経営陣の経費請求で冷たい視線を浴びたBBC
http://www.telegraph.co.uk/comment/columnists/andrewpierce/5968035/The-Guardians-loyalty-to-the-Observer-looks-paper-thin.html
ライバル意識丸出しである。ガーディアンも常にテレグラフを見下ろしたような記事を出してきたので、お互い様であるが。オブザーバーには小説「1948年」「動物農場」を書いた作家ジョージ・オーウェルや後にソビエトのスパイと分ったキム・フィルビーも書いていたそうだ。所有主はどんどん変わり、ガーディアンが1993年に買い取った時、オブザーバーの編集の独立性を守る、と確約したのだが、と。
今年5月以降、テレグラフ紙のスクープ報道で国会議員の経費問題が大きな注目を浴びたが、6月末には国内最大手の公共放送BBC(英国公共放送)の経営陣が針のむしろに立つことになった。情報公開法に応じて明るみに出たBBCトップの経費の使い方は、不景気に苦しむ庶民の感覚とはずい分と離れたものだった。その経緯を「英国ニュースダイジェスト」(8月6日号、ウェブは4日発行)に書いた。以下はそれに補足・追加したものである。
―BBCとは
British Broadcasting Corporation=英国最大の公共放送。従業員数は世界で約2万2000人、国内では約1万7000人。BBCの存立、目的、企業統治を定める女王の「ロイヤル・チャーター」(「BBC憲章」、「特許状」などと訳される)と、これに沿った業務の具体的な内容を定める「協定書」(BBCと所管の文化メディアスポーツ相との間で交わされる)によって運営されている。ロイヤルチャーター、協定書ともに10年ごとに更新される。現在の期限は2016年末。テレビ受信機を所有する者に課すテレビ・ライセンス料(現在、カラーテレビで年に142・50ポンド、約2万2000円)を主要財源とする。ライセンス料収入、政府交付金、商業活動からの収入等を合計すると毎年50億ポンド前後が事業収入となる。視聴者の代表として「BBCトラスト」がBBCの業務全般を、放送通信庁「オフコム」(Ofcom, Office of Communications)がその放送内容を監督・規制している。視聴率を調査する団体「BARB」によると、2007年度の多チャンネル視聴世帯の平均テレビ視聴率は、BBC1とBBC2の合計で28・5%、ITVが19・2%、チャンネル4が8・6%、ファイブが5・1%、その他が36・5%。(参考:BBC, 「NHKデータブック世界の放送2009」他)
―テレビ・ライセンス料の使い道内訳 (2008-2009年度)
総額:33億9600万ポンド(約5300億円)
―テレビ:23億3600万ンド(69%)
―ラジオ:5億8800万ポンド(17%)
―オンライン:1億7700万ポンド(5%)
―他:2億9500万ポンド(9%)
―テレビ・ライセンス料を毎月で割ると(2008-2009年度)
一ヶ月の総額:11.63ポンド(約1800円)
―テレビ:8ポンド
―ラジオ:2.01ポンド
―オンライン:0.61ポンド
―デジタル転換支援費用他:1.01ポンド
(資料:BBC年次報告書2008―2009年)
経営陣の経費が明るみに
冷たい視線を浴びたBBC
昨年夏、BBC(英国公共放送)の人気テレビ司会者ジョナサン・ロスとタレントのラッセル・ブランドが老舗俳優アンドリュー・サックスの留守番電話に失礼なジョークを残し、これをBBCのラジオ番組の中で放送するという事件があった。ロスの3ヶ月謹慎措置にまで発展した、いわゆる「サックスゲート」事件の勃発時、BBC経営陣のトップ、マーク・トンプソン会長はイタリア・シシリー島で休暇中だった。会長は家族と共に緊急帰国。この時、帰国費用の約2200ポンド(約35万円)を、会長は経費として請求していた。会長にしてみれば、仕事上の必要な経費だったが、これが国民の目に触れることになるとは想定していなかったに違いない。
6月末、情報公開法の請求に応じ、BBCは過去5年間の経営陣の経費使用の詳細を公開した。これでトンプソン会長の帰国費用をテレビ・ライセンス料支払い者が負担していたことが明るみに出て、国民を驚かせた。高額報酬で働くテレビ出演者たちに、経営陣らが頻繁に花や贈ったり、食事に連れて行ったことも発覚した。いずれも経営陣らは違法行為を働いたわけではない。しかし、5月にテレグラフ紙が報道した、下院議員の「灰色」経費リストと、BBCの経営陣による経費リストとが、国民の多くの目にはいささかダブって見えた。自分たちが払ったライセンス料が、例えば先の司会者ロスに100ポンドの花を贈るために、あるいは休暇からの帰国代交通費に使われていたのは、どうにも納得がいかないように見えるのだった。
7月中旬、視聴者の代表としてBBCの活動を検証する、「BBCトラスト」のマイケル・ライオンズ委員長は、不景気の折、巨額賞与を出すことはできないと考え、「経営陣への賞与支払いの凍結」を宣言した。ところが、委員長の報酬が前年比で30%上昇していたことで、せっかくの宣言も国民の不満を癒すのには役立たなかった。
委員長はパートタイム勤務で勤務日を増やしたために報酬も増加したが、それでも、21万3000ポンドはブラウン首相の約19万ポンドという給与よりも上に来る。トンプソン会長といえば総報酬は83万4000ポンドに上る。51万ポンドの報酬を得るジョナ・ベネット氏(テレビ部門担当)は、仕事中にバッグを盗まれ、今年2月、500ポンドの経費を請求していた(後、保険会社負担)。経営陣の報酬や経費の水準は、一般国民からすれば、相当かけ離れた額だった。
BBCが「潤沢なカネを不当に贅沢に使う放送局」という印象が広がってしまった背景にあるのは不景気だ。経営陣による経費の使い方や巨額報酬は財布の紐を締めざるを得ない国民の心理を逆なでした。また、不景気による広告収入の激減で、ライバル局となる民放は大きな打撃を受けている。資金難にあえぐ民放と安定したライセンス料収入を毎年得るBBCとの間の溝が広がっている。
BBC経営陣は「経費は全て正当化される」と強気だが、BBCのほかの従業員からも批判の声が上がり、四面楚歌状態だ。ライセンス料を他の放送局と共有する案やBBCの分割案に口実を与える経費・報酬問題となった。
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Lord Reith:リース卿(1889年―1971年)。
英国放送協会(BBC, British Broadcasting Corporation)の初代会長。英国公共放送の父とも言われる。1922年、BBCの前身となる英国放送会社(British Broadcasting Company Ltd.)のゼネラル・マネージャーとなる。1927年、現BBCの初代会長に就任する。BBCの役割は「学ばせ、情報を与え、楽しませる」ことと定義した。1938年、職を辞し、入閣。戦後は英連邦の通信監督庁のトップを初めとする重鎮的役職を歴任した。2006年に出版された娘が書いた伝記「My Father — Reith of the BBC」は、リース卿がナチドイツを賞賛し、何人もの若い愛人を持ち、20代には男性の恋人がいたことを暴露した。(こぼれ話だが、この経緯を私はある時、BBCテレビを見て知った。これを先日、知人らと話していたら、「英国のエリート層・富裕層の男性で権力を手にすると共に同性愛者でもあったケースは多い」というコメントがあった。)