小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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ロンドン・デモでの死、ロッジテレビ、英中東放送

 (春がようやく来たのはいいが、夜、やや寒かったりなどし、若干ダウン。しばし間が開いて、失礼をしております。)

 先週、ロンドン・イングランド銀行前のG20抗議デモで、男性1人が亡くなった件で、独立警察苦情委員会(IPPC)が調査を開始している。4月1日、午後7時半頃、男性はイングランド銀行付近の新聞販売店での仕事を終え、帰宅途中だった。警察が銀行広場付近にいたデモ参加者を足止めしていたため、この男性も足止めされてしまう。この間、何があったのかの詳細は不明だが、警察官が男性に何らかの暴力を働いた様子(CCTVで撮影)の映像が報道されている。後ろから押したか、叩いたのか?BBCの映像では押したように見えるけれども。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/england/london/7990423.stm

 チャンネル4の映像では、警察官が男性をこん棒で殴っていたとされる。

 詳細ははっきりしてない。男性は、押された後、路上に倒れ、数分後に心臓発作で亡くなったらしい。

 この日、昼間広場にいて、数時間の足止めを食らった私は、不当拘束されたという思いがあった。デモ参加者には何らかの(心臓病を含めた)病を患っている人もいるだろうし、事前に予告がなく、かつ特に暴動が起きたというわけでもない状況で、大量の人を足止めすれば、必ずといっていいほど、何らかの衝突が起きるのは避けられない。どうも、ボリス・ジョンソン・ロンドン市長の監督・管理にも大きな責任があったような思いがしてならない。やり方がまずかったのではなかろうか。事件、事故、または死人が出る可能性は常にあった。ロンドン市警ではなく、市長の責任を追及するべき、と思っている。たった一人の命といえど、避けられるはずの顛末だった。この男性を押した警察官の停職とか、そういうトカゲの尻尾きりのようなことで終わらないと良いが。

 「メディア展望」誌(「新聞通信調査会報を改名」)4月号に、中東報道の是非に関する原稿を書いた。この間のガザ空爆をヒントに、英国の中東報道はどうだったかを分析したものだ。ただし、この問題は非常に広いので、BBCが空爆犠牲者を助ける広告の報道を拒否した、という点に絞り、主にBBCのスタンスについて、書いた。

 イスラエル・パレスチナ問題は「客観的に」報道するのが難しい。オブザーバー紙にもこれをトピックにした記事が2週間ほど前に載っていた。これも同時に紹介しようと思っているうちに時が過ぎてしまったので、「メディア展望」原稿分を出してみる。若干言葉を付け足した。

 それと、コペンハーゲンに本拠を置く、ロッジテレビというクルド語の放送局をご存知の方はいらっしゃるだろうか?これが、トルコ反政府武装組織、クルド労働者党(PKK)の支援をしているとして、トルコ政府が非常に怒っている。トルコはデンマーク政府に対し、この放送局の免許取り消しをずっと依頼してきたが、デンマーク側は「報道の自由」ということで、ずっとこれを拒否してきた。しかし、とうとう、デンマーク側も重い腰をあげようとしているようだ。

 デンマークの首相で、次期NATO事務総長就任予定のラスムセン氏が、もしPKKとのつながりがあると証明されれば、閉鎖も辞さない方針を明らかにしたようだ。

http://www.ejc.net:80/media_news/roj_tv_to_face_closure_if_pkk_links_proved/

 私がデンマークのロッジテレビに取材し、後トルコでクルドメディアに取材したところによれば、結局のところ、ロッジテレビは広い意味ではPKK支援と言えなくもない感じがする。このPKKの意味は、クルド人から見た場合と、いわゆるトルコ人から見た場合とかなり違う。トルコ人からすればあくまでテロ集団だが、クルド人からすると、言ってみれば、アイルランドのIRAのような(アイルランド人でIRAにシンパを感じない人はいないように、クルド人でPKKに一定のシンパをかんじない人はいない?)存在ではないか、と。

 ・・・と考えると、国際紛争で「客観的な」立ち位置というのは、存在しないかもしれないと益々思えてくるのである。(ロッジテレビ、クルドメディア取材分は日刊ベリタのサイト参照のこと)。

BBCが放映拒否で非難の的に ガザ侵攻めぐり中立性問われる英報道

 報道の基本姿勢とは何か?定義は様々であろうが、特定の視点に偏向しない、客観性あるいは中立性の維持を挙げる人は多いだろう。ところが、歴史の評価が決して一様ではないように、世界の軍事紛争では「客観」あるいは「中立」たるべき位置が存在しない、あるいは見えない状態になっている場合がある。

 この傾向が顕著になる一例が中東のイスラエル・パレスチナ紛争であろう。誰が侵略者か、犠牲者か、「テロリスト」か、また善悪の判断は当事者間で大きく異なる。イスラエル側とパレスチナ側のそれぞれを支援する国や民族によっても見方が違う。両当事者が自分たちの主張を正当化するためにプロパガンダ作戦を駆使することもあって、事態の見極めは一層錯綜する。メディア各社は、世界の注目度が非常に高いこの紛争を出来うる限り客観的に報道する努力を続けているが、当事者国から「偏向している」と非難される危険性は常にある。

イスラエル・パレスチナ紛争のような非常に入り組んだ紛争になると、「紛争の外側に、客観的に立つ報道機関」という立ち位置はないに等しい。このため、、英メディア、特にBBCは「バランスのとれた」、「インパーシャルな(不偏の))」報道、という言葉をよく使う。例えばイスラエルの犠牲者の情報を出す場合、過去の同様の情報との比較や、パレスチナ側ではこれをどう見たのかという視点を入れる、ということを指す。

本稿では、英メディアの中でも、視聴者からのテレビ・ライセンス料を運営費として使うことから特に客観性、中立性の維持を強く期待されるBBCの最近のガザ紛争報道で指摘された問題点に注目したい。

―パレスチナ被害者支援広告の放送拒否

 昨年12月27日から3週間余続いたイスラエルによるパレスチナ自治地区ガザへの空爆は、世界のメディアにとって、報道の基本原則である客観性、中立性をいかに維持するかの試金石ともなった。

 今年1月20日、イスラエル軍の撤退完了で今回の軍事行動は一先ずの終了となった。パレスチナ側で死者1300人余、イスラエル側で13人程の死者が出た。

 英テレビは連日、パレスチナ人の犠牲者やその家族の様子、家屋の破壊状態などの惨事を放映し、新聞もイスラエル軍の軍事行動で被害を受けたパレスチナ人市民の様子を大きな写真を使って伝えた。在英イスラエル大使館の前では市民らによる抗議運動が起き、デモ隊と警官隊との衝突事件で逮捕者が出た。イスラエル製商品の不買運動も一部で発生した。

 イスラエルの空爆に反対する強い感情が国民の中に共有されつつあった1月22日、ガザ地区のパレスチナ人犠牲者を支援するための動画広告の放送を、BBCが断ったことが明らかになった。

 放送依頼をしたのは1963年に創立された「災害緊急委員会」(DEC)で、英国赤十字、オックスファム、セーブ・ザ・チルドレンなど著名な慈善団体13を傘下に置く。洪水や地震など世界で起きる災害時に、英国内の民間による救援努力を一元化する役目を果たす。

 BBCの放送依頼却下の理由は、救援物資が「現地に確実に届けられるかどうか確証が持てない」ためと、「BBCの報道の公平性に対する視聴者の信頼感を守る」ためだった。アレクサンダー国際開発大臣が物資の輸送の確実性を保障し、BBCに再考を求めたが、BBC側は放送不可の姿勢を維持。放送を求める視聴者からのBBCに対する苦情は数日間で2万件を超えた。24日には5000人ほどがBBCに放送を求める抗議デモに参加し、BBCの従業員の一部もこれに参加した。100余人の下院議員からは放送をしない決定に抗議をする署名が集められた。

 新聞各紙はBBCの決定を批判する論調が大部分を占め、英国教会のトップ、カンタベリー大司教も人道上の理由から「放送するべき」と公言した。政界や宗教界をも巻き込んで、BBCは批判の矢面に立たされた。

 パレスチナ人犠牲者を助けるための広告を放送しないと決めたBBCは、「イスラエル寄り」と受け止められた。トンプソン氏の妻がユダヤ系米国人であるために、イスラエルに考慮した決断をしたのではないか(『インディペンデント』紙記事のコメントなど)といった、うがった見方をする声まで出た。

 一方、保守系の論客アンドリュー・ロバーツ氏は、「BBCではなく慈善団体が有罪だ」とする論考を『タイムズ』1月26日付に寄せ、オックスファムなど数団体は以前からガザ地区での紛争に関し「パレスチナ側が絶対的な犠牲者、イスラエル側が絶対的な悪者」とするキャンペーンを展開してきたと指摘した。数少ないBBC擁護者の声だった。

 この日、支援広告は民放ITV,チャンネル4、ファイブで放送され、BBCと衛星放送スカイテレビが放送せずとなった。

―以前は「親イスラエル」で批判されたBBC

 DECと英放送局は、公共の電波を使っての支援には「3つの原則」を満たすことを条件としてきた。人道上の危機を救うための重大な、緊急のニーズがあること、当の救援団体が現場で実質的な支援を提供できることを示す証拠があること、国民の間に、人道面からの十分な関心と同情心が存在することだ。

 不偏不党を報道の基礎に置くBBCだが、国際的な紛争や災害が発生した時、救済・支援活動目的の放送をこれまでにも実行している。また、DECのキャンペーンにも過去に何度か協力している。1967年には「6日間戦争」で居場所をなくしたパレスチニア人、シリア人の難民への支援広告を放映し、82年にはレバノンに侵入したイスラエル軍の攻撃の犠牲者のためにDECと協力して募金を集めた。90年代には第一次湾岸戦争やコソボ紛争の難民などの救援広告を放送した。

 2006年、イスラエル軍がレバノン市内に潜む武装集団ヒズボラの弱体化を狙い、軍事行動を開始した。この時、レバノン市民の犠牲者を救援するためのDECの広告の放送依頼をBBCは却下した。レバノン紛争は英国内はもちろんのこと、世界の世論を二分したという点では、今回のイスラエルによるガザ空爆事件に似ている。レバノン紛争におけるDECの放送依頼却下は、BBCによれば「不偏報道の徹底化」であるが、ガザ市民への支援アピールの件と重ねると、この頃から既にイスラエル政府に考慮した姿勢があったのではないか、という疑念がわく。

 しかし、批判者からすれば「イスラエル寄り」となるBBCだが、2003年、イスラエル政府から「反イスラエル的報道ばかりしている」と判断され、首都エルサレムでの記者会見に招待されないなど、締め出された過去がある。04年、イスラエル政府はBBC、スカイテレビ、タイムズ紙、フランスの複数の新聞に対し、「反イスラエル的」であるとし、書簡を送っている。

 BBCは03年、中東報道で偏向がないかどうかの内部調査を実施し、この結果は報告書(「バイレン報告」)としてまとめられた。これをBBCは非公開とした。05年、ある弁護士が、公的機関の情報公開を要求できる情報公開法を使って、BBCにバイレン報告の公開を求めた。BBCは報告書は「ジャーナリズムのための文章」であり、公的情報ではないとしてこれを却下。数年に渡り裁判が続いてきたが、今年3月、最高裁が、報告書を公表するべきと言う情報公開裁判所の決定を支持する判断を示した(3月現在、未公開)。

 バイレン報告書は04年BBC編集幹部に提出され、翌年、独立調査委員会がBBCの中東報道を調査した。06年発表された報告によれば、「故意のあるいは組織的な偏向はない」が、報道は「統一性に欠け、全体像を十分に描いておらず、誤解を生む報道もあった」と結論づけた。これと前後してBBCは中東報道における編集体制を刷新する。中東報道を統括する専門編集者を駐在させ、「文脈を説明する」役目を果たすようにした。同時に、不要に「テロリスト」、「暗殺」という言葉を使わない、「東エルサレムをイスラエルの一部として表現しない」(1981年、イスラエルが併合したが国際的に認められていない)など、イスラエル・パレスチナ問題に特定した用語集を作成した。

 05年にはBBCの女性記者が、パレスチナ自治政府のアラファト代表(当時)が重い病状をわずらい、自宅からヘリコプターで病院に運ばれる様子を見て「泣いた」とラジオでリポートしたところ、視聴者から苦情が出た。BBCの経営委員会(当時。現在はBBCトラスト)は「報道の不偏原則を破った」とする判断を示した。

 近年の例を振り返ると、紛争当事者の両方からBBCは偏向を指摘されたことがあったということになる。

 BBCだけが「偏向」を指摘された経験があるわけではない。先の例ではスカイや『タイムズ』紙が「反イスラエル」とされ、08年には、ガーディアン紙がイスラエル南部で起きた自爆攻撃の後を映した動画をサイト上に掲載し、読者の苦情が殺到するという事件があった。ロイターから配布された動画をそのままサイト上に載せたもので、攻撃の後、負傷者が病院に運ばれる様子や、パレスチナ人の閣僚のコメント、武装集団ハマスの広報官が「これは抵抗作戦だ」と語る様子が入っていた。

 この動画を反イスラエル報道を監視している組織「オネスト・リポーティング」(「正直な報道」の意味)が見つけ、ウェブサイト上で「ガーディアンに苦情を送れ」と訴えた。ガーディアンのサイトに同時に掲載されていた記事にはイスラエル側のコメントや背景説明があったが、動画自体にはイスラエル側の声は入っていなかった。苦情の対応に追われたガーディアンは、サイト全体ではバランスが取れた報道があったとしながらも、ロイターの動画を事前に十分に検証しなかった編集上のエラーなどがあったとして、掲載から4日後、動画を削除した。様々な勢力のロビー活動が活発なパレスチナ紛争の報道には、念には念を入れた報道体制を取る必要に、英メディアは迫られている。

―BBCトラストの判断

 今年2月19日、BBCの編集方針や経営活動を監視するBBCトラストは、DECの救援広告を放送しないとしたBBC経営陣の判断が正しかったとする報告書を出した。イスラエル・パレスチナ紛争は「大きく意見が分かれるトピックで、市民の死や負傷は『国際的な世論』を味方にするための政治的主張の中心をなす」と説明し、「今回は、紛争の政治的な主張と人道面の結果とを切り離すことが不可能」で、広告は紛争の片方の面を示さざるを得ない。もし放送すれば、視聴者がBBCがその内容に一定の承認をしたかのように受け取られる恐れがあった、と結論付けた。

 BBCは報道番組に限らず、全ての番組での不偏を維持するため、「不偏原則」に関する報告書を07年、発表している。これは、05年、慈善団体や有名人が参加した、貧困をなくするための「メーク・ポバティー・ヒストリー」(「貧困を歴史にしよう」の意味)という運動がBBCの人気コメディー番組内で使われたことがきっかけだった。脚本を書いたのがこの運動の推進者の一人だった。報告書によれば、不偏は「あらゆる視点を入れること」で、「必ずしも中心位置を意味しない」。

 不偏・中立という原則自体に疑問をはさむべき、という声もある。元下院議員のジャーナリスト、マーティン・ベル氏は、報道機関は中立、不偏という「古臭い原則を放棄」し、代わりに「公正(フェア)かどうか」という点を新たなものさしとするべきではないか、と主張している(ガーディアン紙、1月26日付)。

 DECの広告の放送を巡り、各放送局の対応は割れた。BBCの放送拒否が話題になったおかげで、DECは予想よりも大きな金額の支援を得られたという。報道の不偏、客観性の扱いに「決まった答えはない」ということが改めて認識された事件だった。
by polimediauk | 2009-04-09 06:47 | 政治とメディア