小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk

英国のアイフォーン、スパイ組織MI6の新長官

 英国でアイフォーンはどれだけ売れたのだろう?アップル社によれば、世界中では2170万台が販売され、英国では100万台ほど。英国で販売された携帯電話の総台数からすれば、1%ほど。多くはない。(メディアで頻繁に書かれる・報道される割には、実はほんの一握りの人が持っているのではないか?という私の予測がほぼ裏打ちされたように思う。)しかし、ドイツ銀行の予測によれば、英国の携帯電話業界の利益の20%をアイフォーンが生み出している。これに人気のブラックベリーを入れると、台数では5%、利益では58%となる。今後も、この2機種は売り上げを伸ばすと予測されている。

 今月上旬、海外の諜報活動に従事する「情報局秘密情報部」(通称MI6)の新長官に就任予定の男性の私生活に関する情報が、SNSサイト「Facebook」に掲載されるという珍事件があった。よりによって、秘密裏に情報を集めるはずの組織のトップの個人情報が世界中のFacebook利用者に公開されたとあって(現在までに削除された)、この「由々しき事態」を巡って、英国内で議論が起きた。「英国ニュースダイジェスト」(7月23日号)に、、MI6の新長官の横顔や英国の諜報機関の役割について書いたが、以下はそれに加筆したものである。

 なお、ネットで「エシュロン」に関して情報を集めていたら、「エシュロの国際法的問題」という文書があった。

http://www.soejima.to/kensho/004.html

 アマゾンでは「エシュロン―暴かれた全世界盗聴網 欧州議会最終報告書の深層 」という本も出ている。

 資料は主に公式ウェブサイトを見た。下院の「インテリジェンス・安全保障委員会」の年次報告書(Intelligence and Security Committee Annual Report 2007-2008)も参考にした。

SNSサイト掲載で大慌て
 英諜報機関と情報公開


―表に出た身元情報

 海外で諜報情報を収集・分析する英政府機関「情報局秘密情報部」は通称MI6(エムアイ・シックス)と呼ばれ、ジェームズ・ボンドがスパイ役として活躍する小説・映画でもお馴染みだ。ロンドンのボックソールにある通称「レゴランド」と呼ばれる巨大なビルも超有名だ。その存在自体はおなじみだが、実際にどんな具体的な活動を行っているのか、誰が勤務しているのか、年間の予算やスタッフの人数は?となると、肝心な部分はベールに包まれている。

 7月上旬、この秋からMI6の新長官に就任予定のジョン・ソーズ現国連大使の個人情報が、世界的に人気のSNSサイト「Facebook」に掲載されるという事件が起きた。

 ソーズ氏の長官就任予定は既に先月報道され、顔写真や経歴などは紹介されていたものの、Facebookには海水パンツ一枚でビーチ遊びをする氏の写真、おどけた格好でカメラに向かう氏の妻と娘の写真が掲載されていた。夫妻のロンドンのアパートの住所や友人たちの情報も載っていた。妻のシェリーさんはこうした情報へのアクセスに制限をつけておらず、世界で2億人とも言われるFacebookの利用者に向かって情報が発信された。「メール・オン・サンデー」紙がこの事実を報道後、外務省に連絡を取ったところ、情報は削除された。

 デービッド・ミリバンド外相は「ソーズ氏が『スピード』社の水着を着ていたことが分かったぐらいで騒ぐ必要はない」として、今回の事件を重要視しない発言をした。しかし、就任前とは言っても、ソーズ氏の家族は危機管理が甘いという批判の声が一部ではあがった。タリバンなどのイスラム原理主義集団が、FacebookやマイクロブログのTwitterを通じて、米英軍の情報を収集しているとも言われている。

―諜報機関、オープン化へ

 英国の情報機関は、長年、存在自体が公式には秘密だった。その役割が明文化されたのは1994年の情報情報法が施行されてからだ。

 MI5の元長官ステラ・リミントン氏(1992年―1996年就任)が現職時代、一部メディアが写真をスクープ掲載した。これに押されるようにして、1993年、政府はMI5の活動とリミントン長官の顔写真が入った小冊子を発行した。MI5の活動や役割が公式に説明され、長官の顔写真が公表されたのは、これが初となった。現在のジョナサン・エバンス長官はメディアとの公式会見の場を持ち、内容を報道することが許される。顔写真がウェブサイト上に掲載されており、誰もが使えるようになっている。

 国際テロの脅威が高まり、人員増強の必要性から多様な人材を確保するため、2006年、MI6は初めて新聞広告で工作員の募集を開始した。現在では、MI5同様、公式ウェブサイトを立ち上げ、これまでの歴史の説明や人材募集を行っている。しかし、MI5と比較しても、MI6は秘密のベールが未だ厚く、ジョン・スカーレット現長官の写真はウェブサイトには掲載されていない。次期長官になるような人物が個人情報を無制限に掲載してしまうというのは、諜報関係者からすれば前代未聞で、あってはならないことだった。しかし、これだけ個人情報の発信が日常化してしまった現在、起こるべくして起こった事件だったともいえるのかもしれない。

―MI6の次期長官のプロフィール

ジョン・ソーズ(John Sawers)、53歳
現国連大使。11月から新長官に就任予定。英南部バースで育ち、ハードル飛びや演劇に熱中する高校時代を過ごす。ノッティンガム大学で物理と哲学を専攻する。1970年代には労働党員にも。1977年からの数年間、英政府のスパイとして働いていたという噂がある。1982年以降は外交官としてシリア、エジプト、南アフリカ、米国で勤務。ブレア前首相の片腕として、北アイルランド、イラク、アフガニスタン、バルカン諸島における政策アドバイザーとして活躍。複雑な交渉過程や世界情勢を分かりやすく説明できる人物としてメディアでは評判が高い。教師の妻との間に3人の子供がいる。スポーツ、ダンスを楽しみ、ボンド映画で主役を演じたピアース・ブロスナンに雰囲気が「似ている」という人もいる。

MI6(SIS) Q&A

―情報局保安部(SIS)が通称MI5(軍情報部第6課)となっているのは何故か?
 
 1930年代後半、SISの任務を含む海外での諜報活動全体がMI5と呼ばれていた。活動内容を特定せずに利便的に使われていた。MI5の使用は第2次大戦中に頻繁に行われるようになり、現在でも、SISの外ではこの言葉の方が使われるようになった。

―何故MI5の長官は「c」と言われるのか?

 最初の長官がマンスフィールド・スミス・カミング海軍大佐だった。大佐は書簡の最後に「c」と緑のインクで署名するのが常だった。それ以降、どの長官も「c」と署名する。自分の身元情報を出さないという意味でも便利な手法だった。

―イアン・フレミングの書いた、MI6のスパイ、ジェームズ・ボンドの一連の小説や映画は、どれぐらい事実を反映したものなのか?

 現実に基づいてフレミングはボンド像を描いたが、現実をそのまま書いたのでは書籍を売ることはできないので、脚色をせざるを得なかった。映画化で、さらに現実と想像の世界の溝は広がった。しかし、MI6で勤務を望む人たちは、この溝をいくらかでも狭めるような事件に出くわすことを想像するだろうし、ボンドのようにお国のために働いて、実りが多くかつ刺激も多い職につく事を夢見ている。

―働くにはどうするか?
 
 ウェブサイトから応募できる。志が高く、ダイナミックな人員を募集している。http://www.sis.gov.uk/output/sis-home-welcome.html

(資料:公式ウェブサイトより)

―関連キーワード

Echelon:エシュロン、「英米協定」に合意した5ヵ国(米国、英国、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド)の間で使われている、世界の通信傍受、収集、分析のネットワークを指すコードネーム。英米協定とは1940年代、英国と米国が結んだ通信傍受のための協定で、これに後、英連邦諸国3カ国が加わった。電話、電子メール、インターネット、人工衛星などほとんど全ての手段の通信情報を傍受することができると言われている。英国の政府通信本部(GCHQ)など5カ国の諜報機関がこのシステムを通じて情報を共有。1960年代初期までは旧ソ連と東欧圏の軍事及び外交に関わる通信を傍受するためにもっぱら使われたが、現在ではテロ、麻薬取引、政治及び外交インテリジェンスに関わる通信も傍受するようになっている。欧州議会の2001年の調査報告書は世界数箇所に通信衛星から情報を傍受する基地があるとし、その中の1つとして青森県にある三沢基地をあげた。

―英国の諜報機関の比較

略名:MI5 (Military Intelligence section 5)=軍情報部第5課
正式名:SS=Security Service=情報局保安部
創設:1909年。秘密情報局として創設。情報保安法(1989年)と諜報情報法(1994年)によって、名称が成分化された。
本部所在地:ロンドンのテムズハウス
人員数:約3500人(40%が女性、54%が40歳未満)
予算:複数の情報組織を含め、2010年で約20億ポンド、約2990億円の予定。個別の予算は公表されていない。
組織のトップ:ジョナサン・エバンス(2007年ー)
役割:英国内の治安を維持する責任を有する情報機関。内務省指揮下に置かれる。
逸話・こぼれ話:第2次世界大戦中、敵国のスパイを見つけ、英国のスパイに変貌させて敵国に偽の情報を流させるという「ダブル・クロス」手法が数々の成功をおさめた。

略名:MI6(Military Intelligence section 6)=軍情報部第6課
正式名:SIS=Secret Intelligence Service=情報局秘密情報部
創設:1909年。秘密情報局と思想説。情報保安法(1989年)と諜報情報法(1994年)によって、名称が成分化された。
本部:ロンドンのボックソール
人員数:不明。約2500人から4000人規模という報道がある。
役割:英国の国家安全保障と経済上の安定を保護するため、海外での人による諜報活動に従事。外務省の指揮下に置かれる。
組織のトップ:ジョン・スカーレット(2004年ー現在、2009年10月末退任予定)
逸話、こぼれ話:イアン・フレミングの小説007シリーズでは架空MI6要員のジェームズ・ボンドが大活躍。

略称 CHQ(Government Communications Headquarters)=政府通信本部
正式名:同じ
創設:1919年。政府暗号学校(Government Code and Chipher School)として創設。1946年、改名。
本部:英南西部グロスターシャー州のチェルトナム。南西部コーンウオールと北部ヨークシャーにも施設がある。
人員数:約5500人
組織のトップ:イアン・ロッバン(2008年ー現在)、
役割:世界の通信傍受、収集、分析に関わる。外務省の機構に含まれるが、実質的には首相官邸直属。
逸話、こぼれ話:第2次世界大戦時、前身の政府暗号学校が、ドイツの解読困難な暗号「エニグマ」を解読した。
by polimediauk | 2009-07-24 21:12 | 英国事情