新聞業界

「2重差し止め」とガーディアン 「新聞協会報」より

 報道のサイクル、あるいは日常生活のサイクルが以前より早くなっているとしたら、あまりゆっくり考えたり、分析したりする時間がなくて、どんどん情報を出せねばならない事態が発生する。自分がある程度知っていることならば、あまり時間をかけずに情報は出せるのだが、何だか複雑な話だと、結構手間取る。また、自分が知っているはずのことであっても、確認してみると新しい事実が出てくることもある。最近、しみじみと「調べれば調べるほど・・」と思ったトピックがいくつか、あった。そのうちの1つが以下のことだった。

 先月、ツイッター上で「Trafigura」(トラフィギューラ、トラフィギュラ)という名前が頻繁に出たことがあった。環境問題に関心のある方で既に知っている方もいたのだろうが、一般的にはそれほど知名度が高くなかった。それが、ガーディアン紙が英議会報道とかませて報道した後、一気に知られるようになった。

 トラフィギュラのこれまでの報道の文脈は、アフリカ・コートジボワールでの毒性が高いとされる汚染物廃棄事件がらみだ。「毒性が高い」という側と「いや、そうではなかった」という側とが相反する。

 ガーディアンとトラフィギュラ社は、この廃棄物の危険度に関わる報告書(「ミントン報告書」)の掲載を巡って、弁護士をはさんで戦ってきた。会社側はこの報告書は「現地調査をしていない、単なる理論であり、ドラフトだ」とし、ガーディアン側はそれでも報道しようとした。現在は、英文ウイキペディアなどを通じてミントン報告が読める。他、関連資料もガーディアンを通じて読める。

 ガーディアンとトラフィギュラ社の裁判は、同社の「報道差し止め」が消えたので、とりあえず一件落着した。しかし、BBCとはまだ裁判が続いていると聞いた(10月末時点)。BBCはニューズナイトという番組でこのトピックを扱い、トラフィギュラ社は内容の訂正、謝罪、賠償金支払いを求めているのだ。

 トラフィギュラ事件をメディアの視点から「新聞協会報」(11月10日付)に書いた。以下はこれに若干補足したものである。

英ガーディアン紙の廃棄物汚染事件報道
 高等法院が2重に差し止め
-代わりにネットが暴露
 

 9月に英高級紙ガーディアンが、高等法院の命令によって廃棄物汚染事件の報告書に関する報道を差し止められた上、この命令が出ている事実を報じることも禁じられた。これを問題視した議員が10月、議会での審議を提案すると、命令によって議案内容を詳報できない同紙に代わってネット媒体が暴露し、報道差し止めは解除された。ネットの威力が発揮される一方で、ガーディアン紙は議会の議案内容を詳報できないという、国民の知る権利を侵害するともいえる事態が発生したことで、メディア界に大きな衝撃を与えた。

 差し止めとなったのは、多国籍石油取引大手トラフィギュラが3年前にコートジボワールに廃棄した有毒物の報告書に関する報道。報告書は、トラフィギュラ社が調査会社に依頼して作成され、人体や環境に対する影響を分析した。廃棄物は高毒性で、場合によっては死に至る可能性もあることを指摘していた。

 コートジボワールでは約3万人が頭痛や重度のやけど、肺不全などを患い、同社を相手取り集団訴訟を起こしていた。

 トラフィギュラ社は報告書の公表を見送っていたが、ガーディアン紙は今年、この報告書を極秘に入手。トラフィギュラ社は同紙が「違法に入手した極秘」報告書の掲載を停止させるため提訴した。ガーディアン紙は、報道には「公益性がある」として反論していた。

 高等法院は9月11日、「報道の公益性がない」などと述べ、報告書に関する報道の差し止めを命令。同時に、報告書の内容が公表されればトラフィギュラ社に重大な悪影響をもたらすとの理由から、同社の名称を判決文で匿名化するとともに、差し止め命令が出ている事実を報道することも禁じた。二重の報道差し止めとなったことから、後者は「超報道差し止め命令」と呼ばれている。命令を無視して報じた場合、ガーディアン紙側は法廷侮辱の罪で禁固刑もあり得る事態となった。

 高等法院の命令を問題視した下院議員が10月12日、議会での審議を提案したところ、命令によってこの議案内容を詳報できないガーディアン紙は同日午後8時30分すぎ、自紙のサイトに同紙が「議会報道の差し止めを受けた」と題する記事を掲載。「ある議員がある議案に関して、議会での審議を提案したが、報道差し止め命令により、この議員名や議案内容を報道できない」と一報した。

 この報道の直後に、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)「ツイッター」の利用者やブロガーらが、議員名や議案内容を議会のサイトなどから突き止め、ウェブ上で情報発信を開始。超差し止め命令は事実上無効となり、第一報が出た翌日(13日)に解除された。また、報告書自体の報道差し止め命令も16日に解除された

 今回の事件であらためて注目を集めたのが、ネットによる情報発信の威力と、個人あるいは企業に関する差し止め命令が、関係者にとって都合の悪い事実を暴く調査報道にとって大きな脅威となる点だ。関係者情報や差し止め命令の発令自体の報道も禁じる超差し止め命令は、事件を完全に闇に葬ってしまう。

 こうした超差し止め命令は、これまで主に養子問題など家裁が扱う事例で発令されてきたが、ここ10年ほどは企業や個人の名誉棄損やプライバシー保護からの発令が増えた。ガーディアン紙に対しては2006年に6件、昨年は5件、今年は現在までに12件の超報道差し止め命令が出されている。

 (補足):他の報道機関は一体どうしていたのか?という疑問がわくかもしれない。他紙とBBCは基本的に13日の昼、超差し止め令が解除されてから報道を開始。新聞の紙は14日付けからになった。一方、保守系週刊誌「スペクテーター」はウェブサイト上で、12日、これを報道。また、政治風刺の週刊誌「プライベートアイ」は12日発行分で議員が何を質問するかなどを書いた雑誌を発行。英議会ではどの議員が何について質問するかを出版しているが、これにも既に書かれていた。それと、ガーディアンのラスブリジャー編集長がツイッターで超差し止めのことをつぶやいていたそうである。

 BBCのウェブサイトのどこかで読んだのだが、BBCあるいは他紙がこの件・経緯について事前に全く知らなかったどうかは分らないのだが、いずれにせよ、1つのメディアに報道禁止令が出ていた場合、他の報道機関が「これを知りながら無視して報道した場合」、何らかの罰則が下るもののようだ。例えば、今回は法廷侮辱罪になるかもしれなかったわけなので、他紙も、もし報道すれば、同様の措置になる可能性があった。ラスブリジャー編集長は侮辱罪となれば「無限の罰金と禁固刑」の恐れがあるとして、「差し止め令を無視できなかった」とBBCのラジオ番組で語っていた。

 そして、何故「議会で質問が?」という件だが、質問をした議員は、ガーディアンのトラフィギュラ報道の記者と懇意の仲で、「質問をしてくれ」と直接お願いしたかどうかは不明だが、決して偶然ではなかった。そこまでしないと、やはり差し止め令は解除されないのだろうと感じた。
by polimediauk | 2009-11-23 05:31 | 新聞業界

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