小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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英国社会の「ソーシャル・モービリティー」―高給専門職は富裕層が独占

 高給ホワイトカラー職は富裕層出身者にほぼ独占され、雇用機会が社会全体に開かれていないー7月末、英政府の調査が明らかにした。貧富の差を解消する努力を歴代政府が続けてきたにも関わらず、1970年代以降、社会の流動性は低くなっていることが分った。「専門職への公正なアクセスに関わるパネル」の最終報告書「願望を解き放つ」の内容に注目した記事が、明日20日に出る「英国ニュースダイジェスト」(ウェブ版は18日発行)に掲載されている。以下はそれに若干補足したものである。

 日本と比較しておもしろいかもしれないのは、日本の場合、争点は女性になるのではないか(女性の社会進出度など)。英国では恵まれない家庭出身者にいかに機会を与えるかが争点となることが多い。

 それと、ちなみに報告書の中の「専門職」(Professional)とは:経営陣、管理職、エンジニア、研究員、医師、看護婦、裁判官、弁護士、政治家、ジャーナリスト他のことだ。

「ソーシャルモービリティー」と専門職 -政府調査が貧富の差をあらわに 

 出身家庭の社会・経済的環境が教育程度や貧富の差に結びつくと考えられている英国で、「やっぱり」と多くの国民が思うような調査結果が、先日発表された。アラン・ミルバーン元保健相がまとめた、「願望を解き放つー職への公正なアクセスに関わるパネルの最終報告」は、医師や弁護士などの高給を得る専門職が富裕な層にほぼ独占されている状況を明らかにした。

 パネルの調査は、今年1月、ブラウン首相がミルバーン氏が率いるパネルに依頼したもので、社会の流動性を促進するための戦略を記した「新たな機会白書」を受けて作成された。社会の流動性とは、ある家庭が社会のヒエラルキーの中で、上下に動くことを指すが、この報告書及び労働党がイメージするのは教育や職業によって、出身よりも上のヒエラルキーに移動することだ。

 報告書によると、私立校(この場合は「インディペンデント・スクール」、関連キーワード参照)で勉学する若者は全体の7%であるのに、裁判官の75%、金融業界経営陣の70%、弁護士の55%、トップジャーナリストの半数以上、高級官僚の45%が私立校出身者だった。また、給料が高い専門職の仕事、つまり医師、弁護士、会計士、銀行家などは世帯収入が平均より上の家庭出身だった。また、若者層の半数が低社会経済環境の家庭出身であるのに対し、大学進学者では29%で、トップクラスの大学で構成される「ラッセル・グループ」の大学では16%のみとなっている。

―エリート化の背景

 何故大学や高給ホワイトカラー職から低社会経済層の家庭の人材が阻害されているのだろう?パネルの報告によれば、子供の大学進学を考える割合が低社会経済層の場合、中流以上の家庭と比較して低い。雇用過程においては、既に勤務している専門職の人材と同様の人材を採用する傾向があること、大学卒を条件とすることや職の見習い制度が候補者のコネを通じて行われている傾向が強いためだ。

 ミルバーン氏自身は、貧困の代名詞ともされるカウンシルハウスで育ち、下院議員になった。社会的流動性を自ら具現化した人物だ。「大きな社会的流動性の波」が起きるべきという訴えに熱がこもる。「この調査で最も個人的に衝撃だったのは、多くの若者が『自分たちには無理だ』と考えていたことだ」。高給の専門職を親に持つ子供の2人に一人は自分も専門職に就くことを考えるが、平均所得の家庭の場合は、専門職就職を希望する子供は6人に一人に減ってしまう。「全員が医師や弁護士になればいいというのではない。しかし、能力や願望を持つ子供たちを何とかしたいと思った」。

 家庭の社会経済状況に関わらず、全ての子供に機会を与えたいーそんな思いを形にした報告書は、小中学校から職歴の選択を広く捕らえ、志を高くするための個人教授制度、コミュニケーション能力など「ソフト・スキル」の伝授計画、大学では親の元で暮らす学生に学費免除制度、就職には公正な職の見習い制度の実施などを含む、88の推薦事項を列記した。

 将来、ホワイトカラーの専門職はこれまで以上に増える見込みで、この需要を満たすためにも採用の網を広げておかないと、中国やインドに負けるという危機感も政府内に共有されているという。果たして英国は、ミルバーン報告の提言で社会的流動性を高め、より活気ある社会に変われるだろうか?

―報告書要旨

調査結果
―将来は90%の職が専門職となる。
―専門職従事者の半分以上が、学生全体の7%しか行かないインディペンデント・スクールで教育を受けている。
―1970年代以降、専門職従事者を生み出す世帯の収入と平均世帯収入の開きが大きくなっている。ジャーナリスト、会計士は世帯収入の多い家庭出身者の割合が特に高く、排他的職業となっている。

主な推薦事項
―社会的流動性の促進を現政権の及び将来の政府の社会政策の中で最優先事項とする。
―小学校から将来の仕事に関する支援を行う。
―毎年、大学入学者の社会的背景の詳細を発表する。
―自宅に住む学生や25歳以上の学生に学費免除などの支援策を取る
―企業の職見習い制度では、幅広い層から公正に人を探す。
―政府組織は社会の幅広い層から人員を採用する方針を率先して実行する。
―「生涯教育口座」を通して、最大5000ポンド(約810万円)の教育クーポンを発行し、再教育の機会を支援する。

―関連キーワード

Independent school: インディペンデント・スクール。運営のための財源を国や地方自治体に頼らず、授業料や寄付金などでまかなう、私立学校の一種。名門イートン校やラグビー校などの「パブリックスクール」(中世以来の伝統をもつ私立の中等教育学校。大部分は寄宿制)が著名。一般校では教職員の学位や免状に関して政府や組合が規定するのに対し、インディペンデント・スクールは独自の条件下で優秀と認めた者を雇用できる。親が学費を負担するので、「学費を払う学校」と呼ばれることもある。私学教育の代名詞としても使われ、子供をインディペンデント・スクールに送ることができる親は中流以上で一定の資産があると解釈される。
by polimediauk | 2009-08-19 18:24 | 英国事情