小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

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元エネルギー相が英労働党党首選に立候補表明 ー「ニューレーバー」の次は何か?

 5月6日に行われた英国の総選挙で負けた労働党。敗因をどのように分析し、これからどうやって保守・自由民主党連立政権に対抗しようというのだろう?

 おそらく、まだ確固とした戦略はまとまっていないだろう。それでも、一体どんな思いで敗退を受け止めているのだろう?感触を知るために、15日、労働党のシンクタンク「フェビアン協会」の集まりに行ってみた。最初のスピーカーが、元エネルギー・気候変動担当相のエド・ミリバンド氏。今年9月に予定されている、労働党党首選への立候補表明の場に遭遇することになった。

 当日の朝の時点で、ミリバンド氏が立候補の意志を表明すると第1報が出ていたので、舞台に出てきた段階で、「いつ表明宣言をするかな?」と期待をこめた熱い視線が注がれていたようだ。30分以上、まったくメモなどの助けを使わず、一人で話した同氏の話に何だか引き込まれてしまい、こちらのメモを取る作業が止まってしまった。

 彼なりの労働党敗因の理由は、「有権者との接点を失ってしまったこと」。政権を担当した労働党は「官僚的になってしまった」。移民問題や税制の面で人々が不公平感を感じていても、これに対応できなかった。「人々のニーズにばかり注目し、人々が社会に何を貢献できるかを議論にしなかった」。また、国家と国民の自由の観点からは、「あまりにもカジュアル過ぎた」(国民IDカードの発行の奨励など)。「あまりにも中央集権過ぎた」。

 これからは「市場とどうやってつきあうか、国家はどうあるべきか」を考えていくべきー「政治のやり方も変えなければならない」(選挙方法の変更の示唆)と述べる中で、「イラク戦争で労働党は信頼を大きく失った」「下院議員の灰色経費請求問題でも信頼を失った」と発言。

 「イラク戦争で労働党は信頼を大きく失った」という箇所で、思わず、はっとしてしまった。与党時代、労働党の幹部・政権担当幹部は常にイラク戦争を支持・誉めることしかしなかった。なかなか思い切ってこの事実を認められなかった。

 ミリバンド氏はまた、労働組合の重要性を認めながらも、「環境団体、地域の団体とつながることは大いに重要」として、これまでの労働党とはやや違うニュアンスを示唆した。

 同氏が労働党に入ったのは17歳の時だったそうだ。「現状に不満を言っているだけではだめだと思ったから」。「信頼と楽観主義」をモットーとして挙げ、キング牧師にも言及した。

 毎晩、寝る前に、「労働者階級のために生活をよくしたかどうか」を考えるという。(本当かな?とちらっと思ったがー。)

 兄の元外相デービッド・ミリバンド氏が既に党首選に立候補すると表明している。弟のエド・ミリバンド氏は、兄弟間での「取引はない」と述べた。これは、前に、ブレア・ブラウン両労働党首・元首相らが、野党時代、もし政権を担当したら、「ブレアが先に、次にブラウンがなる」と両者間で「取引をした」という通説があるからだ。

 演説の後で兄との違いは何か?と聞かれ、「エンバシー」(共感)と答えている。

 兄弟の父親はベルギー出身のマルクス主義理論家・政治学者であるラルフ・ミリバンド氏(1994年死去)である。

 私はエド・ミリバンド氏の話を新鮮に感じた。今、労働党は将来の方向性を模索中だと思うけれども、これまでとは違う、新たな方向性になろう。つまり、ブレア・ブラウンが登場する前の、①労働組合に大きく依存した、労働者階級の政党としての労働党(連帯を重要視する、社会の不公平を減少させる、国家が大きな役目を果たす)ではなく、②ブレア・ブラウンのニューレーバー(社会の不公平感の減少や政府の役目は重要視しながらも、市場経済の原理を受け入れる)でもない、新しいコンセプトが出てくるはずだ。

 新しいコンセプトが出る前に、まず現状を分析することが肝要になろう。その意味で、エド・ミリバンド氏がニューレーバー批判を思い切って行ったのが新鮮だった。

 ブレア・ブラウンの2大巨頭の政治家が現役でいた時には、なかなか「次」が出てこなかった。イラク戦争で信頼感がくずれたことを認め、金融サービス業への規制には「及び腰」であったこともミリバンド氏は演説の中で認めた。政権を担当していると、これを維持しようというプレッシャーがあって、「税制の不公平感を取り除けず、移民問題をまともに議論できない」政党になり、国民との接点を失ってしまったのだという。

 演説の終わりには、会場内で多くの人が立ち上がり、拍手をしていた。

 それにしても、なぜもっと早く、エドにしろデービッドにしろ、立候補して、労働党を新たな方向に引っ張っていけなかったのか?1997年の政権奪回までに、18年の野党生活を送ったことがネックになって、なかなか思い切った改革ができないでいたのだろうか?

 現在は、状況がすっかり変わってしまった。何しろ、銀行・金融サービス業に「もっと規制を」という声が高いのだ。移民問題も、以前にも増して、特に2004年以降の東欧諸国からの移民流入以降、否定的な声が国民の間で強くなっている。EUからの移民の数はそれほど多くないと発表したり、「英国人の仕事が奪われているわけではない」とどれほど政府が言っても、不満感は消えなかった。

 エド・ミリバンド氏は40歳。兄のデービッドは44歳だ。今のところ、兄の方が支持率が高いようだが、弟のエドはエネルギー・気候変動相として、昨年のコペンハーゲン気候変動会議で奔走した。もまれて、随分と成長したなという感がある。デービッドはブラウン元首相に近く、エドはブラウン元首相に近かったそうである。どちらが勝つのか、あるいは他の候補者になるのか(元教育相のエド・ボールズ氏、労働組合からの支持が高いとされるジョン・クルーダス氏などが立候補を考慮中と言われている)は分からないが、新しいアイデアが決め手になるのではないか。ボールズ氏やクルーダス氏はどうにも新しい感じがしない。元保険相のアンディ・バーナム氏は若さの面ではよいのだが、党首になるほどの支持があるかどうか。

 ポスト・ニューレーバー時代の新しいアイデアの創出には時間がかかるかもしれない。果たして、ニューレーバーの次はなんと呼ばれるのだろう?16日「オブザーバー」紙インタビューの中で、デービッド・ミリバンド氏は「ネクスト・レーバー」と表現しているが。
by polimediauk | 2010-05-17 01:00 | 政治とメディア