小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk

英イングランド地方で性教育の義務化議論

 インドのテロでパキスタンとインドの関係がまたこじれそうだ。インド出身の技術者とオフィスを共同で使っているのだが、いつも忙しそうにしているこの男性が、金曜日はテロのニュースをPCで見ていた。彼が仕事以外のことをするのを見たのは初めてだった。

 「ダイジェスト」用に出した英国の様々なトピックで、11月6日用に書いたのが、イングランド地方で予定されている、小学校での性教育の義務化だった。調べるうちに、「性のことを子供に教えるのは恥ずかしい、どことなくちゅうちょする」態度が日英では似ているのかなと思ったりした。


5歳児から性教育開始?
  親や教師の一部から反対も
  

 政府は、2010年から、イングランド地方の小中学校で性教育を義務教育の一環として教える案を発表した。同時に飲酒や麻薬の危険性も学ばせる。欧州一とされる十代の妊娠率を下げ、飲酒行為や麻薬中毒を防ぐのが目的だ。実現すれば5歳児から導入される性教育は、むしろ妊娠率を上げてしまう、家族の価値観を教える親の役割をないがしろにするなどと反対の声も出た。

―大人と子供のそれぞれが見た性教育の現状

 10月26日付の「オブザーバー」紙の調査によれば、「性に関する情報を過度に与えている」(13%)、「情報が少なすぎる」(40%)、「丁度良い情報を与えている」(47%)。調査には16歳以上の1044人が参加した。

 一方、子供たちの見方は、「性教育の授業は最悪あるいはひどかった」(40%)、「まあまあだった」(33%)、「その他」(27%)。UK Youth Parliament survey 2006-2007より。27%の詳細が明らかになっていないので、「良い」と思った人もいるとは思うのだが、とりあえず。

 十代の妊娠率(イングランド地方)はTeenage Conception Statistics for England 1998-2006, Department of Healthを、中絶件数の年齢別比較(イングランドウ・ウェールズ地方)はSource: Abortion Statistics, England and Wales 2006 &2007, Department of Healthを参考にした。

 政府がイングランド地方の公立小中学校で導入を予定しているのは、「個人の社会及び健康教育」(personal social and health education, PSHE)だ。現在行われている「性と関係教育」(sex and relationship education, SRE)に代わるものだが、2010年以降は義務化する意向だ。

 政府案が実現すれば、5歳から16歳までの児童が、人体や生殖に関する基礎、男女関係、衛生・保健問題、避妊や性病防止に関して段階的に学ぶことになる。児童・学校・家庭省のナイト閣外相は「5歳から性行為を学ばせるわけではない」と述べる。

 義務教育化の背景には若者の性行動の社会問題化がある。英国の十代の妊娠率は欧州の中でもトップと言われ、1998年時点で18歳未満の女性1000人当たりで妊娠した女性の割合は46人を超えた。その後はなだらかに減少したが、2006年では約40人で、2010年までに1998年の数字の半分に減少させると言う政府目標の達成は難しくなった。

 保健省が6月発表した2007年の人工中絶の件数を年齢別に見ると、平均では前年比3%増であるのに対し、18未満では9%増、16歳未満では10%増、15歳未満では12%増。低年齢化するほどに中絶を選択する割合が高く、性感染症に苦しむ女性も低年齢化している。

 教育基準局オフステッドが性教育の実態を調査したところ、個々の学校によって教える内容ややり方にむらがある上に、全体では生徒の学びが不完全であることが分った。現在、イングランド地方では性教育は義務教育化されておらず、生徒は主に科学の授業の中で生殖の意味や生命の成り立ちを学ぶ。英国全体で見ると、ウェールズ地方、北アイルランドでは既に義務教育課程に組み込まれているが、スコットランドでは義務教育化されていない。

―微妙な線引き

 イングランド地方での性教育の義務教育化に対し、反対の声も上がっている。保守系キリスト教団体「クリスチャン・ボイス」は性教育は「性行為への関心を高め、妊娠や性病感染が増える」と指摘。家族計画協会は、男女関係の築き方や性に関する知識をどの段階でどのように子供に教えるかを決定する「親の権利を侵害する」と述べる。教育関係者の一部も「現在の教育課程を教えるので精一杯」、「教師のトレーニングが間に合わない」と反対だ。

―子供たちは「もっと話したい」

 約2万人の子供たちが参加した調査によると(慈善団体「UK Youth Parliament」調べ、2006-7年)、多くの児童が学校の性教育に低い評価を下している。「ビデオを見てプリントを渡されただけ。授業の後でみんなプリントを捨てていたわ」(13歳のテイラーちゃん)。

 オフステッドは2007年の報告書の中で、「多くの若者たちが、親や教師が性行為や男女関係など、最も微妙なトピックに関して話したがらないと指摘している」と書いた。子供たちは「どうやって子供ができるかという生物学的なことだけでなく、性にまつわる感情や人間関係についてもっと話したいと思っているのに」。

 十代の妊娠や性病感染に関して嘆いているだけではだめで、性に関する知識や異性関係の築き方を子供にきちんと伝え、教えることが重要だー。この点で政府、親、教師は一致しているものの、どこまでどのように教えるのかで議論が続いている(「英国ニュースダイジェスト」11月6日号掲載分に追加)。

 補足だが、日本の状況に関して日本性教育協会に聞いたところ、性教育が正規の教育には入っていないので、性に関わる事柄を保健やその他の教科、学活、特活の時間のなかで取り扱っているとのこと。(そうすると、ずい分昔からあまり変わっていないのだろうか?)「数年前より一部の政治家によって『性教育バッシング』が始まり、性教育に対する教師の意欲は低下して」きている。あえて「(教育委員会や学校長ににらまれながら)教える気持ちにならない」のではないか、という答えをもらった。

 ほとんどの都道府県では「性教育指導の手引き」を作成しているが、文部科学省の「性教育に関する指導方針(手引きの配布・通知等)、教師用指導資料、児童生徒用教材・学習用資料の作成」という文書を見ると、どうもあまり積極的ではない印象を与える。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/17/12/06022203/001/001.htm

 個人的には、なるべく早い段階で性教育はあったほうがいいと思う。自分の子供時代を振り返ってもきちんとした知識が欲しかったし、知識があれば何らかの危険がもしあるとしてもそれを防ぐことができる。自分で自分の人生の行き先を決めたいものだと思っていた。 
by polimediauk | 2008-11-30 23:11 | 英国事情