小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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英地方紙と地方自治体が発行する新聞との危ない関係 -「新聞研究」より

 英総選挙は、結局、全議席650(ただし確定は649議席―候補者が亡くなり、1議席は27日に投票)の中で、保守党が306、労働党が258、自由民主党が57となった。残りは他政党か無所属である。環境問題を最優先するグリーン党が1議席を獲得した。

BBC
http://news.bbc.co.uk/1/shared/election2010/results/

毎日新聞記事
http://mainichi.jp/photo/archive/news/2010/05/07/20100508k0000m030042000c.html

 どの政党も過半数に達しないため、最大の議席数を獲得した保守党が自民党と政権を発足させるのかどうか、交渉が続いている。保守党キャメロン党首がクレッグ自民党党首に声をかけ、ブラウン首相・労働党党首もクレッグ氏に「一緒に連立を組まないか?」と呼びかけており、二人の愛人の間で揺れるクレッグ氏・・といった構図になっている。第3者的に見ると、ややコミカルな雰囲気もあるが(キャメロン、ブラウン氏ともに、クレッグ氏にラブコール)、交渉は「閉じられたドア」の向こうで行われているため、国民の間には焦燥感もある。

 本当に、まったくバラバラで、国内が割れている感じがする。月曜日までには保守党・自民党の側から何らかの声明文が出ると言われている。

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 ここ10年余ほど、ロンドうンを中心に広がったのが、英国の無料紙(この場合は一般有料紙が主とするニュースを扱い、有料紙と対抗するもの)だ。英国ばかりか欧州他国でも人気となった。しかし、景気動向の変化で広告収入が減少し、例えばロンドン内では2つの無料夕刊紙が廃刊となった。(逆に、有料夕刊紙だったイブニング・スタンダードが無料に。)

 有料紙にとってはほっと一息と思いきや、今ライバル視されているのが、地方自治体が発行する無料紙の存在だ

 この問題について、日本新聞協会が発行する月刊誌「新聞研究」5月号の「メディア・スコープ」欄に書いた。以下はそれに若干付け足したものである。

http://www.pressnet.or.jp/publication/kenkyu/100501_496.htm

英地方自治体が新聞を発行 ―地方紙が「民業圧迫」と非難

―有料紙の領域にも進出

 広告収入と販売部数の減少というダブルパンチに悩む英国の地方紙が、近ごろ、新たな「敵」に頭を悩ませている。地方自治体(=councilカウンシル)が発行する無料の新聞(council-run newspapers)だ。

 地方自治体のロビー団体、地方自治体協会の昨年の調査によると、イングランド地方の199の地方自治体の94%が無料情報紙・雑誌を発行している。そのほとんどは自治体からのお知らせを伝える数ページの広報媒体だが、都市部を中心とした一部の地方自治体の発行物にはテレビの番組表、スポーツ情報など、有料地方紙が扱うような充実したコンテンツが掲載されており、まさに「新聞」となっている。季刊、月刊、隔週刊、週刊など発行頻度にはばらつきがある。

 地方自治体の活動を監視する自治体監査委員会の今年1月発表の調査では、無料新聞を発行するイングランドの自治体の47%が民間企業の広告を紙上に掲載しており、広告に収入源を頼る地方紙にとって、大きな脅威となっている。ジャーナリズムの面からは、自治体を批判する記事が出ないなど政治上の中立性を保てない問題が指摘されている。その一方で、地方紙が埋めきれない穴(裁判や議会報道)を自治体発行の新聞が埋めるという構図もある。

 自治体が広報紙を出すのは地域や自治体に関わる情報を住民に通知し、住民からの意見を自治体の活動に反映させるためだ。地方自治体協会は住民とのコミュニケーションの一方法として、新聞や雑誌などの広報媒体の発行を奨励してきた。

 自治体発行の新聞を地方紙が脅威と見なす背景には、地方紙自体の窮状がある。

 読者の新聞離れ、インターネットの普及、「メトロ」などの無料紙の人気など、昨今のメディア環境の激変で新聞紙の販売部数は下落が続く。2008年秋の世界的金融危機以降は、広告収入の減少が加速化した。全国紙に比べて地方紙は広告収入に依存(広告収入と販売収入の比率はほぼ80対20、全国紙は半々に近い)してきたために、衝撃が大きい。好景気に集中していた不動産、雇用、自動車などの案内広告が不景気で大幅に減少し、これまでにない厳しい経営事情に直面することになった。

 地方紙を発行する大手3社(ジョンストン・プレス、ノースクリフ・メディア、トリニティー・ミラーの地方紙部門)の2009年の広告収入は、前年比で平均26-30%下落し、総収入でも20%前後下落した。

 09年の地方紙主要86紙の発行部数は270万部で、前年より平均7・2%減となった(英新聞雑誌部数公査機構調べ)。約1300の地方紙が加盟するニューズペーパ・ソセエティーの調査によると、昨年廃刊となった地方紙は60紙を数え、2007年では4万1000年を雇用していた地方紙業界はその1年後には3万5000人に減少した。その後も大幅人員削減の波が衰えていない。

―反撃のキャンペーン

 今年3月末、トリニティー・ミラー社は、西ロンドンの地方自治体が発行する新聞を廃刊に追い込むため、2週間に渡るキャンペーンを繰り広げた。「正当な新聞を、プロパガンダはダメだ」というスローガンが書かれたポスターを街中に貼り、同社が発行する週刊新聞フルハム・アンド・ハマースミス・クロニクル紙上で、地方自治体が隔週で発行するh&fニュース紙の発行を停止させるための署名を募った。一部80頁のh&fニュース紙は、地域に住む18万人の住民に無料で配布されている。有料だったクロニクル紙は、これに対抗するため、今年1月無料化を余儀なくされた。クロニクル紙のキャンペーンは切羽詰まった地方紙の姿を現していた。

 東ロンドンのハックニー自治体が1993年から配布してきた無料新聞イーストエンド・ライフ紙(発行部数、毎週9万9000部)は、裁判報道からスポーツ、テレビの番組表、広告など、地元有料日刊紙が扱うようなコンテンツが掲載されている。地元の有料紙イースト・ロンドン・アドバタイザー紙の発行部数は、イーストエンド・ライフ紙の創刊時、2万部だった。現在は7500部に減少し、その存続が風前の灯となっている。

 アドバタイザー紙の急落の原因の1つに、大量に提供される無料ニュースの存在がある。速報や動画など充実したコンテンツを提供するBBCのニュースサイト、毎朝、駅構内で入手できる朝刊無料紙メトロなど、どこでもニュースが無料で読める・見れる状況に人々はすっかり慣れてしまった。イーストエンド・ライフ紙は週刊だが、無料で、しかもこれが自宅に届くので、有料のアドバタイザー紙を買ってもらうには、相当の動機づけの創出が必要となる。「お金を払って、紙の新聞を買う」という行為そのものが廃れつつある中、どの地方紙も苦しい戦いを強いられている。

―公正取引庁の調査の行方

 ニューズペーパ-・ソサエティーは、自治体による無料紙発行を抑止するため、政府に対してロビー活動を行ってきた。

 そのかいあって、昨年6月、政府は自治体監査委員会に対し、自治体発行の新聞に関わる調査を依頼した。今年1月の調査結果の報告で、監査委員会は自治体による新聞発行は新聞社側が主張していた「公費の無駄遣い」ではないと結論付けた。委員会が管轄するイングランド地方の自治体のほとんどが情報媒体を発行しているが、1か月に一度以上の頻度で発行している自治体は全体の5%のみ。また、47%が企業の広告を掲載していたが、地方紙が収入を依存する求人広告は6%だった。監査委員会は、自治体の新聞が地方紙市場へどのような影響を与えているかに関しては「管轄外」として、意見を控えた。

 4月6日には、下院の文化・メディア・スポーツ委員会が地方メディアの将来に関する調査報告書を出した。地方紙に限らず、放送局もメディア環境の変化や広告収入の減少が打撃となっており、「地方の声」が消えつつあることを憂慮して、下院委員会は1年前からメディア関係者への聞き取り調査を行ってきた。

 下院委員会は、「自治体による無料紙は地方紙から広告を奪うばかりでなく、報道の客観性・中立性が保証されず、自治体にとって都合の悪い情報は掲載されないなど、マイナス面がある」、「情報媒体の1つとしての有益性はあるが、独立したメディアとしての地方紙の代わりにはならない」と述べた。また、公正取引庁に自治体発行の新聞の地方紙への影響を調査するよう提案した。

 公正取引庁の関与は地方紙団体の希望だったが、実現するかどうか、あるいは地方紙に好意的な結果となるかは不明だ。昨年11月、公正取引庁代表は、自治体発行の新聞と地方紙の広告市場での競争に関する判断は同庁の管轄下にはないと述べている(先の下院委員会の公聴会)。

 例え「地方紙のビジネスを阻害する」という判断がもし出たとしても、コンテンツの内容までに踏み込める規制団体は、今のところ、新聞業界には設置されていない。例えば放送業でいえば、放送内容を規制・監督する情報通信庁(オフコム)に相当する団体がない。最終的には誰も責任を取らず、堂々巡り状態に陥る可能性がある。

 先の下院委員会は経営難の地方紙に対し、「自助努力」での生き残りを提言した。地方紙にとって、まだまだ冬の時代が続きそうである。(終)
by polimediauk | 2010-05-09 19:15 | 新聞業界