小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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新しいメディアの時代② 佐々木俊尚さんが示す、メディアの将来の構成図

 「新聞(紙)の発行部数は落ちている。ネットでニュースを取るほうが早いし、簡単だ、まして無料である」ーそんなことを考えて、「紙かネットか」という敵対・対立構造でものごとをとらえる時代は、とりあえず、終わったとしよう。

 もちろん、現況を敵対・対立構造でとらえて、「困った」と考えるのはあくまで新聞経営者側であって、読む方・情報を得る側からすれば、特に困ったこともなく、むしろネットで多様な意見を拾える点からは、「良い方向に向かっている」とさえ言えたのかもしれない(新聞ジャーナリズムが縮小化することで、見落としてしまうあるいは報道されなくなるトピックがあるかもしれない、という問題が残るのだが、やや具体性に欠ける、つかみどころのない話になるので、一旦、ここでは論外とする)。

 そこで、では一体、今後、ジャーナリズムはどうなるのか?「ジャーナリズム」という言葉が堅苦しければ、メディア報道は、あるいはマスメディアとネット言論とはどんな風な生態圏を作っていくのだろうかー?

 その答えは人によってさまざまで、私自身、これといった一つの答えがなかった。

―ウィキリークスとメディア

 それをすっぱりと解決してくれたのが、ITジャーナリスト、佐々木俊尚さんが書いている有料メルマガの最近の内容であった。同氏の有料メルマガは、全文そっくりそのままではない限り、内容の引用を可としているが、せっかく有料でやっているということでもあり、その一部のみをご紹介したい。

 まず、例のウィキリークスである。大量の「生データ」(戦闘ログなど)をサイトで出す、告発サイトのウィキリークス。ウィキリークス自体は報道機関ではない。

 ウィキリークスはイラク戦争やアフガン戦争に関する米軍の戦闘ログなどの大量の機密文書を、大手メディア(英ガーディアン、ドイツ・シュピーゲル、米ニューヨークタイムズ)に対し、発表の数週間前にあらかじめ渡していた。メディア側は生データを分析の上、ウィキリークスのサイト上での発表と同時に、紙面に大々的に掲載した。
 
 ここで(日本の文脈で特に)肝心なのは、英米の大手メディア側がウィキリークスを「何か不正なもの・正体が怪しいもの」と考えて、あるいは自分たちより一つ下の存在と見て、もらったデータを調査・分析したのではない、ということ。

 佐々木さんのメルマガ(11月15日号:マスメディアとインターネットはどう補完しあえるのか?前編)から引用すれば、

 
「9万点以上もの書類を整理するのは容易ではありませんし、それらの書類の中から何らかの意味を見つけ出すのは専門家の手を使わなければ不可能といっていいでしょう。だからこれらの情報をウィキリークスがジャーナリストたちに事前提供したのは非常に良い戦略であったといえます。」

 「実際、提供を受けた各紙は詳細な分析を行っています。ニューヨークタイムズは、パキスタン政府が時刻の情報機関員がタリバンと接触することを容認していたことを資料の中から発見しました。またガーディアンは、アメリカ軍によって多数の一般市民が誤って殺害されてしまっていることが明るみに出た、と報じています。」
 

 そして、佐々木さんが紹介するのは、米教授&ジャーナリストのジェフ・ジャーヴィスの、ガーディアンの編集長に対するインタビュー。編集長は、ガーディアンを含む新聞とウィキリークスは「相互補完(mutualization)」の関係にある、と説明している。

 「ジャーヴィスはコラボレーションと言い換えています。内部告発者とメディアのコラボレーション。そしてそのコラボレーションを実現する『場』として、ウィキリークスのような媒介者がある。そういう構造。そしてこの媒介者の場で、ジャーナリズムは内部告発者の提出した情報に対して価値(意味)を付与するわけです。」
 

 ネットサイトのウィキリークスと大手メディアガーディアンが、互いに補完しあう関係―。上下関係ではないのである。

―データジャーナリズム

 ところで、生データや情報をドンドン出しているサイトは何もウィキリークスばかりではない。政府もかなりの情報をネット上に出しているし、統計や数字、世論調査、生の声(ブログ、ツイッター、SNS)など、かなりの情報が氾濫する状態となっている。

 そこでこうしたデータ・情報を分析し、解釈する、意味を与える行為としての「データ・ジャーナリズム」という概念がある。(興味のある方は、英語でこの言葉を検索してみればと思う。)

 
「データジャーナリズムは、政府などが持っている膨大な量の統計資料などのデータを分析し、それらをわかりやすく可視化していくというジャーナリズムです。これは調査報道手法から、デザインやプログラミングまでをも含む非常に広い分野の手法を統合させて、そこにひとつの重要な物語を紡いでいくというアプローチ」(佐々木氏のメルマガ、後編)。
 

 同氏によると、もともと、この概念が出てきたのは、「オープンガバメント(開かれた政府)という考え方の台頭」があり、その中でも「最も有名なのはアメリカのケースで、オバマ大統領が就任直後の2009年1月、「透明でオープンな政府」という考え方を発表し、Transparency(透明性)、Participation(国民参加)、Collaboration(政府間及び官民の連携・協業)という3つの原則のもとに政府のデータをできる限り開放していくような政策を採り始め」たことによる。

 しかし、

 
「残念ながら日本政府については、オープンガバメントはまだスタート地点にさえ到着していません。もちろん情報公開制度はありますが、これはあくまでも国民の側が情報を「引き出す」という行為を行わなけれ情報は公開されない。オープンガバメントではこのような手続を経なくても、さまざまなデータセットがウェブ上にオープンに公開されているという考え方で、情報公開制度とはかなり異なる性質のものです」(同氏メルマガ)。

 「あー、やっぱり。残念」と思わざるを得なかった。
 
 細かい部分はメルマガを購読するしかないのではしょるが、最後の結論が、本当にすごいと思う。

 「情報の存在場所がかつてのような政府・企業の広報文や官報など紙のデータにあった時代は、そのデータにアクセスできるのは館長などに出入りしているマスメディアの記者に限られていました。しかし多くのデータがウェブで公開されるようになってデータはオープンになり、誰でもアクセス可能になってきています。こういう段階になってくると、データの分析自体もクラウドソーシングのように集合知化され、ネット発でさまざまな分析や可視化が行われてくる可能性が浮上してくるでしょう。そういう意味で、データジャーナリズムというのはウェブときわめて親和性が高いのです。」(佐々木氏メルマガ)

 「このようなオープンなデータをもとにした集合知的ジャーナリズム。先週号で紹介したウィキリークスのような内部情報告発プラットフォーム。そして制限された一次情報にアクセス可能な新聞やテレビの組織ジャーナリズム。さらにフリーランスのジャーナリストが行っているような専門的な分析能力。こうしたモジュールが相互に補完しあうことによって、未来のジャーナリズムは成立していくということがいえるのではないかと思います。」(同じ)


 ここまで、それぞれのメディアの役割やポジショニングをきっちりと1つの文章にした人は、(日本語では?)ほかにいないのではないか?

***

関連:ご参考

ガーディアン紙による、ウィキリークスのデータ分析サイト  http://www.guardian.co.uk/news/datablog/interactive/2010/nov/08/wikileaks-data-visualisations-iraq-afghanistan
 
データの分析に、ジャーナリストの将来がある:ティム・バーナーズ=リーの講演
http://www.guardian.co.uk/media/2010/nov/22/data-analysis-tim-berners-lee
by polimediauk | 2010-11-24 19:44 | 新聞業界