小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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英編集者会議―こんなにも変わった

 15日から17日まで、英国の新聞や放送業界の編集幹部がメンバーとなる「ソサエティー・オブ・エディターズ」の会議(年次大会)に出ていた。今年のテーマは「ファイトバック:反撃する」だった。つまり、部数の下落や広告収入の減少で困っている業界で、ぐだぐだ悩むだけでなく、状況を変えるために能動的に動こう、というわけだ。

http://www.societyofeditors.co.uk/

 1年前と比べて、「ずい分雰囲気が変わったなあ」と思った。昨年は「困った、どうしよう」というオロオロ感、「もうだめだ」という悲壮感、「こんなにしてくれたお前が憎い」という敵対心(例えば無料でニュースを出すBBCなど)が充満していた。それが、今回は「反撃」である。実際にどうやって生き延びるかという道を、具体的に共有しよう、必要であれば自分自身が変わろう、どんな手法も禁じずにやってみよう・・・というアクティブな動きが一杯だった。決して事態が好転したわけではない。むしろ不景気は続いているのだが、変われば変わるものだ。

 また、この会議の報道そのものも変わった。つまり、大手メディアが直ぐ報じるのはこれまでと変わらないとしても、ずい分スピードが速くなった。例えば、会場の片隅に報道記者たちが集まって、ラップトップを使って、原稿をどんどん打ち込んでいくと同時に、ツイッターでの情報発信をしてゆく。原稿でなく、ツイッターだけのためにラップトップを開いている人も何人かいた。

 自分自身も、1年前とは様変わり。当時、私は主に自宅で書くことが多いので携帯電話を電話以外の機能では殆ど使っていなかった。第一、キー操作が面倒くさくて(言葉を打ち込みにくい)、日本でやっていた携帯メールをほぼ完全にやめていた。今年は、アイフォーンを買ったので、会場ではツイッターで他の人のつぶやきを読んだり、自分で打ち込んでいた。退屈な議論の時には(政治家のスピーチ!)、携帯からメディア記事をネットで読んでいた。

 主催者のソサエティー・オブ・エディターズも、会議の経過をどんどん記事にして、演説の原稿や、プレゼンで使われた資料をウェブサイトに載せていった(書く方としては、これが非常に助かるーまた、来れなかった人も、主要な動きが分るわけである)。

 最後のセッションでは、たまたま、ガーディアン記者の隣に座っていた。ここではウェブサイトの課金の是非に関しての議論となったが、タイムズのハーディング編集長が来春からの課金を改めて話し出したのが午前10時ごろ。記者は、セッション中はノートにメモを取ったり、PCに原稿を打ち込み、携帯で社のデスクあるいは同僚と話していたようだった。セッションが終わったのが11時少し前。後で確認したら、12時少し過ぎには結構長い記事がアップされていた。事前にスピーチ原稿をもらえていたとしたら、予定稿を作っていたかもしれない。それでも、その記者個人の力量というよりも、私はウェブに載るまでの編集プロセスのすばやさに驚いた。前にテレグラフで話を聞いたときのことを思い出すと、おそらく、この原稿に関わっていたのは、最低3人ぐらいかもしれない。記者とデスク、実際にシステムに送る人。もしかしたら、デスクが直接送っているとしたら、2人だけかも。

 そして、これだけでなく、この記者は別の記事もほぼ同時にやっていた。それも、朝、聞いたばかりのトピックだ。私がいたテーブルには、元ガーディアンの編集長のピーター・プレストン氏がいたが、セッションが始まる数分前、つまりは9時25分頃、プレストン氏がこの記者に向かって、「アラン(ラスブリジャー現編集長)が辞めたよー報道苦情委員会の倫理問題グループから」、とささやいたのである。「今朝、電話があったんだよ」と。この報道苦情委員会問題は別の機会に書きたいが、夏にガーディアンが報道した盗聴疑惑問題を巡り、報道苦情委員会とガーディアンとの間が険悪になっていた。いろいろあって、抗議のためにラスブリジャー編集長は辞めたようだ。すると、この記者はメモを取り出し、同時にセッションが始まり、終わり、タイムズの課金の話を書きながらも、この辞任事件のフォローアップをしていたようだ。サイトを見ると、午後2時にこの記事が出ていた。

 とにかく、記者は忙しいし、ウェブサイトがあるので、忙しさが増大しているのである。どんどんやらないと間に合わないし、ツイッターで出てしまう。でなければ、噂を聞いたライバル紙が書いて、サイトに出してしまうのだ。

 会議の実際の内容は後で詳しく書きたいが、今年の大会に出席してみて、しみじみ思ったのは、来年はまたずい分変わっているだろうな、と。英国メディアには悲観論が多いのだが、意外としぶとく、より強く、いい意味の競争が働いて、変貌を遂げているかもしれないー。明るい気持ちになった。(ただ、地方紙で人員削減の対象になった記者は、他に記者職として働けるところがないので、タクシーの運転手や全く違う職場で働くか、失業状態になっているという・・・。一般的に、大手メディア企業を辞めた場合、フリーではなかなか食っていけないので、「メディアコンサルタント」になる人が多いと聞いたー不景気の前の話だが。)
by polimediauk | 2009-11-20 00:57 | 新聞業界