怒りが充満 英メディアの金融報道
「金融危機」という言葉を英国では結構気軽に使うのだけれども、これに対する怒り、つまり一部銀行の経営陣に対する怒りがここでは強い。ところが、先週ぐらいにフィナンシャルタイムズ紙のデビッド・ピリング記者が書いていたところによれば、「アジアでは」、そういった怒りはあまりないという。日本では、経済全体の地盤低下や派遣労働者を含めた人員削減に関する、政治家へ(小泉氏も含め)や大企業経営陣への怒りはあるとしても、銀行家への怒りといったものは、今回に関しては特にないのかもしれない。
銀行経営陣、政府の金融担当者、ひいては銀行破たんを引き起こした(ように見える)メディアに対する英国民の疑問や怒りは、かなりあるように思う。「一体何故こんなことになってしまったのか」、「どうして、金融当局やメディアは危機の発生を事前に察知し、国民に警告してくれなかったのか」、と。
そこで、金融報道を検証する動きが、昨年秋以降、ずっと続いている。この流れを、「新聞協会報」4月7日付に書いた。以下はそれに若干足したものである。
金融報道と英メディア
「金融機関の破綻・買収は影響を考えて報道すべきではないのか」。BBC記者によるスクープが中堅銀行の国有化のきっかけとなったほか、インサイダー取引に関与したとの疑惑も招いたことを契機に、英国では昨年から議論が続く。一時は報道規制も浮上した。金融問題が経済全体に影響を及ぼす中、メディアは事前に警鐘を鳴らすことはできなかったのかとの論議も起きている。
BBCのペストン記者は2007年9月、住宅金融が主力の中堅銀行ノーザン・ロックの資金繰りが悪化し、英中央銀行から緊急融資を受けることになったと特報した。翌日、預金を引き出す人々が同銀行の各支店に殺到。銀行の取り付け騒ぎは、過去150年で初めてだ。
テレビ各局は、預金者が長い行列を作る様子も延々と伝えた。株価が急落し翌年2月、ノーザン・ロックは国有化される。
ペストン記者は08年9月、大手金融グループ・ロイズTSBによる同HBOSの買収をめぐり、スクープを連発する。暴落していたHBOSの株価は、記者が「買収交渉が極めて進展した段階にある」と伝えると急上昇した。報道直前から大口のHBOS株の買いが入り、情報リークの噂が出た。ペストン記者が株式のインサイダー取引に関与したのではないかとの疑惑も浮上した。
BBC記者による一連の報道を受け、下院財務委員会は報道規制の必要性の議論に着手。今年2月4日には、複数のメディア関係者を公開質疑に招いた。
ペストン記者は、破綻は「経営の悪化、投資部門の顧客による資金の引き上げが原因だ。預金者の取り付け騒ぎのためではない」と主張する。HBOSに関するスクープにも「事実を報じたに過ぎない。金融界では誰もが知っていた」と主張し、報道規制の必要はないと反論した。
同記者は2月中旬、BBCの番組でノーザン・ロック銀の国有化で保有していた株がタダ同然になった元株主らと対面する。「また同様の状況でも同じように報道する」と述べ、「名声のために報道した」「市場への影響を考慮するべきだ」という元株主らの言い分との間で溝は埋まらなかった。
金融問題をめぐる報道では、危機の到来をもっと早く報道できなかったのかという問題も提起されている。2月24日、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスで開かれた金融危機報道の是非を問うイベントで、経済紙フィナンシャル・タイムズのテット記者が、数年前から金融危機発生の可能性を書いてきたにもかかわらず「社内も含めて、誰も耳を傾けようとはしなかった」と指摘した。「金融派生商品のことを話そうとすれば、おタクだ、専門的すぎるとよく言われた」。
また英メディアは「個々の事象の報道に追われ、金融界の動きが社会全体に及ぼす影響に関する視点が少なかった」とも述べた。エコノミストのブイトー氏は話した。「誰もこれほど大きな事態が訪れるとは予期できなかった。私たち全員が盲目だった」。