小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk

英裁判報道とテレビカメラ

 前に、英法廷内へのテレビカメラ導入の可能性(チャンネル4の報道、9日放映)を紹介したが、これを機に裁判報道と撮影に関する原稿を新聞協会報(1月27日付)に書いた。以下はそれに若干補足したものである。

 その前に関連情報の付け足しだが、英法廷取材の「規制緩和」は、家裁審理の「オープン化」にも見られる。4月から報道陣の出席を奨励する、という方針を法務省が昨年末発表していた。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/7786369.stm

 既にパイロット・プログラムもいくつかの法廷で実施中だ。しかし、一体どれだけオープン化されるのかというと、その内容がやや不透明で、それほどたいしたことではなかったのか、ほんの一部の変更で「オープン化」と称しているのか判別がつかなった。そこで下の原稿には入っていない。

 政府によれば、家裁審理はほとんどが関係者のみが出席できる「プライベート」審理だ。児童保護の精神が基本にあるようだ。特に養子に関する審理は規制がきつい。あまりにも報道規制が多いせいなのか、治安判事裁判所(日本で言うと簡易裁判所)での家裁審理は報道機関が出席可能でも、「殆ど出席しない」(政府文書)。

 実際、子供に関わる審理では、親の住所や子供が通う学校名などを報道した場合、子供の身元が判明してしまうことがある。報道できる範囲が非常に狭まれることになる。


英国の法廷取材に緩和の兆し
「映像撮影を原則支持」
―公訴局長官の発言追い風に


 長年に渡り、報道機関による法廷でのテレビ・カメラの使用が禁止されてきた英国で「規制緩和」の動きが出ている。スコットランド地方で1992年から例外的に認めているのに続き、イングランド・ウェールズ地方でも導入論議が再燃している。

―報道側の努力反映

 情報化社会の成熟により、市民、メディのみならず、法曹界の中からさえ、さらなる情報公開や透明性の向上が叫ばれるようになった。これを反映する形で、近年、メディアが司法審理の透明性に向け種々の活動を続けてきた。今回の規制緩和はこうした努力を反映している。

 英国の司法制度(スコットランド、イングランド・ウェールズ、北アイルランドに分化)の原則の1つに「司法は開かれたものであること」(「オープン・ジャスティス」)がある。司法審理の進行は公に広く開かれたものであり、報道機関や市民が傍聴する権利を持つ。吟味される証拠は公にされ、審理の公正かつ正確な報道が妨げられてはならないー。

 こうした原則の一方、公正な司法審理を確実にするためさまざまな規制もかかる。市民・メディアは法廷内で大声を上げないことや携帯電話の使用禁止に加え、録音機・録画機を使っての記録や写真(静止画及び動画)撮影も禁じられてきた。

 9日、英公訴局(日本の検察庁に当たる)のスターマー長官が管轄下にあるイングランド・ウェールズ地方の法廷でテレビ・カメラの導入を認める発言を行なった。刑事司法体制の将来図を描いた演説の中で、国民の信頼感を得るため、司法の透明性と報道機関との一層の協力を説いた。

 演説後報道陣に対し「裁判は出来うる限り開かれ、透明であるべき。慎重に扱うべき事例では一定の限度もつくが、カメラの使用を原則支持する」と述べた。カメラ導入を待ちかねてきた報道機関にとって朗報となった。

―04年に試験実施

 イングランド・ウェールズ地方の法廷でカメラ撮影は1920年代半ばまでは禁止されていなかった。10年代、妻を殺害した罪に問われた医師が法廷に立つ様子を撮影した写真が今も残る。法廷内の人物の写真撮影や出版目的での似顔絵描写は1925年施行の刑事司法法41条で禁じられた。

 しかし、2004年、大法官(当時)は実施に向け試験計画を実施させる。その2年前に女児2人が、通っていた小学校の用務員の男性に殺害され、事件の公判開始のきっかけによる視聴者の高い関心を背景に、放送界による映像撮影を求める声が一段と強くなった。法曹界から賛同の声も上がった。

 放送局各社はロンドンの高等法院での複数の裁判の様子を数週間に渡り撮影した。実際の放送には使われず、現在でも未公開のままだ。政府はその後、この件に関し行動を停止した。

 報道番組制作会社ITNの法務部門を担当するジョン・バトル氏は「カメラが法廷に入ったからと言って『空が落ちてくる』ような大異変は起きなかった」「弁護士がカメラに向かいパフォーマンスをすることもなく、審理は通常通り進んだ」と当時を振り返った(9日放送のチャンネル4の番組内での発言)。

 メディア法が専門の弁護士マーク・スティーブンス氏はBBCラジオの取材の中で、撮影を支持する一方で、司法審理の公正な遂行を維持するため、法廷侮辱罪が禁じる陪審員の個人情報が報道されないよう、カメラの位置を考慮するなど「一定のルールが必要だ」と述べた。

 法廷内の撮影を禁止されてきた放送各局は、裁判所前で関係者を待ち構えたり、俳優を使って審理の再現場面を作ってきた。05年からは裁判官から許可を得られれば、裁判の開始と終了の辞、評定結果や量刑の言い渡しなど速記者が使われる場面を撮影し生放送してもよいことになった。衛星放送のスカイ・テレビが裁判所と交渉し、実現させた。

―3件で認められる

 イングランド・ウェールズ地方と別の法体系を持つスコットランド地方では1992年から法廷でのカメラ導入を例外的に認めている。原則は禁止であるものの、放送局から申請があれば、状況に応じスコットランド最高裁判事あるいは担当の裁判官らが判断する。主に教養・ドキュメンタリー番組の制作を目的とし、司法審理に影響が無いことなどが条件だ。裁判関係者からの撮影の承諾を得ることも必要とする。

 現在までに撮影が許されたのは3件で、昨年5月が直近の事例となる。妻を殺害し2003年から服役中の男性が、裁判所の判断が誤審であるとして控訴した事件だ(控訴は却下)。市民の関心が高く、テレビ局2社が撮影を求めた。BBCスコットランドがカメラを法廷内に置くことを許され、約18分間、裁判官が判決を読み上げる場面を撮影した。

 カメラは1ヶ所に固定され、控訴中の男性や弁護士などの関係者の撮影は許されなかった。BBCは撮影した映像を他局にも提供し、ウェブサイトにも掲載した。サイト掲載時からほぼ半日で7400回の視聴があった。公判後、裁判所から男性が出てきたところを、BBCのカメラが追い、短いインタビューを撮影。この映像もサイトに載せた。法廷内の撮影はかなり限定されたものだったが、男性の生の声が入った映像と合わせて、報道に厚みを持たせた。

 07年10月にはスコットランド・グラスゴーの刑事上級裁判所での公判の様子を携帯電話で撮影した3分ほどの動画が動画投稿サイト「ユーチューブ」に掲載される事件があった。撮影機器の小型化や投稿サイトの出現で法廷内の撮影の禁止が困難になっている。

 イングランド地方での法廷での撮影禁止は法廷内の映像を専門に流すケーブル・テレビ(旧「Court TV」,現「tu TV 」)がある米国の事情とは大きく異なる。元フットボール選手OJシンプソンが1995年、元妻とその友人の殺害の被疑者となった。逮捕から裁判の様子が世界中にテレビ放映され、一種の「メディア・サーカス」化した。

 スティーブンス氏は、裁判の見世物化に対する懸念が英国民の間に存在していることを認めながらも、スターマー長官の発言が撮影の原則許可を実現する「大きな追い風になる」と期待をかける。
by polimediauk | 2009-01-29 22:34 | 放送業界