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小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

マードックと電話盗聴事件の激震 -テントに入りたい人たち

 マードックと電話盗聴事件に関して、ブログでじっくり書く時間がないほど、毎日、ドラマチックな動きが起きている。毎朝、家でとっていない新聞を買いに行って、テレビやラジオのニュースを追っているうちに、常に新しい事実が発覚し、ああ、あの人はこう言っているな、でもあの人はこう言っているな、と情報を頭にしまっているうちに、1週間が過ぎて行くーそんな日々が続いている。

 一体、どの時点で、日本のみなさんに事件をお伝えしたらいいのか、ある意味、途方に暮れる状態である。ドラマがずーっと続いていて、最後の幕が下りていないので、一つ一つの動きの意味を解説するところまで行かず、「いま、こういうことがありました」と事件報告みたいなことしかできないー。

 とりあえず、7月11日ぐらいまでの話を、BLOGOSさんのほうに出せてもらったのだけれど。(前にも紹介したが、とりあえずもう一度アドレスを入れておくー http://news.livedoor.com/article/detail/5701729/)

 BBCの電話盗聴の特集ページは以下。
http://www.bbc.co.uk/news/uk-14045952
 
 動画がたくさん入っているが、英国外でも見れるはずである。
 
いわゆる、ライブ・ブログ、つまりその時々の動きをずっとつづるブログは以下
http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-14134599

 BLOGOSのほうの原稿の最後に、こう書いた。

 「今後の焦点は、NOWによる警察への賄賂疑惑の解明と、NI社CEOブルックス(ルパート・マードックが実の娘のようにかわいがっているという)が引責辞任をするかどうか、そして、父ルパートがマードック帝国の将来を託す次男ジェームズ(現在、ニューズ社の副最高執行責任者)がこの危機を自力で乗り切れるかどうか。また、BスカイBの完全子会社化を実現できるかどうか、である」。

―ブルックスは辞めるか?

 辞めるかどうかはまだ分からない。いずれ辞める感じはするが(といっても、また別の、もっと高い地位につくだろうが)。

 マードックが彼女を手放さないのは、「実の娘のようにかわいがっている」から、といわれている。マードックの本を書いたマイケル・ウルフによれば、マードックは自分の会社を「家族経営の企業」として運営しているそうだ。「家族」なので、何があっても、辞めさせないのだ、と。

―ロンドン警視庁は、何故きちんとした捜査をしなかったのか?

 2006年の時点で、警視庁は約4000人に上る、盗聴の犠牲者になったかもしれない人のリストを持っていた。でも、その中で調査をしたのはほんの少し。大部分については何もしなかった。何故しなかったのか?一部では、ニューズ・インターナショナル社との癒着が噂されていた。

 そこで、12日に下院の内務問題委員会が、ロンドン警視庁の電話盗聴に関する取調べを行ったトップの3人といま調査を担当している人などを召喚して、「何故?」を聞いた。

 以下は、その様子の録画画面が見れるサイト(約3時間だが、関係あるのは35分ぐらいから。)
http://news.bbc.co.uk/democracylive/hi/house_of_commons/newsid_9535000/9535660.stm

 このトップの3人は、テロ対策を統括していたピーター・クラーク、関与していたアンディー・ヘイマン、ジョン・イェーツ。

 この3人が共通して言ったことは、当時、テロ対策に忙しくて、プライバシー侵害があった「かも知れない」数千人のリストをきちんと調査する時間をかけられなかった、人員を当てることができなかった、と。

 でも、この答えでは、委員会のメンバー(下院議員たち)を満足させることができなかったようだ。「時間・人手をかけられなかったから」といって、プライバシー侵害があったかもしれない人のリストを精査しない・・・このこと自体がどうも、委員たちはのみこめない。それは誰しもがそうだろうけれども。いくらテロ対策で忙しいと思っても、捜査に足ることであったら、後で調査することもできたろうし、ほかのチームにやってもらうこともできたはずなのだ。警視庁が「1つの仕事しか、一度にできない」なんてことが、あるわけがない。

 それと、ジョン・イェーツやピーター・クラークが繰り返したのは、情報を持っているニューズ・インターナショナル社側が、警察に「情報を出したがらなかった」「十分な協力をしてくれなかった」と。委員たちから失笑が出た。委員の一人がこう言った。「ある捜査で、被疑者が情報を出したがらなかったら、それで捜査を止めるんですか?」「相手が情報を出したがらないっていうのは、普通じゃないんですか?」。全員が苦笑である。まるで子供の言い訳を聞いているようである。

 すると、ピーター・クラークは真面目な顔をして、こう言ったのである。「ニューズ・インターナショナル社は、普通の被疑者ではないんですよ。グローバルにビジネスを展開する大きな会社で、すごい弁護士が後ろについているんです」。

 クラークは、この説明を聞いて、委員たちが感心するとでも思ったのだろうかー?つまるところ、ジョン・イエーツとピーター・クラークの「言い訳」を聞いていると、ニューズ社が「強大で、警察に協力をせず、怖いので」、追求しなかったーということなのだろうか。本音だったかもしれないが、情けないことであった。警察が立ち向かえなかったら、誰が立ち向かうのだろう?

 イエーツは、警視庁の2006年時点の調査が「くずみたい」だったと、10日付のサンデー・テレグラフのインタビューで述べていたが、2009年夏も、かなり情けない対応をしていたことが分かった。

 この時、ガーディアンが、「電話盗聴事件の犠牲者は数千人だぞ!」と、たくさんの記事を出し始めた。そこで、新たな捜査をするべきだという声が出たのだが、イエーツは、ほんの数時間、ガーディアンの記事を見て、同僚に相談して、「まったく新しい証拠がないので、再調査の必要性はありません」と報道陣の前で語っていた。(私は今でも覚えているが、イエーツがあまりにもガーディアンの報道をかるーく扱っているので、怒りを感じた。)

 これを振り返って、イエーツは、「当時(2009年)は、いま私たちが知っていること(盗聴の被害が大きいこと)を知らなかったので」と委員会に説明している。しかし、ほんの短時間でガーディアンの報道が伝えたことを却下したとすれば知ろうともしなかったことになる。これじゃ、部下に捜査をきちんとするように、とかいえない。

 私たちは、いまイエーツがいうことを信用できるだろうか。「調査しました」「証拠がない」ともしイエーツが言っても、2006年にも2009年にも、そうではなかったのだから。委員会に「辞任をするべきと思うか」と聞かれ、「思わない」と答えたイエーツ。最後には、「あなたの証言は不十分です」と委員長に言われてしまった。

 最後のお笑いがアンディー・ヘイマンであった。彼は何と、ニューズインターナショナル社の盗聴疑惑を調査するチームに関与していたにもかかわらず、調査が終わってまもなくして、ニューズ社の新聞であるタイムズにコラムを書くジャーナリストになったのである。

 「世間の人からすれば、おかしく見えるとは思いませんでしたか」と委員に聞かれ、「思わない」と答えた。また、ニューズ社の上層部などとよくお昼をともにしたそうだ。疑惑調査が行われている会社と交友関係を続けた点に関しては、「お昼に行ったりしなければ、逆に疑われていたと思う」と答え、「どういう意味ですか?」と問いただされ、しろどもどろに。

 偶然かもしれないが、ヘイマンの場合、ニューズ社の疑惑を調査中あるいは調査が終わる頃に、ニューズ社の新聞に不倫関係を暴露された事件があった。あくまでうわさだが、ニューズ社から「脅された」と見る人もいる。

―ブラウン前首相が怒りをぶちまけた

 そうこうするうちに、12日には、ブラウン前首相がニューズ傘下のサンが「犯罪者」を雇って自分の私的な文書を入手していた、と暴露。ブラウン氏の息子の病気に関する取材にも違法な手段が用いられた、と。

 反マードックに対する感情がどんどん強く渦巻くようになり、翌日の13日には、下院で、米ニューズ・コーポレーション(マードックはこの会社のCEO。ニューズ・インターナショナル社はこの傘下にある)に対し、BスカイBの完全子会社化を断念するよう促す動議が採択されることになった。

 今日(13日)、さて、どうなるかと思っていたら、何と、下院での議論が始まる少し前に、ニューズ・コーポレーションが買収断念を発表。あっと驚く展開だった。

  しかし、これは「今後もない」ということではない。ほとぼりが醒めたたころ、また買収に向かうことも大アリと言われている。

 一方、議会では、与野党の議員たちが思い思いの意見を述べたが(買収提案を放棄したのに、議論は中止されなかった)、目だったのがブラウン前首相である。いかに自分の子供の病気の話が不当にサン紙に漏れ、1面に流されたかを怒りをこめて語った。ニューズ社の「犯罪行為」を何とかして止めなければならないーと。ものすごい迫力で、「父」の怒りが出ていた。

―この間まで、お友達

 しかし、「待てよ」とも思う。ブラウンはニューズ・インターナショナルの上層部、特に現在CEOのレベッカ・ブルックスと親しかった。奥さんのセーラ・ブラウンさんとは特に仲がよく、互いの家に泊まりにいったことなどもよくあったといわれている。ブルックスの結婚式などにも仲良く出席。

 ブラウン前首相の労働党は、トニー・ブレアが党首になったころ(1994年)から、メディア、特にマードック・プレスと仲良くしてきた。サンが「ブレア支持」を紙面で表明したのは、選挙前の1997年。利用するだけ利用してきたのだ。

 下院内ではニューズ社、マードックのひどさを指摘する意見が多かったが、ふと、思った。確かに、マードックは政治を、そして警察をそのメディア・パワーで怖がらせ、あるいは魅了してきたが、マードック・プレスを重要視し、腫れ物に触るように、あるいは「お友達」になりたがろうした、政治家や警察のほうにも、やっぱり責任があるんじゃないかな、と。

 マードックと政治家+警察の話は、つまるところ、排他的クラブのようなものかもしれない。

 「マードック」というテントの中に入れるか、入れないか。多くの人が中に入りたがるし、ラッキーにも入れた人は、追い出されないように気をつける。多くの人がテントに入りたがっているのだから、そこにつけこんで、相手に意地悪をしようと思えばできる。自分の思うがままに相手を操れるーー相手は自分のテントに入りたくてしょうがないんだから。

 マードックよりも、テントの中に入りたがって、自分の信条や職業の義務を忘れた人のほうが、罪深い感じがする。

 噂では、マードックが、英国の新聞すべて(タイムズ、サンデー・タイムズ、サン)をいずれ売却してしまうのではないか、といわれだした。新聞よりもBスカイBや映画会社など、映像の仕事のほうがもっと、もっと、もうかるからだ。マードックは新聞を心から愛する経営者だが(父のキースもオーストラリアで新聞王だった)、マードック帝国を継ぐはずのジェームズがテレビ・映像のほうに心を傾けているといわれている。また、ニューズ・コーポレーションの株主からのプレッシャー(もうからない、あるいはもうけが少ない新聞をキープしていることへの疑問など)もあるだろうから。まだまだ、あっと驚く展開がありそうだ。
by polimediauk | 2011-07-14 08:46 | 新聞業界