っている。高額の報酬をもらうキャスターたちに対する(一部の?)視聴者たち及び新聞業界のバッシングは強い。これまでは単に、いわゆるバッシング的な感じだったけれど、今景気が非常に悪くなっているから、ロスの継続雇用はずい分ときびしくなったのではないか。

 ジョークも、ロスもブランドも、BBCだって何も変わっておらず、いつもどおりやっていたのかもしれないけれど、周囲の状況が、雰囲気がすっかり変わってしまった。

 24日(月曜日)、低所得者は付加価値税を支払わなくてよいなどの短期的減税策を、財務大臣が発表するという噂が出ている。「ジョナサン・ロスを維持、高額報酬を維持」というBBCの姿勢は本当に時代にそぐわないものになってきている。あっという間に時代の雰囲気は変わってしまう(ように感じる)ものだ。前回紹介したMr City の経済コラムの最後ではないが、「諸行無常」である。
 
by polimediauk | 2008-11-24 02:52 | 放送業界