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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

英総選挙 テレビ・ジャーナリズムの一つの死

 英国の主要3政党の党首によるテレビ討論は、最後の3回目(29日の夜放送、BBC)を残すところとなった。

 1回目(15日)、2回目(22日)と見てきて、テレビ討論の話題が政治報道や政治談議の中心になっていることに気付く。4週間の選挙戦で、毎週テレビ討論があるのだから、それも仕方ないのかもしれない。

 とにかくも一種のフィーバー状態だ。テレビ局は番組放映直後から「誰が討論に勝ったか」の調査を行い、これをすぐ発表する。テレビスタジオには各政党の代表者を呼んであるので、すぐに「どうだったか」のコメントが流れる。また、BBCはスタジオに有権者を招き、黒いコントローラーを与え、番組を視聴してもらいながら、党首の発言で「好ましい、好ましくない」などの感想を持ったら、これをコントーラーに入力してもらう、という試みを行った。番組が終わって、反応をたどると、どの発言で視聴者の評価が上下したかが分かるのだ。

 翌日の新聞はテレビ討論の様子の批評・分析をこれでもか!とかき立て、著名人や有権者の一部がどう思ったかも記事化する。

 あまりにもテレビ討論が話題の中心になり、支持率がテレビ討論でのパフォーマンス(実体がないという意味での「パフォーマンス」ということでなく、本当にどう発言し、振る舞ったかなどのシンプルな意味)によって上下することに危機感を抱いた労働党は、おそらく討論後の調査で労働党及びブラウン首相がいつも低い位置にあるので不満を持ったのか、BBC,ITV、チャンネル4に対し、「もっと政策の分析に時間を割いてほしい」とお願いしたそうなのである。

http://www.guardian.co.uk/politics/2010/apr/25/media-coverage-election-policies-personalities

 労働党の苦し紛れの動きかなとも言えるし、笑って済ますこともできるのだが、しかし、少し別の視点から見ると、「テレビを見るだけでは、本質が見えてこない」「本当に知りたいことが伝わってこない」ような状況があることに気付いた。

 自民党のニック・クレッグ党首は与党労働党と第1野党・保守党を「古い政党」として、これまでの政治のやり方(例えば2大政党制を当たり前として疑わないとか)を変えることを提唱しているが、実は「古い」のは政治だけでなく、政治メディアもそうなのでは、と思ったのである。

 既存メディアや政治報道が全部ダメというのでは、もちろんない。もっと狭義の、つまりは著名な・やり手のテレビの政治ジャーナリストたちが、政治家をきちんと追及できていない、ということなのだ。

 その証拠は、先のBBCのジェレミー・パックスマン氏によるクレッグ氏のインタビュー、それからその後に行われた、同じくパックスマン氏による今度は保守党党首デービッド・キャメロン氏のインタビュー。それに、25日のBBCのアンドリュー・マー氏によるクレッグ氏のインタビューである。

―英国内でないとフル・インタビューは見れないので恐縮だが、以下に挙げておきたい。今週の土曜(30日)まで視聴可能。
http://www.bbc.co.uk/programmes/b0080bbs/episodes/player
―ほんの4分半ほどだが、インタビューの一部は以下-これはどこでも見れるはず。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/election_2010/8642447.stm

 クレッグ氏やキャメロン氏へのインタビューを担当したのは、BBCの中でも政治家へのインタビューに関して「プロ」と言われるパックスマン氏とマー氏。マー氏はスクープもたくさん出している。ところが、この二人と比べても、若き政治家たちの方が、「非常に頭がよく、情報量が最新で深く、相手を感心させるやり方を知っている」。

 このため、「政治家の論理のすきを突き、相手をぎゃふんと言わせて本音・真実を引き出す」というこれまでのやり方がうまくいかない。

 これはある意味、怖いことでもある。ジャーナリストが政治家をやり込められないのだから。政治家がメディアより強くて、言いたいことを言いたいように言えてしまう。有能ジャーナリストが全く歯が立たない感じになるとは、驚きだ。

 そんなことを薄々思っていたら、今日のデイリー・テレグラフで、コラムニストのチャールズ・ムーア氏がテレビの政治ジャーナリズムの限界について書いていた。

「選挙のインタビューの奇妙な死」
http://www.telegraph.co.uk/comment/columnists/charlesmoore/7633411/General-Election-2010-The-strange-death-of-the-election-interview.html

 数々の政治家のインタビューをテレビで追って、その中に出てくる真実を発見しようとする作業はもう必要ないー極端に言えば、木曜日(テレビ討論の行われる日)にテレビの前に座っているだけでいい、とムーア氏は言う。どうせテレビのインタビューで出る「発見」は既にロビー記者を通して出ているし、新聞のインタビュー記事に載っているのだからーというのが概要だ。

 相当に勉強していないと、クレッグ、キャメロン級の政治家には勝てない、パックスマン氏やマー氏でさえもーやっぱりメディアとしては危機だと思う。
by polimediauk | 2010-04-27 00:27 | 政治とメディア