小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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マードック傘下の英大衆紙 -消えぬ巨大電話盗聴事件①

 マードック傘下の英大衆紙 -消えぬ巨大電話盗聴事件①_c0016826_3524193.jpgメディア王ルパート・マードック傘下の日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」を巡る、電話盗聴事件に関して、これまで、何度か記事を書き、このブログでも紹介してきた。

 この電話盗聴事件ではすでに2007年、関係者二人が有罪となっている。新聞社側は「この二人以外は関係していない」と主張する。しかし、ガーディアンは「組織ぐるみだった」と報道してきた。

 問題は、盗聴事件が起きたときの編集長が今、官邸の広報担当者になっていること。それと、ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙及び英国内のマードック・プレス(ほかに、サン、タイムズ、サンデータイムズ)の影響力が強大で、「怖くて何もいえない」部分があることだ。

 盗聴を含めた取材行為が行われていたとき、編集長が「全く知らなかった」ということが果たしてあり得るだろうかー?

 ガーディアンのしつこい取材で、「実は自分もやっていた」とする元記者たちが、声をあげるようになった。しかし、年末、実際に警察が聞き取りをすると、この元記者たちは口をつぐんでしまった。

 ところがである。年が明けて、ある女性タレントの電話盗聴を巡る裁判の過程で、ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙のニュースデスクの一人が関与していたらしいことが明るみに出て、このデスクが停職状態になったのである。

(ガーディアンの関連記事)
http://www.guardian.co.uk/media/2011/jan/05/news-of-the-world

 今後どのように発展するのかは分からないが、まだまだ「火は消えていない」のである。

 この事件の経緯を、ニューズ・オブ・ザ・ワールドを怖がる政治家たちの視点を入れて、朝日の月刊誌「Journalism(ジャーナリズム)」12月号に書いた。この記事を何度かに分けてここに紹介したい(情報は11月上旬時点を元にしているので、その都度、若干補足したい)。

 尚、「ジャーナリズム」の情報は以下。また、電子版購読も可である。

―朝日新聞社ジャーナリスト学校
http://www.asahi.com/shimbun/jschool/

―富士山マガジンサービス
http://www.fujisan.co.jp/journalism/

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マードック傘下の英大衆紙 -消えぬ巨大電話盗聴事件① 

 娯楽、ゴシップ、スポーツ、芸能情報を主に扱う英国の大衆紙は、英国の新聞市場では大きな存在だ。
 
 発行部数が高級紙の数倍という影響力に加え、その鋭い牙と破壊力は「泣く子も黙る」という表現がぴったりなほどである。著名人の私生活、政治家の不祥事、王室の内情に関わる極秘情報などを、私立探偵を雇い、時には「ダークアーツ」(闇の魔術)と呼ばれる数々の違法手段を用いても探り出し、紙面で暴露する。英国の政治家、著名人、企業の経営陣が、最も恐れるメディアの1つだ。

 そんな大衆紙の中でも発行部数1,2位を争うのが日曜紙の「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(NOW)。有名な大衆紙「サン」の姉妹紙である。このNOW紙が逆に、高級紙から巨大電話盗に関する疑惑を報じられ、官邸を巻き込む騒ぎになっている。

―ガーディアンの暴露で官邸を巻き込む騒ぎに

 もともとは、同紙の王室報道担当記者と同紙に雇われた私立探偵が、王室関係者の携帯電話の留守電記録に不正アクセスし逮捕された事件だった。2007年、2人に禁固刑の有罪判決が下りている。

 事件に再び注目が集まったのは、2009年夏である。左派系高級紙ガーディアンが、米複合メディア大手ニューズ社の最高経営責任者ルパート・マードック氏の傘下にあるサンやNOWが、盗聴行為やその他の違法手段を使って著名人の個人情報を取得し、これを隠ぺいするために、盗聴犠牲者らに巨額を支払っていたと報道したからである。

 盗聴行為が、NOW紙がそれまで説明していた「記者一人の行動」ではなく、組織ぐるみで行われていたこと、また、盗聴対象者は当時の副首相も含めた政治家、モデル、俳優、スポーツ関係者など「数千人規模の可能性」と書き、驚かせた。

 この報道で脚光を浴びたのが、事件発覚当時、NOW紙の編集長だったアンディー・クールソン氏(注:コールソンと発音する場合もある)である。「盗聴行為に関しては一切関与してない」「知らなかった」としながらも、07年1月、引責辞任していた。同氏は、辞任後まもなく、野党保守党(当時)の広報責任者に雇われた。2010年5月、キャメロン保守党党首が首相になると、官邸の広報責任者に就任。政権の中枢に入った。

 ところが、同年9月、同氏にとって「爆弾」報道が出て再び話題の人となった。米ニューヨーク・タイムズが元NOW紙記者らに取材を重ね、「クールソン編集長は個人的に盗聴行為を奨励していた」とする証言を引っ張り出したのである。キャメロン首相の側近が、違法行為を「奨励していた」人物であったとすれば、一大事である。盗聴事件は、急速に政治色を帯びることになった。

 クールソン氏の存在は、英政界及びメディア界にとって、特別な意味を持つ。それは、同氏が首相側近としてだけでなく、マードック氏の腹心という位置づけにあるからだ。

 マードック傘下のニューズ・インターナショナル社は、英国でサン、NOW、高級紙のタイムズとサンデー・タイムズを発行する。これら「マードック・プレス」の延べ総発行部数は約800万部。その支持を得ることは、首相及び首相候補者にとっては非常に重要なことである。

 1970年代末以降、歴代の首相、首相候補者はマードック氏と良好な関係を築くことに心を砕いてきた。キャメロン現首相も例外ではない。その意味で、NOW紙の元編集長はマードック・プレスと首相をつなぐ、キー・パーソンの役割を果たしている。疑惑が明るみに出たからといって、簡単に追い出すわけにもいかないのである(補足:逆に、何らかの「復讐」があるかもしれない、と私は思う)。

 再捜査の兆しが見える、このNOW紙の盗聴事件の経緯をたどりながら、大衆紙ジャーナリズムやマードック・プレスの影響を考えてみたい。(つづく)
by polimediauk | 2011-01-08 03:52 | 新聞業界