ウィキリークスをどう見るか:ガーディアンの編集方針と勇気-欧州各国の反応から:「新聞研究」4月号
その前に、3月上旬に原稿を出してから掲載までにおきた主な動きだが、
―現在、ウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジ氏は英国に滞在中だが、スウェーデンで起きた性犯罪容疑のために身柄を移送するよう、スウェーデン当局が求めている。身柄引き渡しを巡る裁判で、英治安裁判所は2月24日、引渡しを認める決定を下したが、アサンジ氏側は、3月3日、これを不服として高等法院に上訴した。結果はまだ出ていない。
―3月2日、メガリーク情報を漏らしたとされるブラッドリー・マニング米上等兵に対し、敵支援などの追加訴追が行われた。
―マニング兵は海兵隊施設で拘束されている身だが、自殺防止のため夜は衣服を没収されている上に、1日のほとんどを独房で過ごす。こうした対応は「おろかなことだ」と、フィリップ・クローリー国務副次官が発言し、波紋が広がったため、クローリー氏は3月13日、辞任した。
―最近の事件に関連したウィキリークス情報を拾うと、フランス・ルモンド紙が22日暴露した米外交公電の中に、駐日米大使館のある人物が、日本の原発がコスト優先となっており、安全性への疑念を持っていたことが分かった。また、リビアのカダフィ大佐に関するウィキリークス情報によると、テロネットワーク、アルカイダが反カダフィ勢力に手を貸していた可能性を示唆している。
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ガーディアンの編集方針と勇気
-欧州各国の反応から
昨年夏以降、欧米数カ国の大手メディアは、内部告発のウェブサイト「ウィキリークス」が入手した大量のリーク情報を元に、米軍の機密情報や外交公電を大々的に報じた。一連のリークは情報量の巨大さから「メガリーク」とも呼ばれ、国家機密の暴露の是非、外交やウィキリークス時代のメディアのあり方に関わる様々な議論を引き起こした。
本稿では、このメガ・リーク報道の中でも、最も議論が沸騰した米外交公電報道を巡る、英国を中心とした欧州各国の政府、メディアの反応や議論を振り返る。最後に、ウィキリークスと大手メディアとの共同作業を提案した英ガーディアン紙の編集方針を紹介しながら、国家機密とメディアの関係を考察したい。
ー共同作業の開始
ウィキリークスと世界の複数の大手報道機関によるメガリーク報道が始まったのは2010年7月25日である。ウィキリークスが所有していた米軍のアフガニスタン紛争に関わる約9万点の書類を、公開から1ヶ月ほど前までに入手したガーディアン、米ニューヨーク・タイムズ、ドイツの週刊誌シュピーゲルは、独自の検証を行い、それぞれの視点から編集した記事をこの日から掲載した。
第2弾は同年10月22日からで、前記の3報道機関に加えて、英国の民放チャンネル4と中東カタールの衛星放送アルジャジーラが、イラク戦争関連の米軍の機密文書約40万点を元に連載報道を行った。
第3弾が、世界中で最も注目を集めた米国の外交公電報道である。ウィキリークスが入手していた約25万件の外交公電の中から219件を選び、11月28日から報道を開始した。今回は新たにフランスのルモンド紙、スペインのエル・パイス紙が参画した。
ガーディアンは「米国の世界観を赤裸々にする25万点のリークされたファイル」とする見出しがついた記事を1面トップとし、10ページに渡り特集した。米政府が国連加盟国に「スパイ活動」を奨励していた、サウジアラビア国王がイランの核兵器開発計画を阻止するために、米政府にイラン攻撃を促していたなど、衝撃的な記事が続いた。同時に、メガリークの元情報の漏えい経緯を、このときまでにリーク者であると見なされるようになっていた米陸軍上等兵ブラッドリー・マニングの顔写真付きで解説した。(現在までに、リーク者の匿名性を守るウィキリークスはマニング兵がリーク者だと公式には認めていない。同兵は機密情報漏えいの罪で、2010年5月米当局に逮捕され、軍法会議を待つ身である。)
論説面にはコラムニスト、サイモン・ジェンキンスによる、「メディアの仕事は権力者を困惑から守ることではない」と題する論考を入れた。ジェンキンスは「公的な秘密を守るのは、ジャーナリストではなく政府の仕事」「ウィキリークスの暴露により国家が危機に瀕することはない」とし、公電報道を援護した。その下には、オックスフォード大教授で歴史家のティモシー・ガートン・アッシュの「秘密の晩餐」という見出しの論考が入った。公電報道は「外交官にとっては悪夢だが、歴史家にとっては夢のような話だ」「データのご馳走は私たちの理解を深めてくれる」。
ドイツ・シュピーゲル誌は表紙にドイツ、フランス、イタリア、ロシア、リビア、イランなど複数の国の元首の顔写真を並べた。メルケル・ドイツ首相の顔写真の下には、外交公電の一部から「リスクを避ける、創造性が少ない」という絵解きがつき、リビアの元首カダフィ大佐の下には「華麗なブロンドの看護婦」(=常に大佐に同伴する看護婦を指す)と入れた。公電はイタリアのベルルスコーニ首相を「虚栄心が強く」「精神的、政治的に弱い」、ロシアのメドベージェフ大統領はプーチン首相をバットマンに例えたら「助手役のロビン」と論評している。各国首脳に対する辛口の論評は、世界各国のメディアで拡散報道されていった。
報道直後、南ドイツ新聞は「自由の名の下で公電を掲載する」のは「政治を破壊し、人々を危険に陥れる」とし、ディー・ツァイト紙は「信頼感を壊した」とシュピーゲルを批判した。
一方、戦後生まれのシュピーゲルの創始者兼元編集長のルドルフ・アウグシュタインの息子ヤコブ・アウグシュタインは、12月3日、雑誌「デル・フライターク」(「金曜日」)で、「ウィキリークスのデータに関する最初の反応が安全保障や、もっと悪いのは西側世界の安全保障と考えるジャーナリストは、本来の仕事をやっていない」、と援護射撃した。
仏ルモンドが大きく扱ったのはサルコジ大統領の意外な親米路線を暴露する記事であった。大統領は反米姿勢をとったシラク前大統領を批判し、訪米の際には「いかにブッシュ米政権がすばらしいか」を伝えたという。また、ワシントン側に対し、自分を「第2次世界大戦後、最も親米の仏大統領」と呼んで欲しいと述べた。一方、米側はサルコジを「影響を受けやすい」「権威主義者」と見ていることも分かった。米国や米国的なるものと一定の距離を持つ姿勢を少なくとも表向きにはとるフランス人及びフランス政府にとって、米政府にへつらうようなサルコジの姿は困惑以外の何ものでもなかった。
公電報道に対し、英国では、外務省が報道を非難する声明文を発表した。「機密書類の漏えい行為とこの情報の非認可の公開を非難する」「国家の安全保障を危うくする」「国益にならない」「多くの人命を犠牲にする可能性がある」(11月28日)など。
イタリアのフランコ・フラッティーニ外相は、外交公電報道は「世界の外交における(米国大規模テロ)9・11だ」「国同士の信頼関係を粉々にする」(28日)と述べた。
12月、米アマゾンが、ウィキリークスへのサーバー提供開始を決定した後、フランスのネット接続会社「OVH」が同サイトにサーバーを提供したと報道された。フランスのエリック・ベッソン産業担当相は、12月3日、仏のネット管理の公的機関に書簡を送り、OVHがウィキリークスにサーバーを使用させないよう求めた。
一方ロシアの大統領報道官は、「論評に値する興味深い情報はなかった」(29日)と述べた。
英国を含む欧州各国の政府の反応は、おおむね、外交公電という門外不出の情報が公にされたことを非難したが、自国の外交機密を暴露された米政府や政治家の間に湧き起こった、ウィキリークスやその創設者で編集主幹のジュリアン・アサンジ個人に対する強い困惑や怒りは起きなかったと筆者は観察している。
例えば、米国ではクリントン国務長官が「米国や国際社会に対する攻撃だ」(11月29日)と述べている。共和党の前副大統領候補サラ・ペイリンは、スウェーデンで発生した性犯罪容疑(本人は否定)で逮捕・拘束されたアサンジを「国際テロ組織アルカイダ指導者と同様に追い詰めるべきだ」とさえ述べた。政治家のウィキリークス批判は米国民の愛国心に訴えかける。当局が「国家機密だぞ」と言えば、それだけで有無を言わせぬ威嚇の圧力が出る。
ルモンドのシルビー・カウフマン編集長は外交公電の報道開始直後、「情報の支配権を失った」と受け取った外交官や政治家から、情報公開への反対の声が上がったと話す(ガーディアン、12月10日付、以下同)。ルモンドは「盗んだ情報を洗浄しているだけ」と言った政治家もいた。しかし、「政府の反応は非常に抑制されており」、最終的には「ルモンドが責任を持って必要な情報を報道した」という評価に収れんされていったという。
ラガルド仏経済相は、12月16日、アサンジを「興味深い人物」とテレビ番組の中で述べ、その行為を「すべて賞賛する気はないが、中心にあるのは、結果的な迷惑を含む表現の自由だと思う」とまで語っている。
しかし、政治の犠牲者も出た。シュピーゲルが報道したある公電は、2009年ドイツ総選挙後、連立政権樹立のための協議内容を、当時の駐独米大使に「情報漏えい」した人物がいたことを暴露した。「スパイ」の正体は与党・自由民主党の党首ウェスターウェレ外相の側近の秘書室長ヘルムート・メッツナーだったことが、後、判明し、メッツナーは解雇された。
英国では、アサンジは昨年7月末のアフガン戦闘記録の公開以降、報道の自由の戦士として支持者を増やした。この頃から現在まで、主に英国に滞在していることもあって、12月7日、アサンジがスウェーデンでの性犯罪容疑をめぐってロンドンで逮捕されると、映画監督ケン・ローチなどの著名人らがすぐに保釈金の提供を申し出た。性犯罪容疑の詳細報道や、ウィキリークスの活動とアサンジの個人生活に関わる暴露本が年明けに複数発売されたことで、「報道の戦士」のイメージはやや崩れたものの、現在でも「ロックスター」(ガーディアン記者談)並みの人気がある。
しかし、ウィキリークスとの共闘に参加できなかったライバル紙の間には「スクープを取られたというくやしさがある」、とタイムズのコラムニスト、デービッド・アーロノビッチは語る。タイムズはガーディアンの外交公電報道の翌日、ウィキリークスは外交官の役割を破壊する恐れがあるとするコラムを掲載した。12月6日には、米国の権益に重大な影響を及ぼす可能性が高い世界中の施設や設備、資源などに関して米国務省が作成したリストをそのままサイトに載せたとして、ウィキリークスを批判。このリストは外交公電の中にあり、軍需施設や原油・天然ガスのパイプラインに関する情報を列記したものだ。シュピーゲルはこの公電を目にし、あまりに衝撃度が高そうであったために、概要のみを誌面に出した。フィリップ・クローリー米国務次官補(3月、辞任)は公開は「無責任極まりない」と批判した。
―ガーディアンの編集姿勢とは
大手報道機関とウィキリークスの共同作業によるメガリーク報道は、もともと、ガーディアンの特約記者ニック・デービスの創案による。
調査報道に力を入れるガーディアンでは、編集部内に専属の調査報道記者を置く。リーク情報は調査報道に欠かせないが、ウィキリークスや創始者アサンジは、ガーディアンの調査報道の情報網の一部であった。例えば、ガーディアンは、2007年、ケニアの元大統領一家の汚職報道、2009年の国際石油会社トラフィギュラによる毒性の高い産業廃棄物遺棄報道で、ウィキリークスからのリーク情報を元に記事を作った。ゆるやかな共同作業はメガリーク報道の前に存在していたのである。
昨年夏以降のメガリーク報道の共同作業は、デービス記者がマニング兵に関わる小さな記事をガーディアンで読み、アサンジに興味を持ったのがきっかけだ。同年6月、ブリュッセルで開催された会議に出るためにベルギーにやってきたアサンジをデービスが捕まえた。アサンジから大量の米軍や政府に関する機密情報を持っていると聞かされたデービスは「一緒にやろう」と呼びかけた。
情報量が巨大であること、他国の報道機関と歩調を合わせて作業を行うことを除くと、ガーディアンとウィキリークスの仕事は、これまでガーディアンがやってきたリーク情報の取り扱いと原則は変わらない。「情報の信憑性を確かめ、公益性を判断し、リーク者の身元が割れないよう考慮して、原稿を作り、掲載する」流れだ。
しかし、ウィキリークスはリーク情報を持っているばかりか、これを独自でサイト上に掲載して発信できる媒体でもある。「ありのままを出すことによって、情報の是非を読み手に判断してもらいたい」というアサンジ独自の編集方針を持つ。
これが、当初、ガーディアン側との対立の争点になった。ガーディアンは「掲載によって人命などに危害が及ぶと思われた場合、該当する情報を消してから記事を出す」方針であったが、アサンジは当初、「そのまま情報を出して、その結果、人命が失われるなら、それはそれだ」という姿勢であった、とガーディアンの調査報道記者デービッド・リーが筆者に語った。
―国益か「報道の自由」か
メガリーク報道はいずれも米軍の機密情報、米外交公電を扱ったため、英国を含めた欧州各国のメディアは「国益擁護か、それとも公益あるいは報道の自由を取るか」などの議論に巻き込まれることはなかった(ただし、二者択一の話なのかどうかは議論が必要であろう)。
しかし、国家機密を巡る、報道機関と国家権力との距離感の問題は、問う価値が十分にあるだろう。
ニューヨーク・タイムズは、外交公電の報道前に、米大統領官邸に連絡し、どの公電を公開するかを伝えた後で、人命に損害を与えるなど国家の安全保障上問題と思われる部分があれば教えて欲しいと聞いた。官邸からの提案に対し、ニューヨーク・タイムズは一部を受け入れた、と説明している。そして、米官邸の「懸念」を、ウィキリークスを含めた他媒体に伝えている。
筆者がガーディアン副編集長イアン・カッツに聞いたところによれば、ガーディアンも駐英米大使館や米官邸側と何度か話し合いの機会を持ったという。しかし、どの公電を掲載するかは知らせず「あくまでも米当局側がどんな『懸念』を持っているかを聞く姿勢を維持した」という。また、英政府に特定の事実確認のために問い合わせをしたことはあったが、米政府とのような話し合いは一切なかったという。
もし英国の国家機密に関する情報を入手した場合、国益と公益の見地からの報道について、どのようにバランスを取るかと重ねて聞くと、カッツは、「一概に答えるのは困難だ」が、「編集部が知っていることは読者も知るべき」という姿勢をガーディアンは持つという。「情報を出さずに間違いを犯すよりも、情報を出して間違いを犯すほうを選ぶ」-これがガーディアンの基本方針であるという。「欧州の他国でも、このような編集方針は大体共有されていると思う」。
複数の報道機関が協力する「共同メガリーク報道」は、ひとまず、昨年末で終了した。ウィキリークスはその後、英テレグラフ紙にリーク情報を提供し、今度はテレグラフが連載を始めた。アサンジの下で働いていたダニエル・ドムシャイト=ベルクが、新たな内部告発サイト「オープンリークス」を開設し、衛星放送アルジャジーラもウェブサイトを通じて、リーク情報を募るようになった。
メガリーク共闘作業は、ある問いかけを私たちに突きつける。国家機密に相当する情報を入手して、その公開が公益にかなうと判断したとき、真実を明るみに出すために「情報を出して間違いを犯す」ほうを選ぶような勇気があるメディア、あるいはジャーナリストになれるだろうか、と。(「新聞研究」2011年4月号掲載分より)