小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

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英編集者団体年次会議(上)「良いニュース」共有 ロシア富豪「報道の自由は酸素のように必須」

 英編集者団体「ソサエティー・オブ・エディターズ」の年次会議が11月14日から3日間、スコットランド最大の都市グラスゴーで開催された。新聞社、放送局の編集幹部や学者ら約200人が参加した。今年の会議のテーマは「良いニュースが一杯だ」。不景気で先行きは不透明だが、現実を直視しながら成功例を共有し、生き残り策を考えようというメディア界の意欲を反映した。会議の概要を上下に分けて紹介したい。(「新聞協会報」11月23日号掲載分より)

 英新聞界で、今年最大の「良いニュース」と言えるのが、部数が低迷し、英国内では誰も買い手がいなかった夕刊紙ロンドン・イブニング・スタンダード、高級紙インディペンデント、その日曜版インディペンデント・オン・サンデーを買収した上に24年ぶりに新高級紙を創刊した、ロシアの富豪アレクサンドル・レベジェフ氏の動きであろう。
同氏はスタンダード紙を一部50ペンス(約70円)の有料紙から無料紙に変えて、発行部数を大きく伸ばした。10月末には通常の高級紙の5分の1の価格で、インディペンデント紙の簡易版「アイ」を創刊させた。

 レベジェフ氏は旧ソ連の国家保安委員会(KGB)の元スパイ。当初は同氏による新聞買収にメディア界の一部から懸念の声があがったが、「所有者として編集方針に干渉しない」という方針を貫き、評価が高まった。

 レベジェフ氏は会議初日の基調講演で、旧ソ連で「うそに満ちた報道」に触れて育ってきた同氏に、英国の新聞が実践する報道の自由は、「人生を変えるほどの衝撃」をもたらし、「酸素と同じように」自由な社会にとって必須な存在であると述べた。「世界の汚職を暴く」調査報道を支援するための基金を、来年設置する予定だという。

 今年7月から本格的に始まった、タイムズとサンデー・タイムズのウェブサイトの閲読課金制度だが、メディア・コンサルタントのジム・チゾム氏は、その将来に否定的だ。会議2日目の最初のセッション「誰がオーディエンスか」で同氏は、読者は高級紙の閲読に約30分を費やし、そのウェブサイトの閲読にかける時間はわずか4分ほどだと指摘。「サイトのユーザーは4ページ分を読むだけ。この間に十分な広告収入を上げるのは非常に困難」であり、また「タイムズが有料だと、読者は他の高級紙の無料サイトに流れる」と述べた。ただし、独自の地方ニュースを掲載できる地方紙は、他紙サイトへの移動が起こりにくく、この固有の特徴があるため、「課金制が成り立つ」と付け加えた。

 チゾム氏はまた、複数の国での市場調査の結果、「自社サイトに無料で記事をすべて載せた場合、その新聞の紙の発行部数の売上げが減少することを裏付ける統計は見つからなかった」と述べた。これは一部の新聞業界参加者が抱く、サイト掲載と紙の売れ行きとの相関関係に関わる不安を払拭するものであった。また、サイトでは記事の最後に記者のメールアドレスを必ず入れて、「双方向性を高める」よう提唱した。(「下」につづく)
by polimediauk | 2010-11-23 07:14 | 新聞業界