ブレア首相の手書きの手紙
お金のためには・・・
5月5日がイギリスの総選挙の日と決まり、早速各政党が選挙戦を開始した。
イギリスのテレビ放送には、衛星放送(スカイなど)を除き公共放送としての枠があり、公正な報道をすることが課されている。新聞にはこうしたしばりはなく、結構露骨に特定の政党に肩入れをしているような報道が行われている。どの政治家、政党がどれだけ大きく、あるいは肯定的に報道されるかで、新聞の姿勢が分かってしまう。その点は、非常に分かりやすいとも言える。
高級紙の中でも最もその政治姿勢が明らかなのは、現在野党第一党となっている保守党寄りの新聞デイリーテレグラフだ。高級紙というのは、日本でいうと全国紙にあたる。デイリーテレグラフは高級紙の中では一番発行部数が多く、約90万部ほど。
タイムズは現在メディア王ルパート・マードック氏が所有しており、ブレア政権支持。かといって、政権批判の記事もよく載せる。発行部数は65万部ほど。
リベラル・レフトのガーディアンは40万部弱ほど。イラク戦争が違法だったのではないか、という報道を随分続けていたが、労働党、ブレア政権寄りに見える。ブレア氏の側近ピーター・マンデルソン氏のちょっとしたスピーチなどを大きく掲載するなどの特別扱いに、個人的には不快感を感じている。
ラジカル・レフトのインディペンデントは25万ほど。高級紙の中では最も歴史が浅い(1986年創刊)。もし労働党政権になったら、ブレア氏でなく、今大蔵大臣のゴードン・ブラウン氏を支援すると編集長が公言している。特にイラク戦争に反対の編集方針を強く打ち出してきたが、それでも、少なくとも保守党支持ではない。
ゴシップ記事が満載だが良質の記事もたまにあるタブロイド紙は、人気が高い。例えば同じくマードック氏が所有するサン紙は発行部数300万部。部数の桁が違うのだ。
マードック氏はブレア政権を支持してきたので、サンもブレア支持。1997年、労働党が勝利したとき、勝てたのはサンのおかげだ、とする見出しをつけた新聞を出した。
―醜い構図
さて、それぞれの新聞がそれぞれの信条から政治家、政党を支持する姿勢を出すのは、それ自体は悪いことではないのかもしれない。
しかし、過度のスキャンダル報道で政治家を辞任に追い込むことができる力を持つ新聞、特にタブロイド紙だが、政治家はいつも犠牲者ではなく、自分たちの目的を果たすー政策を浸透させたい、ある噂を流したい、政敵を倒したい、自分たちの宣伝をしたい、特定のターゲットの人々の得票率をあげたいーために、露骨に新聞を利用する。
つまり、新聞が、宣伝紙、機関紙になる。
政権側と「いい関係」を築けば、もっと情報がもらえる、もっとスクープのネタがもらえる・・・。スクープが欲しかったら、発行部数を増やしたかったら、政治家といい関係を持っていることは利点なのだ。
イギリスの読者は、すべてを「承知の上で」新聞を読む。宣伝紙、機関紙になっていることを、承知の上で読む。
しかし、それにしても、露骨だ。「票が欲しい政治家」と「部数を増やしたい新聞側」が、お金のために結びつく、という構図だ。ジャーナリズムがどうあるべきか?などという議論は吹っ飛んでしまう。
そんな例は限りないが、今日も1つ目撃した。
タブロイド紙の1つデイリーミラー。この新聞も徹底したイラク戦争反対の態度を長らく取り続けてきた。しかし、発行部数は減少の一途をたどっていた。イラクのアブグレーブ刑務所で、米軍によるイラク人への虐待事件が起きたが、まもなくして、イギリス兵も同様のことをしていたのではないか?という疑惑がおきた。
「イギリス兵はこんなことをしていた!」という記事を出したのがデイリーミラーだった。イギリス兵の一人が、頭に頭巾をかぶったイラク人に、尿をひっかけている衝撃的な写真が1面に載った。実はこの写真はやらせだった。
この事件の責任をとるため、編集長のピアス・モーガン氏は解雇された。(最近出した自著の中で、戦争前後から、ブレア首相と個人的にも親しかったことを暴露した。相手を批判しながらも、実は同じグループの中での一種の遊びだったのだと分かる瞬間だった。)
本日付のデイリーミラーの1面は、ブレア首相の手書きの手紙の文面だった。中をめくると、ミラーの読者に向けての5ページにわたる手紙になっており、労働党に投票してほしい、というもの。「ミラーの読者へ。みなさんとみなさんの家族のサポートと決意のおかげで、1997年、18年間にわたる保守党政権が終わり、労働党が政権を取ることができました・・・」と語りかけている。300語以内で、ブレア氏に手紙を書こう!というコラムもついている。
反ブレア政権という編集方針は、もう終わったというメッセージのように見える。ミラー独自の信条などは、全くないといっていいだろう。今手を結んだ方がお互いに利点があるからそうしたのだろう。
例えばデイリーミラーのような媒体を、「新聞」と読んでいいのだろうかと疑問が湧く。
高級紙はこれほど露骨ではないが、「中立」であることを目指さないイギリスの新聞では、自分で情報を判断することが非常に重要となる。
それにしても、いくら新聞が宣伝紙となることがあると、「承知していても」、突然新聞のスタンスが正反対に変わり、明らかにそれが発行部数拡大のためのなりふり構わない行動であることが見えたとき、一体、お金を出してこんな新聞を買う必要はあるのだろうか?と思う。
最終的に、馬鹿にされているのは読者だと思ってしまう。