小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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BBCの将来をみんなで議論


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究極の目標とは・・・


 英国最大の公共放送BBCの活動内容と資金調達方法などは、10年に一度更新される設立許可状が定めている。現在の許可状が期限切れになるのは2006年末。2007年からの10年間をどうするかに関する議論が続いている。

 これまでに、英文化省の依頼で独立調査委員会などがBBCの活動を様々な観点から調査、分析しこれを報告書にまとめさせている。2004年から活動を開始した、新・通信規制団体オフコムも「公共放送はどうあるべきか」に関しての独自の報告書を数回に渡って発表。BBC自身も、今後10年間で何を目標とするのか、自分たちなりのマニフェストを出している。

 ここ1年ほど、BBCは「危機にある」とされてきた。きっかけは、2003年「英政府情報操作疑惑報道」だった。

 同年5月、BBCの朝のラジオ番組「TODAY」は、イラク戦争開戦に至る過程で、英政府がイラクの大量破壊兵器の脅威を誇張した、と報道した。この報道の匿名の情報源となった国防省顧問が、名前を新聞にリークされた後で自殺。BBCと政府側は「誇張した」「誇張していない」と互いの主張を繰り返す中で、その関係は次第に悪化していた。

 緊急に設置された独立調査委員会(ハットン委員会)は2004年1月、「報道に根拠なし」とし、BBCの編集体制と経営陣を厳しく批判した。これを受けてBBCのトップ二人がほとんど同時に引責辞任。報道をした記者も辞任した。BBC最大の危機の1つ、と言われた。

 BBCはこの先どうなるのか、ジャーナリズムの独立性を保てなくなるのではないか?設立許可状の骨組みを決める実権を握る政府が、BBCに意地悪をするのではないか?そして、メディアと政治の関係や公共放送はどうあるべきかなど、議論が百出した。

 特に人々の注目を集めた提言の1つは、野党保守党が依頼した、BBCの将来に関しての分析リポートで、商業放送チャンネル4の元トップだったデビッド・エルスティーン氏が他のメディアの重鎮数名と書き上げたものだった。視聴者が見たい番組を見るという傾向が強くなる多チャンネル時代が進む将来、BBCを見たい人は相対的に減ってゆく。一種の税金のようになっている受信料をBBCが全て使うのはおかしいのではないか、受信料制度は意味がなくなってくるとして、廃止を求めた。

 英政府は、2012年ごろまでに、全アナログ放送を終了させ、デジタル放送のみに変更する予定でいる。かつては放送の全てを独占し、今でも大きな位置を占めるBBCだが、将来の圧倒的地位に変化が生じる可能性が高い。

 何故受信料収入が必要なのか、公共放送としてのBBCがいかに英国民にとって重要なものかを、BBC側は政府や国民に示さないといけなくなった。

 BBCにやってきた新経営委員長のマイケル・グレード氏は、「公的価値を作る」と題されたマニフェストを発表し、BBCの公共放送としての重要性を強調した。

 3月上旬、文化省はBBCの将来に関し「緑書」と呼ばれる、白書の一段階前の文書を発表した。情報操作疑惑での対立から、政府側が何らかの形でBBCの活動を狭めるような提言を出すのではないかと懸念されていたが、ほぼ現状維持となった。まず受信料は「今後10年間は継続」とした代わりに、ハットン委員会が経営陣との癒着を指摘した経営委員会の廃止を推奨した。この経営委員会の代わりに「信託」を設立することを提言したが、内容を見るとBBCの自主監督を担う組織ということで、現在の経営委員会とほとんど変わらないのだった。

 政府は、現在国民からの緑書に関するコメントを受け付けている。途中5月の総選挙を含み、現在から、最終方針となる白書の発表の秋までが、BBCの、そして英国の公共放送の将来の鍵を握る大事な山場となる。

 BBC側としては、現状ほぼ維持の緑書の結果に胸をなでおろしてばかりもいられない。

 受信料制度の継続は2016年までは(現時点では)保障されたものの、2017年以降どうするかに関して、「数年後に議論する」ことになったからだ。一方、BBC会長マーク・トンプソン氏は、各部門での15%のコストカットと、3000人規模の人員削減を発表している。全従業員が28000人のBBCだが、この数字は「大きすぎるのではないか」というのは、英国ジャーナリスト組合(NUJ)の役員は話す。「無駄をはぶくというならいいが、政府側を見てのコストカットだと思う。政府は指一本切ろといったのに、腕一本をあげたようなものだ」。

 総選挙(正式発表はまだされていない)で与党労働党が過半数を取ることは予想されているものの、「強いBBC,独立したBBC」と繰り返してきた現在のテッサ・ジョウエル文化相が、同職につくかどうか未定であるため、「今回の緑書の提案で首がつながったと思ってはいても、決して楽観してはいけない」(NUJ代表ジェレミー・ディア氏)。

 2012年以降も、現状のままのBBC体制が続くと思っている人は、英国にはいない。

 BBC及び放送業界の未来の論点をこれから細かく見ていきたいが、その前に、こうした議論が国をあげてのものであることに注目したい。

 英国の街角であるいは家庭で、職場で、誰かに「将来、BBCはどうしたらいいと思う?」「最近のテレビ、どう思う?」などと聞いて見ると、それぞれが一家言を持つ。主にテレビやラジオ、新聞などの既存メディアで報道されたことを基にしての意見だが、一般の人が議論に参加できる機会がメディアを通してふんだんにあり、視聴者には幅広い論点にアクセスできる環境がある。

 自分がお金を払う受信料がどう使われるのか、無駄には使ってほしくない、という気持ちも英国民の間では強い。

 「BBCが存在しているから」という要素もある。1927年の創立から1950年代半ばまでBBCが英国の放送業界を独占し、現在も業界トップとしての位置にいるので、放送業界の将来を考えることがBBCの将来を考える行為と重なる。もしBBCほどの大きな影響力のある放送メディアが英国になかったら、これほど議論も高まっていないだろう。

 BBCの初代会長だったリース卿が唱えたBBCの目的「教育、情報を与える、楽しませる」という精神が未だ引き継がれており、BBCの活動、つまりは放送業は英国の国民生活の上で非常に重要な役割を果たすもの、とされている。究極的には、放送業は民主主義社会が健全に機能するための重要な手段の1つ、ということだ。

 ・・・と、書くと格好よすぎるような結論だが、実際、放送業と民主主義を結びつける考えは広く浸透している。





 

 
 
by polimediauk | 2005-03-15 07:30 | 放送業界