政治とメディア

日本の記者会見開放+英国政治とメディアからの雑感

 民主党政権が成立し、官邸会見などが開放される、つまりはフリーの記者を含めた、記者クラブ所属以外の記者が出席可能になる・・・と聞いていたところ、実は必ずしもそうではなかったことが分り、ここ数日、ネットを騒がせているようだ。

 9月19日JCASTニュースによれば、岡田外相がフリーも含め、外務省の会見を開放することにした、とあった。その影には「ツイッター」を通じての民主党議員のつぶやきも影響したの「かも」しれない。

 http://www.j-cast.com/2009/09/19050063.html

 私自身、この問題が今後どのように発展するのか、注目している。しかし、ヘンだなあと思うことがいろいろあって、これをどう表現したら良いだろうかと思っているうちに時間が過ぎてしまう。

 このブログを前から読んでいる方はご存知のように、私は日本新聞協会の「協会報」にしばしば寄稿している、ということをここで改めて書いておきたい。現行の記者クラブ制度と私は直接には関係ないのだけれども。また、新聞社勤務時代に、当時の文部省クラブに非常勤で時々出かけ、会見・ブリーフィングに出席していた。

 そこで考えるのだけれど、まず「日本だけに特異の状況」と考えるのがピンとこない。英国にもロビー記者制度がある。かなりエクスクルーシブである(議会記者証を持った人がロビー記者に)。「記者クラブ以外の人をいれたほうが議論が活発化する」というのもピンと来ないのだ。英国の官邸会見(というか、ブリーフィング)がロビー記者以外にも開放された時(2002年だったと思う)、「丁々発止の、実のある議論がこれでできなくなった」と嘆いたのはあるベテラン政治記者だった・・・。それと、今、おそらく英国で最も影響力のある政治ジャーナリスト(の1人)はブロガーだ。会見・ブリーフィングに出ても、ネタはつかめないのだ・・・と英国では考えるように思う。

 といっても、問題はまったく別のところにあるのだろうと思う。前に青少年に害をもたらすポルノ素材のネット規制問題があって、日本で大きな反対論(主にネット関係者?)があったが、これも英国に住んでいる身としてはどうしてもピンと来なかった。背景となる文化や論点、感じ方が全く違うのだろう。

 ちなみに、英国では「自分はジャーナリスト」と言えば、基本的に政府に限らずどこの団体・組織の会見・ブリーフィングにも出れる。原則的にはだが。政府省庁ではセキュリティー・チェックが必要な場合、記者証・プレスカード(写真付)を入り口で出すよう求められる。私自身、外国プレス協会を通じて英政府が承認した記者証を持っているので、便利である。ところが、この間、日本人のフリーのジャーナリストのある人から聞いたところ、日本ではこのプレスカードを持っている人と言うのが少ないようだ(!?)。

 英国では「自分はジャーナリスト」と言えばどこでも入れるし(逆に敬遠されることも)、取材もできるが、日本では、政府会見に限らず、そういう土壌がないのではないか?特に「フリーのジャーナリスト」あるいは「ネット・ジャーナリスト」といったら、うさん臭い目で見られる上に、取材拒否の目にあう可能性もあるのではないか?

 実際、「ジャーナリスト」という言葉さえも、「なにやら気取った言葉」として受け止められているぐらいのようだから。

 さらに「自分はどこそこ(組織名)の何々です」といわないと、信用してもらえないという面もあるのではないか?

 大雑把な言い方だが、英国では、「自分が自分であること」で十分と思われる・・・ように思う。例えば、パーティーなどで見知らぬ人と会った時に自分の説明をする時、「小林恭子」だけでいいし、その用途によって、これに「ジャーナリスト」と加える、と。それだけでもう何も付け足す必要はない。さらにもし付け加えるとすれば、「xxという媒体に書いている」とか、寄稿先を追加情報として出すだけでいい(ただし、外国人ジャーナリストの場合、媒体名を言ってもどうせ相手にはわからないのであまり意味がないこともあるが)。職業がその人の生活の中心である場合は職業を付け足すが、例えば組織名を出す=組織に従属している、妻だとか子供が何人いるとかを必ず説明する(=夫あるいは子供との関係性で自分を定義する)必要はない。何かに従属している・属している・関係性を持っている・・・という話よりも、まずは「自分は自分である」と。

 ・・・ずい分とメディアの話からずれてしまったけれども。

 そして、現在の日本の議論からはかなり(大幅に?)ずれたたわ言になることをお許しいただきたいが、まず「完璧に開放状態になった」という状況を想定してみていただきたい。英国の例を見ると、政治報道だけに限ると、表面的には「誰でもいらっしゃい」なのだが、実際にはやはり、というか、「特定のお気に入りの記者に政治家が故意に情報を流す」のが多い。電話一本で、広報官が特定の政治記者に情報を与えるわけである。由々しき状態である。しかし、「電話をするな」ともいえないのである。醜い・汚い状況である。会見・ブリーフィングの全てをテレビ放映するよう求めるジャーナリストたちもいる。

 会見が完全に開放されても、次の戦いが待っている・・・そんなことを英国の状況を見て感じるのである
by polimediauk | 2009-09-19 23:03 | 政治とメディア

ジャーナリズムの話いろいろ+欧州事情も


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