小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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タイムズ有料化―読者が90%減少?答えはまだ分からない

 タイムズ、サンデータイムズのウェブサイトの閲読有料化から3週間余となったが、アクセスする読者が減ったのはまず確かとしても、どれぐらい減ったのか、正確にはわからない。タイムズ側がまだ正式発表をしていないためだ。

 いくつかの試算は出ていて、ガーディアン紙の計算によれば、2月時点のタイムズのオンラインサイトの読者と比較して、90%減少した、という。

http://www.guardian.co.uk/media/2010/jul/20/times-paywall-readership

 ただし、これは必ずしも失敗とはいえないだろう。こういうレベルを覚悟してやりだしたわけだし、紙の新聞を買ってくれるか、あるいは購読者になってくれれば、数が少なくてもよい、という考えのはずだ。(ネット上の影響力というのは度外視だ。)

 「英国ニュースダイジェスト」紙のニュース解説「ウイークリーアイ」に、タイムズサイトの課金に関して、タイムズという新聞そのものに注目して書いた。

 以下のアドレスからダイジェストのウイークリーアイのサイトが読める。きれいに表を入れてくれている。このシリーズには他のジャーナリストも英国のその時々のトピックに関して書いているので、ご関心のある方はご覧になっていただきたい。

http://www.news-digest.co.uk/news/content/view/6648/263/

 以下はその元原稿である。内容はこれまでに書いたもの(東洋経済など)と重なるが、タイムズの歴史や「Newspaper of Record」や表が新規分である。

  タイムズのサイト有料化ー大いなる実験の行方は?

 これまで無料で読めたタイムズとサンデー・タイムズの電子版記事が、この7月から全面有料化となった。紙の新聞の発行部数の慢性的下落や広告収入の落ち込みに苦しむ英国の新聞界は、どこも台所事情が厳しい。新聞の存続をかけて、電子版有料化に踏み切った両紙の動きは、果たして成功するだろうか?

 高級紙タイムズとその日曜版サンデー・タイムズのウェブサイトが、この7月から全面有料制となった。両紙のウェブサイトで記事を閲読したい人は、1日で1ポンド(約132円)か1週間で2ポンドの料金を払わないと、読めないことになった(ただし、7月一杯はキャンペーン中で、30日で1ポンドという選択肢がある)。一部の記事だけではなくすべてを有料化するのは英紙では初めてだ。

 閲読有料化の理由を、両紙は「良質なジャーナリズムの維持に必要」、「生き残り戦略」と説明する。日本同様、英国でも新聞の発行部数が慢性的に下落している。読者も広告主もネットに移動する傾向が続いており、景気の動向に左右される広告収入に大きく依存するビジネスモデルからの脱却を狙っているのである。

―勇気ある一歩

 両紙のサイト閲読有料化の決断は、英新聞界では勇気ある一歩、あるいは大きな実験となろう。というのも、英紙がウェブサイトを開設し始めた1990年代半ば以降、主要紙の大部分が過去記事も含めて無料でニュースを提供してきたからだ。動画が豊富なBBCニュース、世界中のニュースサイトから記事を拾ってくるグーグル・ニュースなど、無料で読めるニュースはネット上に氾濫している。いつしか「ニュースは無料で提供するもの」という概念が根付いてしまった。

 英各紙はここ数年、ウェブサイトの拡充に力を入れてきたが、サイトが生み出す利益は紙媒体の発行部数の落ち込みや広告収入の下落でできた穴を埋めるには程遠かった。業界筋によれば、大手紙のデジタル収入は総収入の数パーセントで、アクセス数を急激に拡大させたテレグラフ紙でも「10から20%の間」(同紙デジタルスタッフ談)。そこで、有料化モデルに脚光が集まった。

―経済紙では一定の成功

 サイトを有料化すれば「読者がライバル紙に逃げてしまう」(ガーディアン編集長)という懸念は大きいが、実際に、成功している新聞がいくつかある。有料と無料の記事を混在させたサイト作りをしている米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の有料購読者は現在約100万人。英国では経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)が約12万人の有料購読者を持つ。

 いずれも経済紙であり、専門性を持つ媒体だが、一般紙では、米ニューヨークタイムズが過去2年間、有料購読制を取って成功していた。サイト閲読のユーザー数拡大のため、購読制をやめてしまったものの、来年から、新たな購読制を実施予定だ。

 WSJ、タイムズ、サンデー・タイムズはいずれも「メディア王」と呼ばれるルパート・マードック氏の米メディア大手ニューズ社の傘下にある。同氏は昨年、傘下の新聞のサイトのすべてを有料化する方針を打ち出している。

 現在のところ、ほかの大手高級紙がタイムズなどのサイト有料化に追随する動きはまだ出ていない。左派系高級紙ガーディアンは「サイト有料化は民主主義に反する」「ネット上の会話から孤立する」など、有料化反対の姿勢をあらわにしてきた。しかし、同紙編集長は「何が何でも有料化反対という原理主義者ではない」という発言もしている。実際、携帯電話での閲読には有料アプリを販売しており、メディア、アート、環境など、同紙が得意な分野を「有料の壁」(paywall)に入れる可能性もある。

 果たして、マードック氏の「実験」成功するだろうか?ライバル他紙が成り行きを注視している。

ータイムズのこれまで

1785年:デーリー・ユニバーサル・レジスター紙が創刊(3年後、「タイムズ」に改名
1806年:最初のイラストを掲載
1807年:社内最初の外国特派員が任命される
1814年:所有者ジョン・ウオルター2世が、蒸気機関を使った高速印刷機を導入する
1830年:ある貴族を「自殺」とした検死結果はスキャンダルを隠すための上流社会の隠ぺいだと指摘した社説が、非常に迫力のある文章で書かれていたため、「雷が落ちるように怒鳴る」新聞=「サンダラー」というニックネームがつく。一説には、1831-32年、選挙法改正に向けて国民に行動を起こすように促した、怒鳴る口調からこのニックネームがついたとする学者もいる。
1868年:発行部数が6万部に。ロンドンのほかの日刊紙の総発行部数の3倍。
1902年:経営危機に陥り、ノースクリフ卿が所有者に
1914年:1ペニーに価格を下げ、発行部数が16万6000部に急増する。第1世界大戦の勃発で27万8000部に増加。
1922年:ノースクリフ卿が亡くなり、ジョン・ジェイコブ・アスター(後のアスター卿)が買収。
1926年:ゼネラル・ストライキの間、発行を続けた唯一の新聞となる。
1966年:すでにサンデー・タイムズを所有していたトムソン卿が買収する。広告のみだった1面に、初めてニュース記事が載る。英国の新聞では初めて裸の女性の写真を使った広告を出し、世間を騒がせる。
1978年11月:労働争議により、発行がほぼ1年間停止される。
1979年11月:印刷再開。
1980年:トムソン卿がタイムズを売却に出す。
1981年:ニューズインターナショナル社が買収。
1985年:創刊から200周年記念。エリザベス女王が訪問する。
1986年:編集部がワッピングへ引越し。
1994年:記事の一部や要約がネットに掲載されるようになる。
1995年:欧州他国での印刷開始。
1996年:タイムズのウェブサイトがサービス開始。
1997年:電子メールによる投書の受付を開始する。
1998年:外国特派員の数、増える。
2000年:紙面とウェブサイトのデザインの刷新。
2003年:「コンパクト判」と通常の「ブロードシート判」と平行発行開始。
2004年:コンパクト版のみになる。
2005年:国際版の発行開始。
2007年:ウェブサイトのデザインを刷新。
2010年7月:タイムズとサンデー・タイムズのウェブサイトの閲読を全面有料化。
(資料:タイムズ)


ー関連キーワード

Newspaper of record:直訳は「記録の新聞」。①政府の公的記録や法的通知を行う新聞(例えば17世紀に創刊された、政府発行の新聞「ロンドン・ガゼット」)を指すとともに、②「信頼に足る報道を行う新聞」という意味がある。タイムズは19世紀、「Newspaper of record」と呼ばれた。政府や新聞の所有者の意見に左右されない、独自の意見を社説で出し、発行部数や報道の質で他紙を圧した。欧州他国の知識層の間でも広く読まれたタイムズは、エスタブリッシュメントが読む新聞として名声を作った。


ー英主要紙サイトの月間ユニークユーザー数(2010年4月)

新聞名、月間平均ユーザー数、前月比(%)、前年同月比(%)の順です。
メール・オンライン40,500,6773.4075.00
ガーディアン31,900,127-4.4116.70
テレグラフ30,227,486-0.1026.60
インディペンデント9,871,286-1.21-5.38
ミラーグループ・デジタル9,329,485-7.288.52
(英ABC調べ)
(タイムズ、サンデー・タイムズは有料化移行のため、計測に参加していない)

ー主な米英の新聞の電子版課金体制

新聞名、紙の平均発行部数電子版の購読者数、有料化の仕組みの順です。   
米ウォール・ストリート・ジャーナル 2,000,000 1,000,000
(無料記事と有料記事を組み合わせる)
米ニューヨーク・タイムズ950,000 (来年から実施
(メーター制、一定本数以上は有料に、の予定。2005年ー07年、有料購読制タイムズセレクト実施)
英フィナンシャル・タイムズ  400,000 127,000
(登録後、月10本まで無料。それ以上は有料)
英タイムズ  350,000 未発表
(7月から全面有料化。1日で1ポンド、1週間で2ポンド)
英サンデー・タイムズ  1,100,000  未発表
(7月から全面有料化。1日で1ポンド、1週間で2ポンド)

*発行部数はおおよその数字。フィナンシャルタイムズの数字は全世界での部数。ほかは主に自国内。
by polimediauk | 2010-07-26 04:30 | 新聞業界