小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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「英国人に仕事を!」 全国に広がった労働者スト

 昨日、外に出ていたら、私が日本人と分かると「日本の財務相が辞めたんだってね。会見の様子をユーチューブで見たよ」と何人かに言われた。BBCでもビデオが見れるようなっており、ロンドンの無料紙にも写真が出ていた。

http://www.excite.co.jp/News/politics/20090218/20090218M10.139.html

 景気が悪いと誰かに責任をかぶせたくなるもので、今のところ、外国人労働者が一つのターゲットになっている。12日発表された、日立が在来線用の高速車両と保守サービスを担当することになった件で、デイリーエキスプレス紙は早速、「日本人に仕事を持っていかれる」とする見出しの記事を出していた。

 今月5日まで、イングランド東部のリンジー製油所で、1週間に渡り非合法ストが起きていた件があった。同製油所がイタリア人やポルトガル人労働者を優先雇用としているとして、地元労働者が抗議ストを開始したところ、英国内の各地でこれを支援するストが勃発。数千人規模の労働者が「英国人に英国の仕事を与えて欲しい」と訴えた。不景気を理由に人員削減が続く中、外国人労働者が不満の捌け口となったのだろうか?この経緯を「英国ニュースダイジェスト」最新号(ウェブは火曜日、紙は木曜日)に書いた。以下はそれに付け足したものである。

―「英国の雇用を英国人に!」

 1月28日、イングランド東部リンカンシャー州のリンジー製油所で、約800人の労働者が「非合法」スト(所属する労働組合からの認可を受けていないスト)を開始した。同製油所を操業する仏石油メジャーのトタル社の下請け会社が、プラントの拡張工事に約400人(300人という説もある)のイタリア人及びポルトガル人を雇用することに決定したことへの抗議ストだった。英国人をことさら閉め出したかのように見えた動きに怒りを爆発させた労働者たちは、「英国の雇用を英国人に!」と書かれたプラカードを持っていた。

 「英国の雇用を英国人に」とは、昨年9月の労働党党大会で、ブラウン首相がスピーチの中で使った文句だ。大手銀行や不振が続く自動車業界への税金による巨額支援が打ち出される中、製油所の労働者たちは「自分たちはどうしてくれるのか?」とブラウン政権に抗議のメッセージを送っていた。

 雇用の先行きに同様の不安を持つ、各地の製油所、発電所などでも同様のストが始まった。リンジー製油所のストも約1000人が参加し、1週間後には英国全体で3000人近く(エコノミスト誌によると6000人)が抗議ストを行なった。全国各地に広がったストは、不景気に入り、将来を不安視する多くの国民の懸念、戸惑い、怒りを代弁しているようだった。

―「外国人」の雇用は違法か?

 トタル社は、英国人労働者を不公平に扱ったことはなく、公正な入札をし、イタリア人やポルトガル人労働者を使う会社が建設を担当することになったと説明する。

 英国は欧州連合(EU)加盟国だが、EU域内では人・モノ・サービスの自由な移動が原則だ。他のEU諸国出身の労働者よりも自国の労働者の雇用を優先することはできない。ブラウン首相の先のスピーチも、(もし英国人を優遇するようだと)「EU諸国出身の労働者を差別することになる」、といった批判が当時から出ていた。

 「英国人に英国の職を」とするプラカードを持ったストが発生し、政府側は弁明にあわてた。マンデルソン企業相は「英国の労働者も他のEU諸国で働ける」として、決して一方的な動きではないことを説明した。

 しかし、これは理論的には確かにそうだろうが、実用的ではない。多くのEU諸国では英語が広く使われているか、あるいは外国語として学校で教育を受けている場合が多く、英語以外の言語にどちらかというとややうとい英国人(しかもブルーカラーワーカー)の場合、言葉の面でハンディがつく。また、現在はポンドがずい分下がってしまったけれど、ついこの間まではポンド高と物価高の英国の労働者は、海外に行って賃金を稼ぎ、これを英国に送ってもマイナスか余り残らない。経済移民の波は大雑把な言い方だが、貧しい国から富める国に、というのが一般的だ。好景気が続いた英国に人が集まってきた期間が続いた。元EU官僚で、見るからにエリートのマンデルソン氏から「いやなら欧州に行って仕事をすれば?」といわれても、反感を買うだけだった。

 さらに、一連の「外国人労働者」への抗議には、英国の反EU感情も若干あったかもしれない。英国からすれば、「EU=外国」という感情が強い。人、モノ、サービスの行き来が自由になる、一つの共通の地域という感覚が薄いのかもしれない。

 英政府はこれまで、EU諸国からの労働者に対し一貫して開放政策を取ってきた。2004年、EUの東方拡大時、多くのEU諸国は新規加盟国からの労働者に対し最長7年間の雇用規制を課したが、英国は事実上規制なしの方針を取った。

 04年以降、ポーランドやチェコなど旧東欧諸国からやってきた移民の数は現在までに100万人に上る。飲食店や配管業に従事する旧東欧諸国出身者の姿は、英国の日常風景となった。

 昨年の金融危機の本格化から失業者が増え、「EU出身者が英国人の労働を奪っている」という思いを抱く人がいても不思議ではなかった。「外国人排斥感情」に目を付けた、極右政党BNPの党員がストの場所に現れ、党加入を迫るという事態も起きた(労働者側はこれを追い払った)。

 それにしても、ついこの間まで、英国人の間ではなり手が少ない配管工職にポーランドの移民がなってくれるので、助かったと考える人がたくさんいたはずだ。景気が悪くなると、こうした移民さえも「英国人から職を奪っている」と見られがちになるのだろう。

 英国に限らず、金融危機が経済危機に発展した欧州各国で労働者によるストが相次ぐ。アイスランド、フランス、ロシア、ギリシャ、ドイツなど。

 EU内の企業が他のEUの国で労働者を雇うとき、現地の労働条件や賃金に見合う条件・賃金を提供することになっている。これはEU Posted Workers Directive(外国人労働者指令、仮訳)で定められている。

 ところが、2004年、最低賃金のない国スウェーデンで、ラトビアの企業が学校を建設しようとした時、この企業は、ラトビアから労働者を連れてきて、ラトビアの賃金で使おうとした。ラトビアの賃金とスウェーデンの賃金との間に大きな開きがあるだろうことは想像できる。

 スウェーデンの労働組合はスウェーデン人の労働者を差別しているとして、建設作業の中止を求める訴えを起した。しかし、EUの裁判所は、作業中止は労働者の「公益を損ねる」として、この訴えを退けた。(この判断を忠実に現実に当てはめれば、企業側はEUのどの国でも自由裁量で賃金などを決められることを示唆する。ただ、この判決がどこまで広くEU内で認識されているかは、私自身不明だ)。

参考は以下
http://news.bbc.co.uk/1/hi/business/7860622.stm)

 リンジー製油所のストはトタルが英国人向けに102人分のポストを追加する案で終息を見せたが、問題が完全に消えたわけではない(英国人向けポストの提供は違法という見方もある)。2012年開催のロンドン五輪の会場建設や原発の新規建設など、大規模な労働力が必要とされる大型建設事業が目白押しとなっている。首相はBBCの番組の中で「失業者が雇用市場に戻れるよう最大限の努力をしたい」と述べたが、政府が依然ジレンマ状態にあるのは変わりがない。

―ブラウン首相の雇用に関するスピーチ

 「英国民の技術と創造性、積極性、柔軟性、交通やインフラへの投資によって、英国は世界を牽引する。科学や金融・ビジネス部門、原子力から再生エネルギーなどの分野、またはクリエイティブ産業や近代的な製造業において世界の指導者でもある。英国の労働者のために英国の雇用を確保するよう、あらゆる人材を総動員する」―。(2007年9月24日、労働党大会での、首相就任後初のスピーチの一部を翻訳)

―関連キーワード

TREATIES OF ROME: ローマ条約。1957年に調印された2つの基本条約、欧州経済共同体(EEC)設立条約と欧州原子力共同体設立条約を指す。1958年に発効。人・モノ・金・サービスの自由移動を目的とし、現在の欧州連合(EU)成立の基礎になった。EEC設立条約は1993年のマーストリヒト条約によって欧州共同体(EC)設立条約に改称された。英国は1973年、ECに加盟。欧州統合の動きは、第2次大戦後の経済を立て直し、仏独の不戦体制を構築するため、1952年に欧州石炭鉄鋼共同体が設立されたのが最初だ。これがEC、EUへと発展した。現在、EU 加盟国は27カ国。
by polimediauk | 2009-02-18 18:46 | 英国事情