小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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英ガーディアン紙によるウィキリークスの新刊本が出る―ひとまずの感想

 ウィキリークス関連本が、2月中旬ぐらいまでに、各国で続々と出るようだ。

 英語圏の本を拾ってみれば、ウイキリークスのジュリアン・アサンジと共同作業を行った大手報道機関の1つ、米ニューヨーク・タイムズは「オープンシークレッツ」という内幕モノをすでに出している。ただし、これは今のところ、電子ブックのみでの購読だ。それでも、コンパクトにまとめた抜粋版がサイトに掲載されており、とりあえず、大体のところは分かるようになっている。

http://www.nytimes.com/opensecrets/

 元ウィキリークスにいたダニエル・ドムシャイト・ベルグが 「ウィキリークスの中:世界で最も危険なウェブサイトでのジュリアン・アサンジと私の時間」を出す。
Inside WikiLeaks: My Time with Julian Assange at the World's Most Dangerous

https://www.amazon.co.uk/Inside-WikiLeaks-Assange-Dangerous-Website/dp/0224094017/ref=sr_1_6?ie=UTF8&qid=1296429673&sr=8-6

 さらにグレッグ・ミッチェルという人が「ウィキリークスの時代」という本を出した。
http://www.blurb.com/bookstore/detail/1949679

 オーストラリアでも、誰かが書いているはずだ。

 米政府に関する機密情報暴露の共同作業を提唱した、「本家」とも言える英ガーディアン紙の「ウィキリークス:ジュリアン・アサンジの秘密の戦争の内幕」(Wikileaks: Inside Julian Assange’s War on Secrecy)は、2月10日頃の発売予定だったが、一挙に早まったようだ(日本語版もすでにアマゾンに出ていた)。現在、サイトで一部が読める。数回に渡り、新刊本の中味を連載する予定だ。

http://www.guardian.co.uk/media/2011/jan/30/julian-assange-wikileaks-profile

 ガーディアンの記事を読み始めたが、波乱万丈なアサンジの人生が迫力あるタッチで書かれていた。アサンジは自分でも自伝を書いているそうだが、ガーディアンと協力しているはずで、やはり、本人が関わったとすれば、ドキュメンタリーとしても面白いに違いない。

 日本語でもウィキリークス本はいろいろと出てくるようだが、今日、目に留まったのは、ガーディアンのアラン・ラスブリジャー編集長のアサンジとの協力体制に関する文章である(1月28日サイト上で公開、これは新刊の一部であるという)。

http://www.guardian.co.uk/media/2011/jan/28/wikileaks-julian-assange-alan-rusbridger?intcmp=239

 すこし長いが、いくつか気になったことをメモってみる。

―ペンタゴン文書の弁護士からもらったメール

 編集長は、数ヶ月に渡る機密情報の公開後、「空が落ちてきたわけではなかった」と指摘する。「ウィキリークスの敵は、こうした情報が公開されればいかに危険かと何度も繰り返した」、と。そして、「ここら辺で、アカデミックな機関などが公開の損害と恩恵とのバランスに関して、調査をしたらどうか」、と提唱する。また、米国がさまざまな外交公電を簡単に読まれ、ウィキリークスに渡されるような管理体制をしていたことを検証する必要があるのではないか、と問う(最後の点は他の論者もたびたび指摘している)。

 ウィキリークスと共同作業をした報道機関の編集長たちが悩んだのがどこまでどのように機密情報を公開するかー。ラスブリジャー編集長は、40年前のペンタゴン文書事件(軍事分析家のダニエル・エルスバーグが、国家機密であった「ペンタゴン文書」をニューヨークタイムズにリーク。タイムズが報道を開始して数日後、政府がこれを止めるために、裁判所に差止め令を出させた事件)で、ニューヨーク・タイムズ側の弁護士だったマックス・フランケルから、電子メールを受け取ったという。昨年11月末の米外交公電報道から、まもなくのことであった。

 フランケルは現在、80歳。ニューヨーク・タイムズに向けて書いたメモを、ガーディアンのラスブリジャー編集長にも送ってきた。

 フランケルは、こう書いてきたそうである。機密情報の公開に際し、フランケルは

①出たがっている情報は出てしまうものだと私は思っている。私たちの役割は、情報を責任を持って受け取り、私たち自身の普遍のニュース基準によって掲載する、または掲載しないことだ。
②情報提供者が自分の職務上の誓約や法律を破ることになる場合、私たちは、当局がこの誓約や法律を実行するようにさせるだけだー私たちはこれに協力せずに(注:この意味は、職務上の機密を守らせるようにするのは当局の仕事であって、メディアの仕事ではないということ、と私は解釈した)。私たちは、当局との協力や情報源の公開を、はるかに大きな理由のために拒絶する、つまり、『すべての』(注:強調)情報提供者は私たちが彼らを守ることを知っているべきだからだ。しかし、情報を漏えいをする、あるいは情報を出す人のバイアスや明確な目的を明らかにするのも、私たちの義務である。
③もしある情報がペンタゴン文書事件で最高裁が設定した基準を超えるようであれば、つまり、掲載によって直接的な、修復できない損害をもたらす場合は、私たちには掲載を適宜限定する義務がある。もし懸念があるならば、当局に対し、こうした直接の危険が起きると私たちを説得する機会を与えるべきだ。
④それ以外のすべての情報に関しては、掲載の結果起きることを誰も予測はできないと私は常に考えてきた。エルスバーグの望みとは裏腹に、ペンタゴン文書はベトナム戦争の終結を早めなかったし、特に大きな反戦抗議を引き起こしたわけでもなかった。掲載は政府を当惑させるかもしれないが、政策を向上させるかもしれない。あるいは、政府によるリークであった場合は、政策に損害を与えるかもしれない。ジャーナリスト、スコッティー・ジェームズは「勝手に公表しろ」(Publish and be damned、もともとは英首相にもなったウェリントン公が使った表現)とよく言っていた。ひどい表現に聞こえるが、ジャーナリズムのモットーとしては、これまでの歴史を見ても社会に恩恵を与えたと思う。(注:若干意訳、言葉の補足などあり。もっといい訳がある方からのご指摘を歓迎します。)

―米英のウィキリークスに対する見方の違いについて

 メガリークを巡り、米国のメディアや政治家が報道の自由や情報の透明性よりも、「愛国精神」のほうに傾いた反応をしているのではないかーこれは私自身がそう感じてきた。「米国の」機密情報が暴露されてきた以上、これは自然な流れだったかもしれないが、海を隔てた英国からすれば、やや「いかがなものか」的感想を持ったのは確かだった。

 ラスブリジャー編集長もこの点を感じていたようだ。記事の後半部分で、編集長は英国では「ほとんどのジャーナリストたちは、公開情報に明確な公的価値を見ることができた」。

 しかし、「米国では別だった」「様々な度合いの愛国主義に曇らされ、もっと苦々しく、パルチザン的な議論があった」。「ロンドンにいて、ほぼ主流と見なされる米国の論者たちがアサンジの暗殺を唱える姿を見て」、驚いた、という。また、「米国人ジャーナリストたちの間に、ウィキリークスの一般的な理想やその仕事を支持することへのいやいや感があることを知って、驚いた」とも。「一部の米国人ジャーナリストたちは、アサンジがジャーナリストであることも認めたがらなかった」。〔「愛国主義」で単純に判断できない件は、コメント欄をご覧ください。) 

 こうした態度が「アサンジが起訴された場合に変わるのかどうか」が見ものだ、という。

 ラスブリジャー編集長は、「頭の冷静な米司法関係者は、戦闘日記や外交公電を出版したことで、アサンジを起訴するのは事実上不可能であること」を理解するようになった、と指摘する。それは、もしそうすれば、メガリーク報道をした世界の5大報道機関も責任を問われることになるからだ。

 しかし、情報漏えい者とされるブラッドリー・マニング米軍上等兵の実話が出ない限り、世界を揺るがせたリークの完全な物語は完成しない、と編集長は言う。そして、新刊本は物語の第1章となるのだ、と。

 ガーディアンは、米バニティー・フェア(今年2月号)が書いたように、「うぬぼれさ」がある新聞(とライバル紙はいう)。自分がやっていることが世界中で一番重要なことだと宣伝する傾向もある。アサンジの話を中心にした本を出すことで、ガーディアンの名を世界中に広めたいと願っているだろうし、ブランド作りや新たな収入源の1つとして、ウィキリークスとはしばらくの間、仲良くしていくことだろう。

 また、米国の報道機関への弁護としては、米国の報道を「愛国主義寄り」と批判するのは、「対岸の火事」を見る格好となるガーディアンにとっては(私にとっても)簡単だ、という点を表記しておきたい。

 ・・・などなどを差し引いても、新刊本はかなり面白そうだし、編集長が紹介したフランケルのメールも、なかなか示唆に富むものだと思う。

 



 

 
by polimediauk | 2011-01-31 10:02 | ウィキリークス