FSA+英ロイヤル・メールの将来は?
何故金融危機が起きたのか、金融行政はどうなっていて、これからどうするべきかを詳細につづった報告書だ。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/business/7950355.stm
骨子はそのうち日本語でも報道されると思うが(現時点ではすぐ見つからなかったが)、興味深いのは、現FSA経営陣が、過去のFSAの監督業制が間違いだった、としている点である。「ライトタッチ」と言われる監督は間違いだった、と。そして、「市場にまかせておけば何とかなる」という市場信奉主義がダメだった、と。
ターナー氏が「ここが悪かった」と、FSAのあるいは英国の金融業界の問題点を挙げるたびに、その「問題点」は実は、ついこの間まで、ロンドン金融市場の利点と言われていたのになあと思いながら、ターナー氏のスピーチを聞いていた。
ターナー氏は昨年9月、FSAの会長に就任したので、「悪い」FSAは自分がいなった時のことだ。でも、現在のFSAは果たして信頼できるのだろうか?つまり、エコノミスト誌の記者が聞いていたが、「クリスマスの時に(料理される=殺される)七面鳥に、クリスマスについて意見を聞くようなもの」ということになりはしないだろうか?監督団体FSAを監督する人がいなくていいのか、と。
自己資本率を高める、ヘッジファンドなど規制外の金融機関(「機関」と言っていいのかどうか?)も規制下に置く、など、金融業界以外の人からすれば「当たり前」とも言えるような提言が報告書に入っている。しかし、これをどう実行させるのかは他国との調整が必要になる。ターナー氏が言うように、「グローバル経済はあるが、グローバル政府はない(個々の政府があるだけ)」のだ。
一方、マンデルソン企業相が、先月、政府が株式を100%所有する郵便事業会社ロイヤル・メールの改革案を発表した。一部を実質民営化する提案が含まれていたことから、労働組合や政界、国民からも不安の声が上がっている。インターネットの利用が拡大して郵便需要が減少した現在、ロイヤル・メールは何らかの生き残り策を取らざるを得ないが、民営化でサービスの質が低下するのではという懸念は大きい。「英国ニュースダイジェスト」最新号(ネット版は火曜発行)に書いたものに加筆した。
―政府のロイヤル・メール改革案骨子
*民間企業と提携する。ロイヤル・メール株の最大30%までの放出を想定。
*60億ポンド(約8170億円)に上る年金債務を政府が肩代わり
*監督業務をポスコムから通信規制・監督団体オフコムに移動する
*全国で同一の水準の郵便サービスを提供するための基金を設置する
*郵便局の運営はこの提携とは無関係にする
―ロイヤル・メール・グループの子会社別収入比 2008年3月期決算
*ロイヤル・メール(72.8%):手紙、小包郵送事業。一日に8000万個の郵便物を3万台の赤い特性自動車や3万3000台の自転車などを使って、2800万の住所に届ける。切手のデザインと制作も手がける。
*ポスト・オフィス(9.7%):全国にある約1万4000の郵便局を運営する。年金や公共料金の支払いなどを扱う、英国最大規模の現金処理機関(毎年900億ポンド、約12兆円)。
*パーセルフォース・ワールドワイド(4%):宅配サービス。毎日15万個を顧客に届ける。
*ジェネラル・ロジスティックス・システムズ(GLS)(13.1%):パーセルフォースの欧州版サービス。本部をオランダに置く。中心となるのはビジネス用で、欧州内の34カ国に22万の顧客を持つ。一日に100万個の配送を扱う。
*その他(0.4%)
(資料:Royal Mail)
―手紙総数の減少率
国:成長率(2006年―07年)
英国:-3.2%
フランス:-1.0%
ドイツ:-1.4%
オランダ:-4.4%
イタリア:-4.4%
米国:-1.8%
(資料:Royal Mail、英国のみ2007-2008年)
―数百年の歴史
赤いポストでおなじみの英国の郵便サービス、ロイヤル・メールの元々の発祥は、16世紀、ヘンリー8世の時代にまでさかのぼる。1980年代にはサッチャー前首相が国営企業の民営化を大々的に行なったが、国民の愛着が格別に深いロイヤル・メールは対象にはならず、政府が株式を100%所有する郵便事業会社として今日まで生き延びてきた。
現在、週に6日、一日平均では2800万の住所に郵便物が配達されている。11万を超えるポストや1万4000余の郵便局がほぼ全国の地域をカバーする。手紙の総数の89%は企業が送付し、ビジネスにとってもかけがえのない通信手段となっている。しかし、近年はその存続の危機が叫ばれるようになった。
―郵便需要の変化
大きな原因はインターネットや電子メールの普及による、手紙利用者の激減だ。投函される手紙の数は2005年を頂点として減少中で、08年3月期では前年同期よりも一日200万-300万通の下落となった。今年はさらに減少する見込みだ。
手紙は時間的に余裕のある場合の通信手段として認識されており、通常配達までに2-3日かかるセカンド・クラスの切手を使う人が増えた(英国の切手は翌日には配達されるファースト・クラスと、これより遅いセカンド・クラスがある)。切手を値上げしても収入の落ち込みを埋め合わせることができなくなった。
2006年には郵便事業が自由化され、これまで独占してきた郵便業の20%を現在は同業他社が占めるようになった。
こうした諸処の要因により年間で7億6000万ポンド(約1000億円)の営業利益が失われている、とロイヤル・メールは分析している。
通信事業監督機関オフコムのリチャード・フーパー元副委員長がまとめた、郵政事業の将来に関する報告書「近代化か衰退か」(昨年末発表)によれば、ロイヤル・メールの問題点とは、デジタル化による通信環境の変化で①値上げでは収入の落ち込み分を埋められない、②欧州他国の郵便事業と比較して非効率、③英国最大規模の年金債務を抱えているために財務が改善しない、④経営陣と労働組合の関係が悪化状態にある、⑤監督団体ポストコムとの関係も悪化している、を挙げた。④や⑤のために、効率性向上のための改革が進みにくい。
―民営化法案へ
マンデルソン企業相は2月26日、ロイヤル・メールの改革案を議会で発表した。年金債務の税金を使っての肩代わり、監督機関をポストコムからオフコムに変えるといった案に加え、所有株の最大30%を民間企業に売却する案も入っていた。民営化によって全国通津浦らに郵便が届く現行体制が揺るがないよう、特別な基金を設定することや、郵便局(約2万局あったが、リストラで約3分の1が閉鎖されている)はこの改革案には関係しないと説明したが、民営化に難色を示す通信労働組合(CWU)や与党労働党議員を中心に、大きな反対の声が上がった。議員らの懸念は価格上昇、サービス低下、大規模リストラなど。また、CWUが、一部民間化が実施されるようであれば、労働党への出資を引き上げざるとしている点も懸念の材料だ。
オランダの物流大手TNTが参入企業の候補として噂されているが、国民の間にはロイヤル・メールが外国資本の手に渡ることへの拒否感もある。
マンデルソン企業相は「絶対に完全民営化はない」、「一部株放出で得られた資金はロイヤルメールの効率化に投資する」と労働党議員らに説明する。今後、欧州連合の認可や法案通過などの手続き後、夏までには外部からの出資を実現することを政府は望んでいる。今後数ヶ月で、ロイヤル・メールの将来が決まってくる。
―ロイヤル・メールのこれまで
1516年:イングランド国王ヘンリー8世が郵便サービスを創設
1635年:チャールズ1世が一般市民がロイヤル・メールを初めて使えるようにする。この時が、英国の郵便制度の事実上の始まりとされる。郵便代は受け取り手が払った。
1657年:郵便料金が定額制になる。
1660年:郵便局が設置される。
1661年:日付印の使用開始。
18世紀:郵便を運ぶ専用馬車ができ、配達員は制服を着用するようになる。
1852年―53年:郵便ポストが英国全土に設置される。
1870年:電報サービスを開始。
1912年:電話サービスを開始。
1969年:国営企業になる。
1981年:通信業務がブリティッシュ・テレコムとして分離・独立し、残された事業は「ポスト・オフィス」と名づけられる。
1990年:小包配達部門が「パーセルフォース」と名づけられる。
2000年:ポスト・オフィスが「コンシグニア」に改名。
2001年:政府の全額出資で株式会社化される。通信監督団体ポストコム、郵便に関する利用者からの不満を処理するポストウォッチが発足。
2002年:「ロイヤル・メール・グループ」として組織化され、グループ内はロイヤル・メール、パーセルフォース、ポスト・オフィス(コンシグニアから再改名)に分かれた。
2004年:配達が一日に一回に減少する。
2006年:郵便事業が完全自由化される。
2007年:賃金、労働条件、年金問題を巡り、従業員がスト。
2009年2月:企業相が議会でロイヤル・ポストの一部民営化法案を発表する。
(資料:英文ウイキペディア、BBC他)
―関連キーワード
TNT:オランダに本部を置く、グローバルな郵便配達・宅配事業会社。オランダ国内ではTNTポストの名前で郵便事業を行なう。宅配事業はTNTエキスプレスが行なっている。ロイヤル・メールが一部民営化された場合、TNTが放出株を取得するのではないかという噂がある。2007年の収入は年間111億ユーロ(約1兆3800億円)。1990年代からリストラを始め、西欧諸国の郵便会社
―参考資料
ロイヤル・メールの一部民営化に関して、主な参考資料として利用としたのが、ロイヤルーメールのウェブサイトから現状やこれまでの歴史、年次報告書など。また、上にも出てくるが、オフコムのリチャード・フーパー元副委員長がまとめた、郵政事業の将来に関する報告書「近代化か衰退か」(昨年末発表)は欧州他国との比較があって参考になった。ただし、この報告書は(嘘をついているというわけではないが)、「このままではダメだ。改革しないといけない」という、政府が欲しい答えを満足させるように作られている、という面も頭に入れておいた方がいいかもしれない。
”Modernise or decline”報告書
http://www.berr.gov.uk/files/file49389.pdf
この報告書で驚くのが非効率な働き方、あるいは手厚い勤務体系だ。後者の例になるが、ある郵便配達員が朝7時から午後2時までのシフトで働いているとする。午前11時にその日の担当分が終わったとしよう。すると3時間時間があくので、他の配達員で配達物が多い場合、これを手伝ったとする。すると、この3時間勤務分は、「超過勤務=オーバータイム」として計算されるのだ。シフトの時間帯での仕事にも関わらずである。そして、午後2時までのところ、早く終わった場合、そのまま帰ってしまうことが常だったとも書かれている。過酷な労働をさせないための慣習、あるいは組合の労働闘争の勝利だったのかもしれないが、やはり、他業種の人からすれば普通とは言えない。